ぶらっくぶれっど『黒いパンとゼっちゃん』
2021年。
人類は異形の生物に、ガストレア生物に敗北した。
【ガストレア生物】とは――――【ガストレアウィルス】と呼ばれるもの未知のウィルスによって遺伝子情報を書き換えられた化け物のことだ。
感染した生物は以下の特徴を有する。巨大化、凶暴化、そして異常なまでの再生力の強化である。そのような特性を有した生物に、人類が敗北するのには左程時間を必要とはしなかった。
結果、敗北した人類は荒廃した地球の一部エリアへと追いやられた。
それでも全滅しなかったのは、ガストレアが嫌う【バラニウム】と呼ばれる金属で出来た壁【モノリス】で四方を囲い逃げ出したからだろう。そしてこのモノリスで囲まれた人類の生存可能圏は一般的に【エリア】と呼称される。
そのエリアの一つである【東京エリア】にて、とある男女が言い争っていた。
「だから本当なんです! 私は一度死んで! KAMISAMAに! 素敵で愉快な二次元NOURYOKUをもらって! この世界にTENNSEIしたんですぅ!」
「いやだからね。なに素敵で愉快な妄想かましてくれちゃってんのか知らないけど現実みろよ現実! お前頭おかしいよ!」
「お、女の子に向かってそれは流石に酷すぎませんか!」
片方は、青ジャージにブルマを纏い――――そして目に紅い包帯を巻きつけた少女。
もう片方は、ブランド物のスーツで身を固めた――――死んだ魚のような無機質な瞳をした男。
「わかったわかった。 あれだろ? お前の話をまとめるとだな。 お前は、前世で非リア充の極致に至った花の2X歳で彼氏いない歴=年齢の鉄血乙女だって話? そんで、KAMISAMAとやらの手違いでTENNSEIトラックとやらにホームランされてKAMISAMA空間に超次元ワープして? KAMISAMAの手違いの詫びとやらで好きな漫画のNOURYOKUをもらって? 好きな漫画のキャラクターのビジュアルをもらって? で? この世界に強くなってニューゲームTENNSEIしたってわけ?」
「YES! その通り! 概ねあってますよ! 一部腹立つ誇張表現もあるけど!」
「家帰って糞して寝ろよ。それか病院に行け。ガストレアのウィルスホルダーでもお前程イカレた妄言吐く奴なんていねーよ」
「ふぁぁあああああああああああああっく!」
ポニーテールを振り回して絶叫する少女。
容姿は可憐でも中身は残念極まりなかった。
「確かにさ、女にうんこなんて言って悪かったが……落ち着けよ【ゼっちゃん】」
「うそじゃないもん! NOURYOKUあるもん! KAMISAMAいるもん!」
残念だが、どこぞの『あるもん! STAP細胞あるもん!』並みに信用出来ない言葉だった。
「で? 本当だとしてなに? 肯定してほしいの? あーそうそういうことね。お前は素晴らしいTENNSEIオリ主だよ。TENNSEIおめでとう。じゃあ仕事あるから行くわ」
背を向けて去ろうとする男の肩を掴む少女――――ゼっちゃん。
某型月に登場する冬木市一の美少女であり、中の女(2x歳)が欲したキャラクターである。
「ここってブラックブレッドの世界じゃないですか!」
「黒いパン? なにそれ? 美味しいの?」
弾丸は『ブレット』だった。ゼっちゃんは間違った発音に恥じた。
言ってしまったことは仕方がない、と無視しながら、
「私、民警になりたいんです!」
「なれば? 勝手にさ、試験受けてライセンスでも取って就活してくればいい。今はどこもかしこも人手不足で求人募集中だよ」
強引な話題転換。だが、一応言っている事に嘘はなかった。
ブラックブレットの世界で民間警備会社――――【民警】に所属し、ガストレアを倒し無双する。俺TUEEEEE!がしたい。
それだけの為にTENNSEIさせてもらったのだ。熱意は本物だ。
ただ、ゼっちゃんの言葉を中二病の妄想と判断している男との温度差は開く一方だった。
「私は! 戸籍がありません! なぜならKAMISAMAのTENNSEIオリ主だから!」
「で?」
「見たところ、おじさんは民警の関係者ですよね? しかも上位役職者ですよね? だったら戸籍偽造とかも出来るんじゃないですか!?」
無茶苦茶だった。
ゼっちゃんの言っている事は社会を知らない子供の戯言だ。
漫画やら小説やらの知識の総集でしかなく、もはや勢いで適当に妄言を垂れ流している。
「え? 確かに俺は民警で社長してるし、そういうことも出来るけど。何でお前のためにそんなことしないといけないんだよ……」
「な、なんでですか! 私はTENNSEIオリ主ですよ! オリ主と出会ったモブキャラは、戸籍やらの問題を解決してくれる舞台装置じゃないんですか!」
「今の若い奴特有のゲーム脳ってやつ? 何言ってんのか意味わからん」
てかさ、と男はあきれ顔で問いかける。
「仮にね、俺がお前を援助してやって何かメリットあんの?」
「今の援助交際してるオヤジの言葉みたいですね……正直ドン引きなのです」
「ガストレアに脳天から食われて死ねよお前」
「なにID真っ赤にしてるんですか」
「意味はわからんが腹立つなそれ」
冗談は置いておくとして、とゼっちゃんは言う。
「こう見えて戦闘系には自信があります。 なんと! 私に殺せないものはありません! 生きているのであれば神さえも斃せます! だから社――――」
「その包帯といい、そういう設定はノートにでも書いていればいい」
ガストレア相手に無双したいのであれば、モノリスの外――――未踏領域に行けばいい。
大量のガストレアが闊歩している死の世界だ。
3歩も歩かない内にガストレアにぶつかることだろう。
海に行けば、ホホジロザメ型の巨大な海棲ガストレアにも出会えるだろう。それはさぞかしく素敵な事で、オリ主の無双願望を叶えてくれるはずだ。
だが、ゼっちゃんが求めているのは少し違った。
ゼっちゃんの根本にあるのは承認欲求である。
要はガストレア相手に無双して、俺TUEEEE!して、その結果を認めて褒めてほしいのだ。
そのためにも社会に属することは必要不可欠なことであり、足元を固めるのは何よりも優先されることだった。
TENNSEIやらNOURYOKU要求の代償に、記憶がほぼ全て吹き飛んだ――――ゼっちゃんになる前の地雷女が持っていた根本思想。
ブラックブレットの東京エリアに、TENNSEIしてからようやく出会えた民警。それも人事採用権のある社長。
叶うのであれな。主要キャラの会社に所属したかった。だが、それも最早大半の記憶が吹き飛んだゼっちゃんには些細な問題だ。
主要キャラの顔や名前なんて覚えていないし、もうどうでもよかった。
もうモブ民警会社でもいい。所属を確立化し、自分の社会的地位、序列を挙げ悦に浸る。そして無双する。それだけ。
それだけだから、どうしてもモノにしたい。ほしい。
頭がフットーしていた。
『ああ――――。あなたが私の雇用先だったのですね』
男が民警の社長をしていると名乗った直後のセリフだ。陶然とした様子でトリップし出した彼女に、男はドン引きだった。
そんな最中、甲高い電子音を鳴り響く。
音源は男の胸ポケット。携帯端末の着信音だ。
彼はすまないね、と断りつつ繋いだ。
『お疲れ様です。総務の――です。緊急の連絡なのですが構いませんか。構いませんよね。社長は一日暇ですからね。私達とは違って』
電話口から聞こえるのは高い、それでいて平坦な少女の声。
若干機嫌が悪いのだろう。皮肉にどうも棘があった。
「おいおい。これでも俺は忙しいんだけどね。どこぞのIQ200以上の天才様と違って効率的でないだけさ。で、なに?」
『……別に私は天才でも何でもありません。その言い方は不快です。…………ごほん。報告します。先ほど、モノリス内にガストレアが侵入しました。社長が現場に一番近いので殲滅にあたってほしいのですが?』
「ごめんごめん。怒るなよ――――ちゃん。 わかったよ。こちらで対応するから位置情報送って」
『かしこまりました。ただいま、端末にターゲットの位置情報を送信しました。ご武運――――あ、社長。すみませんが帰りに芳香剤買ってきてください。なぜか社長室から何とも言えない異臭がしますので。私も仕事になりません。というか、いつも聖天子様が来られる時に限ってですよね? この妙な菊の――――』
適当に電源を切り、男はゼっちゃんに告げる。
聞いたかね? と前置きし、
「何でもガス――――」
「社長さん、お部屋でナニされてるんですか!? 早く芳香剤買いに行ってくださいよ! 最悪ですね!」
「そーいうのを下衆の勘繰りって言うんだぜ? 神聖な職場でずっこんばっこんするわけないだろうに」
「言った! 今ずっこんばっこんって言った! あんた真っ黒だ!」
「彼女は真っ白だけどね。HAHAHA!」
聖天子だけに、と彼は唇を歪めた。
面白くも何ともない親父ギャグだった。
「真面目な話。あ、君らの年代だったら、マジって言うんだろう? ナウい俺にはわかるよ。で、マジな話さ仕事が入ったから今度こそ行くね」
去る背中。
ゼっちゃんは叫んだ。社長さん、と。
「今言ってたガストレア! 私が一撃で処理出来たら、社長の会社で雇って頂けませんか!」
「やだよ。君みたいな変な子」
「即答! というか私のどこが変だって言うんです!? 冬木市一番の美少女じゃないですか!」
「鏡見ろよ」
青ジャージ+ブルマ。極め付けに両目には紅い包帯。どこからどうでもエクストリーム中二病患者だった。
役に立つビジョンが一ミクロンもわかないやつも珍しいな、と彼は思った。
彼の後方できゃんきゃん喚く生物を背に向かうのは、事務の少女から送られてきたポイント。
すなわち――――ガストレアのいる戦場だ。
●
事務子から送られてきたポイントに到達した男は、見知った壮年の男を見つけた。
精悍な顔立ちをした警察の男である。
前に名刺を交わしたことがあったが、失礼極まりないがどうも名前は思い出せない。
男は彼を便宜上、役職の警部と呼ぶことにした。
「すまない警部。 少し遅れた」
「【Mr.バラニウム】が来ると思っていたがまさか、社長のあなた直々に来られるとは……お手を煩わせて申し訳ない」
「一番現場に近かったからね。 ところでガストレアは――――、他社に先を越されたか」
爆砕音。
視界の先には、アスファルトを粉砕する蜘蛛型のガストレア。
巨体ならではのパワーを活かし、民警を追い回している。
「フェイズ1蜘蛛型か」
「ええ。よくあるタイプですので、新米の彼等イニシエーターとプロモーターでも問題は無いと思うのですが……」
ガストレアは生物に進化を促す。
形態変化した初期の状態をフェイズ1と呼び、以降様々な生物の因子を取り込んだ、より進化した状態をフェイズ2、フェイズ3、フェイズ4と呼ぶ。
そして一般的にはフェイズ4が進化のハイエンドとされている。
今回の蜘蛛型は弱点のモノリスの中に侵入し弱ったフェイズ1、つまり雑魚もいいところだ。
ゆえに現状の光景が男には信じられなかった。
狩るものが狩られるものに追い回されている。それも雑魚中の雑魚に。ヒエラルキーで言うとこの最下位にだ。
とても許容できる内容ではない。
苛立ちながら告げる。
「イニシエーターの動きが随分悪い。初体験を済ませてはいないというわけでもないだろう?」
「ええ……そうらしいのですが」
イニシエーター。
母親の胎内にいた時にガストレアウィルス感染した子供のことだ。別名【呪われた子供達】とも呼ばれている。
成人男性を軽く凌駕する高い身体能力を持ち、
「うぉ……コンクリート粉砕しやがった。どこのコングだ」
現に今も人外の力を発揮しコンクリを粉砕している。その様を、初めてイニシエーターの戦闘を見たのだろう。
警察の若い男が渋面で戦闘を眺めていた。
ガストレアと同等以上の戦力があり、民警コンビは敵の弱点であるバラニウム武器を装備している。
一方、敵のガストレアはモノリスにより浸食ダメージを受けている。
なのに何なのだろうか。これは。男は思わず呟く。
「――――なんて、無様」
「原因はあのプロモーターですか」
横合いから聞こえてきた高い声に釣られ、男も原因を見やる。
若い民警の男。プロモーター。イニシエーター(ガストレア因子を宿す少女そしてプロモーターの最大の武器)の司令塔。精神的支柱。
動きに迷いがある。どう行動していいのかまるでわかっていない。
手にしたバラニウム製の黒い刀を振り回して相棒のイニシエーター指示を出しているようだが、イニシエーターに拒否されたのだろう。
戦闘中だというのにヒステリックに怒鳴り散らし始めた、その声がこちらにまで届いてきた。
『使えないやつだな! どうして僕の言った通りに動けないの! 馬鹿なの! 死ぬの! 死ぬよ僕ら! はいはいそうですか! どうせ僕が悪いって言うんでしょ! お前は僕の母ちゃんかよ! だいたい武器なら武器らしく動けよな! 本当使えないやつだよね君!』
「うわぁ……あんなワカメくんにそっくりな人いるんだ。情けないなぁ」
確かに情けないと、背後から聞こえてきた同意し、男は煙草を懐から取り出す。
そのまま着火しようとするも火がないことに気づき、
「警部。火ある? 自分のさぁ、会社に忘れてきちゃってさぁ」
「何を呑気に煙草なんて」
「大丈夫だって。ほら、俺がいるじゃない」
「それはまぁ……あんたがいるんなら問題は無いんでしょうけど。助けてやらないんですか?」
「何を?」
「いや……何って。あの新米の民警コンビですよ」
ライターを受け取った男は火を灯しながら、
「これ吸ったら助けるよ」
紫煙を吐き出す。そして、恥ずかしい話なんだけどね、と前置きし
「いやね意地悪とかじゃないよ。実はね、今の時代なかなか民警のレベルや数が足りてなくて」
「こうしてモノリス内に侵入した弱ったガストレア相手に実践経験を積ませている、と?」
警部は疲れたように頭をかいた。
やや呆れたように言う。
「それでパンデミックが起きたら目も当てられませんがね」
「確かにそうなんだが、モノリス外の未踏領域に連れていこうにも、最近の若いのはビビッて拒否りやがるんだよ。そんで弱ったフェイズ1ばかりを狩ってはどいつもこいつも私は一流ですって顔をする。結果的に年々民警自体の力は落ち目だよ」
「平和呆けしている、とでもいいたげですな。10年前と比べて」
「あの様を見れば嫌でもそう思います」
2人の男の視界の先。
若い民警コンビは、民家の壁に叩き付けられていた。
圧倒的な危機的状況。放置しておいたら流石に死傷者が出かねない。
「では、そろそろ――――」
「あ! 社長、先ほどのお話覚えていますか!」
流石に見ていられない、と男が動こうとした時、傍らを言葉と共に走り抜ける青い影があった。
「ちょ、まてよ」
男は、その姿に見覚えがあった。
先ほど、絡まれたジャージブルマの少女。ゼっちゃんだった。
制止の言葉を無視したゼっちゃんは、駆けながら紅い包帯を解き捨てる。露わにになるのは澄んだ青い瞳だ。
その瞳を爛々と輝かせながら、いつの間にか手にした刀――――新米のプロモーターが吹き飛ばされた時に落したそれを拾い上げ、
【直死――――点を穿つ】
無防備なガストレアの背に突き立てた。
するとどうだろうか。
一撃必殺とでも言えばいいのだろうか。
隙をついた背後からの奇襲に、ガストレアは断末魔さえも上げることなく、崩れ去る。
「言ったでしょう? 私のNOURYOKUは生きているのであれば神さえも屠る、と――――ゆえに言いましょう。 ガストレア如き私の敵ではない」
信じ難い状態に新米の民警や警察関係者が驚愕する中、社長と呼ばれた男に対しゼっちゃんはドヤ顔を浮かべた。
そして言う。
「社長! 雇ってください!」
「……お前どこのアサシンだよ」
「やだなぁそんなの決まってるじゃないですか……七夜のですよぉ!」
こうして、
社長と呼ばれる男の会社に、素敵な社畜が加わったのである。
その名はゼっちゃん。
善も悪も関係なく、社会的な規範や政治的な情勢に目もくれない。
自己の欲求を満たす為だけに動く中二ちゃん。
●
→NEW 民警(無免) 女オリ主【ゼっちゃん】
NOURYOKU【直死の魔眼】+αの保持者。
KAMISAMAの手違いでDEATHった。そのWABIにNOURYOKUを授けられTENNSEIする。
TENNSEI前は2X歳彼氏なし=年齢。NOURYOKUも容姿も全て借り物の鉄血処女。
コミュ障の引きこもりにして、頭でっかちのプライドだけが高いヒステリック持ちの地雷女。
今流行りのブラックブレットの世界で無双したいが為にTENNSEI先に指定した。特に正義の心とかは持ち合わせていない中二病である。
TENNSEI前の記憶は、NOURYOKUやらを求めた代償に、屈辱的なメモリー以外はほぼ吹き飛んでいる。
本当の名前やら家族やらの思い出? なにそれ? おいしいの? 私は無双したい。俺TUEEEEしたいんだよ!と自己完結しているので大した問題ではない模様。
最近某番組を観た際に、『死ぬこと以外は掠り傷!』という名言に心打たれる。
基本的に、直死しまくっているのでその内、らめぇ頭がフットーしちゃうよぉ、みたいな感じになる。
その前に脱処女だけは成し遂げたいと考えている。でも経験がないからどうしていいかわからない。
だって、ゼっちゃんだから!
【NOURYOKU】
直死の魔眼……開眼済
浄眼……開眼済
気配遮断……実装済