カフェとトレーナー、時々お友だちと懲りない人々 作:fell@かぶとがに
だから、私は、私たちは。
空き教室でコーヒーを飲んでいたとき。
こそこそと入ってきたトレーナーさんが、周囲をキョロキョロと伺いながら耳打ちしてきました。
「今、お友だちって近くにいる……?」
「えっと……あそこに」
私が指さした先で。
今まさに、クスクス笑うお友だちの手元で、タキオンさんの研究資料が燃やされているところでした。
「……アレ、いいの?」
「いつも何かに燃え移るような危ない燃やし方はしませんし……大丈夫じゃないでしょうか……?」
「いや、資料の方……」
「あの資料、私のコーヒーに勝手に薬入れて実験してたやつです」
「燃やせーッ! 燃やせーッ!!」
興奮しながら叫び声を上げるトレーナーさん。
私のことを思っての言動なので、まぁ、嬉しいんですけど……。
トレーナーさんの声援を背に、お友だちは興が乗ってきたようで。
悪の親玉のような笑い声を上げながら次から次へと資料を燃やしていきます。
その様子を見て納得したらしいトレーナーさんは。
「あのさ、ちょっとメッセージ送っておいたから。お友だちが見てないときに読んでもらえる?」
「え? はぁ、分かりました……」
「頼むよ、お友だちにはくれぐれもバレないように……」
そう言い残すと、私の額に軽く口づけをしてから、再びコソコソと。
トレーナーさんは空き教室を後にしました。
「もう……トレーナーさんは本当にこれが好きなんですから……」
少しぽわぽわしつつ額を押さえながら、私はスマホを手にして。
メッセージを開くと、書かれていたのは……。
「『お友だちにお礼がしたい』……?」
続きをこっそり読んでみると。
悪戯も多いですが、なんだかんだでお友だちにはお世話になっているから、近々そのお礼がしたいとのことでした。
「『カフェと会えたのは、お友だちのお陰でもあるから』、ですか……」
言われてみれば、確かに。
あのときお友だちが私を連れ出してくれて、あの日にネモフィラ畑に行かなければ。
トレセンに入ったあとも、やや強引ではありましたが、お友だちがずっと後押しをしてくれていなければ。
今の私とトレーナーさんは、いなかったかもしれません。
「……そうだね。アナタからも、沢山のものをもらってきたものね……」
トレーナーさんとのこと以外も。
私が走りたいと思えるようになったのだって。
私が今、沢山の友人に囲まれているのだって。
私が一人ぼっちを抜け出して、誰かと一緒にいる心地良さを知れたのだって。
元を辿れば全ては、手を引いてくれたお友だちのお陰でした。
出会ったあの日から、ずっと隣にいてくれて。時に笑わせ、時に尻を叩いて、時に優しく慰めてくれて。
トレーナーさんが大好きだと言ってくれる私の笑顔を教えてくれたのは、お友だちです。
「……それに、もうすぐあの日、なんだね……」
本当に偶然ではありましたが。
タイミングも、まるで三女神様が取り計らってくれたかのようで。
「ちゃんと、アナタにも気持ちを伝えないと、ね」
部屋に入ってくるなり惨状を目にして泣き崩れているタキオンさんを見下して、ゲラゲラ笑うお友だちを見ながら。
「……でも、ちょっとやりすぎじゃない……?」
私はトレーナーさんからのメッセージを、お友だちにバレないようにこっそりと読み進めていました。
******************
メッセージに追加で書かれていたのは、お礼の内容について。
滅多にないことだしどうせなら、関心のある知り合いも巻き込んで、盛大にやってみないか、ということでした。
そこに候補として書かれていたのは、三人のウマ娘とそのトレーナーさんたち。
いずれも、最近特に親しくしている人たちです。
トレーナーさんは生憎仕事が溜まっているようなので、必要なことだけお願いして、口頭での相談は私がすることにしました。
サプライズイベントなので、お友だちが傍にいないと確実に分かる者でないと、交渉を口にできませんし……。
それにトレーナーさんは感謝をしているものの、どんなお礼をしたらお友だちが喜んでくれるかなかなか思いつかない、とのことでした。
なるほど、確かにそうですね……お友だちが喜ぶこと……。
思いつくことは思いつくのですが。
タキオンさんを泣かせていたことからも分かる通り、基本的には悪戯が好きです。
しかし、今回のお礼は、彼女の心にしっかり届くものをあげたい。
それが私の気持ちでした。
「どうしようかな……」
夜寝る前に、自室のベッドで毛布を頭まで被りながら考えていましたが、なかなか思いつきません。
ユキノさんは既に、隣のベッドでスヤスヤと寝息を立てています。
時間も既に丑三つ時近く。
つい考え込みすぎてしまいました。
そんなとき、つんつんと私をつつく感触がして。
毛布から顔を出してそちらを向くと、いつもと違い、どこか不安そうな表情のお友だちがいました。
いつもはどこか他の場所で寝るにしろ、私と一緒にベッドで寝るにしろ、スヤスヤ快眠で元気いっぱいで起きてくるお友だち。
そもそも本当に寝てるのかもよく分かりませんが、そんなお友だちが今夜は、目を擦りながら子どものようにパジャマを引っ張ってきて。
「一緒に寝る……?」
私が毛布をめくると。
お友だちは力なくこくんと頷き、いそいそとベッドに入ってきました。
毛布をかけてあげると、私を抱きしめて胸に顔を埋めて。
何かに怯えるように眠りについたようでした。
「……何か嫌な夢でも見て、目が覚めちゃったのかな……?」
そのときの私は、そこまで深く考えず、軽い気持ちでいて。
お礼を考えるのは明日にしようと思い、そのままお友だちを抱きしめながら、眠りに落ちました。
******************
私は全身傷だらけで、墓地に佇んでいた。
目の前に並ぶのは、いくつもの棺。
その中に眠っているのは、生活を共にしてきた者たちで。
みんなが見るに堪えない姿を隠している中で、私は一人、のうのうと立ち尽くしていた。
『どうしてあの子が』
『どうしてお前だけが残ってるんだ』
『どうしてそんな顔でいられる』
参列した人々が、口々に私へ怒りや悲しみの声を浴びせてくる。
そんなこと言ったって。
私は何も、何もしていないのに。
私は必死に生きて。
辛い病や怪我も乗り越えて。
ここまで無我夢中で走ってきただけなのに。
学校でも母の実家でも、私を見る人々は陰で囁く。
『なんて醜い子』
『才能も何もないくせに』
『目に入るだけで不愉快だ』
『あの黒いヤツはどっかにやってくれ』
『バラのレイはいつか、墓標には飾ってやるさ』
確かに私は、才能を見初められた子たちに比べれば見劣りするかもしれないけど。
でもね。
私だって、頑張ってるんだよ。
私だって、走りたいんだよ。
私だって、夢があるんだよ。
私だって、みんなと手を繋ぎたいんだよ。
なのに、誰も私のことを褒めてはくれなくて。
両親とトレーナーさんだけが、私を一人のウマ娘として見てくれて。
それでも私、頑張ったんだ。
トレーナーさんの厳しい指導に耐えながら、強くなったんだ。
G1取ったよ。
1冠取ったよ。
2冠も取ったよ。
最大の舞台でレコードも叩き出して。
大陸で最高の栄誉にも輝いたよ。
私、やったんだよ。
両親やトレーナーは泣いて喜んでくれたよ。
ファンのみんなも、私のことを応援してくれるようになったよ。
みんな、私、やったんだよ!
……なのに、どうして?
薬なんて使ってないよ。
どうして私に負けたあの子を褒めるの?
私だって、一流の、最強のウマ娘だよ。
なのに……なのに……。
******************
「っハァッ! ……っはぁ、っはぁ……!」
全身に脂汗が滲んでいて。
動悸は激しく、呼吸も荒く。
目からは涙、こみあげる吐き気。
今の私は、酷い、最低の状態でした。
「なに……今の、酷い夢……」
夢の中で泣いていた少女は、私と瓜二つで。
けれども、私ではなく。
その前髪には、白い流星が輝いていて。
その姿、私は一人だけ、覚えがありました。
「……まさか!」
隣にお友だちの寝顔がありません。
慌てて毛布をめくると、私の胸の中で膝を抱いて丸くなって、ガタガタと震えながら。
目を見開いて大粒の涙を溢し続けるお友だちの姿がありました。
「今の夢、アナタの……!」
私は自分のことなど構わず、ユキノさんや隣室にも構わず。
無我夢中でお友だちを抱きしめ、必死に叫びました。
「大丈夫だから! アナタは今ここにいる! 私が隣にいるから! 酷い人は誰もいないから!!」
抱きしめたお友だちの震えはどんどんと大きくなり。
口からも堪えきれない嗚咽が漏れ始めて。
こんなお友だちの姿、一度も見たことがありませんでした。
隣のユキノさんが目を覚ましても、隣室の子たちが何事かと部屋を覗きに来ても。
私は、そんなことには目もくれず、ひたすらにお友だちを護りながら。
「もう、怖くないよ……!」
お友だちは私の襟を掴みながら。
出会ってから初めて。
疲れ果てて寝付くまで、大声を上げて泣き続けていました。
******************
「ちょっと騒ぎになってたらしいけど……そうか、そんなことが……」
「多分……あれはいつかの、あの子のトラウマ、かもしれません……」
翌日。
朝からお友だちは力ない笑顔を浮かべていて。
私とは居づらかったのか、どこかへフラフラと出かけてしまっていて。
私はお昼にトレーナー室を訪れ、事の顛末を話していました。
「カフェは大丈夫か? その、夢のショックもだし、周囲とも……」
「周りには悪い夢にうなされていたと言って謝りました。ご迷惑をおかけしてしまって……」
「仕方ないよ、誰だってそうなるさ。お友だちだって、救われてるはずだよ」
そう言ってトレーナーさんは私の頭を撫でてくれました。
「でも……お友だちがそんな様子だと、なかなかお礼会なんてのもな……」
「……いえ、それについては私、ちょっと考えていることがあるんです」
お友だちを寝かしつけてから、私は眠ることができず。
ですがその間に、考えて考えて、ようやく、彼女にしてあげたいことが見つかりました。
「実は……こういうことを、みんなに協力してもらって……」
トレーナーさんに考えを伝えると。
「なるほど……うん、とってもいいと思う。俺もできる限りのことをやるから、それでいこう」
トレーナーさんは私の肩に手を置き、小さく頷きました。
あとは、それぞれにお願いをするだけ。
私はアポイントのメッセージを入れて。
数日後、各々のトレーナー室へと向かいました。
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というわけで、一組目の候補者です。
「お友だちさんへのお礼ですか?! いいですねぇ、ハートフルですねぇ!」
声をかけるなり目を爛々と輝かせて食いついてきたのは、フクキタルさん。
彼女も人ならざる存在を信じる仲間として、ここしばらく懇意にさせてもらっていました。
「えー……私、あの子苦手なんだよなあ……」
「何かご迷惑をおかけしてましたか……?」
いつもは軽薄なくらい口が軽いフクトレーナーさんが、今日は珍しく口ごもっています。
すると、隣のフクキタルさんが笑いながら。
「お友だちさんはうちの人のライバルなんですよぉ。この人、自分より弱い者には居丈高なのに、互角以上だとすぐ苦手意識持っちゃって」
「ら、ライバルなんてものではなくてだな?!」
「いやぁ、未だに闘いの日々を思い出すだけで胸が熱くなりますよ……先週の『大樹のウロ前の決闘』なんてもう……」
「時々お友だちを見ないと思ってたらそんなことしてたんですか……」
時折フラっといなくなることがあるのですが。
そういうときは大体、帰ってくるとツヤツヤした表情をしているので、そういうことだったのでしょう。
お友だち、バトルマニアだったんですね……。
「だって……気持ち悪いじゃないか……この私が祓えない存在だなんて……」
「でもこの人なんだかんだでノリノリですよ、私がお友だちさんのことちょっとでも侮ると怒りますし」
「黙れ、フク」
「ふんぎ?!」
チョークスリーパーを仕掛けられるフクキタルさん。
この二人はいつ見ても漫才コンビのようです。
「で、私は何をすればいいので?」
「実はこんな事情があって……こういうことを……」
掻い摘んで、フクキタルさんたちに話すと。
フクキタルさんは、涙をこぼして。
「……お友だちさん……そうですか、そんなことが……」
それを聞いたフクトレーナーさんも、神妙な面持ちになります。
「気性難はその反動か……それよりフク、お前大丈夫か?」
「……ええ、大丈夫です。ちょっと、思い出してしまいましたけど……」
涙を拭うフクキタルさん。
そういえば、風の噂で聞いたことがありました。
フクキタルさんは、お姉さんを……。
「……あ、大丈夫ですよカフェさん! 私はちゃんと割り切れてるので!」
フクキタルさんはそう言って、にっこり笑いました。
「お友だちさんが立ち直るためにも、私、全力で行きますから! トレーナーさんも今回はサボっちゃダメですよ!?」
「分かってるよ。私だって大人だ、弁える場くらい理解してる」
それに、張り合いもないしな、と。
ぼそっと呟いたのが、微かに聞こえました。
******************
「へ? ライスたちに協力してほしいの? 勿論なんでも手伝うよ!」
二組目はライスさんとそのトレーナーさん。
「あたしたちにできることならやるけど、随分改まっちゃって、どうしたの?」
ライスさんのトレーナー室で話を切り出すと、ライストレーナーさんは首を傾げました。
相変わらず、驚くほど美人なトレーナーさんです。
眉目秀麗なウマ娘であるライスさんと並んでも遜色ないほどの……数々の疑惑は考えたくありませんが……。
「実はこういうことをお願いしたいのですが……出来そうな方が、ライストレーナーさんたちしか思いつかなくて……」
お友だちのことはあまりご存知でないと思うのですが、他に頼れる方が浮かばず。
お手数をおかけして申し訳ありません……などと、私が一人で考えていると。
「……良かったぁ……」
「そうだね、ライスちゃん。やっとお礼ができるね」
「え……?」
二人の反応に、私は疑問符が浮かんでいました。
確かにライスさんにお友だちのことをちょくちょく話しては、絵本みたい!と喜ばれたりはしていましたが。
直接、ライスさんとお友だちが接していた記憶はなく。
ライストレーナーさんが理解を示すような事情なんて尚更で。
「お友だち……何かしてたんですか……?」
「……まぁ話しちゃってもいいか。今年の宝塚記念、ライスちゃん棄権したじゃない?」
「ええ、確か前日に足の検査で、骨にヒビが見つかったと……」
そのときのことはそこそこ大きなニュースになっていたので覚えています。
一番人気での登録でしたので、世間もざわめいていて……。
「なんで検査したかったいうとね、あの日の朝、いきなりカフェちゃんがトレーナー室に来て、『検査しろ』って言い置いて出てったからなのよ」
「……は?」
勿論ですが、そんな記憶はありません。
それどころかそもそも、この間の食事会がライストレーナーさんとの初対面だったので……。
「私はそんなことは……」
「ええ、分かってる。だってすぐに追いかけて廊下に出てみたら、あなた、消えちゃってたんだもの」
「……あ、それって……」
そこまで聞いて、ようやく分かりました。
「うん、お姉さまに聞いたらね、そのカフェさんの前髪には、白い流星があったんだって」
ふふっ、と、ライスさんが笑いました。
お食事に誘ったりライストレーナーさんが色々アドバイスしたりしたのは、そのときのお礼も兼ねてたんだよ、と。
「……私は何もしてないのに……」
「あなたが繋げてくれた縁のお陰で、ライスちゃんは助かったのよ。あのまま気付かずに走ってたらどうなってたことか……」
ライストレーナーさんは少し怯えた顔をしてぶるぶると震えます。
その横でライスさんが不思議そうに。
「でも……あのときお友だちさんがいなくなる前に聞こえた気がしたっていう、『誰かがいなくなるのはもう沢山』って言うのは……なんだったのかな……?」
「……それは、その……」
一瞬、迷いましたが。
私は昨夜の夢のことを、ライスさんたちにも伝えました。
するとライスさんもフクキタルさんのように、ぽろぽろと涙をこぼして。
「そんな……お友だちさん、可哀想すぎるよ……酷いよ、あんまりだよ……」
その横で、顔を伏せて黙り込むライストレーナーさん。
何事かと思って顔を覗き込もうとすると、叫びながらカッと顔を上げて。
「ああああああガッデム!! なンだその胸くそ悪ィ話は!!」
「ひっ……?!」
「おに……お姉さま! キャラ! キャラ!」
「おっといけない……ごめんねカフェちゃん、驚かせて」
「は、はい……」
心臓が飛び出してお星さまになるかと思いました。
まだバクバク言っている胸を押さえていると、ライスさんもライストレーナーさんも、鼻息荒く。
「ライス、全力でやるよ! なんでも作っちゃうよ!」
「任せなカフェちゃん! 盛大にやってやるから!」
「お姉さまかっこいい! イケメン! 趙雲みたい!!」
「あーっはっはっは! ライスちゃん、どうせなら貂蝉とお呼び!」
いつものように褒め殺し漫才を続ける二人でしたが。
その目には僅かに、涙が滲んでいました。
******************
最後の一組ですが、それは勿論……。
「おやあカフェ、遅かったねぇ。もっと早く私に頼みに来ると思っていたが……」
トレーナー室ではなくいつもの空き教室に入ると。
謎の照明に自分を照らさせ、ソファで足を組んで偉そうに座っているタキオンさんがいました。
いつからやってたんでしょうか……。
モルモットさんはというと、緑色に発光しながら隣に座っています。
「あの、その……タキオンさんにお願いがあって……」
「分かっているよ。先日、既にきみのトレーナーくんから聞いている」
ふふん、と自慢げなタキオンさん。
その表情に、嫌な予感が過ります。
タキオンさんは仰々しく両手を広げ。
「喜びたまえ! きみの望みは叶えられる! 一ヶ月間大人しくモルモットになる契約と引き換えにねぇ!!」
案の定でした。
一応想定はしていましたが……やはり何かしら、条件を出してきますよね……。
ですが、背に腹は代えられず。
「……分かりました。何でもやりますから。その代わり……絶対に、お願いします」
「……ほほう」
その返答を聞き、タキオンさんが興味深そうにこちらをしげしげと覗き込んできます。
そして数秒置いてから、腹を抱えて笑い出しました。
「あはははは! 安心したまえ、冗談だよカフェ。きみの覚悟と、願いの強さを確かめただけさ」
「……え?」
私が目をパチクリさせていると。
モルモットさんが珍しく、真面目な表情で咎めました。
「あんまり意地悪なことするなよ、タキオン」
「悪い悪い。まぁ、なんだ。お友だちにはよく迷惑をかけられているが、幾度も手助けしてもらったのも事実だ」
あの日は楽しかったな……と呟くタキオンさん。
何のことでしょうか。
隣のモルモットさんは頬を赤らめて俯いています。
逆じゃないですかその態度。
「その上あんな話を聞いたら、個人的にも何かしてやりたいしな。俺を散々実験台にして、これまで集めたカフェやお友だちのデータも徹夜で徹底研究して、ご所望のものはほぼ完成済みだ」
「……それじゃあ……!」
「ククク……そうとも、可能性の先へのピースは全て揃っている! あとはきみが号令をかけるだけなのだよ、カフェ!」
そう叫んだタキオンさんが指さした方向を見やると。
空き教室の入り口に、フクキタルさんたちとライスさんたち。
それに、大好きな私のトレーナーさんが、みんな揃っていました。
「カフェ、理事長からも休日の学園施設使用許可を取り付けた。いつでもできるぞ」
トレーナーさんが不敵な笑みを浮かべます。
他のみんなも、各々気合いを入れていて。
私はこみ上げてくる感謝が目から溢れないようにするのに、必死でした。
「……みなさん、今度の土曜日に準備、決行は日曜日です。いいですか……?」
私がそう告げると、応!と。
暖かくも威勢の良い返事が、沢山帰ってきました。
******************
そして迎えた日曜日当日。
このところずっと不調気味で辛そうにしているお友だちを、やや無理矢理トレセン学園へと連れ出しました。
自室で大人しくしていたそうにしていたのですが……。
私がどうしても一緒に来てほしいと言うと、渋々ついてきてくれました。
本当に、いつも私には甘いお友だちです。
そんなアナタに、私がどれだけ救われたか。
だから、今度は私の番です。
「こっちだよ……」
お友だちの手を引き、学園のレセプションルームへと誘います。
過去にないくらい、最近弱々しくなってしまったお友だちは、少し不安げな表情をしていますが。
私がレセプションルームのドアを開けた瞬間。
『おめでとう!』
部屋で待ち構えていた、私以外のメンバーが、一斉にパーティ用のバズーカクラッカーを打ち鳴らすと。
お友だちは、全身に歓声と過剰な紙吹雪を浴びて、目を白黒させていました。
「と言っても、私たちにはまだ見えてないんですけどねえ」
「フクキタルくん、そのための私の薬だよ」
タキオンさんが目で合図を送ってきたので。
私は事前に受け取っていたシロップ剤をポケットから取り出します。
「……やっぱり、ちょっと怖いです」
「今更言い出しっぺがそれを言うかい!?」
タキオンさんの言葉も最もです。
私はオロオロと心配顔のお友だちの前で、シロップ剤を一気に飲み干しました。
「…………甘……!?」
「砂糖に紅茶を入れたときの味を再現してみたよ」
「何か表現がおかしいです……というか甘不味……ぅ……!?」
どくん、と。
心臓に負荷がかかります。
その負荷は首を伝って頭へ移り、ギンッと一瞬、割れるような痛みを伴って。
思わず耐えきれなくて崩れ落ちそうになったとき、血相を変えたお友だちが抱きとめてくれました。
そして、お友だちはそのとき、自身の異変にも気付いたようです。
「どう、ですか……? 久しぶりの、生身の身体は……」
「ククク……あははははは!! 成功だ! 発明は完全に成功だよ!!!」
驚愕の表情を浮かべ、自分の手や顔をペタペタと何度も触るお友だち。
タキオンさんが作ったのは。
お友だちと深くリンクする私に作用し、現世で不安定なお友だちの存在を一時的に強力に固定する、秘薬でした。
改めて私たちの目の前に現れたお友だちの姿は、耳の先からつま先まで。
本当にドッペルゲンガーのように私とそっくりで。
一卵性の双子どころではありません。
唯一違うのは、前髪に輝く、白い流星だけでした。
「タキオンもたまには本当に凄い発明をするもんだな……」
「もっと誉めたまえモルモットくん!!!」
頭をポンポンと撫でられ、幸せそうにふにゃっとするタキオンさん。
安い褒美ですが……今のお気持ちは非常によく分かりますよ。
お友だちは尚も、信じられない、といった表情で何度もタキオンさんと私を見比べています。
次にお友だちに声をかけたのは、気付かないうちに壁沿いに移動してニヤニヤとこちらを眺めていた、ライスさんとライストレーナーさんです。
「さぁ、これを見さらせお友だちちゃん!」
ライストレーナーさんがパチンと指を鳴らすと。
開けられていたそばの扉から、ライスさんが巨大なケーキを台車に載せて現れました。
「流石お姉さま! 末は博士かヴィクトリア女王だよ!」
「あーっはっはっは! でもライスちゃん! 流石のあたしもウマ娘とマイルは走れないわ!」
「すごいよお姉さま! ヴィクトリアはヴィクトリアでも女王どころか女神だなんて!!」
呆気にとられて微動だにできないお友だちの前に。
ウェディングケーキもかくやというサイズの、盛大な五段ケーキが運ばれてきました。
素体はシンプルなスポンジで、生クリームと様々なフルーツで彩られている点は、大きさを除けば珍しくはありません。
ですが特筆すべきは、各段にチョコクリームやマジパンで描かれた、みんなの似顔絵。
下の段から一段ずつ、ライスさんとライストレーナーさん、フクキタルさんとフクトレーナーさん、タキオンさんとモルモットさん。
そして描かれてる中で一番上の段には、私とトレーナーさんに挟まれ、ひまわりのように笑うお友だちの顔が造られていました。
なお似顔絵は、ライスさんが一晩でやってくれました。
もう次から次へと、何でこんなことになっているのか全く理解できていないお友だち。
色々な困惑をゴチャ混ぜにした表情で、私に説明を求めてきます。
「ねぇ……覚えてる……?」
だから私は、そんなお友だちの手を取って。
お友だちの旅路と、私の半生を思い返しながら。
「今日はね……あの日、アナタが私の前に現れて……暗闇から連れ出してくれた日なんだよ」
そう告げると、お友だちはあの日を思い出して、瞳が揺れて。
口を閉じることも忘れて。
握った互いの手が、微かに震えて。
「今日はこの世界での、アナタのお誕生日……」
そう言って、お友だちを抱きしめて。
私も、口が震えるのを完全には我慢しきれなくて。
「生まれてきてくれて、ありがとう、■■■■……おめ、で……とう……」
夢で聞いたお友だちの名前を、泣くのを必死にこらえながら口にすると。
私が抱きしめているウマ娘の少女も、顔を隠しながら私を抱きしめ返してきました。
今、彼女は何を思っているでしょうか。
夢で見た、辛い半生か。
それとも、私の隣での悪戯の日々か。
恐らくどちらも、彼女にとっては忘れられない自らの生き様で。
けれどそれを肯定してもらえたことは、これまでほとんどなくて。
それでも彼女は、私の周りの人たちを、ちょっかいを出しながらも守り続けてくれました。
きっと、二度と自分のような者を出すまいと、決意して。
そんなウマ娘の少女が私は、愛おしくて愛おしくて仕方なくて。
本当の意味でお友だちのことを知って、私は感謝に堪えなくて。
震えながら、二人で嗚咽を漏らしました。
そのまま暫く、無言で二人で抱き合っていると。
これまで黙っていたトレーナーさんが、私たちの頭を優しく撫でてくれました。
私が手を放すと、お友だちはちょっと名残惜しそうな表情で涙を拭って。
「ごめんな、邪魔して。ええと、こうして生身で面と向かって話すのは、初めてだね」
トレーナーさんがお友だちに、少しギクシャクしながら話しかけます。
そのロボットじみた態度に、お友だちからもクスリと笑いが漏れて。
「俺からも、ありがとう。ずっとずっとカフェを見守って、支え続けてくれて」
お友だちは笑顔で、後ろ手を組みながらトレーナーさんの話に耳を傾けています。
「それに、もう一つありがとう。俺とカフェを出会わせてくれて。そして、もう一度引き合わせてくれて」
トレーナーさんは私の方をちらりと見て。
私も、笑顔で頷きます。
「約束する。これからもずっと、カフェを誰よりも大切にする。悲しませない。辛い思いをさせない。幸せにしてみせる。トレーナーとしても、一人の個人としても」
ボンッと、私の顔が真っ赤になりました。
ちょっと待って下さいトレーナーさんそこまで言うなんて聞いてませんなんかお友だちに決意表明するとしか言わなかったじゃないですかトレーナーとしてはまだしも個人としてもってもう実質公開プロポ待ってフクキタルさんが滅茶苦茶ニヤニヤしてるライスさん口押さえて顔真っ赤タキオンさん羨ましそうにしないでみんななんでそんな微笑ましそうな顔で私たちを見て
「だから、さ、これからも、ずっと。きみも一緒に、隣で歩んでほしいんだ」
言いながら、トレーナーさんが右手を差し出すと。
お友だちは少し照れながらも、嬉しそうに両手でその右手を握りました。
アグネスタキオンだ!
滅茶苦茶長くなったから初めての前後編だねぇ!
今回の主役は、まさかまさかのお友だちさ!
お友だちはどんな過去を持ち、カフェの前に現れたのか……。
彼女についてはどうしても、史実に触れざるを得なくてねぇ……。
いつもと少し毛色が違う部分は許してくれたまえ。