【マンガ1巻発売中!】攻略!大ダンジョン時代─俺だけスキルがやたらポエミーなんだけど─   作:てんたくろー/天鐸龍

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命散らして、さかさ斬り

「さぁーて、ファファファ。そろそろ老いぼれも仕事しようかねぇ」

 

 そう言って、マリーさんは曲がった腰のまま前に出た。御年83歳、姿勢こそ老人だがまだまだ溌溂とした気迫を感じる。

 今は三階層目、降りてすぐの道を進む途中だ。二階層目は言ってしまえば特筆することもなく、出てくるモンスターを順に、鈴山さんが撃ち抜いてそれで終わった。

 

「いやー楽しみだね。実のところマリーさんの戦うところ、僕は初めて見るんだよ」

「そうでしたか、鈴山? たしか五年前にアメリカに出張した時、あなたと馬橋と檜沢と一緒にマリーさんに付き、サンドアリジゴクを仕留めたような覚えがありますが」

「その時、僕、普通に日本で仕事してたよ……鈴木と間違えてるね、それ……」

「そうでしたか? そうですか」

 

 いや香苗さん、同期に対して興味が薄い! いくら五年前のことでもさすがに、一緒に海外出張した相手のことは覚えていてあげてほしい気がする。

 鈴山さんの渋面が切ない。たぶん、聞けば間違えられた鈴木さんも似たような顔をすると思う。

 

 にしてもそうか、鈴山さんも俺同様、マリーさんの戦いを見るのは初めてか。香苗さんは今言ったように、最低一回は共闘したみたいだから当然、見覚えもあるんだろうけど。

 香苗さんが、俺と鈴山さんに向けて告げた。

 

「先の探査者証明書の通り、マリーさんは居合術の遣い手です。それも1500近いレベルから放つわけですので、もはや神速という表現さえも生温い。言うなればそう、超神速ですね」

「持ち上げてくれんでおくれ御堂ちゃん。技はともかく、体はとうに衰えてるんだ」

「その状態でなお、S級探査者が複数でかかってなお手強かった怪物を、一撃でのしたでしょう」

「五年も経ったら衰えるもんさね、ファファファ」

 

 愉快そうに笑うマリーさんの、余裕そのものな佇まいが怖い。モンスターが間もなく襲いかかるかもしれないのに、常と変わらない姿。

 ごくり、と唾を飲む。香苗さんの言葉が正しければ、よほど目を凝らしてなお、見ることができないほどの速さなのだろう。俺がどこまで対応できるか分からないが、後学のためでもある。

 そろそろ部屋に入る。しっかり、彼女の技を見──

 

「ファファファ、見えたみたいだね、公平ちゃん。さすがぁ」

 

 ──ないといけない。どころじゃない!

 奔った、今! 光が!

 ごくごく一瞬だ。いや、それより短い。静電気が仄かに走るよりなお、早すぎる。ほとんど見えなかった。動きそのものどころか、どうやって敵が屠られて消え去るまでもが。

 

 わずかながら確かに見えたのは、そう。

 曲がった背を支えていた杖が、逆手のままに徐々に煌めき。

 鈍色の刃をかすかに閃光に残し、疾走させる必殺の軌跡のみだった。

 敵だったはずの何かが塵となって消えていくのを、唖然として見つつもなお、俺は叫んだ。

 

「……居合!? 今、抜きましたね? 仕込み杖!」

「御名答! いやはや見抜くかえ、末恐ろしい子だよ、ファファファ!」

 

 楽しそうに笑う、一見してただのお婆さんのこの人は。

 今まさに堂々と、みなが見ている中で、誰も見て分からない速さで攻撃してみせたのだ。

 

 手にした杖を少し浮かせる。よく見れば、それが刀の柄と鞘だったことにようやく気付く。

 仕込み杖──日常的なシーンにおいて、それと分からないように作られた武器だったのか。全然、分からなかった。

 

「安物だがね、切った張ったにゃ丁度いい。昔はちゃんとしたもん使ってたんだが、年食うとね、ファファファ。立派なもんより、便利なもんこそ必要になるもんさね、ファファファファ!」

「見、見えなかった……敵が何なのかすらも。御堂、君は?」

「公平くんほど見えたかは分かりませんが、かすかには。ちなみに少なくとも五年前、初見だった私には見抜けませんでした」

 

 戦慄に身を震わせながら鈴山さんが呟く。香苗さんも、冷や汗を見せながらも冷静に語る。実際、彼女は今のマリーさんの動き、目で追えてたっぽいしな。

 かと言って鈴山さんが特別、劣るというわけでもないだろう、今回の場合。S級にも匹敵する香苗さんと、それに追随する程の俺だからどうにか分かっただけだ。

 

 脅威が、何もなくなった道を再び歩く。

 マリーさんは相変わらずかくしゃくと前を行きつつ、俺に尋ねてきた。

 

「公平ちゃん、時代劇は見るかい?」

「え……と、いえ、あまり」

「そうかえ。私ゃ、結構ファンでね」

 

 急な質問だったが、なるほど。これはマリーさんの、戦闘スタイルのルーツの話か。

 時代劇好きというのは、何となく今の仕込み杖を見るに頷ける話だ。居合に特化したスキル構成をしているから、戦闘の参考にすべく見始めたところ、すっかりハマったものと見るべきかな。

 

「特に盲目の達人が、仕込み杖で大立ち回りを演じるやつとか大好きなのさ、ファファファ」

「もしかして、それで仕込み杖を?」

「逆手に握るのもね。今度はよく見えるように振るうから、とくと御覧あれってね」

 

 次の部屋に入りがてら、マリーさんはそう呟いた。

 見えてくる敵影。今度は俺も知っている、いつぞやのスタンピードの時にも見た、狼人間だ。

 最初から敵意を剥き出しにこちらを睨め付けているのを、構わずマリーさんはズカズカと近付く。

 

「今日は特別さ、見せたげようかね手の内一つ──」

「ガアッ、アッ!?」

 

 間合いに入ると見るや、持ち前の俊敏さで襲い来る狼男。

 だが動作に入るより早く、老婆は奴の懐に入り。

 

「《居合》、大断刀・ビッグベン」

 

 逆手に抜いた仕込刀を、大きく逆袈裟一閃、息も吐かせぬ袈裟一閃。

 あえて俺たちにくっきりと見える形で、けれど目にも留まらぬ速さの二連撃を見せたのだった。


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