カフェとトレーナー、時々お友だちと懲りない人々 作:fell@かぶとがに
けれど、それは果たして、初めての出会いだったのでしょうか。
放課後、何やらペラペラと講釈を垂れてくるタキオンさんと歩いていると。
「さぁさぁさぁ、そこの美少女お二方! ちょーっとこっちにいらっしゃいませ!」
テントから八百屋の客引きのような声を上げる、フクキタルさんの姿がありました。
タキオンさん共々、そのまま通り過ぎようとしたところ。
「あぁっ! 待ってくださいッ、カフェさんタキオンさん!!」
どうやら私たちを呼んでいたようでした。
「なにか御用ですか……?」
「なんだいカフェ、私の話よりフクキタルくんに興味があるのかい?」
「呼ばれましたし……確かにアナタのどうでもいい話よりは興味があります……」
「えーっ?!」
「どうぞどうぞこちらへ!」
促されて小さなテントの中でフクキタルさんと向かい合うと。
何やら申し訳無さそうに切り出されました。
「いやぁ、先日はうちの人が色々とご迷惑をおかけしたようで……」
うちの人、って……また随分と距離の近い……。
「お詫びと言っては何ですが、ちょっとした不思議体験をしていただこうと思いまして!」
「不思議体験、ですか……?」
突拍子もない提案ですが……暇を持て余していましたし、全く興味がないわけではありません。
「ほほう、常日頃から口にしている、シラオキ様とやらのご利益かな? いいねぇいいねぇ、そそるねぇ!」
隣のタキオンさんも満更ではなさそうです。
ついでに、何かを思い出したようで。
「……いや、お詫びしてもらう、ようなことはなかったんだがねぇ……」
頬をわずかに染めて俯くタキオンさんは置いておいて。
私は、その不思議体験とやらの内容が気になっていました。
傍らのお友だちも興味ありげに、フンフンと鼻息を荒くしています。
「具体的には、何を……?」
「シラオキ様のお力をお借りして、お二人に懐かしい思い出にでも浸って頂こうかと!」
浸りたい、懐かしい思い出。
思い返してみると色々とありますが……本当にそんなことが、可能ならば。
「……そうですね、トレーナーさんと出会ったときのこと、とか……」
私が今の、幸せな道を歩み出した第一歩。
改めてそのときのことを思い出して、幸せとトレーナーさんへの感謝を噛み締めたくて。
「おぉ! それはそれはハートフルですねぇ!」
フクキタルさんも随分乗り気なようです。
一方、タキオンさんはというと。
「モルモットくんとの出会い……ううん、どんなだったかな……?」
「覚えてないんですか……タキオンさん……」
はて、と頭を捻るタキオンさんの前で。
「なら、早速いっちゃいますか?!」
臨戦態勢のフクキタルさんは、早くも水晶玉に手をかざしています。
「かしこみ〜かしこみ〜……」
「あ……えっとまだ心の準備というか……」
「ふんぎゃろー!」
フクキタルさんが叫ぶと、目の前の水晶玉が虹色に光り出して。
「え、嘘……」
正直、フクキタルさんの言葉に半信半疑だった私は、驚く間もなく虹色の中へと吸い込まれていって。
気付くと、懐かしい、トレセン学園の門の前に立っていました。
******************
自分の姿を見てみると、まだ初々しい新入生時代の格好で。
高等部から入った私は何をしたらいいのかよく分からず、ただ呆然と立ち竦んでいました。
身体は多少は動きますが、殆ど自由はききません。
もしかすると、過去の私の動きを踏襲しているのかもしれません。
「……懐かしい、なぁ……」
どうやら一緒に飛ばされてきたらしい、隣にいるお友だちも同様なようで。
自由に動かない身体に困惑しつつも、どこかソワソワしている様子でした。
「でも私……このとき、確か……」
記憶が正しければ、このときの私は文字通り右も左も分からず。
誰かに、何をすればいいのか聞こうとしていたところでした。
そして、そのとき、後ろから。
「お、新入生かい? どこ行くか分かる?」
「あ……」
最初に声をかけてくれた人こそが……私の最愛のトレーナーさん、その人でした。
トレーナーさんの姿に反射的に抱きつきたい衝動に駆られましたが、自由はきかず。
当時の仏頂面で素っ気ない言葉を、そのまま口にしていました。
「……講堂に集まるように、と言われているのですが……」
「ああ、講堂ならあの右奥の建物。手前に三女神像が建っているのが見えるかい?」
「あそこですか……ありがとうございます」
「どういたしまして。頑張ってね」
そう言い残して、トレーナーさんは小走りに去っていきました。
たしかこの時期は、前の担当の子が卒業して、進路について相談を受けたり調整をしたりしていたタイミング。
忙しい中で見知らぬ私にしてくれた親切が、ぶっきら棒な私の心にしばらく、小さく残っていました。
「……久しぶりに、家族以外と会話した気がする……」
当時の私はお友だちとのやり取りもあり、周囲からは浮き気味で。
地元での中等部時代も、虐められたりすることこそなかれ、周りには誰もいませんでした。
思春期とは本当に単純なもので。
思えばこのときがトレーナーさんを意識した、初めての瞬間だったかもしれません。
「……あ」
すると、ジジジ、と視界が乱れて。
次に現れたのは、入学からしばらくしての模擬レースの直後、足の爪を痛めたときの光景でした。
レースを目指す者同士のシンパシーもあり、中等部時代に比べれば顔見知りもできましたが。
やはり親しく話すほどの相手はなかなかおらず。
一人で痛みや辛さに耐えながら、涙を堪えていたのですが。
「大丈夫? ちょっと足、見せてもらっていいかい?」
そんなときに再び優しく声をかけてくれたのも、トレーナーさんでした。
辛くてあまり深く考えられず、その言葉に私はすぐに頷いて。
……冷静に考えると、ちょっと一考しても良かった気はしますが。
ですが結果的に、その返答は合っていて。
「これまで我流で手入れしてたんだな……ここでは簡単な応急処置しかできないけど」
そう言いながらも、トレーナーさんはてきぱきと私の爪を優しく、適切に労ってくれました。
……これが、私がトレーナーさんから明確に感じた、初めての暖かさ。
初めての確かな思い出でした。
「あまり無理するなよ、マンハッタンカフェ。暫くは今日みたいにみんなの走りを見てるから、また痛むようだったら俺を見つけて声をかけてくれ」
「……私のこと、ご存知なんですか……?」
「ン……まぁ、ね」
少し言いあぐねたトレーナーさんの言葉に引っかかりも覚えましたが、それからはお言葉に甘えて。
しばしば雑談しながら、足の様子を見てもらうことが増えました。
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そんなある日、ふとトレーナーさんに訊ねてみました。
「……トレーナーさん、前の子の担当、終わったんですよね……誰か担当しないんですか……?」
「……んー、あー、それなぁ……」
初めて足のケアをしていただいてからしばらく経って。
談笑を重ねる中で、ふと聞きたくなりました。
このところのトレーナーさんとの会話は、私にとっても久しぶりに心地の良いもので。
この空気を壊すのが怖くて、お友だちのこともまだ話していませんでした。
「まぁ、色々考えてるんだけどね……どう切り出したらいいものか……」
「……トレーナーさんは実績もありますし……契約まで至るかはともかく、嫌な思いをする子は滅多にいないのでは……?」
「あはは、カフェはストレートな物言いをするね」
いつの間にやら、カフェ、と愛称でも呼ばれるようになって。
自分がこの人のお眼鏡に叶うとは思っていませんでしたが。
正直なところ、一緒に走りたい、という想いが日々強まっていました。
ですが、まだお友だちのことも話しておらず。
そのことを話して、またいつものように、呆れられたり怖がられたりしたら……。
そう思うと、何度も話題に出すチャンスはあったのに、あと一歩が踏み出せませんでした。
「……本当に、嫌な思いしないかな……」
「気になる子……いるんですか……?」
「そうだね、いるよ」
胸が僅かに痛みました。
きっとその子は才能に溢れ、輝かしい未来を見つめる眼差しをしていて。
こんな私にも優しくしてくれるトレーナーさんに見初められるなんて、羨ましくて仕方ありませんでした。
「それ、誰なんですか……?」
だからそんな私の口から。
つい、問い詰めてしまうような言葉が出てきてしまったのも、必然だったのかもしれません。
「あー……言ったほうがいい?」
「……いえ、トレーナーさんが言いづらければ、別に……」
言ってから、しまった、と思いました。
だから私はすぐに、自分の気持ちに蓋をして。
「いやまぁ、ここまで話しちゃったし今更か……」
……やめてください……今の私は、その先を聞きたくありません。
そんな言葉が口からついて出そうになったとき……。
「……なぁ、カフェ。俺はきみと走りたいんだ」
一瞬、トレーナーさんの言葉が理解できませんでした。
つい、聞き返してしまうほどに。
「……私と、ですか……?」
「うん、カフェさえよければ、ね」
「どうして私、なんかと……」
「才能もそうだし色々あるけど……無茶をしがちなきみのことが、どうにも放っておけなくてね」
何かを隠すように、ぽりぽりと頬をかくトレーナーさん。
けれどそのときの私は、そんなことよりも動悸と紅潮が収まらなくて……。
「あの、本当に私と……私、トレーナーさんには言ってなかったんですが……あまり、普通ではなくて……」
「それってこの子のことかい?」
すると驚くことに、トレーナーさんはお友だちをの方を見て、小さく笑いました。
「え……お友だちが見えるんですか……?!」
「いや、しっかり見えるわけじゃないんだけど」
と思っていたら、ベシっと音がして。
「……事あるごとにめっちゃド突いてくるからさ、この子……」
「えっ?!」
それまで私は全く知りませんでした。
お友だちは最近、やたらめったらトレーナーさんにちょっかいを出していたみたいで……。
「まぁ、そんなわけだ。それにトレセンにはいろんな子がいるからね、見えないお友だちも慣れちゃえば納得しちゃうもんだよ」
お友だちを見ると、このぉっ、このぉっ、と言わんばかりに、嬉しそうにトレーナーさんを突いています。
思えばお友だちにとっても、肯定的に受け入れてもらうのは滅多にないことでした。
「本当に……」
「ん?」
「……本当に、私なんかで……」
改めて思ったときに。
思わず涙が溢れそうになって。
「あわわ! な、なんで泣いてるんだカフェ?!」
「泣いてなんて……ないですから……」
それがトレーナーさんに見せた、初めての強がり。
私がトレーナーさんに自分の心を本当の意味で開き始めた、最初の瞬間でした。
******************
そんな懐かしい、暖かい思い出に浸りながら。
私はぼうっと、僅かな光が行き交うだけの暗い空間を漂っていました。
いくつもの星が流れ、交錯する中一つ一つに、トレーナーさんとの思い出が詰まっています。
初めて一緒にお出かけをしたとき。
初めて行きつけのお店でコーヒーを紹介したとき。
初めて重賞に勝ったとき。
初めてトレーナーさんの部屋に遊びに行ったとき。
初めて、トレーナーさんと口づけを交わしたとき……。
積み上げられた思い出の一つ一つが心の中に戻ってきて、切ないぬくもりが胸を満たしていきます。
そんな中で、一つだけ。
見覚えのない星屑がありました。
「……これは……?」
そこにかすかに見えたのは、幼い頃の私の姿で。
手をかざすと、その中へとゆっくり、吸い込まれていきました。
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幼少期の私は、他の人には見えない何かに囲まれていて。
それ故、それを主張する私は一人ぼっちでした。
そんな私を明るい世界へ連れ出してくれたのが、お友だちで。
お友だちとの交友は、私にとってかけがえのないものでした。
ですが、だからといって周囲が私を見る目がいきなり変わるわけでもなく。
私はお友だちが一人増えただけで、ウマ娘としてどうなりたい、なんてことは考えてもいませんでした。
そんなある日。
以前に比べれば明るくなった私を見て嬉しかったのか、両親が日帰り旅行に連れて行ってくれました。
一面に鮮やかなネモフィラが咲き誇る花畑。
生まれて初めての壮大な景色に、私は言葉を失っていました。
両親の元から駆け出して、お友だちと全力で走り回って。
このときかもしれません、走るのがこんなに楽しいと知ったのは。
ですが当時から私は身体が弱く。
急な全力疾走で、爪を痛めてしまいました。
「いったぁ……」
両親は離れた私の様子がちゃんと見えていないようで、のんびりと歩いてきます。
痛みに泣きそうな私の隣で、生まれたばかりのお友だちもオロオロとしていて。
そんなとき、声をかけられました。
「大丈夫?」
見上げるとそこにいたのは、年上の男の子。
私が足を押さえてるのを見て、なんとなくの事情は察したようでした。
「絆創膏、いる?」
「……うん」
男の子の好意を素直に受け取り、私は靴下を脱いで、足の爪を見せました。
爪にはぴきりとヒビが入り、子どもが目にするには少し気味が悪く。
私自身も目を背けたくなるほどでした。
ですが男の子は全く動じず、ウマ娘のシルエットが描かれた子ども用の絆創膏を、患部に優しく貼り付けてくれました。
「……爪、気持ち悪くない?」
「おれ、将来トレーナーになりたいから、こんくらいへっちゃらだよ」
そう言う割には少し貼り方は歪んでいましたが、それ以上に労りが込められていて。
幼い私の目には、その男の子はまるでヒーローのように映っていました。
「きみ、名前なんていうの?」
「えっと……マンハッタンカフェ」
「マンハッタンカフェかあ、かっこいいけどなんか優しい、いい名前だね」
そう言って、男の子は頬を赤らめてはにかみました。
「さっき走ってるの見たけど、すごかったよ! トレセン学園目指してみよう?!」
男の子は臆面もなく、キラキラとした目で私に言いました。
「きっとおれもトレセンでトレーナーになって、そしたらマンハッタンカフェのトレーナーになるから! その爪も、しっかり看てあげられるようになるからさ!」
そんな子どもらしい言葉に私は、きっと人生で初めてのときめきを覚えていました。
もしかしたら、それは初恋だったのかもしれません。
手を取ってもらって立ち上がると。
手のひらを伝う私たちの体温は少し熱っぽくて。
男の子が私を見る目も、私の自意識過剰でなければ。
少し夢現のような、幼い憧れに満ちた眼差しをしていました。
けれど、そんな夢のような時間はすぐに過ぎてしまって。
私の怪我に気づいた両親は、男の子にお礼を言うと、帰りましょう、と私を促しました。
絆創膏を貼ってもらったものの、確かに痛みを抱えていた私はそれ以上強くも言えず。
男の子に手を振って別れを告げました。
「マンハッタンカフェならきっとすごい走りができるから! 必ずトレセンに来てよ!」
私と男の子はお互いに、見えなくなるまで必死に、約束を誓うように手を振り続けていました。
今思うと、自分は間違いなくトレセンでトレーナーになれると思っている男の子は、少し自信家すぎる気がしますが。
けれどもきっとその男の子は、自分が勝手にした約束をずっと覚えていて。
その約束を果たすために、沢山の時間を費やして、そのときを待っていてくれて――。
その日からでした。
私が走ることを望み、お友だちや家族の協力の下、トレセン学園を目指そうと思ったのは。
いつしか小さな思い出は消えかけてしまいましたが、きっとまた、あの男の子に会えると。
心のどこかで、私も信じ続けていて……。
******************
ふと我に返ると、私はフクキタルさんのテントの中で涙を流していました。
隣のタキオンさんは、何やらテーブルに突っ伏して動きません。
「あ、あの……カフェさん……大丈夫です……?」
フクキタルさんがおずおずと問いかけてきました。
ですが、我に返った私は、もう居ても立っても居られなくて。
「……ありがとうございます、フクキタルさん」
「ほえっ?! お、お役に立てたなら幸いですが!」
「お礼はまた、後日、ゆっくりと……」
「ぎゃッ?! 私なんかやらかしてお礼参りですか!?」
「いえ……今度、美味しいコーヒーをお出ししますから飲みに来てください……」
私は涙を拭って、テントから駆け出しました。
「ん、マンハッタンカフェか? フクの占いで何か面白……おかしなことでも……ぐほっ?!」
正面にフクキタルさんのトレーナーさんが棒立ちになっていたので。
先日の復讐も兼ねてほどほどに、お友だちとのダブルラリアットをかまします。
しかし思った以上にすっ転んでいて、若干心配して振り向いたのですが……。
「うちの人はちょっと痛い目を見た方がいいので!」
伸びたフクキタルトレーナーさんを膝枕しつつ、ガッツポーズを取るフクキタルさんがいました。
私は安堵のため息をつき、再び前に向き直ると、あの人の元へと一目散に走り出しました。
目指す場所は、トレーナー室。
息を切らして入ると、驚き顔でトレーナーさんがこちらを見ていました。
「ど、どうしたのさ、カフェ……」
トレーナーさんは動揺しつつも立ち上がり、ウォータークーラーから注いだ水を持って近付いてきました。
「とりあえず水飲んで落ち着いて……って、カフェ?!」
ですが、私は耐えきれず。
勢いよくトレーナーさんに抱きつきました。
その衝撃でトレーナーさんはコップを落としてしまい。
溢れた水が、床に広がります。
「か、カフェ、何を急に……」
「……アナタ、だったんですね……」
「え?」
「あの日……ネモフィラ畑で、弱い私の背中を押してくれたのは……」
そう告げて、シャツの背中を強く握りしめると。
ようやくトレーナーさんは、私の気持ちに気付いたようでした。
「……そんな懐かしい話、思い出してくれたのか」
ぽたぽたと、涙が止まりませんでした。
「なんで……なんでずっと黙って……トレセンで会ったときも、何も言ってくれなくて……だから最初から、名前も知ってたんでしょう……?」
「……うん、知ってたよ。ずっと待ってたから」
「ばか……どうして……」
もう溢れてくる涙は、自分の力では止めようがなくて。
「カフェの目が、輝いてたからさ」
トレーナーさんはそんな私を、抱きしめて撫でながら、語りかけてくれました。
「俺のことを覚えてりゃ、そら感動の再会でも、とも思ったけど……走ることにひたむきなカフェを見てたら、邪魔したくなかったんだ」
「邪魔だなんて、そんな……」
「確かになあ……結果的にはこんな間柄になっちゃったからね……」
そう言って、トレーナーさんは私の額にキスをしてくれて。
じんわりと広がる温もりは、あの日の絆創膏と同じ温度で。
トレーナーさんがいつも自分を律して、私を何よりも大切にしてくれていたのも。
たった一度会っただけの私のことを、信じて、想い続けていてくれたからで。
再会したあとも、その想いを心に秘めて尽くしてくれていたのだと思うと、言葉にできない想いがとめどなく湧き上がってきてしまって。
私の感情は行き場をなくして、ただただトレーナーさんにしがみつき、小さな嗚咽を漏らすことしかできませんでした。
「結局俺も、堪え性のない色ボケだったってことだよな」
「……そんなこと言ったら、私も、ですよ……」
ふっと、少し強めの力でトレーナーさんを押して。
トレーナーさんも抵抗することなく、私たち二人の身体はソファーへ倒れ込みました。
「トレーナーさん……」
「なんだい?」
「もう、全部バレちゃったんですから……これからは時々、私のために頑張ってた昔の話とかも聞かせてくださいね……?」
「おや、随分と自信たっぷりなことで」
「ふふ……トレーナーさんが沢山尽くしてくれてること……よく知ってますから……」
お友だちがずっと私たちの仲を推していたのも。
今思うときっと、彼女はそのときのことをずっと覚えていたから。
ちらりと傍らに佇むお友だちに目を向けると。
やれやれ、というような少し疲れた表情で。
まるで母親のような微笑みを浮かべて、私を見ていました。
「トレーナーさん……」
「うん?」
「本当にもう……隠し事はなし、ですからね……?」
そう呟いて、今度は唇と唇を重ねて。
いつもの口づけとはまた違う、あの暗闇での星々の交錯を思わせる懐かしい気持ちに二人で浸りながら。
その胸元に顔を埋めて、抱き締めあって。
最愛の人の優しい鼓動を、トレーナーさんより少し大きな耳で、いつまでも聴いていました。
******************
一方、マチカネフクキタルのテントにて。
「おおい、タキオン……生きてるか……?」
身元不明の行き倒れのように突っ伏して動かないアグネスタキオンを揺り動かす、モルモットの姿があった。
ちょっとやそっと揺すっても、タキオンは起きる気配がない。
「ならば……」
モルモットはタキオンのポケットから栓がされた試験管を取り出すと。
おもむろに開けてタキオンの顔へと近付けた。
「ぐひっ?!」
するとたちまち、やや不憫な叫び声を上げ、全身の毛を逆立てながらタキオンは目を覚ました。
「おぉ、起きたか起きたか。てっきりやべーヤクでもキメて逝っちゃったのかと……」
「モルモットくん……私は法には触れてない自信はあるよ……」
栓を閉め、いそいそと試験管をポケットにしまうタキオン。
モルモットは内心、その試験管は本当に法に触れていないのか、と思わざるを得なかった。
「じゃあなんでぶっ倒れてたんだ」
「いや、フクキタルくんが、きみとの出会いを思い出させてくれると言うものだから……よく思い出せてないがねぇ……」
「お前との出会いって……とりあえず模擬レースの成績が良かったから声掛けたら、いきなり薬飲めって言われて光った記憶しかない」
マンハッタンカフェのような感動的な出会いは思い出せず、二人して悶々としていると。
「しかしアレだね、自分で言うのもなんだが、モルモットくんはよく初見で私の薬を迷わず飲んだねぇ」
「まぁ慣れてたからな……」
「……なんだって?! ちょっと待て、それは初耳だぞ?!」
「あれ、言ってなかったっけ?」
「聞いてない! どこの誰だい私のモルモットくんを薬漬けにした不埒者は!!」
「いやその話で言うなら先に飲ませてきた方が先駆者で後から来たお前が……アレ?」
そこでモルモットは疑問を抱く。
確かに薬を飲み慣れているのだが、一体誰が飲ませていたのか……。
「……タキオンが薬を作り始めたのは、トレセンに来てからだよなぁ」
「そうだぞー! この裏切り者めー!!」
長い袖をクルクルと回し、ぺちぺちとモルモットを叩いて抗議するタキオン。
しかしフクキタルの水晶玉を見ながらふと、古い記憶を思い出す。
「……いや、そう言えば小さい頃、足が弱いと言われて……泥やら木の実やらを捏ねくり回して変なものを作っては、近所の少年に無理やり飲ませてたような……」
「あ? なんだって?」
「いや、なんでもない……うん、なんでもないよ……」
そんな後ろで。
モヤモヤとしながらも、尻尾でモルモットをぺちぺち叩き続けるタキオンを、二人で眺めながら。
「……なぁ、フク」
「はい?」
「私は路上で膝枕より、トレーナー室で尻枕がいいな……」
「チェストォー!」
ドガッ、っとお友だちにも負けない衝撃音が響き。
「いてぇーーっ!?」
「空気が読めない悪い子はしばらくお預けですッ!!」
シラオキ様のお導きに、満足げなフクキタルの笑顔があった。
アグネスタキオンだ!
この二人は本当に……どこまでもイチャイチャしてるねぇ……。
でもその始まりから考えたら、こうなるのも必然なのかい……?
ドラマティックだねぇ……私には縁がないねぇ……。