‐諏訪ノ勇者 / 上-
土を耕し、種を植える
何でもないその動作の一つ一つが、俺にとっては美しく見えた
時は西暦2018年、場所は諏訪
天の神、バーテックスから生き延びた人類の生きる拠点の一つ、絶望的な状況でも前を向いて生きていられるのは、きっと彼女たちがいるからだと思う
「みんなー、麦茶持ってきたぞー」
「ナイスタイミング! 皆さん、そろそろ休憩にしましょう!」
畑仕事をしている人たちにそう声をかけると、俺は集まってきた人たちに麦茶を手渡していく
「どうぞ」
「ありがとな、そういやどうだ、修復作業は」
「ボチボチですね、伐採した木材使ったりしてようやく半分って感じです」
「そうか、わりぃね.任せっきりで」
「気にしないでください、俺が好きでやってることですから。それじゃあ俺は歌野たちの方に行くので」
「おっと、引き留めちまったか」
「これくらいの引き留めなら誰も目くじら立てませんよ」
そういって俺はみんなの場所から離れ、畑の近くにある木の陰まで向かっていく
「何やってんだ、二人とも」
「あっ、一輝くん! うたのんを止めてぇ」
「勘違いしちゃ駄目よ一輝! これはみーちゃんを冷やすためだから」
「だからと言って棘のついたキュウリを押し付けるバカが何処にいる?」
「ここにいるわ!」
「自分でバカと認めるな、農業バカ」
木の陰で水都の頬にキュウリを押し付けていた歌野を引きはがすと、頬を抑えていた水都に麦茶の入ったコップを差し出す
「ほれ、麦茶」
「ありがとう、一輝くん」
「ほれ、歌野も」
「センキュー、一輝」
俺と歌野の二人も木の陰に腰を掛けると包丁を取り出してさっきまで押し付けていたキュウリのトゲを落として、二つに割り片方を水都に渡す。俺に対してはとれたてのトマトを一個渡してきた。
「一輝はそれでしょ?」
「わかってるねぇ。それでどうよ、今回の収穫は」
「そのトマトを食べてみれば分かるわ!」
そういいながら歌野は半分に割ったキュウリをかじると、笑顔を見せる
「んー、味も良し! みーちゃんも食べてみてよ!」
「おいひい」
「でしょう!」
「その調子なら、今回も上々みたいだな…うまい」
三人で野菜をかじっていると、キュウリを飲み込んだ水都が歌野に話かけた
「うたのんは本当、畑をイジるのが大好きだねぇ」
「いずれは農業王になる女ですので!」
「農業王.なんだか過ごそうな響きだ」
「でも、農業王の上には農業大王、さらにその上には農業神がいるの。農業道は奥深く、エンドレス…」
二人の会話を聞きながらトマトを齧って、空を見上げる。この時間が俺は大好きだ
バーテックスに襲われて以降、人類は生活圏のほとんどを奴らに奪われた。中には空から現れた奴らが原因で空に恐怖を覚えまともな生活が出来なくなっている人たちもいるらしい
「みんな、明るい顔をするようになったわ」
「うん、そうだね」
「そうだな…」
今から三年前──突如として現れ日本を混乱に陥れ、絶望を叩きつけた未知の敵、バーテックス
奴らが現れてから程なくして諏訪湖周辺には結界が張られ結界内への被害がなかった.けれどそれは結界内の話だ、結界の外にいた人の多くが犠牲になった。
俺は外でなんとか生き残っていたがそれでも限界はある、奴らを追い払うために使っていた鉈も奴らを倒すまでは至らず、現れたら逃げるのが精一杯、そろそろ限界を感じ始めた時、俺の事を救ってくれたのが勇者、白鳥歌野だった。
その時から何故か知らんが俺の鉈もバーテックスに対して、特攻を得るようになったのか奴らに対してだけバカみたいな攻撃力を誇るようになったのだが、結局雀の涙程度であるのはご愛敬だろう
木の陰で休んでいた俺たちの耳に聞きなれてはいるが耳障りなサイレンが聞こえてくる、バーテックスの襲来を告げるサイレンの音だ、俺と歌野は顔を見合わせて頷くと、緊張の色を浮かべていた大人たちに明るい口調で告げる
「スクランブル! 勇者白鳥歌野、征ってまいります!」
「
俺たちにそれぞれ激励をしてくれる大人たちに対し、歌野も元気よく答えた
「はい! 絶対に諏訪と皆さんを守りますから、結界の境界には近づかないよう、避難していてください!」
「待って、二人とも! 私も行く!」
諏訪大社上社本宮の神楽殿、そこで勇者装束に着替えている歌野を待ちながら俺は腰のケースに入れていた鉈を軽く振ると、体を解しておく。ある程度の装備がある歌野と異なり俺が完全に生身、ダメージを軽減なんてことも出来ない以上一発一発が命取り。まぁそれでもここまで生き残ってこれたんだから儲けものだと思う
「みーちゃん! バーテックスが来てる場所は!?」
「ここから東南方向! 狙いは多分、上社本宮だよ」
「奴ら、前宮の『御柱』を狙ってるのね。ふふん、じゃあここからが私の見せ場と言う事で、ショーの始まり!」
そう言うと歌野は俺たちの事を置いて目的地まで向かってしまう
「あぁー、行っちゃった」
「よし! 乗れ、水都!」
「いつもごめんね、一輝くん」
「このくらいなんて事ねぇよ、山育ちなめんな」
水都の事を背負った俺は、全力で歌野の後を追う。流石に就社ほどではないが俺も身体能力にはちょっとした自身がある、さっさと追いつくか
バーテックスの狙っている『御柱』は俺たち諏訪の住人にとって結界の要であり、それが破壊された瞬間結界は壊れバーテックスが流れ込んでくることになる。耐久が無限だったらこっちも気が楽だったのだが、生憎そうはいかない
襲来するバーテックスの数が増加するに伴い、土地神様は結界の規模を縮小し、その分強度を上げることを優先した。現在では既に二社が破壊され、結界が守っている範囲は諏訪湖東南の一帯だけである。
「よし、水都は隠れてろ」
「わかった」
俺はそう言うと歌野の背後から迫っていたバーテックスに蹴りを入れ少しよろけさせると、思い切り鉈を振るう、豆腐を切るようにバーテックスを切り裂くと戦っていた歌野に声をかける
「悪い! 遅れた」
「ノープロブレム! 私一人でも問題なかったわ」
「よく言うな」
それから程なくして、俺と歌野の二人はバーテックスを倒し終え、息を吐く
「ふぅ…今回も勝てたな」
「あっ、みーちゃん、来てたのね」
「うん、心配だったから」
「心配しなくても、私たちのコンビが負ける訳ないわよ。見ての通りのビクトリー! みーちゃんこそ危ないから避難してた方が良いのに」
俺と歌野がそういって、二人でブイサインを作って水都に見せる
「ま、みーちゃん一人くらい、私達が守るから良いけどね! さーて、帰って畑の続きやらないと」
「そういや俺も家の屋根直すの再開しないとな」
「え、二人ともまだやるの!? バーテックスと戦った時くらい、休んでもいいんじゃ」
「ノンノン、作物は人間に合わせて待ってくれないわ。それに──畑を耕すって言う『日常』を大切にしたいの」
「俺もそうだな.俺にとっての『日常』が誰かの為になる、それって凄い素敵なことだろ?」
これが俺たち──諏訪に生きる人たち日常、化物の脅威に怯えていても、日々を懸命に生きる、定期的に通信をしている四国と比べても物資は少ない……それでも俺たちがここで生きていることに変わりはない
一面に広がる青空を見ながら、俺は家の修復作業を再開した