電子音が一定のリズムで鳴り続ける。場所は門出市で最も大きい総合病院。集中治療室で英雄は眠っていた。ガラス越しに見つめるのは燈哉達。皆心配そうな顔をしている。
その時、扉が開き、白正が部屋に入ってきた。その傍らには豪人がいる。
「傷は深いが峠は越えた。意識はまだ戻らないが安静にしていれば命に別状はないそうだ」
「良かった……!」
白正の説明に燈哉は安堵を浮かべ、胸を撫で下ろす。
「君の応急処置のおかげだ。感謝する」
「俺からも礼を言っておくぜ」
「礼なんていいよ。天鎧……さん?とはもう仲間だからさ。一緒に世界を良くするって決めたんだ」
右手を握りしめ、力強く二人を見つめる。その眼差しには光が宿っている。
「なら俺達とも仲間だな。刃渡 豪人だ、よろしくな!」
「俺達は天鎧さんと共にある。
「あぁ!」
代表して白正が手を差し出す。その手を燈哉が取る。二人は固い握手を交わした。
「後はアスクをどうにかするだけだな……」
誰がともなく言う。その言葉を聞いて燈哉の顔が曇った。
「……アスクはなんでそこまで世界を滅ぼしたいんだ?」
聖杯を起動させ新たな力を手に入れたアスク。その執念を間近で見て疑問を覚えた燈哉が呟く。その問いに答えたのはマーリンだった。
「知りたいかい?」
「知ってるのか!?」
「僕は知らない。けど、彼の過去を知っている人を知ってる」
「誰だ?」
燈哉が身を乗り出す。マーリンは杖を取り出し、床に魔法陣を展開する。
「その人は夢の中にいる。知りたいなら着いてきたまえ。案内しよう」
「分かった!」
燈哉が頷く。魔法陣が輝き、燈哉は夢の世界へと旅立った。
その直後。卓人の携帯が鳴る。相手は流川だった。
「大変です、坊ちゃま! 街でレジェスターが暴れております!!」
「なんだって!?」
卓人が慌てて立ち上がる。
「レジェスターが出た? もうアスクしかいないはずじゃ……」
「奴には未完の杯がある。レジェスターを生み出すくらい訳ないのだろう」
訝しむ桃に白正が言う。
「場所はどこだ。すぐ行くぞ!」
豪人が怒気を孕んだ顔で卓人を見る。
「移動しながら教える。行こう!」
紗耶を残し、四人が病院を後にした。
燈哉が目を開けるとそこは山の中だった。辺りをキョロキョロと見回しながら進むと泉のある畔に出た。
「お待ちしておりました、立脇燈哉さん」
そこには真っ白な髪を肩まで伸ばし、綺麗な赤色の目をした女性がいた。その顔立ちにどことなく見覚えがある。そんな気がした。
「あなたは?」
「初めまして。わたしはエムブラ。アスクの姉です」
「アスクの!?」
白髪の女性、エムブラの言葉を聞き、燈哉は目を見張る。その様子にエムブラは微笑む。
「えぇ。……あなたがここに来た理由は存じております。アスクの事を知りたいのですね?」
「はい! あいつがなんでそんなに世界を憎むのか知りたいんです」
「分かりました。お話しましょう。アスクの、私達姉弟の過去と聖杯について」
エムブラはそう言うと語り始める。全ての始まりを。
今から三千年前の話。ある山奥にオンボロの掘っ立て小屋があった。その中には真っ白な髪の少女。生前のエムブラが立っている。彼女の手には歪な形の器。その中に入った薬草を木の棒ですり潰している。
「ただいま」
小屋の扉が開く。入って来たのは白髪の青年。生前のアスクだった。
「おかえりなさい、アスク。どうだった?」
「もちろん成功さ」
そう言って捕らえたんだ兎を掲げる。得意気な表情でアスクは笑った。それに釣られてエムブラも微笑みを返す。
「それ新しい薬?」
「ええ。頼まれて」
「……それって
途端にアスクの顔が険しくなった。露骨に不快な表情をする。
「そんな顔しちゃ駄目よ。困った時は助け合いなんだから」
エムブラは苦笑する。
「助け合いねぇ……。あいつらが僕らを助けてくれた事あったっけ?」
二人が暮らす山の麓には小さな村がある。アスクとエムブラはそこで生まれた。だが。アルビノ。白い髪を持って生まれるその病はこの地域では災いの兆候とされた。その為、二人は村を追い出され、山奥に小屋を立てて暮らしていた。
「きっとそのうち助けてくれるわよ」
エムブラは聡明であった。山に生える薬草を調合し、薬を作る事が出来たのだ。エムブラの作る薬は効果絶大。そのおかげでこんな山奥でも健康に暮らしていけている。
「だと良いけどね」
アスクは皮肉るように笑う。その評判は村にも知れ渡っており、村人達が度々薬を強請って来る。当然アスクは良い顔をしない。自分達を追い出したくせに必要に迫られば利用しようとする。そんな村人達を嫌悪していた。だが、エムブラは違う。
「困っている人がいるんだもの。助けるのは当然」
そう言って薬を渡すのだ。
「相変わらずお人好しすぎる……」
「ふふ」
エムブラは微笑んだ。アスクはそれを見ていると毒気を抜かれたようにため息を吐く。
「そんなんだといつか痛い目を見るよ」
アスクは複雑な顔をする。二人の間には微妙な距離感があった。
そんな日々に変化が起きたのはある日の事。その日は二人揃って出かけた。
「!?」
「姉さん?」
ふとエムブラが無言で歩き出した。夢遊病者のように覚束ない足取りで何かに導かれるように。アスクは慌てて後を追う。二人は洞窟の中に入っていった。やがて奥深くの広い空間にたどり着く。すると眩い閃光と共に世界が一変した。気がつくとそこは辺り一面真っ白な空間。二人の前に輝く巨大な人影が現れた。
「我が名は神。貴様らがそう呼ぶモノなり」
呆気に取られるアスクをよそに人影が答える。それは抑揚は無いものの荘厳さを感じさせる重々しい声だった。
「汝、エムブラよ。貴様の願いを答えよ」
人影がエムブラを名指しする。アスクは思わず姉の方を見る。
「願い……?」
「いかにも。己が内に秘めし願望を口にするがいい」
「わたしの願いは……」
エムブラは逡巡の後に口を開く。
「皆が幸せである事。皆が笑っていてくれれば私も幸せなんです。それがわたしの願いです」
迷いなくそう答えた。そしてまっすぐに人影を見つめる。
「そうか……。我が目に狂いは無かったようだ。ならばこれを貴様に授けよう」
人影が手をかざすと金色の杯が出現した。それは独りでに浮遊し、エムブラの元へと渡る。
「これは聖杯。あらゆる願いを叶え、世界を塗り替える程の力を持った杯だ」
「聖……杯……」
エムブラはそれに恐る恐る触れる。すると聖杯はエムブラの中へと消えていった。
「願いに良し悪しはあり、どんな願いでも責任が伴う。その事をゆめゆめ忘れるな」
そう言うと人影が消える。洞窟にはエムブラとアスクだけが取り残された。
神と名乗った人影が何故エムブラに聖杯を渡したのか。その理由は分からない。だが、エムブラはその力を他者の為にしか使わなかった。薬で治せない者や人の手に余る事柄にのみ使用した。アスクはそれが不満だった。
「姉さんはその力をもっと自分の為に使うべきだ」
「駄目よ、アスク。神様から授かった物なんだから、皆の為に使うべきよ」
エムブラは断固として譲らない。それからもエムブラは聖杯の力を人々の為に使った。やがてエムブラの噂は山を越え、村を越えて広まっていった。
そしてその日はやって来た。馬の嘶きと無数の足音。小屋に現れたのは鎧を纏った兵士達。
「見つけたぞ。そこの女を捕らえよ!」
「きゃあっ!?」
兵士達はエムブラを拘束すると無理矢理馬に乗せる。
「姉さん!」
アスクは慌てて止めようとするも遅かった。瞬く間にエムブラを乗せた馬は行ってしまう。小屋の前にアスクだけが取り残される。彼らの正体は近隣の国の者達だった。噂を聞き、エムブラにの力を恐れ、拉致したのだ。
それを知ったアスクはすぐさま追いかけた。
「姉さん!!」
薄暗い部屋の扉を開けてアスクが入ってくる。エムブラの居場所を突き止め、潜入したのだ。そこで目にしたのは変わり果てたエムブラの姿。体にはおびただしい数の傷跡と痣。身に纏う衣服はボロボロでぐったりしている。それだけでそこで何が起きたのかを察する。
「姉さん。しっかり!」
アスクはエムブラに駆け寄る。その肩を掴み揺さぶる。
「アス……ク……」
うっすらと目を開け、消え入るようなか細い声でエムブラが呟く。
「何で聖杯を使わなかったの?」
「それはいけない事だから。どんな凄い力を持っていても他者を傷付ける為に使ってはいけない。力は誰かの為に使う、それが正しい事よ」
「正しい事だって? 何言ってるんだよ!」
怒りの形相でアスクが吠える。
「その結果がこの様なのが正しい事? ふざけんなよ!」
「アスク……」
「それだけじゃない! 姉さんの事をこの国に密告したのは村の奴らだ! 今頃奴らは礼に貰ったお金で喜んでるよ! それでも正しいかったって言うのか!!」
アスクの目には涙が溜まっていた。堰き止めていた感情が一気に溢れ出す。エムブラは目を見開いた。初めて見せる弟の姿に胸を締め付けられる思いがする。
「ええ……それでも。私は誰かの為に力を使う事が正しいと信じてる」
「姉さん……」
アスクは唇を噛み締めると、血走った目でエムブラを見る。そして、掌を差し出す。
「なら僕がやる。聖杯を渡して」
「何を言ってるの……?」
「僕にはそれが正しいとは思えない。姉さんがこんな仕打ちを受けるこの世界は間違ってる! だから僕が正す!!」
「ダメよ。それはいけない!!」
エムブラは首を横に振る。
「そんな事知るか! 僕に聖杯を渡せ! エムブラ!!」
アスクはエムブラの胸ぐらを掴む。
「離して。アスク!」
エムブラがアスクの腕を振り払う。アスクは驚いた顔をする。
「そんな事はさせない」
そう言うとエムブラの中から聖杯が出現する。
「聖杯!」
アスクが手を伸ばす。だが次の瞬間、聖杯は光輝き、ひび割れると無数の小型トロフィーとなって砕け散った。
「なっ!?」
トロフィーは天井を砕き、世界中に散らばっていく。
「聖杯を悪用させない。たとえそれがわたしの弟でも」
エムブラが毅然な態度で言い放つ。
その時、騒ぎを聞きつけた無数の兵士達が現れた。その中に混じった貴族らしき男が前に出る。
「大変な事をしてくれたな、女。まさか聖杯を手放すとは」
忌々しげに呟く。
「こうなっては仕方がない。お前達には死んでもらう」
男が合図を送ると兵士達が一斉に剣を引き抜く。
「くそっ!!」
アスクは慌ててエムブラの拘束を解いた。
「やれ!」
一斉に襲い掛かる兵士達。その攻撃を躱し、カウンターを決める。
「逃げるぞ!!」
「危ない!!」
振り返ると眼前に兵士の一人が振り下ろした剣が迫る。防御体勢を取ろうとするも間に合わない。アスクは思わず目を閉じた。だが痛みがいつまでも来ない。
「姉……さん……」
恐る恐る目を開けると視界には姉の背中。地面には血が滴り落ち、床を染め上げている。エムブラが崩れ落ちた。アスクが咄嗟に抱きとめる。その胸には深い傷が刻まれていた。
「何で!?」
「家族なんだから当然でしょう」
そう微笑むとアスクになにかを手渡す。それは聖杯から出来た小型トロフィー。アスクが触れた瞬間、形を変え、ブロンズの台座の上に人の顔が乗ったトロフィーへとなった。
「生きなさい。それが姉としての最後の願い」
その言葉を最後にエムブラは事切れた。
「うあああああっ!!!」
<ヒューマン!>
アスクはトロフィーを起動させ自分の中へ押し込む。それが世界で初めてレジェスターが誕生した瞬間だった。
尚も迫る兵士達が一斉に剣を振り下ろす。そして、それをアスクは
「!?」
アスクを囲んだ兵士達が吹っ飛ぶ。壁に勢い良く叩きつけられ、その多くが動けなくなった。
「なんだ……これ!?」
体が軽い。力が漲る。それどころか剣で斬られたのにもかかわらずそんなに痛くない。
「これなら!」
アスクがすさまじいスピードで駆ける。ある者は蹴り飛ばし、ある者は殴りつけて次々と兵士達を倒していく。いつの間にか部屋に立っているのはアスクと貴族らしき男だけだった。
「ひいっ!? く、来るな!!」
男に詰め寄るアスク。男は顔を歪ませて青ざめている。
「わ、悪かった。許してくれ! 何でもするから!!」
「何でも?」
「あ、あぁ。そうだ、何でもだ」
話が通じたと思ったのか男の顔が少し明るくなった。
「ならお前の命よこせ」
そう言ってアスクは男の顔面に拳を叩き込んだ。常人以上の力が籠もった一撃で男の顔は陥没。そのまま壁に叩きつけられて絶命した。これで部屋の中で生きているのはアスクだけになった。
「僕はトロフィーを集めるよ。そうすれば聖杯は元に戻る」
部屋から脱出したアスクは自分達が暮らしていた掘っ立て小屋に戻ってきた。小屋の前にエムブラの遺体を埋め、質素な墓を立てる。その墓に向かってアスクが言う。
「姉さんの言う事は正しいのかもしれない。でも僕は納得出来ない。だから僕は必ず聖杯を取り戻す。世界を正す為に」
アスクは踵を返す。そして長い旅路へと歩き出したのだった。
「これがすべての顛末です」
夢の世界。泉の畔でエムブラが語り終える。
「この話。内容は少し違うけど、似たような話を聞いたことがある。聖杯伝承節。紗耶……、俺の仲間が好きな本」
「えぇ。あのお話のモデルはわたし達。村の中にはわたし達の事に罪悪感を感じた人がいたらしくて戒めとして作ったそうです」
色々と思うところはあるのだろう、エムブラは複雑な顔をしていた。
「その結果。結末をハッピーエンドみたいにするのは言い訳がましい気がするけどね」
背後から別の声が話に加わった。振り返るとそこにはレーヴァテインカタストフィに変身したアスクがいる。
「アスク!」
燈哉は咄嗟に身構えた。
「マーリンさん!」
「了解だ」
エムブラの声に反応し、マーリンが燈哉に手を翳す。すると燈哉の体が点滅し、粒子となって消えていった。
「良い判断だね。もう少し遅かったらトーヤは死んでたよ」
「だろうね」
マーリンが杖を構え、怪人態へと姿を変える。ここは夢の世界。マーリンの力のみで構成されている。その為、斬ったのものを無に帰すレーヴァテインならば地面に突き刺すだけで世界が終わる。マーリンもそれを理解しているからこそ険しい表情を浮かべているし、アスクは余裕綽々としていた。
「君達はもう詰んでいるんだよ」
「だとしても。大人しく諦める訳にはいかないね」
「その通りだ」
現れたのはアーサー王。そして彼に率いられた戦士達。皆、武器を手にしている。
「行くぞ、マーリン。供をせよ」
「仰せのままに、我が王よ」
アーサー王を先頭に全員が駆け出す。
<レーヴァテイン!>
<必殺神技!!>
アスクがレーヴァテインを地面に叩きつけた。瞬間、斬撃が世界を崩壊させながらアーサー王達に迫る。
「くっ」
マーリンが防御魔法を展開するも意味をなさず、瞬く間に全員が切り裂かれた。
「ここまでか……」
地面に崩れ落ちるマーリン。その体は徐々に粒子に還っていく。
「後は任せたよ。今を生きる者達よ」
マーリンが消滅。インキュバスレジェスタートロフィーが落ちる。それを皮切りに夢の世界に亀裂が奔り壊れていく。そんな中にあってアスクはトロフィーを拾い上げるとレジェストライダーに装填した。
<インキュバスレジェスター・マーリン!>
<コンバイン!!>
杖が出現し、アスクが掲げる。途端に崩壊が止まり、夢の世界に招かれていた魂達が消えた。唯一人を残して。
「やっと二人っきりになれたね。エムブラ」
アスクが見つめる先にはエムブラがいた。彼女は悲しげな顔でアスクに視線を送る。
「世界を正す。あなたはそう言っていたのに。どうして変わったの?」
「長く旅をして気付いたからさ。世界は正せないって」
アスクは視線を下ろし、自らの掌を見る。
「間違いの環境に生まれて風前の灯火だった女の子がいた。周囲の間違いでどん底に落とされた青年がいた。そのどちらもが僕以外、誰も助けてはくれなかった」
「アスク……」
「おかしいじゃんか! 二人は本当は心優しい人達だったのに。理不尽に虐げられて、幸せになれないなんて!!」
悲痛な声が響く。それは紛れもなくアスクの本心。掌を握りしめ、アスクは続ける。
「その時、気付いたんだ。この世界は間違ってるって。弱者は踏みにじられ、善人は損をする。悲しみと苦しみは連鎖し、憎しみとなる。そんなのあんまりじゃないか……」
「だから滅ぼすの?」
「そうだよ。最初は天鎧英雄のやり方で正す方法を考えた。でもそれじゃあ意味が無い。悪い奴が真人間になったって被害を受けた者達が報われるわけじゃない」
アスクが一歩前に出る。言葉に熱が入り、手を大きく動かす。
「だけど死だけは平等だ。すべてが無に帰せば! 世界から間違いは無くなる!! これ以外に方法は無いよ」
「ごめんなさい、アスク。わたしがもっとあなたに寄り添えていれば……」
「無理だよ。お前には絶対に無理だ」
嗚咽を堪え目を伏せるエムブラに対して、アスクが冷たく言い放つ。
「僕はずっとお前が嫌いだった。自分が損をしても平然と笑っていられるそんなお前が。誰かの為に何かをする。それはきっと正しい事。その事を納得出来ずに怒ってる自分がみじめで嫌になる」
その言葉にエムブラは目を見開いた。
「僕はお前に怒ってほしかったんだ。自分を迫害したくせに必要に迫られたら掌を返すなって! 自分の身を守る為に聖杯の力を使うって! 一緒に間違えてほしかったよ」
「そっか……。わたしは正し過ぎたんだね……」
アスクは静かに首肯する。エムブラは傍らに落ちていた剣を拾った。そして、覚悟を決めた顔で剣を構える。
「ならばわたしは今から間違えます。あなたを止める為に」
エムブラは剣を手に駆けた。その勢いのまま剣を振り下ろす。アスクはそれを難なく受け止めると、レーヴァテインを振り上げる。
「アスク。最後の言葉を言います」
「頑張れ」
仮面の奥でアスクは目を見開いた。そんな彼にエムブラは優しい笑顔を向ける。
「わたしはあなたの姉だもの。最後くらいは弟の味方をするわ」
アスクは涙を堪え、そっと目を閉じる。
「さようなら、姉さん」
そしてレーヴァテインが振り下ろされた。
「来たか」
市街地の中心部。すでに人払いが済んでいる有料駐車場の中。卓人達が到着するとそこにはすでにサマイクルへと変身した虎杖がいた。彼の両サイドには二体のレジェスターが控えている。
方や青い逆立った毛に鋭い牙と爪を持った獣の如きレジェスター。方やコブラのような顔にアナコンダのような両手を持つ蛇のレジェスター。
「そのレジェスター達は……」
「自己紹介をしてやろう。オレ様はフェンリル・レジェスター」
「わたくしめはヨルムンガンド・レジェスター。以後お見知り置きを」
フェンリル・レジェスターは得意気に腕を組み、ヨルムンガンド・レジェスターは恭しくお辞儀をする。二体のレジェスターからは計り知れないオーラを感じる。四人の警戒心が跳ね上がった。
「何のつもりだ?」
「試運転だよ、こいつらのな」
サマイクルが親指で二体のレジェスターを指差す。そして、クトネシリカの切っ先を卓人達へ向けた。
「そうか。なら話は早い」
卓人達はトロフィーを取り出した。
<エクスカリバー!>
<エンオウケン!>
<エッケザックス!>
<ガーンデーヴァ!>
「「「「変身!」」」」
四人が高らかに叫ぶ。そして変身を遂げると一斉に向かっていった。
ラウンダーがサマイクルと、天華がヨルムンガンド・レジェスターと、シズレクとアヴァターラがフェンリル・レジェスターと激突した。
「はぁっ!」
天華とヨルムンガンド・レジェスターの戦いは全くの互角だった。迫りくる両手の蛇を二振りの剣でいなしながら懐目掛けて天華が駆ける。両者の距離が縮まっていく。
「甘いですよ!」
両手の蛇が口から何かを吐き出した。それは緑色の粘液。天華の本能が危険を訴える。攻撃を中断して横っ飛びで回避。粘液は駐車場の柵に着弾するとみるみる内に溶けて消えた。
「これは……!」
「溶解液です。これを食らえばあなたの装甲も無事ではすみませんよ?」
ヨルムンガンド・レジェスターが不敵に笑う。
「なら簡単ね。攻撃に当たらなければいいだけでしょ!」
エンオウケンを握り直し、天華が駆けだした。
その傍ら。シズレクとアヴァターラ。そしてフェンリル・レジェスターの戦いは一方的だった。
「ウラァァァ!!!」
フェンリル・レジェスターが右腕を豪快に振るう。その威力は凄まじい。シズレクとアヴァターラを後方へと退かせた。
「なんだこいつ!?」
「凄まじいパワーだ……」
両者共に仮面の奥で唇を噛む。武器を構え直し、相手の動向を探る。
「それだけじゃないぜ!!」
フェンリル・レジェスターが駆け出す。そのスピードは目にも止まらない程。アヴァターラがガーンデーヴァから矢を放つが全く当たらない。瞬く間に距離を詰め、再びその剛腕を叩き込む。
「こんのぉ!!」
シズレクがエッケザックスで受け止める。瞬間。シズレクの体を衝撃波が突き抜ける。
「ぐぁっ……!!」
体内からダメージを受け、シズレクが怯んだ。その隙をフェンリル・レジェスターは見逃さない。渾身の力で振り抜き、シズレクが吹っ飛ぶ。そのままアヴァターラを巻き込み、二人は地面を転がり、変身が解けた。
「くそっ!」
「ぐっ……」
地面に倒れ伏す二人。フェンリル・レジェスターは彼らに構わず、すぐさま天華とヨルムンガンド・レジェスターの戦いに乱入。背後から天華を奇襲。腕から爪を伸ばし背中の装甲に深い傷を付ける。
「うぁっ!?」
「隙あり!」
体勢の崩れた天華へヨルムンガンド・レジェスターが溶解液を発射。慌てて体を捩るも避けきれない。溶解液が天華の右肩の装甲に着弾した。刹那、装甲が溶け出し天華に激痛が伝わる。
「うあっ!?」
予想以上の痛みに右手のエンオウケン・紅を取り落としてしまった。そこに二体の同時攻撃が炸裂。天華の変身が解けてしまった。
「美鶴城さん!」
ラウンダーがフォローへ向かう。そんな彼を阻まんとサマイクルが立ちはだかるも、
「させるか!」
「邪魔だ!!」
<カリバーン!>
<必殺神技!!>
横薙ぎ一閃。眩い一撃がクトネシリカもろともサマイクルを切り裂いた。地面を転がりサマイクルの変身が解除される。
「ぐっ……。くそぉっ!」
いとも簡単に突破され、虎杖は悔しげに唇を噛んだ。その間にラウンダーが桃を庇うように二体のレジェスターの元へとたどり着いた。
相対し睨み合う両者達。先に動いたのはフェンリル・レジェスター。持ち前のスピードで懐へ潜り込む。
「くっ……」
エクスカリバーを上手く動かし、かろうじて防御。ラウンダーが後方へ飛び退き距離を開ける。そこにすぐさま次の攻撃が。ヨルムンガンド・レジェスターが溶解液を放った。
「はぁっ!」
エクスカリバーから斬撃を飛ばし、溶解液を撃ち落とす。
「やるな」
フェンリル・レジェスターが口角を吊り上げ笑う。二対一の不利な状況。肩で息をしながらラウンダーは油断なく二対のレジェスターを睨む。
「なっ!?」
瞬間、ラウンダーのバランスが崩れた。見ると左足にヨルムンガンド・レジェスターの蛇が巻き付いている。
「そうれ!」
ヨルムンガンド・レジェスターが腕を振る。ラウンダーの体が空中に投げ出された。
「これで終わりだ!!」
フェンリル・レジェスターが口から衝撃波を飛ばす。空中に逃げ場は無い。衝撃波が迫る。
その時、横から飛翔する影がラウンダーを連れて衝撃波を避けた。
「「!?」」
驚く二体の周囲を旋回し、目の前に降り立つは神器 トリニティレガリア。右手にクサナギを携え、左腕のヤタノカガミを構えてレジェスター達を見据える。
「まだいけるよな、卓人?」
「当然!」
その脇で体勢を整えたラウンダーが頷く。二人が同時に走る。神器がヨルムンガンド・レジェスターへ、ラウンダーがフェンリル・レジェスターへ斬りつけた。
「んなっ!」
「ちぃっ!」
二体が怯む。が、すぐに立て直し、攻撃を繰り出した。ヨルムンガンド・レジェスターの蛇が二人のライダーへ振るわれる。横っ飛びで回避するも二人は分断された。
「まずはあなたからだ」
「おらぁっ!!」
着地を決めた神器へフェンリル・レジェスターの剛腕とヨルムンガンド・レジェスターが放つ溶解液が迫る。二カ所同時攻撃だ。
<鏡収!>
「「!?」」
溶解液が神器のヤタノカガミに吸い込まれた。そして、体を捻り、フェンリル・レジェスターへヤタノカガミを向けた。
<反鏡!>
溶解液がフェンリル・レジェスターへと放たれる。
「ぎゃあああ!!」
溶解液をまともに食らい、フェンリル・レジェスターの皮膚が焼け爛れ、悲鳴を上げた。
「このぉ!」
仲間のピンチにヨルムンガンド・レジェスターが両手の蛇を激しく振り回す。地面に亀裂を入れながら神器を幾度も襲う。攻撃の速度が速まり、反撃に転じれない。神器は仮面の奥で歯噛みする。
<アロンダイト!>
<必殺神技!!>
その時、ヨルムンガンド・レジェスターの背後からラウンダーが青い斬撃を放った。
「その程度。避けられないとでも?」
素早く身を翻し斬撃を避ける。ヨルムンガンド・レジェスターが得意気に笑った。
「いや。狙い通りさ」
ラウンダーの言葉に訝しむ彼の耳に音声が響いてきた。
<鏡収!>
「!?」
振り返ると神器がヤタノカガミを前に向けている。斬撃が鏡の中に吸い込まれた。そして、その前にクサナギを翳す。
<反鏡!>
「ハァッ!!」
青いエネルギーを纏ったクサナギがヨルムンガンド・レジェスターへと振り下ろされた。
「ぐわぁっ!?!」
ヨルムンガンド・レジェスターがフェンリル・レジェスターを巻き込みふっ飛ばされる。二体は地面に片膝をついて息荒く前を睨む。彼らの前には二人のライダー。
「決めるぞ、卓人!」
「あぁ!」
神器が三種の神器のトロフィーを、ラウンダーがエクスカリバーアームズトロフィーをそれぞれの武器へセットする。
<三種の神器!>
<究極神技!!>
<エクスカリバー!>
<必殺神技!!>
金色と銀色の斬撃が一直線に迫る。二体のレジェスターはダメージが大きく動けない。歯噛みしながら迫りくる必殺の一撃を睨んでいた。
その時、両者の間の空間が歪む。それは円を作り、中から人影が姿を現した。アスクだ。
<レーヴァテイン!>
<最終神技!!>
純白の一撃を横に薙ぎ、二つの斬撃を一瞬にして消滅させる。
「ナイスタイミングだったね」
「アスク……」
二つの必殺神技を打ち破り、飄々と言ってのけるアスクに対し、神器とラウンダーは警戒を露わにする。武器を構え直しながらアスクの次の動向を探る。
「それじゃあ、帰るよ」
「え?」
アスクは踵を返した。呆気に取られる神器達。顔だけを神器達へ向け、アスクは一つのトロフィーを見せる。
「目的は果たしたからね」
「そのトロフィーは!? マーリンの……」
手に持っているのはインキュバスレジェスタートロフィー。それ即ち、アスクの手によってマーリンが倒されたという証左に他ならない。
「結構面倒だったからね。僕も疲れたのさ」
「エムブラさんはどうした?」
「……斬ったよ」
「良かったのかよ……。お前の家族だろ!」
両者の間に微妙な空気が漂う。神器は悲痛な声で問いただす。
「だからこそだよ。これで心置き無く世界を終わらせられる」
「それでいいのかよ」
「他人の事を気にしてる場合かい? せっかく見逃してあげてるんだから黙りなよ。君にはもっとふさわしい舞台を用意してるんだから」
アスクは一歩進むと思い出したかのように動きを止めた。そして、傍らの人物へレーヴァテインを突き付けた。
「何のつもりだ、アスク?」
突き付けられたのは虎杖だった。突然の事に戸惑った顔でアスクを見る。
「悪いんだけどね。君はもういらない」
「はぁ? 何でだよ!」
「この戦いで君は何の役にも立ってなかったじゃないか」
「っ……」
事実を突き付けられ、虎杖は押し黙る。
「とはいえ、これまで役立ってくれたのも事実。命だけは見逃してあげる。……早く消えなよ」
冷めた視線でアスクは虎杖を見つめる。声色も冷ややかだ。促すようにレーヴァテインの切っ先をさらに押しつける。
「お前……覚えておけよ」
殺気の籠もった声でアスクを睨み、虎杖は逃げるように去っていった。
彼の後ろ姿を見届けるとアスクは未完の杯を起動させる。空間が歪みアスクと二体のレジェスターを飲み込んで消えた。
「さてと。始めよう」
石畳の部屋に戻り、変身を解いたアスクは玉座に腰掛ける。未完の杯の力を使い壊れた壁を即座に修復。
そして、部屋全体が、否、門出市全体が揺れた。街の中心部のアスファルトに亀裂が奔り、地下が隆起する。地響きを立てて姿を現したのは禍々しい塔。地響きが収まると塔の頂きにエネルギー状の巨大な剣が顕現した。ほくそ笑みながら再び杯の力を使う。瞬間。世界中の電波がジャックされ、画面には玉座に座るアスクの姿が映し出された。
「やぁ、初めまして。この世界に生きる者達よ。僕の名前はアスク。ヒューマンレジェスター・アスク」
突然画面の向こうに現れた存在に多くの人々が驚愕していた。それをよそにアスクは続ける。
「突然で悪いけど。僕はこの世界を滅ぼす事にした。門出市を見てごらん。巨大な塔の上に剣が浮かんでいるだろう?」
画面が切り替わり門出市の上空が映し出される。その現実とは思えない光景に人々がざわめき始めた。
「今はエネルギーを充填中でね。これが満タンになった時、剣は勢い良く振り下ろされ、地表を抉り、地球の核を砕く。そして、世界は内側から木っ端微塵に吹き飛ぶのさ」
アスクは玉座から立ち上がり、仰々しい手つきで両手を広げる。
「猶予は後十時間。世界最後のひと時を楽しんでおくといい」
その言葉を最後に通信が切れた。そして、人々の間で悲鳴が次々とあがる。パニックに陥る者、悲嘆に暮れる者等様々だ。
「アスク……」
そびえ立つ塔を見上げながら燈哉は静かに呟く。その手は固く握られていたのだった。