カフェとトレーナー、時々お友だちと懲りない人々 作:fell@かぶとがに
それでも二人は、信じ合っていて。
「ここが……その宿ですか……」
「うん、フクキタルのトレーナーに勧められてね」
某日。私はトレーナーさんの車に乗せられ、温泉旅館を訪れていました。
大きなレースも一段落つき、成績も上々だったことから、慰安旅行でも、という提案があり。
……まぁそれはある種の口実で、お互いに二人でゆっくりしたかっただけなのですが……。
旅館の外観はなかなか趣があります。
交通の便が悪いせいか穴場らしく、人気そうな見栄えの割には混んでもいません。
ただ……。
「……何か、色々な気配が……」
「どうした?」
「いえ、なんでも……」
フクキタルさんのトレーナーさんの、ご紹介となるともしかすると……。
ですがここで水を差してはトレーナーさんに申し訳もなく……。
「さぁ……入りましょうか……」
「お、おぉ……なんだか気合入ってるな……」
私たちは、その温泉宿へと足を踏み入れました。
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「いいなぁいいなぁずるいぞカフェ!」
「だったらアナタもモルモットさんに頼めばいいじゃないですか……」
旅行出発の前日。
温泉に行く旨を伝えると、タキオンさんが駄々っ子のようにしがみついてきました。
「ダメなんだよあの朴念仁は! 私というものがありながら、全くもって気の利いた提案をしやしない!」
「それは……いつ提案しても実験だの何だので袖にされていては、誘う側も嫌になりますよ……」
「えーっ?!」
それにしても、『私というものがありながら』、などと当たり前のように……。
タキオンさんも大分、私たちに毒されてきているのかもしれません。
「どんな宿に行くんだい?」
「こちらの宿ですね」
ホームページを見せると、タキオンさんは大きくため息をついて。
「……はぁ。いいねぇ、カフェは……いや、待てよ……?」
何やらぶつぶつと不穏なことを呟いているように見えたので。
私はトレーナー室へと退散しました。
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チェックインを終え、手荷物を部屋に運びます。
外観から漂っていた歪な空気とは裏腹に、館内は古いながらもよく清掃が行き届いており、宿の方々も気持ちのいい接客をなさってくれました。
せっかくの温泉旅館ですから……部屋ではお茶を。
「どうぞ、トレーナーさん」
「ありがとう、カフェ。……ん、カフェはお茶を淹れるのも上手いんだな」
「喫茶は、コーヒーだけではありませんから……普段、自分が飲まないものも、一通りは」
畳の部屋で、トレーナーさんと過ごす穏やかな時間。
ふたりきりの空き教室も魅力的ですが、人里離れて隔絶された世界で、というのも、なかなか乙なものです。
「……ん」
「どうしたの、隣に寄りかかってきたりして」
「……理由、いりますか?」
「いんや……」
トレーナーさんも満更じゃない表情で、私の方へ僅かに体重をかけてきました。
こうしているとどこか、意識がぽやぽやと浮いていってしまいそうで……。
一杯だけのお茶を飲むのに、一時間近くかかってしまいました。
「カフェ……カフェ?」
「あ……はい……」
どうやらトレーナーさんの温もりに、少しウトウトしてしまっていたようでした。
目を擦って、トレーナーさんを見上げると。
「んっ……」
優しく、唇を重ねられました。
こんなやり取りにもすっかり慣れてしまって。
「……もう、トレーナーさん」
「眠そうなカフェが可愛かったから、つい……」
「……ふふ、私も、そういう気分だったからかもしれません」
そう呟いて、もう一度軽く唇を重ねてから。
「夕食までまだ時間があるな……先に温泉、入ってみようか?」
「いいですね……どうせなら……」
と、浴衣に着替えようとしたのですが。
「ま、待て待て!」
「あ……」
つい、トレーナーさんの目の前で服を脱ごうとしてしまいました。
私は別に、見られても構わないのですが……。
トレーナーさんが洗面所に籠もっている間に、浴衣へと着替えて。
トレーナーさんも、洗面所で着替えたようでした。
「……浴衣を着ると、やはりスースーしますね……」
「えっ、カフェ、まさかその下……」
「下着は付けてますよ?」
その時のトレーナーさんの表情と言ったら。
安心したような、残念そうな……なんとも複雑そうな表情を浮かべていました。
そんなわけで二人揃って温泉へと向かったのですが。
ここでまた一騒動と言いますか……。
「……家族風呂?」
貸し切りで、宿泊グループで一緒に入れる小さな温泉。
たった今の今まで、別々で温泉に入るつもりでしたが……。
「……あの、トレーナーさん」
「……いや、流石にね……」
その答えは予想していました。
なので、上目遣いで浴衣の袖を引いてみます。
「ダメ、ですか……?」
「えと、あの……その、ですね……」
「トレーナーさん……」
「……わ、分かったよ……」
はい、私の勝ちです。
「心配しなくても、タオルは巻きますから」
「それは流石に頼む……頭がどうにかなっちまうから……」
顔を真っ赤にしながらそんなことを言うトレーナーさんが可愛くて。
つい、早く早く、とそのまま袖を引っ張ってしまいました。
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家族風呂の中は簡易な作りで。
脱衣所は視線を隠せるようなところはなかったので……。
「ささっと脱いで先に入るから、ゆっくり入っておいで」
「分かりました」
私が少し視線を逸らしている間に、トレーナーさんは素早く浴衣を脱ぎ、タオルを巻いて浴室へと入っていきました。
……どうせなら、こっそり見てしまっても良かったかも……。
「……何考えてるの、私……」
前に、タキオンさんの薬を呑んでから……効果は勿論とっくになくなっているのですが。
時折このような不埒な思いが巡ってしまいます。良くない傾向です……。
浴衣を脱ぎ、大きなタオルを巻いて浴室に入ると。
トレーナーさんは一瞬こちらを見ましたが、すぐに恥ずかしそうに視線を逸してしまいました。
「トレーナーさん、こちらを向いてもいいんですよ……?」
「いや……やっぱり俺には刺激が強い……」
全く、以前はあんな悪戯をしてきたくせに、変なところで純情なんですから。
そう思って、湯船に浸かろうとしたとき……。
「……きゃっ……?!」
「おっと!」
浴室の床が滑り、危うく転びそうになってしまいました。
咄嗟にトレーナーさんが抱きかかえてくれたのですが……。
「……えっ?」
ふわり、と。
しっかり巻いていたタオルが、まるでちり紙のように解けて舞ってしまいました。
突然のことに、私もトレーナーさんも、頭が回らず。
「――ッ!!」
「うわあぁ! 見てない! 見てないから!!」
慌ててタオルを拾って急いで巻くと。
隣で、お友だちがクスクスと笑っていました……ということは……。
「……もうっ! もうっ! 変なことしないで!」
顔を真っ赤にして抗議しましたが、お友だちは素知らぬ表情で、いつかのように口笛を吹いていました。
「……柔らかかったな……」
感慨深げに呟くトレーナーさんの頭をはたくのも、しっかり忘れませんでした。
気を取り直して、落ち着いてから。
今度はトレーナーさんに髪を洗ってもらっています。
「痒い所はありますかー?」
「大丈夫、です……あ……やっぱりもう少し後ろの方を……」
実は痒いところなんてありません。
ですが、トレーナーさんに髪を洗ってもらっているのが、とても心地良くて……この時間を、もっと過ごしたくて……。
「耳も少し洗おうか」
「ぁ……んっ……」
「っとと、ご、ごめん」
「いえ……もう少し、優しく……」
つい、はしたない声が漏れてしまいました。
「それにしても、カフェの髪って滑らかなシルクみたいだね」
「……お手入れには、それなりに気を遣っていますから……」
昔はそこまでではなく、人並み程度だったのですが。
でもあるとき、アナタがこの黒髪を好きだと言ってくれて。
それ以来、少しでもアナタに喜んでもらえるように。
丁寧に、丁寧に手入れをしているんです。
……そんなこと、面と向かってはなかなか言えませんが。
毛づくろいをしてもらって、至福の時間を過ごして。
いよいよ二人で、湯船に入ります。
「っあ゛ー……いい湯だ……」
「ええ……丁度いい湯加減ですね……」
少し小さめの湯船は、二人入るとあまりスペースがなくて。
だからこそ、自然と身体を寄せ合うことができます。
「……カフェ、ちょっとくっつきすぎじゃない?」
「なんのためにわざわざ家族風呂に入ったと思ってるんですか……」
「いや、まぁ、それはねぇ……」
ここまで来ては、流石のトレーナーさんも観念したようで。
私が客室でのように身体を預けると、静かに肩を抱き寄せてくれました。
「でも、こうやって安らぐのもいいもんだね」
「……はい、トレーナーさん」
勿論ですが、こんなことをする相手はトレーナーさんだけで。
こんなに安らげる相手も、トレーナーさんだけで。
トレーナーさんと出会う前の自分を思い出すと。
「……こんなに幸せなときを過ごせるなんて、思ってもなかった……」
「そりゃ良かったよ」
口に出したつもりはなかったのですが、つい呟いてしまっていたようで。
少し恥ずかしい思いでトレーナーさんを見ると、いつもの優しい笑顔を浮かべていました。
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温泉から上がって暫くすると、夕食が始まりました。
部屋食で、山の幸を中心に丁寧に作られた、素朴な会席料理。
私たちの身の丈よりも少し豪華そうに見える品々は、どれを取っても身に染みる、優しい味がしました。
これもきっと、トレーナーさんとだから……とまで言ってしまうと、板前さんに失礼でしょうか。
「この川魚のお刺身も真丈も美味しいな」
「こっちの蕪もほろほろしていて、美味しいです……」
量はやや多めでしたが、そこはウマ娘の食欲。
あっという間に食べ終わってしまいました。
「ご馳走様でした!」
「ご馳走様でした……本当に、美味しかったです」
お膳を下げに来た仲居さんにお伝えすると、嬉しそうに笑ってくれました。
「さて、軽く晩酌でもするかな」
そう言うとトレーナーさんは、懐から小瓶とお猪口を取り出しました。
「それは……?」
「さっき頼んだんだ。この辺りの地酒だよ」
言いながらトレーナーさんが、小瓶を開けようとします。
そこで……。
「……お酌、しますよ」
そう告げて、トレーナーさんの手から小瓶を取りました。
キャップ式の蓋を、パチリと開けて。
「いや、どうなんだろうな……未成年に注いでもらうのは……」
「私のお酌は、嫌ですか……?」
「……その言い方は卑怯だぞ……そりゃ嫌なわけないでしょうが……」
苦笑しながら、トレーナーさんがお猪口を差し出します。
そこへ小瓶の日本酒を、とくとくと注ぎました。
そして一口呑んで、トレーナーさんは。
「あぁ、水が良いところの酒はやっぱり美味しいな……」
「そんなに、ですか?」
「それに……カフェが注いでくれたから尚更、ね」
気持ちいつもよりも陽気そうな笑顔で、トレーナーさんが私の頬を撫でます。
少しだけ体温が高い気もする温もりに、私も少し、浮かされてしまって……。
「あ、トレーナーさん……あれ、なんでしょう……?」
「ん?」
よそ見をした隙に。
「えいっ」
「あ」
トレーナーさんが卓上に置いていたお猪口を素早く取り、興味本位でくいっと呑んでみました。
「あーーーっ?!」
「……へ……?」
てっきり、お猪口に残っている量はもっと少ないかと思っていましたが。
トレーナーさんは舐める程度しか呑んでいなかったらしく。
初めてのアルコール一気呑みに、頭が揺れ、視界は乱れ。
「……はれ……?」
「かかかカフェ?!」
「……きゅう」
「カフェーーっ?!」
私の意識は一瞬で、暗闇に落ちてしまいました。
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気がつくと部屋の明かりは消えていて。
いつの間にか敷かれていた布団の上に、私は転がっていました。
「んん……頭、痛い……」
ずきん、と眉間に痛みが走ります。
その声を聞いたのか、隣の布団から。
「ああ、目が覚めたか……体調はどう?」
「その……ちょっとだるいような、頭が重いような……」
「気持ち悪いとかはないか?」
「ええ、大丈夫です……」
「良かったよ……全く、未成年飲酒で、しかも多くないとはいえ、日本酒を一気なんて……」
「……すみません」
ふたりきりの旅行。楽しい夜。
そんな幸せな時間を、身勝手な好奇心で壊してしまって。
申し訳無さと自分勝手な寂しさで、泣きそうになっていました。
「……どうしても悪い遊びがしたいなら、多少なら付き合うから。もう無茶はしないでくれよ」
「はい……」
時計を見ると、幸いと言いますか……まだ、そこまで時間は経っていませんでした。
「トレーナーさんと色々お話とか……んぅっ……」
「無理しなさんな、今日はしっかり休もう」
「でもっ……!」
私はもっと、アナタとの時間を過ごしたくて……。
と思った、そのとき。
「……ぐ……?」
トレーナーさんが急に、頭を抱えて呻き始めました。
「トレーナー、さん……?」
「なんだ、これ……急に頭が……締め付けられ……」
すぐに気付きました。
私たちの周囲に、良くないものが集まっている……!
宿に着いたときに外で感じた、嫌な気配たち。
それが、トレーナーさんに纏わりついていました。
「やめて……トレーナーさんに、手を出さないで……!」
いつもならトレーナーさんの手を取って助けられようものですが。
今日に限っては、先程のお酒のせいで、思うように身体も動かず……。
「なんで……こんな時に限って、私……!」
お友だちも必死にトレーナーさんから引き剥がそうとしてくれていますが。
纏わりついてくる気配のあまりの多さに、手が回っていません。
すると次の瞬間。
纏わりついていた影が、一気に姿を消しました。
悪い気配が去ったのか、と安心するのも束の間。
「か、ふぇ……」
「……トレーナー、さん?」
トレーナーさんの表情が見えません。
そして、トレーナーさんはいきなり、私の両腕を押さえつけました。
「きゃっ……トレーナーさん……?!」
その力は、とてもじゃないですがヒトの腕力ではなくて。
酔っているとはいえ、ウマ娘の力でも振りほどけないほどで。
そのままトレーナーさんは、食いつくように私の唇を奪いました。
「んむ――?!」
いつもとは全く違う、暴力的な口づけ。
そこで私は、ようやく理解しました。今目の前にいるのは、トレーナーさんではない。
「っぷはぁ……アナタ、誰ですか……?!」
身体は間違いなくトレーナーさんのもの。
ですが、恐らくその心は、先程の影たちに囚われていて……。
「カフェ……!」
「やっ……!?」
トレーナーさんが力任せに、私の浴衣を解きます。
なされるがままの私は何も抵抗できず、姿を晒してしまって。
トレーナーさん自身も、浴衣を開けさせました。
「カフェ、カフェ……!」
その勢いのまま、トレーナーさんは私の首筋に痕を残します。
互いの肌を合わせて、体温を伝え合いながら。
幾つも、何度も、私に声を上げさせながら。
「嫌です……嫌だ……!」
これがトレーナーさん本人となら、どれだけ幸せなひと時だったか。
けれど、今動いている心は、トレーナーさんのものなどではなく。
トレーナーさんを操る、沢山の……。
「やめて……」
そして操られたトレーナーさんの手は、他のところまで伸びていて……。
嫌……やめて……それは、トレーナーさんと優しく愛し合ってでなきゃ……!
「……トレーナーさん……!」
私が涙声で小さく叫んだとき。
トレーナーさんは勢いよく、自分の頬を殴りました。
「トレーナーさん……?!」
そしてトレーナーさんは私の隣に倒れ込み、動かなくなりました。
私は急いで身を起こして、トレーナーさんに呼びかけて。
「トレーナーさん、トレーナーさん!!」
するとその呼び声が届いたのか、トレーナーさんが細く目を開け、申し訳無さそうに言いました。
「ごめん、カフェ……身体が、急に動かなくなって……怖い思い、させたね……」
「そんなことっ、そんなこともうどうでもいいですからっ……!」
アナタが動かなくなった瞬間。
私は、最悪の可能性が頭を過ぎっていて。
助けられなかったんじゃないかと、本当に怖くて。
「ふぅぅ……ぅぅうぅ……!」
「カフェ……泣かないで、大丈夫だから……」
無理矢理笑顔を作りながら、トレーナーさんが身を起こしました。
少しは自由が戻ったようですが、未だに僅かに、影がトレーナーさんを取り巻いていて。
「……あ」
すると傍らにいたお友だちが、これまで見たことのないような剣幕で、影たちを吹き飛ばしました。
お友だちは髪の毛が逆立ち、耳は引き絞られ、尻尾はピンと天を衝いています。
そしてそのまま一喝するようにお友だちが叫ぶと。
影たちはそのまま怖気づいたように、壁の向こうへと消えていきました。
「……ありがとう」
お友だちは最後に威嚇するように鼻を鳴らすと。
震えが止まらない私の頭を、優しく撫でてくれました。
「……なんか、どっと疲れちゃったな……」
ごろんと、トレーナーさんが転がります。
その隣で、私も体力が尽きて横になって。
「ごめんな、散々な旅行になっちゃって」
「……いえ、いいこともありましたから」
「いいこと?」
「一緒に温泉に入れましたし……先程の一件も……」
トレーナーさんは改めて、私を信じさせてくれる人だと、分かりましたから。
いつもならそう、サラリと言えるはずなのに、今日はなんだか照れくさくて。
「さっきの一件も……?」
「……なんでもないですよ」
「え、まさかカフェ……実はああいうのが……」
「と、トレーナーさんのばかっ!」
「いだっ!」
思わずまた、頭をはたいてしまいました。
……ただ、トレーナーさんと、という前提なら、確かに、その……。
「アナタも、ありがとね」
お友だちに告げると。
いつになく優しい顔で、お友だちは私たちのことを見つめていました。
「あ……」
ふと手を伸ばしたとき、私の手が、浴衣がはだけたままのトレーナーさんの胸元に触れました。
そして自分を見てみると、自身も浴衣が乱れたままで……。
「……カフェ?」
よじよじと、トレーナーさんの上に登ります。
そして、互いの胸を合わせて……。
「……トレーナーさんの体温を感じるくらい、いいでしょう……?」
「……散々怖い思い、させちゃったからなあ」
そう言って、いつものように私の長い髪を梳くように撫でてくれて。
その撫でられ心地と胸元の暖かな温度に、アルコールの緩みも重なって。
「ふぁ……」
「いいよ、寝ちゃって。たまにはこんなのもいいでしょうよ」
「ええ……この場所、お借り、します、ね……」
愛しい人の腕に抱かれながら。
私は再び、今度は心地良く、静かに意識を落としていきました。
******************
そして、その隣室では。
「どうなった?! 何が起こってるんだタキオン!!」
「カフェとトレーナーくんの圧が……消えた……?」
隣からの突然の騒音に、興味半分恐怖半分の二人の姿があった。
「タキオン、その新発明の『壁の向こうが分かる君』でも分からないのか?」
「これはシャカールくんに無理矢理作らせたものだからなんともねぇ……私の専門は薬だから……」
結局アグネスタキオンは駄々をこね、トレーナーたるモルモットに無理を言って、マンハッタンカフェたちと同じ宿へ旅行に来ていた。
そして偶然にも隣室に宿泊となり、夜の騒動に驚いて様子を窺っていたのだが。
「まさか……あいつらとうとう一線を越えたんじゃ……」
「まっさかぁ! カフェとトレーナーくんに限って……あの薬を乗り越えるほどの猛者だよ……?」
「だよなぁ……じゃ、じゃあまさか、また前に取り憑いてきたやつらみたいな……」
「……やめたまえモルモットくん……私は未だに思い出して眠れないときがあるんだよ……」
「お前、意外と可愛いとこあるのな」
「煩いねぇ!」
その時、壁の中からすり抜けるように、二人の部屋に現れた影が二つ、三つ。
「な、なんか来たぞタキオン……!」
「いつもの彼女……では、ない、よう、だねぇ……?」
たらりと冷や汗を流す二人。
そして影はタキオンに絡みつき……。
「な、なんだいこれは?! も、モルモットくーん!」
「タキオン! お前の犠牲は無駄にはしな……アレッ?! ドアが開かん!!」
なんとか脱出を試みようとするモルモットに迫る影。
何かに取り憑かれたように、タキオンはモルモットをドアから引き剥がすと。
「どべっ?! た、タキオン、あまり暴力的なの、は……?」
転んだモルモットがタキオンを見上げると。
その目は、何かに染まっており――。
「あ、あの、タキオン、さん……?」
「モルモット、くん……」
モルモットの小さな悲鳴が、微かに宿に木霊した。
******************
明け方、目を覚ますと。
私の浴衣は綺麗に整えられ、掛け布団を被って横になっていました。
「トレーナーさん……?」
不安になって周りを見回すと。
広縁の椅子に、トレーナーさんが腰掛けていました。
「あ、起きたかい、カフェ。動けるならこっちに来てごらん」
幸い酔いは覚めたようで、軽い頭痛だけでした。
頭を押さえて、広縁の窓から外を眺めると。
「わ……」
正面の山から綺麗な太陽が昇っていました。
「いい日の出だね」
「ええ……」
日の出自体はたまに見ます。
コーヒーを飲むのに、早起きをすることも多いので。
ですがこの窓からトレーナーさんと眺める朝日は、いつものものとはどこか違っていて。
テーブルを挟んでトレーナーさんの反対の椅子に腰掛けると、缶コーヒーが差し出されました。
「自販機で買ってきたので良ければ……飲むかい?」
「はい……ありがとうございます……」
その缶は、とても暖かくて。プルタブを開けて口に運ぶと、ほうっと落ち着く味がしました。
単純な美味しさで言えば自分で淹れたほうがいいですが、缶コーヒーにも缶コーヒーなりの良さがあります。
旅先で大好きな人と飲むのは、この味ならではの楽しみだと思うんです。
「さて……寝汗もかいてるし、朝風呂でも入ってこようかな」
「私も、そうします……」
「もう家族風呂はなしだからな?」
「……分かりました」
少し、残念ですが。
けれど、穏やかな時間を過ごせたので良しとしましょう。
そう思いながら、二人で湯浴み道具を持って廊下に出ると。
「あ」
「お」
ばったりと、何故かいるタキオンさんとモルモットさんに出会いました。
お二人共とも、なんだか汗ばんでいて……。
「……来てたんですか?」
「い、いやぁ、奇遇だねぇカフェ。ちょっと朝風呂でも行こうかと思ってね」
「はぁ……」
そう告げるタキオンさんは、どこか恥ずかしそうな表情で。
「おいモル公……お前、まさか……」
「……俺は何もしてない……俺は、何も……」
そう呟きながら、そそくさと浴場へ向かう二人を見送って。
「……ちょっと風呂は時間ずらすか」
「……ええ、ちょっと……今入りに行く気は起きないですね……」
代わりに、旅館の外へ風に当たりに出ることにしました。
「まさか……アナタ、変なことしてないよね……?」
そう訊ねるとお友だちは、今回は本当に何も知らないと。慌てて首を振っていました。
尚、後日、トレーナーさんがフクキタルさんのトレーナーさんに今回起きたことを話して抗議したところ。
ゲラゲラと笑われたので一発ぶん殴ってやった、とのことでした。
アグネスタキオンだ!
カフェは浴衣が似合いそうだねぇ、スレンダー美人にはやはり和服だよ。
お友だちガードマンは、我が家にもほしいねぇ……。
しかしトレーナーと担当バの二人で温泉とは不埒な……。
んん? 私のことはいいのだよ!
いやぁ、徹夜でのインディアンポーカーは楽しかったよ!