アナタが待つ、あの海の向こうへ   作:fell@かぶとがに

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その子は、愛したアナタによく似ていました。
無垢な瞳、夢を語る言葉。
その姿を見て、私も少し、大人になれたでしょうか。


面影、そして反復

「お姉さんたち、ウマ娘だよね?」

 

ふと、急に声をかけられました。

タキオンさんと二人して、声の主に目を向けてみると。

そこにいたのは、中学生くらいの少年でした。

 

「……泣いてるの?」

「……ああ、すまない、みっともなかった。ちょっと色々あってね……」

 

タキオンさんが慌てて目元を拭いながら、笑顔を作って返事をします。

一方の私は、起き上がって少年の顔を見た途端……絶句してしまいました。

 

自信がなさそうだけれど優しげな目元や口元。

心配そうにこちらを気遣う声色。

 

まだまだ子供らしさが抜けきらない顔立ちですし、声変わりもしていないようですが。

 

「……トレーナー、さん……?」

 

ぼそりと呟いた私の声は、少年には届いていないようで。

代わりに、私を抱きとめているタキオンさんの腕に力が入り。

あたかも、落ち着きたまえ、と伝えようとしているかのようでした。

 

私もそれで、冷静になって。

 

「……ああっ!! もしかしてアグネスタキオンさんにマンハッタンカフェさん?!」

「……詳しいんですね」

「うん! 大きなレースは毎回観てるし、なんてったって、将来の夢はトレーナーだからね!」

「っ……!」

 

胸が強く締め付けられるのを感じました。

なんでこんなにも……こんなにも、あの人にそっくりなんですか……。

 

少年が一言喋るたびに、憧れの存在への満面の笑みを浮かべるたびに。

あの情けなくも童心を忘れられないような、トレーナーさんの笑顔が浮かびます。

 

「っ……ぅ……」

「……大丈夫かい、カフェ」

「二人とも、どうしてそんな辛そうに……あっ……」

 

何かを察したかのように、少年の表情も暗くなります。

 

「そっか、今日ってあそこの兄ちゃんの……確か、マンハッタンカフェさんの……ごめんなさい、俺、無神経で……」

「……気に、しないでください」

 

悲しみを無理やり堪えて、天を仰ぎます。

少年も何も喋れなくなってしまい、重い空気が周囲を包みました。

 

こんなとき、トレーナーさんならなんて言うでしょうか。

トレーナーさんならどうするでしょうか。

そのとき、ポケットに先程貰ったものが入っていたことを思い出しました。

 

「……きみ」

「え?」

「コーヒーは、飲めますか……?」

 

私が少年に差し出したのは、一缶のブラックコーヒー。

先程モルモットさんがくれたものです。

人からの貰い物ですが……これくらいなら、いいですよね。

 

「コーヒーかあ……飲んだことないなあ……」

「……ふふっ」

「え、カフェさん、なんで笑ってるの?」

 

まるで、あの日のトレーナーさんと私を見ているかのようで。

つい、泣き笑いのような声が漏れ出してしまいました。

 

「……何事も挑戦ですよ……さあ」

「うーん……」

 

しかし少年は私と違い、少々疑い深いようです。

でしたら、ちょっと最後の後押しを。

 

「……トレーナーが夢なんですよね。今をときめくクラシックGⅠウマ娘からプレゼントを貰えるなんて……滅多にない経験ですよ……?」

「!!」

 

そう言うと少年は目を輝かせ、私の手から引っ手繰るようにコーヒーの缶を受け取りました。

そして缶を開けて、慌てるようにブラックコーヒーを飲んで、一言。

 

「……にが……」

「……ふふふ……!」

 

案の定、少年は渋い表情でこちらを恨めしそうに見てきました。

 

「そうだとも、そんな苦い飲み物、正常な者が飲むものじゃないよ! 全くカフェ、やはりきみは異端者だったようだねぇ!」

「紅茶と砂糖を一対一で飲むような常軌を逸するアナタもどうかと思いますが……」

「タキオンさん……それもどうかと思うよ……」

「えーっ?!」

 

いつの間にか、重苦しい空気はどこかへ飛び去っていて。

三人の笑い声だけが、周囲に響いていました。

 

「コーヒー、飲み切れますか……? 辛いようでしたら……残りは私が……」

「えっ!? だ、大丈夫! 大丈夫だから!」

 

気を遣ったつもりだったのですが……少年は慌てたように答えると、顔を真っ赤にして残りのコーヒーを一気に飲み干してしまいました。

 

「……大丈夫ですか……?」

「にが……じゃなくて、だ、大丈夫……!」

 

少年が明らかに無理をしているような笑顔でガッツポーズを取ると。

隣のタキオンさんが肘でつんつんと私を突き、こっそりと耳打ちしてきました。

 

「きみも罪なお姉さんだねえ、カフェ」

「は……? なんのことですか……?」

「いやはや、無自覚とはね……少年の人生が捻子曲がらないと良いが……」

 

クスクス笑うタキオンさんの言葉が理解できず、聞き返していると。

 

「ご馳走さま、カフェさん!」

「空き缶、捨てておきますから、こちらへ……」

「何言ってんのさ! ちゃんと洗って、宝物として飾っておくんだ! クラシックウマ娘から貰ったんだって! それじゃあね!」

 

そう言うと少年は、缶を片手に嬉しそうに、海の方へ走っていってしまいました。

 

「……トレーナーさんも、子どもの頃はあんな様子だったんでしょうか」

「かもしれないねぇ。あの少年よりも、更にへたれていそうではあるが」

「……ふふっ」

 

二人でその背中を見送りながら、私は。

菊花賞のとき、トレーナーさんと話したことを思い出しました。

 

感極まって抱きついてきたトレーナーさん。

私も同じ気持ちで……そのままトレーナーさんの背中に腕を回して、離さないでいて……。

 

『……俺、カフェに出会えて本当に良かったよ。GⅠやクラシックがどうとかいう話じゃなくてね』

『じゃなくて、なんですか……?』

『あー、その……』

『……その……?』

『……なんだかさ、カフェと一緒にいると、暖かいんだよ、心の奥が。だから菊花賞勝利も、一層嬉しいんだろうなあ……』

『トレーナーさん……それって……』

『……ううん?! いやなんでもない! なんでもないから! それじゃあウィニングライブ頑張って!』

 

そう取り繕うと、私の腕を振り解いて、控室から走り去ってしまいました。

私は……その先の言葉を聞きたかったのですが……。

私の想いが、あなたに届く可能性はあったんですか、と。

 

「……思えばずっと振り回されっぱなしですね、私……」

「何がだい?」

「いえ、なんでも……」

 

そういえばご家族の方から、落ち着いたらトレーナーさんのアルバムでも見に来てください、と言われたことがあったのを思い出しました。

その頃はまだ周りがまともに見えていなくて、生返事を返してしまいましたが……。

 

「……今からでも遅くなければアルバム、見せて貰いに行きましょうか……」

「それは私も興味深いねぇ」

「何当たり前のようについてこようとしてるんですか……」

「ああいや、別に深い意図はなくてだねぇ! 単に興味が湧いたというか……」

 

突然、タキオンさんが慌て始めました。

いつものように鬱陶しい絡みをしてくるのかと思い、身構えていましたが……。

どこか気まずいというか、照れくさそうなタキオンさんを見ていて、はたと気付きました。

 

「……もしかしてタキオンさん、今日ついてきたのも、私を心配して……?」

「〜〜!? ななな何を言っているんだいカフェぇ?! 私はただ、親しい友人を見送ろうと思っただけでねぇ……!」

 

激しく狼狽するタキオンさん。

そうですか……あなたは、そんなに私のことを気にかけてくれて……。

そんな暖かい心遣いに感謝を伝えようとしたのですが。

 

「ん……?」

 

突然タキオンさんは立ち上がり、目を凝らして遠くを見始めました。

 

「どうしたんですか?」

「あれは、まさか……カフェ、あそこが見えるかい……!?」

 

タキオンさんが、鋭い声で私を叩き起こします。

並々ならぬ表情に驚き、急いでその視線の先を凝視すると。

海の上で、藻掻くように水飛沫を上げている姿が目に入りました。

 

「あの子……さっきの少年じゃないか……?!」

 

タキオンさんが声を上げるのとほぼ同時に。

私は何も考えられず、ただ無我夢中で、溺れる少年を目指して駆け出しました。

 

「待て! 待ちたまえ、カフェ!!」

 

一瞬にして遥か後方となったタキオンさんが叫ぶ声が聞こえます。

ですが、私はそれどころではなくて。

凄まじい砂煙を巻き上げて。どんなレースよりも速く。

 

一目散に、少年の元へと向かいました。

 

どうやら少年は、砂浜の横にある小さな崖……というにはあまりにも小さい、迫り出した丘から落ちたようでした。

トレーナーさんの散骨のために出てきた人々もちらほらと見え、私たち以外にも気付いた人がいるようです。

 

飛び込んで助けるか、二次災害を防ぐ意味でも通報等するべきか。

そんな人々の動揺が垣間見られます。

ですが私は、迷わず。

 

「どいてください!」

 

遠くから叫ぶと、集まり始めていた人々も、ウマ娘が本気の走りで迫っていることに気付いたようで。

慌てて横に下がり、私の進路を開けてくれました。

 

「今、助けますから……!」

 

トレセンのプールや、夏合宿の海で練習したように。

綺麗なアーチを描いて、海へと飛び込みました。

 

しかし、流石はウマ娘用の喪服。

フォーマルな外見は崩さないようにしつつ、いざというときに激しい動きができるよう、スリット等様々な工夫が凝らされているようでした。

 

そのお陰で、動きに全く支障がありません。

急いで少年の横へ泳ぎ着き、その身体を抱き上げました。

 

「大丈夫ですか……?! 落ち着いて、呼吸を整えて……」

「げほっ、げほっ……」

 

どうやら、本格的に溺れる前に間に合ったようです。肝が冷えました……。

ある程度水を吐いて落ち着いたらしく、少年が申し訳無さそうに口を開きました。

 

「ごめんなさい……さっき貰った缶を落としちゃって、拾おうとしたら、足を滑らせて……」

「……バカですね、そんなものより命の方が大切じゃないですか……夢があるんでしょう……?」

「うん……」

 

私は少年の頭を軽く撫で、抱きかかえたまま岸へと戻りました。

安堵の表情を浮かべている人々に混じり、タキオンさんとそのトレーナーさんが、最前列中央で待ち構えていました。

 

「カフェといいアイツといい……どうしてそうも考えるより先に動くんだ……」

「まぁまぁ、いいじゃないかモルモット君。こうして尊い命を助けられたのだから」

 

そう語る二人は、心の底から安堵した表情を浮かべていて。

少年だけでなく、私も心配をかけていたことに気付き、二人並んで申し訳無い表情を貼り付けていました。

 

「少年、こっちに来たまえ」

 

タキオンさんが差し出してくれた手に、少年を渡します。

 

「さ、次はカフェの番だ。お疲れ様」

 

半泣き状態の少年を岸へと降ろし、タキオンさんは今度は私へと手を伸ばし――。

 

「……っカフェ! 危ない!!」

 

タキオンさんの悲鳴に、背後へ振り返ると。

私を飲みこまんとする大きな波が、頭上から襲いかかってくるところでした。

 

「あ――」

 

私は、回避行動も、覚悟して息を止めることも、何もできず。

海のなすがまま、大波に飲まれるしかありませんでした。

 

「カフェぇーーーっ!!!」

 

水底に引き摺り込まれながら。

ただどこか遠くから、タキオンさんの悲痛な叫びだけが響き渡っていました。




現れた、トレーナーとそっくりな少年。
少年の夢に溢れた瞳を見て、カフェはどうにか前を向こうとする。
なお、少年の性癖は守られるのか。
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