アナタが待つ、あの海の向こうへ   作:fell@かぶとがに

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聞こえますか。
聞こえていますか。
聞いてくれて、いますか。

私は、前に進みます。
だから、どうか。


旅立ち、そして目覚め

「しかしやはり、きみら二人はそっくりだな」

 

モルモットさんがこちらを見ながら、そう言って苦笑しました。

 

「何が、ですか……?」

「アイツ信号待ちしてるときに、事故の直前あのウマ娘の子と話してたんだよ」

 

聞くと、どうやらあの子は、トレーナーさんが私の担当だと知っていたようで。

 

「何度も何度も、カフェさんみたいになるんだって……それもあって、放っておけなかったんだろうな」

「そうだったんですか……」

「さっきのカフェと同じだよ」

 

そう言われて、少年と話していたときを思い出します。

確かに私は、あの少年にトレーナーさんの姿を重ねて……。

あそこまで無我夢中で助けに走り出してしまったのは、確かにそれがあったからかもしれません。

 

「……私も、トレーナーさんのこと、言えないですね……」

「そんなもんだよ、誰だってね」

 

そう言って、モルモットさんは再び苦笑しました。

 

「そうそう、積極的といえば、タキオン」

「な、なにかね、モルモット君」

 

急に言葉を向けられ、警戒するタキオンさん。

 

「先程の、きみのカフェへの人工呼吸だが……」

「えっ?」

 

思わぬワードに、つい聞き返してしまいました。

人工呼吸ということは、つまり……。

 

「ああ、そうだ。すぐさま飛び込んでカフェを引き上げたあと、呼吸がないと気づくや否や、タキオンは迷わず……」

「……人命救助だぞ?! そりゃあ迷わずやるべきことはやるさ!」

「でも途中で一瞬、『あ……ファースト……』と、小さな声で……」

「あ゛ーっ?! 黙りたまえモルモット君!!」

 

顔を真っ赤にして、ポカポカとモルモットさんの胸元を殴るタキオンさん。

傍から見ると微笑ましい光景ですが、照れているタキオンさんが、そこまで手加減をできているとも思えず。

タキオンさんの筋力強化実験の成果でしょうか……モルモットさんは微笑みながらも、何かを吐き出すのを我慢しているようにも見えますが。

 

「そ、それはカフェも同じだろう!? きっとカフェだって、初めて……」

 

そう言われて、あの日のことが思い出されました。

あの病室で、トレーナーさんと……。

 

「……私は別に、ファーストではないので、気にしていません……」

 

横で、モルモットさんが耐えきれずに大きく咳き込みました。

そしてタキオンさんは、またもや目を丸くして。

 

「えーっ?!」

「……アイツが面と向かってそんなことができるとは思えん……カフェ、やはりきみ、あのときに……」

「……さて……なんのことでしょうか……」

 

そんな話をしていると。

トレーナーさんのご家族の方が、散骨を始めていいかどうか、おずおずと尋ねてきました。

どうやら私のせいで、中断されていたようです。

申し訳ないことをしてしまいました……。

 

「お騒がせしました。こちらはもう大丈夫ですので、進めていただけますか?」

 

モルモットさんが答えるとご家族の方は、モルモットさんの言葉に続いて頷く私を見て、安堵したように微笑んで。

そのまま頭を下げると、海沿いで準備をしていた他の方々の元へと駆け足で去っていきました。

 

そのとき。

入れ替わるようにして、一匹の黒猫が、足元にじゃれついてきました。

 

しゃがみこんで撫でてやると、嬉しそうに頭を擦りつけてきます。

左手を差し出すと、薬指をぺろぺろと舐めてきました。

 

「人懐っこい猫ですね……」

「猫? 近くには見当たらないが……」

「え?」

 

怪訝そうにあたりを見回すタキオンさんへと顔を向けた、一瞬の間に。

もう一度向き直ったときには、黒猫の姿はありませんでした。

 

「……疲れているのでしょうか……」

 

色々なことがありましたし、何かの見間違いかもしれません。ため息をついて、左手で額を押さえたのですが……。

 

「……何でしょう……硬い感触が……」

 

改めてまじまじと左手を見てみると。

 

「あ……」

 

黒猫が舐めた指に、指輪がはめられていました。

私が大好きな黒猫が小さくデザインされた指輪。

いつの間に、こんなものが……。

 

「ん? その指輪……どうしてカフェが……?」

「……ご存知なんですか? 黒猫に舐められたと思ったら、急に……」

 

モルモットさんは身を乗り出して、しげしげと指輪を見つめました。

 

「……事故のとき、買い出しに行っていた、と伝えただろう?」

「ええ……」

「実は、な……買い出しじゃなくて、アイツが注文してた指輪を取りに行ってたんだ」

「……えっ……」

 

そんなの。

そんなの、初耳です。

トレーナーさん、そんなこと、一言も……。

 

「何度も何度も相談されてね……カフェの気持ちに応えていいのか、自分の中でも生まれつつある感情を伝えていいのか……」

「っ……」

 

……やっぱり……気付いてたんじゃないですか……。

 

「菊花賞で勝てたら渡すんだ、って、アイツにしては珍しく意気込んでいたよ。でも事故のときに見つからなかったから、てっきり、その指輪はどこかへ行ってしまったものかと……」

 

……バカ。

トレーナーさん……あなたは本当に、大バカ者です……。

何いっちょ前に、ロマンチックなことしようとしてるんですか……柄にもないですよ……。

 

「……こんなものよりも……あなたが隣にいてくれたほうが、ずっと……!」

 

けれども、どうしようもなく嬉しくて。

ただただ、薬指を握り、涙を堪えることしかできませんでした。

 

✝ ✝ ✝ ✝

 

ふと我に返ると、冷たい冬の風が私たちを襲いました。

 

「しかしこんな寒い時期にびしょ濡れでは体調を崩してしまうよー……モルモット君、替えの服はないのかい?」

「本当に人任せだなお前は……アイツのご家族が服を貸してくださるとのことだから、着替えてくるか?」

 

そう言われて、タキオンさんと二人で少し悩んだのですが。

 

「……いや、そろそろ散骨も始まるだろう。そんなに長くないだろうから、終わってから着替えさせていただくよ」

「……そうですね」

 

タキオンさんの言葉に頷き、空を見上げると。

二羽のカモメが、互いにじゃれつくように飛び回っていました。

まるで、いつかの自分とトレーナーさんを見ているかのようで……。

……ダメですね、いつまでも引き摺られていては……。

 

そう自分に言い聞かせて、こみ上げてくる感情を、必死に押し殺して。

最後くらい、穏やかに見送ろう、と、そう心に決めた……はずでした。

 

「あ……」

 

タキオンさんが、海の方を見つめて声を漏らしました。

私とモルモットさんも、そちらへ目線を向けると。

ご家族の方がまさに今、散骨を始めるところでした。

 

「見届けたまえ、カフェ」

「……はい」

 

最後にトレーナーさんに会えて。

小さな贈り物も貰えて。

あとは、トレーナーさんを見送るだけでした。

 

普通ならボートなどで沖合いに赴いて遺骨を撒くのですが、近隣に漁業等ご迷惑になってしまう相手がおらず、地域の理解が得られたため。

また、少しでも多くの人に見送ってもらえるように、と。

小さな岬からの散骨となる、とのことでした。

 

岬にご家族の方が並んでいて。

その……手元には……。

 

「……待って……」

 

覚悟は決めた、はずでした。

 

「……待って、トレーナーさん……」

 

見送るために、色とりどりの花びらが撒かれて。

 

「行かないで……ください……トレーナーさん……」

 

それでも、私の足はよたよたと、岬に向かって進み始めてしまって。

 

「……やっぱり、嫌です……一人に、しないで……」

 

そんな私を、タキオンさんが弱々しく引き止めます。

 

「タキオンさん……離して、ください」

「……カフェ、そんなことでは……トレーナー君は、旅立てないよ……」

「……それで、あの人が……そばに留まってくれるなら……」

 

口から溢れた本音を耳にしたタキオンさんは、背中から力強く、抱きしめてきて。

 

「あぁ、きみのトレーナー君は大バカ者で最低なやつだ……心を通わせ、自分を愛してくれた者を遺して、勝手に逝ってしまったのだからな」

 

見下げるような物言いとは相反して。

タキオンさんの言葉には、自身もどこか諦めきれないような、未練がましい色が感じられました。

 

「それでも……どんなに酷いやつでもね、ちゃんと送り出してやらなきゃいけないんだよ、カフェ」

「……分かってますっ……分かってます、そんなことっ……!」

 

頭では分かっているんです。

 

それでも子どもの駄々のような気持ちが。

タキオンさんと一緒に、涙ながらに抱きしめてくれているお友だちの存在が。

 

どうしても私に残された最後の未練を、断ち切らせてくれませんでした。

 

『それではこれより、散骨を』

 

ウマ娘の耳に、最後の言葉が聞こえました。

ご家族の方が名残惜しむように、遺骨が包まれているであろう小さな封を、海上にかざしました。

 

「さぁ、カフェ」

「……ええ、分かってます。分かってますから……」

 

再度、覚悟を決めようと。

噛み締めた唇の端から、僅かに血が滲むのを感じます。

 

こんな距離で見えるはずがないのに。

さらり、と。

トレーナーさんが、海へと舞うのが見えて。

 

……そんなときに限って。

どうして。

思い出が、頭を過るんですか。

 

 

『カフェとなら、夢を見ていい気がするんだ』

 

子どものように無邪気な笑顔。

 

『ごめん……俺が至らず、勝たせてやれなかった……』

 

ぼろぼろと互いに泣いた、悔しい夜。

 

『美味しいなあ、すっかり俺よりもコーヒー淹れるの上手くなったね』

 

内心、何よりも楽しみだった、昼下がりのコーヒーブレイク。

 

『……そういうの、勘違いされるからやめたほうが、いいぞ……?』

 

私の気持ちを知ってか知らずか、顔を真っ赤にしながら置かれた距離。

 

『カフェは暖かいなあ……もう少し……手、握っててもらってもいいかな……』

 

私の風邪が伝染って寝込んでいたときに漏れた、ほんの弱音。

 

 

そして、菊花賞に勝った、あのときの。

 

『いつまでも、見ていたいな……カフェが先頭を駆け抜ける姿を』

 

目に焼き付いて離れない、アナタの横顔。

 

 

「おい、カフェ!」

 

だから私は、きっとまだ私のことを心配している、あの人に。

もう大丈夫ですよ……と。

返事をしなければならないんです。

 

 

 

タキオンさんの手を振り払い、砂浜へと走り出て。

海に向かって、あらん限りの大声を張り上げて。

 

 

 

「トレーナーさん!」

 

滲む視界。

 

「私、もう、心配をかけませんから!」

 

落ち行く夕陽。

 

「オペラオーさんも、ドトウさんも、他の強者も蹴散らして!」

 

その水平線のどこかに。

 

「きっときっと、アナタに勝利を捧げますから!」

 

アナタはきっと、いるのでしょうか。

 

「アナタが信じて、夢をかけてくれた、この走りで!」

 

この声は、届いているのでしょうか。

 

「必ず、アナタと私の名前を、刻んでみせますから!」

 

もし、そうならば。

 

「だから……」

 

だから。

 

 

 

「だから、どんなに遠くても、旅立った先でもいいですから……」

 

「……私を見守っていてください……」

 

「……それくらいの我儘は……許してください……トレーナーさん……」

 

あの人は、私の叫びを聞き届けてくれたでしょうか。

目の前に広がる、大海原で。

 

「どうか……安らかに……」

 

行ってらっしゃい……トレーナーさん。

 

✝ ✝ ✝ ✝

 

散骨を終えて。

心の叫びを全て吐き出して。

涙は乾いて。

胸中にあるのはただ、勝手に結んだ、トレーナーさんとの約束。

 

「……すっきりしたかい、カフェ」

 

すすり泣いているタキオンさんの頭を撫でながら、モルモットさんが語りかけてきました。

 

「……強いんですね、モルモットさんは」

「きみらよりは幾分か長く生きてるからね……こういった場も、初めてではないさ」

 

そうは言いつつも、やはりどこか寂しげで。

改めてトレーナーさんが旅立っていったことを、心から実感せざるを得ませんでした。

 

「モルモットさん、お願いがあるんですが」

「何かな?」

「タキオンさんからも言われていましたが……しばらくの間、私のトレーニングを見ていただけませんか」

 

そう伝えると、モルモットさんは一瞬驚いた表情をしてから、すぐに不敵な笑みを浮かべて。

挑発的な声色で、発破をかけてきました。

 

「随分都合のいいことを言ってくれるね……今から有マまでに、調整が間に合うかな?」

「間に合わせますよ」

 

迷いなく答えた私の表情に、モルモットさんが再び、驚きの表情を見せます。

 

「有マと、それにあの人が出てほしいと言っていた、春の天皇賞……誰が相手でも、私は勝ちにいきます」

「……どうやら本気みたいだねぇ、カフェ」

 

涙を拭いながら、タキオンさんが正面に立ちます。

 

「いいとも、私も併走でも新薬の開発でも、何でも助力しようじゃないか!」

 

いつものようにふんぞり返って、こちらを見下すように宣言するタキオンさんに。

 

「ええ……実験でも何でも、勝つためならどんなことでもやりますよ……」

「お、おぉ……!? カフェ、随分気合が入っているねぇ……!」

「ただ勿論ですが……ルール違反にならない範疇でお願いしますね……」

 

私の気迫に、思わず気圧されるタキオンさん。

モルモットさんも、畏怖や期待に心が躍る様を隠しきれていないようで。

 

「その調子なら望みはありそうだな……よし、本番まで容赦なくやっていくぞ、覚悟しろよ」

「こちらこそ、よろしくお願いします……」

「ふぅン、カフェも大変だねぇ……モルモット君のスパルタメニューは厳しいから頑張りたまえよ」

「タキオン、お前もやるんだよ」

「えーっ?!」

「旅は道連れと言いますからね……」

 

そんな二人と話していると、お友だちが燃え上がるような瞳で、こちらを見つめてきて。

自然と私も、何かが心の底から湧き上がってくるのを感じました。

 

「……んん?」

「どうした、タキオン?」

「いや、目の錯覚か……カフェの隣に、黒いモヤが……」

「私には見えないが」

「今、カフェに重なるように……あ、消えてしまった……」

「色々あったから、疲れてるんじゃないか?」

「そうかねぇ……ううん、しかし、いつも見かけていたような気も……」

 

何やらごちゃごちゃと呟き合う二人でしたが。

私が二人の方を見やると。

 

「……カフェ、少し雰囲気が……変わったかい……?」

「そうでしょうか?」

 

おずおずと声をかけてきたタキオンさんと、身震いしながら笑みを浮かべるモルモットさん。

 

いつの間にか、ずっと隣にいたお友だちはいなくなっていました。

ただ、胸の中に、強い強い光と闇が満ちていて――。

 

「カフェ、本当にやれるんだな?」

 

モルモットさんが、最後に確かめるように、重く言いました。

その言葉を前に私は、その目を見据えて。

 

「ええ……お任せを」

 

見据えた先にあるのは……私の前にあるのは……ただただ、突き進む道。

あの人に捧げる、栄光の輝きのみ。

 

 

「血に飢えた猟犬のように、レースを制してみせましょう」

 

 

『摩天楼の幻影』は、金色の瞳を煌めかせて。

 

目の前の二人と、あの人に。

そう、誓いました。




数々の夢を目の前にして。
『摩天楼の幻影』は決意する。
必ずや、あの人の元へ届けと――。

そしてマンハッタンカフェは、王者が居並ぶ有マ記念を。
静かなる伝説から受け継いだ、その金の瞳で見定める。
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