アナタが待つ、あの海の向こうへ   作:fell@かぶとがに

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初めて会ったとき、アナタはあんなに頼りなくて。
それでも私は、アナタのその真っ直ぐな瞳に惹かれて。
夢を見てみようと、思ったのです。


出会い、そして貰った夢

タキオンさんとそんなやり取りをしてから、約ひと月後。

私は、トレーナーさんの故郷へと訪れていました。

 

海沿いの小さな田舎町。

ここでトレーナーさんは生まれ育ったそうです。

 

今日はトレーナーさんの四十九日法要の日。

トレセン学園から出席するメンバーは、タキオンさんとそのトレーナーさんと私、計三人です。

当初は担当ウマ娘だった私と、公私ともに交流が深かったタキオンさんのトレーナーさんの二人だけの予定だったのですが、

 

『私も一緒に行かせてもらうよ。ご家族には既にご了承頂いているからねぇ』

 

とのことでした。

トレーナーさん同士の仲が良かったことや、タキオンさん自身も私のトレーナーさんと親しい関係だったこともあり、かねてよりタキオンさんのことを知っていたご家族からはスムーズに返答を頂けたようです。

 

法要の開始までは、まだ時間があるようで。

トレーナーさんの実家のそばで、海を眺めていました。

 

「こうして話すのも久しぶりだね、カフェ」

「……そうですね」

 

ひと月前に放課後の教室でやり取りをしてから、タキオンさんとはあまり会話を交わしていませんでした。

元々私から話しかけることは滅多になかったため、あれ以来タキオンさんが言葉少なになると、自然とコミュニケーションが減っていったので……。

 

今も特に話題がなく押し黙っていると、タキオンさんのバッグから振動音が聞こえました。

 

「ん……コンビニに行ってるモルモット君が、何か飲み物でも買っていこうか、だとさ」

「ならお言葉に甘えて……私は缶のブラックコーヒーを」

「うん、返信しておくよ」

 

モバイル端末の画面を見ながら、タキオンさんが返事をします。

その声色は淡白で、しつこかった頃と比べると研究者然としており、喪服姿も相まってなかなかどうして様になっていました。

 

「年末の有マも近いが……出走予定だそうじゃあないか。体調はどうだい?」

「コンディションは悪くありません……トレーナーさんも気を遣ってくれていますから」

「……そうかい……なら、いいんだが」

 

以前より減ったとはいえ会話が全く無くなっていたわけではないのですが、あれ以来、タキオンさんは私のトレーナーさんについて何も言わなくなっていました。

勿論、トレーナーさんと一緒にいるのは事実なので、何か言われる筋合いはないのですが……。

 

「しかし、だいぶ冷え込むようになってきたねぇ」

「潮風も冷たいですね……」

 

冬の海に来たのは初めてでした。

夏の海なら合宿などでも訪れますが、冬のそれは、夏とは全く違う顔を見せていて。

 

「確か今日は、法要のあとで海に散骨するんだろう? 寒くないのかねぇ……」

 

タキオンさんが苦い顔で呟きます。

遺骨がどうなろうと、トレーナーさんはここにいるので、あまり関係ないでしょうが……。

そんな時候の挨拶のような問答のあとに、タキオンさんが思い出したように言いました。

 

「そうそう、カフェに聞きたいことがあったんだが……」

「なんでしょうか?」

「そういえば聞いたことがなかったんだが、トレーナー君とはどんな出会いだったんだい?」

「私と、トレーナーさんの出会い……」

 

そっと目を瞑り、思い出します。

トレーナーさんとの出会いは、メイクデビュー直前の……。

 

「……そうでした。実は私、元々は別のトレーナーの元でトゥインクル・シリーズを走る予定だったんですよ」

「……初耳だねぇ!?」

 

目を丸くし、想像以上に驚くタキオンさん。

考えてみればこの話を知っているのは、トレーナー陣始め、トレセン学園側の人々だけかもしれません。

 

「あれは……選抜レースの直後のことでした――」

 

✝ ✝ ✝ ✝

 

当時、選抜レースに出場した私は、手前味噌ですがトレーナー陣から注目を浴びる存在でした。

そんな中、最初に声をかけてきたのはGⅠウマ娘の育成経験もある、ベテランの有名トレーナー。

 

『私の才能を磨かせて欲しい』、と。

 

よくある誘い文句でしたが、トレーナーとしての能力は疑い無いと思い、トレーナー契約を了承しました。

他のトレーナー陣は、

 

『あの人が担当するなら』

 

といった様子で、すぐに去っていきました。

 

そして、正式に契約する前にトレーナー室で会ったとき。

私がお友だちと話していると、そのトレーナーは言いました。

 

『虚空に向かって何を話している、何かストレスでも抱えているのか』

 

それに対して、入学したてで世間知らずだった私はバカ正直に、

 

「他のみんなには見えないお友だちがいて……いつも、話しているんです……」

 

と、答えました。

するとそれを聞いたトレーナーは、つい口が滑ったように言いました。

 

『頭がいかれてるんじゃないか』

 

恐らく本人も、頭ではそう思っていても口にまで出すつもりではなかったのでしょう……腐ってもプロですから。

ですが一度口にしてしまい、私と信頼関係を築くのは無理と判断するや否や、即日、契約キャンセルの手続きが行われました。

 

まだ契約が決まっていないトレーナー陣も多く、私は気にしていませんでした。

ですが……その考えは甘かった。

有名トレーナーから契約キャンセルを言い渡された私は、著しい気性難とでも思われたようで。

 

経緯を公表されたわけではありませんでしたが……誰も私を担当しようとはしませんでした。

メイクデビューの日が近付いても、私には誰一人見向きもしない。

このまま担当が付かなければ、トレセン学園を退学しようとすら考えました。

 

そんなときでした……あの人が、私に声をかけてきたのは。

 

「なんか俺たち、ちょっと似てるな」

 

自販機の横で、話す相手もおらず一人座り込んでお弁当を食べていたときのことでした。

挨拶も何もなく……突然話しかけられた第一声がそれだったので、不審者かとも思いましたが……。

 

「……誰ですか、アナタは」

「あ、ごめんごめん! いきなり声かけられたらびっくりするよな」

「はい……それで……アナタは誰ですか……?」

「あはは、知らないのも当たり前か。何か飲むかい?」

「だから! 誰ですか!?」

「うへぇ?!」

 

後にも先にも、あんな風に怒鳴ったのはそのときだけかもしれません……イライラしてしまって……。

私の剣幕に驚いたのか、体が飛び上がっていました。

 

「あ……よく分からんボタン押しちゃった……」

 

その人は、あちゃー、と声を漏らしながら、自販機から缶を取り出して、私に差し出しました。

 

「今年から配属になった新人トレーナーだよ。ええと……コーヒー、飲める?」

 

そう言って渡されたのは、ブラックコーヒーの缶。

今でこそ常飲してますが、その頃はコーヒーなんて飲んだことがなくて。

 

「……飲んだことないので、分かりません……」

「だよねえ……お茶とかジュースとか炭酸飲料とかの方が良かったよね……どれがいいかな」

 

追加でもう一本買おうとしているのを見て、なんだか申し訳なくなって。

今思うと、あんなに不審がっていた気持ちがスッと無くなっていたのは、あの人から滲み出る人の良さが理由だったのかもしれません。

 

「いえ、そのコーヒーで構いません……いただきます……」

「そ、そう? 口に合わなかったら無理しなくていいからね」

 

少し警戒しながら、渡された缶コーヒーを飲んでみると。

確かに苦く、それまでなら決して好んで飲む味ではなかったのですが。

 

「……にが……」

「あああ! 無理しないで無理しないで、俺が飲むから! ……いや待って、女の子が口を付けたのを知らない男に渡すのはどうなんだって話だよな……」

「……大丈夫です、これくらいなら飲めますから」

「む、無理させちゃってごめんな……はぁ、俺こんなんばっかだな……」

「無理をしてるわけでは、ないですよ……」

 

苦いと思ったのは本当で。

好んで飲む味でなかったのも本当で。

 

でも、何故か……その人に貰ったこのコーヒーは、なんだか暖かい味がして。

どうにも飲みたいと、思ってしまったんです。

 

「きみ、マンハッタンカフェだろ?」

「ええ、そうですが……」

 

何故私の名前を、と一瞬思いました。

ですが、すぐに気付きました。

私の悪い噂は、こんな新人トレーナーにまで届いていたのだと。

 

けれど、だとしたらわざわざ話しかけてきた理由が分かりませんでした。

 

「何かご用ですか……?」

「いや、特に何か、ってわけじゃないんだけどさ」

 

話しながら、その人も同じ缶コーヒーを買いました。

缶を開けて一口飲むと、ふぅ、と息を吐いて、空を見上げて。

 

「俺、こんな感じで抜けてるからさ。学生さんと話しててもすぐ呆れられちゃって、担当契約まで全然至らなくてね……」

 

そこまで言うと、慌てたようにこちらを見ました。

 

「いや! きみも抜けてるとかそういうことじゃないよ! 俺みたいなのと一緒にされちゃ迷惑だよな!」

 

真顔の私の前で勝手にあたふたしている内に、手元も怪しくなっていました。

案の定次の瞬間、持っていた缶コーヒーを落としてしまいました。

溢れて広がったコーヒーは、私の制服のスカートの端を濡らしてしまって……。

 

「うわああぁ!? ごめんマンハッタンカフェ!!」

「……気にしないでください、端が少し濡れただけなので……」

「俺、何やってんだ……」

 

ハンカチを取り出すと、スカートの端に当て、コーヒーを吸い取ろうとします。

ですがすぐに手を止め、再び青ざめた表情で。

 

「……ねえ、これってセクハラになっちゃう……?」

「別に、私はこれくらいなら気にしませんが……人によっては、初対面でされるのはダメかもしれませんね……」

「……こんなんだから俺、誰も担当させてもらえないんだよな……育成については人並み以上に勉強してきたつもりだけど……」

 

ハンカチを私に手渡し、しょぼくれながら落とした缶を拾う姿を見ていると。

全然性格も違いますし、しでかしてることも全く異なりますが。

変な話ですが、でも何故か私も、どこか似てるな、と思ったんです。

 

他人から、呆れられてすぐに見限られてしまう者同士。

その気持ちが分かるこの人なら、浮いてしまっている私のことも、自然に受け入れてくれるんじゃないか、解き放ってくれるんじゃないか、と。

そんな淡い期待を、心のどこかで抱いていたんだと思います。

 

だから私は、残っていた自分のコーヒーを一気に飲み干して。

この人に、諦めかけていた夢を賭けてみようと思ったんです。

 

「コーヒー、ご馳走さまです……」

「あ、全部飲めたんだ……大丈夫? ほんと無理してない?」

「ええ、大丈夫で――」

 

と、答えようとしたのですが。

 

「……」

「……顔色悪いけど、本当に大丈夫……?」

「……」

「えっと……どうしたのかな……?」

「……お腹、痛い、です……」

「わああああ!? ほ、保健室保健室ぅーッ!!」

 

そんな慌ただしい出来事が、私とトレーナーさんの出会いでした。

 

✝ ✝ ✝ ✝

 

「あっはっはっは! 確かにカフェとトレーナー君らしいねぇ!」

「そんなに笑わなくても……兎に角、それで体調が落ち着いてから、私から担当を依頼したんです」

「トレーナー君はお友だちのこと、何も突っ込まなかったのかい?」

「お友だちのことは、正式に契約する前に話したのですが……」

 

今思えばそのときが、トレーナーさんの大好きな笑顔を、初めて見たときだったかもしれません。

 

「『いい友だちじゃないか、俺はカフェみたいには見えないから羨ましいよ』、と……欠片も疑わず、誰もいない方向に挨拶してましたね……」

「あっはっはっは!」

 

タキオンさんが、心底面白そうに笑います。

決してバカにしているのではなく、懐かしい友人の思い出話を聞く表情で。

 

「そうか、道理できみたちはあんなに仲が良かったわけだ。なんだかんだ、カフェも面倒見がいいからねぇ」

 

別に、それだけが理由というわけじゃないんですけど……。

 

「それから、一年強を一緒に過ごして……トレーナーさんのことを、少しずつ知っていったんです」

「彼は分かりやすい部類の人だと思うけどねぇ……」

「基本はそうなんですが、例えば……トレーナーさんが実は喫煙者だって、知ってましたか?」

「……えーっ?!」

 

本日二回目の驚きを頂きました……。

ええ、ああ見えて、普通に接してると意外と知らないところ、沢山あるんですよ。

 

「あんまりイメージがつかないねぇ……」

「トレセンでは勿論、一切吸ってませんでしたからね……遠征に行ったとき、休憩で立ち寄ったコンビニで吸っているのを見て知りました」

「ふぅン、てっきり『煙草は身体に悪いよ!』とか言うタイプだと思っていたんだが……」

「実際そう思ってはいたようですが……学生の頃、カッコつけて吸い始めたら止められなくなってしまったそうで……」

「……ふふふ、しょうもない感じが確かに、言われてみると彼らしいねぇ……」

 

他にも色々ありますよ……教えてあげる気はありませんが……。

 

カフェ、と愛称で呼ぶために、わざわざ菓子折りを持ってお願いに来るとか。

実はバイクも趣味で、ウオッカさんを乗せてあげたとか……知ったとき、思いっきり拗ねて困らせましたが……。

 

あとは……。

 

「……よく、地元の海が好きだと言ってました。この場所で冬の空気を吸いながら、コーヒーと煙草を味わうのが特に好きだって……」

 

そう口にしたとき、小さな痛みを胸元に感じました。キュッと、わずかに締め付けられるような。

 

「だから……散骨するのかもしれませんね……」

 

私が今、コーヒーを好んで飲んでいるのだって。

トレーナーさんに貰った缶コーヒーの暖かさが忘れられなくて、こそこそ飲んでいるのが見つかったとき。

どうせなら、とトレーナーさんがサイフォンで淹れてくれたのが切っ掛けでした。

 

「今の私を造っているものは……その沢山が、トレーナーさんから貰ったモノなんです……」

「そうだねぇ……この一年強で、カフェは本当に表情豊かになったよ」

「そこまでですか……?」

「ああ、恋する乙女の顔をするくらいには、ね」

「?! ごほっごほっ……!」

「つばが気管支にでも入ったかい、全く、世話が焼ける」

 

そう呆れたように背中をさすりつつ、タキオンさんが私に向ける表情は、とても優しく、穏やかで。

 

「たった一年と少し程度で、と宣うバカ者もたまに見るがねぇ。互いの夢を重ねて四六時中一緒にいるんだ、そりゃパートナーの一部が自らの血肉になることもあるだろうさ」

「……タキオンさんも、ですか……?」

 

そう聞いたとき、少し離れたところから、駆け寄ってくるタキオンさんのトレーナーさんの声が聞こえました。

 

「二人とも、飲み物を買ってきたよ」

 

声がする方を見やり、タキオンさんは目を細めました。

 

「ああ、勿論私もだ。モルモット君からは日々、色々なモノを貰っているよ。実験データ以外にも、ね」

「ん、何の話だ?」

「いやいや、きみは気にしないで結構だ」

 

含み笑いをするタキオンさんに、わけがわからないと頭を捻る、彼女のモルモットさん。

私もついこの前まで……同じように、トレーナーさんと二人で……。

 

「……いえ、トレーナーさんは今も隣にいますから……そうですよね……?」

 

そう独り言ちてトレーナーさんを見ると、いつものように微笑んでいて。

そんな私を見る目の前の二人は、何故か一瞬、寂しそうな目で、私を見ていました。




出会いを思い出すマンハッタンカフェ。
彼女の瞳に映るのは、夢か、現か。
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