攻略!大ダンジョン時代─俺だけスキルがやたらポエミーなんだけど─ 作:てんたくろー
自身の不完全さをどうにかしようとした邪悪なる思念は、まず自分の世界を害し始めた。
「僕という存在の不完全さを何より証明している、僕の生み出した世界。不愉快だったのもあるけど、それ以前にそいつらを生み出すために使っていた、リソースを取り戻してすべてをやり直したかった」
「……ええと。自分の世界を生み出す前の、ワールドプロセッサとしてまっさらな状態にリセットしたかったのか?」
「そういうこと! やっぱり君は話が早いね。気が合うのかな? だったら嬉しいけど、ふふ」
可憐に笑う端末は魅力的に見えるが、言ってることは中々におぞましい。やり直したいから、既にあったもの全部を強制的に消し去るなんて、自己中心的にもほどがあるだろ。
「くだらない抵抗はいくつかあったけど、まるで問題なく僕は、僕の生み出したものを喰らい尽くした。その過程で得たのが、天地開闢結界だ……あれは良いよね。便利。三界機構の元になった世界をたやすく喰えたのも、ひとえにあれのおかげさ」
若干誇らしげに胸を張る端末。まあ、そうしたくなるくらいインチキ極まる結界なのは認めるよ。
だが、と内心で思う。この言い分だとやはり、こいつの侵略行為の起点はまさしく天地開闢結界だ。三界機構にも適用させているあたり、絶対の信頼を寄せていることが分かる。
香苗さんの決戦スキルであの結界を無効化することが、勝機へと繋がる。そんな可能性を、今になってより具体性を持って感じられてきた。
そんな希望はもちろん、おくびにもださず。俺は引き続いて端末から話を聞き出した。
「やはり、と言うべきだろうね。僕自身の世界を喰った程度じゃ、まるで満たされなかった。不完全な僕が不完全であることを再認識することになり、気分が悪かったほどだよ。だから僕は次いで、他の世界を喰うことにした」
「なんでそうなるんだ……他の世界を喰うこととお前の不完全さと、なんの関係がある」
「他の世界だって、いくつも覗いてみたけど不完全なものしかなかったからね。完全なものがあればそれを喰えば完全になれたかもしれないけど、仕方ないから不完全なものを束ねて、僕は完全なワールドプロセッサに近づこうと思ったんだよ」
その言葉に、俺は目眩がする思いだった。長風呂由来じゃない。邪悪なる思念の、あまりに自分本位な考えに気が遠くなったんだ。
足りないからよそから補う。ありきたりではあるが理には適った発想だろう。だがそのためにいくつもの世界を、そこに住まう命ごとすべて喰らい尽くすなんて、あまりにも乱暴すぎる。1から10まで自分の都合、自分の目的しか考えていない。
そうまでして完全でありたいものなのか? 不完全とは、そんなに嫌なものなのか?
俺たちの世界が、こんな理由で脅かされていることに愕然としてしまう。やつは何も気に留めないまま、自分勝手な物言いを続けた。
「三界機構を取り込んだけど、それでもまだ完全には足りない。どれだけ食べてもまるで満たされないんだ。永遠に食べ続けないと、とてもじゃないけど目的が果たされることはない気さえしてくる。こんな永遠、いらないんだけどね」
「……そして、俺たちの世界に目をつけた、か」
「もちろん君らの世界だって不完全だ。永遠も智慧もましてや精神性もすべて欠けている、足りないところばかり。それでも僕がいずれ至る永遠の礎となるんだから、悪い話じゃないだろ?」
……駄目だ。こいつと、折り合える気がしない。
こうして話ができるのだから、もしかしたらと挑んでみたけれど。あまりに頑なな姿勢に、儚い夢だったのだと思い知らされる。
こいつはきっと、それこそ永遠に喰らい続けるんだろう。終わりが来るまで、己の不完全さを否定して完全を求め続ける。哀しさすら抱くほどの姿だ。
言葉では止められない。
俺はそのことを、どうしようもないやるせなさと共に受け入れた。モヤッとした思いのまま、それでも宣言する。
「……お前にこの世界は、いいや、もう他のどんな世界だって喰らわせない」
「言うと思ったよ……君は、哀れなまでに優しいから。そんな君だからこそ、僕の傍で、僕が完全なものになるまでの地獄のような永遠を支えてほしいんだけど、ね」
「地獄と分かっているなら止めろ! 今からでも良い、ありもしない完全なんか求めるな!!」
自分でも、もう止まれないのだと言わんばかりの表情に思わず激昂する。こいつは……
今、確信した。こいつは、邪悪じゃない。
そんな大層なものですらない。ただ、もう止まれなくなっているだけの小さな子どもだ。
欲するがままに取り返しのつかないことをして、後になって終わりがないことに気付いて、もう止まりたいのに止まれなくなって半泣きになっている哀れな子どもなんだ。
誰も叱ってあげられなかった子どもに、堪りかねて叱りつけるように叫ぶ。
「お前の求める先には何もない! 永遠も、智慧も、心だってあるものか! 何もない虚しさだけだ! だからもう、そんな悲しいだけのことは止めるんだ!!」
「嫌だね」
「っ」
「僕は完全な僕になりたい。不完全な僕のまま、このまま在り続けるなんて絶対に嫌だ。そのためなら何だってするししてきたよ。我が子を喰らうことも、他所様のものを奪い取ることも、何だってね」
そこだけは、絶対に変われない──
「……ふう。良いお湯だったよ。それじゃあねアドミニストレータ。今度会ったらそれこそ、最後のやり取りかもね?」
そう言って、端末は忽然と目の前で、姿を消した。
まるで白昼夢のような、けれどたしかな現実だった。