カフェとトレーナー、時々お友だちと懲りない人々   作:fell@かぶとがに

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どうしても揺れる、乙女心。
それでもアナタと一緒なら私は、きっと未来を描けるから。


優しいアナタの心を、いただきます

「カフェさんっ、今日の夕方頃って時間ある……?」

 

昼休み、カフェテリアでコーヒーを飲んでいると。

ライスさんが大きな耳をぴこぴこさせながら話しかけてきました。

 

「トレーニング後は空いてますけど……何か?」

「実はね、お姉さまが食堂のキッチンを借りてご飯を作ってくれるって! だからその、カフェさんも良かったら一緒にどうかな……って」

「ライストレーナーさんの手作りごはん、ですか……」

 

ライスさんと話しているとき、しばしばライストレーナーさんの料理上手については聞き及んでいました。

そういえば最近、あまり身体にいいものを食べていない気も……。

 

トレーナーさんとは外食がほとんどで、どうしても偏りがちな食生活です。

ライストレーナーさんも名の知れたトレーナー。栄養面でも助けになってくれるかもしれません。

 

「このあと、トレーナーさんに聞いてみますね……大丈夫そうなら、是非ご一緒しても……?」

「うんっ! 楽しみにしてるね!」

 

と、ライスさんが意気揚々と返事をしたとき。

 

「ほほう、ライストレーナーくんの手作り料理か! モルモットくんの弁当ばかりでもアレだし、興味があるねぇ!」

 

いきなり後ろからタキオンさんが生えてきました。

 

「タキオンさんも興味あるの?」

「クックック……食事とは栄養を摂取するのみにあらず! 健康の要だからねぇ」

「モルモットさんにお世話してもらうまでミキサー生活だった人がそれを言いますか……」

 

心なしか、ライスさんの額に冷や汗が滲んでいる気がします。

事が大きくなる前に抑えないと……。

 

「えッ、ライストレーナーさんのご飯ですか!? 美味しいですよねぇ食べたいです!」

 

と思った矢先に、今度はフクキタルさんが突撃してきました。

どうやらフクキタルさんは、以前にもライストレーナーさんのごはんを食べたことがあるようです。

 

「え、えっと……うん、大丈夫、かな……?」

 

完全に目線が泳いでいるライスさん。

私が悪いわけではないのですが……何だか申し訳なくなってきました。

 

「うん……オグリさんもスペシャルウィークさんもいないもんね……大丈夫だよねお姉さま……」

 

祈るように呟くライスさん。

これは私だけでも、御遠慮したほうがいいのでは……。

 

「あ、大丈夫! 大丈夫だよ! いざとなったらライスも頑張るから!」

 

腕をまくり、力コブを作って見せる健気なライスさん。

その横で。

 

「ふぅン、頑張りたまえよ、ライスくん」

「お腹がなりますねぇ!」

 

この人たち、ちょっとはたいてもいいでしょうか。

 

******************

 

「ライストレーナーの手作りごはん? いいんじゃないか、折角だからご相伴に預かっておいで」

 

トレーナー室で許可を求めると。

トレーナーさんはパソコンの画面を眺めながら二つ返事をしました。

 

「アイツの飯、美味いからなあ……」

「……お知り合いなんですか?」

「モル公とフクトレーナーと合わせて、同期みたいなもんだからね。他にも何人か……」

 

ひーふーみー、とトレーナーさんは指を折って数えます。

でもなんてことない表情のトレーナーさんの横で、私は少し悶々としていて……。

 

そう言えばまともな手料理なんて、トレーナーさんに振る舞ったことがありません。

なのにトレーナーさんは、ライストレーナーさんのごはんは食べたことがあって……。

 

「……」

 

べしっ。尻尾でトレーナーさんをはたきます。

 

「いてっ! え、カフェ、何か怒ってる……?」

「……怒ってません」

 

べしっ。べしっ。

そっぽを向きながら尻尾で何度もはたきます。

 

「やっぱり怒ってるじゃないか、カフェ……何かしたならごめ……いたっ?!」

 

べごん、と。反対からお友だちの一撃が入りました。

 

「俺が何をしたんだ……」

 

教えてあげません……モヤモヤしながら今日を過ごしてください。ふん。

 

******************

 

「ウマ娘四人ン?!」

 

ライストレーナーさんのトレーナー室で。

各々のトレーナーから許可を貰った私たちは、ライストレーナーさんにご挨拶をしていました。

 

絶叫するライストレーナーさんと、冷や汗ダラダラのライスさん。

 

「お、お姉さま、ライスも手伝うから……」

「いや……オグリもスペもいないのは僥倖……? ライスちゃんに加えて普通の子三人ならいけるか……?」

 

ビジネススーツに身を包み、スレンダーな足を組みながら、ライストレーナーさんが唸ります。

比較的美人が多いと言われるウマ娘の目から見ても、見目麗しいトレーナーさんで。

 

そして彼女は、覚悟を決めたように。

 

「よしっ! あなたたちの胃袋はあたしが預かった!」

 

膝を叩き、ライストレーナーさんが立ち上がりました。

その目は、炎に燃えています。

 

「ウマのチャレンジャーでもウマ娘チャンピオンでもやってやろうじゃない! しっかり胃袋空けといてね!」

「何だか……すみません……」

「ククク、食事といこうじゃないか!」

「お久しぶりのライストレーナーさんのごはん、楽しみですねぇ!」

 

三者三様の声を上げている中、ライスさんは目を輝かせながら。

 

「お、お姉さま……かっこいい……!」

「ライスちゃん……あなたに恥はかかせないからね」

 

手を取り合い、互いに熱く見つめ合うライスさんたち。

……別に、羨ましくなんてありません。別に私だって、トレーナーさんとは仲良くさせていただいてますから……。

 

「というわけで、あたしは一足先に準備してるから。みんなはしっかりトレーニングしてお腹空かせてきてね。ライスちゃんはごめんだけど自主トレで」

「うんっ!」

 

ライストレーナーさんに撫でられながら、耳を嬉しそうに跳ねさせるライスさん。

……本当に、別に、羨ましくなんてありません。

お昼からトレーナーさんと少しギクシャクしてるなんてこと、ありませんから……。

 

******************

 

そんな挨拶を終えてからのトレーニング。

 

「カフェ、もう一周!」

「…………はい」

 

いつもならもっと、やる気が出るのですが。

今日はなんだか、トレーナーさんに反抗的な気分で。

 

「……なぁカフェ、機嫌直してくれよ……」

「別に、機嫌悪くなんて、ありませんから」

 

それだけ言い残し、再びコースを走り始めます。

走りながら、頭のモヤモヤを吹き飛ばそうとして。

 

『アイツの飯、美味いからなぁ……』

 

それでも、トレーナーさんの言葉が頭に木霊します。

まさか、トレーナーさんの胃袋は既に、あの人に掴まれているんじゃ……。

ライストレーナーさん、ただでさえ美人なのに……。

 

そんなことを考えて、上の空になっていたせいで。

 

「カフェ!」

「えっ……きゃ?!」

 

カーブでよろめき、転んでしまいました。

流し気味に走っていたので、大事はありませんでしたが……。

 

「大丈夫か、カフェ?!」

「ええ、大丈夫、です……」

「本当に……どうしたんだ今日は?」

 

擦りむいてしまった足を、トレーナーさんがすぐにケアしてくれます。

とても暖かくて、嬉しいのですが……。

 

「なんでも、ないです……」

「……本当に?」

「……」

 

黙り込んでしまった私を、トレーナーさんはそれ以上追及しませんでした。

私はこんなにも素っ気なくしてしまっているのに、トレーナーさんは相変わらず私に気を遣ってくれていて。

 

「よし、手当てはオッケー。このあと食事会もあることだし、今日はこれくらいにしておこうか。ちょっと野暮用済ませてくるけど、クールダウンはしっかりな」

「……はい」

 

そう言い置くと、少しこちらの様子を気にしながらも、トレーナーさんは去っていきました。

 

「……私も、もう少し大人にならなきゃ、なのかな……」

 

別に浮気をされたわけでもなく、面と向かって言えるくらいには後ろめたくもない言葉だったのですが。

どうしても、トレーナーさんを独占したい欲求は抑えられなくて。

 

「本当に子どもみたい……私……」

 

手当てしてもらった膝を抱えて丸くなっていると。

隣でお友だちが、小さくため息をついていました。

 

******************

 

「みんな、こっちだよ!」

 

汗を流して一休みしてから食堂に赴くと、笑顔でライスさんが手を振っていました。

私たち三人も、ちょうど食堂の入り口で合流して。

 

「お姉さまのごはん、もうちょっとでできるって」

「いい香りが漂ってくるねぇ……冷えてるお弁当とは大違いだ」

「それは流石にモルモットさんに失礼なのでは……」

「お腹が空きました! カモンカモン!」

 

ウマ娘も四人よればかしましいと言いますが、内二人は特にかしましい感じです。

ですが、確かにキッキンからはいい香りが漂ってきます。

 

いつもの食堂とは少し違う、実家を出てから久しく嗅いでいない、家庭の匂い。

他の三人が雑談に花を咲かせていたので、こっそりとキッチンを覗いてみました。

すると……。

 

「そんでここで隠し味、ってわけよ」

「隠し味はハードル高いな……目分量ばっかりだし……」

 

ライストレーナーさんと何やら話し込む、私のトレーナーさんの姿がありました。

 

「え……?」

 

思わず声が漏れましたが、慌てて口を手で塞いで。

幸い、二人の耳には届いていないようでした。

 

トレーナーさんが、ライストレーナーさんと二人きりでキッチンに……。

先程言っていた野暮用とは、このことだったのでしょうか。

けれど、こんなことだなんて……私、聞いてません……。

 

「トレーナーさん……隠し事はなし、ってこの前言ったのに……」

 

ふつふつと、良くない感情が湧き上がってきます。

そして、キッチンに足を踏み入れようとしてしまった、その瞬間。

 

「出来たァーっ!」

 

ライストレーナーさんが雄叫びを上げ、背後の三人からも歓声が上がりました。

そこで私は我に返り、キッチンの二人に気付かれないようにこっそりと。

三人のところへ戻りました。

 

******************

 

「さぁ食べ盛りども、召し上がれ!」

 

卓上に並べられたのは、和洋中と様々な料理。

普段の食堂の、ウマ娘たちのエネルギー源となりそうな品々に比べると、漂っていた香りの通り、どこか家庭的にも感じます。

 

「チキンのビール煮でしょお、芋煮でしょお、クラゲピータンザーサイの和え物、南蛮漬けにジェノベーゼパスタ、甘めの麻婆茄子にポークソテーとミニ海鮮丼と……」

 

メニュー自体は食堂で見かけるものも多いですが、付け合せの盛り方であったり、使われている調味料の匂いだったり。

幼い頃に実家で少し豪華な夕食を作ってもらった日を思い出しました。

 

「よくこんなに一人で作れますねぇ……」

 

フクキタルさんがちょっとした驚きの声を上げるます。

 

「うち、親が共働きで弟妹も多かったからねえ。コンロの数さえあれば、あとは手数で作れるものばかりよ」

 

そう言いながらライストレーナーさんは、少し油がはねているエプロンを脱いで。

ちょっと離れた席に腰掛けました。

 

「わぁ……! お姉さまのごはん、キラキラしてる……!」

 

ライストレーナーさんは少し疲れた表情で、ワクワクいっぱいのライスさんを嬉しそうに眺めて。

 

「さ、食いしん坊さんたち。お食べなさいな」

 

いただきます、と四人一斉に手を合わせて、食べ始めました。

 

「フクキタルくん、その肉は私のだぞ!」

「タキオンさんだって煮っころがし独り占めしてるじゃないですか! おひたしも食べましょう!」

 

ギャーギャー騒ぎながら慌てるように口へ突っ込んでいく二人を尻目に。

 

「……この中華スープ……魚介出汁が優しい……」

「うん、それお姉さまの十八番なんだよ。ライスが体調悪いときとか、よく作ってくれるの」

 

ライスさんと私は、ゆっくりとライストレーナーさんの料理を味わっていました。

ボリューミーなものからあっさりしたものまで色々ありますが、どれもお腹に染み入る優しい味。

 

ライスさんが得意げに私たちを誘った理由もわかります。確かにこんなごはんを食べたら……トレーナーさんも、美味しいって言いますよね……気に入りますよね……。

 

「……カフェさん、調子悪い?」

「え?」

「なんだかさっきから……少しお顔が暗いから……」

 

ライスさんがおずおずと私の顔を覗き込んできます……本当にダメですね、私は。

心が露骨に表情に出てしまって……。

 

「……そんなことないですよ。ごはんも美味しいですし」

「それならいいんだけど……」

 

美味しい食事。

明るい雰囲気。

みんなで卓を囲むには、これ以上ない状況なのですが。

 

「……私には、ここまでのことは……」

 

トレーナーさんを疑う気持ちはありません。

トレーナーさんを非難する気持ちもありません。

ただ、自分ではトレーナーさんにしてあげられないことがあると思い知ったかのようで、心は晴れず……。

 

あいも変わらず、ライスさんが心配そうにこちらを見ていると。

ふむ、と呟き、立上がったライストレーナーさんが私の横へ歩み寄りました。

 

「カフェちゃん、大丈夫だよ」

「え……?」

 

ライストレーナーさんは私の頭をぽんぽんと撫でると、耳元でこっそり囁きました。

 

「今度の週末、アイツの家に行ってご覧。面白いものが見れるから」

「面白いもの……?」

 

私が問い返すと、ライストレーナーさんは悪戯っぽくクスクスと笑い、それ以上何も言いませんでした。

その表情は、何かを企んでいるときのお友だちとそっくりで。

 

相変わらずギャーギャー騒ぎながら食べるタキオンさんとフクキタルさんを眺めながら、私は再び、スープを口に運びました。

 

「……美味しい」

 

そんな私の言葉を聞いて。

ライスさんとライストレーナーさんは、目を見合わせて笑っていました。

 

******************

 

その週末。

私はライストレーナーさんに言われたとおり、トレーナーさんの部屋へと向かいました。

 

ちなみに今日の訪問については、トレーナーさんには何も言っていません。

ノーアポでの突撃です。

 

「……ここに来るのも、当たり前になっちゃった……」

 

ちょっといつもよりもお化粧やおめかしに気を遣って。

食事の終わりにライストレーナーさんに貰ったアドバイスの通りに持ち物を揃えて。

 

いざ、トレーナーさんの部屋の前に立ち、インターフォンを押そうとした、そのときでした。

 

「ギャー?!」

「トレーナーさん?!」

 

トレーナーさんの絶叫が聞こえて。

そして、換気扇から黒い煙がもくもくと出てくるのが見えました。

 

まさか、火事が何かで、トレーナーさんは動けなくて……!?

 

「トレーナーさん!!」

 

私は無我夢中でドアを開け、靴を脱ぎ捨てると、急いで叫び声がしたキッチンへ向かいました。

 

「大丈夫ですか?!」

「え?! カフェ!?」

 

そこにいたのは……真っ黒になった鍋の前で立ち尽くす、トレーナーさんでした。

 

無地のエプロンを付け、鍋の蓋を片手に、こちらを間の抜けた目で見てくるトレーナーさん。

黒い煙の正体は、焦げた鍋から立ち昇る失敗の残骸でした。

 

「な、なんでカフェが俺の部屋に……」

「あの……ライストレーナーさんから、週末にここに来るように、って……」

「図りやがったなあの女……」

 

トレーナーさんは大きなため息をつき、がっくりと項垂れました。

 

落ち着いて周りを見てみると。

 

雑に切られた皮付きのジャガイモ。

散乱するシチュールーの箱やお肉のトレー。

皮を剥いて半分にしただけの玉ねぎ。

近所のスーパーのビニール袋などなどが、足元やキッチンに散らばっていました。

 

「……何が、あったんですか……?」

「何も、なかったよ……俺は、何も、できなかった……」

 

トレーナーさんは、唇を噛み締めながら。

 

「ただ……ビーフシチューが一人、死んだだけだ……」

「そう、ですか……辛かった、ですね……」

 

******************

 

トレーナーさんに話を聞くと、つまりこういうことでした。

 

「だってさ……カフェがアイツの手料理を美味しい美味しいって食べてるところ想像したら……悔しくて寂しくて……」

「それでビーフシチューを?」

「俺、本当に料理できないのよ……一人暮らしはレトルトインスタントか外食で乗り切ってるから……」

 

確かに言われてみれば、トレーナーさんの部屋には自炊用品が殆どありません。

麺を茹でる鍋と電子レンジ、炊飯器、あとは私の影響で買い揃えたコーヒー用具くらい……包丁の一本もありませんでした。

 

ですが今日は、フライパンやお玉、もちろん包丁も含めて一通り揃っていて……。

一つ一つがやや高級そうに見えるあたり、男性のお買い物感が否めませんが。

 

「だからライストレーナーに聞いたら、シチューなら簡単だから、って言われて、少しコツを聞いて……」

「……ちなみに、レシピは見ました?」

「え? 材料切って鍋に突っ込むだけでしょ?」

「ざっくりはそうですけど……箱の裏に火加減とか水の量とか書いてあるんですよ……」

「あ……本当だ……」

 

案の定、さっさと煮込もうと強火でガンガンやっていたようでした。

トレーナーさんは恥ずかしそうに、頭をかいて。

 

「いやー、料理が下手とか以前の問題だな……まずは火加減だな……」

「強火は基本使いませんから……お肉の表面を焼くときとか、炒飯とかくらいですよ」

 

くすり、と笑みがこぼれました。

いつもはあんなに完璧に見えるトレーナーさんにも、こんな可愛い弱点があったなんて。

 

「あ! 笑ったなカフェ!」

「ふふふっ……でも一人で頑張らなくても、私を誘ってもらえれば……」

 

そう言うと、トレーナーさんは少し拗ねたような表情でそっぽを向きました。

 

「だってね……ちゃんと憧れてもらえるように、イメージを崩さないように、カフェの前では格好良くいたいから。きちんとできるようになってから振る舞ってあげたかったんだよ」

 

本当にもう、この人は。

自分以外に取られたみたいで寂しいとか、私と同じじゃないですか。

見栄っ張りだっていつも、自分のためではなく、私のためで。

 

「いいんですよ、トレーナーさん……」

 

そんな可愛いアナタの頬に、そっとキスをして。

 

「恥ずかしくてもいいんです。弱くてもいいんです。ありのままのアナタを見せてください。私が大好きなのは、等身大のアナタですから」

 

そして少し背伸びをして、頭を撫でてあげて。

 

「そして……お互いに苦手なことは、一緒に努力していきましょう? 私たちの時間は、まだまだずっと、長いんですから……」

「……どっちが大人だか分からないなぁ、これじゃ」

「たまには私にもこういうこと、言わせてください」

 

そう告げて、笑顔を浮かべると。

ようやくトレーナーさんも肩の力が抜けて、リラックスできてきたようでした。

 

「もう一回、作りましょうか。私が教えてあげますから」

 

私は玄関に投げ捨てていた、ビーフシチューの材料たちを拾ってきました。

そして、愛用のエプロンを身に着けて。

 

「あ、黒猫エプロンだ」

 

長い髪をポニーテールに縛るために髪ゴムを咥えながら纏めていると。

トレーナーさんがお腹の黒猫をなぞりました。

 

「く、くすぐったいです……」

「それに、ポニテのカフェか……新鮮で……なんかいいな……」

「……言い方が少しいやらしいですよ、トレーナーさん」

「ご、ごめん……つい……」

 

慌てて私から視線を逸らすトレーナーさん。

クスリと笑って髪を結わえようとすると。

 

「……なんだか……お化粧も上品だし服装も大人びてて……新婚の奥さんみたいで……」

 

ボッと。私の頬が真っ赤になるのが分かりました。

 

言われて、自分たちの姿を見てみると。

確かに言葉のとおりで、私もそれ以上は、もにょもにょと言葉にならない言葉を口にすることしかできませんでした。

 

「そ、それじゃあ切るところからです、トレーナーさん。包丁は猫の手、ですよ」

 

おっかなびっくりで包丁を握るトレーナーさん。

その持ち方があまりにも危なっかしくて……。

 

「ほら、ここ、しっかり握って……」

 

後ろからトレーナーさんを抱きすくめるように手を差し出します。

そしてその手を取って、二人羽織のように切り方を教えて……。

 

「……」

「無言になって……どうしたんですか、トレーナーさん……?」

「いや……なんかやっぱり、いいなぁって……」

「何がですか?」

「……新妻カフェ」

 

ボッと再び、私の顔から火が吹いて。

 

「ッもう! もうっ! 真面目にやってください!」

「ごめんって!」

 

そう言いながらも、私は。

トレーナーさんの言葉の通りの将来を、ふと思い浮かべて。

 

二人で愛し合い、甘く暖かに過ごす日々。

どうしても浮ついてしまう気持ちを抑えきれなくて。

 

「……トレーナーさん、お料理、上手くなってくださいね」

「カフェに美味しいもの食べてもらうためにも頑張るけど……どうしたの改まって?」

「引退して喫茶店を開いたら……私がコーヒーを作る間、美味しい料理を作ってもらわないといけませんから」

 

深く考えずに夢見心地で、そんな幸せな将来を口にすると。

 

「えっ?」

「……え……?」

 

トレーナーさんから漏れたのは、想定外の驚きの声。

てっきり、トレーナーさんも笑って、同じ夢を語ってくれるものとばかり……。

 

そんなトレーナーさんの反応に、私は一瞬、動揺してしまって。

まさか、こんな夢は、私の独りよがりだったんですか……?

 

「……すみません、忘れてください」

 

心の中で少し泣きそうになりながら、慌てて言い繕うと。

 

「いや……忘れられないよ……あのさ、カフェ」

 

そして、こちらを向いたトレーナーさんは、顔を真っ赤にしていて。

 

「それって……少し早いプロポーズ……か……?」

「……あッ!?」

 

その瞬間、私はすべてを理解して。

 

自分が口にした言葉の意味。

トレーナーさんの反応。

そしてその……真っ赤な顔……。

 

私は今日何度目か分からない、赤熱した顔を押さえながら。

 

「なんでも、ありません!」

「いやカフェ、なんでもなくは」

「なんでも! ありません! から!」

 

真っ赤な顔でそう叫ぶと。

ベシっと、お友だちに後頭部をはたかれました。

 

「いたぁっ……」

 

涙目で振り返ると。

お友だちは、今更何を言ってるんだお前は、と言わんばかりの形相で、ジトッとこちらを見ていました。

 

その日食べたビーフシチューは、これまで食べた何よりも美味しくて。

二人で向かい合う食卓は、いつもの甘いひと時とは違う、リアルな夢に溢れていて。

 

いつかこんな日常を送る日々が来ますように、と。

美味しそうに頬張るトレーナーさんを目を細めて眺めながら、ずっと考えていました。

 

「あ、ちなみにカフェ、一つ聞きたいんだけど……」

「なんですか?」

「あの食事会の日……なんでずっと機嫌が悪かったんだ?」

「………………」

 

べしっ。尻尾でトレーナーさんをはたきました。

 

「いたっ……え、まだ怒ってる……?」

「もう知りません」

「えっ?! ご、ごめんカフェ俺またなんかギャッ?!」

 

ドガッと。今度はお友だちからの援護射撃です。

流石のお友だちもこれには仁王像の表情です。

 

「トレーナーさんは火加減の前に……女心というか人の心をもう少し学んでください……」

 

確かにサラッと出た一言でしたし、ヒントが少ないかもしれませんが……。

ちょっと嫉妬深い私とこれからも一緒にいるなら、察せるようになってください。

 

そんなことを思いながら、あたふたしているトレーナーさんを見て。

今日も平和に一日が過ごせることを、感謝していました。

 

******************

 

後日、トレセン学園にて。

 

「モルモットくーん、次の弁当は一日中新鮮で温かで栄養満点な和洋中折衷重にしておくれよー」

「ほっともっとでも買っとけ。あ、明日の弁当は豚肉でいい?」

 

いつものように弁当をねだるアグネスタキオンとモルモット。

 

「ライストレーナーの飯美味いんだよな……フク、私は今夜、満漢全席が食べたくなってきた」

「昨日は私が作ったじゃないですか! 今日はトレーナーさんがフレンチフルコース作ってください!」

 

いつものように食事当番を押し付け合うマチカネフクキタルとフクトレーナー。

それぞれライストレーナーの食事に感化された面々の姿があった。

 

「俺も休みはしばらく、料理の特訓だな」

「私もお手伝いしますね……ふふ、喫茶店のメニューを考えるのもいいかもしれません……どうぞ、今日のお弁当です」

「ありがとう、カフェの手料理を振る舞ってもらえるようになって……本当に幸せだよ」

「……トレーナーさんの大好物、いっぱい入れましたから……時間が合えば、後で一緒に……ふふふふ……」

 

マンハッタンカフェとそのトレーナーは、そんな面々を眺めつつ。

階段の影でこっそりと手を繋いで、緩やかな時間を過ごしていた。

 

そんなところに。

 

「あーっはっはっは! やっぱりあたしの料理は最強ってわけよ!」

「ウマ娘コマンドー外伝すごいよお姉さま!」

 

大好評だった食事会の実績を毎日のようにひけらかすライストレーナーと、それを日々笑顔で様々な言葉で褒め称えながら歩くライスシャワーが現れた。

ライストレーナーは、カフェとトレーナーの存在に気づくと。

 

「ン? きみもあたしのお陰で料理の大切さに気づいたんじゃないのかね?」

「さすがだよ! お姉さまは伊達じゃない!」

「ウス、感謝してます」

 

慌ててカフェの手を放し、敬礼のポーズを取るトレーナー。

隣のカフェは、手のひらから温もりが去ってしまい、不満そうな表情を浮かべている。

 

「よろしいよろしい、また何かあったら先生に聞くように。それじゃあ行くよ、ライスちゃん!」

「はいっ、お兄さ……ぴっ!?」

 

ぺしっ、と。ライストレーナーのチョップがライスの頭に落ちる。

 

「行くよ、ライスちゃん!」

「は、はいっ! お姉さま!」

 

意気揚々と歩くライストレーナーに、頭を押さえながら慌ててついていくライス。

その様子を眺めながら、カフェは。

 

「あ、あの、トレーナーさん……ライスさん今、おに」

「言うな、カフェ」

「えっと……あんなに美人なのに、その……もしかして……」

「……真相は誰も知らないんだ……理事長ですらも……」

 

真実はいつも一つ。

隣で顔面蒼白のお友だちですら分からない。

それは唯一人、ライスシャワーのみが知る。




アグネスタキオンだ!
モルモットくーん!
実はそんなに美味しくなかったかもしれないとか言われている中世宮廷料理が食べてみたいよー!
カフェのお弁当も食べてみたいねぇ……摘み食いしようとしたら、何者かに後頭部を殴られて昏倒したのだが。

ちなみにライストレーナーくんがシャワーやお花摘みに入る瞬間を見た者は、ライスくん以外にいないそうだよ。
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