カフェとトレーナー、時々お友だちと懲りない人々 作:fell@かぶとがに
切なく止められない想いを、ようやく口にして。
「はぁ……」
自室での夜更け、私はなかなか寝付けませんでした。
理由は分かりきっています、昼間のトレーナーさんからの提案です。
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『このところ忙しかったし、明日、久々にお出かけでもしないか?』
『えっ……』
『ああ、済まない。気が進まないならいいんだ。またの機会に……うぐっ!?』
『い、いえ! そんなことないです……行きます……行きますから……!』
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途中、重々しい打撃音と共にトレーナーさんが崩れ落ちたのは置いておくとして。
勿論、トレーナーさんにお出かけに誘われるのは嬉しいです。
けれど、いくらかの困惑もあって……。
「お出かけなんて何度もしてるのに……どうして……こんなに胸が裂けそうなくらい、ドキドキして……」
ユキノさんが隣のベッドで穏やかな寝息を立てている中、私はずっと悶々としていました。
私の気持ちが変わってきたのは、クリスマスのディナーから。
あのとき、通りかかった子たちに、
『少しいい雰囲気じゃない?』
『もしかしてクリスマスデートかな?』
『照れちゃって、カワイイ……!』
なんて言われてから、どうしようもなく、トレーナーさんを意識してしまう自分がいました。
URAファイナルズも終えて、絆が深まったのを感じて、そのときは良かったのですが……。
「……最近は、顔を見るのも……恥ずかしい……」
そんな態度で自然とトレーナーさんを避けてしまっている自分もいて。
だから昼間もトレーナーさんに咄嗟に、『気が進まないのかな』なんて気を遣わせてしまったのでしょう。
「そんなこと……ないのに……」
でも、のぼせ上がる心に慣れていない私は、まだまだ対応できなくて。
「……いたっ……何するの……」
お友だちに頭を叩かれてしまいました。
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翌日、なんとか勇気を振り絞って寮を出ました。
待ち合わせ場所は、いつもの駅前。
これまではずっとワクワクしながら待っていたのですが、今日はどうにも落ち着かなくて。
「ごめんごめん、また俺が後になっちゃったな」
「……! いえ、私も着いたばかりなので……」
それは嘘。
結局昨夜はまともに寝れなくて、2時間前には着いてしまい、近くを散策しながら時間を潰していました。
「それなら良かった。じゃ、行こうか」
「はい……」
コートを羽織った私服のトレーナーさん。
何度も見ている姿のはずなのに、何故か白馬の王子様を見ているかのような……いえ、何を考えてるんでしょうか、私は。
「どうした、ぼーっとして?」
「いえ……なんでも……」
ですが、トレーナーさんの言葉通りぼーっとしてしまっていたようです。
アスファルトの割れ目に足を引っ掛けてしまい……。
「きゃっ……」
「おっと」
すぐさま、トレーナーさんが私の手を取ってくれました。
お陰で転ばずには済んだのですが……。
「なんか心ここにあらずって感じだな……今日はやめとくか?」
「?! い、いやっ! 嫌です!」
つい反射的に、大きな声が出てしまいました。
それを聞きつけた、周囲の人達が……。
『あれ、マンハッタンカフェじゃないか?』
『いま、大声で嫌ですって……』
『もしかして変質者?』
ざわめきが徐々に大きくなります。それと共に、トレーナーさんの顔も青くなってきて……。
「いや、あの、俺はトレーナーでですね……」
しどろもどろな態度が一層、周囲に不信感を与えていて……。
いけない、と思った私は、咄嗟に手を取って走り出しました。
「うおっと! か、カフェ?!」
「この場から離れましょう……私の手を放さないでください……!」
「う、うん」
トレーナーさんが着いてこれるギリギリの速さで、私は駅前を離れて商店街へ向かいました。
「ここまで来れば大丈夫でしょう……」
「というかカフェが一言、トレーナーです、って言ってくれればそれで……」
「あ……」
ぜぇぜぇと息を切らしながら、トレーナーさんが苦笑します。
本当に私は……今日はとことん、頭が回っていないようです。
「まぁ丁度いいや。実はこの先にカフェが好きそうな店を見つけたんだよ」
そう言って、トレーナーさんは私の手を握ったまま歩み始めました。
あの、私の手を……その……。
恥ずかしくて、すぐさまトレーナーさんに放すよう伝えようとしたのですが。
「……いたっ」
「どうした?」
「い、いえ……何でもないです……」
また、お友だちに頭を叩かれました。
何を怒っているのでしょうか……。
言い出すタイミングを失ってしまい、私は迷子の子どものように連れられるしかありませんでした。
「あ、ここだよここ」
火照った頭に、トレーナーさんの明るい声が響きます。
火照りを冷ますように頭を振ってから、促された方を見てみると。
「古道具屋さん、ですか……?」
ガラス張りのショーウインドウに、レトロな食器や様々な器具が並んでいます。
ロココ調のコーヒーカップやポット、それに……。
「水出しコーヒーの器具まで……」
「なかなか面白いだろ? こういうの好きかな、って思って」
「ええ……」
確かに、夢のようなお店でした。
私が揃えていないような、珍しいデザインのカップなども多く。
こんな雰囲気の中でコーヒーを淹れて……トレーナーさんと二人きりで浸れたら……。
(……まただ……またトレーナーさんのことばかり……!)
流石の私もいい加減、トレーナーさんに夢中になっていることは自覚していました。
けれどもそれを認めるのが恥ずかしくて、浅ましく思えて……。
そんな私の思いをよそに、トレーナーさんはあっさりと言ってしまいました。
「うん、やっぱりいいな……カフェと二人で、こんな雰囲気で……」
瞬間、頭が沸騰するような感覚に襲われました。
トレーナーさんが同じことを考えてくれていることに、どうしようもなく嬉しさがこみ上げてきて。
表情に出るのが隠しきれず、トレーナーさんに見られないようにするので精一杯でした。
『あ、マンハッタンカフェだ!』
『わ、手繋いでる! デートだよデート!』
そのとき、すぐ後ろで声がしました。
気付かれた、と思い、ついそのまま後ろを振り返ってしまって……。
気付いたときには、手遅れでした。
『顔真っ赤だ!』
『恋する乙女の顔してる!』
一瞬にして、顔から蒸気が噴き出して、もう、平静を保っていることは出来ませんでした。
私は顔を伏せると、勢いよくトレーナーさんの手を引いて。
「うおっと?! ど、どうしたカフェ?!」
今度はトレーナーさんに気遣う余裕なんてなくて、抱き上げてそのまま走り去りました。
「何があったんだ?! 本物の変質者か!?」
「……黙っててください……!」
「は、はい!」
ただただとにかく、人気のない方へと向かいました。
そして辿り着いたのは、飲み屋街の一角にある裏路地。
大半のお店は夜からの営業となるため、まだ陽の高いこの時間は、ほとんど人がいません。
それが裏路地ともなれば尚更で、人々の雑踏すら、遥か遠くから微かに聞こえるだけでした。
「どうしたんだよ、カフェ……」
「……あなたの、せいです……」
「え?」
状況が分かっていないトレーナーさんに、怒りとも違う、やり場のない感情をぶつけるしかありませんでした。
「私は目立たない……誰にも見つからない存在だったのに……」
アナタと出会ってしまって。
いつしかどうしようもなく心が惹かれてしまって。
こんなにも私の存在は、アナタという存在で満たされ、肥大化してしまいました。
「感謝祭の喫茶店も、みんなが入ってきて」
いつしか私だけだった空間は、どこにもなくなってしまって。
「それどころか……トレーナーさんと二人きりの空間も……」
大切な、かけがえのない時間が……想いが大きくなればなるほど……どんどん奪われていく。
「私は、独りで良かったんです」
お友だちがいれば、それで。
「そこに、アナタが隣に座ってしまった」
それもまだ、心地よくて。
「でも、そんなアナタと二人きりの場所まで……奪われて……」
私の、居場所は。
「私……どうすればいいんですか……」
クリスマスの夜から、ずっと張り裂けそうだった想い。
トレーナーさんに対する思慕だけではなくて。
自分が、周囲に侵されていく感覚が、たまらなく辛かったんです。
そんな思いを吐露すると、トレーナーさんは立ち上がって。
「ここだよ」
「……え?」
「今ここでは、カフェと二人っきりだ」
言われてみて周りを見渡してみると。
確かに周囲には、人っ子一人、猫一匹、その姿はありませんでした。
「そっか……カフェ、そんな風に想ってくれていたのか……?」
トレーナーさんの真剣な表情と言葉に。
私はここまで長々と、とんでもないことを口走ってしまっていた事に気づいてしまいました。
「ぁ……あ……!」
心の秘密を全て暴かれて。
私はもう、それこそ『恋する乙女の顔』で、トレーナーさんを見上げることしかできませんでした。
「カフェ、いくつか質問していいかな」
「……はい」
「カフェは、俺と一緒にいて楽しいかい?」
「はい」
「カフェは、俺と一緒にいて幸せかい?」
「…………はい」
それから最後に、と、トレーナーさんは覚悟を決めたように息を吸って。
「……俺は、少しは思い上がって、いいのかな……?」
その表情は、感情をできるだけ押し殺していて、けれども僅かに漏れる色は、私の想いと同じで――。
「〜〜ッ!」
全身の血が熱くなるのを感じると同時に。
「おわっ?!」
トレーナーさんの膝を、ズンッと衝撃が襲い。
「きゃっ?!」
私の背中を、ドンッと衝撃が襲い。
押し出された私と、屈む姿勢になったトレーナーさんの影が交錯して。
「……んっ……!?」
互いに、唇を重ねていました。
突然のことに目が白黒していて、急いで顔を離す、なんて考えすら生まれなくて。
それどころか、あろうことか、私は。
真っ白な頭のまま目を瞑り、トレーナーさんの背中に手を回しました。
そして何十秒かして、驚いて固まっているトレーナーさんから顔を離して。
「……これが答え、です……トレーナーさん……」
唇から垂れる糸を、のぼせた頭で拭いました。
「少し思い上がる……どころの話じゃないですよ……」
そうこぼして、私はトレーナーさんの胸に身体を預けました。
そうですよ、アナタは。
私を、独りでよかった私を。
こんなにも、狂わせてしまった。
「今更……逃げるような言葉……許しませんから……」
そういって、コートを強く握ると。
「……逃げないよ」
トレーナーさんは、私の背中を抱きながら言いました。
「チョコをくれたとき、言ってただろう。『後戻りはできない』って」
そう口にして私から手を放すと、私の首に何かをかけてくれました。
「カフェに惹かれたときから……『逃げ道』なんて、とっくになかったよ」
かけられたのは、黒猫をあしらったネックレス。
以前私が、お出かけの際に見つけて見惚れていたものでした。
人気のない路地。
今はここが、誰も入ってこれない、二人だけの空間で。
「……なら誰にも取られないように……マーキングでもしてしまいましょうか……?」
「カフェはどんなマーキングをするのかな?」
「……こんな風に、ですよ……」
今度は誰かの悪戯ではなく、自分の意志で。
トレーナーさんのコートを引っ張り、顔を寄せて。
「……もう誰にも、渡しませんから……」
その唇を、甘く噛むように。
再び数十秒の、愉悦の時間に浸りました。
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そんな二人の遥か後方で。
「よしっ、よしいいぞカフェ! よくやった!!」
「おいタキオン、早く双眼鏡を貸してくれ!」
「今いいところなんだよモルモットくん! おお、こんなカフェは二度と見られないかもしれない!」
「あーっ! ずるいぞお前! 早く貸さんと明日の薬飲まんぞ!」
「えーっ?!」
二人の密会をこそこそと覗く、二人の姿があった。
「仕方ない……ほらモルモットくん、目に焼き付けたまえ」
「サンキュータキオン! おおっ、あの二人めぇ、色気づきやがって……!」
そんな盛り上がる二人に、迫る影。
ダートの香りが漂う泥臭い風が、二人に吹きつけた。
「うえっぷ! なんだ急に埃っぽいな……あれ? 双眼鏡の向こうが急に見えなく……」
視界の変化に疑問を呈する、呑気なモルモットをよそに。
「あ……あ……!」
震える声、動かない身体。
「どうしたタキオン……って、変だな……身体が、上手く……」
モルモットが呟いた、次の瞬間。
正面から、何者かの腕が伸びてきて。
そのまま二人の意識は、闇の底へと消えていった。
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翌日、トレセン学園にて。
「……珍しいですね、タキオンさんが実験室にも来ないなんて……酷使されてるモルモットさんはともかく……」
「なんだろなあ、タキオンのトレーナーに今朝電話したら怯えた声で『すまない……すまない……』って……」
研究室兼憩いの場でコーヒーを飲みつつ、マンハッタンカフェとそのトレーナーは不思議そうに学園からの通知を見ていた。
『アグネスタキオン並びにそのトレーナーは一週間の療養とする』
「学園がわざわざ通知するなんて大仰な」
「何か……事故でも……?」
「さぁ……一週間で戻れるなら大した事なさそうだけど……」
疑問符を浮かべたマンハッタンカフェが、傍らのお友だちに尋ねる。
「何か知ってる……?」
その言葉に、お友だちは特に返事を返さず。
口笛を吹くように、そっぽを向いていた。
アグネスタキオンだ!
バレンタインといいクリスマスといい……人目を憚らずイチャつきすぎじゃあないか、カフェ……。
そりゃあ、初めてかもしれない想い人にのぼせ上がる気持ちも理解できなくはないが……。
程々にしておかないと、あとで恥ずかしい思いをすることになるよ。
ところで全体的に、お友だちとやらの方が興奮してやいないかい……?