朝がきた。
壁越しにもやかましい程に響く鳥類の大合唱と、空腹な腹を刺激する匂いにひかれ陸斗は目を覚ました。
平たい万年布団から上半身を起こす。眠く中々上がらない瞼をこすっていると、リビングに繋がる襖から雫が顔を出した。
「陸斗おはよう。ごはんできてますから、顔を洗ってきてくださいね」
「へーい」
返事をした陸斗はのたりのたりと洗面所まで歩くと、冷たい水で顔を洗う。
寝ぼけていた思考が徐々にハッキリしていく。
タオルで顔を拭き正面の鏡に写った自身の顔を一瞥する。
「……酷い貌だな」
目元の下には不眠による小さな隈ができていて、悪人面(づら)から殺人面(づら)になっている。
ため息をつきながら陸斗はリビングに入った。
「ほらほら、早くご飯食べないと学校に遅刻してしまいますよ」
「お前は俺の母さんか」
「はい」
自愛の笑み浮かべる雫に陸斗はため息をつく。
丸いテーブルには今日も美味しそうな朝食が置かれ、雫がちょこんと座っている。
どかりと、陸斗はいつも通り彼女の正面に座る。
「「いただきます」」
二人は手を合わせ頭を下げた、後(のち)に食べ始める。
白米、目玉焼き、豚汁、焼き魚、と順番にもくもく食べていく。どれも美味しく、箸が進む。
「なあ雫、やっぱり」
「ダメ 」
陸斗の言葉を最後まで聞かずに、雫はキッパリと拒否した。
「いやいや、最後まで聞けよ。 」
「聞かなくてもわかるます。「せめて朝ご飯くらい俺が作る」って言うんでしょう。」
うっ、と言葉に詰まる。
言いたい事をズバリと言われてしまったからだ。
家の家事はすべて雫が一人でやっているのである。
朝ごはん、昼の弁当、夜ごはん。
食器の片付け、洗濯、掃除、買い出し、雫が毎日家事をこなしているからこそ陸斗はごはんに困らず、家は清潔な状態が保っていられるのだ。
しかし、年上として、男として、十歳の子供に女の子にすべてを任せるのは、流石にと陸斗は思う。
雫の絶対零度の瞳が陸斗をいぬく。
「一日で炊飯器を爆破した事、もう忘れたの?」
「だ、大丈夫だ。俺もあれから料理の勉強はした。炊飯器を壊すような真似はもうしない。 」
今回は言い負かされるなーー陸斗は雫を見つめながら自身に言い聞かせながら反論する。
「子供に料理から洗濯、掃除と身の回り世話までやらせていては世間体がな。わかるだろ?」
「わかります。ですが、陸斗の世間体がこれ以上下がることなんてないはずです。最底辺なんですから。」
「うっ!!」
雫の言葉の刃が陸斗の胸に突き刺さる。
陸斗は心に65のダメージを受けた。彼女からの指摘は確かにその通りだった。
少し前。
一度盛大に無駄使いをしてしまい明日の御飯にも困りはてた陸斗は。
「雫、すまない。少しでいいお金を貸してくれないか?」
「はい。言いですよ」
そんな軽率な気持ちで雫にお金を借りたのだ。
後悔している。
どうかしていた。
高校生が小学生に頭を下げてお金を借りる行為。
そんなもの端から見なくても犯罪で、⚪交そのものだ。
しかも、近所の人に見られていたのか、ツイッターで情報は高速で広がり。
次の日には近所中にしれわたり、軽蔑の眼差しを突き刺さった。
ついたあだ名が「ロリコンヒモ男」。そのままである。
あの凄惨な事件以来、陸斗は無駄使いを禁止した。
「で、でもな友達とかがきたら困るだろ。子供に全部やらせて、自分は何もしないだなんてカッコ悪いし。」
尚も食い下がる陸斗に雫は不思議そうに首を傾げる。
「友達いるんですか?」
雫の言葉の攻撃が陸斗の心を直撃する。
陸斗は心に999のダメージを受けた。
「い、いないけどさ。」
「なら、全然大丈夫じゃあないですか。」
「で、ですよね。」
今回も負かされたと、背景に暗黒のオーラを漂わせる程に落ち込む陸斗。そんな彼に雫は微笑する。
「大丈夫です。朝早く起きるのは苦になりせんし、私は学校に通っていません。時間ならたくさんあるから、することがないと暇でしかたありせん。」
「そりゃそうかもしれないが………」
「問題ありません。ね。」
向日葵(ひまわり)の花のように笑う雫に、陸斗は押し黙る。
「有無」言わせない迫力。
今日も無理だったか、と陸斗肩を落とした。
ドタドタと外の階段をかけ上がる音、二階から響く振動と元気な声が聞こえてくる。
上階の人は毎日元気だなと思いながら、テレビに電源をいれた。
ニュース、占い、朝の特集などつまらない番組ばかりだ。
「そういや、昨日の最後に向かった依頼、どこの誰が受けたんだろうな」
ふと昨日の事を陸斗は思い出した。
「俺と同じ学園の制服って事を男ってことだし、んな奴知らないだけどな。」
「イニシエーターはツインテールをした女の子で、それらしい武器は持っていなかった、と」
民警の仕事は早い者勝ち。
普通であれば陸斗も雫も、運が悪かったと思うだけだった…………のだが。
「何人か打撃で殺されていたんだよな」
「はい。少なくとも二人は」
「う~~む」
変な違和感はそこなのだ。
通常、ガストレアに殺される場合、爪や牙による斬殺、刺殺がほとんどであり。後に喰われ、原形が残らない死体になるのは普通だが、打撃で殺されるケースは稀である。
悩む二人の耳に興奮した声が届く。
『見てください!!』
テレビに写る若いリポーターが興奮した様子で叫んだ。
大きな声に陸斗と雫もテレビの画面に注目する。
リポーターが立っているのは、東京エリア第一区の聖居。(せいきょ)
特徴的な舗装路と綺麗に刈り込まれた樹木は誰が見てもすぐにわかる。
その時、画面が切り替わり、バルコニーから一人の少女が現れた。
和紙のように薄く真っ白い生地を幾重にも羽織り、その頭部にも同様のヴェールをまとっている様はウェディングドレスにも似ている。
肌も、頭髪までも白い。まさに、真っ白ろ白すけだ。
「聖天使様か。」
「ですね。」
陸斗の小さな呟きに雫が相づちをうつ。
政治家に対して興味のない二人でも流石にしっている。
十年前、事実上五つエリアに分割された日本。その一である東京エリアの統治者だ。
美貌もさることながら、かなりの辣腕らしく支持率もかなり高い。
興奮した様子で喋っているのリポーターの声をBGMがわりに聞き流しながら、二人は食事を終えた。
いつも通りのちょうどいい時間帯。陸斗は椅子に掛けてあった鞄を拾いあげる。
「行ってくる。何かあったら携帯に電話しろよ。」
「陸斗も車には気をつけてね。」
「おう。」
手を振る雫に見送られ、陸斗は外にでる。
陸斗は薄っぺらい鞄を背中にかけて歩きだした。勾田高校は少し遠いが歩いて行ける距離にある。
季節は春。心地よい朝の日射しを浴びながら歩きだした。
サクラの花が空を舞い。
道端にはタンポポ、ナノハナ、サクラソウなど春に芽吹く花は花弁を拡げ満開している。
人間は強い。
十年前、ガストレアの侵攻により文明は崩壊の淵に立たされ、夥(おびただ)しい数の人間が殺され、あるいはガストレアに姿を変えた。
たった十年で、人間はこれだけの文明を復活させたのだ。
陸斗は春を感じながらひたすら歩く。
途中でボロい自転車に乗りペダルを漕ぐ青年と、荷台に立ち上った少女に追い抜かれる。
その際に、「ローマだ!なんと言ってもローマなのだ」と元気よく叫んでいた。
微笑ましい光景に思わず口元が弛む。
ゆったりと歩き続けていると「勾田」高校に通う男女の姿が多くなり、次第に校門が見えてきた。
「それでねそれでね。「天誅ガールズ」が面白いの!」
「うんうん、面白いよね。来週も絶対見よーー。」
友達と笑いあう二人の少女とすれ違った。
級友なのだろう。彼女たちはテレビアニメの話で盛り上がり、楽しそうに歩いていく。
ずきりと、僅かに痛む胸に手を置く。
雫にもあんな風にお喋りできる相手がいてほしいーーそんな叶わない望みを首をふり払拭する。
「さて、今日も退屈な1週間の始まりだ。」
ため息をついた陸斗は鞄を背負い直すと、校門を抜けて公舎の中に入った。
次はいつになるかわかりませんが、多分投稿します。