ベイパートレイル   作:酉々

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1978とかそこら辺の話。
オストマルクで起こった内戦に政府軍側として参戦したウィッチのお話。


沈痛の魔女

 撃つ

 撃つ

 撃つ

 

「は……っ、はぁ……っ」

 

 引き金を引くだけでいい。そう、引き金を引くだけでいいんだ。

 殺すとか、そういうのじゃない、引き金を引いているだけ。ただ引き金を引いているだけ。

 相手じゃない、ただの的、引き金を引くと倒れるだけの、簡単な仕組みの的。

 整備不足なのか、時折軋んだり、甲高い音(・・・・ ・・・・)が聞こえるのはきっと気のせい。

 

 ばん、ばん、ばん

 ぱぱぱぱぱっ

 どん、どん

 

 あぁ、きっと近くで工事でもしているのかな。

 

 そういえば、あの通りに新しいケーキ屋さんができると、お母さんが言っていたのを思い出した。

 あの通りは、甘いものを売ってるお店屋さんがいっぱい並んでるから、通りがかると、いつもお腹が鳴ってしまう。

 

 シュトーレンにシュペクラティウス、カルトプッファーも美味しそうだった。

 まだ食べてないお菓子がたくさんある。

 

 だから、帰らないと。

 生きて、帰らないと。

 

 生きるために、戦って、帰るんだ。

 生きるために、敵を殺して、帰るんだ。

 

 敵を殺すために、生きて、殺して、帰るんだ。

 お母さんに、お父さんに──

 

「撃ちまくれ! 死んでもここは通すなよ!」

 

 今も私達の盾となってくれている装甲車の影から、重機関銃を撃っていた中尉が、矢継ぎ早に怒鳴る。

 

「私も撃たなきゃ……私も撃たなきゃ……」

 

 自分にそう言い聞かせ、一度は隠した身を、もう一度日に晒す。

 

 ぱぱぱぱぱぱぱぱっ

 ぱぱぱぱぱぱぱぱっ

 ぱぱぱぱぱぱぱぱっ

 

 ひと繋ぎの乾いた音と一緒に、遠くの方の瓦礫に隠れた的が倒れる。

 

「引き金を引くだけ相手は的、引き金を引くだけ相手は的、引き金は引くだけ相手は的──」

 

 これは殺しじゃない、みんなを守るためなんだ。神様もきっとお褒めになってらっしゃるはず。

 

 ぱぱぱぱっ

 ──ひとり

 

 ぱぱぱぱっ

 ──ふたり

 

 ぱぱぱぱぱっ

 ──さんにん

 

 そうだ、これでいい。こうすればいい。

 こうすれば、あと何回か、あと何時間か、あと何日かこれを続ければ、帰れる。

 

弾薬(Munition)!! 弾薬(Munition)!! 早くしろ! 突破され──」

 

 

 ばん。

 

 

 そこまで言ったところで、中尉は突然静かになった。

 横目に見ると、中尉はぐらりと姿勢を崩して、ぐしゃっ、という音を立てて地面に倒れた。

 

「中尉!? 大丈夫ですか──」

 

 引き金から手を離し、駆け寄ろうとしたそのとき、

 

「RPG!!」

 

 叫びに紛れた、ロケット花火のような、スプレーのような音。

 そして、私の背後に飛び込んできたその音の主は膨張し、

 

「嘘──」

 

 破裂した。

 

 咄嗟の判断でシールドを貼れたものの、爆発のエネルギーをもろに受けた所為で、大通りの脇へと吹き飛ばされる。

 

「──がっ、かはっ」

 

 壁に勢いよく叩きつけられ、押し出された肺の中の空気が、行き場を求めて口から逃げていく。

 意思に反する脱走に、咽せる。

 

 痛い。

 

 怪我の有無の確認をすると、割れたガラス片の一部が、脇腹のプレートの隙間に、ねじ込むような形で突き刺さっていた。

 幸い、爆発による破片は飛んでこなかったが、叩きつけられた時の衝撃で、骨が幾つか折れているようだった。

 

 そうだ、それよりも中尉だ。

 怪我をしている筈だから、衛生兵を呼んで、治療をしないと。

 

「ち……中尉……! 中尉!」

 

 上半身だけを起こして、出来うる限りの声量で、中尉の名を呼ぶ。

 

 そう、辺りを見渡していると、ひとりの倒れ込んだ人間がふと目に入った。

 金髪で、ピンクのシュシュで留められたポニーテール、間違いない。中尉だ。

 

「中尉! 今、衛生兵を……」

 

 痛みを堪え、なんとか中尉の近くまで駆け寄ったのだが、

 

 

 助けを呼ばないと。でも、声が、出ない。

 声を、出せなかった。

 

 

 いや、声を出しても、意味がなかった。

 

 

「ちゅ……うい……?」

 

 仰向けになっていて、こちらからは見えなかった中尉の顔。

 

 

 その右側には、ぽっかりと穴が空いていた。

 

 穴が空いていない方は、歪んでしまった反対側と酷く対照的だった。

 目は虚ろで、濁っていて、不気味で、何か──

 

「う“、うえぇえ”ぇ“ェ”っ“」

 

 込み上げてきた不快感と共に、胃の内容物を吐き出す。

 一度では足らない。また、背が波打って、吐瀉を促す。

 中尉のものだった血と脳漿の斑らの上に、吐瀉物のアラベスク模様が足されて、地面にモザイクアートみたいな、なにかを描きだす。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 痛みと、衝撃が、私を我へと返す。

 

 あたりはしんと静まりかえって、さっきまで一緒だったみんなは、地面に突っ伏したり、壁にもたれ掛かったりして、黙っている。

 

 黙りこくったみんなの目は、濁っているか、潰れて、ただの空洞になっていた。

 

「あ……」

 

 今思えば、さっきから倒した“的”も、こんな姿をしていた。

 

「あぁ……」

 

 誤魔化していたものが、見えなくなっていたものが。いや、見えなくしていた、靄をかけていたものが、見えてしまった。

 

「嫌……いや……こんなの……」

 

 押さえ込んでいた感情が、一気に流れて来かけたその時、

 

 こん、からん

 

 何かが、落ちてきた。

 いや、正確には、「何かが向こう側から投げられた」。

 

 缶のような、細長い何か。

 

 手榴弾、グレネード、Granate 。

 

 

 2週間前に使い方を教わったばかりの、それは、私の前に、ゆっくりと歩み寄ってきた、私の、死。

 

 

「──Scheiße(くそったれ)

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