私たちの師匠は良い人 作:イエス
更新が遅れて、すみませんでした〜!
「うっ!」
晴れた空の下。
軽やかな足取りで住居間を跳び移っていた那須の横腹へ鋭い銃弾が襲う。
身をよじり回避を試みるも僅かに掠め、那須はうめくように言葉を溢した。
態勢を崩した那須は空中で身を翻して着地、トリオンが溢れる脇腹へ手を添え──間髪入れずに右へ跳ぶ。
那須が着地した箇所に数十のトリオン弾が襲った。
「シールド!」
それらを視認した瞬間、那須はシールドを展開。
合わせてトリオン弾が直角に曲がり、一部が避けたばかりの那須へ向かった。
もちろん、全ての弾が那須へ向かったのであればシールドを割れたかもしれないが、一部だけでは那須へダメージはない。
しかし。
「ッ!」
地面に沿りつつ上るかのような弾道を描きながら、再度鋭い銃弾が那須の左太腿を撃ち抜いた。
数をもって襲ってきたいくつものトリオン弾、曲線ではなく直角の弾道を辿ったトリガーの名前は
そして、弾速も威力も明らかに異なる一発は、見るものが見ればそれが狙撃トリガーの一つ、イーグレットによる狙撃であることが分かるだろう。
だが、考えてみるとおかしい。
元から曲げ方を登録している、もしくはリアルタイムによる弾道構築ができる
だが、イーグレッドの弾道は
すなわち、狙撃手が地面に伏せて那須を狙撃しない限りは有り得ない弾道なのだ。
だが、那須が視線を向けた先、狙撃が来た方向を見ても誰の姿もなかった。
『くまちゃん、ごめん。足をやられた』
『大丈夫! あと少しで見つけられる!』
内部通信で謝罪を述べる那須に対し、同じ空間ながら別の場所にて行動している熊谷が励ましの声をかける。
足首どころか太腿を撃ち抜かれた以上、大きく機動力が削られ動けなくなった那須。
そして、回避すら難しくなった那須を放っておく相手ではなく──
『ごめんね。長く持ちそうもない』
那須の視界には、那須にトドメをささんと先程よりも数を数倍に増やして、多角的に向かってくる
♢
場所が変わって、C級ランク戦ロビー。
訓練生であるC級隊員が正隊員であるB級になるために一対一の戦闘を行い、ポイントを争奪する場である。
しかし、C級以外にもB級隊員やA級隊員も利用しており、訓練生を脱することができる4000ptから先もポイントを上げることが出来る。
戦闘員にとって、このポイントが戦闘力の指標なのだ。
また、それ以外にも正隊員同士の戦闘になると戦闘本数や場所以外にも、少しばかりオプションとして設定をいじることができるのも特徴だ。
そういう理由もあって、基本訓練生ばかりが見られる場所ながら、所々正隊員の姿も見ることが出来る。
それと、もう一つ。
ランク戦ロビーということで、観戦モニターと観戦用のソファや机なども完備されている。
訓練生も正隊員も、注目の試合があった場合はここに集うというのも見慣れた風景である。
現に、今も十数人もの訓練生らがモニター越しに試合を観戦していた。
そして、そこに混ざる二人の正隊員。
「久々に見たけど、やっぱやべぇな。柊さんの
「
面白いもんを見たとばかりに笑う、カチューシャが特徴的な男の名は米屋陽介。
米屋の隣に立ちつつ、腕を組んで苦笑いを浮かべている男の名は出水公平。
どちらも正隊員の中でも精鋭とされているA級部隊の隊員であり、ポイントで言えばマスターレベルとされている8000ptを大きく超えている隊員たちだ。
彼らは訓練生に混じって、モニターに映る試合を見ていた。
観戦している試合は、那須と熊谷の二人が柊相手に立ち回っているという内容だ。
基本攻撃手、銃手、射手らがランク戦を行う場合は対面してからのスタートが多いが、今回は特別設定。
ポイントの移動はなく、2対1であり、B級ランク戦のようにバラバラの転送位置でスタートしている。
いつも見ている試合とは違う、だいぶ異色の試合内容に訓練生はもちろん少し様子を見に来た正隊員ですら足を止めてしまう(もちろん、ボーダー内で人気のある那須隊が戦闘しているからという面もある)。
徐々に人数が集まっていく
「よ、黒江」
「……米屋先輩」
学生が多いボーダー隊員の中、一際身長の小ささが目立つ黒江双葉へ声をかけた米屋。
今年で中学生となった身ながら、小学生に間違わられそうな風貌をしているものの実力は折り紙付きだ。最近入隊したばかりだと言うのに、わずか一週間ちょっとで正隊員入りし、あと少しでマスターレベルという天才。
強いやつと戦うのが好きな米屋がそんな彼女を知らないわけもなく、どこか冷たい雰囲気を持つ黒江と時折ランク戦をやって仲良くなっていた。
そんな彼に遅れるように出水がやってきて、挨拶と共に祝いの言葉を口にした。
「黒江、加古隊への入隊おめでとう」
「出水先輩。ありがとうございます」
ペコリと頭を下げてお礼を述べる黒江に、米屋もそういえばそうだったと「おめでと〜」と遅れて告げる。
そうして軽く挨拶を交わしたのち、黒江は視線をモニターに戻して二人に質問を投げた。
「米屋先輩。出水先輩。あの柊って人、誰ですか?」
「ん? あ、そっか。黒江は見るの初めてか」
素早い正隊員への昇格。加えてA級部隊である加古隊への入隊を果たした黒江は、入隊してから日が浅い分知らない顔も多い。
ボーダー初期勢ということでボーダー内では有名な柊を知らないということで、米屋は少し驚いてみせる。
対し、出水は素早く応答した。
「性格面と戦闘面、どっちを知りたい?」
「戦闘面で」
即座に戦闘面と答える黒江に、思わず出水は苦笑いを浮かべる。
彼女も米屋と同じランク戦が好きな気質がある上、特に他人を気にする質でもないので気になるとしたらそっちだろうな、と考えてはいたが、即答とは。
そんな風に考えている出水とは異なり、米屋が口を開いた。
「ボーダーに二人しかいない、
「
初めて聞く兵種に、黒江が疑問符を浮かべる。
たしかに数百人と所属する隊員の中で、二人しかいない兵種な分聞くことが少ないため、黒江が知らないのは仕方ない。
そんな黒江に、出水が続けた。
「攻撃手、銃手、狙撃手のトリガーで8000pt以上ある隊員が呼ばれる兵種だ。柊さんはボーダー初期からいる人で、初期の頃は弧月をメインに使ってて、次に
「ちなみに無所属だけど、ソロでA級隊員やってんよ」
少し細かい説明に、米屋が捕捉する。
基本部隊でA級となる分、ソロでA級というのは非常に珍しい。
それらのことを知った黒江は、自分が何故柊のことが気になったのかに納得していた。
加えて、もう一つ。
「
指差しもせずに黒江が尋ねる。
どれのことを言ってるのか分からない二人だったが、モニターを見て気付いた。
「あぁ、あのトリガーか」
三人の視線の先、モニターに映る場面。
ちょうど那須が、
「アレは柊さんが開発したオプショントリガーの《跳弾》だよ」
「跳弾……?」
「言葉のまんまだ。撃ち出す前に設定した回数分弾が反射するオプショントリガー。一応、狙撃トリガー以外にも普通の銃や射手でも使えるやつなんだけどなぁ〜」
「狙撃トリガー以外で使おうとすると、めちゃくちゃ使いにくいし、トリオン効率も悪いからな……」
どこか遠い目で「全弾跳弾できたら面白いのにな」とモニターを見る出水に、黒江は小さく首を傾げる。
ただ、なんにせよ狙撃で《跳弾》を扱いつつ、正確な標的を撃ち抜く技量は凄まじいものだ。
そこまで思考の手を伸ばしたところで、改めて気になったことを口にした。
「柊さんの各トリガーのポイントって、いくつなんですか?」
狙撃手としての腕や、おそらくリアルタイムで
ただ、やはり自身が相手の力量を計る目安として用いていたポイントを知りたかった。
しかし、自分のはまだしも他人のポイントを覚えているのはほんの一部の人間のみだ。
米屋に至っては、自分のポイントすら覚えていない。
「……弾バカ、覚えてる?」
「いや……」
案の定、首を捻って困る二人。
そこに、一人の帽子を被った男が現れた。
「《弧月》が8146pt。《変化弾》が9841pt。《イーグレット》が9524ptだな」
「あ、荒船先輩、こんちゃっす!」
「こんにちわッス」
「おう」
自身の帽子のツバを触りながら、笑みを浮かべてやってきたこの人物は荒船哲次。
以前はマスターレベルの攻撃手だったが狙撃手に転向し、最近マスターレベルまでポイントを上げてきた腕利きの隊員だ。
ただ黒江とは初対面だったようで、軽く自己紹介がてらの挨拶を交わしていた。
会話に突然入り込む形となった荒船だが、ポイントが分からなかった身としては教えてくれたのはありがたい。
ただ、米屋は一つ気になったところがあった。
「荒船さん、そんなにポイント覚える人でしたっけ?」
「ん? まぁ、ちょっとな」
米屋の疑問に、言葉を濁して答える荒船。
それにどこか思うところがあったが、現在の話題とは無関係なので特に拾うことなく戻った。
「弧月が低いんですね」
「他の二つと比べたら低いっちゃ低いけど、それでもマスターレベルはあるぞ。守りやカウンターを得意としてる攻撃手でな〜。攻撃手の中じゃぁ、柊さんに勝ち越すことができればマスターレベルでも上位って言われてんぜ」
「一時期馬鹿みたいに挑んでたよな、お前。柊さん、最後の方だいぶ参ってたぞ」
米屋と出水がそんなやり取りをしている中、荒船は「ひさしぶりに柊さんの戦いを見るな」とモニターに集中していた。
黒江もモニターに視線を戻すと、《
黒江は思う。
たしかに、こうして位置がわからないまま狙撃や銃撃されるのは辛いだろう。
だが、こうして位置さえ分かれば狙撃の方向もあらかた分かるのでシールドも間に合う。そして最終的には距離を詰めて近接を臨むことができる。
距離さえ詰めれば脅威であった《
「……と、思うじゃん」
そう、黒江が内心で考えていた時だ。
いつのまにか黒江の方を見ていた米屋が、考えを見通すようにして、言った。
「《弧月》だけなら腕さえ良ければ何とかなるけど、全部有りならこっからがしんどいんだぜ、柊さんは」
笑みを浮かべて黒江にそう告げた米屋とは別に、モニターを見ていた荒船が嬉しそうに、それでいて嫌そうに表情を歪め。同じくモニターを見ていた出水が心底嫌そうにポツリと呟いた。
「出たよ、《砦》」
♢
那須の犠牲を払いながら、柊の狙撃位置をようやく特定した熊谷は、柊がいる中層建築物へと向かっていた。
おそらく、柊は熊谷が向かってきていることに気付いてる。
それなのに狙撃や変化弾による妨害が入らないのが、柊を知らない黒江と訓練生は分からなかった。
次の瞬間だ。
「くっ!」
視線の先の建築物に、次々と壁が現れ始める。
その壁は一階の窓を塞ぎ、二階三階の窓の内側に出現し、外にもいくつか関係なさそうな位置に現れた。
トリガー名、《エスクード》。
任意の位置にバリケードを出現させ、シールドのように空中に展開はできず地面や壁に沿わなくてはいけない分耐久力が高いトリガーだ。
エスクードによる建築物補強、さながら見た目は要塞。
そして──
「ッ! シールド!」
三階の窓から一発の銃弾が現れたと思うと、窓際で斜めに出現していたエスクードに反射して下へ、再度反射反射反射。熊谷の右肩へ向かう。
その攻撃に何とか反応できた熊谷は咄嗟にシールドを構える。
しかし、着弾と同時のタイミングで一階のエスクードの隙間からもう一発の銃弾が放たれ、一度の反射で熊谷を前から真っ直ぐ向かってきた。
最初の一発は防いだが、次の一発は防げず。
横腹に大きな弾傷を与えた。
「ぐぅ……!」
すぐさま、建造物の複数の窓から変化弾が出現。
さまざまな角度から熊谷を襲いかかるが。
「まだ……っ!」
その一言と共に熊谷が踏み込む一足で前へ加速した。
さまざまな角度をつけて襲ってくる変化弾は、あらかじめ柊が熊谷の動きを読んで設定した弾道を辿る。
故に、受けに回らずより前へ向かうことで弾幕から逃れることを目指した。
次いで、一階から入るのではなく、跳躍して二階へと。塞いでるエスクードを《旋空》を用いて切り開いて侵入した。
「入った!」
拡張された弧月の剣閃によりエスクードや建造物の壁が崩れる音を聞きながら、熊谷は部屋の中を見渡す。
一階層丸々一部屋となっている、特殊な間取りだった。
所々エスクードが展開されていることで後ろが見えないため確定は出来ないが、柊はいないようだった。
それを確信した次。
熊谷が侵入した部分から、そして上階層へ続く階段から変化弾の数々が向かってきた。
「シールド!」
狙撃ではない分、比較的大きく広げても変化弾ではシールドを破ることはできず、また今回も予測による弾道だ。
加えてエスクードを正確に避けて動く変化弾だが、熊谷へ向かいながら回避先を潰すように分たれる変化弾は分かれる度に数を減らす。
今回熊谷を正確に襲った変化弾は、五つか六つ程度であった。
問題なく防いだことに安堵した熊谷だったが。
次には熊谷の天井が、何かに切り刻まれたように崩落した。
「ッ!?」
咄嗟に天井に視線を向け、視認したのは柊の姿。
弧月を手に、熊谷へ落下する。
熊谷は咄嗟に前へ飛び込む形で回避した後、起き上がりながら背後に振り返る流れで旋空を放つ。
上階から落ちて着地と同時の攻撃だった。
しかし、柊は着地の勢いのまま態勢を下げて、地面ギリギリまで伏せることで避けてみせる。
そして、伏せた態勢のまま柊の手から弧月が消え、代わりに出現したのはイーグレッド。
かなり特殊な構え方で、続けて三発撃ち出した。
「……ぐッ!」
撃ち出された銃弾は、そもそもとして熊谷に向かっていなかった。
だが、その銃弾は一度着弾すると天井を、壁を、エスクードを反射して熊谷を周りを駆けていた。
「まだあるぞ」
そんな一言を柊が呟いた時。
先程崩した天井の穴から、階段から変化弾が現れて各々空間内を動き回る。
銃弾、変化弾。
熊谷はどのタイミングで、どれが襲ってくるか分からない。
だが、柊は違った。
「足を止めるなよ、くま」
まるで当たらないのが分かっているかのように横へ移動し、再度一発そのまま熊谷へ撃ち出す。
周辺の環境変化に意識がいっていたせいか、シールドを展開するも左肩を撃ち抜かれる熊谷。
密閉された空間。
反射による銃弾や変化弾の数々。
無策で突っ込めば、後手に回されてしまう。
不意にシールドを展開しながら、柊へ向かう熊谷。
対し、柊は弧月を抜いて対応する。
数度打ち合った後鍔迫り合いに移行、柊が一歩退いて熊谷が前へ踏み込めた瞬間──
「っぶない…ッ!」
変化弾が、狙撃の銃弾が。
柊の目の前ギリギリを横から襲った。
熊谷は直前で一歩踏み込まず、退いたことで直撃はしない。反射回数を超えた銃弾一発が次の着弾で消失。
一息をつけたと思いきや。
「……ッ」
これまで周囲を回っていた銃弾が、変化弾が部屋の中央へ乱雑に向かってきた。
さまざまな角度から襲ってくる攻撃は、さながら無差別に飛び回るピンポンボールのようだ。
シールドを背中に展開しつつ、全て防げないと判断した熊谷は床を切り裂いて下階層に逃げようとする。
だが。
「残念。最初にそれをするべきだったな」
嵐のような銃弾群の中、まるで意に返さず、いつも通りの立ち姿で、柊は旋空を放った。
その旋空はおよそ十一メートル先の、階下に逃げようとした熊谷を正確に切り裂いたのだった。
「ま、最初にしようとしたら、同じように斬ったんだけど」
両断された熊谷のトリオン体は、最後にそんな柊の声を切っ掛けに一筋の光となり、
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