カフェとトレーナー、時々お友だちと懲りない人々   作:fell@かぶとがに

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浮かされて、熱を交わして。
これだけではもう、私は足りないから……?


焦ラシテ、飲ンデ、私ヲ壊シテ

最近、悩んでいることがあります。

トレーナーさんとの関係についてです。

 

相変わらず二人でいるのは楽しいですし、幸せなのですが……。

何だか物足りないような……どこかつまらないような……。

 

「倦怠期だねぇ」

 

空き教室でコーヒーを飲みながらぼやくと、隣で実験をしていたタキオンさんが、ずいっと顔を寄せてきました。

 

「カフェ、トレーナーくんとイチャイチャするのもいいが、そりゃあ年中繰り返していれば次第に飽きも来るというものさ」

 

したり顔で御高説をたれるタキオンさんですが。

 

「タキオンさんは、モルモットさんとそういうとき、どうしてます……?」

「なっ、なんでそこでモルモットくんが出てくるんだい!? 私らはそんな不純な関係じゃないぞー!」

 

白衣の袖をくるくる回して焦りながら抗議してきました。

……私たちも別に不純なことはしていないのですが……。

 

「ゴホン! ……まぁそういうことだから、たまには距離を置いてみてもいいんじゃないかい?」

「はぁ……」

「あえて距離を置き我慢することで燃え上がるモノもある……ということさ」

「随分詳しそうな口振りですね……そういうご経験でもあるんですか……?」

「そんな暇が私にあると思うかい?」

 

そんなことしてる時間があれば実験さ!と声高に叫び、タキオンさんは実験に戻りました。

 

……少し気が進みませんが、少しでも今のマンネリ感を打開できるなら。

トレーナーさんの隣に、ずっといるためなら。

 

「……ちょっと、重い女なのかな……私……」

 

前に同じようなことをぼやいたとき、トレーナーさんは『そこも可愛い』と言ってくれました。

……なんてことを思い出したら、またトレーナーさんに会いたくなってきて……。

 

「……ううん……覚悟を決めなきゃ……しばらくは、トレーナーさんと……」

 

かくして、私の一世一代の大勝負が幕を開けました。

 

******************

 

まずは初日。軽いジャブを放ちます。

 

「よっ、カフェ」

 

空き教室で休憩していると、トレーナーさんがひょっこりと顔を出しました。

私がいたことに嬉しさを隠しきれない、といった顔で、にこにこしながら隣に座りに来ました。

 

ですが……ごめんなさい、トレーナーさん……。

 

「コーヒー、お飲みになりますか……?」

「うん、お願いするよ」

「では……」

 

傍らのポットからマグカップに注ぎ、トレーナーさんに渡します。

 

「それでは、私はこれで……」

「あれ、何か用事あった?」

「ええ、失礼します……」

「そっか、残念……またトレーニングでな」

「……はい」

 

空き教室を出てドアを閉めると、へなへなと廊下にへたり込んでしまいました。

 

「……トレーナーさんに……寄りかかりたかった……」

 

思った以上に、心身にダメージがきています。

かなり……トレーナーさんに依存……してしまっていますよね……。

 

「最初からこれじゃ……先が思いやられる……」

 

けれども、またトレーナーさんと刺激的な日々を過ごすためならば、どんな苦難でも乗り越えて。

……刺激的なことなんて滅多にない、穏やかな毎日でしたけれど……。

 

けれども、これはメンタルを叩き直すいい機会かもしれません。

このところ、自分でも腑抜けている感が否めませんでしたので。

 

「……応援、してくれる?」

 

傍らのお友だちに、少し弱気になって尋ねると。

気持ちそわそわした様子で、アメリカンなサムズアップをしてくれました。

 

******************

 

二日目。私は既に死にかけていました。

 

「あ、カフェ!」

 

教室移動の際、会議を終えたトレーナーさんとばったり会ってしまいました。

内心では今すぐにでもその胸の中に飛び込んで、懐で喉をゴロゴロ鳴らしたいところなのですが……。

 

「……何か、ご用ですか……?」

「別に何かってわけじゃないけど……」

「そうですか、でしたら次の授業がありますので、失礼します……」

 

泣きそうになっている顔を見られないように、すぐにふいっと視線をそらして。

何も気にしてない風で立ち去ろうとしたところ、背後で呆然としていたトレーナーさんが小さく一言。

 

「……俺、何か怒らせちゃったのかな……」

 

……タキオンさん。

本当に、本当にこの作戦で大丈夫なんですか……?

 

その夜、自室のベッドで壁にもたれていると。

 

「カフェさん、何か辛いンですか……?」

 

寝間着姿のユキノさんが、心配そうに声をかけてきました。

 

「いえ、別に……お気になさらず……」

「けンど……」

 

おずおずと、ユキノさんはこっそり伺うように続けました。

 

「パジャマ、前後ろ逆ですし……」

「えっ」

「カフェさんが枕抱きしめてるときって、何か悩ンでるときですし……」

「えっと、あの、その……」

 

言われて改めて自分の姿を見てみると、パジャマは言われた通り逆ですし、その表情も、今にも泣き出しそうな情けないものでした。

 

「何かあれば聞きますよ……?」

「自分で、解決しなければならないことなので……ありがとうございます……」

「……無理はしないでくださいね」

 

そんな優しい言葉を背に、私は布団に潜り込みました。

 

もう二日も撫でてもらっていません。

もう二日も肩に寄りかかってうとうとしていません。

もう二日も抱きしめてもらっていません。

もう二日も……口づけを、トレーナーさんとしていません……。

 

「私、こんなに……こんなに、トレーナーさんの色に……染まってしまってた……」

 

自分の肩を抱きしめながら、そんな想いが口から漏れます。

すると、背後から……。

 

「か、カフェさん……と、トレーナーさんと、そんな深い関係に……!?」

「あっ!? そのっ、それはっ……!」

 

慌てて毛布をはいでベッドから飛び出して、ユキノさんを見ると。

ユキノさんは両手を頬に当てて、顔を真っ赤にしていて……。

 

「……都会って、すンげぇなぁ……!」

「――!!」

 

私も顔を真っ赤にして毛布を被り直し、違います、違うんです……と言い訳を並べながら、眠れない夜を過ごしました。

 

******************

 

三日目。私の心は息絶えていました。

 

何をしていても、トレーナーさんのことしか考えられません。

それどころか、トレーナーさんとのやり取りを思い出し脳裏に過るたびに、身体が熱くなるのを感じてしまいます。

 

悪戯するかのように弄られる長い耳。

丁寧に爪を手入れしてもらった足先。

いつも優しく腕を回される腰。

抱きしめてもらったとき、互いの鼓動が伝わってくる胸……。

 

最早、学園内で平静を保っていることはできませんでした。

 

「胸が、苦しいです……トレーナーさん……」

 

どういう類の拷問でしょうか、これは。

こんな辛いことになると、予め知っていれば……。

タキオンさん許すまじ、です……。

 

「そんなとこへ……私が来た!」

 

噂をすればうるさい影、タキオンさん本人が現れました。

ですが今の私に、そんな余裕は……。

気を抜くとすぐにでも頭が飛んでしまいそうです……。

 

「すみません、ちょっと構ってる暇が……」

「おやおやぁ〜〜? カフェ、そんなこと言ってしまっていいのかなぁ〜??」

 

勝ち誇った顔でタキオンさんが取り出したのは、二つの錠剤。

 

「何ですかこれ……妙な実験に関わってる場合では……」

「これは完成品だよ! 効能はねぇ……」

 

タキオンさんが、耳元に口を寄せて、ぼそり。

それを聞いた私は、ノータイムでタキオンさんの手の中のそれを奪うように掻っ攫いました。

 

「……嘘だったら承知しませんからね」

「嘘だったら、私の実験スペースを撤去してもいいよ」

 

ニヤリと笑うタキオンさんを尻目に、私は歩きだしました。

 

******************

 

「おいタキオン、お前カフェに何渡したんだ?! 何かあったときにカフェのトレーナーにキレられるのは俺なんだぞ!」

 

途中から二人のやり取りを見ていたモルモットが、満足げなアグネスタキオンに詰め寄る。

追及されたタキオンは素知らぬ顔でうそぶいた。

 

「なぁにモルモットくん、怒られるようなシロモノじゃないさ!」

「本当か……? 担当しといて何だが、俺はある意味世界でお前を最も信用してないぞ……」

 

疑惑の眼差しを向けるモルモットに。

 

「ちゃんとカフェにも説明して渡している。何かあったらカフェの責任だよ」

「やっぱりなぁやべぇやつでしょその言い方! どんな薬盛りやがったんだ?!」

「仕方ないねぇ欲しがりさんだねぇモルモットくんは……耳を貸したまえ」

 

タキオンがモルモットの耳元でゴニョゴニョ呟くと……。

 

「嘘でしょ……」

「それがカフェの選択だよ」

 

******************

 

いつもの空き教室に、トレーナーさんをメールで呼び出しました。

大事なお話があります、と。

何度も着信がありましたが、全て無視して。

 

漆黒の勝負服を身に纏い、空き教室の前に立ちます。

そして、タキオンさんから貰った錠剤を口にして……。

 

「っ……身体が、熱い……」

 

トレーナーさんへの想いのせいだけではなく。

これは、タキオンさんに貰った錠剤のせい。

 

「……トレーナーさん……とれーなー、さん……」

 

息遣いも荒くなって。

頬が上気して熱くなっているのも分かって。

 

衝動を必死に抑え込みながら、空き教室のドアをゆっくりと開けると。

 

「カフェ、大事な話って……えっ、なんで勝負服?!」

 

ソファーに腰掛け、こちらを見て目を丸くするトレーナーさんの姿がありました。

 

俯いたまま静かに、空き教室のドアを閉めて。

かちゃりと、鍵をかけました。

 

「か、カフェ、どうして鍵なんてかけてるんだ……?」

 

一歩、一歩とトレーナーさんに近付きます。

 

「カフェさん……なんか目つきが怖くないですか……?」

 

少し怯えた様子のトレーナーさんの真正面に立つと。

そのまま膝の上に対面で座り、がむしゃらに唇を奪いました。

 

「んぐ――?!」

 

いつもの、静謐な二人だけの時間の中で交わすような、雪色の口づけではなく。

心の衝動の、渦巻く欲望の赴くがままに重ねました。

 

「ん……! ちゅ、んむ……んっ……」

 

トレーナーさんの舌に、私の舌を絡めて。

初めての、深いキスを交わしました。

 

そして、舌の裏に隠していたもう一つの錠剤を、トレーナーさんの喉の奥に滑り込ませて……。

 

「……?!」

 

ごくん、と。

なされるがままのトレーナーさんは、異物を飲み込みました。

 

「……っぷはぁ……」

 

トレーナーさんの瞳には、僅かに恐怖の色が滲んでいて。

きっとそこに映る私の瞳は、狂気の色で怪しげに光っていて。

 

「カフェ、急にどうし……うぐっ……?!」

 

すぐに、トレーナーさんの身体にも異変が訪れました。

私のように呼吸が荒くなり、次第に懇願するような目になり……。

 

「か、ふぇ……お前、一体何を……俺に盛って……」

「何を、ですか……薄々分かっているでしょう……?」

 

私の口角は、だらしなくつり上がって。

 

「タキオンさん謹製の……強力な、薬ですよ……」

 

我慢に我慢を重ねて身も心も堕ちそうなところに、とどめ。

もう私たちを止められるものは、何もないように思えました。

 

「ずっとずっと、我慢していたんです……トレーナーさんに、こうするのを……」

「駄目だ……駄目だよ、カフェ……」

 

消え入りそうな理性を盾に、トレーナーさんは必死に私へ訴えます。

けれども、私を制止するその腕には、もはや殆ど力は入っておらず。

 

『マンハッタンカフェ』という眼の前の極上の餌に今にも貪りつきたい一心が、ありありと見てとれました。

 

「もう我慢しなくていいんですよ、トレーナーさん……」

「冷静になってくれ、カフェ……っあぐっ!?」

 

なおも無駄な抵抗を続けるトレーナーさんの耳を、甘く噛みます。

 

「あむ……ちゅ……」

「ぁ……あ……!」

 

私が舌を這わせるたびに。

切ない吐息が耳元にかかるたびに。

トレーナーさんは、熱を帯びた声を小さく漏らしました。

 

「トレーナーさん、素直になってください……」

「カフェは……カフェは、俺の大切な……」

「そう、愛バですよ……だから、好きにしていいんです……」

 

トレーナーさんの手を取り、勝負服のコートの中へと誘います。

 

「こんなことも……」

 

ネクタイの陰に、僅かに触れさせます。

するとトレーナーさんの身体が、びくりと震えて……。

 

「こんなこと……本当に駄目だって……おかしくなっちまう……」

「おかしくなってくれて、いいんです……」

 

トレーナーさんが私に邪な気持ちを向け始めていることが、心の底から嬉しくて嬉しくて。

私の表情が、一層捻れていくのが分かります。

 

もっともっと猛り狂って、私に喰らいついてください……。

 

「ほら……トレーナーさん、辛そうですよ……?」

 

そしてトレーナーさんを静かに撫でると。

トレーナーさんの身体が、一際大きく震えました。

 

「そ、そんなこと、やめろ……なんで……カフェ……」

 

この後に及んで、トレーナーさんはまだ抵抗を試みます。

 

「なんで、って……」

 

もうお互いの口から漏れる吐息の音が、どちらのモノか分からなくなって。

触れ合う寸前まで近付いた互いの顔は歪んでいました。

 

そのとき、トレーナーさんが勢いよく、強く私を抱きしめてきて。

トレーナーさんの熱を感じ、私が胸を踊らせているとき。

 

「……寂しい思い……させちゃったのかな……」

 

限界間近の辛そうな声でトレーナーさんが口にしたのは、私への思いやりでした。

 

「え……」

「カフェは、いきなりこんなことする子じゃないよ……何か寂しいこと、怖いこと……堪らないことがあったんじゃないかい」

 

私を抱きしめて、湧き上がる情動に必死で耐えながら。

トレーナーさんは私の頭を撫でました。

 

「何があったのか、話してごらん……俺は、カフェのトレーナーだから……」

「あ……」

 

その切なそうで穏やかな微笑みを見たら。

煮え滾っていた私の意識は、ふっと正気に戻って。

 

私は、何てことをしてしまったんでしょうか。

倦怠期だかなんだか知りませんが、たかだかそんなもののために、こんなに優しいトレーナーさんを振り回して。

 

「……違うんです……」

「違う?」

「私が……私が、バカなことを考えただけで……!」

 

何かを察したらしいトレーナーさんは、責めることもせずに、震える私を抱きしめる力を強めました。

 

「そっか……辛いことがあったわけじゃないんだね?」

「はい……」

「よかった……」

 

そう言って、安堵の表情を浮かべるトレーナーさんに。

私はもう、それ以上何もできませんでした。

 

「カフェはまだ学生なんだ。焦ったり先走ったりすることもあるだろう……もう気にしないで、ね……?」

「はい……はい……」

 

やっぱり、私はまだまだ子どもです。

こんな風にあやされても、どこか、幸せな気持ちが湧いてきてしまうんですから。

 

でも、それはそれとして――。

 

「……けれど……もう、堪えられない……」

 

薬に溺れた身と心は、未だに熱を失っておらず。

 

行き場を失った熱は、私の身体を引き裂かんばかりに暴れていて。

そんな私を見て、トレーナーさんは。

 

「……じゃあ、少しだけ……仕返し、しちゃおうかな」

「えっ……?!」

 

そう言うや否や、トレーナーさんは勢いよく私のコートを引き、ぐるりと回って私をソファーへと押し倒しました。

 

「あっ……トレーナーさん、待って……!」

「こんなに可愛いカフェを見てたら……俺ももう、我慢が、ね……少しだけ、大人の悪戯だよ」

 

トレーナーさんが悪戯っぽい笑みを浮かべて、私の両肩を押さえつけます。

勿論ウマ娘の腕力があれば、その気になればすぐにでも逆転できますが……。

 

こんな私のことも『可愛い』と言ってくれることに、深い愛情と壊れるような快感を覚えて。

押さえつけられた私の気持ちはもう、口から出た言葉とは裏腹で。

 

「だめ、トレーナーさ……」

「そんなこと言って……カフェ、目が欲しがってるよ」

 

そう言いながら、普段のトレーナーさんは絶対にしないような、少し怖い笑みを浮かべて。

私の長い耳を甘く噛みました。

 

「あっ……んぅ……!!」

 

ゾクゾクとこれまでにない快感が、少しずつ全身に響きます。

トレーナーさんが噛み、舌を這わせるたびに、身体が勝手に跳ね上がって……。

 

「やっ……! あっ! トレーナーさんっ! トレーナーさっ……!」

 

私が真っ赤な顔でいくら藻掻いても、トレーナーさんはやめてくれなくて。

そのたびに私は声を上げながら、壊れそうな意識をなんとか保とうと、トレーナーさんを抱きしめて……。

 

「そういえば最近は体も丈夫になってきたから、こんな風に手入れをしてなかったな」

 

そんなことを言いながら、トレーナーさんが私の足先に指を這わせました。

 

タイツ越しのその爪に、トレーナーさんの指が触れたとき。

脳髄を突くかのような凄まじい衝撃が、一気に体中を走りました。

 

「ぁ……っ!」

 

普段の私の口からは絶対漏れないような色を帯びた声が吐き出されます。

それを聞いたトレーナーさんは、くすくすと笑って……。

 

「カフェ、こんなところが一番いいのかい?」

「ちが……違います……!」

「なら、もう一度……」

「ッ〜〜〜!!」

 

今度は必死に口を抑えて堪えましたが、それでも駆け巡る快感は段違いで。

 

それはきっと……。

初めてトレーナーさんから感じた優しさが。

私が堕ちるきっかけになったのが。

その労りだったから。

 

そんな優しい思い出を蹂躙されて、私は。

絶対に許されない、背徳的な興奮を覚えていました。

 

一方的な意地悪が終わって、肩で息をする私に、トレーナーさんは。

 

「……ごめん、カフェ。もう俺、堪えられないかもしれない……」

 

そう言って、私の黒いコートの中へ、顔を埋めました。

意地悪のあとにこっそり現れた、私に溺れたトレーナーさんの本音。

 

「……ふふっ……ええ、トレーナーさん……来てください……」

 

トレーナーさんをコートで優しく覆うと、勝負服からふわりとコーヒーの香りが漂います。

 

「……カフェのコーヒーの香りを嗅ぐだけでさ……もう頭がどうにかなりそうになるんだ……」

「私も……トレーナーさんとコーヒーの香りが混ざった匂いを嗅ぐと……胸の奥が切なくなって、仕方ないんです……」

 

互いに小さく笑い、けれども、薬の効能はまだ全く抜けておらず。

 

「……今日はトレーニング、休んじゃおうか」

「悪い人ですね……でも私も、今日はまともに走れる気がしません……」

 

そう言って、再び唇を重ねて。

 

「こうしているだけでも……幸せです……」

 

抱きしめ合い。

身体を併せて。

服越しにお互いの熱を。

激しく高鳴る鼓動を感じて。

 

やっぱり私たちは、私たちがいなきゃ駄目なんだと実感しながら。

 

生まれて初めての愉悦に溺れて、私たちは抱き合って蕩けて。

日が暮れるまで口づけを交わしながら、ソファーの上で影を重ねていました。

 

******************

 

そんな空き教室の、鍵がかかったドアの前で。

 

「……モルモットくん、私は急に虚しくなってきたよ……」

「今更すぎるな……」

 

しゃがみこんでため息を吐く、アグネスタキオンとモルモットの姿があった。

 

ドアの奥からは耳を澄ませると、惹かれ合う二人の微かな存在感が伝わってくる。

それを背にタキオンは、憂鬱を極めていた。

 

「確かに煽ったのは私だがね……私だって華の女学生だぞ……何かいいコトがあってもいいんじゃないか……」

「好きなやつとかいないのか? 俺はウマ娘同士の恋愛も暖かく見守る所存だぞ」

「あのねぇ! モルモットくんねぇ! きみってやつはねぇ?! ……はぁ」

「きゅ、急に怒るなよタキオン……って、なんかまた埃臭いような……」

 

ぶつくさと愚痴り合う二人の前に、既に見慣れ始めてしまった一つの影。

土の香り漂う風と共に、それは再び目の前に現れた。

 

「……ひっ?! お、お前、またなんですか?! やっべぇフクキタルのお守りがない!!」

「えーっ?! 盛り塩! 盛り塩……効くのかい?!」

 

ドゴッ、とタキオンの背中から衝撃音。

その背筋が、弓なりに曲がった。

 

「し、心霊が物理に訴えるのはどうなのかねぇ……」

 

全てを覚悟し、目を瞑って来る悲劇のイベントに備えるタキオンとモルモット。

しかしいつまで経っても、何も起きる気配はなかった。

 

「……ん……?」

 

恐る恐るタキオンが目を開けると。

目の前に佇むカフェによく似たその影は、右腕を差し出していた。

その手に握られていたのは……。

 

「なんだろう、この封筒は……」

「やめろ開けるな! きっと古の何かが封印されてるとかコトリバコとかそういう……!」

 

動揺するモルモットを無視して、中身を見たタキオンは。

 

「あ……」

 

慌ててすぐに前を向く。

しかし既に、その影は遠く前方を歩いており。

 

「これ……私に……?」

 

影は背を向けたままアメリカンなサムズアップを掲げると、霧が晴れるように消えていった。

 

******************

 

「タキオンさん、やけにご機嫌ですね……」

「おや、そう見えるかい?!」

 

翌週の月曜日。

空き教室で喜々として実験をするアグネスタキオンに、マンハッタンカフェは怪訝そうに問いかけた。

 

「何か、また面倒な計画でも……」

「いやいやいや! 単に楽しい週末を過ごしただけだよ!」

 

ニヤニヤと何かを聞いてほしそうにしているタキオン。

それを察したカフェは、ため息を吐きながら。

 

「どこか行ってきたんですか……?」

「えーっ!? カフェってばそんなに聞きたいのかい?! おませさんだねぇ!!」

「殴りますよ」

 

イライラするカフェに、タキオンはうきうきと答えた。

 

「いやぁ、初めて遊園地とやらに行ったんだがねぇ! なかなかどうして楽しい場所じゃないか!」

「はぁ……」

 

思っていたよりも普通の返事に、カフェは頭を悩ませた。

楽しかったのは分かるが、何をそんなに……。

 

「誰かと行ったんですか……?」

「え゛っ?! いやあの、それは……」

 

カフェの質問に急に口ごもり、ぼそぼそ声になるタキオン。

それを見たカフェは。

 

「……ああ、大体分かりました」

「きみが私の何を知っていると言うんだいカフェー?!」

 

アナタもなんだかんだ、アオハル杯してるじゃないですか、と。

口には出さず、カフェはこっそりと笑った。

 

******************

 

一方、会議後のトレーナーたちは。

 

「……はぁ……」

「なんか今日はずっと上の空だな……理事長が『心配ッ!』って叫んでたぞ……」

 

モルモットは宙を見上げながら息を吐き、カフェのトレーナーは怪訝な顔で実験動物を眺めていた。

 

「なんかあったのか?」

「いや……」

 

暫くの沈黙の後、モルモットの口から出てきたのは。

 

「……誰かと一緒にいるって、幸せなことだったんだな……」

「?! お前なんか浮ついた話でもあったのか!?」

「タキオンが……あんなに乙女だとは、思ってなくて……」

「待て! お前たちの間に何があったんだ!? おい、おいってばおい!!」

 

カフェのトレーナーがモルモットの首根っこを掴んで振り回している、その後ろの窓の外で。

カフェにそっくりな影が腕組みをして、楽しそうに眺めていた。

 

「……あの影、まずいやつじゃない?」

「お祓いしましょうッ! ……ふんぎゃー?!」

 

そしてその姿を見ていたマチカネフクキタルの頭に、どこからかタライが落ちてきて。

フクキタルのトレーナーはそれを華麗に躱すと、頭を抱えて無様に伏せるフクキタルを見ながらげらげらと笑った。




アグネスタキオンだ!
勝負服の勝負ってそういう意味ではないよ、カフェ?!
カフェにトレーナーくん、きみたちは、その……。
ストレートなのよりも、マニアックにフェティッシュな方がそれっぽく見えるのはどういうことなんだい……?

ちなみにカフェはまだ清らかな身だよ。
こんなにイチャついているのに不健全だねぇ不純異性交遊だねぇ。
……私とモルモットくんは関係ないだろう!?
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