ぶらっくぶれっど『黒いパンとゼっちゃん』   作:藤村先生

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【神を目指した者たち】NO:4

【無双】

 

一般的な意味としては、『他に比肩することの無い唯一無二のもの』と捉えられている。

が、某ゲーム会社K●eiから発表された【無双系列】をプレイしたことのある人なら、こう捉えるだろう。一人、ないし数人の個性的なキャラクター武将が敵陣を駆け、大軍を粉砕し、数の暴力を圧倒的な力パワーで制するものだ、と。

 

力とそれに伴う功績を以て自己を確立し、存在を肯定して貰いたい――――そう願う少女がいた。ゼっちゃんだ。

 

ゼっちゃんは基本的に頭がおかしい。

常識や倫理といった社会通念が全て吹き飛んでいる。どう考えても頭がおかしいし、他人の感情なんてものはどうでもいいと自己完結している人間だ。他人の事なんて興味もない。ましてや二次元の中のキャラクターに感情移入するなんて事は一生理解出来ないだろう。彼女にとってみれば、他者というものは自身の存在を証明し、自身を褒め称える為だけの舞台装置だ。

 

人に興味が無い。ものに興味が無い。社会に興味が無い。歴史に興味が無い。これだけのワードを聞くと、いかに社会人として失格か。

 

2X年引き籠りニートをやってきた彼女だ。元々人間失格の素養はあっただろう。だが、決定的におかしくなったのは、彼女が言うKAMISAMAに遭遇してからだ。彼女が言うKAMISAMAというものがどういう存在かは定義しかねるが、ここでは超神秘的なものとして解釈しよう。それは人智を超えた存在で、人の生死を操作し、人の領分を超えた能力を授ける力があるそうだ。中学生が適当に考えたTENNSEIオリ主を創造する上で、物語に欠かせないテンプレート的な存在だと解釈して貰っても結構だ。

 

なんにせよKAMISAMAというものは対価と共にNOURYOKUを授ける存在なのだ。だから、ゼっちゃんは記憶やら人格、人間性を対価に捧げた。

結果出来上がったのが、

 

『逢いたかった……逢いたかったのですガストレア!』『私の無双ケージは有頂天なのです』『頭がフットーしそうだよぉ』『洗濯機の使い方がわからないのです。どう考えても社会が悪いのです……』『あるもん! じ、女子力53万あるもん!』『あは』『ガストレアを切り裂くのって…………超楽しいのです』『極刑に処すのです』『隠密行動? 敵を背後から奇襲するための手段なのです』『逃げる? 何を馬鹿な。見敵必殺です!』『夏世ちゃん。お腹が空いたのです。コンビニ行きましょう! 料理なんて面倒なのです』『あはは』『目が、目が痛い……抉れそうなのです。頭がわれるわれるわれれれれれるいたいいたいいたい痛い――――あぎぃいいいいいい』『何かを出来る人になれたらいいね。そう思っていた時期が私にもありました、です』『違うのです! 厨Ⅱ病じゃないのです!』

 

他者を鑑みず、自分さえよければそれでいいと自己完結した、常勝無敗の中二ちゃん。

ゼっちゃんが望む無双。人類の窮地を覆し、自己の存在を証明するための舞台。敗北が許されない戦場。彼女が防衛省いる最中、その戦場は生まれていた。

 

 

 

 

 

 

・――――――ミッションを説明します。依頼主はいつもの政府機関。目標は【区画X】で発生したパンデミックの解決、及び同区におけるガストレア【ステージⅠ タイプ:フォックス】の殲滅になります。既に自衛隊により某区画は閉鎖済みです。速やかにに現場に急行し、ミッションを開始して下さい。尚、感染者は発見次第、同様に排除して下さい。

 

 

 

某民警会社。

総務部長と書かれたコーンが置かれた机。そこに座る少女がいた。外見年齢はおよそ10歳程の幼い少女――――千寿・夏世だ。

固定端末から流れる極めて事務的な任務内容に僅かに眉を顰め、手にした端末を静かに置く。

 

「状況は極めて不味い。お偉方は揃って防衛省。なるほど……では仕方がないですね」

 

机から立ち上がり武器庫と書かれた部屋に入る。

室内には――――CODENAME【Mr.バラニウム】と呼ばれる男が持つブラックバラニウムの大剣やら、よくわからない刀剣類が放置されている。放置はされているがどれも最近磨かれたばかりなのか、その刃は鋭い光を放っていた。だが、それらは夏世が求めるものではない。彼女が求めるものは【02】とナンバリニグされた黒い棺桶だ。少女が持つにはあまりにも巨大。成人男性が二人は入るだろうそれを軽々と持ち上げる。それらが彼女の武器だ。

 

「ここからは……エースのお出ましと洒落込みましょう」

 

向かうは戦場。火急的な対応が求められる。これは仕方がないことだ、と自身に言い聞かせて武器庫を後にする。

 

夏世は戦闘向きのイニシエーターではない。【タイプ:マンティス】【タイプ:オルカ】【タイプ:スパイダー】といった戦闘系と比較した場合、そのポンテシャルは圧倒的に後者が勝るだろう。戦闘系イニシエーターの中でも特に秀でているものがいる。それは固有能力を有する個体だ。代表的なものだと【タイプ:スパイダー】がまさにそうだろう。彼女等は親となった蜘蛛の因子を内包する。引き継いだ因子から蜘蛛の糸を操る能力を有するもの、猛毒を有するもの、身体的な変態に至った複眼や複数本の手足を有するもの。実に様々であるが、どれもが強力な戦力になる。

 

だから、それらに比べると夏世は見劣りするのだ。個体特有の特殊能力を所持しない。殺傷性を求めた変態に至っていない。普通の、少々力が強くて、頭がいいだけのイニシエーター。一般的に考えれば、そんな彼女が単身戦場に向かうのは無謀だろう。しかし、何事も例外がある。千寿・夏世はたかだかステージⅠのガストレア如きに敗北する気なぞさらさらなかった。固有のガストレア因子に基づく能力を有さないが、彼女にはある事に特化した才能があった。その才能を以て、数だけの相手に敗北は無いと確認している。

 

「伊達に……このいかれた事務所でイニシエーターをしていませんから」

 

意味も無く呟きながら、オフイスに戻る。

 

「あ」

 

忘れ物をしていた。机の上。玩具のブレスレット。彼女の中でヒーローたる存在が身に纏うアイテムだ。願掛け、あるいはお守りだろうか。彼女はそれを大事そうに手にとると、利き腕に装着する。【天誅ガールズ】に登場する主役達が身に着けるブレスレット。特徴を一つあげるとすると、同じブレスレットを持つものと認識番号を交換することにより通信機能を有するといった、玩具にしては無駄に高性能な機能がある。

そして戦支度が終わり、いざ、という時に夏世の携帯端末に連絡が入る。着信名を見る。【社長】と書かれていた。通話状態にし、対応する。

 

「お疲れ様です、社長。先ほど、政府の方からパンデミック鎮圧の要請がありました。私は【リンクス】のイニシエーターらしく至急現場に向かいます」

 

『お疲れさん。っておいおい夏世ちゃん。何かヤる気ばりばりだけど、なに? 【天誅ガールズ】の戦闘シーンでも観てテンション上がってるわけ?』

 

「状況は依然として最悪です。一刻も早い処置が望まれますが? 【天誅ガールズ】は関係ありません。それに私は録画派です。今週のリアル戦闘シーンはまだ観ていません」

 

『事を急いても仕損じるだろうが。俺達も直ぐ現場に向かうから、【天誅ガールズ】でも観ながらもう少し待ってな』

 

気になるワードがあった。反射的に言葉に出た。それは間違っています、と前置きし、

 

「【天誅ガールズ】を観る時は……誰にも邪魔されず自由でなんというか救われなきゃダメなんです」

 

『お、おう。何か孤独のグ○メみたいな言い回しだな。さては夏世ちゃん、通だな?』

 

微妙に引かれたような感じがした。常識人を自称する夏世からすれば、少しイラっとくる。それに、間違っている人から正論を吐かれるのは、たとえ道理に適っていたとしても腹立たしいものである、と何かの小説に書かれていたのを思い出した。確かにその通りだ。

 

『色々と無視しますが、【Mr.バラニウム】さんや【OREO】さんがいるなら兎も角、今は私しかいません。なので1番槍で踏み込みます。社長達はバックアップに努めて下さい』

 

仕方がない。それに社長も自分の実力を知っているだろうと問いかけるも、言葉が終わると共に甲高い女の声が聞こえてきた。割り込んできた声に眉を顰めるも相手はお構いなしに、

 

『夏世ちゃん駄目なのです! ガストレアの殺害権は私のものなのです! 全部、私が切って捌いて解体しないと! 私が、私が全部殺――――』

 

戯言を口にしてきた。またいつもの中二病か、とゼっちゃんの言葉を切り捨てる。

 

「心配は無用です。装備も万全です。情報は不足しておりますが、ステージⅠ【タイプ:フォックス】の単一因子です。数は問題ですが、その程度に遅れは取りません」

 

ゼっちゃんが何か言おうとするのを封殺する。言葉を被せるように、

 

「社長――――大丈夫。私がやります。千寿・夏世はここのイニシエーターですよ? 私が、私が全部殺害します」

 

電話越し。僅かの思考。甲高い声をバックグラウンドに渋い声がした。分かった、と。

 

『……ただし無理はするなよ。俺とゼっちゃんもすぐに向かう』

 

『社長! ガストレアは私の獲物です! 夏世ちゃんばかり贔屓し過ぎなのです! この前、夏世ちゃんにはアイスの実をお土産に買って帰ってきたのです! でも! 私はガリガリ君でした! 待遇の違いを感じます! 怒ったのです! この前! 会社に来ていたあの女の人に! 社長が5股してるって暴露します!』

 

『ちょ、まてよ! ゼっちゃんが『ガリガリ君以外はアイスじゃないぜベイビー!』とか言ってたからだろうが! それに俺の女性関係なんて関係ないだ――――』

 

変人達はいつも通り平常運転だ。夏世は無言で端末を切った。

 

出陣の許可は取った。事務所を施錠し退出する。

背には02とナンバリングされた黒い棺桶。少女が背負うにはあまりにも巨大。あまりにも奇怪なその様子に周囲の視線が向けられる。それを気にしながら路地裏に入り、その瞬間、ガストレアの力を解放した。

 

・――――身体強化発動。

 

その動きは瞬間移動のようであった。足に力を込める同時に左右の壁を蹴る。何度かの跳躍後、夏世が立つのは建物の屋上だった。そのまま加速する。再度、足元を蹴り跳躍。隣のビルに乗り移る。道路は走らない。歩行者や交通車両があり混雑している。それに何より人目がある。ガストレアの力を彼等に、好き好んで披露するものでもない。

 

空中闊歩。加速、跳躍、着地を繰り返し疾走する。向かう先はパンデミックが起きた某区。

 

 

「お主―――――イニシエーターだな」

 

 

それは誰にも邪魔されない筈だった。普通の人間なら届かない距離、高さ、速度。その全てを満たしていた。文字通り、目にも止まらない。その筈だったのに夏世に声をかけるものがいた。

 

「そうですが。それが何か?」

 

視線をやる。夏世と同じ10歳前後の少女。裏地にチェックの柄が入ったコートにミニスカートを着込み、底の厚い編み上げ靴を穿いたお洒落な少女だ。特徴な赤いツインテールの髪、そして――――否が応でも目を惹く赤い瞳。夏世と同様に空中を闊歩するその身体能力。即座に答えは出た。赤い少女はイニシエーター。呪われた子供達の一人だ。

 

「どこの民警か知りませんが私は急いでおります。世間話をする暇はありませんので。小さなあなたには関係の無いことかもしれませんが」

 

「お、お主だって小さいだろっ」

 

面倒なので夏世は無視した。加速する。

だが、赤い少女は一歩も遅れることなく夏世に併走する。そして口を開いた。待ってくれ、と。

 

「あっちの方から何か嫌な予感がする。それに黒い煙も上がっている。お主、何か知っているのだろう? なら教えてくれっ。何が起こっているのだ」

 

黙秘したところで併走されたままでは厄介だ。足止めを食らう可能性もある。無駄な時間は極力削るべきだ。僅かな逡巡後、事情を説明することにした。

 

「某区画で突如ガストレアが出現しました。原因は調査中。状況は最悪。初期段階といえどもパンデミックが発生しました」

 

「え」

 

まさに絶句といった表情。無理もない。おそらく赤い少女は、某区に隣接するこの区に在住しているのだろう。自分の住まう生活空間に、害が降りかかるかもしれないのだ。心配もするだろう。夏世はそう結論付けた。

 

対話は終わり、と赤い少女を捨て去りろうと、足にさらに力を込める。再度声がした。

 

「お主はそれで――――そこに何を、何をしに行こうとしている?」

 

「私は、私の中にコンパスに従って動くのみですが――――大仰に言うとですね。そうですね……。この箱庭という名の世界を救いに、とでも言いましょうか」

 

「お主、【天誅ガールズ】の天誅ブラックみたいだな」

 

「私が、私が天誅ブラックだ」

 

「は?」

 

「あ、その……なんでもありません。最近、周囲に変人が複数いるので影響を受けているのでしょう。無視して下さい」

 

僅かに顔に熱を持つが足は止まらない。依然として駆け続けている。

 

「どこまで付いて来られるのか知りませんがこの先戦場です。早いところ、プロモーターの所に帰った方がいいのでは?」

 

「わ、妾も行くぞ!」

 

は? と真顔で問い返す。

 

「ここには皆が住んでいるんだ。蓮太郎。木更。菫。舞ちゃん、学校の皆。皆が住んでいる。そして、妾には力がある。だから、皆が住む町を守るために何かしたいのだ!」

 

見た目通りの熱血系。基本クールな夏世とは正反対のタイプだ。

 

「まぁ……別に何でもいいですけど。私には関係無いことなので好きにして下さい」

 

「うん! 妾は好きなようにするぞっ」

 

だが、赤い少女の腕。そこに巻かれたクロームシルバーめっきのブレスレット。某復讐系魔法少女アニメに登場するアイテム。正反対ではあるが、僅かに親近感が湧いた。

 

――――…………観てるのですね。【天誅ガールズ】

 

天誅を観ているということは悪い人間ではないはずだ。【天誅ガールズ】好きに悪い人間はいないと、TVでGA○K○が言っていたような気がするのを思い出した。気のせいかもしれないが。それに自分に同行して、その任務中に殉職してもそれは仕方がないことだろう。自分の尻ぐらい自分で拭う筈だ。余計な責任を負う義務は、自分に一切生じない。つまり自己責任でついてきたければついて来ればいい。それでどうなろうが知ったことではない。そう結論付ける。

 

「名前を教えてほしい。妾は延珠! 藍原・延珠だ!」

 

「えんじゅ……延珠ですね。私は夏世です。千寿・夏世。モデル:ドルフィンのイニシエーターです」

 

「夏世だな。よろしくたのむぞっ!」

 

「…………よろしく」

 

現場までの道中、

 

『ねぇ延珠さん。延珠さんの【天誅ガールズ】の推メンは誰ですか?』『天誅レッド。夏世は?』『レッドですね。延珠さんのイメージ通りです。私の推メンは天誅ブラックです』『延珠さん。あなたの戦種は? 私は【遠隔銃撃士:ストライクガンナー】です』『妾は【近接武術士:ストライクフォーサー】だ。最近、蓮太郎に戦闘術を教えてもらったんだぞ!』『イメージ通りです』『それはどういう意味なのだ……?』『夏世! 天誅CODEを交換しよう!』『別にいいですけど』『これでお主と妾は戦仲間だ!』『何でもいいですけど……素敵な響きですね。社長に自慢できそうです。ありがとう延珠さん』『うん! 妾もうれしいぞっ。ありがとう!』

 

夏世と延珠は色々な話をし、戦種等の情報を交換し、天誅ブレスレットの番号を交換した。また、【天誅ガールズ】というメディア媒体を通じて、若干の友情が生まれた。

 

 

………………

…………

……

 

 

やがて、区画を封鎖する現場に到着した。

2人の少女は最後に大きく跳躍し、現場を封鎖する自衛官の前に舞い降りた。周囲はバラニウム製のバリケードで囲まれ、至るところには武装した男達。全員がバラニウム製の弾丸を所持しているようだ。大量のバラニウムが近くにあることにより、2人のイニシエーターは若干の不快感を覚えた。

 

「最近のガキは空中から落っこちてくるのかよ。おいおい。お前等どこのΘちゃんだよ?」

 

不精髭の男が突如現れた2人に話しかけてきた。現場の責任者だろう。

 

「――――民間警備会社所属、千寿・夏世と申します。区画Xにおけるパンデミック鎮圧の為参上しました。通行許可を頂いても?」

 

「【某民警会社】ね……あの社長の所のイニシエーターか。ふん。珍しいな、いつもプロモーター単独の作戦行動なのに。まぁいいぜ。入りな。あの人の部下なら大丈夫だろう」

 

「ありがとうございます。…………あなたは社長のお知り合いなのですか?」

 

「古い、古い知り合いだ。まぁ、俺にもあの人にも歴史や因縁があるってことだ。【第一世代】【無垢の世代】にはわからないだろうがね。おっと、一応確認だ。ライセンスか社員証を出しな」

 

ムっとする言い方だ。だがそんなことを気にしていても仕方がない。夏世は感情を無視し、指定された身分を証明を差し出した。

 

「千寿・夏世だな。お前はあの人のイニシエーターだってわかったが、こっちのガキは何だ? 会社の連れか?」

 

「淑女に向かってガキとは失礼な! 妾は藍原・延珠だ! わかったこのゴリ――――」

 

自分の周囲には喧嘩を売る人間が多すぎる。夏世は延珠を黙らせ、

 

「同業他社から研修の為、一日派遣で出向しています」

 

「他社から出向ね……。まぁ、ガストレアを抹殺してくれるんなら何でもいい」

 

「ふん。妾が魅力的だからといってそう見つめるな。妾には蓮太郎というふぃあんせがいるのでな」

 

「ふぃあんせ、だと?」

 

「ああ! 里見蓮太郎だ! 16歳の高校生で!将来を約束した妾のプロモーターだ! 誓いのきすも済ませたぞ!」

 

延珠が爆弾を投げ込んだ。直後周囲で発生するざわめき。

 

『マジかよ……』『相手ガキだぞ』『性犯罪者じゃ……ないよな?』『壁の中に放り込むか?』『鬼畜』『これがロリコンの所業か』『お疲れさんってところね』

 

蓮太郎も犠牲になったのだ。蓮太郎の包囲網はこうして広がっていっているのだ。

 

「おいおい。何を盛り上がっているの知らんが、蓮太郎くんとやらのロリコン暴露話はそのぐらいにしておいてだな」

 

責任者の男が告げる。いいか、と。

 

「再度任務を通達するからよく聞けよ。お前等の任務は封鎖区画内の全ガストレア、及び感染者の排除だ。全て殺せ。一切の例外は無い。悪は罰し疑わしきも罰しとりあえず殺せ。お前等の得意分野だ。簡単だろう? 殺して殺して殺し尽くして。はいお終い。簡単な、簡単なお仕事だ。だから区画外にウィルスが漏れ出すようなことはするなよ。封鎖を無理に突破しようとする奴はこちらで掃射殲滅する。バックアップは任せてくれ。お前等は中の化け物を全て殺せ――――以上だ。まぁ頑張ってくれ」

 

2人は有難くも何とも無い激励を背に、感染区域に侵入する。

 

 

 

 

 

 

ガストレアは存外早く見つかった。2人の少女が立つビルの下。地上で3匹の狐が地上を徘徊していた。おそらく獲物を求めて徘徊しているのだろう。地上では、食い荒らされた死体がそこらに散見された。あってはならない光景だ。エリア内は平和でなくてはならない。自分達の平穏を荒らすその様に、内心激しい怒りを抱く少女、藍原・延珠は眼下の獣を睨み付けながら告げる。

 

『こちら延珠! ガストレア【ステージⅠ タイプ:フォックス】を確認した。これより交戦に入る!』

 

「わざわざ、天誅ブレスレットの通信機能を使わなくても……。隣にいるので聞こえますが」

 

正論だ。正論故に耳が痛い。延珠は無視した。

 

―――――夏世はわかっていないな。こういうものは雰囲気が大事なのだ!

 

延珠は内心そのような無駄なことを思考していたが、体は既に動いている。

タイプ:フォックス。3匹の個体。その中で最も隙を晒している個体に向けての上空からの全体重を乗せた滑空蹴り。別名【ライダーキック】や【流星脚】と言ってもいい。それを既に放っていたのだ。

 

パンデミックが発生してからの最初の殲滅戦、その火蓋が切られた。

 

・――――藍原延珠の流星脚

 

流星のような蹴り、とでも言おうか。延珠の繰り出した上空からの蹴撃は寸分の互いなく、タイプ:フォックスの脳天に突き刺さり頭蓋骨を破壊する。しかしそれでも流星の如きその威力は依然として死んでいなかった。頭部を破壊した蹴りは胴体部分までもを引き裂き、アスファルトにクレーター跡を残す。

 

「撃墜1ぃい!」

 

「「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!」」

 

仲間が襲撃されたことに漸く気が付いた2匹が吠える。それは周囲に対する警鐘にも、自らを鼓舞する銅鑼のようでもあった。絶叫という名の爆音が鳴り響く。その音と共に襲いかかる巨体。延珠はそれに対して、

 

・―――――天童流戦闘術二の型十六番【陰禅・黒天風】

 

反対に殴り返すように踏み込む。地面を全力で踏み抜く。姿が掻き消える。ジェット噴射のような勢いで標的の間合いに入ったのだ。そのまま軸足に体重をかけ、遠心力を利用した回し蹴りを放つ。それはまるで黒い竜巻だ。ブラックバラニウム製のブーツが鈍い輝きを放ち、その軌跡は一瞬にして消滅する。あまりの速度に消えたように見えるその蹴撃は、ガストレアの腹部に吸い込まれていった。発動した奥義は、無理を言って彼女のプロモーターから伝授して貰った天童流戦闘術。元々が蹴り技に優れた少女が、より洗練された戦闘術を身に着けたのだ。それはまさに鬼に金棒。必殺の凶器だ。

 

「■■■■――――

 

「ぶち抜けぇえええええええええ!!」

 

絶叫が鳴りやむ前。

延珠が吠える。その宣言通り、彼女の蹴りは対象の腹部を貫き、まるで剃刀で切断したかのようにその身体を上下に割断した。

 

・―――――天童流戦闘術二の型十四番【陰禅・玄明窩】

 

蹴撃を放つと同時。戻ってきた足を踏み替える。放つ蹴りは返す刃。半身を絶たれた獣の顔面部分。黒い剃刀の蹴りが、再度それを粉砕する。直撃と同時、血と脳漿をぶちまけた。

 

「撃墜2ぃいい!」

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■!!」

 

3匹目の巨体。歪な狐が動く。延珠は食らいに掛かって来た咢を躱す。跳躍と同時に方向転換。そのまま突き出した廃屋の鉄骨を蹴りつける。向かう先は隙を晒す獣の首だ。

 

・―――――天童流戦闘術二の型四番【陰禅・上下花迷子】

 

落下速度を、その踵に全て乗せた踵落とし。速度、力両方が乗ったブラックバラニウムのブーツはもはや鋭利な刃物と何も変わらない。結果は言うまでもないだろう。無防備に隙を晒した獣の首は宙を舞った。遅れて噴き出す間欠泉。

 

「撃墜3だっ! どうだ夏世!」

 

残心を解いた延珠。その背後。ドス黒い体液が吹き出る間欠泉のカーテンの向こう側。黒い体毛をしたガストレアが現れた。新手だ。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!」

 

僅かに目を見開く延珠。油断していた。一撃を貰う覚悟で急エンジンをかけようとしたところ

 

『背中がお留守です』

 

重い爆発音。それが3発轟いた。それらが寸分の互いなく黒い獣に突き刺さる。一撃一撃が馬鹿げた威力を誇るその弾丸は獣の頭部、心臓を中心とした内臓を破壊した。

 

「!!」

 

振り返る。遠方で、巨大なアンチマテリアルライフル【バラニウム徹甲弾】を発射した夏世がいた。黒い棺桶の中には、手にしているライフルのような銃器が保管されていたのだろう。そして、延珠がガストレアと交戦状態にあった時に、夏世も交戦していたのだろう。彼女の周囲にはガストレアの死体が転がっていた。また、死体の他にショットガン等も置かれている。黒い棺桶から兵装を状況を判断し選択しているのだろう。なるほど確かに銃撃士だ、と延珠は納得した。

 

天誅ブレスレットを起動し通話状態にする。

 

『ごめん。油断した』

 

『気にしないで下さい。私が何かしなくても延珠さんなら自力で切り抜けれたでしょう? 余計なことをしました』

 

『そんなことないっ。夏世のおかげで助かったぞ。ありがとう。流石【遠隔襲撃士】だな』

 

『……延珠さん程の【近接武術士】からそう言われると嬉しいですね。素直に受け取っておきます。どういたしまして、と』

 

『さて、と。流石に数が多いな。前方から新手がきたようだが……どうする夏世? 妾がやろうか?』

 

小休止を兼ねた情報の交換をしている矢先、再度、タイプ:フォックスのガストレアが現れる。

 

『そうで――――――え』

 

見敵必殺。

即座に対応しようとした瞬間――――ガストレアの首が落ちた。

意味がわからないといった感じで夏世が声を漏らす。延珠も同様だった。2人の視線の先、切断された頭部が落下する。それまでの間。それに対し閃光が走る。その瞬間納得がいった。ガストレアの背後。下手人の姿が見えたのだ。その人物が放つその剣撃は、先ほどの延珠の蹴りに匹敵した。まさに閃光。それが縦に1閃、横に1閃と走る。結果獣の頭部はケーキのように4等分されバラバラと落下する。溢れ出た血液は地面を濡らした。

 

「あなた達強いね」

 

「生存者……いや。後続のイニシエーターか」

 

ガストレアの死体の向こうから現れたのは黒い少女だった。ウェーブのかかった柔らかそうな髪。眠たげな瞳。黒いフリル付きワンピース。そして、

 

「いいなぁ。斬りたいなぁ斬りたい斬りたい! 嗚呼――――もう、斬るね! あなた達! ここで! 斬るから!」

 

「む。お主、何を言っているのだ?」

 

血に濡れたブラックバラニウムの小太刀を左右に構える。それは蟷螂の斧のようだ。

 

「斬り合おう。斬って斬られて殺して殺されて! さぁ――――殺し合おう。ね?」

 

「…………!」

 

『ああ……。ゼっちゃんさんの類友か』

 

夏世が呟いたその直後、黒い少女の剣撃と延珠の蹴撃が吸い込まれるように衝突した。

 

 

 

 

 

 

藍原・延珠(イニシエーター)

天童民間警備会社所属。里見蓮太郎の相棒。タイプ:ラビット。

本作の彼女は、元々ハイスペックな延珠が【天童流戦闘術二の型】を習得していたら、というIF設定。

ゼっちゃん無双が何故か……延珠無双に。ちかたない。ACだもの。騙して悪いが。

 

・―――――天童流戦闘術二の型十六番【陰禅・黒天風】

 

延珠さんマジかっけー!

 


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