ぶらっくぶれっど『黒いパンとゼっちゃん』   作:藤村先生

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【Normal-End】俺達の戦いはこれからだ

先日、某区で起きたパンデミックだが、多大な犠牲を出しながらもどうにか解決を見るに至った。

だが、失ったものはあまりに多く民間警備会社に従事するイニシエーター、プロモーターだけでなく、戦う力を持たぬ一般市民からも多くの死者が出た。

 

挙句の果てには“七星の遺産”と呼ばれる、ガストレアステージⅤを召喚する触媒をテロリストに強奪される有様だ。

実に由々しき事態だろう。

 

ガストレアステージⅤ。

通常のガストレア種、そのハイエンドがステージⅣとされ、たった一体でも並みの民警では対処できない。

ステージⅣクラスになると、頭を潰されようが、心臓をぶち抜かれようとも、彼等は微かな細胞から再生するのだ。普通の人間では殲滅するのも容易ではないのは自明だ。

 

それを超えるステージⅤ。

誰もが認める世界最強。人類を箱庭の中へと追いやった原因。ある日、突然出現し世界を壊した存在。

ステージⅤ、別名ゾディアック【黄道十二宮】、その名の通り星座の名を冠する世界最強のガストレアの総称。

欠番の1体や撃破された2体を除き世界に9体存在する化け物。

 

ゾディアックのスペックはステージⅣとは比べものにならない程に高い。

通常兵器での殲滅は不可能であり、弱点であるはずのバラニウムすらも受け付けない。

 

そして、

今回テロリストに強奪された七星の遺産はその中の一体、天蠍宮【スコーピオン】を召喚する。

 

東京エリアは滅亡の危機に瀕していた。そんな危機的状況時にゼっちゃんの携帯端末に着信があった。ディスプレイを見る。そこには“社長”と映っている。

 

通話ボタンを押し、耳を傾ける。

お疲れ様です、と告げ相手の第一声を待つ。

 

 

「なぁ、世界最強のガストレア、その一角、黄道十二宮が一【天蠍宮】って斬りたいか?」

 

 

疑問。愚問だ。考えるまでも無い。即座に答えた。是非も無い――――、と。

 

 

 

 

 

 

ゼっちゃんという少女は、基本的にダメな人間だ。

ここで言うゼっちゃんとは、≠冬木市一番の美少女ではない。ゼっちゃんの皮を被った中のヒトのことである。

 

引きこもりで頭でっかちのプライドが高いだけのヒステリック持ちの地雷女をベースに、KAMISAMAにより魔改造された結果、爆誕したのが彼女である。

 

ベースがベースだけに、圧倒的にスキル不足が否めない。

 

ゼっちゃんは大多数の人間が出来ることが出来ない。まず、ベースの人間が社会的な常識が無いし、社会に出たことすらないし、そもそもが家の中からも何年も出ていないヒッキーだ。

そのくせ“自分は間違っていない。絶対的に正しい”という無駄に高いプライドの塊だった。ネットで口論になり論破されたら、『はぁ!? 何も知らないくせに何言ってるわけ!? 意味わからないし!』と感情を爆発させては暴れるものの、体力が小学生以下なので3分もしない間に力尽きる。

 

何も出来ないくせにプライドだけは頗る高かった。頭でっかちと言ってもいい。そのくせ、向上心も無く努力もしない。自分の世界に閉じこもり世界を非難する。

 

当然といえば当然だが、誰がそのような人間を評価するだろうか。認めるだろうか。承認するだろうか。

 

するわけがない。誰も彼女を認めなかった。ニート歴=年齢の地雷女だ。家族にすら疎ましく思われていた。

家の、たとえば廊下等で擦れ違う度に、彼女は見下された。非言語的表現とでも言おうか。常にゴミ屑を見るような目で見られ、鼻で笑われ、ため息をつかれ、ヒトとして劣悪種のレッテルを張られていた。

 

まさに屈辱だっただろう。

二次元のノベルゲームやら無双ゲームに逃げて心の隙間を埋めようとするも、日々胸の孔は大きくなるだけだった。ネットの世界に逃げても、そこでも馬鹿にされ、論破され、説教されて、彼女は常に涙目だった。何もかもが許せなかった。不甲斐ない自分も、自分を馬鹿にする家族も、こんな社会も、何もかも一切合財が許容できるものではなかった。

 

だから、

彼女は余計なものを全て捨てた。大部分の記憶を、人間性を、名前を、家族を何もかもをKAMIに捧げた。

全てを対価に捧げた。

元の“彼女”は消滅したといっていい。個人を形成するファクターである記憶、人間性、その他諸々が失われたのだ。それは死と何ら変わらない。

 

それだけの対価を支払って、その果てに美しい少女の肉体を得、生物殺しに特化した力を得た。何もかもが借り物。姿形も能力も技能も個性も無い。全てが二番煎じであり、模倣であり、オリジナリティの欠片も無い。

 

だが、“彼女”だったものにそんな事は関係無い。些事だ。全ては生前満たされなかった胸の孔を埋める為。

本能とも、怨念とも、存在意義とも何とでも言えるが、それが彼女の核。

 

マズローの欲求段階説でいう高次欲求を満たすこと。誰かの役に立ちたい。自己存在を確立したい。意味のあるものと認められたい。愛されたい。社会に必要だと求められたい。褒めてほしい。それが“彼女”の、ゼっちゃんの全てだ。

 

それ以外はどうでもいい。ゴミ屑以下だ。

目的を達成するにあたって、誰かの命が失われようが、自身の命が燃え尽きようが、世界が壊れてしまおうが関係無い。

 

KAMISAMAから得た力を使い、世界に自己を認識させる。

端的に言おう。非凡人の力を存分に振るいゼっちゃんは無双したくて堪らない。その先にある結果が欲しくて堪らない。

 

それがこの世界にはある。

今、この瞬間、ゼっちゃんの眼前にあるのだ。

彼女が粉砕すべき戦場が、自身を褒め称える群衆が、畏れ慄く同業他社が。そして、自分を褒めてくれる“舞台装置”の男もいる。十分だ。

 

 

「全部斬るのです。一匹残らず一切合財皆殺しなのです」

 

 

防御なんてどうでもいい。

必要なものは速さと、精密なコントロール、そして極端な一撃必殺の攻撃力。

 

何事もオールマイティに熟す必要はないし、前述の通りダメ人間である“彼女”の残滓を継ぐゼっちゃんには、そもそもが不可能である。

なら特化するしかない。防御を捨て、極端な攻撃力にステータス値を全振りするように特化するのだ。

 

生物を殺す為のだけの存在になればいい。自分は武器であればいい。斬る為だけの刀であればいいのだ。簡単なことだ。難しいことは考えなくていい。極端な、エクストリームな人間になれば楽なのだ。

 

それは何て幸せなことなのだろうか。

想いを言葉に乗せ告げる。眉を弓にしながら。

 

「社長」

 

「何だね?」

 

「私はこの瞬間から、刀になります。社長の刀になるのです」

 

「何か中二チックなセリフだね。さては、エンジンかかってきたな?」

 

「前から言ってるじゃないですか。私の無双ケージは有頂天なのです」

 

それは重畳、と告げる男にゼっちゃんは困ったような顔で、

 

「あの……、刃を、鞘から抜いて貰ってもいいですか?」

 

「チューでもすればいいのか」

 

「違うのです。ありえないのです。社長キモいのです」

 

「それは言い過ぎじゃね?」

 

「乙女の気持ちが微塵もわからない社長は本当にキモいですって、この前、夏世ちゃんも言ってたのです」

 

「え? 嘘それマジ? え、うそ? マジ? マジなの?」

 

ゼっちゃんは男の言葉を無視した。

 

「壁ドン!的な感じでカッコ良く門出を祝ってほしいのです。出陣イベントなのですよ!」

 

というわけで、と微笑みながら、

 

「これが最後なので、聖骸布、――――包帯、取って下さい」

 

残念ながら壁ドン!的な感じではなかったが、包帯が解かれる。

解放されるは直死の魔眼。

 

世界には死が溢れる。

歪な線が、深い闇色の穴が世界を彩っている。

 

自分の力が正しく作用していることにゼっちゃんは笑みを濃くした。

まさに絶好調だ。

NOURYOKUの使い過ぎでもはや“直死の魔眼”を制御することは叶わないのだ。

暴走間際のそれを最後に、世界最強に使えるのだ。

これほど有難いことはない、と。

 

頭が痛くて死にそうだ。目が抉れそうだ。魂が砕けそうだ。もう次の瞬間にでも死んでしまうかもしれない。

だがそれがどうしたと言うのだ。

 

愉快で仕方ない。心が満たされる。なんて優しい世界なのだろうか。

 

「それもこれもあなた達のおかげなのです」

 

視線を眼下にやる。

自分達が搭乗している軍用ヘリ、その下に蠢く生物。

 

「素敵……。あれを全部斬っていいのですね」

 

眼下、巨大なスライムのような化け物。

ガストレアステージⅤ“スコーピオン”

ステージⅣがまるで子供に見える馬鹿げた個体を見ながら、彼女は悦に浸っていた。

 

嗚呼これからアレを殺せるのか、と。

 

 

「なぁ――――ゼッちゃん」

 

 

悦に浸る彼女に社長が並んだ。

視線はぜっちゃん同様に眼下のスコーピオンに向けられている。

 

「俺がTENNSEIオリ主だって言ったら――――信じる?」

 

「信じるも信じないもどうでもいいし、どちらでもいいです。というよりも唐突に何なのです?」

 

表情は読めない。

何を考えているのだろうか、と言葉を待つ。やや遅れて言葉がやってきた。

 

いやねお互い最後になるかもしれないからさ、と前置きし、

 

「実は俺ね、この世界を勝手に救ってやるとか思っててさ、それで最初の内は○八先生みたく熱血してたんだけど段々この世界の難しさを知って、挫折して、絶望してさ――――世界を壊してやりたくなったことがあった。無能力者だから大したことは出来んがな」

 

「うわっ……」

 

ドン引きだった。いい歳した男が何を言っているのだろうか。

ゼっちゃんが男に視線をやると、若干顔を赤くしていた。

 

「まぁお前が言う通り、こういうのを中二病って言うんだよな。お前に言われると些か以上に癪に障るが」

 

「その……香ばしいですね?」

 

うるせぇ、と顔を逸らし、何でもないかのように男は言葉を続ける。

 

「なぁ、お前は何とも思わないのか? この世界に嫌気がささないのか? 考えれば考える程救いがない事に気が付いて絶望しないのか? もう詰んでるってわかって自棄にならないのか? TENNSEI特典如きでこの世界は変革できねぇ現実に心は折れないのか?」

 

「世界とかどうでもいいのです。私は、私の無双が出来ればそれでいいのです」

 

「なるほどね。一貫してお前はそれだけなのな。KAMISAMAもお前みたいな奴だけにスティグマを刻めば良かったのに本当」

 

「別に特別なことじゃないのです。フツーですよフツー」

 

「普通? 馬鹿を言うな。こんな無茶苦茶な世界を見せられて普通でいられるもんか。他のTENNSEIオリ主はほぼ全員絶望しておかしくなっちまったよ。そして俺もこんな世界の現実に耐えられくなった。気が付いたら“天誅ガールズ”ってアニメ観て、女遊びをして、現実からひたすら逃避するようになった」

 

「…………弱い人間のいいわけなのです。社長、サイテーなのです」

 

「そう怒るなよ。世界全てが間違えているんだ。頭もおかしくなる」

 

「……そっちじゃないのです」

 

「え? そっちじゃない? 何が?」

 

「うるさいのです!」

 

ゼっちゃんは男との会話を切り上げ、刀を手にした。

そろそろ時間だ。

 

 

 

 

 

 

たとえ、

足が潰されようとも些事に過ぎない。腕を捩じ切られようとも平気だ。腹を引き裂かれようともどうでもいい。ここで命が燃え尽きようが関係無い。

 

 

「KAMISAMA――――」

 

 

そんなことよりも自身の胸から溢れんばかりに生じる欲求に殺されそうだ。

 

心が逸っている。一秒でも早く敵を屠れ、と命令している。

足が敵を求めて駆け出しそうだ。腕が敵を仕留めようと暴れ出しそうだ。喉の奥から意味の無い叫びが漏れそうだ。

 

 

「無双ケージが有頂天な今なら何でも出来るのです」

 

 

眼下。生物の範疇から大きく逸脱した怪物。もはやその死を直死することは容易ではない。

自分の脳ではおそらく長い間、その死を視続けることも、その情報を処理することも叶わないだろう。

 

そして無事に生還することも出来ぬであろう。

 

脳が焼き切れるのが先か、身体を引き裂かれるのが先か、どちらにせよ、それでも構わない。

眼下の怪物を屠れるのであれば、死さえも厭うつもりはない。

 

黄道十二宮殺し。

 

「黄道十二宮がその一を屠る――――か。永遠に後世に名前を刻まれるだろうね」

 

「川上先生シリーズの“八大竜王”みたいのだったらカッコイイいいのです!」

 

直に燃え尽きる命だ。もともと“直死の魔眼”をNOURYOKUに選んだ時点で、早々死亡することはわかったいた。

それなのに最後にこのような大舞台を用意してくれる世界に、ゼっちゃんは感謝してもしきれなかった。

 

もはやだらしない悦に浸った笑みを隠すことなく、ゼっちゃんは社長に背を向ける。

 

「社長、そろそろ往くのです」

 

「ゼっちゃ――――」

 

「おそらくもう二度と会うことはないでしょうから、これだけ言っておきます」

 

言葉を遮り、もはや自分でも何を言っているのかわからない。適当に今の気持ちを吐露しようとする。

 

 

「私…………………………………………この戦いが終わったら夏世ちゃんにカレーを作ってもらうんです」

 

 

あれ? こんなことが言いたかったわけじゃないのに、と思ってももう遅い。

ゼっちゃんは闇夜へと踊り出ていた。背後から社長の声が聞こえる。

今生の別れにしてはふざけ過ぎたか、と若干の後悔。

 

――――でもまぁ、私はこういう人間なので。

 

まぁいいかと自己完結。

結局TENNSEIしてもしなくて、ヒトの本質は変わらない。

力があろうと無かろうと関係無い。

人は自分のしたいことをする為に生きて死ぬ。それだけだ。

 

 

 

視界に広がる気色悪いスライムを見つめながら、

 

 

 

「KAMISAMA――――私は今日も幸せです」

 

 

 

今日も変わらず刃を振るうのだった。

 

 

 

 

 




END:NO1【NORMAL-END】

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