カフェとトレーナー、時々お友だちと懲りない人々   作:fell@かぶとがに

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彼女に、もう一つの贈り物を。
それはきっと、一人の少女が、ずっと望んでいたもので。


一緒にいてくれたお友だちに、心からの贈り物を 後編

「ほらほら、涙も収まったところでご馳走食べな! あなたたち朝から何も食べてないでしょ!」

 

ライストレーナーさんがパンパンと手を叩くと。

ライスさんが配膳台に載った前菜たちを運んできてくれました。

 

シュリンプカクテル、タペナードとクラッカー、フライドポテトに小さなピザ、チーズの盛り合わせにミートパイなど。

どれもお友だちの故郷であるらしい、大陸の人気料理たちです。

 

「今日はライスもお手伝いしたんだよ……! さぁみんな、食べて食べて!」

 

ライスさんは声をかけてすぐ、顔が青ざめて。

視線の先を見ると、狂気の瞳で前菜たちに迫る、タキオンさんとフクキタルさんの姿がありました。

 

「どきたまえ私はお腹が空いたんだ!!」

「譲れないですねぇ最初にパイを食べるのは私ですッ!」

「ひぃぃぃい!?」

 

迫る狂人、怯えるライスさん。

しかし次の瞬間、駆け寄った二人の身体は。

ドンッ!という大きな衝撃音と共に吹き飛ばされました。

 

「ぐえーっ!?」

「ぎゃほー!?」

 

見てみると。NFLもかくやというパワーで二人を弾き飛ばしたお友だちがいました。

いつもの不思議パワーではなく、圧倒的、圧倒的フィジカル。

見た目はそっくりですが、私とは大違いです。

 

周囲をふっ飛ばしながら一冠を奪い取ったときのように、その目は獣の眼差しをしており。

フシュウゥゥゥ、と荒い呼吸で前菜を標的にしていました。

 

「物を食べるなんて、長らくなかっただろう? いっぱいお食べ」

 

私が美味しそうに食べているといつも、隣で羨ましそうにしていたのは知っていました。

トレーナーさんが声をかけると。

お友だちはパァッと満面の笑みを浮かべ、前菜たちにかぶりつきました。

 

「おっ、私も食べようかな。体力付けないとな」

「朝ギリギリまで実験台にされて腹減ったんだよ……食わせてくれ……」

 

ルンルン気分のフクトレーナーさんと、半分死にそうな顔のモルモットさん。

ガツガツと少年漫画の如く食べ進めるお友だちを邪魔しないように、こっそりと前菜を食べ始めました。

 

ヨロヨロと起き上がったタキオンさんとフクキタルさんも。

 

「生身のパワーでこれかい……流石は大陸の覇者といったところか……」

「パイ……パイを……それを食べれば今日は大吉なんです……」

 

最初はもしゃりもしゃりと弱々しく食べていましたが。

次第に加速し、終いには二人のトレーナーさんを弾き飛ばして、お友だちもかくやという勢いで貪り始めました。

 

「さて、ケーキも切り分けておきますか」

「ライスも手伝うよ、お姉さま」

「ライスちゃんも徹夜で手伝ってくれてお腹空いたでしょ? 食べておいで」

 

すると、ライスさんのお腹が、くぅ、と鳴って。

笑うライストレーナーさんの前で恥ずかしそうにしてから、ライスさんもいそいそと前菜を食べに行きました。

 

「なら俺が手伝うよ」

「あんたはこのあと大変でしょうが。しっかり体力温存しときなさいな。カフェちゃん、ちょっと手伝ってもらえる?」

「ええ……勿論です」

 

すれ違いざま、トレーナーさんは申し訳なさそうに軽くハグをしてきました。

 

「すまん、なら頼むな、カフェ」

「ふふっ……ええ、トレーナーさんは休んでいてください」

 

トレーナーさんが前菜コーナーに向かってから。

私はライストレーナーさんと協力して、大きなケーキを切り分けました。

 

並んで描かれたそれぞれの似顔絵が、決して離れ離れにならないように。

 

そんな願いを込めながら、どこから用意したのか分からない、ノコギリのようなサイズのケーキナイフでカットしていきました。

 

******************

 

あっという間に前菜がなくなって。

ケーキもウマ娘五人を中心にあらかた食べ終えて。

お友だちは満足そうな顔で深いため息をつくと、床に大の字に寝転びながらお腹をさすっていました。

 

「す、すごい量食べたねぇ、彼女……」

「うん、お友だちさん、スペシャルウィークさんみたいな食欲だったね」

「……ライスさんも十分、凄まじい食べっぷりでしたが……」

「いやー! やっぱり何度食べてもライスさんのところのご飯は美味しいですねえ!」

 

キャッキャワイワイとはしゃぐウマ娘衆。

お友だちも大の字になりながら、幸せそうにこちらを見ていました。

 

「さて、と……あとは頑張るのはお前らだぞ……」

 

息絶え絶えなモルモットさんが、私のトレーナーさんとフクトレーナーさんの肩を叩きます。

 

「貴様、今日何もしてなかっただろう。気安く私の肩に触らないでくれ」

「多分俺が一番身体張ってるよぉ……何日不眠不休だと思ってるんだよぉ……労ってくれよぉ……」

「バカやめろ! 気色悪いから抱きつくな! そこはフクの特等席だ!!」

 

なんだかモルモットさんとフクトレーナーさんがイチャイチャしていますが。

それを見ながら、トレーナーさんはケラケラと笑っていました。

 

「体調はいかがですか……?」

「ああ、カフェが休ませてくれたお陰でバッチリだよ。最後の大役も無事務められそうだ」

 

それを聞いて安心しました。

そんな会話が聞こえたのか、起き上がったお友だちが、不思議そうに私とトレーナーさんを見ています。

 

「最後にね……もう一つ、アナタに贈りたいモノがあるの」

 

すっかり元気になったお友だちは、クエスチョンマークを浮かべながら。

もうお腹いっぱいなんだけど……といった表情で眉間にシワを寄せながら、お腹を再びさすりました。

 

「ふふ、食べ物じゃないよ……それじゃあ、お願いします……」

 

私が声をかけると。

 

「ハイッ! 我々にお任せを!」

「準備結構大変だったんだから、トチるなよ、フク」

「合点承知の助! 今日は私、実家の名代として本気でやりますよ!」

 

私たちがあれこれ話している隙に。

二人は、神職の衣に身を包んでいました。

 

フクキタルさんも巫女服などではなく、白地の狩衣です。

ご実家で神事の際に使われている衣を、わざわざ持ってきて頂いたとのことです。

 

「フクキタルさんはともかく……フクトレーナーさんも着慣れてるんですか……?」

「そりゃあ、私はフクの神社の跡取りだからね。神事もちょくちょくやってるし」

「えっ……フクトレーナーさんって、実のお兄さんだったんですか……?」

 

まったく知りませんでした。

それであんなに仲がいいんですね……と、思っていたら。

 

「いえ、許嫁ですよ?」

「…………は?」

「この人はうちの実家とご縁のあるお家柄でして。物心ついた頃から一緒なんです。そういう意味では……カフェさんとお友だちさんみたいなものかもしれません」

 

なんの恥じらいもなく、ニコニコと口にするフクキタルさん。

 

一斉に視線を向け、顎が外れそうな勢いのウマ娘勢。

そして、それぞれの担当バから説明を求める視線を向けられ、気まずそうに視線を逸らすトレーナー勢。

 

「トレーナーさんも……知ってたんですか……?!」

「まぁ……ご実家の用事で調整することも多いし、学園内の資料とか目にしてれば、ねぇ……」

「お姉さま! ライス聞いてないよ!? 前に学園の真実は全て教えてくれるって言ってたのに!」

「その、学生にわざわざ言うようなことでもないし……」

「モルモットくん、それがアリなら私は……」

「やめろタキオン、その先はじっくり考えよう。これ以上この場を混乱させるな」

 

一方お友だちは特に気にした様子もなく。

フクトレーナーさんの烏帽子を奪って遊んでいました。

その一角だけ一時的に、陰陽師の映像作品のような過激バトルが展開されています。

 

「ねぇ、知ってたの……?」

 

お友だちに訊ねると、烏帽子をフクトレーナーさんに返しながら。

何を今更、といった顔で首を傾げました。

 

「ソイツ、定期的にうちの神社に奇襲をかけに来るからな……」

「いやぁ熱かったですねぇ! 先月の『神前刹那の見切り三本勝負』は!」

 

呟きながら二人はケーキの台車や前菜の配膳台を動かし。

敷かれていたカーペットを退かしました。

 

するとその下には、薄いシートが敷かれていました。

シートの表面には、何やら読めない紋様で陣のようなものが描かれています。

 

「トレーナーさん……お気をつけて……」

「大丈夫だよ、カフェ」

 

少し心配そうな表情をしてしまっていたでしょうか。

安心させるように頬をさすってくれて。

フクキタルさんたちの方へ歩いていきました。

 

「……そうだ、最後の準備をしている間に、これを」

 

そばに置いていた手提げ袋から一枚の色紙を取り出し、お友だちに渡します。

それは、私たち八人からの寄せ書き、ではなく。

書いたメンバーを見て、お友だちは驚きの表情を浮かべました。

 

ごはんをこっそり隠されているスペシャルウィークさん。

 

勝手に謎の組織の名簿に書き加えられ嘘でしょと嘆くスズカさん。

 

寮の備品を壊されて胃がキリキリしているフジさん。

 

マーベラス空間を時々邪魔されて頬を膨らませているマーベラスさん。

 

整頓した図書室の本をランダムに並び替えられて涙目になるロブロイさん。

 

集めたデータの入ったサーバーを壊されて怒り心頭のシャカールさん。

 

一人の時間を過ごしているといつもオペラオーさんを誘導されて滅茶苦茶にされるアヤベさん。

 

甘味の隠れ食いを密告されてやる気が下がるマックイーンさん……それに、私とタキオンさんです。

 

どの方もまずはお友だちへの苦情を書き並べていますが、みんな、最後に一言、『おめでとう』、と。

心の籠もった字で、書かれていました。

 

「……元々は私たち八人で書こうと思ってたの。でも、カフェテリアでタキオンさんと書いてたら、次から次へと集まってきて……」

 

集まってくれた皆さんは、口を揃えて言っていました。

『正直、悪戯はとっ捕まえてトレセン地下送りにしたい。……でも、悪戯を相手にして一段落したとき。いつも何故か、心が少し、楽しいような懐かしいような気持ちになってしまっている』、と。

 

私がそんな話を告げると。

お友だちは寄せ書きの一人ひとりの名前を指でなぞり。

いつか私に向けてくれた、母親のような優しい目で、ゆっくりと読み耽っていました。

 

「アナタの日曜日は、もう静かでも孤独でもない……みんなに囲まれて、愛されてるんだよ」

 

それを聞いたお友だちは、照れ笑いを浮かべながら、小さな涙を拭いました。

 

「さて、こっちも準備できたぞ」

 

フクトレーナーさんの声に、みんなが一斉にそちらを見ます。

陣の左右にはフクキタルさんとフクトレーナーさん。

そして人の中央に、私のトレーナーさんが緊張した面持ちで立っていました。

 

「それじゃあ始めるぞ、いいか? しっかり贄の仕事を果たせよ」

 

フクトレーナーさんがトレーナーさんに問いかけます。

トレーナーさんは決意した表情で頷いて。

ただ一人だけ、これから何が起こるか分かっていないお友だちは、眉間にシワを寄せながら見守っています。

 

「――――――」

「――――――」

 

フクキタルさんとフクトレーナーさんが、私たちには理解のできない、不思議な言葉を唱え始めます。

 

フクキタルさんもいつもの珍妙なシラオキ呪文ではなく。

真剣な眼差しでトレーナーさんを見据え、口を動かしていて。

その額には既に、汗が滲んでいます。

 

すると陣の中から、砂のような粒子が少しずつ立ち昇り始めました。

それらは中央のトレーナーさんに纏わりつき、その身体を覆っていきます。

 

やがて全身が粒子に包まれ、トレーナーさんの姿が全く見えなくなると。

一瞬の間を置いてその粒子たちは、何者かの姿を形どり始めました。

 

その何者かの姿が、徐々に鮮明になるにつれて。少しずつお友だちの目が見開かれ、言葉にならない声を発するように口が開いていきます。

 

 

そして、その姿が完成すると。

トレーナーさんがいたところに佇んでいたのは。

 

コートを着込み、顔にシワをたたえて。

お友だちを見つめて微笑む老紳士でした。

 

 

お友だちの目から、涙が溢れて。

目の前の出来事が信じられないのか、歩けず立ち尽くすお友だちの背中を、軽く押しました。

 

「行っておいで……」

 

私の言葉を背に。

弾かれたように、お友だちは老紳士に駆け寄りました。

 

 

その老紳士は、初めて彼女の才能を見出した人で。

 

誰も見向きもしなかった彼女の可能性を、どこまでも信じ、支えた人で。

 

学校でただ一人、どんなときでも彼女を味方し、時に傷つきながらも守ってくれた人で。

 

世間やメディアがなんと言おうと、最後まで彼女の尊厳と名誉を叫び続けた人で。

 

彼女が唯一、両親以外で心を許し、開いた人で。

 

荒れ果てた彼女の心を癒やし、彼女が私たちを守ろうとするまでに強い心を持てた、最大の理由となった人で。

 

 

夢の中で見た、お友だちのトレーナーさん、その人でした。

 

 

駆け寄ったものの、お友だちは老紳士の手前で立ち止まり。

どうしたらいいものかと考えあぐねています。

 

すると老紳士は、お友だちを見つめて、目を細めて。

彼女が嬉しいとき。

泣きそうなとき。

いつもそうしてきたように、両手を広げました。

 

それを見た、お友だちは。

きっと、在りし日の彼女に戻って。

 

顔を涙でびしょびしょに濡らして、くしゃくしゃな泣き顔を浮かべながら。

その胸の中に飛び込みました。

 

「――!」

 

声にならない叫びを上げて。

お友だちは何度も何度も老紳士の胸に頭を擦りつけて。

ぼろぼろと大粒の涙を溢しながら。

 

大切な人との再会を噛み締めて。

あの辛い夜とは全く違う音色で、部屋に響く大声で泣いていました。

 

そこにいたのはいつもの、ゲラゲラ笑う、悪戯好きで時々凶悪で、バトルマニアで超常的なお友だちなどではなく。

 

永い別離を経て、大好きな人に泣きつく。

私たちと同じ、等身大のウマ娘の少女でした。

 

そんな彼女の頭を、老紳士は愛おしげに優しく撫でて。

その姿はまるで、私とトレーナーさんのようでした。

 

「あ……」

 

その光景を見て涙を流しながら、私はようやく気付きました。

 

どうして、お友だちがあんなに長い間、私とトレーナーさんの仲を取り持とうとしていたのか。

どうして、あんなにトレーナーさんを気に入り、嬉しそうにちょっかいを出し続けていたのか。

 

「そう……トレーナーさんが、その人によく似ていたから、なんだね……」

 

泣き続けるお友だちをあやす仕草も。

彼女を見つめる微笑みも。

夢で見た、彼女の隣に立ち続けた姿も。

トレーナーさんのそれと、よく似ていました。

 

そんな、大切な人との再会を噛み締める二人を、私たちは見つめながら。

私の後ろで、ぼそぼそと話す二人。

 

「アイツが依り代やらなくても、モル公がやればよかったんじゃないの? 慣れてるでしょ?」

「俺を過労死させる気か!! ……それにああいう依り代はタキオンの薬と同じでね、呼び出すモノに極限まで近いような存在でないと、うまくいかないもんらしいからな。アイツの霊媒体質もあるし」

 

ライストレーナーさんの呟きに、モルモットさんが疲れ笑いを浮かべながら答えました。

 

泣き腫らし、童話のような景色を間近で、夢見る目で眺めるライスさん。

興味深いねぇと呟きながらデータを取るフリをしているけれど、ペンが逆さまなタキオンさん。

 

かくいう私も、まるで絵画のような美しい二人の姿に。

初めて全力で走ったときのような感動を覚えていました。

 

少し落ち着いたお友だちは、何やら老紳士と話し込んでいるように見えます。

声は全く聞こえませんが。

 

その表情はまるで、子どもが大好きな先生に、今日あった出来事を楽しそうに報告しているようで。

老紳士も嬉しそうに話を聞きながら、何度も何度も頷いていました。

 

ですが、こんな暖かい時間も、いつまでも続くことはなく。

フクキタルさんとフクトレーナーさんからぼたぼたと汗が垂れ、その顔色も段々と悪くなってきています。

 

限界が近いのか、老紳士の足元から、小さな粒子が少しずつ陣に吸い込まれ始めました。

 

「もう、あまり時間がないみたいだよ」

 

そう声をかけると、お友だちも気づいたようで。

再び涙を流しながら、イヤイヤと駄々をこねるように、老紳士に縋り付きます。

 

そんな彼女を諭すように、老紳士は再び頭を撫でて。

優しく抱きしめて、静かに目を瞑っていました。

 

粒子が胸の下まで吸い込まれた頃、お友だちはようやく涙を拭って。

何事かを呟きながら、先程、私が渡した寄せ書きを自慢げに老紳士に見せました。

 

それを聞き、見た老紳士は、目を丸くして。

一際大きな笑顔を浮かべると一筋の涙を流し、お友だちを褒めるように、もう一度強く抱きしめ、長い黒髪を優しく撫でました。

 

お友だちは胸の中で、本当に幸せそうで。

粒子が完全に吸い込まれ、老紳士の姿がなくなるまで。

ずっと目を閉じて、小さな笑顔で何かに感じ入っていました。

 

******************

 

老紳士の姿がなくなった途端。

 

「ぐえぇ……」

 

ちょっと品のないうめき声をあげて。

お友だちの腕の中で、トレーナーさんが力なく折れ曲がりました。

 

「っぶはぁっ! ……はぁっ、はぁっ……もう駄目だ私は一歩も動けん……フク、お姫様抱っこで運んでくれ……」

「ぎゃふー! っぶへぇ……私も動けませんよお……トレーナーさん青春漫画のヒロインみたいに優しくおぶってください……」

 

それと同時に、その場にべたんと座り込むお二人。

本当に、ありがとうございます。

 

私はすぐにお友だちとトレーナーさんの元へ駆け寄って。

お友だちがクスクス笑いながら、トレーナーさんを渡してくれました。

 

「だ、大丈夫ですか……?」

「大丈夫ではない……」

「良かった……大丈夫そうですね……」

「だから、大丈夫ではない……」

 

疲労困憊のトレーナーさん。

フクキタルさんたちだけでなく、依り代になったトレーナーさんもかなりの体力を消耗したようです。

 

「でも、良かった、うまくいって……」

「……意識はあったんですか?」

「うん……身体の感覚もそのままで、誰かの頭の中に居候してる感じだったよ」

 

ということは、つまり。

お友だちに抱きしめられたり、お友だちを撫でたりしてたときも、その感覚はあったというわけで……。

お友だちの生身の身体の感触を、長い間味わっていたということで……。

 

「……」

 

べしっ。尻尾ではたきました。

 

「いてっ?! な、何するんだよカフェ……」

「つーん……」

「え、えぇ……俺なんか悪いの……? めっちゃ頑張ったのに……」

 

少し目が潤んでるトレーナーさん……ちょっと可愛いです。

お友だちが楽しそうに悪戯をする気持ちが少し分かりました。

 

「ふふっ……小さな嫉妬です」

「俺、今回は胸を張って何もしてないって言えるよ……」

 

そんな私たちを見ながら、お友だちがクスクス笑いました。

どうやら、完全にいつものお友だちのテンションに戻れたようです。

 

トレーナーさんとフクキタルさんたちがようやく息を整えて立ち上がると。

お友だちが、ちょんちょん、と私の肩を突きました。

 

「なぁに……?」

 

トレーナーさんから離れて、お友だちに向き直ると。

お友だちは何も言わず、笑顔で抱きついてきました。

そして、肩に顎を載せて。

 

「……ありがとう、カフェ」

「えっ……?」

 

出会ってから初めて。

お友だちの声を聞きました。

その声も、私にそっくりで。

 

そのまま、私に嬉しそうに頬擦りをすると、次の瞬間。

 

「……んっ……!?」

 

お友だちが突然、私に唇を重ねました。

短く優しい、フレンチキス。

 

「ななななななな……?!」

 

慌てて顔を離し、突然の事態を理解できずに、私が口を押さえて顔を真っ赤にしていると。

お友だちは動揺する私を見ながら、クスクスと笑いました。

 

「た、大陸風の挨拶でも口になんて……へ、変なことしないで!」

 

彼女の悪戯に赤面しながら抗議をすると。

一層楽しそうに、お友だちはケラケラとお腹を抱えて笑っていました。

この事態、トレーナーさんは陰になっていて見えていなかったようです。

 

「どうしたんだ?」

 

訝しげに、トレーナーさんがこちらを見ています。

するとお友だちは今度は、トレーナーさんに歩み寄って……。

 

「ま、まさか……トレーナーさん!!」

「ん? なにカフェ――」

 

しかし、時は既に遅く。

お友だちは後ろ手を組んで、上目遣いで、少し頬を赤らめていて……。

か、完全に私の真似をしてるじゃないですか……!!

 

「え? どうしたのお友だ……んっ……!?」

 

やはり、トレーナーさんにフレンチキスをして。

 

「あーーーーっ……!?!?」

 

やりやがりましたねお友だち…………!!!

私は絶叫を上げてしまって。

トレーナーさんは顔を真っ赤にして、口を押さえながら目を白黒させていて。

 

そして、当のお友だちはというと、私の方を振り向いて。

悪戯心に目を歪ませて、ニヤリと笑いながらぺろりと唇を舐めました。

 

「わ、わぁ…………オトナ、オトナだ…………!」

「ライスちゃん、見ちゃいけません」

 

ライスさんの目を塞ぐライストレーナーさん。

 

「ほう……アイツも両手に華とはやるじゃないか……私も……ぎゃおっ?!」

「ゆ・る・し・ま・せ・ん・よ!!」

 

フクトレーナーさんの浮気宣言に頭をはたくフクキタルさん。

 

「……モルモットくん、私もなんだか……」

「だからさっきから熱に当てられてんじゃないよタキオン……それに俺らはそういう関係じゃないからな?! ……だよな!?」

 

うっとりした目つきのタキオンさんと、脂汗が額に滲んでいるモルモットさん。

 

「ご馳走様じゃないですよ……!!」

 

思わず手が出て、私もフクキタルさんのようにお友だちの頭をはたこうとすると。

スカッ、と、手はお友だちを透けて通り過ぎました。

まさかの……ちょうどこの瞬間にタキオンさんの薬の効力が切れたようでした。

 

空振った私は体勢を崩してしまい、どてっと転びました。

その様子を見ながら、お友だちはクスクス笑っています。

 

「もうっ……!」

 

内心、怒りはまだありましたが。

けれどやはり、寄せ書きを書いてくれた皆さんも言うように。

悪戯をされたのに心のどこかが楽しくて、何かが懐かしくて。

 

もしかしたら、私たちは……思っている以上に。

いつか、どこかで、このお友だちと繋がっているのかもしれません。

 

「でもこんな悪戯……もう、やらないでね?」

 

そう言いながら私は、代わりにトレーナーさんの頭をはたきました。

 

「いだっ?! なんで俺なんだよお!」

「……お友だちにキスされた瞬間、ちょっとですけどドキッとしてたの、知ってますからね」

「うっ……気付かれてたのか……だって可愛いカフェにそっくりだったんだもん……」

「だってでも、もんでも、ありません……!」

 

ぺしっぺしっと尻尾でも叩きます。

トレーナーさんはいてっいてっと身をよじらせていて。

それを見ながらお友だちは、再びクスクスと楽しそうに笑いました。

 

「あ……」

 

すると……お友だちも老紳士のように、足元から少しずつ光の粒子になっていきます。

 

粒子は天へと昇っていって。

先程の悪戯顔はなりを潜め、お友だちは私たち八人を、穏やかな表情で眺めています。

 

私たちはお友だちの前に集まって。

お友だちの身体は、少しずつ天井へと昇っていきます。

 

「ふふ……お誕生日プレゼント……喜んでもらえた……?」

 

そう訊ねると、お友だちは。

嬉しそうに大きく頷いてくれました。

 

そしてお友だちは名残惜しそうにこちらを見てから、天井を見上げて。

その周囲には、小さな天使たちが何人も取り巻いています。

 

「改めて……ありがとう! アナタがいたから、私は……!」

 

私が涙ながらに叫ぶと、お友だちも小さな涙を溢しながら笑って。

声は聞こえませんでしたが、その口の動きは。

私も、楽しかった、と。

そう言っているように見えました。

 

「お友だちさん……ありがとう!」

「ライスちゃんのこと、感謝してるわ」

 

ライスさんとライストレーナーさん。

 

「……」

「張り合いがなくなるな……まぁ、元気でな」

 

フクキタルさんとフクトレーナーさん。

 

「資料が燃やされることもなくなるかと思うとせいせいするよ……」

「もうイジメられずに済むかと思うと……少し、寂しくなるな……」

 

タキオンさんとモルモットさん。

そして。

 

「カフェは俺が、ずっと守るから!」

「私も、トレーナーさんとずっと一緒にいますから!」

 

トレーナーさんと、私。

 

各々のメッセージを受け取って、満足げに微笑むと。

天使たちのラッパに導かれて。

お友だちは、天に昇っていきました。

 

******************

 

全てが終わり、八人がレセプションルームに残された。

 

涙を流す者。

感慨深そうに天井を見つめる者。

やれやれと疲れ切った表情で座り込む者。

様々だった。

 

だが一人を除き、誰もが達成感と、深い感動を覚えていて。

その場には、暖かな風が漂っていた。

 

そんな中ただ一人、ほげーっと天井を見つめ続けるマチカネフクキタル。

その表情には、達成感も感動も何もなく。

 

視線を他の七人に向けると、恐る恐る言った。

 

「あの……皆さん、感動に浸ってるところ、空気を読まずに申し訳ないんですけど……」

 

顔面は蒼白で、ダラダラと冷や汗が垂れている。

他の皆が何事かとフクキタルを見やると。

 

「その、言いづらいですが……お友だちさん、なんか成仏しちゃってません……?」

「………………あっ」

 

マンハッタンカフェ、ここで気付く。

 

「あああああああああああ!??!?!」

 

ここまで積み上げてきた周囲の印象が崩壊することも厭わず。

カフェは、本末転倒の叫び声を上げた。

 

******************

 

「えっ……本当です……お友だち、成仏してる……?!」

「待ってくれ! 俺、ずっと一緒にいようって笑顔で握手もしたぞ!?」

 

動揺でパニックになるカフェコンビ。

 

「まずい……私としたことが完全に場の空気に流されていた……」

「えっと……皆さんがあまりにもノリノリだったので、私何も言えなくて……」

 

自らを悔い、落ち込むフクキタルコンビ。

 

「どどどどうしようお姉さま!? お姉さまならちゃちゃっと天国に行って連れ戻して……!」

「待って! いくらあたしでも無理よ!? だから幽体離脱狙いのその拳はおさめて!!」

 

一歩間違えばこちらが成仏なライスコンビ。

 

「しまった……こんなことならこの部屋の力場でも継続的に計測しておくべきだった……」

「シャカールに高く売り捌けたな……そしたら焼肉行けたのに……」

 

冷静に損得勘定で振り返るタキオンコンビ。

 

まぁ、それなりにそれぞれが、お友だち成仏を目の当たりにして衝撃を受けていた。

 

しかし、覆水盆に返らず。

過ぎた時間は戻らない。

 

こうなっちまってはもう仕方ねえか、と八人は割り切って。

しばしの検討と会議の末、感動的に、この場を終えることにした。

 

改めて八人は横に並び、お友だちが消えていった天井を見つめて。

 

「楽しかったよ……」

マンハッタンカフェ。

 

「もう少し話したかったよ……」

トレーナー。

 

「資料を燃やした件は水に流すよ……」

アグネスタキオン。

 

「俺らだけ容赦なく暴力振るわれたのは許すよ……」

モルモット。

 

「もう少し、シラオキ様について語り合いたかったです……語ってませんけど」

マチカネフクキタル。

 

「酔った勢いでやったダーツ対決、リベンジしたかったよ……」

フクトレーナー。

 

「ライス、お友だちさんの絵本描くね……」

ライスシャワー。

 

「美味しそうに食べてくれて嬉しかったよ……」

ライストレーナー。

 

「♪」

お友だち。

 

九人各々、感慨深そうなフリをしていたが。

先程に比べると、どこか、なんだか雑だった。

 

「はー、終わった終わった、帰ろうフク」

「お腹すきましたねえ」

「もう腹減ったのか……さすがウマ娘だな……」

「私もお腹すいたから弁当作ってくれたまえ、モルモットくん」

「あ、出しきれなかった残りがあるから包もうか?」

「ライスも手伝うよ、お姉さま!」

「本当に疲れたな……とりあえず空き教室でコーヒーでも飲むか」

「そうですね……三人でのんびりしましょうか……」

 

うんうんと頷くお友だち。

 

再びマチカネフクキタル、ここで気づく。

 

「ほぎゃ?! お友だちさん普通にいるじゃないですか!!」

「えっ!?」

 

慌ててカフェが隣を見ると。

そこにはひっくり返ってゲラゲラと腹を抱えて笑うお友だちがいた。

 

粒子化はただの演出。

勿論いきなり湧いた天使も、近くにいた霊をテキトーにエキストラに呼んだだけである。

 

「もうっ! もうっ!! 本気でショックだったんですからね……!? ふぇ……」

「でも割とすぐ立ち直ってたな……それとその泣き声可愛いなカフェ……いだぁっ!?」

「だからっ! トレーナーさん! 弱ってる私にどきどきしないでくださいっ!!」

 

そんな二人のやり取りを見ながら。

お友だちは在りし日の自分とトレーナーを思い出して。

少し優しく、クスリと笑った。

 

「全くもう……人騒がせな子なんですから……」

 

ため息をつきつつも、安堵の表情を見せるカフェ。

お友だちは嬉しそうにカフェに巻き付き、尻尾を伸ばしてトレーナーも絡みとった。

 

そして、二人をすっと近づけて。

 

「んっ……!?」

 

優しく、ぶつかって痛くないように、二人の唇を合わせる。

慌てて振りほどいた二人は。

 

「本当に、もうっ……! そういうのは、二人のときに、自分たちで……!」

「人前でこういうのはちょっと……ほら! みんなニヤニヤしてるから!」

 

そんな光景を、野次馬半分、微笑ましさ半分で眺める他の六人。

 

「全く……絶対に、また私の隣からいなくなったら、許さないから……」

 

お友だちがいなくなったと思った瞬間を思い出して。

寂しい気持ちが込み上げてしまったカフェを、今度は優しく抱きしめて。

 

誰にも見られないように。

子どものような幸せな表情を浮かべる、お友だちの姿があった。




アグネスタキオンだ!後編だねぇ!
お友だちのトレーナーにはみんな感謝しようねぇ。
我々日本のウマ娘の多くが存在しているのも、彼のおかげと言って過言ではないのだから。

お友だちが実際にどんなバ生を歩み、彼女のトレーナーが何をしたのか……。
史実が詳しく知りたいなら、お友だちのWikipediaにある程度記載されているよ。

余談ながらこの話を書いた日に好きなバンドのライブに行ってきたんだがねぇ。
タイムリーなことにそこで聴いた新曲がもろに、お友だちとそのトレーナーとカフェと重なって、思わず泣いてしまったよ。
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