遠くで汽笛の音が鳴る。自分以外誰もいない港の隅で桃はぼんやりと立っていた。髪はボサボサで目には隈がくっきりと刻まれている。明らかに憔悴した状態だった。
(何してるんだろ、私……)
そんな事を考えながら水面を見つめる。いっそこのまま沈めたら……。無意識のうちに桃の重心は前へと傾いていく。
瞬間。目の前の風景が変わった。いつの間にか港ではなく、辺り一面の花畑の中心に立っていた。
「やぁ、お嬢さん。私とお茶でも一杯どうかな?」
背後から声がかかる。振り返るとそこには白い椅子に座ったローブの青年。すなわち、マーリンがいた。目の前のテーブルには水晶玉が置かれている。
「だれ?」
「おっと。驚かせてしまったかな。それは申し訳ない。お詫びに君の今後を占ってあげよう」
桃の問いを飄々と躱し、マーリンが笑顔で席に促す。ややあって桃が着席すると、マーリンは両手を水晶玉にかざし始めた。
「ふむ。なるほど、なるほど。……君は今、難局にある。大事な人が囚われ、逆らえない。と、いったところかな?」
その言葉に桃は目を見開く。彼の占いは寸分違わす合っている。
「けれど、恐れることはない。君の夜明けは間もなく訪れる」
「……えっ……」
「君のことを助けようとしている者達がいる。因果応報。君が積み上げてきた事は必ず君に返ってくる」
マーリンが穏やかな表情で続ける。
「それはけして悪い事ばかりじゃない。良い事だって必ず返ってくるのさ」
マーリンがそっとテーブルにトロフィーを置いた。それはゴールドの台座の上に表側が蒼、裏側が紅の中国刀が突き刺さったアームズトロフィーだった。
桃はそのトロフィーを手に取る。
「来たるべきその瞬間の為に牙を砥いでおきたまえ。それが今君に出来る事だ」
桃が顔を上げる。するとそこは港の隅。花畑など見当たらない。たが、幻ではないことは分かる。彼女の手にはアームズトロフィーがしっかりと握られていたのだから。
「ね〜え、私と手を組みませんか? ア・ス・ク・さ・ま」
薄暗い石畳の部屋に甘い声が響く。中央の玉座に座るアスク。その背後からアスクの肩に顔を置き、耳元で囁く。傍らでそれを睨みつけているのは壱子。殺気を隠そうともせず不機嫌な表情を浮かべている。
「おい。あんまり見てると視線が合うぞ」
壱子の視線を遮るように虎杖が前に立つ。
「操られたら面倒だぞ」
「それは……、そうですけど……」
壱子はあからさまな妲己の態度に複雑な顔になる。
「それでいかがですか?」
「以前。君に酷い目にあわされた気がするんだと。それについてはどう思ってるのかな?」
目を合わせる事無く前だけを見て、アスクが言う。
「それについては申し訳ございません。あの時の私は少しばかり調子に乗っておりました」
俯き神妙な顔をする妲己。
「ですが今は違います。貴方様のお力をこの目で見て確信致しました」
そう言って顔を上げ微笑む。
「貴方様に与する事こそ正しい、と」
「それに私ならば多くの配下を有しております。そこの二人より余程優秀な」
妲己がちらりと二人を見る。「余程」の部分を強調しながら。
「……分かったよ。前向きに検討しておく。今日は帰ってもらえるかな」
目を伏せながらアスクが言う。その言葉に満足したのか妲己はアスクの側を離れ、正面に移動する。
「それでは、吉報をお待ちしております」
恭しく礼をする。狐火が妲己は体を包み込み、瞬く間に姿を消した。
「アスク様!」
壱子が駆けてくる。そして口を開く。言葉を発するより先にアスクが言った。
「ねぇ、ワンちゃん。ちょっとお願いがあるんだけど」
アスクの口元は弧を描いていた。
扉が開く。目の前には長方形の大きなテーブルが置かれたリビング。その下座に卓人は座っていた。
「おはようございます、父さん。朝早くからお呼び出してすみません」
「構わんさ。多忙の身としては久方ぶりにお前の顔が見れて安心している」
優人が笑顔で上座に座る。
「それで話とは何かな?」
「以前言われた、大事なものについて僕なりの答えを見つけました。その事について聞いてほしいんです」
「ほう」
優人は興味津々といった様子で卓人の言葉を待つ。
「僕はこの家に生まれた事を誇りに思っています。でも、それと同時に驕ってもいました」
「自分は恵まれた環境にいるのだから大抵の事は出来て当然だと。だから自分が世界を救おうと」
卓人はそこで言葉を区切る。そして、自嘲気味に笑った。
「でもそんな事はなかった。僕一人じゃ出来ない事はあって、そのお陰で何回もピンチに陥りました」
「そんな僕を燈哉が、友達が助けてくれた。俺を頼れって手を差し伸べてくれました」
「そうか」
優人は穏やかな笑みを浮かべ、嬉しそうに頷いた。
「父さんの言う大事はもの。それは一人じゃ無い事。共に助け合い苦難を乗り越える仲間、友達。そう言うものなんだと思います」
卓人の言葉を聞き終え、優人は目を閉じる。
「その通りだ。当たり前だが人は一人では生きられない。誰もが誰かと密接に関わって生きている。それは会社も同様だ」
優人は目を開けて卓人を見つめる。その目は真剣なものだった。
「社長だけでは会社は成り立たない。一緒に働く社員がいてこそだ。聖葉家も同じだ。食事を作ってくれるシェフや身の回りを世話してくれる執事。彼らがいるからこそ、私は私が出来ることに専念できる」
そう言って優人は笑った。
「流川。急ですまないがスケジュールを組み直したい。頼まれてくれるか?」
「おまかせくださいませ、旦那様」
側に控えていた流川が丁寧な所作で恭しく頭を下げた。
「卓人、これから忙しくなる。今のうちに準備をしておきなさい」
「……それって!」
「大事はものを見いだせたお前ならばもはや憂うものは無い。お前に私の全てを叩き込む。聖葉家の跡取りとしてな」
そう言って優人は明るく微笑んだ。
「ありがとうございます!……でも、ほんの少しだけ待ってもらえませんか?」
卓人が申し訳無さそうに言う。
「僕らの友達が今苦難に立たされています。その友達を助けたい。そこで父さんのお力を貸してほしいんです」
「いいだろう。友人の為となれば協力は惜しまない。で、何をすればいい?」
「はい。それは――」
卓人がお願いをする。優人はそれを聞き、笑みを浮かべ頷いた。
数日後。公園にリムジンが停まる。
「おまたせ」
中から卓人が現れ、右手を上げる。彼の見る先には燈哉と紗耶がいた。卓人は二人に近づくと手に持っていたカバンから書類を取り出す。
「調査結果が出たよ」
書類を二人に渡す。燈哉達はそれを受け取り内容を見る。書類には写真が一緒に載せられており、そこには桃が写っていた。
「思ったより早く見つかったな」
「父さんのツテのおかげだよ。この場所が緋眼妖華のアジトだ」
写真の場所。そこは街外れにある使われなくなった廃ホテルだった。写真にはそこへ入っていく桃の姿があった。
「作戦はこうだ」
卓人が作戦の概容を説明する。
「準備を整えてアジトに潜入。そして、大洗さんを最優先で保護。椿坂さんは大洗さんを連れてそのまま遠くへ退避。僕と燈哉は美鶴城さんと共に妲己を討つ」
卓人の説明が終わると燈哉が口を開いた。
「大洗さんはどうやって運ぶんだ?」
「クロコマイルズに乗せる。妲己に操られてるだろうから縄か何かで拘束する事にはなるだろうけどね」
「分かりました。頑張ります」
紗耶が胸の前で拳を握る。
「決行は今夜。僕達で必ず美鶴城さんを助けよう!」
「おう!」
「うん!」
卓人の言葉に燈哉と紗耶が力強く頷いた。
そして、太陽が沈み、辺りは真っ暗な闇に染まる。作戦決行の時間だ。燈哉達は周囲を警戒しながら廃ホテルの窓を割り中へと入る。廃ホテルの中は薄暗い。廊下には燭台が付いており、ろうそくの灯りが揺らめいて、どこか不気味な印象だ。
「さぁ、行こう」
卓人の言葉を合図に廃ホテルを進んでいく。廊下を壁伝いに歩く。やがて、通路の先に大きな扉が見えた。それは重々しい雰囲気を醸し出す扉だ。
「燈哉、覚悟はいいかい?」
「ああ、問題ない」
卓人と燈哉は扉の前で頷き合うと、扉をゆっくり押し開ける。するとそこにはより一層真っ暗な空間が広がっている。全員が中に入ったその瞬間。扉が勢いよく閉じ、天井からスポットライトが三人を照らす。
「いらっしゃ〜い。仮面ライダーご一行様」
奥から甘い声が響く。そこには玉座に横たわる妲己が妖艶に微笑んでいた。
「妲己!」
燈哉と卓人がトロフィーを取り出し、戦闘体勢をとる。
「は〜い、桃ちゃん。出番よ〜」
暗がりから人影が前に出る。桃がトロフィーを構えながら現れる。
「美鶴城……」
<レイエンキョ!>
「変身」
覇気の無い声で桃が言う。
<月夜の青龍!!氷!氷!氷!>
<レイエンキョフリーズ!>
天華へと変身を遂げる。
「それじゃあルールを説明してあげるわ」
「ルール?」
「えぇ。このゲームのルールをね」
妲己が意地悪な笑みを浮かべる。
「今から桃ちゃんには五分以内にお友達を殺してもらうわ。そして、」
「もし五分以内に殺せなかったら桃ちゃんのだ〜いじな家族が死ぬ事になるわ」
「なっ!!」
卓人が目を見開く。
「それと三十秒経つ事に家族の指を切り落としてあ・げ・る」
「お前ぇ……!」
燈哉の顔が憤怒に染まる。
「さらにその光の外に出ても同様。指を切り落とす」
「ひどい……」
紗耶の顔が強張る。
「さぁ、桃ちゃん。いきなさい」
「二人共……ごめん」
天華がレイエンキョを振り上げ、駆け出す。
燈哉と卓人はトロフィーを起動。
<ムラマサ!>
<フェイルノート!>
「「変身!!」」
二人は仮面ライダーに変身。
「美鶴城!」
神器がムラマサで受け止める。その脇でラウンダーが妲己目掛けてフェイルノートを引き絞る。
「燈哉は美鶴城さんを抑えてくれ。光から出られないなら遠距離攻撃で妲己を倒す!」
だが、放つその前で手が止まった。操られた成都が妲己を守るように立っている。
「フフフ」
成都の背後から妲己が抱きつく。これによりフェイルノートが着弾すれば成都ごと吹き飛ぶ事になる。その為、妲己を攻撃出来ない。
「くっ……」
ラウンダーが仮面の奥で顔を歪める。
「ハアッ!」
横からレイエンキョが飛び出す。氷の刃がラウンダーの装甲に傷をつける。
「ぐあっ!!」
「やめろ、美鶴城!」
神器がラウンダーの前に立ち、天華に言う。
「無理よ。だって、このままじゃ……成都さんが死んじゃう……」
天華は絞り出すように悲痛な声をあげる。おぼつかない足取りでゆっくりと神器へ向かって歩く。
「三十秒経過まで後五秒」
嬉しそうに妲己が言う。
「四」
「アアアアッ!!」
その言葉を聞き、天華が勢いよく突っ込んでくる。鬼気迫るように。死にものぐるいで。
「三」
神器がギリギリで回避。天華は近くにいたラウンダーへとターゲットを移す。形振り構わず攻撃。
「二」
ラウンダーがカリバーンで受け止める。
「一」
「お願い! 早く! 死んでよ……」
涙をこらえ天華がか細く言った。だが、時は無常。最後の瞬間は訪れる。
「零」
天華が振り返る。成都が手に持ったナイフを自らの首へと持っていく。
「だめ……。やめて……。やめてー!」
天華が叫ぶ。やがてナイフの刃が首に触れるその寸前。
<オニマルクニツナ!>
<必殺神技!!>
暗がりから槍が飛んでくる。その槍は一直線に成都を貫き、妲己の呪いを吹き飛ばした。
「なんですって!?」
妲己が咄嗟に離れる。成都の体がぐらりと崩れる。人影が飛び出し、成都をキャッチ。そのまま跳躍し、スポットライトの中央へと降り立った。
「お前は!」
現れたのはアルスター。
「アスク様からのご命令です。妲己を討つべく、あなた達に協力せよ、と」
アルスターが成都を床に下ろす。そして、神器へオニマルアームズトロフィーを投げ渡す。
「はぁっ! ふざけんじゃないわよ! せっかくいい所だったのに!!」
妲己が激高する。手を振り下ろすと奥から操られたレジェスター達が次々と姿を現す。
「美鶴城、ここは任せろ!」
神器が襲いくるレジェスターの攻撃をムラマサで受け止める。
「僕達がサポートする。妲己は君が倒せ!」
ラウンダーが天華にダボウアームズトロフィーを手渡し、付近のレジェスターと斬り結ぶ。
「大洗さんは私が守る。だから、安心して」
紗耶が大洗さんの元に駆け寄り、天華を見上げる。そして安心させるように笑顔をつくる。
「みんな……。ありがとう……」
天華はゆっくりと反転する。そしてマーリンから受け取ったアームズトロフィーを取り出した。
「いくよ、妲己」
天華がトロフィーの剣をスライドさせる。剣が交差しながら二つに割れ、トロフィーが起動した。
<エンオウケン!>
トロフィーをベルトにセット。ボタンを押し込むと横のプレートが展開し、新たな天華の顔が浮かび上がる。
<雌雄一対の剣!!双!双!双!>
蒼と紅。二本の剣が天華の前に突き刺さる。そして、二羽の鴛鴦が天華を包み込み、装甲となって装着された。
<エンオウツインズ!>
天華は剣を手に取るとその切っ先を妲己へ向ける。
「今日ここで終わらせる」
「あんたとの因縁、ここで断ち切る!!」
これよりは獣狩り。多くの命を弄び、踏みにじる妲己の討伐。害獣退治の始まりだ。