第壱話 慎ましい幸せ
『昔々、ある所に勇者がいました。勇者は人々に嫌がらせを続ける魔王を説得するための旅を続けています』
俺たちがいる場所は幼稚園、何をしているのかというと...人形劇である
『そしてついに勇者は勇者は魔王の城に辿り着きました』
舞台は大詰め、勇者と魔王の対面シーン...子供たちも中々に盛り上がっている
「やっとここまで辿り着いたぞ、魔王! もう悪いことはやめるんだ!」
「わしを怖がって悪者扱い始めたのは村人たちのほうではないか」
「だからと言って嫌がらせは良くない! 話し合えばわかるよ!」
「話し合えばまた悪者扱いされる!」
「君を悪者なんかに...しない!」
そう言ったタイミングで部隊が倒れ、人形を操作していた二人が子供たちに対して丸見えになる
「し、しまった...」
「えーっと」
「でも、子供たちに当たんなくてよかったぁ」
「うぅ~ん...よ、よし今だ! 勇者きーっく!」
「ちょ...おま、話し合おうってさっき!」
勇者、まさかの有限不実行。さっきまで話し合おうと言っていたが予想外の不意打ちである
「い...言っても聞かないから」
「何言ってんの!? 台本通りの展開なら聞くから!?」
「ふ、二人とも何がどうなって...」
「完全にアドリブだなぁ、こっからどう持っていこう」
演者ではない俺達スタッフ組も中々に困惑
「みんな! 一緒に勇者を応援しよう!」
咄嗟に勇者を応援する方向にシフトすると、子供たちから勇者に向かって応援が飛ぶ
「みんなの声援がわしを弱らせる~」
「今だ! 勇者ぱーんち!」
『と言うわけで。みんなの力魔王は改心し、祖国の平和は守られました』
「みんなのおかげだよ!」
ちょっとしたハプニングに見舞われたが何とか巻き返し、子供たちも満足したと思う...と言う風な活動をしているのが俺達五人、誰かの為になることを勇んでやる部活、勇者部である
郊外活動の次の日
「起立、礼、神樹様に拝」
「はい、さようなら」
一日の授業を終えた俺は、いつも通りの挨拶を済ませると扉側に座っている二人の場所まで向かう
「二人とも、今日も部活出るんだろ?」
「うん、徹くんもだよね」
「おう、そうじゃなかったらお前らの所に来ないでさっさと帰ってるし」
「随分と寂しい事を言うのね、八重樫君は」
「もちろん冗談ですよ、早く行こう」
俺達三人はそう言うと、部室となっている家庭科準備室まで向かう
今勇者部に所属しているのは五人
中学三年で部長の犬吠埼風先輩
先輩の妹で俺たちの後輩、犬吠埼樹ちゃん
そしてさっき俺が話しかけた結城友奈と東郷美森の親友コンビ
最後に俺、八重樫徹...片手に片目、片耳と不自由な所が多い俺ですが、他のメンバー同様に日々誰かの為になることを全力でやってます
「こんにちは!」
「お疲れさまでーす」
「昨日の人形劇、大成功でしたね!」
部室に入ってそうそうに友奈がそういうと、風先輩は少し呆れたように言葉を返してくる
「何もかもギリギリだったわよ、いやむしろNG」
「友奈ちゃんのアドリブで盛り上がりましたね」
「あれは無茶苦茶と言うんだ...」
「今度はもうちょっとセットの安定性確認しておきます」
「そこはお願いね、徹」
「みんな喜んでくれたし、結果オーライ! 勇者はくよくよしてもしょーがない!」
「友奈さんは底抜けにポジティブですよね」
「...はいはい、今日のミーティング始めるわよ」
風先輩の言葉に従い、黒板の前までやってくるとそこに貼られていたのは子猫たちの写真、そしてその上には子猫の飼い主探しと書かれている
「未解決の飼い主探し依頼がどっさり残ってるわ」
「た、たくさん来たね...」
「その件って師匠に頼んだんじゃないんですか?」
「何件かは請け負ってもらえたけど、やっぱり私達がやらないとね...ということで、今日から飼い主探し強化月間にするわよ!」
風先輩曰く師匠もいくつか請け負ってもらってるらしいが、それでもまだまだ飼い主の決まっていない子猫は多いらしい
「東郷、ホームページの強化は任せた!」
「携帯からアクセスできるようモバイル版も作ります」
「徹は不知火さんに心当たりが聞いてみてくれる?」
「了解、取り合えずメッセージ送ってみます」
「私達は...」
「どうしましょう...」
風先輩に言われた俺は、片手でスマホを操作して師匠こと、不知火要さんにメッセージを送ってみると、程なくして了承のメッセージが帰ってくる
「風先輩、師匠オッケーだそうです」
「わかったわ、それじゃあ後で話に行きましょう」
「そうだ! 私達、海岸の掃除に行くでしょ。そこでも人に当たってみようよ」
「いいですね」
どうやら友奈と樹ちゃんの方も話がまとまったようだ。そんなことを言っていたら後ろから聞こえていたタイピングの音が止まる
「出来ました」
「「はやっ!」」
それからいつも通り部活を終え、家に帰ると制服からジャージに着替えて浜辺に向かった
「時間通りだな、八重樫」
「今日もよろしくお願いします、師匠」
「それじゃ、最初はいつも通り体力づくりからだ。ランニング行くぞ」
「はい」
俺と師匠の二人で浜辺を走り始める、俺はいつも通り荷物をおろして、師匠は背中にリュックを背負ってランニングを始める
「そういえば師匠、ありがとうございます」
「何が?」
「子猫の件です、引き受けてくれて」
「お前らも頑張ってるのは知ってる、それに俺に連絡をしてくるのは頼らざる負えなくなっただけってのもな」
「そうですね...」
師匠感謝をした後、ランニングを続ける、それから体感三十分程走ると次のメニューに移る。師匠から受け取ったのは木製の剣、但し通常の剣とは異なり刀身は分離できるようになっており中にはワイヤーが仕込まれている。蛇腹剣という奴だ
「意識することは覚えてるよな」
「はい、地に足を付けて武器に振り回されないように...はぁッ!」
盾を構える師匠に向かって蛇腹剣を振るう、武器に振り回されることなく蛇腹剣は師匠の元に向かっていく。師匠は盾を使って防ぐ
「動きを止めるな、鞭を振るうように連続して攻撃をしろ!」
「はい!」
師匠の言葉に従い、片手で剣を振るい攻撃を続ける。二撃・三撃と繰り返し、暫くしたところで師匠の声が聞こえてくる
「そこまで!」
師匠の言葉で蛇腹剣での攻撃を止める
「よし、だいぶ形になったな」
「ありがとうございました!」
「だいぶ暗くなってきたし、今日はもう帰るぞ」
「はい」
師匠と俺は帰り支度を始める
「そういえば八重樫、最近はどうだ?」
「どうって、何がですか?」
「体、良くなったりしたか」
「全然ですね」
「そうか...少しでも良くなりそうだったらすぐに報告しろよ」
「わかりました」
そう言うと師匠は俺を家に送った後に来た道を戻っていった
翌日、いつも通り授業を受けている途中に顔を逸らして友奈と東郷の方を見る。どうやら昨日風先輩に言われた文化祭の出し物について考えていたらしい...東郷も見ているのに気づいた友奈は東郷の方を向く
「あはは、なんでもない」
「結城さん、何でもなくないですよ。じゃ、教科書を読んでもらおうかしら」
小さい声だったが、先生の耳にも友奈の声が聞こえていたらしい、少し呆れたように友奈の事を指す。少し項垂れた友奈が席を立ちあがった瞬間、スマホから今まで聞いたことのない通知音が流れ始める
「えっ、私の!?」
「携帯ですか? 授業中は電源を切っておきなさい」
「はいっ、すみません」
スマホがなっているのは友奈だけじゃなかった、俺と東郷のスマホも同じ通知音が鳴っている。そしてスマホを取り出した瞬間、世界の時間が止まる
「え...」
「み...みんな...どうしたの?」
「何だか様子が...」
「一体、何が起きてる?」
そう言った瞬間、俺達を...いや、世界を光に包まれる
光が晴れた俺達が目を開けるとそこに広がっていたのは、森を思わせる神秘的な空間だった...