架空国家遠征任務【完結】   作:ササキアンヨ

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順調に字数が減ってきている。


南域で翳す手

 雨が降り続く中、遠征艇は進む。北域での戦いを終えた3日後。俺たちは南域に向かっていた。時間を少し空けたのは、探査トリガーを改造するためだ。

 

 マティ湖を隅々まで探査するためにはおよそ10分間もトリガーを沈めておかなければならなかった。モナークに注意されていたおかげで、鮫は難なく殺すことが出来たが、北域のミスティアスであるヴィエンドは非常に強く、出水の策が無ければ負けていたかもしれない。

 

 無茶は承知の上で俺は冬島さんと宇佐美に探査トリガーの性能を上げるよう頼んだ。モナークが倒れているぶん、作業はなかなか進まなかった。進発が遅れそうだとシロッコに話したところ、ダクティロ湖の調査を快諾してくれた南域のミスティオス、リシュリキアス・ホットコールドに手伝ってもらうのもアリかもしれないと言われた。

 

 彼は各域に存在するトップエンジニアの中でも特に改良することが得意な人物なのだという。シロッコは南域に行ったことはないが、モナークが何度も世話になっているらしく、武人のジェイル・スパークも温和で寛大な性格で知られていた。

 

 〈ネウロン〉には発達した通信機能が無い。各域との交渉は書面で行うのが主流だ。シロッコが早馬を走らせてくれたので、既に南域に話は届いているようだ。東域の宮城にボーダーで使う通信機を置いて有事に備えつつ、俺たちは南域に向かった。

 

 長机の画面をタッチしてデータを映し出す。ジェイル・スパークは主に弓型のトリガーを使う。こちらの弓兵はスナイパーというよりガンナーに位置付けられる。

 

 遠くから必殺を狙うのではなく、そこそこの距離から数を撃って援護する形だ。東域で模擬戦を重ねて、寄られたら負けというレベルではないのが分かった。特にジェイル・スパークは近接戦闘にも長けており、オールラウンダーのような印象を受けた。

 戦う予定は無いが、どんな事態が待ち受けているかは分からないのだから、準備はしておくべきだ。

 

 いまはブリーフィング中ではない。遠征艇は狭いので、そうでなくても会議室にいる隊員は多いが。

 

 太刀川と当真と出水はモニタールームでゲームをしているらしく、その声がこちらに届く。冬島さんと宇佐美と国近はウンウン唸りながら、例の探査トリガーを弄っている。菊地原は仮眠を取り、真木は遠征艇の操縦をしており、歌川はひとりで本を読んでいた。データを確認しているのは俺だけのようだ。俺は烏丸がせっせと作っているおにぎりを口に運びつつ、長机をタップする。

 

 せっかくだから、他のデータも見ておくか。西域のミスティオス、エニグマ・アッシュアイス。燻んだ緑色のポニーテールの女だ。西域とは対話の路線が見えないため、戦う可能性が高い。

 

 そもそも、東域と北域がシロで、南域が協力的であるため、犯人として最も疑わしいのが西域だ。おそらく戦うことになるだろう。問題はエニグマの使うトリガーだ。

 

 彼女は黒トリガーの使い手であるらしい。メーテールという名の蛇腹剣で、能力は不明。だが、ある記録によると相手をその場に縛り付けるような効果が認められているようだ。

 

 データを見る限り、メーテールは40メートル先まで届く。生駒旋空と同じくらいの射程だ。ガンナー・シューターの範囲にまで迫られるかもしれない。旋空弧月ほどの威力は無さそうだが、シールドは砕かれてしまいそうだ。

 

 蛇腹剣とは刃の部分がワイヤーで繋がれて等間隔に重なっている機構を持つブレードのことだ。鞭のようにしなることでその軌道を読むのは難しくなる。斬撃と打撃を兼ね備え、一撃で殺すのではなく、複数の連続攻撃で敵を倒す。

 現実に存在しない武器であるらしいが、諏訪に勧められた漫画に出てきたことがあるので知っていた。

 

 躱されづらい柔軟な攻撃が可能だが、普通のブレードよりも脆くなり、殺傷力が低くなる。低くなった代わりに強力な効果を持っているのだと思われる。レッドバレットの範囲版といった印象だが、黒トリガーであるということが気になる。ここで再現されているのはあくまでデータに過ぎない。頭に留めておくだけにしておこう。

 

 もうひとりのミスティオスはアクシア・ファイアタンク。彼はエンジニアであるため、詳しい戦闘データは無かった。でっぷりとした腹と鈍重な歩き方からして、優れた戦闘能力を持っているわけではないだろう。

 これから、会う南域のミスティオスたちに印象を聞くのもいいかもしれないな。おにぎりに手を伸ばそうとして、空を掴む。籠を持つ烏丸が俺をうっすらと睨んでいた。

 

「ひとりで何十個食べるつもりっすか」

 

「すまん」

 

 そんなに食っていたのか……。腹には確かな満足感が残っている。ため息をついた烏丸がひとつだけくれたおにぎりを食べる。彼は冬島さんと国近の方へ籠を持って行った。誰もがすべきことをしているようであれば、不安など抱えずに済むのだが……。

 

 いや、リラックスして戦いに挑むことも大切だ。常に命の危機を感じているようでは、気疲れしてしまう。遠征艇にいるときくらいは安心してもいいだろう。その雰囲気を作るのもリーダーの仕事だ。

 

 ……俺もゲームに加わった方がいいのだろうか? そんなことに悩んでいると歌川が声をかけてきた。相変わらず、人の表情を見るのが上手いやつだ。そして、彼が持っている本の外見が妙に古いことに気付き、よく見ると湖の絵が描かれている。

 

「それは〈ネウロン〉の歴史書か」

 

「建国神話……だそうです。シロッコから借りてきました。何かの参考になればと思い、読んでいます」

 

「何か気になる描写はあったか?」

 

「この本がどこまで正しいのかは分かりませんが、〈ネウロン〉には4つの黒トリガーがそれぞれの地域で受け継がれていたとか。南域は《水の珠》。これは遥か昔に《天なる湖》に変わったとあります」

 

「ほう。やはり空の上に湖があって、それが降り注いでいるというのはトリガー効果でもない限り、不自然ではあるな。続けろ」

 

「東域は《炎の眼》。これはたぶんモナークのメリッサですね。西域は《蛇の剣》。風間さんがさっき見ていたデータにあった黒トリガーです。そして北域に《魂の杖》。死したトリガー使いの声を聞くことが出来たと言われています」

 

「なかなか興味深い。4つのうちの2つは実際に継承されており、うちの1つは《雨》の説明にも繋がる。それだけに《魂の杖》が気になるな。おまえの言う通り、それが神話である以上は信憑性には欠けるが、覚えておいてもいいかもしれない」

 

「はい。……風間さんはオレの突拍子も無い言葉にも耳を傾けてくれる。ありがたいです」

 

「俺はいま風間隊の隊長というだけではなく、遠征部隊のリーダーだ。これくらい当然だ」

 

 率直な言葉であったが、歌川は嬉しそうに顔を綻ばせた。かわいい部下だ。あいつは将来、遠征を率いる隊長になるかもしれないな。菊地原をコントロールしつつ、他の者たちともコミュニケーションが取れる。さらに細かいことにも気付く冷静さが頼もしい。

 

 ゲームをするのは、やはりナシだ。俺は俺のやり方で遠征を成功させればいい。だが、取り入れるべきことは吸収する。太刀川の真似は嫌だが、歌川ならば参考にしてもいいだろう。

 

 菊地原の様子を見に行ってみよう。彼は会議室のすぐ隣、カプセルホテルのように小さな寝室が並ぶところで眠っている。俺がやって来たら、その優れた聴覚で気付いたのか布団を捲って起き上がった。

 

「寝心地はどうだ?」

 

「良くないですね。遠征艇はもっと広くてもいいんじゃないかと思います。そして、もっと防音性が欲しい。太刀川さんたちの声がうるさくて、とても眠れませんよ」

 

「注意しておく」

 

「宇佐美先輩はまだやってるんですか」

 

「あぁ。何か話したいことがあるのか」

 

「……そうですね。現状では机上の空論なんですけど、風間さん聞いてくれますか」

 

「もちろん」

 

「ぼくのサイドエフェクトは視覚のリソースを食うことなく、聴覚情報を隊員全員と共有出来るのが強みだって言ってくれましたよね」

 

「そうだな」

 

「今回の件にもそれって使えるんじゃないかと思うんです。モナークが感知しているのは雨粒がトリオンに当たる感覚です。それをオペレートで調整しながら共有したら、ぼくたちも誰がどこにいるのか、敵が増えたのかどうか分かると思いませんか?」

 

「確かに、理論ではそうだな。現状ではモナークが冠トリガーによる毒のダメージを受けていることを考慮すれば、長く使い続けるのは難しい。調査が終わり、毒を排除できれば、その戦い方も出来るようになるだろう」

 

「それもですよ。モナークは星神です。母トリガーに常時繋がっている身です。けれど、黒トリガー使いであるということは、トリオン体になっても問題が無いのとイコール。ならば」

 

「っ! ボーダーのトリガーを使わせるのか。その状態で冠トリガーと接続することも理論的には問題ないはず。毒自体は弾けなくても、痛覚情報を遮断すれば、活動出来る」

 

「ですよね。風間さんから賛成もらっちゃって安心しましたよ。毒はすぐにでも排除した方がいいけど、それは出来ないんですよね?」

 

「あぁ。毒は既に《天なる湖》に多分に含まれている。ここから毒していない水と清潔な水を分けるのは難しい。何せ、《天なる湖》は巨大で空にあるのだからな。俺たちはこれから南域のダクティロ湖と西域のケパレー湖を回って毒を排除する。そうすれば、来月から送られる水に毒は含まれておらず、毒の部分もやがて下へと落ちてゆくだろう」

 

「いま一番怪しいのって西域ですよね。こっちが調査を進めているっていう情報は得ていないはずだから、遠征艇が空に現れたら厳戒態勢を取るでしょうね。前と同じく、戦うんですか」

 

「そうなるだろう」

 

「これで西域のケパレー湖を調査して、もし、もしですよ? シロだとしたら、どうします?」

 

「有り得べからざることだが、その場合は《天なる湖》に向かわなくてはいけないかもしれない。遠征艇で飛行し、探査トリガーを使う。規模はこれまでとは桁違いになる。東域と協力して量産しなければならない」

 

「探査トリガーって湖底に置くんですよね? でも、《天なる湖》に底ってあるのかな」

 

 俺は冬島さんたちに非情な言葉を託す。湖底に置かないタイプの探査トリガー、それを量産。そして出来れば探査スピードの向上だ。宇佐美の目の下には隈があったが、菊地原の意見を聞いたあとは途端にウキウキし始めた。

 

 南域の到着地点が見えた頃、俺たちはトリオン体になり、冬島さんにはちゃんとした上着を着てもらった。遠征艇、着陸。真木の運転は丁寧だったが、滑らかさで言えば冬島さんに軍配が上がるだろう。

 

 遠征艇の扉を開けると禿頭の男性がにこやかに笑っている。脇に弓を抱えており、彼がジェイル・スパークだと分かった。互いに自己紹介をして、ダクティロ湖を調べたあとは、南域の者たちにノエル・ガンパウダーの調査の依頼をしておくのも忘れない。

 

「おー!! カッコイイ! これが遠征艇!」

 

 そんな声が聞こえて来て、振り向くと深い湖のような青い髪の子供が遠征艇の前で騒いでいた。データによれば、彼こそが南域のもうひとりのミスティオス、リシュリキアス・ホットコールドに違いなかった。

 

 彼は9歳だと聞いている。小学3年生くらいだ。子供ばかりで滅入ってくる。大きな決断をときに下さなければならない年齢としては幼すぎるようにも思うのだが、これは俺が古い感覚の持ち主だからなのか?

 

「あんたがボーダーの遠征部隊の隊長か!? モナークと同じくらいの歳なのにすごいな!」

 

「俺は20歳だ」

 

「そんな嘘つかなくていいぞ。おれはリシュリキアス・ホットコールド。ちょっと長い名前だけど、覚えてくれよな。あんたは?」

 

「風間だ。リシュリキアスは優れたエンジニアだと聞いている。いま東域と北域とで合同で進めている仕事があるんだが、少し技術的な問題が生まれた。うちのエンジニアと話してやってくれないか?」

 

「分かったぞ。モナークは整備屋、おれは改良屋だから、あいつよりは役に立てると思う」

 

「では頼む」

 

 任されたと言わんばかりに胸を叩き、彼は冬島さんに質問し始めた。冬島さんはモナークにはタジタジだったが、リシュリキアスには強く受け答えをしている。彼は遠征艇の中に連れられ、またしても感心を示す大きな声と満足そうにテンションを上げる宇佐美の声が聞こえてきた。

 

 遠征艇の中から太刀川と烏丸が出てきて、ジェイル・スパークに模擬戦を持ちかけていた。禿頭を光らせるジェイルはニコニコしながらも、武人としての振る舞いは堂々としており、静かな威圧感を湛えていた。

 

 太刀川相手にもラケダイモンという弓トリガーで立ち向かった。安易にトリオン体を破壊するわけにもいかないので、旋空は無しのルールであったものの、勝負はほぼ互角。

 

 蹴りを主体にしながらも、弓で弧月と幾度も撃ち合っては矢を連射した。矢を不規則な動きで加速と減速を繰り返しては空間を埋め尽くす。太刀川は距離を詰めようと弧月を振るが、そのたびにハイキックで吹き飛ばされていた。

 

「カザマは戦わないのか?」

 

 2人の戦いを見ていると、リシュリキアスがいつの間にかやって来ていた。

 

「太刀川が戦えば、それで充分だ。探査トリガーの改造は上手く行きそうか?」

 

「うん。解体して中を見ればだいたい分かる。どこで行き詰まったのか、思考をどこまで至らせたのか。ボーダーのエンジニアは腕がイイ。おれが幾つか意見を言っただけで、すべて分かったみたいだな。おれの部下に欲しいくらいだぞ」

 

「そうか。それは朗報だ。……リシュリキアスは歳のわりにずいぶんと頭が良いんだな。聞いておきたいことがあるんが、西域のミスティオスについて、どんな印象を持っている?」

 

 モナークとシロッコに聞いただけでは不十分だった人物像をリシュリキアスの意見で補完したかった。彼はずいぶんと大人びていたし、言葉の節々には率直さが窺えた。

 

「ハッキリ言って嫌いだぞ。エニグマは自分が黒トリガーに選ばれたっていうことが誇らしくてたまらない。それなのに、モナークを認めようとしないんだ。エンジニアだからって馬鹿にしてる。アクシアはエニグマがマシに見えるくらい傲慢だ。誰のことも信用していないし、されない。ああいう大人にはなりたくないぞ」

 

 リシュリキアスはモナークが現在、置かれている状況を知らないはずだった。それなのに、ここまでの悪印象が飛び出す。画像データでしか知らない相手だが、俺が感じた人物像とそれほど乖離していない。

 

「北域はどうだ?」

 

「ヴィエンドの婆さんはウデは立つけど、頭はそこまで良くないぞ。多くの侵略者を退けてきたんだから、もっと賢くてもいいと思うんだけど、ノエルさんにその辺りは任せているのかもしれない。ノエルさんは……〈ネウロン〉切っての天才だ。それは間違いないんだぞ。でも」

 

 リシュリキアスの目が暗い輝きを放ち、その髪と同じ色の青き燐光を灯らせている。西域のミスティオスたちの印象とは違い、彼は言葉を濁している。それはつまり、そういうことなのだろう。

 

 モナークは行方不明になったノエル・ガンパウダーを尊敬しているようだった。だが、よく考えれば、けしてそれは人格面からではない。彼女のエンジニアとしての腕前を指していただけだった。

 

「あの人はよく分からないんだぞ。何を考えているのか想像がつかないし、こちらの思惑にけして嵌まらない。エンジニアとして自由な心を持っているのかもしれないけど、ノエルさんくらいになると、それは逆に囚われていると言えるんじゃないかな」

 

「面白い意見だ」

 

 ノエル・ガンパウダーのことが、よく分からなくなってきた。リシュリキアスの不安がこちらに伝わって来るように感じられ、ただの異質な天才ではないのかもしれないと考えるべきか。

 

「皆はノエル・ガンパウダーを天才だと言うが、俺にしてみれば、おまえの方がよほど賢く見えるな。本当に9歳か?」

 

 そう言いながら俺はリシュリキアスの頭を撫ぜる。こう言った振る舞いはしたことがなかったくせに、自然と手は動いていた。彼はくすぐったそうに笑う。

 

「へへっ、おれはモナークにたくさん知識を教わったんだから、当然なんだぞ! 〈ネウロン〉にはいっぱい本もあって勉強出来るしな」

 

「モナークとずいぶんと仲が良いんだな」

 

「そりゃあ、歳が近くて話も合えば、仲良くなるのは当然なんだぞ。ジェイルはいつも笑ってるけど、めちゃくちゃ無口だし、シロッコは硬すぎてつまらない。おれがミスティオスになんかならなきゃ、もっと遊べたんだろうけど」

 

 不満そうに口を尖らせたリシュリキアスが、このときだけは相応な子供らしさを放っていた。俺はその顔に知らず自身を映していた。いつもは自分を構ってくれた兄が何かに夢中になり始めて、どんなに理由を聞いても話してはくれなかった。今になって、俺はそのときの兄の気持ちをようやく理解出来ていた。

 

「そうか」

 

「むっ。何だよ、その顔。なんかモナークみたいなんだぞ」

 

「いや、なんでもない。ボーダーはしばらくは〈ネウロン〉でやることがある。何かあれば、すぐ頼れ。もっとも、南域のミスティオス、リシュリキアス・ホットコールドは俺が思っているより、出来るやつだ。もしかしたら、俺たちがおまえに追加で何か頼むかもしれない。そのときは話を聞いてくれ」

 

「……うん! 分かったんぞ!」

 

 そのあと、リシュリキアスの意見で改良された探査トリガーがダクティロ湖をわずか3分足らずでサーチしてしまった。結果はシロ。異常なトリオン反応は検知されなかった。これで、残すは西域のみ。

 

 俺たちは南域のミスティオスたちと別れ、東域へと帰還する。リシュリキアスに土産と称して5つのトリガーを貰った。シロッコの鎧と合わせてみれば、既に遠征は成功したと言っても過言ではない。

 だが、俺たちは〈ネウロン〉の人々と同盟を交わしたのだ。期待させたぶんの責任は果たさなければならない。

 

 トリオンの節約のため、時間をかけた飛行は夜まで続いた。東域の宮城地下に遠征艇を仕舞うと、ようやく張り詰めていた空気が抜けてゆくようだった。

 

 夕食のときには既にモナークは回復しており、卵と共に煮込まれたリゾットを皆で食べた。メイドたちがどれだけおかわりしても構わないと話すため、6杯も平らげてしまって菊地原に呆れられた。だが、気持ち悪くならなければ、構わないのだ。俺は俺らしく在ろう。

 

 雨の音が響く中、俺はモナークの部屋に来ていた。今日あったことを報告するためにだ。彼女の顔はずいぶんと明るく、体調は万全であるようだ。

 

 そこで俺は、菊地原からの献策を伝えた。宇佐美からは既に可能だという太鼓判を押されている。だが、それを決めるのは星神であるところのモナークだ。俺の右手にはボーダー製のトリガーがある。スペアで持ってきたもので、中に入っているのは弧月とバッグワーム。

 こちらの技術を流出させるような真似だが、ボーダーは既にいくつもの報酬を得ている。これくらいの還元はしても構わないだろう。それこそが、同盟国としての誠意だと考えたのだ。

 

「その申し出をわたくし受けたいと思います。キクチハラには感謝しないといけませんね。オペレートをしてくれるウサミにも。そして、カザマにも」

 

 モナークは少し内向きにカールした赤いロングヘアを震えさせ、少し俯いている。真っ白な頬をわずかに紅潮させており、もしかしたら熱がぶり返したのだろうか?

 

「今回、俺は何もしていない。リシュリキアスに他のミスティオスに聞いたくらいだ。そうだ。おまえはどうなんだ? 西域の連中のこと、どんな風に見る?」

 

「エニグマ・アッシュアイスさまは幼い頃より修練に修練を重ね、黒トリガーの適合者となりました。大変な努力家ではありますが、武働き以外で人を認めることは無いでしょうね。戦いで死ぬのは本望。そう仰られるかと」

 

 やはりそんな印象だったか。こういうタイプほど、単純な策に引っかかって自滅する。最後は自らのプライドも折れて無様に命乞いをするハメになるだろう。

 

「そしてアクシア・ファイアタンクさまは表面上はそつなく会話してくださいます。しかし、常に疑心暗鬼に怯え、部下が裏切ることはないか常に見張られている。あの調子では、西域の没落は避けられないものとなります」

 

「他の地域が困った事態になっても、助けに行かないのか?」

 

「頼まれたら、もちろん助けに参ります。わたくしやシロッコ、リシュリキアスはそういった柔軟な姿勢を示すでしょう。ですが、北域は我関せずの態度を崩すことはありません」

 

「そう言うことなら、討伐はしやすいな」

 

「あの、次の任務にわたくしを同行させていただけませんか!?」

 

「そうだな。実験もあるし、付いてきてくれ。トリオンを補給するために、2日は休憩だ。その間にトリガーを使ってもらって、データを取る」

 

「頑張ります」

 

「そうだな。せっかくだから、メイドたちにご馳走を用意させよう。遠征艇から持ってきたカレー粉が役に立つときが来たようだな」

 

「かれーこ?」

 

「スパイスが効いた辛い食べ物だ。こちらの世界では最もポピュラーな家庭料理と言っても過言ではない。俺の好物のひとつだ」

 

「まぁ、そうなのですか! それなら、わたくしは明日から料理当番をしてみようかな!」

 

「ほう、モナークの手料理楽しみにしているぞ」

 

「任された!」

 

 モナークはまるでリシュリキアスと実の姉弟であるかのように胸を叩き、その自信を漲らせていた。執事が消灯の時間を告げに来るまで、その夜は楽しく過ごしたのだった。

 




ジェイル・スパーク(32)
南域のミスティオス。

ラケダイモン
弓トリガー、プテロンの改良型
加速・減速の能力に加えて、弦の内側は刃のようになっており、通常のプテロンより丈夫。

リシュリキアス・ホットコールド(9)
南域のミスティオス。

マカリオス
任意のトリガーを最大2つ強化できる。
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