ぶらっくぶれっど『黒いパンとゼっちゃん』   作:藤村先生

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【神を目指した者たち】NO:3

民間警備会社。

その名の通りの民間会社の運営により設立された対ガストレ生物のスペシャリト集団である。主にその任務はモノリス内に侵入したガストレアの排除を主目的とする。一見するとその名義上、政府機関とは独立された関係のように思えるが、実態はそうでもない。彼等は政府機関からの仕事の斡旋を受け、それに伴い業務報酬を得ているのだ。そのことから、政府の【紐付き】と揶揄されている。

 

そして某日。

東京エリアで生計を立てる民間警備会社に、紐付きらしく政府からの呼び出しが行われた。詳細一切不明で来たる日防衛省に来い、という内容でだ。ふざけた話であるが、独室組織ではない為、政府の意向には逆らえない。有力な民間警備会社の多くがその召集に応じることになった。

 

その一つである【天童民間警備会社】も同様に、召集に応じ該当機関に参上した次第であった。会合部屋、そこには濡れ場色の髪をした少女と、不幸顔の少年の姿があった。彼等はそろって学生服であり、周囲と比較してもより幼さが際立っている。

 

不幸顔の少年――――里見蓮太郎が、多くの民警が集まるこの会場が珍しいのかきょろきょろとしている。そんな彼に声をかけるものがいた。濡れ場色の髪をした巨乳の少女――――天童木更である。

 

「政府の建物だっていうのにどいつもこいつも個性的な格好で来てやがる――――みたいなことを考えてそうね? 里見くん?」

 

「……木更さん。前にも聞いたかもしれないど、俺の表情ってそんなにわかりやすいのか?」

 

「少なくともポーカーには向かないでしょうね」

 

「ひでぇなおい」

 

「里見くん。確か延珠ちゃんにも負けていたでしょ?」

 

「うぐっ」

 

確かにその通りであったが素直に認めるのも癪だったので、所在なく周囲を見渡し誤魔化すことにした。すると、蓮太郎の視界の先で一際目を惹く姿があった。

 

――――はは。なんつーかすげぇな。あの子も民警なのか?

 

特異な格好をしているのは一人の女だった。青ジャージにブルマといった奇妙な出で立ち。それに加え、目に巻かれた赤い包帯。彼女はこの空間の中で一番の異彩を放っている。

 

「包帯してても見えるのか」

 

蓮太郎の視線に気が付いたのか、赤い包帯の少女が笑みを浮かべて手を振ってきた。目に包帯を巻いているものだからてっきり見えないものだと思っていた。

 

「あらあら。里見くんはこんな所に来てもナンパしてるのかしら」

 

「そんなんじゃねぇよ。というかいつもそんな事してるみたいな言い方はやめてくれ」

 

まぁなんにせよ、と前置きし木更が告げる。

 

「彼女はやめておきなさい」

 

「あの子の事、何か知っているのか木更さん」

 

「里見くんは、【CCC】(ぼくのかんがえたさいきょうの略)っていう民警ペアを聞いたことない?」

 

残念ながら蓮太郎の記憶には無い。有名人なのだろうか。視線で問い返す。

 

「東京エリア在住。IPペア登録から僅か3週間足らずでIP序列――――X位を冠し、【IISO】から【2つ名】を送られた化け物よ」

 

やや呆れたように告げる。

 

「その片割れが、君の見惚れていた彼女なの。【2つ名】が送られるっていうのがどういうことかわかるでしょ里見くん?」

 

「70万人近く存在するIPペア、その中で100番位以内に入ること、だろ。でも、それだけで化け物呼ばわりは流石に酷くないか」

 

「いいえ、化け物よ。彼女は間違いなく」

 

木更はやや間を置き、考えるようにして告げる。

 

「――――ステージⅣが7体。ステージⅢが27体。ステージⅡとステージⅠの合計およそ100体。…………これが何の数字かわかるかしら?」

 

「まさか」

 

「ご明察。彼女達が殺害したガストレアの数」

 

「……はは。確かにそれは普通じゃないな」

 

「何を見惚れていたの知らないけど――――そういうわけだから気をつけなさい。変にちょっかいかけたら、火傷じゃ済まないわよ? わかったかしら里見くん」

 

そんなことするわけないだろ、と蓮太郎が告げるも、

 

「どうだか」

 

木更はいまいち信用していないようであった。心外である。

 

「ともかく彼女達はこのエリアでトップクラスの民警よ。いつか仕事でかち合うかもしれないから顔ぐらい覚えておいて損はないわ。いい里見くん」

 

「へいへい」

 

木更はそして、と前置きし、楕円卓の最前席に腰かけている男に視線をやる。

 

「【CCC】の雇い主であるのが彼よ。私達の業界では有名な人だから聞いたことあるでしょ?――――警備会社の社長。【首輪付き】と呼ばれているあの人よ」

 

「ん? その某民警会社の社長って言えば、噂では聖天子様とデキているって」

 

「お馬鹿。そんなのただの噂に決まっているじゃないの。彼は、10年前の戦争で英雄と呼ばれた人間よ。ガストレア戦争で親も兄弟も妻も子供も何もかもを失ったと聞くわ。なのに気丈ね。戦争で頭がおかしくなったって言われているけど、第一次関東会戦、続く第二次関東会戦を生き残り、今も立派に戦い続けている」

 

「へぇ」

 

木更は知る由もなかった。風の噂で適当に聞いた人物像を話していた、その当事者が、

 

『なんかさ。全員が全員ロリコンに見えね? あの偉そうな顔したオヤジもそうだと思うとキモくて仕方がないね。なぁ、ゼっちゃん!』

 

『し、社長! そんな大声で言ったら聞こえるっすよ!』

 

『ゼっちゃん。本当はゼっちゃんもそう思ってるんだろ! あんな小さな子供をお供に侍らせやがってキモイなこのオヤジって! どうせあいつらリアルの女性に相手にされないからって、子供に逃げている変態だよ』

 

『社長も【天誅ガールズ】のロリロリな天誅レッドに傾倒している駄目な大人っす! 自分の事を棚に上げるのはダメなのです!』

 

『二次元はいいんだよ! 俺が三次元でさ、『夏世たん。激マブだわ~。うひゃひゃひゃ! 今日パンツ何色?』ってなってたらキモイだろうが。でも、【天誅ガールズ】は違う。かの物語はなんていうか人生、かな』

 

『凄いっすね! なんというか、そう! 紙一重! ただし塀の中と外! みたいな感じなのです! …………正直、ドン引きなのです』

 

ゼっちゃんと上記のような会話が繰り広げていたのを。

 

やがて、蓮太郎達の視線の先。話題にあがっていた彼は、懐から携帯端末を取り出し、耳に当てる。

最初の内、表情の変化は特になかったが、次第に眉間に皺がより始める。何か問題でも起こったのだろう。

係りの者に2、3告げるとそそくさと退場の姿勢を示す。

 

そして、いつの間にだろうか。

 

「こんにちは。1つ教えてほしいのです。あなた方の名前は何ていうのですか?」

 

蓮太郎達の眼前には、先ほどの会話にあがった赤い包帯少女がいた。

一瞬目を離した隙に移動したのだろうか。やはり100番以内にいる人間は普通ではないのだろう、と気持ちを切り替え目の前の少女に相対する。

 

彼女は可愛らしく首を傾げている。目は見えないが恐らく整った顔立ちをしているのだろう。近くで見ると可愛らしさがより際立っていた。

が、

 

「…………」

 

隣の木更から何とも言えない無言の視線を送られてきたので、表情に出さないように努める。

 

「天童民間警備会社社長、天童木更です」

 

「同じく天童民間警備会社所属、里見蓮太郎だ」

 

「――――警備会社所属の社員零号のゼっちゃんです。零号でも、Tちゃんでも、ゼっちゃんでも好きなように呼んで下さいっす」

 

あの唐突なのですが、と前置きしゼっちゃんは口を開く。

 

「お二人と以前どこかでお会いしたことってあ――――――」

 

しかし、全てを言い切る前に言葉を遮るものがいた。

 

「ゼっちゃん。すまんが、急用が入った。出来れば一緒に来てほしい」

 

社長だ。彼は何時にも増して死んだ目をしており、表情も心なしか覇気がなかった。ゼっちゃんはおや、と内心疑問に思いながらも、特に無双に関係無いからいいやと思考の隅へと追いやった。

 

「別に構わないのですが、まさか【天誅ガールズ】のラジオを聞きに帰るとかじゃないですよね?」

 

「ゼっちゃん。いい大人がそんな子供向け番組のラジオなんて聞くわけないだろ」

 

「え。でも社長! 昨日、社長室で【天誅ガールズ】のアニメ観てテンション上げ上げだったのです!」

 

蓮太郎はマジかよ……といった表情で【社長】を見やる。隣の木更も信じられないとばかりにそちらに視線を送っている。

居心地が悪かったのだろう。【社長】はごほんと咳払いを一つし、努めて爽やかにいいかね、と語り始めた。

 

「ああ、勘違いしないでくれよ。我が社の夏世――――イニシエーターが大好きでね、彼女ともっと仲良くなるために俺も少し勉強しているんだ」

 

基本的に、千寿夏世は社外の人間には【天誅ガールズ】のファンである事をひた隠しにしてきたのだが、思いもよらないところで発覚した瞬間だった。夏世は犠牲になったのだ。

 

「素晴らしいですね。社長自らがイニシエーターのためにそんな事までするなんて、プロモーターの……いえ、民警のひいては東京エリアで生きる大人の鏡ですね」

 

「嘘なのです! 社長、ドはまりしてるじゃないですか! 今日もこの後【天誅ガールズ】のブレスレットみたいなの買いに行くって―――――」

 

【社長】は捲し立てるゼっちゃんの唇に指を押し付け黙らせ、のんのん、と前置きし、

 

「俺が夏世ちゃんとばかり仲良くしてるからって嫉妬するなよ」

 

「はぁ!? 日本語通じないのですか!? というか嫉妬とかありえないのです! 社長キモいのです!」

 

なんだそうなのか、と蓮太郎達が生暖かい目で見ると、流石のゼっちゃんも心外だった。

 

柳眉を上げるゼっちゃんを無視し、社長は告げる。

 

「挨拶もろくに出来ずで申し訳ないが、我々はこれで失礼するよ天童社長。会議は君たちだけで楽しんでくれ」

 

「あら。これから会合ですのに……何かトラブルでも?」

 

「ああ――――君たちの度肝を抜くようなことが起きていてね。少しばかり世界を救いに行くのだよ」

 

大仰な言葉だ。あまりそういうことを言わない男だ。実際に何か大きな問題が起こったのだろう。

 

「社長それって無双出来るのですか!?」

 

「聞いて喜べ! 食い放題だ!」

 

「満漢全席なのですね! 素晴らしい! なら早く行きましょう! 私の無双ケージはマックスなのです!」

 

ゼっちゃんは戦いの気配を感じて益荒男ケージが有頂天だった。

 

「不都合で無ければ内容をお聞きしても?」

 

彼は意地の悪い表情を浮かべ、

 

「腰を抜かすなよ御嬢さん。実は――――――」

 

濡れ場色の髪。それ包まれた小さな耳に口を寄せ、告げた。

 

「――――え?」

 

それを聞いた木更は間の抜けた声を発し、驚愕に目を剥いた。

 

 

 

 

 

 

2021年ガストレア戦争以降、多くの人類が抱く共通の思いがある。

 

――――全てのガストレア生物は、一切の例外無く死に絶えるべきである。

 

愛する家族を食われた者。我が子が内側から弾け異形の化け物のへと変化するのを見せられた者。

そういったものは例外無くガストレアを憎悪していた。

 

【東京エリア】では、ガストレアの血を引く【呪われた子供達】にも人権を、と人道的活動が日々行われているが、そう簡単に彼等の憎しみや恨みは消えるものではない。

果たして誰が許せようか。愛する者を奪う原因になった存在を。それの血を継ぐ存在を。

 

勝川守という男がいた。彼も例に漏れず、ガストレア生物に愛するものを奪われた犠牲者であった。

 

毎日毎日、街中を我がもの顔で歩くガストレアの血を引くもの。政府主導で行われるガストレアの血を引く者の人権保護。

彼にはそれが我慢ならなかった。自分達の大切なものを奪っておいてどうしてお前等はのうのうと生きているのだ。ガストレアの癖に。間違っている。世界も政府も何もかもが間違っている。だから正さなくてはならない。それが彼の思いであった。

 

だから彼は、彼のような気持ちを抱える者達と共に【呪われた子供達】を拉致し、処刑することにした。

 

計画は順調に進行し、薄汚れた廃倉庫に【呪われた子供達】の一人を連行した。

対象は、偶々商店街で窃盗を犯した少女だ。住民からの要請で彼女は警察に連行されることになった。そしてその警察官が、偶々協力者であったので即座に処刑の段取りに至ったのだ。

 

薄汚れた廃倉庫。少女を、その地面に押し付け拳銃の撃鉄を起こす。いつでもやれる。撃てる。

だが、ある一人の警察官が勝川の処刑に対し異を申し立てるとは思いもよらなかった。彼等は皆同じ思いで集まり、同じ目的のために行動していると信じていたからだ。

 

「なぁ……鈴木さん。お前さ。何で邪魔すんの?」

 

「馬鹿野郎! こんなことやり過ぎた! 狂ってる! ただの殺人じゃないか!」

 

「狂っているのは他の奴等だ。【呪われた子供達】の何が人類の切り札だ。馬鹿じゃねーの。ガストレア因子を持つ餓鬼を街中に野放しにしているなんて……何を考えているんだ!」

 

「事実だろ! イニシエーターが欠けた人類に勝機は無い! どうやってガストレアを殺す!?」

 

「正気じゃないのはお前等だ! あの餓鬼共が本性を現したらエリアは滅亡だ! 人類は滅亡だ! 意味わかんねーよ!」

 

「……止めろ。お前達のしていることは殺人だ」

 

「やめねーよ。俺達は止まらない。ガストレアを滅ぼす。そいつも同じだ」

 

「お前さ、それ――――――――聖天子様の前でも同じこと言えんの?」

 

「…………ああ、言えるさ。何度でも言ってやる!『ガストレアは死ね! ガストレアの血を引くものは死ね! 全部死ね!』ってな!」

 

聖天子に対する恩はあった。

彼女達の一族がいなかったら【東京エリア】の人類は、自分達は今でも惨めな暮らしをしていただろう。だが、ガストレアに関しては別問題だ。

 

「そうか。だが俺にも譲れないものがある。【呪われた子供達】は武器だ。俺達の最大の武器だ。だから殺させない」

 

少女を庇うようにその前に立ち告げる。

 

「俺もお前達の気持ちはわかる。大切なものをガストレアに殺されたからな。復讐したいとも思っている。だけど、それはこいつら【無垢の世代】じゃない。今も未踏領域で巣食っている奴等なんだ。そいつら殺すための武器なんだ。だから再度言おう。こいつは殺させない。お前等がどうしても殺すって言うなんなら、まずは俺を殺すんだな」

 

「そうか。なら敵だ。そんな虫けらを庇い立てるお前は敵だ。ガストレアだ。ガストレアなんだよ」

 

言葉と共に腕を持ち上げる。手には鉄の塊、拳銃が握られている。勝川は引き金に指をかけ、

 

「おい、ちょまて――――」

 

「何を偉そうに説教かましてくれちゃってんのか知らんが、ガストレアは死ね」

 

協力者の制止の言葉を無視し発砲した。すると呆気なく邪魔者は死んだ。頭から血を流し即死した。勝川は許せない。この世のガストレアが。そのガストレアの血を引くものが。さらにそれを守る社会が。憎くて仕方がない。

 

「放せぇ! 放せぇえ!」

 

コンクリートに叩き付けられている少女が、勝川を見やる。視線に宿るのは理不尽な現状に対する怒りと悲しみ、そして恐怖である。

 

「……ふざけんな」

 

許容出来る筈がない。

 

――――どうしてあいつが死んで、代わりにガストレアのお前が生きているんだ。

 

勝川は現状に対する激しい怒りに苛まれていた。何もかもが間違っている。間違っていると感じるがその原因がわからない。怒りと虚無感。何が正しくて何が間違っているのだろうか。意味がわからない。わけがわからない。もうどうでもいい。何もかもがどうでもよかった。

 

胸を焼く憎悪に従い。彼は振り上げた。革靴に包まれた鋭利な尖端を。そしてそのまま、

 

「虫けら如きが人間様の真似事なんてするなよ! ああ!? お前なんなんだよぉ! 気持ち悪ぃなああああ!!」

 

サッカーボールでも蹴るかのように思いっきり蹴り抜く。

 

「いぎぃやっ!」

 

尖端は少女の頬を殴打した。鈍い悲鳴と共に、その口からは白いものが数本放り出された。

そんなことで怒りは収まることなく、何度も何度も踏みつける。勝川にとって、眼前の気持ち悪い生物が生きている、そんなことは到底容認出来るものではなかった。生きていていいわけが無い。

 

『彼女達は人間です』

 

国家元首である聖天子の言葉。煩わしいノイズのようだった。聞きたくもない。聞き入れる気もしない。

 

「……やめ、て。やめっ」

 

肯定は到底不可能。何度も何度も脳裏に、赤い瞳とそれに貪られる愛する者。吐き気がする。

 

「黙れ! 死ね!」

 

怒りのまま何度も何度も何度も何度も蹴りつけ踏みつける。それは自分の部屋に沸いてしまった蟻を踏みにじる感覚、それに似ていた。

 

「…………わたし何もしてないのにっ! どうして! こんな! ひどい!」

 

「酷いのはお前等だろうが。お前等ガストレアが殺した! 殺したろ!? だからだよ! やられたらやり返すさ!」

 

「ちがう! ガストレアじゃない! わたしはにんげ――――」

 

「違うっつてんだろぉがぁああああああ!」

 

力強い瞳で自分を人間と宣う。世迷い言を口にする口を黙らせたかった。頭を思いっきり踏みつける。もう我慢ならない。

興奮のあまりずっと握りっぱなしにしていた拳銃を再度構える。

 

「はぁはぁ…………もう死ね」

 

「どうして? ……どうして!」

 

現状に対する嘆き。疑問。憤怒。様々な感情が向けられたが関係無い。

 

「うるせぇ――――――死ねよ。虫けら」

 

照準は【呪われた子供達】の一人。至近距離。外すなぞ有り得ない。必殺の距離だ。勝川は躊躇いなく引き金を引いた。ゴキブリに殺虫剤をかけるよりもずっと気が楽だった。乾いた音が響く。

 

「ぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああ!」

 

「ほら一緒だ。ガストレアと一緒だ。こいつ再生している。ガストレアなんだ! 気持ち悪いガストレアだ! 

 

「いやだぁっ! いたいっ! いたい! やめてやえてやえてぇえええええやたいな!うたないうたないで!」

 

バラニウム金属ではないただの弾丸だったせいか、少女の傷は徐々に癒えていく。だがそれにも限度はあった。

 

「俺は! 違う! 撃つさ! 何度も! どうして! うるさい! 黙れ! 死ねよ! こんな! しね!』

 

勝川は再度腹に弾丸を叩きこむ。血しぶきが舞う。

 

「死ね! なんだよ! こんな世界! こんな世界! こんな……くそがぁああああああああああ!」

 

今度は胸に弾丸を滅多撃ちにする。人の形をしたものが何度もコンクリートの上を跳ねた。

 

「死ねよ」

 

全弾をぶちこんだ。頭に、喉に、胸に、腹に、至るとこに撃ち尽くした。

 

「ははは。死んだ死んだ死んだ! 虫野郎を殺してやった! ………………ふひふひひひひひゃははははは!」

 

「…………し……………やる…」

 

もはや人の限界と言わざるを得ない傷を負った少女。全身が痙攣し、至るとこから血を流している。端から見れば死んでいるように見えただろう。普通なら即死だ。だが、少女は死んではいなかった。

 

ここで勝川は確実に少女を殺しておくべきだったのだ。

 

・――――――死の間際程、ガストレアの力は強くなる。それは再生というガストレアの力をより多く消費するからだ。結果ガストレアの力が強くなり、強くなればなる程、ウィルスの体内浸食率が上昇する。そして体内浸食率50%を超えた個体は形象崩壊というプロセスを経てガストレア化する。

 

痙攣していた少女の身体。その銃創。何とも形状し難いアメーバのような物が蠢き、広がり、再生し、それらの工程を繰り返し、

 

「…………こ……んな…………い…………こ…………し…………るっ」

 

弾けた。

 

少女の肉片が血液と共に舞う。

湯だった血液が沸騰し蒸気が漂う中、現れたのは巨大な狐だった。ただの狐ではない。ガストレアウィルスに犯された生物。赤い瞳を持つ化け物である。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!」

 

絶叫。

ただの狐と言うには悍ましく、ただのガストレアというには神々し過ぎた。現実を否定するかのような巨体。太陽の化身かと疑う金色の体毛。神話の世界に登場する九つの尾。

物語の中に、彼女を示す言葉がある。

 

「嘘、だろ……九尾の……狐」

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!」

 

呼応するかのように発せられる音。金切声。倉庫内の硝子窓が全て砕け散る。キラキラと天から舞い落ちる硝子。皆が硬直し、一瞬だけ我を忘れ、現実を逃避したその瞬間。

 

動くものがいた。黄金の獣である。

 

力強く前足を踏み込み、咢を開く。大きく開かれたそれから覗くのは鋸のような鋭利な牙。それらが、

 

「――――――ひぎぃ」

 

最も近い所にいた男、勝川の頭部を噛み砕いた。それは柘榴を粉砕するのに似ていた。びちゃとコンクリートに赤いものがぶちまけられる。

その直後、頭部を失い出鱈目に痙攣する勝川の首から下が踏み潰された。血袋が破裂し、辺り一面に血潮が飛び散る。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!」

 

かつて勝川守だったものはもはや粉微塵。コンクリートにぶちまけられた血と肉。それだけだ。ただそうやって死んだ。

特別でも、珍しくも何とも無い死に方だ。10年前のガストレア戦争で、人類がかつて殺されてきた歴史の、その再現に過ぎない。ゴミ屑の様に殺される人類。身体を潰され、人間の尊厳を踏みにじられ、意味もなく殺される。その殺人には何の意味も目的も無い。ただ、そこにいたから殺され死ぬ。

 

そこに報復の感情も、防衛本能も、何も無い。機械のような昆虫のような何を考えているのか分からない殺戮マシーン。ただそこにいるから殺す。特に意味も理由もなく殺す。人類が蟻を踏み潰すかのような殺し方。納得できるわけがない。そんな、自分の人生に何の意味があったのだろうか、と思わざるを得ない殺され方なんぞ。

 

「俺は! 嫌だぞ! あんな殺され方! 俺は――――!」

 

赤い目が、勝川と共にいた男達に向けられた。その目が嗤った。ガストレアに感情は無い。ガストレア生物は虫のようなものだ。

なのに男達は皆、眼前の生物が嗤ったように思えて仕方なかった。

 

悍ましい光景。冷える肝。震える手足。それらを無視し、彼等は足に力を込めて両腕を突き出した。人類の武器たる象徴――――銃器を構える腕をだ。

 

「う、撃て!」

 

それぞれ撃ちだされる弾丸。バラニウム製ではないただの弾丸。だが人を殺傷するには十分な威力。それらが、かつて少女だったものに刺さり肉を穿つ。だがそれだけ。1秒に満たない間に弾丸は排出され傷が再生された。

 

・――――――ガストレアを殺す方法は2つある。1つ、再生阻害効果を持つバラニウム金属で生命維持器官を破壊する。1つ、爆発物を用いて細胞が再生する前に殺しきる。

 

男達はそのどちらも持ちえなかった。

結果は言うまでも無いだろう。丸めた新聞紙でゴキブリを叩き潰したらどうなるか、を想像するよりも簡単だ。小学生にも分かる。死ぬしかない。肉体的に殺されるか。人間という属性を犯され殺されるか。どちらにせよ。結果は変わらない。

 

ただの人間が、地球最強のガストレアに敵うはずがないのだ。

 

 

………………

…………

……

 

 

やがて出来上がったものは血と肉がぶちまけられた倉庫。

そして――――何匹かの狐だ。色や尻尾の本数はバラバラだが、どの個体にも共通点がある。全てが巨体で、目が赤いということだ。

 

「「「「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!」」」」

 

東京エリア、そのモノリス内。突如発生したガストレア生物。彼女等は招く。殺戮と感染を。

 

 

 

・――――――――――パンデミック【爆発感染】の始まりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

→NEW 某民間警備会社代表取締役社長、通称【社長】

 

ゼっちゃん曰く、自身の存在を証明するための【舞台装置】の一つ。

民間警備会社は例外無く政府の紐付きであるが、その中でも特に政府直属のため【首輪付き】と揶揄されている。天誅ガールズの熱烈なファン。推メンは天誅レッド。

 


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