カフェとトレーナー、時々お友だちと懲りない人々   作:fell@かぶとがに

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湯の暖かさと、迫る影。
それでも二人は、信じ合っていて。


湯と、アルカホール、そして影の熱

「ここが……その宿ですか……」

「うん、フクキタルのトレーナーに勧められてね」

 

某日。私はトレーナーさんの車に乗せられ、温泉旅館を訪れていました。

大きなレースも一段落つき、成績も上々だったことから、慰安旅行でも、という提案があり。

……まぁそれはある種の口実で、お互いに二人でゆっくりしたかっただけなのですが……。

 

旅館の外観はなかなか趣があります。

交通の便が悪いせいか穴場らしく、人気そうな見栄えの割には混んでもいません。

ただ……。

 

「……何か、色々な気配が……」

「どうした?」

「いえ、なんでも……」

 

フクキタルさんのトレーナーさんの、ご紹介となるともしかすると……。

ですがここで水を差してはトレーナーさんに申し訳もなく……。

 

「さぁ……入りましょうか……」

「お、おぉ……なんだか気合入ってるな……」

 

私たちは、その温泉宿へと足を踏み入れました。

 

******************

 

「いいなぁいいなぁずるいぞカフェ!」

「だったらアナタもモルモットさんに頼めばいいじゃないですか……」

 

旅行出発の前日。

温泉に行く旨を伝えると、タキオンさんが駄々っ子のようにしがみついてきました。

 

「ダメなんだよあの朴念仁は! 私というものがありながら、全くもって気の利いた提案をしやしない!」

「それは……いつ提案しても実験だの何だので袖にされていては、誘う側も嫌になりますよ……」

「えーっ?!」

 

それにしても、『私というものがありながら』、などと当たり前のように……。

タキオンさんも大分、私たちに毒されてきているのかもしれません。

 

「どんな宿に行くんだい?」

「こちらの宿ですね」

 

ホームページを見せると、タキオンさんは大きくため息をついて。

 

「……はぁ。いいねぇ、カフェは……いや、待てよ……?」

 

何やらぶつぶつと不穏なことを呟いているように見えたので。

私はトレーナー室へと退散しました。

 

******************

 

チェックインを終え、手荷物を部屋に運びます。

外観から漂っていた歪な空気とは裏腹に、館内は古いながらもよく清掃が行き届いており、宿の方々も気持ちのいい接客をなさってくれました。

 

せっかくの温泉旅館ですから……部屋ではお茶を。

 

「どうぞ、トレーナーさん」

「ありがとう、カフェ。……ん、カフェはお茶を淹れるのも上手いんだな」

「喫茶は、コーヒーだけではありませんから……普段、自分が飲まないものも、一通りは」

 

畳の部屋で、トレーナーさんと過ごす穏やかな時間。

ふたりきりの空き教室も魅力的ですが、人里離れて隔絶された世界で、というのも、なかなか乙なものです。

 

「……ん」

「どうしたの、隣に寄りかかってきたりして」

「……理由、いりますか?」

「いんや……」

 

トレーナーさんも満更じゃない表情で、私の方へ僅かに体重をかけてきました。

こうしているとどこか、意識がぽやぽやと浮いていってしまいそうで……。

一杯だけのお茶を飲むのに、一時間近くかかってしまいました。

 

「カフェ……カフェ?」

「あ……はい……」

 

どうやらトレーナーさんの温もりに、少しウトウトしてしまっていたようでした。

目を擦って、トレーナーさんを見上げると。

 

「んっ……」

 

優しく、唇を重ねられました。

こんなやり取りにもすっかり慣れてしまって。

 

「……もう、トレーナーさん」

「眠そうなカフェが可愛かったから、つい……」

「……ふふ、私も、そういう気分だったからかもしれません」

 

そう呟いて、もう一度軽く唇を重ねてから。

 

「夕食までまだ時間があるな……先に温泉、入ってみようか?」

「いいですね……どうせなら……」

 

と、浴衣に着替えようとしたのですが。

 

「ま、待て待て!」

「あ……」

 

つい、トレーナーさんの目の前で服を脱ごうとしてしまいました。

私は別に、見られても構わないのですが……。

 

トレーナーさんが洗面所に籠もっている間に、浴衣へと着替えて。

トレーナーさんも、洗面所で着替えたようでした。

 

「……浴衣を着ると、やはりスースーしますね……」

「えっ、カフェ、まさかその下……」

「下着は付けてますよ?」

 

その時のトレーナーさんの表情と言ったら。

安心したような、残念そうな……なんとも複雑そうな表情を浮かべていました。

 

そんなわけで二人揃って温泉へと向かったのですが。

ここでまた一騒動と言いますか……。

 

「……家族風呂?」

 

貸し切りで、宿泊グループで一緒に入れる小さな温泉。

たった今の今まで、別々で温泉に入るつもりでしたが……。

 

「……あの、トレーナーさん」

「……いや、流石にね……」

 

その答えは予想していました。

なので、上目遣いで浴衣の袖を引いてみます。

 

「ダメ、ですか……?」

「えと、あの……その、ですね……」

「トレーナーさん……」

「……わ、分かったよ……」

 

はい、私の勝ちです。

 

「心配しなくても、タオルは巻きますから」

「それは流石に頼む……頭がどうにかなっちまうから……」

 

顔を真っ赤にしながらそんなことを言うトレーナーさんが可愛くて。

つい、早く早く、とそのまま袖を引っ張ってしまいました。

 

******************

 

家族風呂の中は簡易な作りで。

脱衣所は視線を隠せるようなところはなかったので……。

 

「ささっと脱いで先に入るから、ゆっくり入っておいで」

「分かりました」

 

私が少し視線を逸らしている間に、トレーナーさんは素早く浴衣を脱ぎ、タオルを巻いて浴室へと入っていきました。

……どうせなら、こっそり見てしまっても良かったかも……。

 

「……何考えてるの、私……」

 

前に、タキオンさんの薬を呑んでから……効果は勿論とっくになくなっているのですが。

時折このような不埒な思いが巡ってしまいます。良くない傾向です……。

 

浴衣を脱ぎ、大きなタオルを巻いて浴室に入ると。

トレーナーさんは一瞬こちらを見ましたが、すぐに恥ずかしそうに視線を逸してしまいました。

 

「トレーナーさん、こちらを向いてもいいんですよ……?」

「いや……やっぱり俺には刺激が強い……」

 

全く、以前はあんな悪戯をしてきたくせに、変なところで純情なんですから。

そう思って、湯船に浸かろうとしたとき……。

 

「……きゃっ……?!」

「おっと!」

 

浴室の床が滑り、危うく転びそうになってしまいました。

咄嗟にトレーナーさんが抱きかかえてくれたのですが……。

 

「……えっ?」

 

ふわり、と。

しっかり巻いていたタオルが、まるでちり紙のように解けて舞ってしまいました。

突然のことに、私もトレーナーさんも、頭が回らず。

 

「――ッ!!」

「うわあぁ! 見てない! 見てないから!!」

 

慌ててタオルを拾って急いで巻くと。

隣で、お友だちがクスクスと笑っていました……ということは……。

 

「……もうっ! もうっ! 変なことしないで!」

 

顔を真っ赤にして抗議しましたが、お友だちは素知らぬ表情で、いつかのように口笛を吹いていました。

 

「……柔らかかったな……」

 

感慨深げに呟くトレーナーさんの頭をはたくのも、しっかり忘れませんでした。

 

気を取り直して、落ち着いてから。

今度はトレーナーさんに髪を洗ってもらっています。

 

「痒い所はありますかー?」

「大丈夫、です……あ……やっぱりもう少し後ろの方を……」

 

実は痒いところなんてありません。

ですが、トレーナーさんに髪を洗ってもらっているのが、とても心地良くて……この時間を、もっと過ごしたくて……。

 

「耳も少し洗おうか」

「ぁ……んっ……」

「っとと、ご、ごめん」

「いえ……もう少し、優しく……」

 

つい、はしたない声が漏れてしまいました。

 

「それにしても、カフェの髪って滑らかなシルクみたいだね」

「……お手入れには、それなりに気を遣っていますから……」

 

昔はそこまでではなく、人並み程度だったのですが。

でもあるとき、アナタがこの黒髪を好きだと言ってくれて。

 

それ以来、少しでもアナタに喜んでもらえるように。

丁寧に、丁寧に手入れをしているんです。

……そんなこと、面と向かってはなかなか言えませんが。

 

毛づくろいをしてもらって、至福の時間を過ごして。

いよいよ二人で、湯船に入ります。

 

「っあ゛ー……いい湯だ……」

「ええ……丁度いい湯加減ですね……」

 

少し小さめの湯船は、二人入るとあまりスペースがなくて。

だからこそ、自然と身体を寄せ合うことができます。

 

「……カフェ、ちょっとくっつきすぎじゃない?」

「なんのためにわざわざ家族風呂に入ったと思ってるんですか……」

「いや、まぁ、それはねぇ……」

 

ここまで来ては、流石のトレーナーさんも観念したようで。

私が客室でのように身体を預けると、静かに肩を抱き寄せてくれました。

 

「でも、こうやって安らぐのもいいもんだね」

「……はい、トレーナーさん」

 

勿論ですが、こんなことをする相手はトレーナーさんだけで。

こんなに安らげる相手も、トレーナーさんだけで。

トレーナーさんと出会う前の自分を思い出すと。

 

「……こんなに幸せなときを過ごせるなんて、思ってもなかった……」

「そりゃ良かったよ」

 

口に出したつもりはなかったのですが、つい呟いてしまっていたようで。

少し恥ずかしい思いでトレーナーさんを見ると、いつもの優しい笑顔を浮かべていました。

 

******************

 

温泉から上がって暫くすると、夕食が始まりました。

部屋食で、山の幸を中心に丁寧に作られた、素朴な会席料理。

 

私たちの身の丈よりも少し豪華そうに見える品々は、どれを取っても身に染みる、優しい味がしました。

これもきっと、トレーナーさんとだから……とまで言ってしまうと、板前さんに失礼でしょうか。

 

「この川魚のお刺身も真丈も美味しいな」

「こっちの蕪もほろほろしていて、美味しいです……」

 

量はやや多めでしたが、そこはウマ娘の食欲。

あっという間に食べ終わってしまいました。

 

「ご馳走様でした!」

「ご馳走様でした……本当に、美味しかったです」

 

お膳を下げに来た仲居さんにお伝えすると、嬉しそうに笑ってくれました。

 

「さて、軽く晩酌でもするかな」

 

そう言うとトレーナーさんは、懐から小瓶とお猪口を取り出しました。

 

「それは……?」

「さっき頼んだんだ。この辺りの地酒だよ」

 

言いながらトレーナーさんが、小瓶を開けようとします。

そこで……。

 

「……お酌、しますよ」

 

そう告げて、トレーナーさんの手から小瓶を取りました。

キャップ式の蓋を、パチリと開けて。

 

「いや、どうなんだろうな……未成年に注いでもらうのは……」

「私のお酌は、嫌ですか……?」

「……その言い方は卑怯だぞ……そりゃ嫌なわけないでしょうが……」

 

苦笑しながら、トレーナーさんがお猪口を差し出します。

そこへ小瓶の日本酒を、とくとくと注ぎました。

そして一口呑んで、トレーナーさんは。

 

「あぁ、水が良いところの酒はやっぱり美味しいな……」

「そんなに、ですか?」

「それに……カフェが注いでくれたから尚更、ね」

 

気持ちいつもよりも陽気そうな笑顔で、トレーナーさんが私の頬を撫でます。

少しだけ体温が高い気もする温もりに、私も少し、浮かされてしまって……。

 

「あ、トレーナーさん……あれ、なんでしょう……?」

「ん?」

 

よそ見をした隙に。

 

「えいっ」

「あ」

 

トレーナーさんが卓上に置いていたお猪口を素早く取り、興味本位でくいっと呑んでみました。

 

「あーーーっ?!」

「……へ……?」

 

てっきり、お猪口に残っている量はもっと少ないかと思っていましたが。

トレーナーさんは舐める程度しか呑んでいなかったらしく。

初めてのアルコール一気呑みに、頭が揺れ、視界は乱れ。

 

「……はれ……?」

「かかかカフェ?!」

「……きゅう」

「カフェーーっ?!」

 

私の意識は一瞬で、暗闇に落ちてしまいました。

 

******************

 

気がつくと部屋の明かりは消えていて。

いつの間にか敷かれていた布団の上に、私は転がっていました。

 

「んん……頭、痛い……」

 

ずきん、と眉間に痛みが走ります。

その声を聞いたのか、隣の布団から。

 

「ああ、目が覚めたか……体調はどう?」

「その……ちょっとだるいような、頭が重いような……」

「気持ち悪いとかはないか?」

「ええ、大丈夫です……」

「良かったよ……全く、未成年飲酒で、しかも多くないとはいえ、日本酒を一気なんて……」

「……すみません」

 

ふたりきりの旅行。楽しい夜。

そんな幸せな時間を、身勝手な好奇心で壊してしまって。

申し訳無さと自分勝手な寂しさで、泣きそうになっていました。

 

「……どうしても悪い遊びがしたいなら、多少なら付き合うから。もう無茶はしないでくれよ」

「はい……」

 

時計を見ると、幸いと言いますか……まだ、そこまで時間は経っていませんでした。

 

「トレーナーさんと色々お話とか……んぅっ……」

「無理しなさんな、今日はしっかり休もう」

「でもっ……!」

 

私はもっと、アナタとの時間を過ごしたくて……。

と思った、そのとき。

 

「……ぐ……?」

 

トレーナーさんが急に、頭を抱えて呻き始めました。

 

「トレーナー、さん……?」

「なんだ、これ……急に頭が……締め付けられ……」

 

すぐに気付きました。

私たちの周囲に、良くないものが集まっている……!

 

宿に着いたときに外で感じた、嫌な気配たち。

それが、トレーナーさんに纏わりついていました。

 

「やめて……トレーナーさんに、手を出さないで……!」

 

いつもならトレーナーさんの手を取って助けられようものですが。

今日に限っては、先程のお酒のせいで、思うように身体も動かず……。

 

「なんで……こんな時に限って、私……!」

 

お友だちも必死にトレーナーさんから引き剥がそうとしてくれていますが。

纏わりついてくる気配のあまりの多さに、手が回っていません。

 

すると次の瞬間。

纏わりついていた影が、一気に姿を消しました。

悪い気配が去ったのか、と安心するのも束の間。

 

「か、ふぇ……」

「……トレーナー、さん?」

 

トレーナーさんの表情が見えません。

そして、トレーナーさんはいきなり、私の両腕を押さえつけました。

 

「きゃっ……トレーナーさん……?!」

 

その力は、とてもじゃないですがヒトの腕力ではなくて。

酔っているとはいえ、ウマ娘の力でも振りほどけないほどで。

そのままトレーナーさんは、食いつくように私の唇を奪いました。

 

「んむ――?!」

 

いつもとは全く違う、暴力的な口づけ。

そこで私は、ようやく理解しました。今目の前にいるのは、トレーナーさんではない。

 

「っぷはぁ……アナタ、誰ですか……?!」

 

身体は間違いなくトレーナーさんのもの。

ですが、恐らくその心は、先程の影たちに囚われていて……。

 

「カフェ……!」

「やっ……!?」

 

トレーナーさんが力任せに、私の浴衣を解きます。

なされるがままの私は何も抵抗できず、姿を晒してしまって。

トレーナーさん自身も、浴衣を開けさせました。

 

「カフェ、カフェ……!」

 

その勢いのまま、トレーナーさんは私の首筋に痕を残します。

互いの肌を合わせて、体温を伝え合いながら。

幾つも、何度も、私に声を上げさせながら。

 

「嫌です……嫌だ……!」

 

これがトレーナーさん本人となら、どれだけ幸せなひと時だったか。

けれど、今動いている心は、トレーナーさんのものなどではなく。

 

トレーナーさんを操る、沢山の……。

 

「やめて……」

 

そして操られたトレーナーさんの手は、他のところまで伸びていて……。

嫌……やめて……それは、トレーナーさんと優しく愛し合ってでなきゃ……!

 

「……トレーナーさん……!」

 

私が涙声で小さく叫んだとき。

トレーナーさんは勢いよく、自分の頬を殴りました。

 

「トレーナーさん……?!」

 

そしてトレーナーさんは私の隣に倒れ込み、動かなくなりました。

私は急いで身を起こして、トレーナーさんに呼びかけて。

 

「トレーナーさん、トレーナーさん!!」

 

するとその呼び声が届いたのか、トレーナーさんが細く目を開け、申し訳無さそうに言いました。

 

「ごめん、カフェ……身体が、急に動かなくなって……怖い思い、させたね……」

「そんなことっ、そんなこともうどうでもいいですからっ……!」

 

アナタが動かなくなった瞬間。

私は、最悪の可能性が頭を過ぎっていて。

助けられなかったんじゃないかと、本当に怖くて。

 

「ふぅぅ……ぅぅうぅ……!」

「カフェ……泣かないで、大丈夫だから……」

 

無理矢理笑顔を作りながら、トレーナーさんが身を起こしました。

少しは自由が戻ったようですが、未だに僅かに、影がトレーナーさんを取り巻いていて。

 

「……あ」

 

すると傍らにいたお友だちが、これまで見たことのないような剣幕で、影たちを吹き飛ばしました。

お友だちは髪の毛が逆立ち、耳は引き絞られ、尻尾はピンと天を衝いています。

 

そしてそのまま一喝するようにお友だちが叫ぶと。

影たちはそのまま怖気づいたように、壁の向こうへと消えていきました。

 

「……ありがとう」

 

お友だちは最後に威嚇するように鼻を鳴らすと。

震えが止まらない私の頭を、優しく撫でてくれました。

 

「……なんか、どっと疲れちゃったな……」

 

ごろんと、トレーナーさんが転がります。

その隣で、私も体力が尽きて横になって。

 

「ごめんな、散々な旅行になっちゃって」

「……いえ、いいこともありましたから」

「いいこと?」

「一緒に温泉に入れましたし……先程の一件も……」

 

トレーナーさんは改めて、私を信じさせてくれる人だと、分かりましたから。

いつもならそう、サラリと言えるはずなのに、今日はなんだか照れくさくて。

 

「さっきの一件も……?」

「……なんでもないですよ」

「え、まさかカフェ……実はああいうのが……」

「と、トレーナーさんのばかっ!」

「いだっ!」

 

思わずまた、頭をはたいてしまいました。

……ただ、トレーナーさんと、という前提なら、確かに、その……。

 

「アナタも、ありがとね」

 

お友だちに告げると。

いつになく優しい顔で、お友だちは私たちのことを見つめていました。

 

「あ……」

 

ふと手を伸ばしたとき、私の手が、浴衣がはだけたままのトレーナーさんの胸元に触れました。

そして自分を見てみると、自身も浴衣が乱れたままで……。

 

「……カフェ?」

 

よじよじと、トレーナーさんの上に登ります。

そして、互いの胸を合わせて……。

 

「……トレーナーさんの体温を感じるくらい、いいでしょう……?」

「……散々怖い思い、させちゃったからなあ」

 

そう言って、いつものように私の長い髪を梳くように撫でてくれて。

その撫でられ心地と胸元の暖かな温度に、アルコールの緩みも重なって。

 

「ふぁ……」

「いいよ、寝ちゃって。たまにはこんなのもいいでしょうよ」

「ええ……この場所、お借り、します、ね……」

 

愛しい人の腕に抱かれながら。

私は再び、今度は心地良く、静かに意識を落としていきました。

 

******************

 

そして、その隣室では。

 

「どうなった?! 何が起こってるんだタキオン!!」

「カフェとトレーナーくんの圧が……消えた……?」

 

隣からの突然の騒音に、興味半分恐怖半分の二人の姿があった。

 

「タキオン、その新発明の『壁の向こうが分かる君』でも分からないのか?」

「これはシャカールくんに無理矢理作らせたものだからなんともねぇ……私の専門は薬だから……」

 

結局アグネスタキオンは駄々をこね、トレーナーたるモルモットに無理を言って、マンハッタンカフェたちと同じ宿へ旅行に来ていた。

そして偶然にも隣室に宿泊となり、夜の騒動に驚いて様子を窺っていたのだが。

 

「まさか……あいつらとうとう一線を越えたんじゃ……」

「まっさかぁ! カフェとトレーナーくんに限って……あの薬を乗り越えるほどの猛者だよ……?」

「だよなぁ……じゃ、じゃあまさか、また前に取り憑いてきたやつらみたいな……」

「……やめたまえモルモットくん……私は未だに思い出して眠れないときがあるんだよ……」

「お前、意外と可愛いとこあるのな」

「煩いねぇ!」

 

その時、壁の中からすり抜けるように、二人の部屋に現れた影が二つ、三つ。

 

「な、なんか来たぞタキオン……!」

「いつもの彼女……では、ない、よう、だねぇ……?」

 

たらりと冷や汗を流す二人。

そして影はタキオンに絡みつき……。

 

「な、なんだいこれは?! も、モルモットくーん!」

「タキオン! お前の犠牲は無駄にはしな……アレッ?! ドアが開かん!!」

 

なんとか脱出を試みようとするモルモットに迫る影。

何かに取り憑かれたように、タキオンはモルモットをドアから引き剥がすと。

 

「どべっ?! た、タキオン、あまり暴力的なの、は……?」

 

転んだモルモットがタキオンを見上げると。

その目は、何かに染まっており――。

 

「あ、あの、タキオン、さん……?」

「モルモット、くん……」

 

モルモットの小さな悲鳴が、微かに宿に木霊した。

 

******************

 

明け方、目を覚ますと。

私の浴衣は綺麗に整えられ、掛け布団を被って横になっていました。

 

「トレーナーさん……?」

 

不安になって周りを見回すと。

広縁の椅子に、トレーナーさんが腰掛けていました。

 

「あ、起きたかい、カフェ。動けるならこっちに来てごらん」

 

幸い酔いは覚めたようで、軽い頭痛だけでした。

頭を押さえて、広縁の窓から外を眺めると。

 

「わ……」

 

正面の山から綺麗な太陽が昇っていました。

 

「いい日の出だね」

「ええ……」

 

日の出自体はたまに見ます。

コーヒーを飲むのに、早起きをすることも多いので。

ですがこの窓からトレーナーさんと眺める朝日は、いつものものとはどこか違っていて。

 

テーブルを挟んでトレーナーさんの反対の椅子に腰掛けると、缶コーヒーが差し出されました。

 

「自販機で買ってきたので良ければ……飲むかい?」

「はい……ありがとうございます……」

 

その缶は、とても暖かくて。プルタブを開けて口に運ぶと、ほうっと落ち着く味がしました。

 

単純な美味しさで言えば自分で淹れたほうがいいですが、缶コーヒーにも缶コーヒーなりの良さがあります。

旅先で大好きな人と飲むのは、この味ならではの楽しみだと思うんです。

 

「さて……寝汗もかいてるし、朝風呂でも入ってこようかな」

「私も、そうします……」

「もう家族風呂はなしだからな?」

「……分かりました」

 

少し、残念ですが。

けれど、穏やかな時間を過ごせたので良しとしましょう。

そう思いながら、二人で湯浴み道具を持って廊下に出ると。

 

「あ」

「お」

 

ばったりと、何故かいるタキオンさんとモルモットさんに出会いました。

お二人共とも、なんだか汗ばんでいて……。

 

「……来てたんですか?」

「い、いやぁ、奇遇だねぇカフェ。ちょっと朝風呂でも行こうかと思ってね」

「はぁ……」

 

そう告げるタキオンさんは、どこか恥ずかしそうな表情で。

 

「おいモル公……お前、まさか……」

「……俺は何もしてない……俺は、何も……」

 

そう呟きながら、そそくさと浴場へ向かう二人を見送って。

 

「……ちょっと風呂は時間ずらすか」

「……ええ、ちょっと……今入りに行く気は起きないですね……」

 

代わりに、旅館の外へ風に当たりに出ることにしました。

 

「まさか……アナタ、変なことしてないよね……?」

 

そう訊ねるとお友だちは、今回は本当に何も知らないと。慌てて首を振っていました。

 

尚、後日、トレーナーさんがフクキタルさんのトレーナーさんに今回起きたことを話して抗議したところ。

ゲラゲラと笑われたので一発ぶん殴ってやった、とのことでした。




アグネスタキオンだ!
カフェは浴衣が似合いそうだねぇ、スレンダー美人にはやはり和服だよ。
お友だちガードマンは、我が家にもほしいねぇ……。
しかしトレーナーと担当バの二人で温泉とは不埒な……。
んん? 私のことはいいのだよ!
いやぁ、徹夜でのインディアンポーカーは楽しかったよ!
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