攻略!大ダンジョン時代─俺だけスキルがやたらポエミーなんだけど─ 作:てんたくろー
『それで、ええと……太平洋ダンジョンのことでしたね? 今回お電話くださった理由と申しますのは』
「あっはい、それですそれ」
なんとなくむず痒い雰囲気になり、ちょっとばかりの沈黙ののち、ソフィアさんが話を本題へと移行してくれた。
ありがたい……後ろで、いつの間にやら移動していたアイをひたすらに愛でながらも"何してんのかなこの兄ちゃん"みたいな、しらーっとした目で見てくる優子ちゃんの眼差しをじっとり感じていたから、何はなくとも話を進められるのは助かる。
若干、シリアスな感じで俺は続けた。
「……俺の見立てでは恐らく、件のダンジョンはプログラムにエラーを抱えている。それも複数。聞いた限りではモンスター発生上限と、踏破されたエリアでの再発生禁止制限の2つは間違いなく、機能していないように思えるんです」
『さすがです、山形様。ヴァールもかつて調査報告を経て、同様の見解を示しております。信じられないことだけれど、あれはエラーダンジョンだ、と』
ソフィアさんもそれ相応に真剣な口調で話す。なるほど、やはりヴァールも同じ意見か。
モンスター再発生禁止制限が解除されているだけなら、発生上限に引っかかってそのうち頭打ちになるはずなんだけれど。その発生上限に関するスクリプトそのものが破損しているダンジョンだったとしたら、いわゆる無限湧きみたいになっていてもおかしくないからね。
『あのダンジョンが発見されたのはおよそ60年前になります。そこから折に触れてヴァールも、何度となくS級探査者を連れて最深部を目指す探査活動を行ってきたのですが』
「あまりの深さに未だ、最深部の見当もついていない?」
『そもそも私もヴァールもS級探査者も、何もない大海原にぽっかり空いただけの穴に、時間を割けるほどの余裕がなかったんです……と、いうのは言い訳ですね』
「まさか! 優先順位として低いのは間違いないんですから、その判断は正しいと俺も思います」
世界的に価値のあるS級探査者をぞろぞろ引き連れて、これまた世界的な大物であるソフィアさんとヴァールが大海原で大冒険!
……ロマンのある話ではあるけれど、大ダンジョン時代社会にとっては絶対に得にならない話だ。邪悪なる思念を打倒したいワールドプロセッサとしても、そんな事態は避けたかっただろうしな。
つまり逆を言えば、大ダンジョン時代が終焉を迎えた今であればそういうオールスターな探査にも乗り出せるのかもしれない。
どちらにせよ極端に急ぐ話でないのは間違いないことだ。なんせ太平洋のど真ん中なんて、たとえ船旅だってそうそう航路にならない地点だからね。
逆に言えば第一発見者の冒険家さんは死にたかったんだろうかと疑問に思うよ。伝説の大陸でも探してたのかな?
「今のところ、目処はたってないんですか? 太平洋ダンジョンの攻略は」
『そうですねえ、何しろ地下何階まであるのかわかりませんから。30年ほど前からダンジョンの周辺に擬似的な都市を作って、希望する探査者の方々に挑戦してもらっていますが……それでも終わりは見えていません』
「ぎ、擬似的な都市……?」
『ええ。何十隻ものクルーズ船をこう、ダンジョンの周辺にずらりと集めまして。探査者もそうでない方も移住希望者を募り、ある種の文化圏を築いちゃいました、うふふふ』
いや怖ぁ……うふふふって可愛く笑うけれど、とてつもなく壮大なことを言い出してないかこの人。
クルーズ船を何十隻も集めて、ダンジョン探査のための拠点をまるごと作り上げたのか。果てのないダンジョンを、少しでも探査するという目的のためだけに、30年もの昔から。
『もちろん、定住者も定期的に陸に帰っておりますし、逆に陸地から短期間だけ探査しに来る方々もおります。ある種の自治体ですね。探査者とそれを支えてくださる方々による、ダンジョン探査のためだけの自治体。いつ頃からかそう、"ダンジョン客船都市"などと呼ばれていますか』
「ダンジョン客船都市……いよいよファンタジーめいてきてますね」
『私の感覚からしますと、大ダンジョン時代そのものがファンタジーなんですよね〜』
たしかに。ソフィアさんが生まれ育った頃にはまだ、この世界の表面上にはレベルもスキルもステータスも、ダンジョンもモンスターだっていなかったしな。
それを考えれば大ダンジョン時代なんて、彼女としては現実に侵食してきたファンタジーだろうし、クルーズ船で都市一つ作ってみたなんてことくらい、些事みたいなものなのかもしれなかった。
時代を跨いで生きてきた女性の、どこかのんびりした暖かい声は続く。
『機会があれば山形様にもご参加いただきたいですね、太平洋ダンジョン探査。きっと面白い体験ができますよ、うふふふ』
「そ、そうですね。考えてみます、あははは……」
『うふふふふ!』
興味がないというのは嘘になるけど、今のところそこまで優先して行きたいわけでもない。
そんな俺の反応に、ソフィアさんはやはり弾んだ声で、楽しそうに笑うのだった。