【マンガ1巻発売中!】攻略!大ダンジョン時代─俺だけスキルがやたらポエミーなんだけど─ 作:てんたくろー/天鐸龍
夕方、父ちゃんも帰ってきてみんなで食卓を囲む。もちろんリーベも一緒だ。
元々プログラムだったリーベが今回、はじめて受肉したこともあり、いわゆる食事という行為そのものが初体験だったようだ。なんでも興味深げに見、嗅ぎ、舌で味わい、受ける刺激に逐一感動的な反応を示している。
終いには、
「ああ……リーベは今まで、本当の意味では生きていなかったんですねー……」
なんてことをポツリと呟くもんだから、事情をよく知らないうちの家族は、こんなに明るいリーベにも何か重苦しい過去があるのだと思い、やたらと優しくしている。
あながち間違いってわけじゃないけど、著しくリーベが薄幸の美少女になりつつあるのがちょっぴり、えっ? ってなる。
リーベもリーベでそんな見当違いを、訂正せずにあえて利用してるし。
「もっとお食べ! もっとお食べよし、リーベちゃん!」
「今まで食えなかった分、腹いっぱい食べるんだ! おかわりもいいぞ!」
「うう、ありがたいですー……人の優しさが身に沁みますねー……」
「リーベ姉ちゃん……っ」
涙ぐんでパクつくリーベだが、それが虐げられてきた可哀想な子が人の優しさに触れたゆえのものでなく、単純に生まれてはじめて食事したゆえの感動とは、まさか誰もが思うまい。
父ちゃんや母ちゃん、妹ちゃんも盛大に甘やかしてるし。何なら本性を知る俺だけが微妙に孤立してしまっている。怖ぁ。
さておきご飯を食べる俺。今日の献立は餃子。こないだ首都に行った時に土産で買ってきた、中華街特製の逸品だ。
チンすれば良いだけなので非常に簡単、かつおいしい。にんにくが効きすぎてるきらいはあるので、優子ちゃんは敬遠しがちだが、代わりに焼売とか焼きビーフンなんかもあるから平気だね。
なお、リーベはそれらすべてをがむしゃらに食べていた。結構本気で涙ぐんでいそうだ。ジュースもガブガブ飲んでるし。
ていうかこいつ、受肉してからこっちひたすらに食い飲みしてるけど、これ。
「…………太りそう」
「!?」
思わず小声で呟いた俺に、ピターッと動きが止まった。リーベの箸が、餃子に向けられた状態で空中待機している。
そのままギギギ、と油の切れたロボットのようなぎこちなさでこちらを振り向く。引きつった表情だ──まるで意図していない事態が起きたような、そんな呆然とした感じも漂う。
どこか片言で、彼女は応えた。
「ふと、る? 太る? え、太る!?」
「ここ最近、マジでお前食いまくってるし……気持ちは分かるけどほどほどにしとけよ? 体壊すぞ?」
「……………………いやそんな、そんなまたまたぁ〜!」
再起動。まるで質の悪い冗談でも聞いたかのように冷や汗一つたらして、乾いた笑いで受け流そうとしている。
残念! 冗談でもなければ質が悪いのはお前の食欲なんだよなあ。父ちゃんと母ちゃん、優子ちゃんにも目を向ける。
「いくら可哀想だからって、好きなだけ詰め込んでたら逆に体壊すよ。フォアグラじゃあるまいし、考えて餌付けしなって」
「う……言い返せない」
「まさか息子に言い負かされるとは」
「ごめん兄ちゃん。姉ちゃんもごめん」
「フォアグラ!? リーベちゃんフォアグラになるんですか!?」
「そのくらい食ってるって話だよバカ!」
というか餌付けにはツッコまないのか……
リアル薄幸の美少女、と思っている家族からすれば当然の善意だったのだが、たとえ本当にそうだとしても食い過ぎだし食わせ過ぎだ。本当に太っちゃったらどうするんだろう。
そういうわけで俺の小言は聞き入れられて、リーベは今後、常識の範疇で食事に舌鼓を打つこととなった。
食後、階段を昇りがてら。
リーベが満腹げに腹を擦って、満面の笑みで話しかけてくる。
「やー食べました食べましたー。最高ですね食事って! 単なる栄養補給に過ぎないのに、やたら凝る人いる理由が分かりますよー!」
「無機質な言い方するよなあ」
身も蓋もない物言いをするリーベに苦笑する。
でも実際、元々世界を運営するためのプログラムの一つだった立場からすれば、人間の営みなんて、端から見れば不合理不条理の塊だったんだろうな。
そんな彼女も今では、完全に大食いリーベちゃんだ。微笑ましい反面、やっぱり太らないか気になる。
俺の内心をよそに、リーベはふと呟いた。
「良い人たちですよねー、山形家のみなさん」
「どうした、急に」
「いきなり転がり込んできたリーベを、快く受け入れてくださって。勘違いでも、哀れな少女の境遇に同情して。美味しいもの、あったかいお風呂、柔らかいベッドまで用意してくださる。公平さんが底抜けに優しくなるのも、頷ける環境ですー」
「そこまで言われるほど、優しくないんだけどね俺も」
やたら褒めちぎってくるけど、俺は本当に大したことをしていない。
転んだ人に手を差し伸べるなんて当たり前のことで、これまでやってきたことはそれの延長だ。誰もがやることを、俺だけ取り立てて持ち上げられてもなあ、という感じはする。
そんな感じのことを言うと、リーベはニッコリ笑い、
「そう思えるあなただから、リーベは好きですよ」
なんて言ってくるんだから、恥ずかしいやら照れくさいやら嬉しいやらでもう、顔が火照る。
俺の様子にくすくすと、面白がって笑う彼女。
それが不意に、真顔になって言った。
「……だから、必ず約束してくださいね」
「約束?」
「絶対に死なないと、生きて帰ると。無理そうなら逃げて良いんです。チャンスなら、ワールドプロセッサの体力が続く限りいくらでもあります。世界がどうのこうの言ったって、こんな戦いなんてあなたの人生のほんの一欠片なんです。だから」
だから、死なないでください。
そう、リーベは言ってくれた。