【マンガ1巻発売中!】攻略!大ダンジョン時代─俺だけスキルがやたらポエミーなんだけど─   作:てんたくろー/天鐸龍

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可愛いんだから男でも女でもいいや(錯乱)

 翌日、早朝。

 ひとりでに起きた俺は、とりあえず朝風呂を堪能しようと部屋を出た。旅館で迎える朝って言ったら、そりゃあ当然、朝風呂でしょう。

 朝の日差しが眩しく差し込む旅館内は、静謐で清廉な空気に満ちている。誰もいない館内を歩くってのも、新鮮味があって好きだ。

 

「今日は……朝から明日の打ち合わせをして、そしたら後はのんびりか。決戦に向けて、体は温めとこうかな」

 

 一人、今日の予定を呟きながら更衣室へ。みんな考えることは一緒か、何人か先客さんがいるみたいだ。スキル保持者の気配はないので、ベナウィさんはいない。

 服を脱いでタオルのみ。なんとなーく、洗面台の横に置いてある体重計に乗ってから──最近付いた筋肉の分、増えていた──俺は温泉へと入っていった。

 

 露天は朝日を受けてまばゆく煌めく、大自然の姿を見せ付けていた。目の保養とはこのことだろうか、とかく美しい。カメラがあったら撮影したいくらいだ。

 身を清めてから湯船に浸かる。俺は普段、朝風呂なんてしないから、不思議な味わいがある。綺麗な空気と風景を見ながらのお風呂、最高だな……

 

「はぁぁぁぁ……良い感じぃ〜」

「なるほど、たしかに気持ちいいね。この身体はこの世界の人間をモチーフにしているからか、ひどく馴染む心地がするよ、アドミニストレータ」

「ぃ、ぃぃ…………っ!?」

 

 あまりの気持ちよさについ、声を出した俺にとつぜんかけられた、今ここにあってはならない声。思わず引きつった情けない吐息が漏れた。

 え、嘘。唐突なのは分かりきってたけど、今ここで出てくるの?

 いつの間にか隣に誰かいる。横を向くと、そこには。

 

「この世界はあらゆる文化文明が発展していて、見ていて飽きないよ。これまで食らってきた三つの世界のどれよりも魅力的だ」

「…………端末……!」

 

 中性的な顔立ちに銀髪が魔性の美を湛える、邪悪なる思念、その端末がいた。胸元までタオルを巻いていて、男か女か分からない出で立ちだ。

 ……いや、男だったらともかく女だったらまずいんじゃないの? いくらお前、邪悪なる思念ったって……思わず視線を逸らす。

 やつはくすくす笑って、俺をからかうように言ってきた。

 

「男でも女でもどちらでも、なれるのがこの体なんだけどね……君に好かれたいから、今は女。でも大丈夫だよ、今、僕たちは他の人間たちには認識されていない」

「に、認識されてないって」

「そういう結界を張ったのさ。天地開闢結界ほどではないけどね、認識を弄れる結界は、そこそこ役に立つ」

 

 よく分からんけど、とにかくこいつは今は女で、でも他の誰かに見られることはないらしい。

 というか男にもなれるんなら男になれや! TPOはちゃんと守れ! ……言いたいところだけど、下手に臍を曲げられて厄介なことになるのも嫌だ。くそ、こいつ、質悪い。

 腹立ち紛れに聞いてみた。

 

「……何しに来たんだよ。戦いに来たんなら今は止めてくれ、せっかくの休みなんだ」

「いや、別に何をしに来たわけでもないんだけどね? なんとなくだよ。戦いなんてとんでもない、僕も、今日は休み」

 

 そう言って深々、息を吐く端末。相変わらず余裕綽々なやつだ。俺は、少なくとも味方ではないのに。

 まあ、向こうが特にやる気がないなら俺も、無理に喧嘩を売るつもりもない。後でみんなには伝えるけど、逆に言えばそのくらいだろうか。

 温泉という、ある種の中立地帯。焦っても敵視しても仕方ないかなと肩の力を抜きながら、俺はふと、せっかくだし気になっていたことを訪ねてみる。

 

「お前さ。邪悪なる思念ってのが元々、別の世界のワールドプロセッサで、なんか他の世界を食べ尽くす、死ぬほど迷惑なやつだってのは聞いてるんだけど」

「迷惑……まあ、君らにとっては迷惑かな。知ったこっちゃないけど」

「なんで食うの? 腹が減って減って仕方がないとか?」

 

 そもそもの話、なんで邪悪なる思念──異なる世界のワールドプロセッサは、他の世界を侵略し、食い尽くしたのか。いやそれ以前にこいつ、自分の世界まで食らってるって話じゃないか。

 その理由についてはリーベも、ひいてはシステムさんも知らないみたいだった。そこが、どうにも引っかかる。

 

「正直、俺としては、ことが穏便に済めばそれに越したことはないと思ってる。お前がこのまま、この世界まで食べようってんなら俺たちだって抵抗するけれど……手を引いてくれるなら、ありがたいのは間違いない」

「ふふ。君らしい、とても優しい考え方をするね。それで?」

「もしも、お互いに妥協点が見出だせるならそうしたいんだよ。お前の目的を、これ以上誰も傷付かない形で達成できるなら少しは芽もあるだろ? だったら」

「無理だよ、それだけは」

 

 食い気味で答える端末。笑顔を浮かべているけれど、その声音と目の奥はどこまでも寒々しい。

 たじろぐ俺に、やつはそのまま続けて言った。

 

「教えてあげるよ、僕がなぜこんなことばかり繰り返すのか。腹が減っているわけじゃない……僕はね、完全な存在になりたいんだ」


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