しかし、姉は領主の――それも非常に悪い噂しかない貴族に妾として連れ攫われた。姉が幸福な人生を得られる期待は持てず、領主に飽きるまで玩具のように弄ばれた末にゴミの様に捨てられるであろうことを妹は予想した。
妹は憤怒し、姉を助けるための手段を――力を求めて村を離れた。
彼女には自分には優れた魔法の才能が、そしてその才能を後押しする
その中で信頼できる仲間と出会う事が出来た。冒険者として目指す目標もできた。
しかし、彼女の夢と希望は閉ざされようとしていた。
リ・エスティーゼ王国の国境近くにある城塞都市エ・ランテル。
城壁内周部にある薬師の区画、その中でも最も腕利きとして有名なリイジー・バレアレが経営する薬品店の薬草保管庫では、凄惨な光景が繰り広げられていた。
店に繋がる扉の手前には二人の若い男性が、少し離れた所にはがっしりした体格の男性が、壁にもたれかかるように座り込んでいた。
三人とも額に穴が開いており、床に広がっているどす黒い血溜まりの量から見ても既に息絶えている事は明らかだ。
「ぁぐぅ……」
保管庫の奥から、何かを殴打する音とともに呻き声が部屋に響く。
そこにいたのは三人の男女であった。
その内、呻き声をあげたのは濃い茶色の髪をした少女。
中性的な顔立ちだったであろう顔は大きく膨れ上がっていて、色白であった肌には内出血が幾つも見られる。指は骨ごと全て潰されていて、周囲には彼女から剥がされた爪が転がっていた。
彼女をこのような状態にしたのは、目の前で鈍器を手に鼻歌を歌う若い金髪の女性。
顔立ちは整っているが、口の端を吊り上げた笑みはネコ科の動物じみた可愛さの中に肉食獣が持つ危険な雰囲気を漂わせる。
「ん~♪ 結構いい声で啼いてくれていたけれども、反応も悪くなってきちゃったし飽きてきたな~。まあ、結構楽しめたよ~」
女は趣味で拷問していた少女に対して、興奮で紅潮した己の頬についた少女の返り血を拭いながら言い放つ。
少女がまだ息絶えていないのは、女が長く甚振るために急所は外していたからにすぎない。
「……ふん、やっとか。早くそれを処分して計画を開始するぞ、クレマンティーヌ」
「えー。もうちょっと余韻を楽しませてよー、カジッちゃん」
少女を拷問していた女をクレマンティーヌと呼んだのは、痩せこけた男だ。
目は落ちくぼみ、生きているのが不思議なほどに顔色は悪い。頭部には髪の毛どころか睫や眉毛一本すらに受けられず、体毛が一本も生えていないのではと思えるほど。その容貌は血のようにどす黒い赤のローブや首から下げた動物の頭蓋骨のネックレス等も相まって、人間等よりもアンデッドの
クレマンティーヌは男に対し、頬をわざとらしくぷくっと膨らませて抗議する。尤も、本人としては本気ではなくじゃれついているような感覚だ。
彼らは周辺国家から脅威とみなされている秘密結社ズーラーノーンの幹部、十二高弟の二人だ。
二人はそれぞれ違う目的のために協力している。
カジッちゃんと呼ばれた男──カジット・デイル・バダンテールは過去に亡くした母を蘇らせる方法を手にするまでの悠久の時を生きるために、自らをアンデッドとする儀式を執り行うため。
クレマンティーヌは裏切った祖国からの追手を振り切るため。
そのために、二人はこの城塞都市で”死の螺旋”と呼ばれる邪悪な儀式を行い、死の都へと変貌させようとしていた。
本来ならばさらに数年の時を要するはずだった死の螺旋の準備は、クレマンティーヌが祖国を裏切った際に持ち去った最秘宝によって大幅に短縮されることとなった。
拷問されている少女は、その最秘宝を使用可能とするために必要な多くの条件を無視できる
ンフィーレアはカジットの部下によって先に儀式を執り行う霊廟まで運ばれ、本来ならばすぐに殺されるはずだった少女が拷問されているのは、クレマンティーヌの欲求不満を解消する趣味のためである。
「……はいはい、分かりましたよー。それじゃ、じゃあねー♪」
既に少女への興味を失っていたクレマンティーヌは、トドメを刺すために鈍器を振り上げる。
ニニャという偽名で生きてきた少女の──セリーシア・ベイロンの命の灯は、無惨に掻き消されようとしていた。
────────────────────
拷問によって全身が上げていた、痛みという名の悲鳴が命の危険信号がほとんど聞こえなくなっていく。
腫れあがった顔で視界は塞がれ、身体は重く、指先一つ動かすこともできない。
エ・ランテルを死の都としようとしている者たちに対して、何もすることができなかった。
ペテルも、ダインも、ルクルットもあの女に殺されてしまった。護衛しなくてはいけなかったンフィーレアも連れ攫われた。
モモンが助けに来てくれる可能性に賭けていたが、間に合わなかった。
(僕は……結局何も成せないまま死ぬのか)
姉を助ける事も、仲間と語り合った目標を達成することも、この都市を守ることもできないまま、無意味に死んでいく。なんとも無様で無価値な人生だったのだろうか。
絶望と諦観が心の中を染め上げていく。もう、楽になるべきなのかもしれない。
(……楽になる? 姉さんを攫った豚貴族がのさばったままなのに?)
失意の沼に沈んでいた心に、小さな灯が宿る。
それは憤怒だ。姉を連れ去った領主への憤怒。誰も助けてくれなかった村への憤怒。己が快楽のために仲間を殺め、自分を拷問する女への憤怒。そして──
(このままじゃ……終われない!)
──諦めかけていた自分自身への憤怒。
『良い怒りです。弱者を踏みにじる屑どもに対するその怒り、実に良い』
心に語りかけてくる何かがいた。今際の際に脳が見せている走馬燈ではない。そう確信することができた。
語りかけている存在は、本来はとても危うい悪魔の様な存在だろう。甘言に聞く耳を持つべきではないのだろう。
『力が……欲しいですか?』
(欲しい。みんなの敵を討つ力が、こいつらを倒す力が、なによりも……姉さんを助け出す力が!)
『貴方は何を対価に払えますか?』
(ボロボロな身体しか、僕にはもう残っていない。だから、こんなものであれば貴方にあげる。だから……!)
『……良いでしょう。契約は成った。この大厄災の魔、ウルベルト・アレイン・オードルが、あなたの願いを叶えましょう。その代わり、契約を完遂した暁には──』
────────────────────
クレマンティーヌが鈍器をニニャの頭部に振り下ろそうとした時、唐突に彼女の中の直感が危険を告げる。全身が怖気立つような感覚に、クレマンティーヌは考えるよりも早く、鈍器を手放して後ろへと飛びのいた。
その瞬間、クレマンティーヌがいた場所を何かが通り過ぎ、クレマンティーヌの手から離れた鈍器を粉々に粉砕した。
「なっ!?」
突然の事態に目を見開くカジット。クレマンティーヌに拷問されていた少女から突然、赤黒い獣の鉤爪が這い出てクレマンティーヌを襲ったのだ。
『おや、躱されてしまいましたか』
死に体の少女から聞こえてきたのは、若い男性の声。更に少女の腰からもう一本鉤爪が生えると、それを支えとするように華奢な身体が持ち上がる。
そして、少女の肉体に大きな変化が訪れる。全身の傷口から黒い靄のようなものが溢れてきたかと思うと、彼女の肉体に纏わりついて形を成し始めたのだ。
内出血が夥しい肌は全身が獣の体毛に覆われ、両足は偶蹄類の動物が持つ蹄に置き換わる。
骨ごと潰された指先には長く鋭い鉤爪が綺麗に生え揃い、人間だった顔は灰色の山羊の頭へと変貌した。
「ふむ……流石にお気に入りだった装備までは再現されませんか。装備があるとなしでは大違いなんですけれどもねえ。しょうがない、代用品で我慢しますか」
《
魔法の発動に合わせ、何も身に着けていなかった全身を装飾するように装備が現れる。
南方で使用されていると言われる黒いスーツとマントで身を包み、つばの部分に懐中時計が付いたシルクハットと顔の右半分を覆うマスクを被ったその姿は、精巧な金細工と深紅の縁取り、左肩のバラの文様の細工も相まって優雅さと恐ろしさが同居していた。
「それではお待たせしました。この大厄災の魔、ウルベルト・アレイン・オードルの新世界における初陣の相手をしていただきますよ?」
ウルベルトと名乗る怪物がそう言うと、その周りに十の光弾が現れ、クレマンティーヌとカジットめがけて放たれた。
放たれた光弾の数に信じられないものを見たような顔をする二人。
ウルベルトが発動した魔法は《
その威力は微々たるものだが、この魔法には二つの特徴がある。
一つは使用者が行使可能な魔法の位階に応じて光弾の数が変わる性質。使用者が第二位階まで使えるならば二発、第三位階まで使えるならば三発と言う風に、基本的に使用できる最大位階と同数の光弾を撃ち出すのだ。
今回、ウルベルトが打ち出した光弾の数は十。つまり、ウルベルトという怪物は神話の中でしか語られていない第十位階魔法を行使できる存在であることを暗に示しているのだ。
そして、もう一つの特徴は光弾に付与されている必中。どれほどの速度で逃げようとも、その光弾は対象を逃すことはない。
しかもこの魔法は無属性のため、弱点を突けない代わりに属性防御で威力が減衰することもない。
故に高位階の
クレマンティーヌは一呼吸もない時間でカジットの背後に回る。クレマンティーヌは知っているのだ。カジットの手札にはあの攻撃を凌ぐ方法がある事を。
カジットはクレマンティーヌが考えている事を理解し、不快感で顔を歪めながら手に持つ宝珠──死の宝珠の力で自らの最強の手駒を呼び出す。
回避不能の十の光弾は、床を突き破ってきた白いもの──無数の人骨でできた、爬虫類を思わせる鉤爪に遮られて防がれる。
そして鉤爪が蠢き、そこを中心に大地が割れていく。巨大な存在がカジットの意思に従って躍り出ようとしていた。
「何かしらの方法で《
無数の人骨で構成されている都合で
そう、そのはずなのだ……。
「やれやれ……
ウルベルトは
《
「ば、馬鹿な……魔法への絶対耐性を持つ
「ふむ……。ユグドラシルと同じで第七位階魔法が問題なく通るようですね」
呆然とするカジットに対し、ウルベルトは自分が思っていた通りの結果になった事にひとまず満足したような表情を浮かべていたが、こっそり逃げ出そうとしていたクレマンティーヌに気が付いて《
時間差で四方から十発の不可避の光弾を受けたクレマンティーヌは、身軽さを優先した軽装であった事も災いしてぼろ雑巾のようになりながら地面に這い蹲る事となった。
見てみると、クレマンティーヌの両足が本来は曲がらない方向へと折れ曲がっている。それでも這い蹲りながらも逃げようとするクレマンティーヌを、ウルベルトは背後から足の蹄で踏みつける。
「あぎぃ!」
「逃げられると思っているのですか?」
「ち、畜生ぅ……。こ、この……クレマンティーヌ様が、こんな奴に……!」
「二人共逃がすつもりはありませんが、とくにあなたには契約者がお世話になりましたからねぇ。……確実にそして無様に殺す」
ウルベルトのこれまでの慇懃無礼な言葉遣いから一転して、クレマンティーヌに明確な殺意を向けてその背中を踏みつけている蹄に少しずつ圧を掛けていく。
クレマンティーヌが身に着けている軽装鎧──これまで殺してきた冒険者のプレートをスケイル・アーマーのように埋め込んだ物が、ミシミシと不快な音を立ててひしゃげ始める。
着々と圧迫されていく腹部。息苦しくなる呼吸。刻一刻と壊れ潰れていく鎧。
仲間であるカジットは助けに入らない。いや、あまりの恐ろしさに動くことができないでいる。
床に吐瀉物をまき散らし、もがいていたクレマンティーヌの身体が痙攣を繰り返すだけとなってもウルベルトは冷徹な眼差しを向けたまま足の力を緩めない。
そして……ウルベルトの蹄がクレマンティーヌの背骨をゴキリと踏み砕く音が響いた
「
「あ……あぁ……」
「さて……」
「ひぃっ!」
クレマンティーヌを目の前で踏み殺したウルベルトの視線が、カジットに向かう。
一歩、また一歩。ウルベルトはカジットに近づいてゆく。
ウルベルトの歩みとともに、一歩、また一歩と近づいてくる破滅の足音に、カジットは抵抗できるわけもなかった。
────────────────────
冒険者組合への森の賢王ことハムスケの魔獣登録を済ませ、費用を節約するためにハムスケの姿を描く写生を魔法を使わずに頼んだアインズだったが、写生の途中で思わぬ事態が起こった。
写生を開始してから一時間ほどしてから冒険者組合にもたらされた、街中に
それよりも問題なのは続けて報告された情報──バレアレ薬品店から何かが飛び立って墓地の方角へと向かっていったという内容だ。
現場にいた冒険者たちが緊急事態と判断して乗り込んだところ、崩落した薬草倉庫から四名の死体──内訳は銀級冒険者のプレートを付けた男性が三名、多数の冒険者プレートを軽装鎧に装着した若い女性が一名が発見された。
その内、銀級冒険者の三名であるペテル、ルクルット、ダインは共に額に穴が開いており、女が身に着けていた武器──スティレットのうち一本が血と肉片で汚れていた事から、彼女によって殺害された可能性が高いと判断された。
(死者にニニャとンフィーレアがいない? 二人の共通点は……
自分たちの活躍を喧伝する役に立つと考えていた漆黒の剣の面々が殺害された事への不快感を感じながら、冷静に思考するアインズ。
アインズは依頼人であるンフィーレア・バレアレの安否を確認するためと組合に言い訳して写生が完了していないハムスケを組合に置いたまま、ナーベ──ナザリック地下大墳墓の
アインズが共同墓地を取り囲む壁に到着した時、墓地を監視する衛兵たちはアインズの銅級のプレートを見て、軽い忠告をする程度しか警戒せずに素通しした。どうやら墓地で発生するアンデッドを間引きして稼ぎに来た冒険者と思われたらしい。
その時、全身を隠している黒色のローブを纏い、変わった紋様の木製スタッフを手に持つ男が一人、門に向かって必死に駆けてくる姿が見えた。
大きく息を切らし、見開かれた眼は血走り、必死に走る姿は、何かから逃げている姿にしか見えない。
そしてその後ろから聞こえてくる、ガシャガシャと金属音を響かせながら追いかけてくる音。
「た、助け……ひぎゃぁぁぁっ!」
助けを求めた男が絶叫を上げ、斜めに両断されたと同時に黒炎で燃え上がった。
黒炎に照らされて姿を見せたのは、背中に黒い翼を持つ
門前で起きた惨劇に衛兵たちが慌てふためく中、アインズはその存在が何者なのか知っていた。
(
場合によっては予定を変えてナーベラルに課している制限を一旦解除したほうが良いかもしれない。そう考えながら武器を抜きはらったアインズだったが、
「……襲ってこなかったな。ナーベ、このまま奴を追跡するぞ。……ナーベ?」
現地では考えられない強力なモンスターという、ユグドラシルプレイヤーに繋がりうる情報を得るために追いかけようとしたアインズだが、ナーベラルからの反応がない事を訝しみ振り返る。
すると、ナーベラルの表情が普段の無表情なものではなく、驚きを含んだものとなっている事に気が付いた。
「どうした、ナーベ?」
「……っは! も、申し訳ございません! ア……モモン……さーん」
「……あぁ、うん。まあいいか。それで、何があった?」
「は、はい。先ほどの悪魔なのですが……至高の御方に生み出された物の気配を感じました」
「……なに?」
ナーベラルの返答に、アインズの思考に一瞬の空白が生まれる。
ナザリック地下大墳墓に所属するNPCが至高の御方と呼ぶ存在。それはギルドとしてのアインズ・ウール・ゴウンに所属するギルドメンバー以外考えられない。
(この世界に俺以外のギルドメンバーが来ているというのか!?
「モ、モモンさん?」
「分かった。本当に彼らなのかも含めて、真相を明らかにするためにも追跡するぞ」
「畏まりました!」
幸い、
危険だからと戻るように促す衛兵の声を無視し、アインズとナーベラルは
そして
そこには門前で
「おや? 戻ってきたと思ったら誰かついて来たようですね」
そこにいたのは、輝かしい記憶の中にある仲間の一人、アインズ・ウール・ゴウン最強の魔力系
「ウルベルト……さん」
「ん? 私の名前を知っている様子ですが、どなたですか?」
「俺です! モモンガです!」
「……は? いや、冗談も大概にしてくださいよ。モモンガさんは
「今、姿を見せますから! ほら! これで信じてくれますか!?」
慌ててアインズは魔法で生み出した漆黒の鎧を解除して、本来の姿を晒す。普段の彼であれば警戒心からこのような不用心な事はしないが、旧友との再会で冷静な思考力が幾分か落ちているのだ。
「あらま、本当にモモンガさんじゃないですか」
「だから俺だって言ったじゃないですか、ウルベルトさん!」
涙は出ないが涙声になりながらウルベルトに抗議するモモンガ。普段は急激な感情の揺らぎが起きれば強制的に沈静化するはずの精神も、連続して沈静化しても治まらないほどの興奮状態になっているためかなり高揚したままだ。
「ウルベルト・アレイン・オードル……様!」
「それでこっちのは……ひょっとして、ナーベラルだったりします?」
「はい!
「……なんで俺よりもナーベラルの方がすんなり思い出せるんですか~……」
「いやぁ、だって……ユグドラシルでのモモンガさんの声と違ったので中々気が付かなくて」
「酷いなぁ~、ウルベルトさん」
拗ねた様に地面を蹴るアインズだが、その声色には歓びの色が強く、本気で拗ねているわけではない。要するに構ってほしいのだ。
「それにしても、まさかウルベルトさんがこの世界に来ていただなんて」
「いや~、
「精神世界、ですか?」
「ええ。丁度この身体の依り代になっている少女と、『殺された仲間の敵を討ち、貴族に連れ去られた姉を助け出したらこの肉体を渡す』という契約をしたんです。実際の少女は倉庫で拷問されていたので、一旦身体を借りて魔力で作ったこの肉体で包む形で保護した後、敵は討った所です。ついでのサービスとして残当狩りと少女が護衛していた少年を助けるところですね」
「……ん? ひょっとして、その少年ってンフィーレア・バレアレという名前ではありませんか?」
「おお、よく分かりましたね。丁度あそこに転がっているのがこの都市をアンデッドで溢れさせようとしていたみたいで、ちょっと《
ウルベルトが指さした先には、深紅のローブの老人だった亡骸が一つ。どうやら大きな事件を引き起こそうとしていたようだが、ウルベルトによって叩き潰されたらしい。
それにしても、中性的だとは思っていたが、まさかニニャが女性だったとは。アインズは少しばかり驚きながらウルベルトの話を聞き続ける。
「なんでも女の方がスレイン法国とかいう国から持ち去ったお宝を起動させるのに、その少年が必要だったみたいなんですよ。霊廟に安置されていた少年も発見したは良いんですけれども、つけられたアイテムが少々厄介なデメリットがありまして……」
「デメリットですか?」
「ええ。外すと装備者が発狂する呪いを宿した、適性のある人間を魔力増幅器に変貌させるマジックアイテムなんですよ」
「うわぁ……」
「外さずに破壊すれば問題はないみたいですけれども……ほら、私の職業であるワールド・ディザスターって魔法の破壊力を上昇させるでしょ? 脆弱な人間を殺さずにその装備だけ破壊する自信がなかったので、どうしたものかと思案していたんですよ」
「ふむ……それなら俺が何とかなりそうですね。《
「それは助かります。……ついでに不躾なんですけれども、もう一つお願いしたい事があるのですが──」
ウルベルトはバツが悪そうにアインズに頼み込む。
「──依り代の少女を治療するためのポーション、有ります?」
「一応、
「良かったぁ。憑依を解除すると瀕死の少女になってしまうので、解くに解けなかったんですよね」
「それでしたら、ナザリックにいるペストーニャに治療してもらった方が確実ですね。後遺症が残らないようにしたほうが良いでしょう」
「ギルド拠点も来ているんですか!?」
「ええ。デミウルゴスもいますよ」
「そっかぁ……あいつもいるのかぁ。怒って……いないかなぁ」
デミウルゴスもいる事を聞かされたウルベルトは、不安そうにしている。どんな理由であれ一度ユグドラシルから、ナザリックから身を引いた側としては申し訳なさが湧いてくるようだ。
「ウルベルト様。デミウルゴス様であれば、涙を流して歓喜します。寧ろ、至高の御方が帰還してくださって不満を募らせる者など、ナザリック地下大墳墓に所属するものにはおりません」
「そ、そうですか……ちょっと、モモンガさん。こっち良いですか? ナーベラルはそこで待っていてくれ」
ナーベラルの言葉に苦笑いを浮かべるウルベルト。そしてアインズを手招きしてナーベラルから少し離れると、ひそひそと話しかけた。
「ちょっと、モモンガさん。何ですか、ナーベラルのあの忠誠心」
「やっぱそう思いますよねぇ、ウルベルトさん。あれがナザリックNPCの、俺達に対するデフォの対応です。彼ら、俺達を絶対的上位者と敬っているんですよ。その所為で心が休まる機会が中々なくて……」
「マジかぁ……ちなみに、ナザリックの外部に対しては?」
「セバスの様なごく一部を除くと、かなり下に見ているんですよ……。そう思うのは俺達が悪乗りした設定の影響だからしょうがないけれども、せめて友好的な演技ぐらいはできてほしいです」
「……マジかぁ」
アインズからナザリックNPCの行動基準を聞いたウルベルトは、目元を手で覆って頭を抱える。
一方のアインズも、ウルベルトとは別の問題に気が付き、頭を抱えていた。
バレアレ薬品店での
ウルベルトの存在がばれないようにしながら、冒険者モモンの名声に傷がつかないように解決するにはどうしたらいいか。
必死に頭蓋骨となった頭の中を捏ね繰り回すように考えていると、
ウルベルトがある助け船を出してくれた。
「発想を逆転させましょう」
────────────────────
その夜、エ・ランテルの共同墓地から行方不明となっていたンフィーレア・バレアレと銀級冒険者ニニャが、冒険者モモンとナーベによって保護された。
そしてニニャと意識を取り戻したンフィーレアの証言によって明らかになる、秘密結社ズーラーノーンによるエ・ランテル死都化計画。
始めは懐疑的だった冒険者組合も、霊廟を調査して改造された地下施設と共に多くの死体──その多くがエ・ランテルで行方不明となった人物──を発見した事で、一定の信憑性を認める事となった。
漆黒の剣という銀級冒険者チームの犠牲という、計画が実行された場合に想定される被害規模と比較すれば遥かに小さな犠牲で未然に防ぐことができた事に、冒険者組合は安堵していた。
しかし、問題がすべて解決したわけではない。
それは、漆黒の剣の唯一の生き残りであるニニャがズーラーノーンの邪悪な儀式によって呪われてしまい、悪魔憑きとなってしまった事だ。
とり憑いた悪魔の名はレオナール。ニニャの強固な自我を認め、一つの肉体に同居し共存する道を選んだというこの悪魔は、冒険者組合にとって判断を決めあぐねる存在であった。
その結果、森の賢王を従えた漆黒の戦士モモンが、
「ニニャとは初めての依頼を共同で受けた仲です。どうか私に任せていただけないでしょうか?」
と具申し、熟考の末にモモンに一任する事が決まった。
その際、下の階級の冒険者に監督させるというのも風聞が悪いという事、そして森の賢王を従えた功績を鑑みて、それまでの銅級プレートから白金級冒険者へと四段階昇格することも決定された。
アインズが先日宿泊した宿屋の三人部屋の部屋に、アインズとナーベラルそしてニニャがいた。
ニニャは服装こそこれまでと変わらないものの、顔の右半分を覆い隠すように仮面を被っている。
「それにしても、まさかモモンさんが本当はアンデッドで、僕と契約した悪魔ウルベルトさんと友人だったなんて」
「ああ、騙してしまっていてすまなかったな」
「いえ……むしろ感謝しています。本当ならばあのまま何もできずに死ぬしかなかった僕を助けてくれただけでなく、そのまま乗っ取ることもできたはずなのにこうして身体を返してくださったウルベルトさんとモモンさんが友人だったおかげで、僕はこうしてまだこの町に居られるわけですし」
「そうか。そう言ってくれると気が楽になる。それと、他の漆黒の剣の者たちなんだが……」
「……僕には彼らを蘇生してもらえるだけの財力がありません」
「……ああ。さらに言えば、ズーラーノーンによって死後アンデッド化されてしまっていたことも響いているな。その所為で仮に蘇生してもアンデッドのペテル、ダイン、ルクルットとして蘇生されてしまう」
「……はい」
しばしの間、沈黙が流れる。沈黙を破ったのは、ニニャの方からだった。
「……モモンさんは、良いのですか?」
「良いとは、何がだ?」
「ウルベルトさんの事です。モモンさんとしては僕よりもウルベルトさんにいてほしいはずです。僕の身体を乗っ取れば、ウルベルトさんは完全にこの世界に降臨することもできたはず」
「確かに、そう思う部分はあるな。だが、ウルベルトさんはまだそうしないと決めたのだ。ウルベルトさんは、悪というものに強い美学を持っている。彼が求めている悪とは、腐り堕ちた正義あるいは正義では裁けない腐った悪や外道を裁くための力を持つ必要悪と言える存在だ。と言っても、ウルベルトさんはあれで偽悪的な部分があるからな。本人に聞いても否定はするだろう」
「悪を裁く悪……」
「ああ。だからこそ、契約と言いつつも虐げられる側だった君を助けたのだろうな」
「ウルベルトさん……」
アインズは昔を懐かしむように話すと、話を聞いたニニャは涙ぐみ、ナーベラルは至高の御方の懐の広さにさらなる敬意を感じた。
『ちょっとモモンガさん。なんか良い話風にしないでくれます? むず痒いんですけれども』
ニニャが被っている仮面から、ウルベルトの声が響く。
ウルベルトは今、ニニャに体の主導権を返す代わりに仮面という形で部分的に顕現している。
『ニニャ。モモンガさんは身内に対しては寛容というか……甘くなってしまう部分があるので、それで私の行動を好意的に解釈しているだけですからね。私は悪魔なのですから、貴方との契約を完遂した暁には、貴方が天寿を全うする前にその肉体を頂かせて貰いますよ』
ウルベルトなりの脅しのようだが、契約完遂直後に乗っ取らない辺り、根本的な部分では人の好さが見え隠れしている。しかしそこを指摘するとウルベルトが拗ねてしまうのは目に見えているので、アインズは生暖かいまなざしで見守っている。
そして、ふとアインズは昨夜、墓地へ向かう途中にエントマから《
その結果、ウルベルトの魂を宿した人物を保護できたのだから、それで許してほしいものだが……。
モモンガは《
『──アインズ様、シャルティア・ブラッドフォールンが
言われた内容がすぐには理解できず、ようやくアルベドの言葉が脳に沁み込んだアインズは、間の抜けた言葉を口にする。
「……マジで!?」
○
・ギルドメンバーの人格が表に出ている状態である事
・察知範囲は広くない。精々半径数百m程度
・ギルドメンバーの中で誰の気配なのかは、そのギルドメンバーに生み出されたNPCしか分からない
○《
分類:魔力系
位階:第七位階
備考:射程距離は短いものの、消費MPに対して威力の高い無属性攻撃。名前に反して斬撃属性はない。
○ウルベルトがアインズに対して「モモンガ」呼びであることに関して
アインズに改名したことを別に否定するわけではないが、それとは別にプレイヤーとしての本当の名前で呼んでくれる相手は必要だろうという配慮から。