私たちの師匠は良い人 作:イエス
ワートリ杯。
とても良いものを、たくさん読ませていただいてます。
──今から、大体一年半ぐらい前。
「え、俺が見るんですか?」
俺、柊が本部開発室に尋ねていた頃だ。
少しばかり、勘違いをしていた頃だ。
いつも通りトリガー構成の関係で開発の方と話をしていたら、ふと横から声が掛けられたのが始まりだった。
声をかけてきたのは、一年前に攻撃手から開発に回った稀有な人物、寺島雷蔵。
彼は開発に回って動かなくなった影響か、一年前よりも大きくなったお腹を気を使うようにさすりながら頷いた。
「うん。おねがいできる?」
「……それって、例の試験の奴ですよね」
例の試験という単語。
今日日漫画やアニメでも聞かないような、非常に抽象的な確認なのだが、寺島さん相手には問題なく伝わったようだ。
「そうそう。可能性として挙げられていた
寺島さんは手元のタブレットを操作しながらそう説明すると、ふと操作を終えてタブレットを俺に渡した。
タブレットに表示されたのは被験候補者のデータではなく、今回試験を行うにあたる目的や実行にあたる条件などの仔細であった。
「ほんとにやるんですか、これ」
「同意は取れてるし、許可も降りた。トリオン体の可能性を模索するのも俺たちの仕事だ。もちろん、考えうる万全の体制を敷くし、念の為同行者も来てくれるらしい。あとは試験官だけなんだよね」
「寺島さんは試験官しないんですか?」
「俺はデータ収集」
ズコーとストローをすすりながら、寺島はそうまとめる。
淡々としている寺島に対して、俺は言葉を濁す。
忌避感があるのだ。なんでこんなことをわざわざ、と思うところがあるのだ。
その様子を見かねた寺島さんは近くの椅子を持ってくると、俺のそばに座り、ほのかに笑みを浮かべた。
「頼むよ」
世話になってる先輩のお願いを無下には出来ず、俺はゆっくりと頷き、承諾したのだ。
試験当日。
無機質な立方体の空間の中心に俺は立っていた。
開発室近辺に位置された、トリガーなどの試験目的で設えた空間。機能的には、コンピュータ上で擬似的にトリオンの動きを再現する訓練室とほぼ同じだが、ここはよりトリオン体やトリガーの状態・挙動などを測る機能が備わっている。
当然のことながら、俺はすでにトリオン体。
そして、そんな俺の目の前には二人の少女が立っていた。
「那須玲です。よろしくお願いします」
「熊谷です。よろしくお願いします」
二人とも緊張している様子だ。
まぁ、それもそうだろう。
ボーダー本部設立してから二年ほどとはいえ、一般人がボーダー本部に来ることなどほとんどない上、これからトリガーを扱うのだから。
俺は二人の自己紹介に軽く頷くと、続けた。
「本日の試験官および君らの監督をする柊だ。確認だけど、那須さんが本試験の被験者。熊谷さんが同行という形で間違いないね?」
「はい」
俺の確認に簡潔に返事をしたのは熊谷だった。
那須は先と変わらない様子だが、よく見てみると肩で軽く息している上に顔色も悪い気がする。
「(やっぱり、この試験は危ないんじゃないか)」
彼女の様子から、俺は内心でそう呟く。
今回の試験の目的は、身体的問題から運動が勧められない人物がトリオン体で問題なく稼働が出来るかというものだ。
トリオン体は非常に特殊だ。
現実の肉体と比べると運動性能は十数倍。例えトリオン体で傷つこうとも現実の肉体には全く影響もない体。
そして何より、トリガーを扱うにおいてトリオンの量の差は絶対的であるのにも関わらず、
と、言ってもだ。
結局トリオン体で動く場合は現実の肉体で動く時のイメージはしているし、トリオン体でいても現実の肉体での疲労がゼロというわけではない。
現実の肉体に戻った時、トリオン体時のフィードバックが重すぎるなんてことはない話ではないのだ。
見るに、那須は立っているだけでも大きな疲労が出てくる様子。
悪い想像は容易に浮かぶ。
『柊』
不意に、内部通信。
データ収集として部屋外にいる寺島さんの声だった。
『そろそろ始めていいよ』
『……分かりました』
了承とともに懐から二つのトリガーを取り出して、二人に渡す。
「これがボーダーの所有するトリガーだ。これから君たちにはこれを起動してもらい、少し運動をしてもらうよ。訓練用のものだから、特に危ないものはないから安心してほしい」
おずおずと受け取る那須と熊谷。
物珍しそうにトリガーを見つめ、触る。
基本的にボーダー外秘なため、こうして実物として見るのは初めてなのかもしれない。
ただ、起動の仕方は分かっていたようだ。
「じゃあ、起動してくれ」
「「トリガー、オン」」
俺の指示に、何を言われるわけでもなく二人同時に起動してみせる。
見慣れたトリオン換装の光景、全身を光が包み込むと共にトリオン体へと。
換装後の二人の服装はC級隊員、いわゆる訓練生が身にまとう白を基調とした隊服であった。
それ以外は全てトリガー起動者の肉体情報を参照しているため変わりはない。
初めてトリガーを起動した二人の反応はこれまでの訓練生から見られる反応と似通っていた。
本当に自身の体か確かめるように手を握っては開き、突然変わった服の感触を見ては──いや、那須は少し違った。
「すぅ……はぁ……」
彼女は、感触を確かめるよりも先に大きく深呼吸し。
次に、止める。
そして、六秒ほどしてから吐き出すと。
「………!」
目に見えて、瞳に輝きが宿った。
「……よし。それじゃあ、この空間内を軽く歩いたり走ったりと動いてみてくれ」
俺がそう言うと、熊谷は動かず那須の方を見て、那須はゆっくりと歩き出した。
地面の感触を確かめるようにゆっくりと、そして段々と踏み込みの力を強めていき、最後にはジョギングぐらいの速度へ。
そうして空間の端に辿り着いた那須は、そのまま停止し動かなくなる。
何かあったのかと心配した熊谷と俺は遅れて彼女の元へ走り出し、側に寄る。
その最中、寺島さんに確認したが特に大きな問題は検知できていないとのことだ。
故に想定外の何かと思ったが。
「辛くないんです」
それは杞憂だった。
「息を止めても、苦しくないんです」
こちらを見ることなく、壁を見つめる那須。
「走っても、体から力が抜けないんです」
依然壁から視線を外さない。表情が窺えない。
「体が、ちゃんと、動くんです……ッ」
自分でも信じられないと言わんばかりの声色で。
けれど、それが本当のことなのだと気づけば、もう声は震えてて。
その様子から、熊谷も涙を瞳に浮かべて那須の側へ歩み寄り、彼女の肩に手をやる。
肩を震わせて嗚咽を零す那須の背中と、そんな彼女のために涙を浮かべる熊谷の姿を見て、これはトリオン体の可能性の模索とかではなく──
「(そうか……)」
救われるための
ようやく、理解したのだった。
──そして、これが二人との出会いだった。
♢
「柊さん、聞いてます?」
「ん?」
現実に引き戻された感覚があった。
声のした方、右を見ると米屋がいた。
正面には黒江、左には出水と荒船。正方形のテーブルを囲う形で俺たちは向き合っていた。
そうか。先程俺は那須と熊谷との戦闘を終え、ランク戦ロビーへ降りたところに米屋らから声を掛けられたのだと、遅れて気がついた。
ちなみに、那須たちは現在自分達で先の戦闘の振り返りをランク戦室で行なっているようで、俺はその待ちをしている最中だ。
「ごめん、なんの話だったっけ?」
「那須や熊谷との初対面とか、師弟の馴れ初めの話っすよ」
「あ〜……」
米屋が茶化すようにして笑う。
出水や先程会ったばかりの黒江も、米屋のように口にはしないが興味津々のようだが。
「成り行きだよ、単純に」
答えられるのは、それぐらいだった。
あんまり開かすようなものでもなく、初対面の時と同じように元は
語るほどでもない。
当然、彼らの望んでいた回答ではない。
「そうですか」
しかし、米屋と出水はニカッと笑って納得してみせた。彼らは騒ぎが好きな類の男子高校生ながら、こうした話の踏み込む具合を察して退く判断が出来るのは好印象だ。
だからこそ、彼らはすぐさま話題を変えてみせた。
「そういえば、柊さん。さっきの
出水が身を前に出して尋ねるのは、《砦》について。
それに俺が答えるより先に、黒江が口を開いた。
「《砦》ってなんなんですか?」
非常にぴっちりと身体を整えて座る黒江の姿は中学一年生らしさというものを感じない。
だが、そのぶっきらぼうな声色や話に割って質問を差し込む辺りに幼さが垣間見えて、少し安心する。
遠慮のなさから、らしさを感じれた。
「特に自称したわけじゃないんだけどね……」
そんな彼女の質問に苦笑いを浮かべる。
これは自分なりの戦い方を研究していく内に、勝手にそう呼ばれるようになった戦法なのだ。
「あそこまで露骨にしたのは、熊谷だけが残ってたからだな。あれで那須が残ってたりしたら、もう少し
先に米屋の疑問を答えた上で、俺は黒江に向き直って続けた。
「俺の戦法は基本、
跳弾狙撃や置き弾
その戦法の完成形の一つが、先程熊谷相手に用いた《砦》であった。
《砦》と言っても、常に建物の中にさらにエスクードで補強するわけではなく、あくまで自分の周りに、自分の都合の良いように環境を変える戦法だ。
屋外でも普通に使うし、なんなら跳弾狙撃により捕捉が難しい俺の位置にようやく気づいた相手が近づく前にエスクードを使う以外にも、相手が近接の間合いに入ってから急にエスクードで《砦》を構築することもある。
例え近接の間合いとなっても、弧月で戦えるのも俺の強みなのだ。
遠距離の間合いでは
この方法であれば、たとえ一部隊相手でも勝てる自信はある。
「(まぁ、一部例外はいるけども……)」
内心で苦笑いを浮かべながら、ため息。
例外の代表例でいうと、二宮が挙げられる。俺が《砦》を構築したとしても、その外から
もちろん、俺としてはそれは非常に困るので、自分の位置が把握される前に跳弾狙撃で削るか、最悪相打ち狙いで動く。
二宮相手だと、相手が間合いに入ってからエスクードを展開して《砦》を構築しようにも、俺がエスクードを展開しつくすよりも俺を撃ち殺される方が早い。
あとは、太刀川とか小南とか。俺の戦法を真正面からぶつかって捩じ伏せてきたりする。まじ怖い。
説明の裏で柊がそんなことを考えていると、ふと黒江の眉間に眉が寄せられて疑念を浮かべた。
「なんで、そんなことできるんですか?」
そんなこと、とは。
かなり抽象的な言い方だが、米屋や出水、荒船は彼女の言ってることがよく分かった。
そもそもの跳弾狙撃や変化弾のリアルタイム設定。突然エスクードによる《砦》で大きく環境を変えたというのに、それらの精密さが全く損なわれることなく、否、エスクードを利用とした攻撃の精度はなお上がっていた。
先の熊谷との戦闘。大きく動きが制限された熊谷に対して、柊は全く阻害されることなく、自分の動きを自由に行なっていた。
それは撃ち出した狙撃の反射弾道や変化弾の設定した弾道はもちろんのこと、自ら展開したエスクードすらも完全に把握していないと出来ない芸当だ。
跳弾狙撃もかなり変態技術だが、《砦》を行うにあたる動きも変態技術と思われた。
そんな
そういう意味を孕んだ疑問に、柊は軽く笑みを浮かべて答えた。
「ほとんど俺のサイドエフェクトのおかげだよ」
黒江の口が、キュッと閉まった気がした。
サイドエフェクト。
トリオン能力が高い者の中で稀に発現する、言葉の通り副作用的な能力だ。
ボーダー隊員の中で有名ところで言うと、強化聴力や強化睡眠学習などがある。
基本的には人間が持つ能力の延長上の範疇でしかないのだが、サイドエフェクトの中でも『S』ランクに該当するものだと超能力なのかと錯覚するレベルのものもある。
そんなサイドエフェクトなのだが、俺のはそんな超能力のようなものではない。
「《三次元読解》。それが俺のサイドエフェクトの名前だ」
簡単にまとめると、俺のサイドエフェクトは空間把握と三次元計算などが統括的に行える能力だ。
今見えるランク戦ロビーの高さや奥行きが、見ただけで距離の数値として理解できるし、一度見たことがある場所、言うならば今の俺からは見えない背後の空間や廊下、各部隊室などが俺の頭の中ではハッキリと正確に把握できている。
流石に見えない人の動きとかは分からないが、マップとしてあらかた把握した地形であれば、
ここまでならば《強化空間把握》などの名前になるだろうが、俺はここから追加でもう一つ。
跳弾や変化弾の弾道設定など、何をしたら空間内でどういう動きをするのか、そういう計算が感覚的に出来る。そして、それが把握し続けることが出来るのだ。
常人ならば把握しきれない動きでも、そこからの動きが分かっているか、規則性さえあるのであれば一瞥するだけで把握しきれる。
これが、俺の戦法の根幹なのだ。
「相変わらず、凄いっすね」
あらかたの説明が終えた後、出水がため息と共につぶやいた。
たしかに、聞いた限りだと跳弾や変化弾を扱うのに最適な能力だと思うだろう。
しかし。
「いやぁ、結構苦労したんだぞ? なにしろ、どう撃てば当たるのか。どのくらい反射が必要なのか。どのように弾道設定すればいいのか分かったとしても、
そう、あくまでサイドエフェクトは、空間を把握した上で
その通りに動くには自分が正確にそれをなぞらなくてはならない。
「俺と黒江の距離は、1メートルと13センチ。こんな感じで距離に関してはかなり正確に分かる。けど、戦闘時にそれを理解したからといって、距離に合わせて旋空を振るうには自分の技術がそのまま出る。俺はボーダー初期からいて、ようやく思った通りの動きをトリオン体で出来る様になったんだ」
やはり、体の動かし方というのはセンスと慣れがモノを言う。
そしてそれはトリオン体でも同じことが言える。
その中で、俺は最初弧月を使っていたわけだが、銃と比べると態勢や刀の振り方一つ取っても多様だ。最近までそれに合わせて動けなかった上、トリオン体の動きに慣れた六年ほど経って、ようやく弧月のマスターになれたのを考えると、俺に攻撃手の才能はなかったのだろう。
「その反面、射手や狙撃は良い。設定した通り、構えた通りに撃てば、弾はその通りに動いてくれるからな」
もちろん、変化弾もイーグレッドも慣れるまでは難しかったが、ほとんど撃ち方についてはほぼ固定だ。練習すればするほど練度は上がる。
《跳弾》のオプショントリガーも、俺のサイドエフェクトをさらに活かすために開発したものなのだ。
「と、まぁ、こんな感じかな」
「はい、ありがとうございました」
隠し事なく開かした俺の戦法に、黒江は答えに満足したようで頭を下げた。そして、頭を上げると視線を此方に向けて、続けた。
「時間があれば、個人ランク戦十本。お願いしてもいいですか」
百聞より一見。一度その戦法の脅威を体験してみたいと考えての提案であった。
もちろん、いつもなら受けるのだが……。
「ごめんな。今日は那須たちを優先にしてるから、個人ランク戦は受けられない。明日以降、時間が空いた時にやろう」
約三週間、ほとんど本部に帰らずにいた。
それによる埋め合わせというか、なんというか。今日は那須たちに時間を使うと約束していたのだ。
「……分かりました。明日よろしくお願いします」
少し間を置いて引き下がる黒江。
そして、その話を横で聞いていた米屋も戦いたかったのか「ちぇ〜」と口を尖らせていた。
そこで話が一区切りしたと判断したのか、出水の横で静かにしていた荒船が質問を投げてきた。
「そういえば、柊さん。この一ヶ月近く姿を見なかったんですけど、どこにいたんですか?」
「ん? ちょっと玉狛の方に通ってただけだぞ」
その俺の言葉に、出水が「へ〜」と感嘆のため息を吐いたかと思うと身を乗り出す。
「そうだったんすね。京介のやつ、上手くやってました?」
「見た限り、充実してるみたいだったぞ」
満足げに笑みを浮かべて、何度か頷く出水。
半年ぐらいまで一緒に居た、元同じ部隊メンバーの後輩だ。本部付きから玉狛へ移ったことで姿を見なくなったので、心配をしていたのだろう。
「よし、それじゃ、そろそろ那須らを迎えに行く。話し相手になってくれて、ありがとうな」
戦闘を終えて、大体三十分ほど経ったことに気づいたら俺は立ち上がり、四人に感謝を述べる。
ペコリと会釈する黒江、右手を振って「いえいえ〜」と返す出水と反応はさまざまだが、見るに四人とも話していて楽しかったようだ。
「それじゃ、黒江。俺でよければ、何度でも相手になるよ。明日またやろうか。米屋もな」
それじゃ、と四人に挨拶を交わし、踵を返す。
二人がいる個人ランク戦室へと向かいながら、俺はもう一度那須たちの付き合いについて振り返っていた。
約一年半、と思い返せばそれなりに長いものだ。
本当にこの一年半、色々と教えたものだ。
「さて」
俺は軽く伸びをした後、ため息をついた。
首をポキポキと鳴らしながら、歩む足を止めず。
ポツリと呟いた。
「どうやって切り出そうかな、師弟関係の解消……」
自惚れでなければ一悶着あるだろうな、と。
そんなことを考え、俺は先よりも深く長いため息をつくのであった。
おそらく匿名中最後の更新です。
つまり、次の更新はワートリ杯終了後になると思います。
読者の方々、数々のワートリ杯参加作品がある中読んでいただき、ありがとうございます。
お気に入りしてくれた方、評価を投げてくれた方。
これからも更新は行うつもりですので、今後ともよろしくお願いいたします。