不知火 要は勇者でない   作:SoDate

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Ⅺ 後を託す者の為に

 役目を終えた後、弥勒はすぐに病院に運ばれ緊急手術が行われた。彼女の負った傷は思った以上に深かったらしく予断を許さない状況だ

 

「最善は尽くしたが、生き延びることが出来るかどうかは分からない」

 

 それが彼女の事を治療した医師の言葉だった

 

 他の防人たちが帰っても尚、芽吹だけはガラス越しに弥勒の事を眠っている姿を眺めていた。俺は近くのベンチに座って何も言わずにその姿を眺めているといつも通り神官服の安芸ちゃんがやってくる

 

「楠さん。あなたもかなりの怪我を負っています、治療を受けて安静にしていなさい」

「私はここにいます。弥勒さんが目を覚ますまで」

「今、あなたに出来ることは何もありません。神樹様にお祈りするくらいです。祈る事なら、自分のベットで休みながらでもできます」

 

 神樹に…というか神に祈るねぇ、俺らが戦ってんのは神様なのにそれに祈るのは何とも皮肉な話だな

 

「何もできない、神にも祈らない。私がやることは…彼女の傍にいて、心の中で呼びかけることくらいです。そんな事、何の意味もないってわかっていますけど…」

「……あなたがそうしたいのなら、それもいいでしょう」

 

 心の中で呼びかける…か、神様が人を地獄に叩き落とすとしたら、叩き落された地獄から人を救い出すのはまた人である…なんてことをカッコつけて考えてみるが、結局の所そいつが助かるかどうかは本人次第としか言いようがない

 

「私は、自分がもっと合理的な人間だと思っていました」

「何を言うかと思えば」

 

 安芸ちゃんの口調が仕事モードから、少しだけいつもの口調に戻った…というか今までは言葉にのせてなかった感情が言葉にのった

 

「あなたはまったく合理的な人間ではありませんよ。偏執的とさえいえるほどのストイックさと意思の強さ。それは合理的ではなく、理想と精神論で生きている人間の身が持つものです」

 

 その言葉を最後に、安芸ちゃんは芽吹から離れてきた道を引き返してくる。俺の目の前を素通りするかと思ったが立ち止まり、声をかけてくる

 

「不知火さんも、しっかり体を休めてください」

「…知ってるだろ、身体を休める必要ないって」

「それでもです、身体は大丈夫でも精神は疲労する…いつかあなたに言われた言葉です」

 

 いつ行った言葉か忘れちまったが、確かに言った記憶はある…まさかここで、それを言われるとは思わなかった

 

「分かったよ、今回は大人しく休む」

「そうしてください」

 

 ベンチを立ち上がり、俺も自分にあてがわれた病室に向かって歩きだす

 

「少しは、懐かしい要さんに戻ったみたいですね」

「…懐かしい俺ってなんだよ」

 

 その言葉を最後に、俺は安芸ちゃんと別れた

 

 

 

 それから二日、三日と時は流れ…ようやく弥勒は目を覚ました。聞いたところによるとその間、楠はずっと眠らずに彼女の帰還を待ち続けたらしい

 弥勒の病室に入る、ぼんやりとしていた弥勒だったが芽吹の姿を見た瞬間の目に正気が戻る

 

「あら…我がライバル、芽吹さんではありませんか。心配かけましたわね。しかし私は、やはりまだ死ぬべき時ではないとゲホッ、ゴホッ、ぅ、ぅぅぅぅぅ……」

「バカなんですか、弥勒さん。まだ意識が戻っただけで怪我も治ってないのに、無理して喋ったら…そうなるに決まってます」

 

 いつもと変わらない言葉だったが、芽吹の目からは涙が零れ落ち始めていた

 

「あれ…なんで……? 私…泣いて…」

「それはあなたが仲間たちに、全身全霊で向き合ってきたからです」

 

 俺たちの後に病室に入ってきた安芸ちゃんの放った言葉…口調自体は変わっていないが、神樹館で鷲尾達に接していた時と同じ温かさを含んでいた

 

「あなたが防人の少女たちと過ごした時間。共に築き上げてきた結びつき。全力で向き合ってきたからこそ、あなたにとって彼女たちは掛け替えのない存在になった。『友達』と呼べる存在です。あなたは今、友達のために涙を流しているのです」

「……友達……」

 

 勇者になれなかった少女が、防人として戦い続けてきた少女が…手に入れた掛け替えのない存在。決して世界を左右するわけではないが…何よりも大切な成果を彼女は自分の手で掴み取った

 

「芽吹先輩」

 

 病室の中に聞こえてきたのは、防人たちが救おうとしていた少女の…国土ちゃんの声だった

 

「…私、戻ってきました」

 

 病室の中に入ってきた国土ちゃんは、少しはにかみながらみんなにそう告げた

 

 

 それから、国土ちゃんが防人のやつらにもみくちゃにされている間に芽吹と安芸ちゃん…そして俺も話を聞くために屋上にやって来た

 

「国土さんが御役目を解かれました」

「奉火祭は取り止めになった…と言う事ですか?」

「いいえ、巫女たちの代わりに、一人の勇者が犠牲となることに志願したのです」

「まさか…三好さん?」

「彼女ではありません」

 

 巫女たちの代わりに自分が犠牲になることを選んだ勇者がいると聞いてすぐ、俺の中に一人の少女の姿が浮かんでくる…一人で背負い込んで、暴走しがちだが。誰よりも友達を大事にしている少女

 

「志願したのは…東郷か」

「……はい、犠牲となるのは東郷美森様。以前、神樹様の壁に穴をあけた本人が、自ら責任を取る…と」

「……いかにもアイツが言いそうな事だな」

「…亜耶ちゃんは犠牲にならなかった…でも、誰かが犠牲になるんですね?」

 

 芽吹の言葉に安芸ちゃんは頷いた。よく見ると彼女の肩も少し震えている。芽吹も…誰も犠牲になることのない結末を目指していただけに悔しさが滲み出ている

 

「防人のお役目は、ひとまず終了となります。今度、また御役目が発生する可能性はありますが、結界外調査と国造りの補佐と言う任務はなくなりましたから」

 

 その言葉に芽吹は何も答えない

 

「大赦は、御役目の中で防人に多くの死者が出ると思っていました。ですが…負傷者は出たものの、犠牲はゼロ。よく成し遂げましたね。そしてあなた自身も、昔とはずいぶん変わりましたね。今のあなたが三好さんと並んでいたら、きっと我々はどちらに銀の端末を受け継がせるか、選ぶことはできなかった」

「ギン? 受け継がせる?」

 

 あれ? 三好の端末って新規で作った奴じゃなかったの…それじゃあ、恐らくこれから必要になるであろう銀の端末が……ない? 

 

「そう……御役目を退き──長い間眠り続けていた勇者です。今のあなたなら、もし端末を受け継いだとしても、笑って許してくれるでしょう」

「あなたは、三ノ輪銀と個人的な知り合いだったんですか」

「個人的、というほどではありませんね。私は先代勇者のお目付け役で……勇者の御役目以外でも、彼女たちの通う学校の教師でした。ただ、それだけです」

 

 ただ、それだけ…それだけだからこそ、二年前に彼女は誰よりも心を痛めていた、何が起こっているのかわからないから、ただ傷ついていく彼女たちを見守り、決断を見送る事しかできなかったから

 だからこそ、今の安芸ちゃんは防人たちと接するのに壁を作っていた…それも、少しは崩れたみたいだけど

 

「今の楠さんなら、勇者としての御役目も充分に果たせるでしょう。大赦にも、そのように報告しておきます。もし、更なる勇者の補充が必要となった時、あなたがその御役目につけるように」

「その必要はありません。私は勇者にはならない」

 

 その言葉を聞いた瞬間、少しだけ嬉しい気持ちになった、一つの道に固執していた筈の少女は…新しい道を踏み出したのだから

 

「あなたは勇者になることに、強くこだわっていた筈では? 

「そうですね。今でも勇者になることは、私の目標です…ですが、大赦の『勇者』は、私が目指してるものじゃない。犠牲を前提として生きる存在を、勇者だなんて認めません」

 

 その言葉を聞いた安芸ちゃんは、少し考えこむ…おそらくだが何かを考えているのだろう

 

「あなたは防人の犠牲をゼロにすると―それは人間・楠芽吹としての誓約だと言いましたね? そして誓約を実辺しました。しかし、人類の歴史はすべて犠牲の上に成り立っています。科学、文化、そして人の生命そのものさえも、数限りない屍の上に存在するのです」

「えぇ、その通りです」

「それが分かっているならば、なぜそこまで犠牲を否定するのですか。少を犠牲にして多を生かす事ができるならば、それは悪いことではない筈です」

 

 その言葉を聞いて理解した、今の安芸ちゃんは一人の人間の考えではなく、大赦の考えで芽吹に問いかけ…彼女がどう答えるのかを待っている

 

「あなたは──いえ、大赦は、人類を『全体』でしか見ていない。囲碁や将棋の盤面を見るように、高みから見てるだけ。だからわからない……『大勢の中の一人』でも、その人には家族がいて、友達がいて、愛する人がいる。たった一人でも犠牲になれば、その犠牲になった者を愛する人たちは、世界の終わりと同じくらい悲しいんです! 大赦は高みから見ているだけだから、そんな簡単なことが──中学生にすぎない私でもわかる、そんな簡単な事がわからない。少を殺して多を生かすなんて選択が、良いはずがないんです!」

 

 芽吹の発したその言葉は、聞く人が聞けばただの理想論に過ぎないのかも知れない…それでも、人として忘れてはいけない事が詰まっている。本来ならば少を殺して多を生かすなんて選択を良しとするのはいけない……か

 

「最後の最後まで死に物狂いで足掻け! 死に物狂いで努力をしてない人間が、安易に誰かの命を犠牲にするなんて選択をするんじゃない!!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、芽吹の姿に別の誰かの姿が重なって見えた……血筋とか関係なく、どこかに受け継がれているモノはあるんだな

 

「大赦から与えられる『勇者』という称号など、不要です。私は、私が理想とする勇者を目指し、必ずそれになって見せる」

「──あなたが理想とする勇者とは、なんですか」

「誰一人、犠牲にしない者。犠牲を生まない道を拓ける者こそ、勇者」

 

 その言葉を、安芸ちゃんは黙って聞き続ける

 

「私は防人を続けます。今の大赦のような、犠牲を前提としたやり方とは違う方法を、探し続けます。場合によっては、大赦の内部に入って、歪なやり方を変えて見せる。そして誰一人犠牲にならない道を、必ず見つけ出します」

 

 芽吹の新しい宣誓、彼女だけじゃない…勇者部の奴等も似たような思いは持っている…だから、後を任せても大丈夫そうだ

 

「誰一人犠牲にならない道……あなたなら、いつかできるかもしれませんね」

「成し遂げますよ、必ず」

 

 芽吹はそう言うと屋上から出ていき、俺と安芸ちゃんの二人だけになる

 

「良かったな」

「そうですね…それにしても、要さん全然喋りませんでしたね」

「元々話を聞くために来ただけだし…それに、あんだけ真剣な問答じゃあ間に入る気も起きなかったよ」

「そうですか」

「そうなんです…ってそういえば、三ノ輪の端末の件、聞いてないんだけど」

「そうなんですか? 伊予島くん辺りが言ってくれてるものだと思ってました」

 

 アイツからも聞いてない気がする…それとも俺が忘れてるだけか? 

 

「まぁそれはいいや…後は、任せても大丈夫そうだな」

「えっ?」

「……なんでもねぇ、それより銀の端末を夏凜に渡しちまってんなら、どうすんだ?」

「必要になった時の事を考えて、バックアップデータから新たな端末を作成しているので、心配はありません」

「そうか、アイツら東郷が勝手に生贄になりましたとか言ったら絶対に助けに向かうからな」

「その事ですか…勇者部には東郷さんの事は伝えていません」

 

 そりゃそうだ、絶対に阻止しそうだし…まぁバレるのは時間の問題だろうが

 

「とりあえず、俺ももう行くよ…安芸ちゃんはどうする?」

「私は、もう少しだけここに居ます」

「そっか」

 

 

 

 俺も屋上から出ると、弥勒のいる集中治療室には行かず、ゴールドタワーにある自分の部屋まで向かう

 

「後を託す者達の為に…俺も俺に出来ることをする」

 

 そのために、さよならだ

 

 

 

 

 

 翌日、ゴールドタワーにある不知火要の部屋は綺麗整頓され、何処を探しても彼の姿は見つけることはできなかった




これにて、防人編は最終回…次回から勇者の章編に入ります
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