八月も終わりに近づいてきたある日
四国との定期通信をしている歌野の姿を見ながら、俺は鉈のメンテナンスを行い水都は部屋の隅で本を読んでいた。この時間、四国の勇者 乃木若葉と通信をしている時の歌野はいつも楽しそうだ、水都の方を見ると彼女の方は何処か落ち着かないと言った雰囲気である
「それでは、またこの時間に.通信を終えます」
通信を終えた歌野が水都の方を見ると怪訝な表情を浮かべる、訳の分からないと言った感じの歌野は軽く俺の方を見る。原因は分かっているが敢えて分からないと言った風に首を振ると、歌野が水都に話しかける
「みーちゃん、なんでそんなジト目なの?」
「…うたのん、四国と通信している時の喋り方、変だよ。何々ですとか、敬語で大人ぶって似合わない」
「一応、四国との通信は勇者の公式な仕事だから、丁寧な言葉遣いにしないと。というか、電話とか手紙だと、何となく丁寧語にならない?」
「ならない」
その会話を聞いてい太俺は流石にいたたまれなくなったので鉈をケースにしまうと歌野の傍に近寄っていく
「水都は歌野が乃木さんと楽しそうに話してるのみて、嫉妬したんだよな?」
「そうなの?」
「ちがう! …もういい。私、ご飯食べてくる」
「まってまって、みーちゃん!」
少し赤らんだ顔を隠すように部屋から出ていこうとする水都の腕を歌野は慌てて止める
「私も行くわ。みんなで一緒に食べる方が、ご飯も美味しいものね」
「…うん、行く」
「それじゃあ一輝も、一緒に行きましょ」
「俺も一緒に行っていいのか?」
「イエス! みんなで食べるなら一人より二人、二人より三人だからね!」
三人で行きつけの蕎麦屋に入ると、それぞれいつものメニューを頼む
この中でも特に蕎麦が好きなのは歌野だ、俺と水都の二人もそこそこ好きだがそれでも彼女の蕎麦好きには遠く及ばない、定期通信でも四国の乃木さんと蕎麦うどん論争をしているくらいだ、三人でざる蕎麦をすすると歌野が素直...と言うよりもいつも通りの感想を述べる
「うん、おいしい! 温かい汁につけた蕎麦もいいけど、夏はやっぱりざる蕎麦よね。実にクールディッシュだわ」
「うたのんはいつも大盛りだね」
「畑を耕す体力は、まず食べないと出てこないから! 特に蕎麦は、なんとアミノ酸スコアが百なのよ」
「アミノ酸スコア…?」
「アミノ酸スコアは食べ物に含まれるタンパク質の量と必須アミノ酸のバランス良く含まれるかを数字で表した指標の事だな」
「そばには良いたんぱく質がたくさん含まれてるってこと!」
そういいながら今までよりも早いスピードで蕎麦を食べていく
「でもソバの畑を増やさないと、蕎麦粉が足りなくなりそう。ソバは成長がが早いから一年に二回収穫できるけど、本当言うと結界の外の高地が栽培に向いてるのよねー」
「蕎麦は好きだが、流石に危険すぎるからな」
「…うたのん、さっきはごめん」
「え? なんのこと?」
「怒ったみたいな態度を取って…」
どうやら水都は定期通信の自分の態度の事を言っているらしい、正直歌野がそこまで気にしているとも思えないが。それでも水都にとっては結構重要な事なのだろう
「私にはうたのんが眩しいよ、いつも前向きで、一生懸命で、みんなの中心にいて.長野のみんなが、四国の乃木さんだって、うたのんのことが好きだろうし」
「みーちゃんだって、みんなから大人気だと思うけど。長野の人は誰だってみーちゃんのこと好きだし、すごいと思ってるわ」
「と言うより、そんなこと言ったら俺なんてどうよ、そこら辺の大工の兄ちゃんくらいにしか思われてないぞ?」
「一輝も空かれてると思うけど、おじさんたちから大人気なわけだし」
好かれているとは思うが、もうちょっと別の好かれ方をしたかったなと思う。そんなことを話していると水都の表情が暗いことに気付いた歌野がこらと言いながら水都の額をつついた
「後ろ向きに考えないの。みーちゃんは自分の凄さに気づいてないだけよ。だって私、知ってますから。みーちゃんが人を助けてたこと」
「え…?」
「昔、結界の外から避難してきた子供を、バーテックスから助けてたでしょう? みーちゃんが自分から結界の外に出て、バーテックスを自分で引き付けて…そのお陰で、その子は無事に避難できた。本当にすごいことよ」
「それは.結局その後、うたのん達が来てくれたから助かったんだよ。私だけだったら、あの子も殺されてた…」
「でも、普通はできないわ。戦う力を授かった私が人を助けるより、ずっとずっと勇気がいることだから。だから──みーちゃんだって、勇者よ」
「ありがと…」
「もちろん、一輝もね」
二人の話を聞きながら蕎麦をすすっていると、歌野が急にそんなことを言ってきた。それがちょっと気恥ずかしくなった俺は、そっぽ向いてそばをすするっているのを見るとそれが可笑しかったのは二人で笑っていた
時が進むごとに、諏訪と四国の回線は繋がりにくくなっていった
それが諏訪の土地神の力が弱くなっている事なのだと、俺たちは感じ取っていた
それでも歌野は毎日畑を耕し、時にはバーテックスと戦ういつも通りの姿を見せていた。相変わらず前向きな姿を人々に見せながら時が進み──九月、大規模な襲撃が起こった
俺と歌野は今までよりも多かった敵に対し、かなりの傷を負った、体当たりで飛ばされ、口のような器官で噛みつかれ.それでもすべての敵を打ち倒した歌野は、諏訪への被害を出すことはなかった
戦いが終わった歌野は病院に行くよりも先に、四国との通信設備がある上社本宮の参集殿にやって来ていた、水都の言葉に大丈夫と答え、時々苦痛に顔を歪めながらもいつも通りの口調で四国との通信を終えた
それを見ていた水都も、通信を行っていた歌野も、そして俺も分かっている.諏訪がもう長く保たないという事を。
いくら四国に戦力が整っているといってももうそれを待つ時間がない、待つことが出来ない
「なぁ、写真を…撮らないか?」
「そういえば…三人で撮った事一回もなかったよね」
「そうね、撮りましょう! 写真!」
通信が終わった後、二人にそれを言うと、歌野と水都も頷いてくれた。三人で並んで写真を撮り終えると、近くに置かれていたプリンターを使い写真を現像すると、二人にも渡す
「ありがとう、一輝君」
「三人お揃いね」
「…そうだな」
それから程なくして、水都に最後の神託が下った
内容はこれまでにないほどの襲撃が起こる.そして諏訪の結界は、その攻撃を耐えることは出来ないということだ。それでも歌野はいつもと変わらない日々を続けた、畑に耕し、収穫間近の野菜たちを見ながら、嬉しそうにして
「かぼちゃ、大根、とうもろこし。うんうん、グッドなグローイング具合。そろそろ次に植えるものを考えないといけないわね.ねぇみーちゃん。本宮に保管している種、何が残ってたかな」
「…いろいろ残ってたと思う、ソバとか、ダイコンとか」
「あぁ、いいわね。ソバとダイコンなら、種をまくのにジャストな季節だし」
「ソバが出来たら、自分たちで打ってみるか、蕎麦」
「いいわね、それ!」
「──どうして…!」
いつも通りにしている俺たちに対して、水都は言葉を詰まらせながら話始める
「二人は、どうしてそんなにいつも通りなの…? 怖くないの!? 私たちは、もう、明日…!」
水都が言おうとしていることは分かっている
明日の総攻撃.俺たちはきっと勝つことが出来ない、そして結界が破られるという言葉は、俺たちだけじゃない…俺たちだけでなく、諏訪そのものが壊滅させられるだろう。それでも俺たちはいつもと変わらぬ笑顔を水都に向ける
「怖いよ。本当はすごく怖い」
「そうだな…正直、今すぐ逃げ出したい」
「でも、怖くても...何も出来ないのは絶対に嫌。怯えて何もできなくて...目の前で人が死んでいくのは、もっと怖いから…」
「逃げ出すなら誰でも出来るんだ…それでも、万に一つでも俺に出来る事があるなら、俺は逃げたくない」
結局のところ、俺も歌野もやせ我慢をしていただけだ、戦うのは怖い…それでも頑張っていくしかできないんだ
「大丈夫よ、私は一人じゃない。みーちゃんがいる、一輝がいる、離れているけど、四国にも勇者の仲間たちがいる。だから…だから、頑張れる」
歌野のその言葉を聞いて、俺も水都も涙が出そうになるが必死にこらえる
一番つらい筈の彼女が泣いていないのに、俺たちが泣くわけにはいかない
「そうだ! 二人とも、私にやりたいことがあるわ。私たちがここにいた証を……想いを、いつかきっとここに来る人の為に、遺しておきたいの」
その言葉にうなづいた俺たち三人は、手紙と鍬を持ってきた木箱の中に入れて、畑の傍の地面に埋める
「いつか誰かが、これを見つけてくれたら.私たちの想いが繋がっていく。願いは託される.きっと」
そして、最後の日が始まる
「フィニッシュ!」
「こっちも、打ち止めだ!」
互いに倒れそうになるが、背中を合わせる事で何とか立った状態を保つ
「はぁはぁ…さすがの私も、つらいわね……」
「弱音を吐くなんて…珍しいな……俺はまだいけるぞ…山育ちだからな…」
「二人とも! 大丈夫!」
何度目か分からない襲撃を終えた俺たちの元に水都が走ってくる、朝からずっと鳴りやむ事の無いサイレンがいよいよ潮時なのだという事を突き付けてくる。勇者である歌野ですら限界を迎えそうなのだ...口ではああ言ったが、流石にキツい。腕はガンガン痛むし、さっきの攻撃で肋骨が砕ける音がした
俺たちにタオルを渡してくれていた水都の動きが止まると、僅かに体を震わせ始める
「来た…これが、総攻撃だ…」
「そろそろ…四国と、通信の時間ね。行かないと…」
「行ってこい…お前が話を…する時間くらい…俺が稼ぐ」
二人を見送ると、目の前に見え始めたバーテックスを相手に鉈を構える、何度も戦い刃こぼれも酷い相棒だが.それでも奴らをぶった切るくらいの切れ味は残ってる
上社本宮の前で相手どっていると、少しずつ押され始めるが、その攻撃が止むと一部のバーテックスが集まり融合をはじめていた
「…二人のところに、行かないとな」
ボロボロの身体を引きずって二人と合流する
「…なんの話、してたんだ」
「夢の話をしてた」
「イエス! 私が農業王になって、みーちゃんが私の作った野菜を世界中に届ける!」
「…それで、最初は喧嘩したりするけど…最後は、みんなうたのんの作った野菜を食べて…笑顔になる」
「素敵でしょう?」
「…そうだな‥…どうせなら、俺も一枚かませてくれよ…お前の店位なら、俺が一から作ってやるから」
「どうする、みーちゃん?」
「うん…良いと思う」
あぁ、確かに良い夢だな…本当に…それなら
「それじゃあ」
「えぇ、そうね」
「私たちの夢のために、世界を壊させるわけにはいかないわよね!」
「俺たちの夢のために、世界を終わらせるわけにはいかないな!」
バーテックスは一斉に上社本宮に流れ込み始めた
「みーちゃん、一輝。私もね、二人が一緒にいてくれたから、今日まで頑張ってこれた」
「俺も、歌野と水都がいたから.今日まで折れることなく、進み続けられた」
俺たちはその言葉と共に大地を蹴り、空に広がる化物どもに向かっていく
「…最後まで一緒にいるよ、二人とも。ずっとここで見てるから」
バーテックスの総攻撃を受けた俺たちは、最後の最後まで戦い続けた、俺は一人総攻撃から生き残った…と言っても骨の至る所にはヒビが入ってる気がするし、左腕に至っては噛み千切られた所為で体のバランスがとりずらい
途中で歌野と分断され、鉈が折れても尚戦い続け、ボロボロになった体を引き摺りながら目的の場所に向かう、歌野と水都はどうなったのだろう…と考えるのも野暮か、霞み始めた目をこすり目的の場所が見えてくる
歌野達が耕していた畑を横切り、一本の木の前までたどり着いた俺は、背中を預けるように座り込むと目の前に折れた鉈を突き刺す
「…よし…これで少しは…わかりやすく……なるだろ」
俺が向かっていたのは三人で木箱を埋めた場所
俺たちの想いを、これからこの場所にくる人達に託す場所
俺が最後に見上げた空は、歌野達と初めて会った時のように嫌になるくらいの青空だった
俺が最後にこの場所を選んだのは歌野達の想いを繋ぐ道標になる為、俺たちがここにいたことを誰かに知っていて欲しいから
最後に一言、誰に伝わるわけでもない.けど、この言葉だけは伝えたかった
「頑張れよ」
俺の呟いたその声は風に乗り、どこかの誰かに伝わった…そんな気がした
御子柴一輝《みこしば かずき》
白鳥歌野編の主人公ポジションのキャラ
使用武器は鉈
見た目は、黒髪黒目の地味顔
歌野達に助けられてから一緒に戦っていた青年
最終決戦で致命傷を負った結果、最後は自分たちの想いがここにあることを示す道標として生涯を終えた