それは雨が振り続ける路地裏で、あばら家と呼ぶのすら烏滸がましいボロボロな住処で緩慢な死がゆっくりと近づいていたあの日。
彼は
一つは太陽のような温かさを持った姫に手を差し伸べられた事。そしてもう一つは――。
リ・エスティーゼ王国、王都。その最奥に位置するロ・レンテ城。
その十二の塔の一つにある部屋で、彼は目を覚ました。
彼はクライム。それだけの名前しか持たない彼は”黄金”と称される女性の最も身近に控える事を許され、多くの羨望と嫉妬を一身に受けている兵士だ。
寝つきと寝起きの良さから、目を覚まして即座に思考は冴えわたり、肉体の機能もほぼ完全に起動状態まで移行している。
「……あの夢か」
夢として見たのは、自らの人生の転機となった運命的ともいえるあの日。
クライムはあの日、いつ命を燃やし尽くしても構わないと堅く信じられる女性と、ラナー第三王女と出会う事ができた。
思えばあの日からだ。夢の中に
彼こそは理想の騎士の具現。無辜の民のために剣を奮う、御伽噺の中でしか存在が許されない正義の体現者。
クライムは白銀の騎士は夢の中で多くの事を教えられた。それは騎士としての戦い方・鍛え方。そして騎士としてどうあるべきか、どう行動するべきか。そのために何を学ぶべきか、etc……。
敬愛するラナー第三王女がクライムの生きる意味であるならば、白銀の騎士はこうありたいというクライムの理想を示した道標。
部屋の片隅に鎮座した白色の
この鎧は一般的な兵士には決して支給されない、敬愛する主人が好意の印として渡した物だ。そして夢の中の白銀の騎士が教え導いてくれたからこそ、今では嫉妬の対象となるだけでなくこの鎧にふさわしいと漏らす声も出てくるようになった。
衣装ダンスから年季の入った服を取り出し、服を整えてから着て、その上に
暫し自分の姿を確認し、主人に恥をかかせないと確信すると満足げに一つ頷き、クライムは部屋を出た。
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クライムが向かった先は塔内部に存在する訓練所として使用されている大広間だ。
早朝であることもあって他に誰もいない広間の隅で、クライムはゆっくりとストレッチを始める。
ストレッチに賭けた時間は三十分、念入りにストレッチしたクライムの顔は若干紅潮し、額には汗が滲んでいた。
額に手をやって汗を拭うと、クライムは武器棚に近づいて刃を潰した練習用のブロードソードとスモールシールドを、幾度もマメを潰して硬くなった手で抜き取る。
自分の手に丁度あっている事を確認すると、訓練のための重りをポケットに詰め、落ちないように蓋をしてボタンで留める。
ブロードソードとスモールシールドを強く握りしめて構えると、クライムは息を吐きつつ、ゆっくりと剣を振るう。
イメージする相手は夢の中の白銀の騎士。彼が夢の中で見せた美しくも見事な剣と盾の連携を、クライムは頭の中で思い浮かべ、それをなぞる様に何パターンかの動作を幾度も繰り返す。
繰り返せば繰り返す程、かの白銀の騎士と自分との隔絶した差をクライムは改めて自覚する。
それは単純な身体能力の差だけではない。一つ一つの動作の練度、動作を繋ぐ滑らかさ、状況に応じて最適な動作を導き出す知性と直感。上げていけばキリがないほどだ。
しかしそれでクライムは心折れたり腐ったりしない。
自分が凡人であることは分かり切っている。現実を再確認した程度で諦めるつもりは毛頭ない。
連携攻撃の各動作を数百ずつ繰り返していく中で、でクライムの身体から汗が滝のように流れ出している。単純な両腕の動きだけでなく、ステップやフェイントを含めた全身を動かす動作も絡めているためだ。
クライムの頭の中ではもっと訓練を続けたいところだが、かつて白銀の騎士は夢の中でこう言っていた。
『過剰な訓練は身体を壊すだけでなく、肉体の成長を却って妨げてしまいます。体を休める事も立派な訓練ですよ』
クライムがその話を初めて聞いた時は意味が分からなかったが、無理な訓練で身体を壊してしまって兵士を続けることができなくなった者を何人も見てきた今ならば理解できる。
「……っふぅ。ひとまずはこんなところか」
「──ああ、よく分かっているな」
第三者の声がかかる。慌てて声がした方を振り返ったクライムの目に、一人の男性の姿が飛び込んできた。
その男は王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。王国最強にして、近隣諸国に並ぶものがいないとされている戦士である。
「──ストロノーフ様」
「訓練は決して手を抜かず、それでいて必要以上に行いすぎない。言葉にするだけならば簡単だが、実践するとなると非常に難しい事だ」
「いえ、自分などまだまだ……」
「お前にそう言われてしまうと、俺は戦士団の者たちを全員一から鍛えなおさなくてはならなくなってしまうんだがな」
「申し訳ありません」
頭を下げたクライムに、ガゼフは肩をすくめた。
クライムは向上心とラナー姫への忠誠心の塊と言える男だ。その実力も兵士の中でも群を抜いており、クライム本人は否定しているが周辺からはガゼフと並んで王国有数の戦士と囁かれている。
自己評価が低い事は玉に瑕だが、それは同時に相手を過小評価しないという油断のなさに繋がっている。
(うかうかしていると、数年後には追い抜かれてしまうかもしれないな)
間違っても口には出さないが、クライムが自分を超える実力に至り得る
クライムは戦う才能に優れているわけではない。フィジカルやセンスはガゼフに劣り、魔法の適正も持たない凡人の域を出ない男だ。
だが、クライムはそれを克服し得るだけの不断の努力を重ね続け、様々な知識を身に着け、あらゆる工夫を凝らし続けている。
現在のクライムの強さを冒険者のランクで評価するならば、恐らくオリハルコン級、それもアダマンタイト級に近づきつつあるオリハルコン級だ。
凡人と天才の間に聳え立つ壁を踏破するために積み重ねてきたクライムの努力を知らなければ、英雄の卵を見出したラナー姫の慧眼を褒めたたえる事だろう。
事実、リ・エスティーゼ王国とバハルス帝国の間で一年に一度行われるカッツェ平野での合戦では、帝国四騎士を1対1であれば勝つことはできなくても抑え込むことはできるのだから、クライムにはもっと誇ってほしいものだ。
翻って自分はどうだろうか?
王国戦士長という立場に胡坐を掻いて慢心していなかっただろうか? そのような事は無い……とは言えないだろう。
スレイン法国の特殊部隊によって命の危機に晒され、アインズ・ウール・ゴウンという
手塩をかけて育てた団員を何人も失ったあの出来事は、自分の未熟さを思い知らされる事となった。
(俺もクライムを見習って精進しなければならないな)
ガゼフは心の内でそう思いながら、互いの立場などのために普段ならば口に出さない内容を提案した。
「どうだ、クライム。一つ、剣を交えてみないか?」
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ガゼフと初めて行った実戦形式の稽古を終え、全身の汗をぬれタオルで拭ってから食堂で食事をとったクライムは、自室で白色の
光を多く取り入れるように設計された宮殿は、ゴミ一つどころか埃すら落ちていないと思わせるほど綺麗に磨かれた広い廊下も相まって、眩しく輝いているかのようだ。
「おはようございます」
広く清潔な廊下で不動の姿勢を保つ宮殿警備の精鋭兵士である騎士達に、クライムは軽く会釈しながら挨拶を交わしていく。騎士たちもそんなクライムに対して礼を返す。
これも夢の中で白銀の騎士から受けた薫陶の一つだ。
『挨拶は基本的にこちらから率先して笑顔でするようにしましょう。クライム君も無愛想で此方を無視してくる相手よりも、自然な微笑みで挨拶してくれる相手の方が好感が持てるでしょう? 友好的な関係は円滑なコミュニケーションを生み、クライム君が仕えている姫への周囲からの好ましい評価に繋がります』
敬愛する主人のためになるならばと続けているこの習慣は、宮殿で働く者たちからのクライムへの好印象を与えている。
貴族ではありつつも国王への忠誠心と戦士の心を持った者たちである騎士たちにとって、国王の愛娘である姫への忠誠心と非常に優秀な戦士としての実力を兼ね備え、それでいて驕ることなく接してくるクライムは敬意を表するに十分すぎる人物だ。
そして王宮で働くメイドたち──貴族の中でも上位の貴族たちの娘が大半──からも、それなりの人数からクライムは悪くはない印象を持たれている。
初めの頃は、高貴な生まれである自分たちが平民以下の男に頭を下げなければならない事に、不満を募らせて怒りとして表情に表出するものが多かった。
しかし、それでも美形とは言えない顔なりに朗らかな笑顔で接しようと努力するクライムに接し続けていく内に、その考えは少しずつ静まっていく。
怒りなどの負の感情を維持するのは、体力や労力を非常に伴う作業だ。此方に対して好意的であろうと接する相手に対して負の感情が長く続ける事は難しいし、周囲からこちらの器量の狭さを疑われてしまう。
その結果、王宮勤めのメイドという名誉だが激務でもある仕事を円滑に進めるため、クライムに対して態々敵意を向けるという無意味で疲れる作業は省かれる様になっていった。
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ヴァランシア宮殿にある主人であるラナー姫の部屋で、主人の友人──王国のアダマンタイト級冒険者チーム”蒼の薔薇”のチームリーダーであるラキュース──からの仲間への伝言を届けるために、クライムは王城を出て王都の大通りにある最上級の宿屋に足を踏み入れていた。
店の一階一番奥にある丸テーブルに座っているのは目的の二人組。
一人はローブで全身をすっぽりと覆い、仮面で素顔を隠している小柄な
もう一人はイビルアイとは真逆の圧倒的に大柄で鍛えに鍛えた肉体を持つ戦士──ガガーラン。
童貞食いを公言するガガーランの誘いをクライムは受け流すと、ラキュースからの伝言を伝える。
快諾した二人との話を続けていく中で、ガガーランがクライムに対して問いかけてきた。
「そういやお前さん、城下の見回りの時に結構人助けとかしているそうじゃねえか?」
「はい。困ってる方を助けるのは当たり前な事ですから。それに、最近は城下にも私と考えと同じにしてくださる方もおりますし」
「ほぉ。姫様に似てお優しい事で」
「……困っている者を助けるのは当たり前、か……」
エールに口を付けるガガーランに対して、イビルアイは何か考えている様子だ。
「ん? どうした、イビルアイ?」
「いや、知り合いの中に似たようなことを言っていた奴がいたなと思っただけだ」
「……! その方は、ひょっとして白銀の鎧をまとった騎士ではありませんでしたか!?」
「白銀の騎士? いや、そいつは騎士ではなく軽装の魔法剣士だった」
「そ、そうですか……」
「だが、その魔法剣士がその言うには、その言葉は世界最強の戦士にだけ与えられる称号を持つ白銀の騎士からの受け売りだそうだ」
「へぇ、世界最強ねぇ大きく出ているじゃねえか」
「尤も、強さに関しては大げさに誇張した話だろうがな。世界を両断する一撃だとか、それすらを防ぐ絶対障壁だとか。常識的に考えてあり得ん」
「おいおい、世界を両断するとかとんでもねえな」
「だから誇張された話に決まっているだろう」
ガガーランが相槌を打つたびに、イビルアイは逐一否定していく。確かに夢物語のような話ではあるが、そんなに否定しなくても良いんじゃないかとクライムは何故か少し悲しくなる。
「そういやクライム。ちっと聞きたいことがあるんだが良いか?」
「はい。何でしょうか、ガガーラン様」
「お前さんの戦い方なんだけれどもよ、独学じゃなくてその白銀の騎士って奴が教えたのか?」
「はい。と言っても、直接お会いしたことはありませんが……」
「そりゃどういう事だ?」
「あの方はいつも私の夢の中にだけ現れて、様々な事を私に教えてくれました。戦い方だけではありません。あの方の教えが無かったら、気づかないうちに無礼な対応を重ねて今頃私の周囲は潜在的な敵だらけになっていたでしょう」
クライムは胸を張り、誇らしげに答える。
「なるほどなぁ。ひょっとしたら、お前は
「ガガーラン様……あれとは一体?」
まるで変人であると言われたかのように感じ、クライムは少しばかり眉を顰める。
「ああ、悪い悪い。お前さんが思っているような意味で言ったんじゃねえよ。俺が思ったのは、
「
「簡単に説明すると、異世界の住人の魂を宿した存在だ。この辺はイビルアイの方が詳しい」
「ガガーラン、お前な……」
「イビルアイ様、どうかその
「……はぁ、分かった。
「神々の……ですか?」
想像よりもずっと大事になっている事にクライムはたじろぎそうになるが、ぐっと堪えて話を聞き続ける。
「この世界において、主に信仰されているのは火・水・土・風の四柱の神を中心にした四大神信仰だ。スレイン法国だと、この四柱の神の上位神として光と闇の神の二柱を足して六大神信仰になるが、そこは置いておく。一説ではこれらの神々は、この世界とは異なる別の世界から世界一つに匹敵する力を伴って来訪してきたとも言われている。八欲王と呼ばれる伝説の存在も、六大神と同じ世界から来訪したのではないかと言われているが、今回の話では脇に置いておく」
「異世界からの来訪者……」
「そして
「そこらへんは、赤子が自分の生まれを選べないのと一緒だな」
「そして、憑依されて
あの白銀の騎士はその気になれば自分の身体を乗っ取って好き放題することだってできたはずなのに、自分に親身になって接してくれていた。
そんな心優しい騎士と巡り合えた事は、ラナー姫という忠義を尽くすに相応しい相手と巡り合えた事と相まってまさに奇跡としか言いようがない。
自分はなんと恵まれた人間なのだろうと、感謝の念を更に抱くのであった。
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場所と時刻は変わり、事態はめまぐるしく変化していた。
ガガーランとイビルアイとの話を終えて王城への帰り道の途中、怒号の聞こえる人だかりを見つけたので向かうと、人だかりの中央には酒に酔った屈強な見た目の男たちとその足元で蹲る子供、そして彼らに相対している見覚えのある老執事──セバスの姿があった。
セバスは王都に来てまだ数か月もしない新参者だが、困っている人を見かけたら率先して手を差し伸べる心優しい老人だ。自分も何度か一緒に人助けをしたことがあり、気質や話も合うので好ましい印象を持っていた。
そんなセバスに男たちの暴力が振るわれる前にクライムが割って入ろうとしたところで、握り拳を振りかざそうとした男の一人が崩れ落ちた。
セバスが恐るべき精度と速度で男の顎を打ち抜いて意識を刈り取ったのだ。
目の前で起きた結果に酒に酔っていた男たちの酒気は瞬く間に抜け、戦意も喪失していった。そしてセバスに対して口々に恐れを含んだ詫びを入れると、無様に地べたに這い蹲る事となった男を抱え上げて逃げていった。
背筋のピンと伸びたセバスの姿に、クライムは夢の中の白銀の騎士の姿がダブって見えたような気がした。
そして傷ついた少年の手当てを周囲に頼み、セバスが歩いていくのを見て、クライムは慌てて少年に駆け寄って手持ちのポーションの一つを振りかけて応急処置を施してから、遅れてきた衛士たちに少年を神殿に連れて行くように頼む。
そしてクライムはセバスの後をまるで尾行するかのように──実際に尾行と変わらない距離を保って追いかけていく。
クライムとしては本当はすぐにでも声を掛けたかったのだが、普段の彼とは違う威圧されるような思い重圧を感じ取ってしまい、中々その一歩を踏み出せないのだ。
セバスがどんどん薄暗い方へと歩いていき、周囲に人の気配がない裏路地に差し掛かったあたりで、クライムは数度の深呼吸を繰り返し、ようやく勇気を振り絞って声をかけた。
話の中で出てきた、セバスが抱え込んでいる厄介事。それはクライムにとって激しい怒りを覚える物であった。
敬愛するラナー姫が苦労して布令までこぎつけた奴隷解放を悪用し、女性を助けたセバスを奴隷売買の罪人に仕立て上げようとする悪辣さ。他にも同様の被害者たちがいるという話も含めると、ひょっとしたらラナー姫とラキュースの話に出てきた、奴隷売買の組織が運営する違法娼館かもしれないのだ。
何とかしてやりたい。しかし正攻法──法的な方法で勝てるような手抜かりをする相手ではないだろう。
そうなると、どうにかなるかもしれない方法は、強行突入して被害者を救出しながら奴隷売買に連なる不正の証拠を掴み、それを握りつぶされる前にしかるべきところに渡すという、大きなリスクに対して確実な効果は見込めない危険な方法くらいだ。
恐らくセバスは危険を承知で突入するつもりだ。
自分の立場を考えれば、そして敬愛するラナー姫の事を考えるならばこの場はともに行かずに報告し、指示を仰いでから向かうべきなのだろう。
しかし、この時のクライムの胸中には、セバスを放っておくことはできない気持ちが強く芽生えていた。
それはまるで、とても身近な相手のために何とかしてやりたいという想いにも似た感情。
何故、セバスに対して自分がそのような感情を抱くのかは分からない。しかし、此処で別れてしまったらきっと後悔することになる。
だからこそ、危険を承知でクライムはセバスについていく事を決めた。
その途中で現れる、八本指から差し向けられた暗殺者を撃破してセバスが尋問した事で、目的地である娼館の場所と緊急時の脱出用として用意されている建物も知る事が出来たのは僥倖だった。
そこでセバスとクライムは二手に分かれ、正面の娼館からセバスが突入し、脱出用の建物はクライムが抑える手筈となった。
クライムは突入した建物の中から出てくる男たちを全員切り伏せると、建物内を探索して隠し通路を嘗てガガーランからもらったマジックアイテムで見つけ出し、同様にマジックアイテムで罠も解除して乗り込んでいく。
乗り込んだ先で遭遇したのは、二人の男と一人の女。
最後方の男は戦士とは程遠い線の細い男だが、残る二人は八本指の警備部門最強の六人「六腕」のうち二人、”幻魔”サキュロントと”踊る
アダマンタイト級冒険者に比肩するとも言われる強者が二人という絶望的な状況でもなお、クライムは心を奮い立たせて立ち向かった。
サキュロントのみであれば、幻術があっても戦士としての差で押し切る事ができただろう。
エドストレームだけであれば、早い段階で強行突破すれば可能性はあったかもしれない。
しかし、この場にいるのはどちらかだけではなく二人だ。
サキュロントの幻術によって幻影を伴った
此方から攻めようとしても、サキュロントとエドストレームの二人が守りに徹していては突破することもできず、此方から脱出されないようにするだけで手いっぱいとなる。
徐々に奪われるクライムの生命力。このまま嬲り殺しも時間の問題かと思われたその時──、
『クライム君。申し訳ありませんが、選手交代です。此処であなたを死なせるわけにはいきません』
クライムの脳内に夢の中の白銀の騎士の声が聞こえると、クライムの肉体が自分の意思とは無関係に動き始めた。
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先ほどまで満身創痍一歩手前だったクライムの雰囲気が変貌し、戦況が大きく動いた。
無数に飛んでくる幻影を交えた
これで破壊された
先ほどまで翻弄されてばかりであったクライムが見せた芸当を目の当たりにしたエドストレームの一瞬の虚を突いて、クライムは木箱の蓋を投げつける。
エドストレームはそれを躱せ……ない。後ろにはクライアントであり、八本指の奴隷売買部門の長であるコッコドールがいるからだ。もしも躱せば木箱の蓋は彼に命中する事となるため、迎撃するしかないのだ。
咄嗟にサキュロントと協力して木箱の蓋を破壊した二人の目に飛び込んできたのは、剣を構えて何かを唱え、自身の傷をいやすクライムの姿であった。
「手前ぇ……まさか
「ええ。と言っても、
「あぁ? 何言って──」
「──良いんですか? 此処で時間を浪費してしまって。早くしないと後ろからセバスが到着してしまいますよ?」
「サキュロント! 二人で一気に仕留めるよ!」
「ああ! 此処で合流されたら挟み撃ちになる!」
サキュロントが剣を構え、エドストレームも残る
単純な手数はサキュロントとエドストレームそして二振りの
しかしその自信はあっけなく砕かれることとなる。
まず、クライムは二人ではなく誰もいない左前方側の空間に左拳で裏拳を放つ。すると鈍い音を立ててから何かが壁にぶつかる音がし、エドストレームとともに走るサキュロントが消えたかと思うと、音がした壁際の床に鼻っ柱がひしゃげて意識を失っているサキュロントが倒れ込んだ。
コッコドールは唖然とするが、エドストレームはサキュロントが倒されることは予測済みだ。サキュロントを倒すのに手番を使わせてそのすきに
それに対し、クライムは宙に浮かび自分に向かってくる
使い手の意識が断たれた事で制御を失った
「……っへ? ちょ、ちょっと!? 貴方達六腕でしょ、こんなガキ一人になにやられちゃってるのよぉ~!!!」
「八本指奴隷売買部門長コッコドール、後は貴方だけです。もう終わりですよ」
「ひぃっ!」
近づいて来るクライムにコッコドールは怯み、元のルートへ急いで戻ろうとする。しかし振り返ったタイミングでコッコドールは膝から崩れ落ちた。
床に転がったコッコドールを担いで姿を現したのはセバスだった。
「セバスさん。そちらは大丈夫でしたか?」
「はい。此処に囚われていた人達はすべて助け出しました。その過程で抵抗の激しかった者たちは殺さざるを得ませんでしたが……」
「それは良かった。これでセバスさんの問題も光明が見えますね」
「はい。ありがとうございます、
セバスがクライムとは異なる名前で呼んだ時、身体を動かせていない方の人格のクライムは驚きを隠せなかった。
(セバスさんは彼を知っている!? 一体、どういう関係なんだ?)
「……セバス。どのあたりで気が付いたかい?」
「この娼館に乗り込み囚われていた方たちを救助している最中にございます。クライム君が突入した方の建物近辺から、突然たっち・みー様の気配を感じ取ったのです」
「なるほど。そうなると、クライム君と入れ替わったタイミングの時か」
「本当に……本当にお会いしとうございました。わが創造主!」
(創造主!? その話が本当なら、セバスさんは……)
「セバス。話したい事は沢山あるけれども、今は此処の摘発を進めよう。聞こえているね、クライム君。これから身体を返すから詰所まで走って、此処の事を説明して兵を借り受けてきてほしいんだ。ただし、セバスと私の関係とかは伏せてほしい。それからセバス、王都での君の立場を考えるとすまないけれども、その間、此処を保持していてほしい。八本指の援軍が来た場合の事を考えると、誰もいないのは拙いからね」
「畏まりました。アンダーカバーとしては他国の暗部に関与するのは好ましくありませんが、たっち・みー様のご命令であれば」
「すまないね、セバス。君にも事情があるというのに……。それじゃ、返すよ」
目を瞑り、再び目を開く。その簡単な動作の間にクライムは身体が自分の意思の下に戻ってきたことを感じ取る。
「……セバスさん」
「クライム君。どうかお互いのためにも、そしてたっち・みー様のためにもよろしくお願いします」
「はい、分かりました」
深々と頭を下げたセバスを前に、クライムは了承し駆けだしていった。
※クライムが原作よりはるかに強くなっている要因の一つに、
しかし、これはあくまでレベル制限が外れただけで成長率などには一切関与していません。
出番はありませんが、原作キャラにも
例:ブレイン・アングラウス(
ニニャ(ウルベルト・アレイン・オードル:クレマンティーヌに拷問されている途中で憑依。契約を結ぶ)
なおこのお話では触れていませんが、ラキュースの闇の人格はただの中二病です