ちょっとだけ改造オーバーロード?   作:エヌット

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ブレイン・アングラウス。
特別な出自が一切ない農夫でありながら、天から授けられたとしか言えない剣の才能と、それを後押しする生まれながらの異能(タレント)によって後押しされた、白兵戦闘における天凛の才人。
リ・エスティーゼ王国の御膳試合決勝――この試合でブレインに勝利した事が切欠で国王の懐刀、王国戦士長の座に就いたガゼフ・ストロノーフとの激戦は、近隣諸国で今なお語り継がれている。
ガゼフが勝者として栄光を得た一方で、敗者となったブレインは、自分以上の戦士は存在しないという自負を打ち砕かれ、一度は自分の世界に閉じ籠った。
それでも自問自答を幾度も繰り返し、とめどなく湧き上がる絶望感を踏み砕き、一か月以上の時を掛けて己の心の糧としたブレインは、運命の師に出会った



ちょっとだけ改造ブレイン?

「いや~! 助かったよ、アングラウス君! 君がいてくれたおかげで安全にこの都市まで、竜王国からエ・ランテルまで来ることができたよ!」

 

 城塞都市エ・ランテルの城門前で、商人がブレインに機嫌よく礼を述べる。

 

「俺としても、久しぶりにこの国に戻ろうと思っていたんで渡りに船だったからいいさ。それに、カッツェ平野では初めてみる強いアンデッドと斬り合いができたし、退屈はしなかったしな」

「ああ……あのアンデッドの騎士の事か。あれを相手にして退屈しなかったと言えるとは……まさかあのような恐ろしいアンデッドと出くわすだなんて思いもしなかったよ。他の護衛は皆、あのアンデッドに殺されてしまった。君がいなかったらと思うと、今も震えてしまうよ」

死の大魔法使い(エルダー・リッチ)の様な魔法詠唱者(マジック・キャスター)系のアンデッドがいなかったのが幸いだったな。もしそいつらがいた場合、個人でどうにかなる範疇を越えているから、流石に逃げの一手だったさ」

「考えたくないくらいに恐ろしい組み合わせなのは分かるが、君をしてそう言わしめるほどの相手なのか……。確かに、殺した相手をその場でアンデッドに変える能力を見てしまっては、そう評するのも頷けるな」

 

 ブレインの考察に、商人は自分が生き残れた事がどれほどの幸運であるかを再確認し、身震いする。

 カッツェ平野を抜けるにあたって商人が雇った他の護衛は決して弱くなかった。寧ろ冒険者に換算すれば白金級相当の腕利きであり、そんな彼らがブレイン以外は全滅してしまうような事態こそ異常なのだ。

 

「それでは、私はギルドに今回の事も含めて報告に向かわせてもらうよ。あれだけの事があったのだ、追加報酬はたっぷりと弾むとも。だから──」

「──あぁ……気持ちはありがたいが悪い。今のところ、どこかに正式に雇われるつもりは無いんだ」

「そうか……」

 

 ブレインを勧誘しようとする者は多く、目の前の商人もその一人だ。

 しかしブレインにとっての当面の目標は全力のガゼフに勝つことであり、そのためには余計なしがらみを持たずに身軽に動ける傭兵稼業の方が都合がいいため、そういった誘いは断っている。

 それに、ブレインには気軽にどこかに所属することができない理由(・・)もある。

 

「その代わり、もしも俺に合いそうな良い武器やマジックアイテムを見つけたら教えてくれ。そっちの言い値で買うからよ」

「分かった。言い値と言わず、特別価格で優先して君に売るとも」

「それはありがたい。それじゃ、また会う日を」

「ああ、また会える日を」

 

 商人と別れ、ブレインは情報収集のついでに旅の疲れを癒すために酒場に入る。選ぶ酒場は貴族や商人が利用する洒落たバーではなく、冒険者やワーカーが利用する類の騒がしい酒場だ。

 酒場のウェスタンドアを押し開けて店内に入ると、店内にいる客──殆どが男で、暴力のそばに身を置いている空気を漂わせる者たちからの視線がブレインに集まる。

 始めは此方を値踏みする好奇の眼差しに、誰かがブレインの名前を呟いてからは畏敬の眼差しに変わるのを横目に、ブレインは厳つい顔の店主に酒とつまみを頼んでカウンター席に座る。

 冒険者の雑談を小耳に挟む形で情報を集めようとしたが、こうやって話題が自分の事ばかりになってしまう辺り、有名になるというのも考え物だ。

 ブレインは心の中でため息をつきながら酒とつまみを待っていると、ふと自分に関する事以外の話題が耳に入ってくる。

 他の自分に関する話題(雑音)を無視してその話に耳を傾けると、どうやら冒険者が請け負った盗賊退治の依頼についての話題のようだ。

 その盗賊団の名前を聞いた時、ブレインの心の中に別の男の声が響く。

 

『死を撒く剣団? 確か俺とブレインが出会って間もない頃に勧誘してきた傭兵団だったよな? 傭兵稼業よりも盗賊稼業がメインだったから断ったところのやつ』

(そうですね、旦那。どうせすぐに消えるだろうと思っていたが、まだ残っていたのか)

『話を聞くに、この近辺で相当やらかしているみたいだな。……息抜きがてら今夜にでも潰しに行くか』

(はいはい。分かりましたよ。少しは骨のあるやつがいると良いんだけどなぁ)

 

 旦那と呼んでいる内なる声に従い、ブレインは死を撒く剣団に勧誘された時の拠点の場所を思い出す。

 流石に拠点の場所がそのままという事はないだろうが、当時でも規模そのものはそれなりにあり、なおかつこの近辺を縄張りにしている事を考えれば遠くへ移動している事はあまりないはず。ならばその近くを中心に探れば見つかるだろうと考えていた。

 

 

 ────────────────────

 

 

「……ったく、あの時から拠点を変えていないとか、舐めてるのか?」

 

 その夜、死を撒く剣団が拠点としている洞窟内を進みながら、ブレインは悪態をついていた。

 なにか手掛かりになる物は無いか。そう考えながら記憶していた当時の拠点の場所に出向いた結果、今も使われている事に傭兵団としての危機管理の欠如を感じて呆れているからだ。

 入り口で見張りをしていた者も含めて既に十人以上の傭兵を切り伏せたが、今の所は斬りごたえのある相手は出てきていない。

 これならばカッツェ平野で遭遇したアンデッドの騎士や砂漠越え(・・・・)の際の数々の戦いを頭の中で反芻した方が、実力を磨くのによかったかもしれないと、ブレインのやる気は少しばかり削げていた。

 あるいは、集団戦という意味ではガゼフと決着をつける際に出てくるかもしれない戦士団のリハーサル代わりにはなるかもしれない。

 そう考えながらも、武技で周辺の気配などを読み取る事は怠らない。雑魚であっても奇襲が成功すれば強者を葬る事ができる事は骨身に沁みて良くわかっているからだ。

 拠点の構造が記憶から大きく変わっていなければ、全体の道のりの半分程度と言った所だろうか。こういった拠点には団員の中でも上位しか知らない隠し通路や秘密の脱出口等が流石にあるだろうから、ある程度は取り逃がすかもしれないが、少なくとも当面の間は活動できなくはできるだろう。

 

「……俺も変わったもんだな」

『おっ、その年で昔を懐かしむか? 老けるぞ?』

「いや、旦那。もし旦那と出会わなかったら、俺は手っ取り早く人間相手ができるこういう所に所属していたんだろうなって思ったんですよ」

『はは、かもな。そん時は、強くなった気だけするお山の大将の出来上がりってわけだ』

「酷い言い草だけど、実際そうだったかもしれないか」

 

 内なる声と話ながら、ブレインは洞窟の奥へと進んでいく。

 この内なる声はブレインにとって運命的な出会いともいえる異形の師匠だ。普段はブレインの内部に存在していて、稽古をつける時以外は姿を現さずにブレインにだけ聞こえる内なる声に留めている。

 その所為で周囲に他の相手がいない時は独り言が増えてしまったが、それ以上に実力を大きく伸ばすこともできた。

 旦那の冒険好きに付き合わされて死にかけた事も数えきれないくらいある……というかつい最近のカッツェ平野で遭遇したアンデッドの騎士との戦いもそれに含まれるが、それも含めて楽しんでいる自分がいるのだから、そこは別に恨んだりしていない。むしろ一人では決して体験できなかった激戦を幾つも経験できたのだから感謝してすらいる。

 内なる声と歓談しながら歩を進めていたブレインだったが、ふとその歩みを止めて振り返った。

 

「……ん? 背後から何か来るな。数は……二人か」

 

 一瞬、死を撒く剣団の挟み撃ちかと考えたブレインだが、それにしては数が少なすぎる事、そしてこの先にいる傭兵たちに動きがない事からその線を否定する。

 酒場で話をしていた冒険者という線も薄い。討伐する傭兵の数が未知数のまま洞窟に少人数で突入するというのは、冒険者にとっては大きなリスクだ。

 この国のアダマンタイト級冒険者チーム”蒼の薔薇”の様な突出した実力者ならば話は別だが、あの酒場で話をしていた冒険者にそのレベルに至っている者は誰もいなかった。

 そして背後からやってくる者たちが近づいてくる毎に、血の匂いが少しずつ強くなっていく。感知できている距離でこの匂いと考えると、相当な量の血をぶちまけるなり浴びるなりしているだろう。どっちにしろ碌な相手ではない。

 

「……ま、相手が何であれ別にいいか」

 

 ブレインはそのまま背後からやって来る者を待つ。そして──、

 

「おやぁ? 死体ばかりかと思っていたら、生きた人間が残っているではありんせんか」

 

 姿を現したのは、二人の女であった。

 一人は白蝋のように白い肌と深紅の瞳で、赤い唇から鋭い犬歯が僅かに見える。服装は胸元が大きく開いた薄絹の白いドレスと、黄金に輝く装飾具を身に着けて、ハイヒールを履いている。この洞窟を拠点にしているような連中だったらば舌なめずりしながら欲望に塗れた眼差しを向けるであろう。

 しかし、もう一方の少女を前にしたら、この女の美など容易く霞んでしまう。

 銀の細い糸の様な髪が洞窟を照らすランタンの光を反射して煌めく。深紅の瞳が濡れたような、妖しい光沢を讃えている。漆黒のボールガウンは胸の所が大きく盛り上がっていて、絶世と言っていい美を誇っている。

 異常なのは、少女の頭の上に血で作ったような球体が浮かんでいる事。いや、血の匂いの出所はあの球体なのだから、実際に血の塊なのだろう。

 

『あ……』

(何ですか、旦那? まーた知っている相手ですかい?)

『ああ、よーく知っている』

(で、どうせ一戦交えるまでは教えるつもりはないんでしょ?)

『よく分かっているじゃねえか。今回はあいつ──服が黒い方がお前を殺す気になったら、俺が出張るから安心しろ』

(……要するに、旦那じゃなきゃ相手にならない奴って事ですかい)

 

「なーに黙っているんでありんすぇ?」

「悪いな。お前さんたちが何者なのかを観察していたんだが、どう考えても此処の連中とは結びつかなかったんで考えていたんだ」

「ほぉう。その様子だと、そちらも此処の連中のお仲間というわけではなさそうでありんすねぇ」

「ああ、修行と息抜きの一環で、此処の連中を倒しに来た、流れの傭兵だ」

 

 これまでの会話から、ブレインは目の前の二人が自分の事を知らない事を把握する。

 そして旦那が知っている存在という事は、人間ではなくて人型の怪物の可能性が高い。

 人間とほぼ同じ外見で口から除く鋭い犬歯を持ち、瞳が深紅の怪物。そして血。

 そこまで考えたブレインは、目の前にいる二人の正体に行き着いた。

 

「確証とまではいかないが……吸血鬼(ヴァンパイア)か。此処の連中、何やらかしてに目を付けられたんだ?」

 

 ブレインの呟きが聞こえたのか、白いドレスの女が深紅の瞳を見開く。実に分かりやすい反応だ。

 同時に魅惑の魔眼も行使しているようだが、この程度の精神支配などブレインには無意味に等しい。

 

「ふぅん……馬車を襲った者達よりは知恵が回るようでありんすねぇ。犯罪者というわけではないようだけれども、流れの傭兵ならいなくなっても誰も気にせんでありんしょう。そういえば、武技とやらは使えるでありんすか?」

「武技? 一応はな」

「それは良かったでありんす。アイ……あの方からこの世界の武技や魔法を使える者たちを確保する様に命じられているから、この洞窟にいる者たちが碌に使えなかったらどうしようかと考えていた所でありんす」

「おいおい、そんなことバラしちまってよかったのかよ?」

「ええ。どうせすぐに死ぬか跪いて私の下僕になるから、大丈夫でありんす」

 

 ブレインは刀を正眼に構える。

 この少女はこちらを殺さずに捕らえるつもりのようだが、だからと言って無抵抗で捕まるつもりは毛頭ない。

 

「いきなんし」

 

 少女が顎をしゃくると、女が飛び掛かってきた。

 その動きはまさに疾風。だが──風如きの速さならば、今まで何度も相対してきた。

 

「ちぇすと!」

 

 咆哮と同時に全身の力を使って刀を振り上げ、大上段から一気に振り下ろす。

 飛び込みざまを迎撃され、女は左鎖骨から斜めに両断される。

 

「ぐが! あぎゃあぁぁぁ!」

 

 人間であれば致命傷の一撃だが、女は絶叫しながらもまだ命を繋ぎ止めている。

 吸血鬼(ヴァンパイア)が持つ特殊能力(スキル)には高速治癒があるが、それが働いている様子はない。寧ろ、傷口からは音を立てて炎と煙を上げ、下半身の断面が徐々に灰となっている。

 これは一時的に武器に魔法の武器と同じ力を宿す武技である《戦気梱封》を独自に改良した、任意の属性を付与する武技《戦気梱封・改》によって、ブレインの刀に吸血鬼(ヴァンパイア)の弱点属性が付与されていたためである。

 肉体が崩れていく女吸血鬼(ヴァンパイア)に対し、少女は不快感を隠さずにため息をつく。

 

「はぁ。栄えあるナザリックのシモベがなに人間風情に返り討ちにあっているんでありんすか? 愚図が。お前はもういらんでありんす」

 

 少女の言葉に女吸血鬼(ヴァンパイア)が絶望の表情を浮かべる。そして少女は女吸血鬼(ヴァンパイア)に近づくと片足を持ち上げ、その頭を踏み潰した。

 

『そういう風に設定されているとはいえ、こうやって目の当たりにすると割とえぐいなぁ』

(旦那、本当に大丈夫なんですかい? 旦那が出る前に一撃で殺されたりしません?)

『それはない……はず。血の狂乱は発動していないし、あの様子ならまだお前を舐め切っているから大丈夫だろうさ』

 

「さて……光栄に思いなんし。此処からは私が特別に相手してあげるでありんす」

「ブレイン・アングラウスだ」

「……?」

 

 強敵に対する名乗りへの返答は、不思議そうに顔を傾けるものだった。

 ブレインは多少気恥ずかしく思いながら、少女に問いかける。

 

「……そっちの名前は?」

「ああ! 名前を聞きたかったんでありんすね。コキュートスならするでありんしょうけど、私はそういった目で人を見ていなかったから気づく事に遅れんした。申し訳ありんせん。そう、言ってくれればよかったぇ」

 

『あらやだこの娘、コキュートスの名前までさらっと出しちゃってる。情報管理のセキュリティ、ガバガバすぎぃ!』

(旦那……時々変な口調で茶化さないでくれません?)

 

 少女はスカートを摘むと、舞踏会で踊りを誘われたような礼を見せる。

 

「シャルティア・ブラッドフォールン。一方的に楽しませてくんなましな」

 

 

 ────────────────────

 

 

 ブレインと名乗った目の前の人間に対して、シャルティア・ブラッドフォールンは優雅なお辞儀を向けながら、心の内では相手を舐めくさっていた。

 吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)を一撃で戦闘不能にした事はほんのちょっとだけ興味が沸いたが、あれは所詮ナザリック地下大墳墓で自然POPするモンスター。いくらでも補充は効く。

 それよりもシャルティアの関心は、目の前の男をどのように絶望させ、屈服させるかに向いていた。

 使用している武器は刀、コキュートスも使う切断特化型の武器。

 腰を落として刀をいったん鞘に戻し、そのままいつでも抜刀できる構えから、本領はカウンターの一撃必殺狙い。

 ならば、相手の攻撃を封殺せずに真正面から受け止め、歴然とした力の差を思い知らせてやればいい。

 

「そろそろ準備もできんしたかぇ?」

 

 シャルティアはあえてブレインが万全の態勢になるのを待ち、それから言葉を掛ける。

 無様な反応があれば面白かったが、無言を貫き、鋭い呼吸を繰り返すブレインに、シャルティアはつまらなさそうに肩をすくめる。

 

「──では、蹂躙を開始しんす」

 

 シャルティアは楽しげに宣言すると、無造作に足を進める。

 警戒の欠片もない歩運びはまるでピクニックに行く彼のような軽いものだが、シャルティアにとっては事実その程度の認識であった。

 シャルティアが一歩進み、二歩進む。三歩進んで四歩目の足を上げたところで──、

 

「しぃっ!」

 

 ブレインは鋭く短く息を吐き、鞘から刀を抜き放つ。

 その速度はシャルティアからすれば少しばかり驚くものであった。何せブレインの放った一撃の速度は、武器を用いたコキュートスの通常攻撃に匹敵するものだったのだから。

 それでも対処できない速度ではない。振りぬかれる刀を摘まみ、受け止めてしまえばそれでお終い。

 そう考えながらシャルティアは寸分の狂いもなくそれを摘まもうとして──、

 

 ──シャルティアの首に衝撃が走った。

 そしてたたらを踏んで数歩後ろに下がってから、シャルティアは自分がブレインの一撃を防げなかったことに気が付く。

 ブレインが放った一撃は、確かにシャルティアが無造作に摘むはずであった。しかし摘まれる瞬間、刀はさらに加速して僅かに開いていた指の隙間を通り抜け、シャルティアの首を捉えたのだ。

 思わずシャルティアは首元を指先で触れて確認する。そして再び驚愕する。首元に触れた指先には、僅かであるが血が付いていた。

 精々が薄皮一枚程度の傷、更に高速治癒によってその僅かな傷口も既に消えている。

 それでも……、シャルティアは遥かに格下と見くびっていた目の前の男によって、この世界で初めてのダメージを受けたのだ。

 

「あり……えない」

 

 シャルティアは全く予想していなかった事態に呆然する。そして、創造主であるぺロロンチーノによって作り出されたこの身体を傷つけた、目の前の男への怒りを滾らせ、美しい顔を身醜く歪ませる。

 

「手前ぇ、只で済むと思うんじゃねえぞ!」

 

 この時、シャルティアはアインズからの命令の事など頭の中からすっぽりと抜け落ちていた。

 思考を支配しているのは、いかにして目の前の人間を殺すか。そしてどのような方法で留飲を下げて狂いそうになる感情と折り合いをつけるかであった。

 シャルティアは頭上の浮かぶ血の塊に人差し指を入れ、引き抜く。引き抜かれた際に血が糸を引き、シャルティアの前で魔法文字を綴り始める。

 シャルティアが行おうとしているのは、彼女が持つ職業(クラス)の一つ、ブラッドドリンカーで得られる特殊技能(スキル)鮮血の貯蔵庫(ブラッド・プール)によって貯蔵した血を用いた、MPの追加消費なしで魔法強化を施した高位階攻撃魔法の発動。

 それは目の前の人間、ブレインがこのまま強くなればナザリックの脅威になりうると深層心理が認めたからこその行為。相手を跡形もなく消し飛ばし、蘇生する事さえも不可能にする事で僅かな危険の芽を摘み取ろうとする、過剰すぎるほどの防御反応。

 シャルティア本人はその事に気が付かないまま魔法を放とうとし──、

 

「おーい! そこまでだ、シャルティア!」

 

 ──突如聞こえてきた声に、シャルティアはその動きを止めた。

 それは決して聞き間違える事などない、ナザリック地下大墳墓の主である至高の四十一人に連なる者の声。

 魔法の発動を中断し、声の出所を探ろうと周囲を見回すと、ブレインとシャルティアの間に立ちはだかる様に光の粒子が集まってその姿を形作っていく。

 

「……ったく、遅いですよ! 建御雷(・・・)の旦那!」

「悪い、悪い。ナザリックのNPCでも総合力最強のシャルティアに、お前が手傷を負わせるまで成長した事に感激しちまってな!」

「あ……あぁぁ」

 

 姿を現したのは一体の半魔巨人(ネフィリム)

 そしてシャルティアは目の前の半魔巨人(ネフィリム)から、敬愛するアインズと同じ、至高の四十一人の気配を感じ取る。

 装備がなくてもわかる。あの豪放磊落とした性格、そしてブレインが呼んだ建御雷という名前。

 

「ぶ、武人……建御雷、様……」

 

 先ほどまで怒りで煮えたぎっていたシャルティアの思考が、急速に冷え切って沈静化する。

 

「よっ、シャルティア。こうしてまた会えるとは思ってもいなかったぞ」

「は、はい! 武人建御雷様! ご、ご機嫌麗しゅう存じんす!」

 

 武人建御雷がシャルティアに声を掛ける。そこに負の感情は一切なく、純粋に再会を喜んでいるように感じる。

 一方のシャルティアは、突然の事態にパニックに陥っていた。

 

「まあ、ひとまず落ち着けって」

「か、畏まりました……」

 

 武人建御雷に促されてたっぷりと十秒間。シャルティアは深呼吸を繰り返す。それは行き場のなくなった憤怒を収めようとしているとも、自分の心の内から無尽蔵に浮かび上がってくる不安を押さえようとも思えるものだった。

 最後に一度大きく深呼吸をしたシャルティアの表情は、先ほどまでの醜い表情とも、ブレインと出会った時の妖艶な雰囲気を漂わせた淫靡な少女とも違う、不安を内に秘めた儚げな少女のものだ。

 

「よーし、落ち着いたな。それでさっそくで悪いがシャルティアに聞きたい事があるんだ。俺の弟子、ブレインと一当てしてみてどうだった?」

「……弟子? 目の前の人間が……武人建御雷様の?」

 

 武人建御雷の言葉を反芻し、シャルティアは自分の顔から急速に血の気が引いていくのを実感する。

 自分は至高の御方が弟子と認めた相手を害そうとし、あまつさえ殺そうとした。それは許されざる大罪であり、その命を持って償わなければならない事だ。

 

「……おーい、シャルティア?」

「わ、私はなんて事を……。この命で謝罪を!」

「ちょ! 落ち着け、シャルティア! そういう事を求めているんじゃないから! ただ感想を聞いてみたかっただけだから!」

 

 シャルティアが職業(クラス)より得た特殊技能(スキル)で清浄投擲槍を作り出し、自身の胸に突き立てようとするのを、武人建御雷は必死になって止める。

 半狂乱しながら謝罪の言葉を述べて自害しようとするシャルティアと、それを止めるために必死になだめる武人建御雷という構図に、ブレインは状況の急変についていけず呆然とするしかなかった。

 

 

 ────────────────────

 

 

「──って言う訳があったんだ、モモンガさん」

「その……シャルティアがすみません」

『災難でしたねぇ』

 

 場所はナザリック地下大墳墓第九階層円卓の間。部屋の中央には黒曜石の輝きを放つ巨大な円卓が鎮座するこの場所で、武人建御雷はアインズと仮面状態のウルベルト・アレイン・オードル、そして二人の依り代であるニニャとブレインの五人で死を撒く剣団の拠点で起きた出来事を説明していた。

 結局、シャルティアをどうにかなだめた後は流れで死を撒く剣団を殲滅し、冒険者たちが拠点に到着する前にシャルティアの転移門(ゲート)で撤収している。別行動させていたもう一体の吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)が発見した、傭兵たちの性欲処理用に囚われていた女性たちは、冒険者たちが見つけやすいように行先への目印を付けておいたので、恐らく大丈夫であろうとの事だ。

 シャルティアに現地の武技や魔法が使える犯罪者を捕獲するように命じたのはアインズだが、それがまさかこのような事になるとは予想だにしていなかった。シャルティアが自害しようとした事も含めて平謝りするしかない。

 

「いやー、あそこで自害されていたら、この世界のどこかにいるかもしれないぺロロンチーノの奴に全力で殺されかねないから必死だったぞ。上空から遠距離狙撃、いや空爆か? 徹され続けたらさすがにどうしようもないしな」

 

 がっはっはと豪胆に笑いながらそう言う武人建御雷に、アインズは思っていた質問をぶつけてみる。

 

「建御雷さんは、俺たち以外にもギルドメンバーがこの世界に来ていると思っているんですか?」

「ん? おう。目の前にモモンガさんやウルベルトさんがこうしているし、この世界をブレインと旅してきた中で、過去に肉体をもって転移してきた他のプレイヤーの痕跡や、俺やウルベルトさんみたいにこの世界の存在に憑依したプレイヤーと何度か遭遇しているしな。だから縁があれば生きているうちに何人かとは出会えるんじゃないかとは思っていたぞ」

「やはり、この世界には俺達よりも先に他のユグドラシルプレイヤーが来ていましたか。それにしても──」

 

 アインズは武人建御雷とウルベルトを見比べながら、何か考えている。

 

「──、現地の存在に憑依するところまでは同じなのに、ウルベルトさんと建御雷さんとでは表に出る方法が大分違うんですね」

『それは私も思いました。私はニニャさんの身体を借りないとこうして表に出られないのに、建御雷さんはブレインさんとは別の身体で出て来ています。どこに違いがあるのでしょうかねぇ』

「確かに、今までであってきた憑依者──この世界では降臨者(フォーリナー)って呼ぶんだけどな、個人個人でどんな形で表に出てくるかとか、憑依先との関係性とかバラバラだったしな」

降臨者(フォーリナー)……ですか」

『何というか、異世界から舞い降りた来訪者の器という感じで、かっこいい呼び名で良いじゃないですか』

「あっ、はい」

 

 アインズとしては過去の中二病を刺激され、無くなっているはずの胃が痛くなる呼び名だが、中二病患者のウルベルトには好評のようだ。

 それとは別に武人建御雷が齎した情報は非常に有用な半面、今後の活動を慎重に考える必要がある位に影響を与えるものだ。

 なにせ降臨者(フォーリナー)は先天的にではなく後天的になり得るもの。しかもNPC達の話ではギルドメンバーが憑依していても、人格が表に出ていない状態では感知することができないという。

 アインズにはその気はないが、人間蔑視が多いナザリックのNPCが不用心に起こしたトラブルで、ギルドメンバーを宿した相手と敵対なんて事態は何としても避けたい。

 それに、憑依先の寿命の問題もある。ウルベルトの場合は完全に乗っ取った上で肉体を作り変えてしまえば異形種となって克服できるが、憑依先とは別の身体を構成する武人建御雷の場合はそうはいかない。

 彼が過去に自分と同様のタイプだった降臨者(フォーリナー)と戦闘になった際の経験によると、一方が死亡するともう一方も生きる事ができなくなるのだという。つまり、ブレインの命と武人建御雷の命は繋がった、一蓮托生の関係という事になる。

 アインズとしてはそのような不安定な状態はできる限り早急に解決したいものだが、当の本人はそのリスクも楽しんでいる節がある。

 思えば、武人建御雷はアインズ──ユグドラシルの頃はモモンガが当時は攻略対象だったダンジョンであるナザリック地下墳墓を初見一発攻略したいと提案した時、当時のギルドメンバーの三分の一が反対する中、参加に強い意志を示してくれた一人だ。

 まあ、ブレインを見た限り、寿命としては後数十年は生きるだろうからこの問題はひとまず脇に置いといておいおい考える事にしよう。

 

「──、そういや、モモンガさんと合流する前にアルベドと出くわしてちょいと話したんだけれどもよ……」

「アルベドが何か?」

「あの様子、ありゃあ……モモンガさんに惚の字だぜ」

「確かにあの悪魔、俺に対しては冷たい表情だったが、モモンガの名前が出た際には夢見る恋の乙女みたいになっていたな」

『マジですか。その辺のところ詳しく』

「そういえば、ナーベさんがルクルットに詮索されていた際に挙げていた方ですね。どんな方なのですか?」

 

 アインズはちょっと考え事をしている間に、なんかとんでもない方向に話題が飛んでいる事に気が付き、何故か沈静化してくれない焦燥感と出ないはずの冷や汗を感じていた。

 この後アインズは最終日に自分を愛するようにアルベドの設定を改変したことを自白させられ、責任を取る様に念押しされることとなった。




ちなみにアインズにアルベドの一件で責任を取る様に最も強く念押ししたのはニニャです。
ツアレを攫った豚貴族のように、自分の思い通りにしてからポイ捨てこそしていませんが、このまま放置コースだとニニャのトラウマ直撃行為ですからね。
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