そう信じて疑わず、笑顔のアナタと寄り添って。
けれどもそれは、独り善がりだったのかもしれません。
時間が近づいてきたので、法要の会場となる、トレーナーさんの実家に赴きました。
家の中に入ると、客間の中央に僅かな花と一緒に、トレーナーさんの遺影が置かれていました。
通夜と葬儀にも出席はしたのですが、そのときは半分上の空で、どんなことがあったかはあまり覚えていません。
ただご家族を始め、親しかったであろう人々が涙を流し、嗚咽をこらえていた光景はまだ脳裏に残っています。
『息子は学園での一年間、本当に楽しそうでした。夢を見させていただき、ありがとうございます、マンハッタンカフェさん』
「いえ……私こそ、トレーナーさんには色々と助けていただきました……」
ご両親は目元こそ泣き腫らしていましたが……通夜や葬儀のときに比べれば、幾分か割り切れているようでした。
「カフェ、きみは辛くないかい」
「何故ですか……?」
「通夜や葬儀のときは上の空だったみたいだからねぇ……このひと月半ほどで、心の整理はついてきているのかと思ってね」
「ご心配なら無用です……タキオンさんなら分かっているでしょう……?」
「……そうだねぇ」
そう答えるタキオンさんは、やはりどこか物憂げな表情を浮かべていました。
左右に目をやれば、お友だちとトレーナーさんが。
いつも二人と一緒ですから、触れ合えない寂しさはありますが、辛さは感じていません。
ふと遺影の方に目をやると、見慣れないウマ娘の親子が、トレーナーさんのご両親に手をついて挨拶をしていました。
「ああ、カフェは二人のことを覚えていないようだね」
「あの親子は……?」
「トレーナー君が守った、例の女の子だよ」
母親が沈痛な面持ちで何度も感謝と謝罪を述べている隣で、ウマ娘の少女はじっと、トレーナーさんの遺影を見つめていました。
「あの子……」
「……ああ、よく似ているだろう。カフェ、きみにね」
黒い長髪に、僅かに差した白い髪。
言われてみると、幼少期の私にそっくりでした。
「だからトレーナー君は、考えるよりも先に飛び出してしまったんだろうねぇ……」
「え……」
タキオンさんの言葉に一瞬、頭が真っ白になりました。
まさか……本当に……本当に、そうなんですか。
答えが欲しくて、隣のトレーナーさんを見遣りましたが。
やはりトレーナーさんはいつものように、笑顔を浮かべ続けているだけでした。
「……何ですか……それ……」
私に似ているから、って。
勿論、それだけではないんでしょうけど。
でも、飛び出した理由の一端でも、そんなことがあるのなら。
「……バカにしてるんですか……?」
私と似ている子を助けて、私本人と離れるなんて。
私がどんな気持ちになるか、考えてないんですか……?
少女を助ける……確かにそれ自体は称賛されて然るべきものでしょう。
その結果、自らの命を失うとしても、それはその人の判断です。
でも、その行動の理由が、私にあるとしたら。
似ていたから、私を見殺しにしてしまうように感じて、思わず飛び出したのだとしたら。
「……勝手に私を理由にして……それって、本物の私を、見捨ててるだけじゃないですか……!」
隣にいるトレーナーさんをキッと睨みつけますが、返事は何もありません。
お友だちはどこか心配そうに、私のことを見ています。
それは、タキオンさんも同様で。
「カフェ、落ち着きたまえ」
「でも……!」
「私が勝手に推測し、勝手に言ったことだ。悪かった、そんなに気にするとは思わなかったんだ」
「っ……」
タキオンさんに窘められて、僅かに落ち着きました。
確かに……ここは本来、ご家族を始めとした皆さんが心を落ち着けるための場。
……私みたいな者が、一時の感情で乱していい場所ではありません……。
「あとでいくらでも謗りは受ける。今はただ、静かに祈ろう」
でも、祈るって言ったって……こんな何も宿っていない写真や遺骨に祈って、何になるっていうんですか……。
トレーナーさんはここに……ここに、いるのに……。
「……あれ……?」
妙なざわめきが、私の胸中を襲いました。
……おかしいです……そう、トレーナーさんは、隣で笑っているのに……私はさっき、何故……トレーナーさんが私を見捨てた、なんて……?
「う……ぐ、ううぅ……」
「カフェ……?」
そう考えた瞬間、万力で締め付けられたかのように、頭に痛みが走って。
「ぁ……痛い……頭が、割れそう……!」
「カフェ……!? カフェ、しっかりしたまえ!」
「カフェ、どうした?」
小さくも鋭い声で、タキオンさんとそのトレーナーさんの二人が、私に問いかけました。
その様子を見ていた周りの人々も、何事かとこちらに視線を向けます。
このままではいけないと判断したのか、二人は私に、外へ出るよう促しました。
「すみません、ちょっと彼女の体調が優れないようなので少し外へ……カフェ、歩けるか?」
「……え、えぇ……なん、とか……」
「トレーナー君はこのまま法要に参加してほしい。カフェは私が外で休ませるから」
「……分かった。ただ、不味そうならすぐに連絡をくれ。場合によっては救急を呼ぶから」
「ああ……皆さん、お騒がせして申し訳ないが、一度失礼するよ」
タキオンさんに肩を支えられ、一言話すのも息絶え絶えな私は、外へと連れ出されました。
心配そうにこちらを見つめるウマ娘の少女の顔が、外へ向かう間、ずっと頭から離れませんでした。
✝ ✝ ✝ ✝
「落ち着いたかい、カフェ」
「……お騒がせしました」
「カフェが悪いわけじゃない。まだトレーナー君への気持ちが落ち着いてないんだろうし、私にも責任があるからねぇ……」
外へ連れ出されてから、かなりの時間が経っていて。
頭痛はすぐに落ち着いたのですが……気分が優れず、タキオンさんの膝を借りて、介抱してもらっていました。
先程の海の近くで、潮風に当たりながら。
誰かに膝枕をしてもらうなんて久しぶりです。
確か春にお花見をしたときに……トレーナーさんが膝を貸してくれて……。
そんな懐かしい思い出が過る程度には、体調も良くなってきていました。
「法要は……もう、終わる頃でしょうか……」
「致し方ない、こういうこともあろうさ……体調を戻して、散骨はちゃんと見届ければいい」
「私は……有マにさえ響かなければ、それで構いません……」
「今年の有マはオペラオーくんを筆頭に、格上の強者がわんさかと出るからねぇ」
徐々に水平線の空が、夕焼け色を少しずつ混ぜ込んでいく中で。
お友だちは先程より一層心配そうに、黙って私のことを見守っています。
自分のことに必死でしたが、落ち着いてきたので、ふと気になってトレーナーさんを探すと……。
気付いたときには、周りを見回しても、その姿はどこにもありませんでした。
「……何処に行ったんですか……」
「……誰がだい?」
「……トレーナーさんが……トレーナーさんが、どこにもいないんです……さっきまで、ずっと隣にいたのに……」
「それは……」
タキオンさんは言葉に詰まり、黙り込みました。
確かに……確かにずっと……隣にいたはずなんです……。
あの事故の日から、片時も離れず、数秒たりとも消えず……。
「……トレーナーさん……私は、ここですよ……地元で迷子なんて、トレーナーさんらしいですが……」
「違うんだよ、カフェ……彼は……彼は、ずっと以前に、あの日事故に遭ってから、もう……」
いくら呼んでも、トレーナーさんの姿は現れません。
いつもなら、
『ごめん! 猫追っかけてたら知らない道に行っちゃってた!』
とか言いながら、不安そうな私の頭を撫でてくれるのに。
そうですよ……私が不安なとき、辛いとき。
あなたはいつも、いの一番に駆けつけてくれたじゃないですか。
初めての重賞挑戦に怯えていたとき。
その重賞に負けて隠れて泣いていたとき。
風邪をひいて寝込んでしまったとき。
タキオンさんと険悪になってどう謝るか悩んでいたとき。
どんなときもあなたは、おどおどしたり、試行錯誤しながらも……震える私を微笑みながら包み込んで……たくさんの安心と、幸せをくれました。
いつもはあんなに弱々しくて、情けないのに……。
重賞に負けて泣いていたときも、面倒な場所に隠れていた私を、あなたはあっという間に見つけ出して。
いつもなら下手くそなフォローで私を呆れさせるくせに。
あのときは、何も言わず、ただただ私を抱きしめてくれて。
声を上げて泣き続ける私を、ずっとずっと、優しく暖めてくれましたよね。
そんなあなただから……私はいつしか、想いを寄せていたんですよ……。
「トレーナーさん……トレーナーさん、どこですか……私……辛いんです……」
だから、いつもみたいに。
その情けない顔で笑顔を作って、
『大丈夫だよ』
って。その一言だけでいいんです。
あなたがそう言ってくれれば、私は、私は……。
「カフェっ……!」
タキオンさんが、膝に寝かせていた私を抱きしめました。
あの教室のときのように、腕が震えています。
「いないんだよ……トレーナー君は、いないんだ……」
「……嘘、嘘ですよ……嘘だ……」
どこかで、多分私は分かっていたんでしょう。
でも……心地よい幻想に溺れるのが楽で……。
きっと、耐えられないほどに……私はあの人に、依存していて……。
「きみが見ていたのは、トレーナー君の幻だよ……」
「嘘ですってば……!」
私は必死に、必死に全てを否定しました。
でも、やはりトレーナーさんはどこにもいなくて。探せば探すほど、現実を突きつけられるだけでした。
メイクデビュー直前、担当契約をした、あのとき。
『何があっても、絶対に一人にはしないよ。一人の寂しさは知ってるからね』
と。
あなたは、そう言ったじゃないですか……。
「……嘘つき……」
手のひらで目元を覆って、加えて、何とか漏れ出そうになる嗚咽を堪えました。
「あなたは、嘘つきです……何度も言ったじゃないですか……私だけのトレーナーさんだって……私のことは、絶対に見捨てないって……」
「やめてくれ……やめてくれ、カフェ……」
何者から溢れたのか分からない雫が、私の顔を伝っていきました。
トレーナーの影を追いかけるマンハッタンカフェ。
それをどうしようもない悲しみと共に見つめるアグネスタキオン。
自覚したマンハッタンカフェは、涙をこらえて。