日常ノ壱
丸亀城を離れてから既に一か月、根無し草だった俺も大赦から紹介された事務所兼家屋を買って今は何でも屋として生計を立てている。依頼はまだ少ないが着実に増えている...と言っても依頼の大半はペット探しなのだが、それでも依頼がないよりはマシだろう
「今日の依頼は、迷子の亀探しくらいか...って亀!?」
ペット探しは主に犬猫であるが偶に迷い鳥探しは来る...けれど迷い亀は今回が初めてだ
「それ以外だと遠足の引率の手伝い...これは幼稚園で期日が一週間後か。後で連絡入れとかないとな」
事務所の安楽椅子に座りながら固定電話に手を伸ばそうとしたところで事務所の扉が開かれる
「お客さんか、珍しいな...ってなんだ、若葉にひなたか」
「久しぶり...と言うほどでもないか」
「こんにちは、要さん」
椅子から立ち上がった俺が事務所の扉を開けるとそこに立っていたのは見知った二人、乃木若葉と上里ひなただった。定期的に会う事のある二人だが用もないのに押しかけてくるタマやそれに付き添ってやってくる杏とは違い、二人は滅多なことが無いとここには来ないのだが...来たという事はそれなりに重要な案件なのだろう
「とりあえず、中に入ってくれ...二人とも緑茶で良いか?」
「ありがとうございます。ですが、そこまで気を使って頂かなくても」
「親しき仲でもお客人だ...家主が茶を出すのは当たり前だろ」
ひなたにそう言うと来客用の湯呑にお茶を入れ、保存していたお茶請けのカステラと一緒にお盆に乗せて二人の元に戻る
「ほい、お待ちどう」
「お茶だけじゃなく、お茶請けまで...ほんとに気を使わなくていいんだぞ?」
「依頼人もあんま来ないし、そのまま置いておくとちょこっと顔出したタマに茶請けは食われるからな。こうやってお客さんに出して食べてもらった方が茶請けも喜ぶだろ」
「それなら...有り難く頂くとする」
「そうですね、いただきます」
三人で茶を飲んで喉を少し潤すと、改めて若葉たちに要件を聞くことにする
「それで、どうしたんだ...事務所まで来るとなったら割と急ぎの用だろ?」
「いえ、今日はたまたま近くに用があったので若葉ちゃんと少し顔を見に行こうという話になりまして」
「成る程な、マジで近くに来たから寄っただけか」
「もちろんそれだけが目的じゃないぞ...要にも少し意見を貰いたいことがあってな」
そう言うと若葉はカバンからホッチキスで止められた書類の束を取り出すと俺に渡してきた。ざっと目を通してみるとどうやら勇者システムに実装したい機能の企画書のようだが...
「...これはボツだろうなぁ」
「何故だ!?」
「いやうん、いいとは思うよ? 友奈とかタマは賛成しそうだし...ただ、ねぇ」
「私としても良い案だと思うんですけどねぇ」
二人が提案してきたのは、勇者システムに若葉...と言うか初代勇者の音声データを搭載するというものだった、題して初代勇者応援プロジェクト。個人的にこういう前向きなのは大好きなのだが十中八九却下されるのは目に見えている
「企画にも気合いが入ってるし、メンタル的にヤバくなったら応援するってのも良いとは思うんだけど...割と逆効果になる可能性もあるからな」
「逆効果?」
「何と言うか、集中しきれないというか...集中力が切れた時に聞こえて来ちゃうと、結構邪魔になるというか...メンタル的に弱かったら応援は逆にその子を焦らせるというか...」
自分なりに言葉を選びつつ答えたつもりだが、若葉が少しずつ沈んでいるのが目に見えてわかる
「まぁ、これはあくまで俺一人の意見だし...提案したら絶賛される可能性もあるんじゃ...」
「実は既にボツになった後なんです」
「じゃあなんで俺に見せたぁ!」
既にボツになった後の資料を俺に見せて一体どういうつもりだ、こいつらは
「色々と意見を聞いてみたかったんです...友奈さん達にはすぐ会えますが、千景さんと要さんに会うなら少し時間を調整しないといけないので」
「まさかと思うが、お前らの今日の用事って」
「はい、千景さんにも意見を貰いに行ってきたんです」
「どうだった」
「...要と同じだ、これはボツになるだろうと言われた」
案の上だったか、この様子だと友奈やタマあたりは賛成して、杏は賛成だが微妙な顔をしていたに違いない。ここで時間を確認すると既に15時を回っていることに気付いた
「悪い二人とも、この後依頼が入っててな...今日はこの辺りでも構わないか?」
「いや、急に押しかけたのはこちらだ。すまなかったな」
「ほんとにすまないな、積もる話をするときはこっちから行くから」
そう言うと俺はお茶を飲み干して外に出ていこうとする
「そうだ! 若葉ちゃん、どうせなら少しだけ要さんのお仕事を見せて貰うのはどうでしょう」
「ひなた?」
「は?」
「友奈さん達や千景さんはどういう事をしているのか知ることはできますが、要さんのお仕事を見る機会は中々ありませんから、良い機会です」
「...要、構わないか?」
「俺は別に良いけど、見て面白いもんでもないぞ?」
「構いません、行きましょう若葉ちゃん!」
三人で事務所を出た俺達は、依頼主の家まで向かう
「そういえば要さん、報酬はどうなっているんですか?」
「まぁ色々だな、金銭の時もあるし野菜とかの時もある、場合によるが無償の時もあるし」
「無償って...それで成り立つのか?」
「人の善意を信じてんだよ...と言うより半分くらいボランティアだからな、俺の仕事」
「ボランティア...ですか」
ぶっちゃけると今住んでる事務所も大赦紹介でだいぶ安く買わせてもらってるから僅かではあるが退職金は残っている。人によっては気前よく払ってくれるし、偶にだが肉や野菜、魚と言った食料をおすそ分けに来てくれる人もいるから案外生活には困っていない
「それに、ウチの事務所は 誰かの為になることを勇んでやる がモットーだからな...信頼を得るにはまず信用されて行かないと」
「誰かの為になることを勇んでやる、素敵ですね」
「そうかい...っとここか、すいませーん」
依頼主の家まで到着した俺は外から声をかけると中から三十代くらいの男性が出てきた
「君たちが何でも屋さん?」
「俺たちって言うか俺ですね、後ろの二人は...俺が借りている事務所の大家さんみたいなもんです。仕事ぶりを見たいらしいんで同席させても構いませんか?」
「そんなに秘密にする必要もないし、構わないよ」
「ありがとうございます」
応接間に倒された俺は改めて依頼主さんに挨拶をする、若葉とひなたの二人は俺の少し後ろで正座をしている
「改めまして、何でも屋しらぬいの不知火要です」
「家主の犬吠埼陸です。今回は依頼を受けてくれてありがとうね」
「いえ、それで依頼は...迷子になった亀の捜索でいいんですよね」
犬吠埼さんから話を聞いたところ、彼の飼っていた亀は奥さんと行った祭りの亀すくいで見つけた亀らしく、夫婦で大事に育てていたらしい。
その亀が昨日、水槽の掃除をしていた時に逃げてしまい探して欲しいというものだった
「分かりました、逃げたのはどの辺かわかりますか?」
「水槽の掃除をしていたのが裏庭の水場で、その時亀は近くの桶の中に入れてたんだ」
「なるほど、絶対に見つけるので待っていてください」
「頼むよ、私と妻にとって思い出の亀なんだ」
犬吠埼さんの家から出た俺は、携帯の地図アプリを起動してこの近辺で亀の生きそうな場所に目印をつけていく。こういうとき多機能な携帯電話は重宝する
「要...大丈夫なのか?」
「ん? あぁ、心配はない...大体何処に居そうかは予想ついてるし」
「そうなんですか?」
「今頃は丁度亀の産卵期だからな。犬吠埼さん達もかなり愛情を込めて育ててたみたいだが、見せてもらった水槽の中に土が入ってなかったから多分産卵場所を探しに行ったんじゃないか?」
「あの夫婦が飼っていた亀が雌だという確証はあるのか?」
「ない、だからとりあえずこの近所で産卵に適してそうな場所を潰していっていなかったら、亀が好みそうな場所を潰していく感じだな...これで逃げたのが一昨日とかだったら難しかったが、昨日ならまだ探しようがある」
そう言うと俺たち三人は近い順に、亀の好みそうな場所をしらみつぶしに当たっていく
「そういえば要さん、どうしてそんなに亀の生態に詳しくないですか?」
「以来のほとんどがペット探しだからな、依頼主が引き取りに来るまでの間預かることも多いし...結構ペットショップに行くことが増えたんだよ、その家々によってペットフードも違うし」
「なるほどな、だがそれがどうして亀の生態に繋がるんだ?」
「ペットも犬猫だけじゃなくて、鳥にハムスター...果ては今回みたいに亀。だからそのペットショップの人に生態を聞くことも多いんだ、行きつけの場所には動物博士みたいな人もいるから...っと、ここもハズレか」
若葉たちと話をしながら、手当たり次第に探してみるが、当たりを付けた場所は残り三か所。ここで見つからなかったら更に捜索範囲を広げる必要が出てくるかも知れないな等と考えながら次の場所まで向かう
やって来た場所は他よりも草が伸びており、日の当たる場所は少なかった
「あたりっぽいな」
水辺に近い場所の草を払いのけるとそこに一匹の亀が居た、少し不安だったが無事見つかってよかった。少し窮屈かも知れないが亀を移送用の籠に入れて出来るだけストレスを与えないように犬吠埼さん家まで戻った
「ありがとうございます!」
「いえ、本当に見つかってよかった...報酬はいりませんから、代わりにその子の為にもっと大きい水槽を買ってあげてください」
「わかりました、本当にありがとう」
「それじゃあ、失礼します」
そういって俺達三人は犬吠埼さん家から出て歩き始める
「これが要さんのお仕事なんですね」
「あぁ...と言っても仕事になってるのかわかんねぇけどな」
「だとしても、誰かの為になる仕事であることには変わりない...いい仕事だと思うぞ」
「そうかい...それじゃあ俺はこっちだが、お前らは駅の方だろ、送るか?」
「いえ、若葉ちゃんがついているので大丈夫です」
「了解、それじゃあな」
「はい、また」
「時間が出来たら今度は私たちの仕事も見に来てくれ」
「まっとうなお役所仕事見に行くわけにはいかねぇだろ、行くなら千景も誘って普通に遊びに行くよ」
そう言うと俺は二人と別れ一人、事務所への帰路につく
今回のように仲間たちと会う機会は少なくなったけれど、これが俺の日常であることを胸を張って誇ることが出来る