不知火 要は勇者でない   作:SoDate

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その後の旅路,2

西暦──年 ―月 ―日

 

 眩しい太陽が世界を照らすある日、開け放たれた窓から入って来る暑苦しい風を身に受け目を覚ますと、視界に映ったのは身に覚えのない天井

 

「……ここ、どこだ?」

 

 部屋の中を見回してみると、今自分の居る部屋がかつて自分の過ごしていた部屋────バーテックスの襲来以前の自分が住んでいた場所と限りなく同じであることに気付いた

 

「懐かしいな、この部屋も……この身体も」

 

 かつて自分の過ごしていた部屋、そう気づいたのなら今の自分の身体がどういうものなのかも理解出来る。今の身体はバーテックスの────天の神が侵攻してこなかったルートの自分の身体なのだろう。不死に目覚めることもなく、身体と、心を傷つけることなく成長した自分の身体

 

「皮肉……だな」

 

 本来であれば、平和を享受した自分がどういった成長を遂げたのかを知ることが出来るのは嬉しいことなのだろう、崩壊しなかった世界で、そこに住む人たちが平和に過ごしている光景を見るのは喜ばしいことだろう

 

 けど、それでも何故か────

 

「────心に穴が開いちまったみたいだ」

 

 この世界には、自分が共に過ごした人たちがいない。世界を賭け、そして世界を駆けて紡いだ思い出が存在するのはこの世界ではなく、彼女たちが未来を掴み取った世界だ

 

「けど、折角だ。見てみるか……この世界を」

 

 

 

 部屋着から外出用の服に着替えて街に出てみると、一番最初に目に入るのはそこら中に溢れかえっている人

 

「……そうか、侵攻前はこんなに人がいたのか」

 

 身体はこの世界の不知火要()でも、中に居る魂はある意味で荒廃した世界からやってきた不知火要(化け物)だ。こうやって、改めて溢れかえっている人を見ると覚えていると思っていたはずの記憶がいかに錆びついてしまったのかがわかる

 すっかり化け物になり果てた自分にある種の呆れを覚えつつ、街の中を歩いていく。その中でも視界に映るのは人、人、人、そして自分の視界を覆うように立っている建造物の数々

 

「鬱陶しいな」

 

 ふと、そんな言葉が俺の口から零れる。特に何をされたでもなく、特に何が起こったわけでもない。ただ自分が感じた事の筈だ……だが、今なら人間を滅ぼさんと襲撃を仕掛けた天の神の気持ちがわかる気もする

 かの神たちはきっと、こんな世界で生きる人間たちに失望し、怒ったのだろう

 

「そういや、何時だか安芸ちゃんが言ってたっけ」

 

 ──人類が神の力に近づいた事に怒り、粛清しようとした

 

 確かに、この繫栄した世界を見たのなら神が怒るのも理解できる。人は技術を発展させ、常に進化を続けてきた、それは時に人としての領分を外れ、禁忌に手をかけたとしても止まることなく

 ふと歩みを止め、目に入った公園のベンチに腰掛けて休憩を取る、思えばこうして疲労を感じるのも何時振りだろうか

 

「疲れるって、こんな感覚だったか」

 

 旅を始めてから、ただでさえ外れつつあった人としての道から更に逸れている気がする。けど、今はそんな事どうでもいい、重要なのは人の身で生きる化け物(不知火要)笑っちまうほど平和な世界(何事もなかった世界)を見て、どう感じるかだ

 

「……いっそ、滅ぼされちまった方が良かったのかも知れないな」

 

 この言葉は、自分のしてきた行為を、そして他でもない彼女たちが繋げ、掴み取ったものを否定する言葉だ。けれど、目の前の光景を見るとどうしてもその言葉を振り切る事が出来なかった。心の底から溢れ出てくる醜い感情を、抑えることが出来なかった

 

「はぁ……俺もまだまだだな、まさか世界を越えて嫉妬心を覚えるなんて」

 

 これは嫉妬だ。平和を享受する世界に対する嫉妬

 

 この平和な世界で、長い時を苦しまず平和を享受している他でもない自分への、醜い嫉妬心

 

 そんなことを考えていると視界の端に泣いている女の子の姿が映る。周りに居る人は気にするだけで誰も声をかけようとしていない。そんな様子が見てられず近づこうとした瞬間、一人の少女が声をかけた

 その少女は、女の子から話を聞くと困ったように頭を掻いている。その様子を見ていた俺だったが、何やら少女も困っている様子だったため見かねて声をかける

 

「あの、どうかしました?」

「えっ、いやぁ実は、この子、お母さんとはぐれちゃったみたいで」

 

 頭を掻いていた少女から事情を聞くと、買い物の途中でこの公園が目に入りやってきてしまったらしい

 

「成る程。君、お母さんとどこではぐれたのか覚えてる?」

 

 俺の問いかけに対して女の子はふるふると首を横に振る。なるほど、どこではぐれたのかを覚えていない一番厄介なパターンだ。この場合は警察に届けるのが一番いいだろう

 

「それじゃあ、お兄ちゃんたちと一緒に警察に行って、お母さんの事探してもらおっか」

 

 一応そう言うと女の子はこくりと頷いた。それを見た俺は少女の方に視線を向けると彼女も少し困ったような表情をしたが、仕方ないと言った様子で女の子の手を取った

 

「そーいえばお兄さん、お兄さんはこの辺りに住んでるんですか?」

「ん、あぁ、そうだな。こっから少し離れた所にあるアパートに部屋を借りてる」

「へぇ、お兄さんモテるでしょ?」

「……出会って寸刻の男相手に、どうしたいきなり」

 

 少なくともこの少女とは少し前に会ったばかりでそこまで仲良くなった覚えはない

 

「いいじゃないですけ、折角こうして一緒に迷子の保護をしてるんですから、話し相手位にはなってくださいよ」

「……それもそうだな。だが、生憎とモテた事は一度もない」

「えー、以外。大人びてるからモテると思うんだけどなー」

 

 そう思ったのなら、彼女の目はよほどの節穴なのだろうと思いながら歩いていると、目の前に交番が見えてきた

 

「見えてきたな」

「そうだね。ほら、あそこでお母さん探してもらお」

 

 そうして三人で交番を訪れた後、警察官に事情を説明ししばらくの間待っていると、息を切らした女性が交番に駆け込んでくる。どうやらこの女性が件の母親らしい、彼女は女の子の事を抱きしめると俺たちの方に頭を下げてくる

 

「ありがとうございます。娘の事を保護してくださって」

「……俺はただ交番に案内しただけです、貴方の娘さんを真っ先に保護したのは彼女なのでお礼ならそちらに」

「え!? あぁいや、ホントに気にしないでください。私も成り行きなんで」

 

 慌てたようにそう言う少女を横目で見ながら薄く笑みを浮かべると、彼女は少々恨めしそうに俺の方を見つめてきた……少し懐かしいようなやり取りをした後、親子と別れた俺たちも交番に用はないと解散しようとした瞬間、少女が俺の手を掴んだ

 

「ちょっと待った」

「……まだ何かあるのか? 生憎と持ち合わせはあまりないぞ」

「そうじゃなくて、折角ここで会ったんだし自己紹介くらいはしとこうよ」

「それ、必要か?」

 

 この世界にはこれだけの人が居るんだ、もう一度出会う確率はかなり低いだろうに

 

「必要とか必要じゃないとかじゃないのよ、私は縁を大切にする女なの」

「……なんだそれ」

 

 縁を大切に、ねぇ

 

「笑うなし、それでお兄さん、貴方の名前は?」

 

 少女が改めて俺の名前を聞いてくる、バッサリと切り捨てるのは簡単だろうが、まぁ名前くらいはいいか

 

「要、不知火要だ」

「不知火要さん、ね。私の名前は────」

 

 その名前を聞いた瞬間、俺の横を一陣の風が吹き抜けた

 

「────秋原雪花、よろしくね。要さん」

「…………あぁ、よろしく」

 

 あぁ、そうか。気付かなかったが、確かに彼女だ、髪の長さも服装も、俺の知っている彼女とは全く違うけれど、困っている女の子に手を差し伸べられるやさしさは、間違いなく彼女の持っていたものだった

 

「どうかした?」

 

 目の前に居る少女は、不思議そうに俺に対してその言葉を投げかける。それに対して俺は言葉を返す

 

「別に、ただ……人の縁ってのはどうしようもなく不思議だと思っただけだ」

 

 こうして俺がこの世界の不知火要に入らなくても、不知火要と秋原雪花は出会っていた。その事実がどうしようもなくおかしくて、自然と笑みがこぼれる

 

「え? なに急に笑い出して、怖いんだけど」

「……気にするな、それじゃあ、また縁があればな」

「……うん、そうだね、けど要さんとはまた逢えそうな気がするよ」

「あぁ、そうだな。俺もそう思う」

 

 そう言って彼女と別れ、俺はこの世界の不知火要が住んでいる場所に向けて歩みを始める

 

 ────やっぱりすごいな、雪花は

 

 彼女と会うだけで、俺の中にあった負の感情がスッと消えていくような錯覚に陥る。もちろん本当は消えてなんていないし、これから長い時を生き続ける化け物として、子の想いは持ち続けなければいけないものだ

 そんなことを考えていると、ふっと身体の力が抜けて視界が靄がかっていく。これは制限時間切れと言う事だろう、今の俺はこの世界の不知火要に憑依して、その意識が表層に出ている状態……ならば、時間切れで元の世界に戻るのも道理と言う奴だ

 

「なぁ、不知火要。化け物()の記憶も、想いも、記録も、人間(お前)には何一つ残さない。お前はただ、人としてその人生を駆け抜けろ……頑張れよ」

 

 今日の記憶だけは、残しておくから

 

 

 

 

 

 

 

神世紀XX年 夏

 

 目を覚まし、一番最初に目に入ったのは頬を撫でる風と屋根代わりに使わせてもらっていた大樹の緑

 

「随分と、変な夢を見た」

 

 いつの間にか近くで寝ていた獏を撫でてそう呟くと、獏はのっそりと起き上がりどこかへ歩いて行ってしまった。その様子を見た俺もゆっくりと立ち上がると、枕代わりにしていた荷物を持ちあげる

 

「さてと、行くか」

 

 そうして日陰をでると、太陽の光が肌に当たった……が、あっちの俺ほど暑さを感じない。そんな馴染み深い感覚を感じながら天を見据えて言葉を紡ぐ

 

「天の神、アンタら人間は滅んじまったほうが良いって考えて、実際問題あの世界を見て俺もそう感じた……けどさ、俺はもう少し信じてみるよ、歴代の勇者たち(あいつら)が持ってた人の優しさを、その可能性を」

 

 未だ何をすればいいのかを良いかわからないけど、少なくともこの世界の行く末を見届けるまでは死ねなくなった

 

「だから、アンタらが何度人類に見切りを付けて襲ってきても……俺は戦うよ、人の可能性を信じ続ける化け物として」

 

 天へと向けてそう告げると、目の前に広がる地平を見据えて、再び歩みを始めた

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