攻略!大ダンジョン時代─俺だけスキルがやたらポエミーなんだけど─ 作:てんたくろー
邪悪なる思念のやってきたことは、どうしたところで取り返しがつかない。
喰らってきた世界は戻らないし、奪ってきた命は蘇らない。絶対にそこは、なかったことにならない。
だけど。それでも生きたいと願う想いだけは、ワールドプロセッサでもコマンドプロンプトでも、踏みにじってはいけないと信じた。
アイと同じだ。ただ生きたいという祈りさえ罪とするなら、邪悪なる思念を滅ぼすために500年、戦い続けた俺やワールドプロセッサたちの想いだって罪と言えてしまうだろう。
だから俺は、やつを滅ぼさないことを選んだ。
『その結果が、君の脳内でぼやくだけの僕ってわけか。やれやれ、これで君、生きてるって言えるのかね、果たして』
しつこいしうるさいな、こいつ。今こそこんな感じだけど、そのうち受肉するだけのエネルギーだって貯まるだろ。何百年かかるか知らんけど。
そう、俺は邪悪なる思念を脳内に住まわせた。魂だけは確保して、俺という存在の無意識領域に組み込んだのだ。
今のこいつは何もできない。ただ俺と話するだけ、俺が見聞きしたものを知るだけの存在だ。
だから良いんだ……こいつには、もっと色んなものを知らせる。
色んな価値観、色んな考え方、感じ方。色んな知識、色んな思想。
独善から暴走したこいつには、客観的なものの見方というのが決定的に不足している。だから俺の中で、それらをゆっくりと学んでいってもらうのだ。
山形公平という俺が、死んだあとでも。こいつと俺の魂は紐付けされているから、転生したってこんな感じで引っ付いてくる。
『興味深い試みだとは思うし、僕だって、学びの機会というものは素直に受け取りたいところだけどね。その結果、罪悪感を必ず得ることになるだろうと考えているんなら、さすがに浅はかじゃないか?』
罪悪感を抱け、とまでは言わないよ。お前には、とにかく他の命を見ていてほしい。
そうして、様々なことを学んだ中から醸成した価値観の上で、これまで自分がやってきたことを振り返った時。
その時に感じた想い、そして為したいと思ったことこそ、邪悪なる思念が元のワールドプロセッサへと戻り、償いや贖いも含めた新たな段階へと移行する時だと思う。
『新たな段階、ね……完全なる存在とは、そこにあるんだろうか?』
あってもなくても、今よりマシだ。
結局、お前は独りよがりな思想で幼稚に暴走しただけに過ぎない。邪悪なる思念と言ったところでその実態は、邪悪ですらない、ただの幼児だ。
そんなお前が一つでも多くのことを学び、一つでも多くのことを考えられるようになるなら。それは、完全に至る道筋と言っても良いんじゃないか?
『…………ま、楽しみにしとくよ』
そうしてくれ。
俺は、脳内会話を打ち切って朝ごはんを食べ終えた。
「ごちそうさまー!」
「はい、おあがりさん。あんた、昼には帰ってくるの?」
「ん? んー、いや。ちょっとダンジョン潜ってくるわ」
母ちゃんに応える。決戦は終わったし大ダンジョン時代も終わったけれど、俺たち探査者の役割は終わらない。
システムこそ《攻略! 大ダンジョン時代》の力ですべてを修復させたけど、邪悪なる思念が喰らった四つの世界──やつが元々ワールドプロセッサとして管理していた世界も含めて──の魂なんて、とてもじゃないけど一息に受け入れることはできない。
なので引き続き、彼らは一旦モンスターという形で、オペレータによって浄化されるというプロセスを経て輪廻に入ってもらう。
モンスターの行動アルゴリズムに関わっていた邪悪なる思念が消えたことで、探査者という仕事の危険度も下がっていくだろうな。敵対行動はしても、殺しにくるまでは早々あるまい。
『まるでアトラクションだね? 戦いをお遊びみたいにして、君は何を考えている?』
別に、アトラクション化しても良いじゃん。命がけの戦いを日常とするよりは絶対に良い。
これも時代の移り変わりだ。今後の探査業は明確に、形を変えていくんだろう。それもまた、時代が進み始めた証だな。
「行ってきまーす」
「行ってらっしゃいませー!」
カバンを引っ提げて、リーベに見送られながら玄関を開ける。さて、学校学校! 終業式だから授業なし! なんなら昼前に終わるからもう、テンション爆上げってなもんよ!
と、俺の家の前には真っ赤なスポーツカー。ド派手なカラーリングで嫌でも目立つ。
窓を開けて、中から香苗さんが顔を見せてきた。
「おはようございます、公平くん」
「おはようございます。すみません、送り迎えなんて」
「いえいえ! 救世主様を送り届けるのは、伝道師の役目です!」
「は、はは……」
決戦を経てもやはり、相変わらずのこの人。ご近所さんがチラチラ見てくる。救世主だの伝道師だの言ってりゃ、そりゃあねえ。
終業式後、一緒にダンジョンに潜る約束をしたもんだからって、まさかの送り迎えまでしてもらうことになった。こっちとしては楽で良いんだが、嫌でも目立つのはちょっぴりいただけない。
「さ、どうぞ公平くん!」
「……はい、香苗さん」
でもまあ、良いか。これも、俺の日常だ。
愛しい日々の一部として受け入れ、俺は車に乗り込んだ。