カフェとトレーナー、時々お友だちと懲りない人々 作:fell@かぶとがに
アナタに刻む。所有の証を。
いつものように空き教室のソファーに腰掛けて、午後のコーヒーを飲もうとしていると。
「お、やっぱりいたか、カフェ」
「……こんにちは、トレーナーさん」
資料を片手に、笑顔のトレーナーさんが部屋に入ってきました。
「会議、終わったんですか……?」
「ああ、さっき終わってちょうど通りかかったら、灯りが付いてるのが見えたからさ」
そう言いながら当たり前のように、トレーナーさんは私の隣に腰を下ろします。
私は私で、先程会議に向かうトレーナーさんを見かけたときから、この状況は予測済みで。
「どうぞ……今日はオールドボストンです……」
「ありがとう。俺、これ好きなんだよね、味が濃いけど甘みがあって」
「……気に入ってもらえたなら何より、です」
傍らに用意していたポットから、トレーナーさんのマグカップにコーヒーを注ぎます。
立ち昇る湯気を満足そうに眺めてから、トレーナーさんはゆっくりと、口に運びました。
「……美味しいなあ。やっぱりカフェのコーヒーが一番だ」
「ふふ……」
トレーナーさんの幸せそうな表情に、こちらまで笑みが漏れます。
そのまま、トレーナーさんの肩に体を預けて。
「おや、今日はちょっと甘えん坊だね、カフェ?」
「……このところ、あまり二人きりの時間がありませんでしたから……」
「毎日、どこかしらでは一緒じゃないか」
「……全然、足りません」
私は物欲しそうに、ねだるようにトレーナーさんを見上げます。
たまには、アナタから欲しいんです。
するとトレーナーさんは苦笑して、私の頭を撫でてから……。
「……んっ」
優しく、啄むようにキスをしてくれました。
「……ふぅ、これくらいで勘弁してあげます……」
「カフェは怖いねえ」
言葉とは裏腹の表情を浮かべるトレーナーさん。
そのとき、その懐からスマホの振動音が鳴りました。
「ん? ……あぁ、アイツか……」
画面を確認し、ぼそりと呟きました。
「お知り合いですか?」
私が問いかけると。
「……あっ、いや、まぁそんなとこ……おぐっ?!」
「……?」
隣から聞こえた打撃音とうめき声。
どこか、少し濁すような態度に僅かな胸騒ぎを覚えたものの。
私はそれを見なかったことにして、再び、トレーナーさんに身体を預けました。
******************
翌日、私は珍しくトレーナーさんをお出かけに誘いました。
大体いつもはトレーナーさんから声をかけてもらっているのですが……たまには、私から。
いつもの待ち合わせ場所、駅前に着くと。
「よっ」
「今日は早いんですね」
「いっつも待たせてばかりじゃ悪いからね」
子どもっぽく自慢げな表情のトレーナーさんに、少し笑いが吹き出して。
私はすぐに、その手を取りました。
「お、手繋ぐかい?」
「……はい」
以前は、恥ずかしくて仕方なかったけれど。
最近は私自身も、トレーナーさんとの触れ合いながらのお出かけに、多幸感を覚えるようになっていました。
『マンハッタンカフェだ! またデートしてる!』
『仲良いよね〜、推せる〜!』
今日もそんな声が、歩き始めてすぐ聞こえてきました。
これまでは恥ずかしくて、顔を真っ赤にして逃げていましたが……。
「……こんにちは」
『カワイイーーー!』
『写真撮ってもいいかな?! 大丈夫かな?!』
やっぱり、今でも顔は赤くなってしまいますが。
話しかけられても笑顔で手を振り返せるくらいには慣れてきました。
隣を歩くトレーナーさんも、満更ではなさそうで。
「人気だね、カフェ」
「ちょっと……恥ずかしいですが……」
「でも俺もちょっと嬉しいよ」
「……ちょっとだけ、ですか……?」
「どうかなあ」
そう言いながら、トレーナーさんが頭を撫でてくれます。
その温もりを感じるだけで、天にも登るような気持ちになって……。
背後から、一際大きな黄色い声が聞こえました。
和やかに談笑しながら街を歩いていると。
『あ、先輩!』
「よう」
初めて目にする女性が、突然話しかけてきました。
どなたでしょうか……やけに馴れ馴れしいような……。
『あっ! あなたがマンハッタンカフェさん? 初めまして!』
「……どうも」
なんだかとても……居心地が悪いです。
悪い人ではなさそうなのですが、何か、心に引っかかるものが……。
『先輩、昨日のスタンプ爆撃なんですかアレ!』
「あー、だって返事が面倒だったし……」
そっけない返事に聞こえますが、私には分かります。
トレーナーさんが、親しい相手に向ける声色。
『……あっ、ごめんね、二人の時間邪魔しちゃって! じゃあまたね!』
そう言い残して、女性は足早に去っていきました。
「相変わらず煩いやつだな……」
そう言いながらも、トレーナーさんはどこか楽しげで。
そんなトレーナーさんの姿を見るのが、とてもとても嫌で仕方なくて。
「……誰ですか、あのヒト」
つい、そんな気持ちが声色にも漏れてしまい。
「あ……学生時代の後輩だよ」
トレーナーさんは、しまった、という表情で呟きました。
その表情に、私は一層、濁った想いを深めてしまって。
トレーナーさんと繋いでいた手を、振り払いました。
「カフェ……?」
「……今日は、帰ります」
ただ、トレーナーさんが知り合いに話しかけられただけだというのに。
「カフェ!?」
私は、動揺する心を抑えきれず。
トレーナーさんが呼び止めるのも聞かず、走り出しました。
******************
「っはぁっ……っはぁ……」
辿り着いたのは、繁華街のそばを流れる川にかかっている、小さな橋の下。
誰もいない静かな場所で、私は壁に手をつき、震えていました。
「誰……誰なんですか……トレーナーさん……」
でも怖くて、それ以上は聞けません。
もし返ってきた答えが……私が今、恐れているものだったとしたら。
嫌……嫌、嫌、嫌、嫌……。
私の……私だけの……トレーナーさんが……。
私がいないところで笑うトレーナーさん。
私じゃない、他の女性と楽しそうにするトレーナーさん。
「私の……私のありのままを、初めて理解してくれた人なのに……」
その人がもしかしたら離れていってしまうんじゃないかと、どうしようもなく怖くなって。
もし、トレーナーさんがいなくなってしまったら……私は……。
すると、何やら苛立っているお友だちが、すっと背後の方へ消えていきました。
そして今度は、その方向から。
「いでっ! あだっ! おぐぅっ!? ご、ごめんて……ぃぎぃっ!?」
「と、トレーナーさん……?」
全身のあらゆるところから痛々しい音を立てながら、トレーナーさんがよろよろと歩いてきました。
「み、見つけた……カフェ……」
一瞬、追いかけてきてくれたトレーナーさんの姿を見て、切ない嬉しさがこみ上げてきました。
でも私はすぐに、その思いをしまいこんで。
「……誰なんですか」
トレーナーさんを突き倒し、ウマ乗りになりました。
「カフェ?!」
「誰なんですか……あの女は……」
自分でも驚くような、怒気をはらんだ声が漏れます。
「……私のトレーナーさんに、馴れ馴れしく近付いて……」
一度口にしてしまうと、もう感情は止まりませんでした。
完全に掛かって、頭に血が上っているのが分かります。
そのまま、トレーナーさんの首元に、手が伸びて……。
「ねぇ……誰なんですか……私の、私だけのトレーナーさんの……何なんですか……?」
それ以上はいけない、自分でも理解はしています。
それでも感情に呑み込まれたウマ娘の腕が、トレーナーさんから離れてくれません。
「カ、フェ……」
「駄目ですよ……アナタは私の、モノなんですから……」
もし私から離れてしまうというのなら、いっそのこと。
そんな強い感情とともに力が入りそうになった瞬間、強い衝撃に、頭を叩かれました。
「っ……」
そこで私も、我に返りました。
「あ……あ……!」
目の前には、血の気の引いた表情で、肩で息をするトレーナーさんの姿。
「私……私……!」
私は、何てことを……あと一歩で、大切なトレーナーさんを……。
「トレーナーさん……トレーナーさん……!」
目にいっぱいの涙をためながら、トレーナーさんに呼びかけます。
何とか呼吸を整えたトレーナーさんの第一声は。
「……心配かけて、ごめんね、カフェ」
いつもの、優しいトレーナーさんの言葉でした。
「うぅぅ……ふぅぅ……!」
「もう大丈夫だから、泣かないで」
そう言って辛そうな表情を必死で直し、笑いかけてくれます。
泣きながら胸元に顔を埋める私を、トレーナーさんは労るように撫でてくれました。
「不安にさせちゃったな。ちゃんと説明するから」
泣いている私を落ち着けながら、トレーナーさんも呼吸が整ってきたようでした。
「私、こんなことをしてしまって……捨てられたり、しませんか……?」
するとトレーナーさんがちょっと怒ったような顔をします。
「何言ってんの……カフェが隣からいなくなったら……一人じゃ生きていけないよ」
そんな歯の浮くような台詞を……そんなの、私だって……ずっと前からなんですから……。
「学生時代の後輩でね。たまにバカ話してる腐れ縁だよ」
「……元カノ、とかですか?」
「あー……昔一回告白されたことはあったけど……」
「?!」
「断ったらすぐに諦めてたよ。今はもう結婚してるし」
「そう、ですか……」
少しは安堵を覚えました。
ですが、結婚しているからといって……そういう可能性が全くないわけでは……。
「さっきもね、カフェと話したかったみたいなんだよ」
「え……?」
「アイツ、カフェのファンなんだ……それで見かけたからつい声をかけてしまった、ってことらしい」
あの女性が、私のファン……?
確かに思い返してみると、さっき会ったときも、トレーナーさんと話しつつ私の方をちらちらと気にしているようでした。
「カフェが複雑そうな顔してたから、今日はやめとくって」
「そう、だったんですか……」
「昨日連絡あったときに話そうかとも思ったんだけど……カフェが隣で幸せそうだったから、水を差したくなくて……」
「……お陰で、折角のデートが大いに水を差されましたが」
「うっ、ごめん……」
ここまで話してようやく、心に余裕が出てきました。
さっきまでイライラしていたお友だちも満足そうにしています。
「……もしかして、全部知ってたの?」
お友だちにそう問いかけると、くすくすと笑ったように聞こえて。
再び、トレーナーさんが虚空に鈍い音を響かせていました。
「……いでっ! なんで間が空くと俺を殴るかなあ!?」
「……誰のせいでこんなに不安になったと思ってるんですか」
「ご、ごめんなさい……」
数秒の沈黙の後、互いに顔を見合わせて笑いました。
「でも……まだ、不安は消えきってませんよ……」
「おわっ!?」
トレーナーさんを地面に押さえつけて。
「んっ……」
「……っつ……!」
その唇を奪い、少し強く噛みました。
滲んだ互いの血が混ざり合って、口内に苦い、鉄の味がします。
「アナタは……私のモノ、ですから……」
そのままトレーナーさんの袖をまくり、腕に噛み跡を残して。
首筋にも吸い付き、赤い証をたくさん残して。
私が荒い吐息とともに蹂躙する間、トレーナーさんは顔を上気させて黙り込み、目を瞑ってひたすら耐えていました。
「ちゃんとアナタの立場を……教えてあげます……」
「……はは、そりゃあ、楽しみだ……」
私が舌舐めずりをすると、トレーナーさんは恥ずかしそうにしながらも、恍惚とした表情をしていて。
お友だちは満足そうに、隣でウンウン頷いていました。
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それから数十分後。
お友だちにど突かれながら歩いていた私たちは、いつの間にかネオン街へと辿り着いていました。
そのネオンは、飲み屋などのものではなく……。
「……お友だちさんねぇ……不安解消といっても、流石にこういうのはどうかと思うんだ……」
トレーナーさんが、少し呆れた声で呟きます。
流石の私も、お友だちが何を言わんとしているのかは分かりました。
あの……その……既成事実、というやつ、ですか……。
「もうちょっとこういうのは……その、手順を踏んでからで……」
「……トレーナーさん自身は、吝かではない、ということですか……?」
「え゛っ、いやその、ほら、まだカフェは学生だし……」
「……私は、吝かではありませんが……」
「うん?!」
「いえ……何でもありません。帰りましょう……ふふっ」
あたふたして右往左往するトレーナーさんを見ていたら、先程までの溜飲も、だいぶ下がって。
お友だちから再び頭を叩かれましたが、無視することにしました。
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そんなネオン街の看板の影で。
「ああああ! だからお前はヘタレだって言うんだよ!」
「ここまで来たらもう実質、合意は取れていると言っても過言ではないねぇ!」
「女の子にそこまで言わせといてそれなのか! お前はそれでいいのか!?」
「カフェ、あと一歩じゃないか! そこで引いては摩天楼の幻影の名が泣くだろう! オキシトシンドバドバだぞー!」
懲りずに熱い視線を向ける、二人の姿があった。
今日はストーキングする予定ではなかったが、薬の材料を探しがてら歩いていたところ、二人の痴話喧嘩を見つけたのである。
「……ムッ、タキオン! このカット、写真に撮っておいたらあとで後押しに使えるんじゃねえか?」
「冴えてるねぇモルモットくん! 任せたまえ!」
懐からいそいそと小型カメラを取り出そうとするアグネスタキオン。
すると……。
「んん、なんだ?」
モルモットの声とともに、周囲が砂嵐に包まれた。
砂嵐が晴れてくると、何故か周囲は壁に覆われていて……。
「……なんかいつの間にか変な部屋に閉じ込められてるじゃないかー?! 多分また何かいるよモルモットくん!」
「お、落ち着けタキオン! 今日はフクキタルに貰った厄除けグッズが……」
「あ゛ーっ?! 全部割れてるよモルモットくぅーん!!」
二人の正面には一つの扉と、その上に一行の文字が書かれていた。
「『うまぴょいしないと出られない部屋』……嘘だろ!?」
「うまぴょいか……副交感神経への影響は如何程のものか……興味深いねぇ」
「タキオン……お前まさかその気じゃないだろうな!? 不健全だぞ!!」
「おや、モルモットくん。何事も経験がその先の可能性を導くのだよ……きみ、チェリーボーイかい?」
「うるさい! お前はどうなんだよ!」
「私がそんな遊び心と度胸のあるやつだと思っているのかねぇ?!」
「いや……ちょっと安心したよ……」
そんな頭の悪い会話をする二人をよそに。
「ん、字が変わって……」
「うま……憑依しないと、出られない……?」
再び立ち込める砂嵐と、夥しい謎の気配。
顔面蒼白となってきた二人が辺りを見回すと、薄ぼけた影がいくつも、ひたり、ひたりと迫っていた。
そして、その中心には……。
「や、やぁ……カフェ……」
「……じゃ、ないんだよな……多分……?」
二人は必死の願いを込めて、マチカネフクキタルとそのトレーナーなら授けられたにゃーさんの複製を握る。
しかしその四肢は既に、土塊のように脆く、崩れ落ち始めていた。
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明くる日、トレセン学園の階段の影で、トレーナーを壁に押し付け、自らの身体をこすりつけるマンハッタンカフェの姿があった。
「か、カフェ、流石に誰かに見られたら……空き教室とかさ……」
「駄目です……当分、私の好きにさせてもらいますから……ちゃんと、匂いをつけないと……」
苦言を呈しつつも、トレーナーの表情も満更ではない。
カフェの長い黒髪が顔にかかるたびに、トレーナーは邪念を払うかのように、顔を赤くして目を瞑る。
そんな姿すらも、今のカフェには堪らなく愛おしかった。
「……あ」
そこに、カフェのスマホからの振動音。
邪魔されたことに少し不満を覚えつつも画面を見て、カフェはくすりと笑った。
「どうした?」
「トレーナーさん……学生時代、意外とやんちゃしてたんですね」
「あっ! アイツに何を吹き込まれたんだカフェ!」
「……秘密です……」
乙女の内緒話を胸に、慌てるトレーナーを見ながらカフェは笑う。
昨晩、トレーナーから教えてもらった『後輩』の連絡先。
一晩の秘密のやり取りを経て、カフェは新しい友人から、最愛の人の昔話を聞いて。
「……やっぱり可愛いです、トレーナーさん」
「年上を茶化すなよ……」
そんな自分たちだけの空間に浸る、二人の背後を。
「ウマ娘の全てが……うん、わかって……きた……そうか、速さと限界と私との関係は……すごく簡単なことなのだよ……」
「テン……ソウ……メツ……テン……ソウ……メツ……」
アグネスタキオンとそのトレーナーが、虚ろな目で通り過ぎていく。
その姿を目にして、素面になってしまった二人は。
「……アレ、フクキタルのトレーナーに頼んだ方がよくないか?」
「あれはちょっと……私でも手に余ります……」
隣にいるお友だちは、正直ここまでするつもりはなかった、と一言、カフェに溢した。
アグネスタキオンだ!
今日はあまりイチャイチャせず、湿気のこもった一日だったようじゃないか。
やはりきみには独占力が似合うねぇ、カフェ!
ちなみにモルモットくんは、寺生まれのフクキタルトレーナーが破ァ!してくれたよ。
これで安心して、またモルモットくんを実験台にできるというものだ。