ダイスの女神は時として邪神となる。
リ・エスティーゼ王国王都で八本指が違法に運営していた娼館だった建物を眺める、闇夜に溶け込む様に怪しげな一団がいた。
先頭に立つのは筋骨たくましい男。そこに優男とローブ姿の者が続き、そして最後尾は
彼らが持つ裏の権力で、制圧された娼館に不遜者が訪れないか見張りをしている兵士たちは遠ざけられ、周囲に人の気配はない。
先頭に立つ巌の様な男──ゼロが制圧された娼館に苛烈な視線を送りながら、憎々しげに低い声で唸る。
「ふざけた話だ。コッコドールに謝罪しないといけないだろうな。警備部門の精鋭たる六腕、それもサキュロントだけでなくエドストレームまで貸し出したにも関わらず、こうも簡単に落とされたのだからな。それどころか、貸し出した日にとは……笑い話ではすまんぞ」
「それでボス。捕まっているサキュロントとエドストレームはどうする? 口封じに殺す場合、詰所にいる以上、うちの部署で育てている暗殺者みたいな力づくってタイプには厳しいから他の部署の暗殺者を借りる必要があるけれども」
「殺しはせん。二人には聞き出さなければならない事があるし、一応役に立つ奴らだからな。伯爵の伝手で、即日釈放してもらうようにする。……とんだ出費になりそうだな。伯爵の好みをリストアップしておけ」
「あいよ。それでコッコドールの方はどうするんだね?」
「あいつは自分のコネを使うだろう。もし望んだら詫びの意味も含めて、此方のコネを使う。それと──」
軽薄そうな優男の問いかけにゼロが答え、目の前の娼館の顧客リストの所在の確認やそれを発見した際の取り扱いなどを他の者たちとも話を続ける。
そんな中、優男は穴の開いた扉を眺めて呟く。
「……それにしても、こいつはすごいな。どうやって穴をあけたんだ? 武器にしては……魔法か?」
「拳だ」
全員の視線がゼロに集まる。ゼロは繰り返すように拳による跡だと断言すると、手刀を扉めがけて叩き込む。まるで紙を破る様に、拳が扉に突き立った。ゆっくりとゼロが拳を引き抜くと、先にできていた穴と同じようなものがその姿を見せていた。
優男が呆れたように口を開く。
「そうなると、この娼館を襲撃したセバスとかいう爺は、少なくともボスと同じ芸当ができる程度には腕が立つと考えるべきか。六腕最弱のサキュロントはともかく、エドストレームまで倒すだけの力はあるんだ。かなりの強敵とみなすべきだろうね」
「ああ。それにエドストレームにはサキュロントの幻術による支援もあっただろう事を考えれば、何らかのマジックアイテムか
「ひょっとすると、俺と
「ボスはセバスとかいう爺も
「頭の片隅に留めておく程度にはな」
「それを踏まえた上で聞こうか? この一件から手を引くかどうか。正直言って、正面からぶつかり合っても損失と釣り合うだけのメリットがあるようには思えないが?」
「バカを言うな」
ローブ姿の者の提案に、押さえきれない怒気がゼロの言葉と肉体のあちこちから漏れ出る。
「この娼館を襲った奴を見せしめに殺さねば、俺達の評価が落ちるわ。もはや損失など考えるな。六腕全員で襲撃犯を殺す!」
ゼロの言葉にローブ姿の者が、無言を貫いていた
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ナザリック地下大墳墓第九階層にあるアインズの部屋で、アインズは
覗いているのは、情報収集のためにリ・エスティーゼ王国の王都に商家の娘のその執事というアンダーカバーで潜入している、ソリュシャンとセバスが借りている屋敷の内部。
事の発端は、朝方にソリュシャンから
最近セバスが人間の女を匿い、それが原因で王国の裏組織から脅迫を受けている。
これまでセバスからは一切報告されていなかった内容に、アインズは頭を痛めた。
組織運営という観点から見れば、セバスの行動は大いに問題がある行動だ。報告・連絡・相談は社会人の基本であり、それができていないという事は、この問題に限らずこれまで報告されてきた内容にも信憑性に疑義が生じるという事になる。
その一方で、創造主であるたっち・みーの心を受け継いでいるセバスがそういった行動をした事にも理解できた。たっち・みーも自分の正義に照らし合わせて必要だと思った行動は躊躇わずに行う部分があり、後になって判明してウルベルトとトラブルになる事が度々あった。
実際、ウルベルトに創造されたNPCであるデミウルゴスが筆頭となってセバスを処罰、最悪の場合は処刑するべきという声がNPC達から強く出てきた。
ウルベルトや武人建御雷、そしてあれから二か月の間に出会った幾人かのギルドメンバーを宿した
そんなNPC達の怒りを抑えに回ったのは、意外にもウルベルトであった。ウルベルトはたっち・みーとはよく喧嘩する仲ではあったが、だからこそ思う所があったのだろう。
ウルベルトは自分が直接セバスを問いただすと言い、至高の御方に万が一があったらいけないと必死になって止めようとするNPC達と口論する場面もあり、一時ナザリックは大騒ぎとなった。
最終的に徹底的に対打撃対策を施したウルベルトを、コキュートスとデミウルゴス、更にシャルティアも護衛につけた上でヴィクティムも配置する徹底した安全対策の下でセバスを問いただす運びとなった。
武人建御雷を宿した
自分もその場にいるべきだろうと思ったが、そこはNPC達だけでなくウルベルトからも止められたために、こうして魔法でウルベルトと聴覚を共有しながら外から覗き見するに留まっている。
なんでもNPCにとっての支配者が二人並ぶと、相手にとって威圧感が半端ない事になるらしい。確かに、勤めている会社の社長と副社長に詰問される場面を考えてみたら胃に穴が開きそうになるのもわかる。
「それにしても……ウルベルトさんが他に確認したい事って、一体何なんだろうなぁ。……っと、始まったか」
屋敷の応接間の扉が開く。扉の先、通路側にいるセバスは礼拝にも似た、深いお辞儀を応接間の椅子に座るウルベルトに向ける。
ウルベルトは今、ニニャの身体を再び借りて本来の姿を構築した状態でセバスの前にいる。装備も宝物殿の霊廟から回収して装備しているので、本来の力を取り戻した状態だ。
(うわぁ……セバス、かなり恐縮しちゃっているよぉ。デミウルゴス達は明らかに殺気立っているしさぁ。もうちょっと和やかにできないの?)
「……セバス、遅くなったことは気にしなくて良いですよ。貴方も色々と忙しくて大変だったでしょうし。それより、頭を上げて早く部屋に入りなさい。
「はっ」
(やっぱウルベルトさんも、セバスが報告を上げなかったことは怒っているよなぁ)
アインズがそう考えている間にも、鏡に映る光景の先では状況が進む。
個人的には気持ち遠いと感じる、ウルベルトとセバスの距離でデミウルゴスが警告とも取れる言葉でセバスの足を止める。その距離はそれぞれコキュートスとシャルティアにとって最適な攻撃距離であり、セバスには大きな重圧となっているだろう。
「セバス、端的に貴方に問いましょう。人間の女を保護し匿っているそうですね?」
「──はっ!」
「セバス、もう一度聞きますよ。人間の女を保護し匿っているのは事実ですか?」
「はっ! 事実でございます!」
「そうですか。ならばなぜ、ナザリックに報告をしなかったのですか? モモンガさんは貴方に対し、機密と思われる貴重な情報から街の噂レベルまで、あらゆる事を記載してナザリックに送るように命じていたと聞いています。ですが、デミウルゴスやアルベドに貴方が集めた過去の資料を確認させましたが、その中に今回の事は一切記載されていませんでした。これに何か相違はありますか?」
「いいえ。相違ございません」
「セバス。私はね……貴方が人間の女を助け匿ったことそのものに対しては、別に怒っていないんですよ。たっちさんに創造された貴方なら、そういった状況に置かれればそうしてもおかしくはないし、在り様としてもそうあるべきだと思っています」
ウルベルトからのセバスのありようを肯定する言葉に、セバスだけでなく他のシモベ達も驚きの視線を向ける。
「ですが……もしも貴方が報告しなかった理由が下劣な理由──例えば自分の都合の良い欲求発散用のペットが欲しかったなど──だった場合、それはナザリックだけでなく貴方の創造主であるたっち・みーに対する裏切りに他ならない」
「そ、それは……」
「答えろ、セバス・チャン。お前が今回渦中にいる人間の女を助け匿った理由と、それを報告に挙げなかった理由を!」
「畏まりました!」
大きな重圧を伴ったウルベルトの言葉に、セバスは経緯も含めて説明を始めた。
王都の地理の把握のために路地裏を散策していた日、布袋に詰められて廃棄処分されるはずだったツアレという少女に遭遇し、助けを求められて助けた事。
その際に《
助けられたツアレからの要望で、この館でメイドとして働かせていた事。
報告する事でツアレを処分することになる可能性を考え、可能性だけで見捨てる事が出来なかったために報告に挙げなかった事を。
そうしている内に八本指に目を付けられて脅迫を受けた事。
そして、つい数時間前に時間稼ぎのために八本指が経営する違法な娼館を、王国の兵士でありたっち・みーの魂が憑依している
(ちょっとぉぉぉ! 協力してくれた兵士にたっちさんが偶々憑依していたって、どんな確率だよ!? ウルベルトさんも他のNPCたちも固まっちゃってるよ……)
「な、なるほど……経緯と理由はよくわかりました。それにしても……ツアレ、ですか」
「ウルベルト様?」
「ああ、失礼。それではソリュシャン、セバスが保護している女性を、ツアレを此処にまで連れて来て下さい」
「畏まりました」
扉のすぐ脇で待機していたソリュシャンが動き、静かに扉が閉められる。
(え……ウルベルトさん、何をするつもりだ? ナザリックの事を考えると最後まで隠し通したほうが良いはずなのに)
『ああ、勘違いしないでもらいたいですが、処分するつもりではありませんよ。少しばかり確認したい事がありましてね』
《
そして少しばかりの時間が経ち、扉がノックされ、開かれる。姿を見せたのはソリュシャンと一人の女性だ。
「連れてまいりました」
足元まで完全に覆う長いスカートのメイド服を着たその女性──ツアレの外見を総合的に評価するならば、美人というよりは、愛嬌のあるというような言葉が似合いそうな女性だ。
ツアレが入り口で小さく息を呑む。この間にいる異形の者たちのいずれか、或いは全てに恐怖したのか。
デミウルゴス達からツアレに向けられる敵意は相当なもので、彼女が身体を震わせこそしても泣き出さないのは驚くべき事だ。
「お前たち、止めろ。ヴィクティムを見習いなさい。さて……ツアレさん、貴方に聞きたい事がいくつかありますので、部屋に入ってください」
ウルベルトはNPC達を諫めてからツアレを手招きして部屋へ入るように促す。その言葉に支配されるように、ツアレは一歩、二歩と震える足で室内へと入っていく。
室内へと入ったツアレは、迷う事なくセバスの横に並ぶ。
「それでは、まずは名乗らせてもらいましょう。私は大厄災の魔、ウルベルト・アレイン・オードル。貴方を助けたセバスの上司の一人とでも考えてください。それでは、ツアレさんにこれからいくつか尋ねたい事があります。どうか噓偽りなく答えてください」
「あ、……は、はい……」
穏やかな口調でウルベルトはツアレに問いを繰り返していく。
始めはセバスが話した内容との間に齟齬がないかを確認するものだったが、徐々に質問の内容はツアレ個人に関する事へと移っていく。
ツアレとセバスはもちろん、他のNPCやアインズもそれを訝しみながら、ウルベルトの質問は続いていった。
「──。ふう、長く質問を繰り返しましたが、あと二つ、場合によってはあと一つの質問で終わりになります。これも、嘘偽りなく答えてください」
「は……はい」
「ツアレさん、貴方のフルネームを、下の名前も含めて教えてください」
「ツ、ツアレニーニャ・ベイロンです……」
「ふむ……。では、貴方の家族に、セリーシア・ベイロンという
「! ……はい、わたし……には、妹の……セリーが、セリーシア・ベイロンが……います。私……が、妾……として、領主様に……攫われた時……に、村……に、置いてけぼりになってしまった妹です」
ウルベルトの最後の問いに表情を変え、どうにか言葉を紡いだツアレに対し、ウルベルトは何かを堪えているようだ。
「ウルベルト様?」
「……ふふ、ははは! 運命の女神とやらは、何と残酷なのに素敵なドラマを生み出すのでしょうかねぇ!」
ウルベルトが堪えてようとしていたものは歓喜の声であった。堪え切れなくなったウルベルトが歓喜の笑いを上げる。
「喜びなさい、ツアレニーニャ・ベイロン。──」
そう言いながらウルベルトは立ちあがると、自らの肉体の構成を解き──、
「──。ニニャもとい、セリーシア・ベイロンとの感動の再会ですよ!」
──、宿主であるニニャの姿をツアレの前に曝け出した。
突然の事態にツアレとセバスはもちろん、デミウルゴス達も目を見開いてニニャの方を注視する。
「セ……セリー? 本当に……セリーなの?」
「うん。僕だよ、セリーシア・ベイロンだよ。姉さん、生きててくれて……本当に良かった!」
「セリー……セリー! 私も……貴方と、生きて……再会、できる……だなんて!」
ニニャがツアレのところまで駆け寄って抱きしめる。嗚咽を漏らし、大粒の涙を流しながら、二人は叶わないかもしれないと思っていた姉妹の再会を喜び合う。
NPC達もウルベルトが演出した二人の再会を邪魔するような野暮なことはせず、先ほどまでの険悪な雰囲気は感じられない。
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しばらくしてニニャはツアレを抱きしめていた腕を解き、数歩後ろへと下がる。そしてニニャの顔の右半分を隠すように、ウルベルトが被っていた仮面が顕現する。
『もう良いのですか? もう少しくらいならばこのままでも良いですが』
「僕は……大丈夫です」
『そうですか。それでは、改めて本題に戻りましょう』
ウルベルトの言葉に、弛緩していた空気が再び引き締まる。ニニャとツアレの再会を見守る場へと変わっていたが、本来はセバスを問いただすためだった集まりなのだ。
『まず、セバス。私の依り代の家族を偶然とはいえ助け保護した事は大きな功績です。おかげで私が果たすべき契約は完遂することもできました。その一方で、報告を怠った事によってナザリックだけでなく彼女も危険に晒しかねなかった失態があるのも事実』
「はい、仰る通りにございます。どのような罰も受ける所存にございます」
「セバス……様」
ニニャの身体でウルベルトが左右の手の指を一本ずつ立て、セバスの功罪をカウントする。
ツアレの安全は確保できたと安堵したセバスは、穏やかな気持ちでウルベルトが下す処断を受け入れるつもりだ。
「さらに、失態の埋め合わせの結果、たっちさんを宿した《
ウルベルトは右手の指をさらに一本立てながら話を続ける。
「功績には褒美を、失態には処罰を。信賞必罰はしっかりと行うべきだと考えています。二人が再会の喜びを分かち合っている間にモモンガさんと相談した結果ですが、今回はセバスへの褒美と処罰を一つずつ、そしてツアレへの褒美を一つとさせていただきます」
「私が……ですか?」
「ええ。わが組織のギルドメンバーと再会する機会が出来たのは、貴女をセバスが保護したことが切欠です。本来はセバスには褒美を二つ与えるところでしたが、そこは失態に対する処罰を軽くするために一つに減らした上で、その代わりに切欠を与えてくれた貴女にも、妹との再会以外の褒美を与えるべきだと結論付けました。その上で貴女にお聞きします。貴女はこれからどうしたいですか?」
「私が……どうしたいか」
「難しく考える必要はありません。八本指の手が及ばない遠く離れた地で生活に困らない財を貰って暮らしていくのもよし。貴女を苦しめた者たちへ復讐するための力を望むもよし。叶えられる範囲であれば、あなたの願いを一度だけ叶えてあげますよ?」
それは、非常に寛大な提案だった。しかし、ツアレは迷う素振りを一切見せずに答えを返す。
「私は、セリーやセバス様と一緒に……暮らしたいです」
「ふむ。それが、異形種が大半を占める私たちの支配地から二度と離れられなくなるとしてもですか?」
「はい」
ツアレが選んだ答えにウルベルトは何度か頷く。
「分かりました。それではそれに合わせたセバスへの褒章と処罰と合わせて、モモンガさんの口から告げてもらいましょう」
ウルベルトの言葉に合わせるように、応接間の椅子を闇が包み、中からアインズが姿を現す。
アインズの姿を見て、ツアレは若干身体を強張らせるが、叫び声を上げたりはしない。デミウルゴス達を見た時も泣いたりしなかった事を考えると意志力は強いようだ。
「始めまして。私の名はモモンガ。公の場ではアインズ・ウール・ゴウンで通させてもらっているので、今後はアインズと呼んでほしい。さて、セバスへの褒美と処罰、そしてツアレへの褒美に関してだったな」
「その通りでございます、アインズ様」
「うむ。それでは、まずセバスへの処罰だが、王都からのこの拠点の撤収作業が終わり次第、情報収集の任務から解任した上で、しばらくはナザリック地下大墳墓第九階層で一般メイドや執事と同様の業務を行ってもらう」
「畏まりました、アインズ様」
「そしてセバスへの褒美の件だが、お前が助けたツアレを伴侶とする権利というのはどうだ?」
「ア、アインズ様。それは……」
「ツアレは裕福で不自由がない暮らしよりも、お前と一緒に暮らしたがる位には惹かれているようだし、お前もまんざらではないようだったからな。私の名の下に結ばれることを許可するのは褒美になると思ったが……違ったか? 嫌ならば別の褒美でも構わないが」
「滅相もございません」
これはある種の方便だ。
この世界に転移してからの二か月間で分かった事だが、ワーカーホリックなNPC達にとってはナザリックのために働けないという事はかなりの苦痛な事なようで、幾度となく週休二日制や有休制を導入しようとしてはNPC総出で反対されて廃案に追い込まれている。
そこでアインズは小卒の貧弱な頭で必死に考えた結論が、NPC達に仕事以外の喜びも見つけてやればいいというものであった。
自分にとってのユグドラシルのように、仕事以外にも生きがいと言えるものが見つかれば、仕事をしたくて仕事をするという病的なワーカーホリックは改善されるはずだと考えた。
問題はどうやってその切欠を作るかだが、セバスには悪いがその切欠作りになってもらおうという訳だ。
セバスの創造主であるたっち・みーは既婚者だったが、夫婦生活の愚痴だけでなく惚気話も相当聞かされていた思い出がある(なお、それにウルベルトが噛みつくのも日常茶飯事であった)
この考えが思い浮かんだ時はウルベルトから反発されるかもと思ったが、彼曰く、
「たっちさんのような勝ち組同士ならそりゃ妬みますよ? ですが、彼女は弱者として虐げられてきました。その上で弱者だから守られるのは当然という堕落した考えではなく、自分の意志で選択し行動した事は、ニニャさんの姉という事を抜きに好感が持てます。ならばナザリックの者たちの意識改革という利点もあるのですから否定する理由などありませんよ」
との事であった。
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八本指が経営する違法な娼館をセバスとクライムが制圧した翌朝。蒼の薔薇一行は朝一番に登城し、ラナー第三王女の部屋で、八本指の拠点襲撃計画の内容を変更する理由となった、娼館強襲の件の説明をラナーから受けていた。
六腕のうち二人を相手にして勝利を収めた事に、蒼の薔薇の面々から感嘆と驚愕の視線がクライムに集中し、後ろで不動の姿勢を維持しているクライムはむず痒さを感じる。
娼館に踏み込み、そこで地獄を味わわされていた人々を助け出すことが出来たのはクライム本人の力ではなく、協力していたセバスと自分の中に宿っていたセバスの主人、たっち・みーのおかげだと考えているからだ。
敬愛する主、ラナー姫には自分の中にいるたっち・みーの存在は告白した。自分が今まで目標としてきた理想の騎士、夢の中で今まで自分を鍛え導いてきてくれた白銀の騎士の事を。
たっち・みーとセバスの関係こそ隠しているが、聡明な主ならばおそらく何かしら気が付いているだろう。
「やんじゃねえか、童貞。まさかマジで昨日の話に出てきた
「ああ、ガガーランの言うとおりだ。それに、六腕を一気に二人も捕らえるとは、大金星だな」
「イビルアイ様、六腕の二人を捕らえる事が出来たのは、たっち・みー様のおかげです。私は彼ら相手に防戦する事しかできませんでした」
自分の力ではないと謙遜するクライムに対し、ティアとティナが口を挟む。
「六腕はいずれもアダマンタイト級に匹敵すると言われている。そのような猛者二人を相手に防戦が成立する時点で、クライムの実力はかなりのものと証明されている」
「宿主を乗っ取らない魂が宿った事も幸運。
「本当に、たっち・みーさんには感謝しないと。私からクライムを取り上げないでくれて」
「ラ、ラナー様……」
慈しむような表情でクライムを見るラナー。そんなラナーをラキュースがおどけるような表情で茶化す。
「あら、ラナーってばクライムにお熱なのね」
「ええ。私、クライムの事大好きよ♪」
「ラキュース様!? それにラナー様も御冗談はおやめください!」
「あら、私は本気でクライムのこと好きよ?」
「あちゃー。此処で惚気られるとは思わなかったわぁ」
「目指せ、クライム逆玉の輿」
「ティナ様も!」
「ティナは私」
「あ、申し訳ございません」
これから八本指との決戦に向けての作戦会議とは思えない空気だが、緊張を解すという意味では一応は上手くいったようだ。
ラナーがクライムに向ける好意がLikeなのかLoveなのかは王国にとって大問題かもしれないが、王族の責務さえなければ二人の仲を応援してあげたいくらいではある。
或いは、クライムがラナーの降嫁先として認められるくらいに劇的な成果を上げられればあるいは……。
ただ、その場合は王国を立て直せ得る人材が一人、王族から減ってしまうという大きなリスクを背負う事にもなる。
「お前たち、くだらない色恋話は打ち切って話を戻すぞ」
イビルアイが少々不機嫌になりながら注意する。その時──、
『あら? 折角面白そうな話なのに終わりにしちゃうの?』
この場の誰とも違う、若い女性の声が天井から聞こえてきた。
「ラナー様!」
クライムは声の発生源と思しき位置とラナーがいる位置の間に庇うように割り込む。
「この声!」「なんで!」
「ティア、ティナ! 知っているの!」
『二人とも、私の事を覚えていてくれて
そして声の発生源となっている天井から人の姿が現れた。
「は!?」「おいおい……」「なっ!!?」「ひゃぁ!」「ふざけているのか!?」
「「……はぁぁ」」
怒気や困惑を含んだ五人の驚愕の声と、諦観を含んだティアとティナのため息が漏れる。
誰もいなかったはずの天井には一人の女性が立っていた。ティアやティナを掻い潜って侵入した時点で相当な実力者であることは確実だ。
しかし彼女たちが声を上げたのはそれだけが理由ではなかった。それは彼女の姿にあった。
髪はオレンジに似た金色で、身体のラインがはっきりとわかるぴったりとした黒色の衣装を着ている。ここまではティアやティナと似たようなものだ。
しかし、手甲や足甲で防御力は補強してあるものの、ティアやティナの装備と比べても全身を包む網タイツの面積がはるかに多いのだ!
二人よりも大きく膨らんだ胸や尻の局部こそ、一応は黒の布服で隠されているが、それ以上に素肌を晒している面積が非常に多い。
何より、それに加えて荒縄で身体を亀甲縛りにしている事で肉感的な身体がより強調され、端的に言って痴女以外の何物でもない。
「な、な、な……何という格好をしているのですか!」
「初心なお姫様には刺激が強かったかしら?」
「お姫様は箱入り娘。こういう事には耐性がない」
「
ティアとティナの「正論だがお前らが言うの!?」と思える発言に、ラキュースが尋ねる。
「ねえ、ティア、ティナ。あの痴……女性ってひょっとして」
「遺憾ながら鬼ボスの想像通り」
「ティラは私たちの姉妹。あんなのだけれども、イジャニーニャの頭領でもある」
「ええぇ……」
イジャニーニャ。それは近隣諸国では狙われれば命は無いと言われる有数の暗殺集団である。
ティアとティナも嘗てはイジャニーニャのメンバーで、当時はラキュースを暗殺するために派遣された過去がある。
「イジャニーニャってのは、変態じゃなきゃなれないのか?」
「ガガーラン、物事には言って良い事と悪い事がある」
「あれと同類扱いされるのは訴訟も辞さない」
「わ、悪い……」
少しばかり怒気を含みながら冷たさを備えたティアとティナの言葉に、ガガーランも流石に謝罪する。
空気はかなり緩くなっているが、この状況は非常に拙い。
現在、蒼の薔薇一行は装備一式を足元の袋に入れた状態であり、完全装備には程遠い状態だ。この状況を狙ってきたのだとすれば、殆ど詰んでいる状態だと言える。
さらに──、
「ティラ、貴女の相方は何処に潜んでいる?」
「!?」
ティアの言葉に、ラキュースは周囲を見回すが、そのような存在は確認できない。しかし、先ほど不可視化を解いて姿を現したことを考えれば、この場にはいないなどという楽天的な考えはできるはずもない。
「彼? 彼ならば、
「え……!?」
ティラの返答にティアは反射的に振り返る。しかし、そこには先ほどまで誰もいない。
「違う違う。私のよ」
陽炎が実体化するかのように、ティラの背後に何者かが姿を現す。
その人物は全身が隠密性を重視した闇色の装束で、腰には日本の独特な形状の小さな剣──所謂”刀”を二本差している。素肌や髪は全て装束に隠されていて、その全貌は一切分からない。
そんな人物が気配を一切感じさせず、青の薔薇一行やラナー、クライムを見ながら──、
「んんぅっ♡」
──、ティラの尻を揉んでいた。
「うん。今日もティラの尻は張りが良いな」
「もぉ~♡ そういう事は後でじっくりとお願い♡」
「おう、後でじっくりとかわいがるさ。どこでが良い?」
アダマンタイト級冒険者チームである蒼の薔薇一行の前でいちゃつき出す二人に、一同は唖然とする。
「ねえ、ラキュース。どうして急に私の目と耳を塞ぐの?」
「ラナー、貴方は見聞きしちゃダメ。心が穢れるわ」
「「……あぁ。以前より進んでいる……」」
何が進んでいるのかとは聞かない優しさが、ガガーランにはあった。
状況はあまりにも混沌としていた。侵入者はいちゃつき、
「おい、お前ら。間違ってもあの変態──男の方の変態とは戦うな。あれは……圧倒的に強い。魔神が霞む程の強さだ。奴らを刺激しないように、ゆっくりと……クライム?」
イビルアイは謎の人物から感じ取った強さに慄き、この場にいる者たちを少しでも安全な所へ逃がそうとするが、その前にクライムの様子がおかしい事に気が付く。
あの女の色事に耐性がないクライムが無表情ともいえる顔で、静かに近くの机に置いてあったティーカップを掴むと、目にもとまらぬ速度で天井に立つ変態──尻を揉んでいる方の変態の顔面に投げつけた。
ティーカップは寸分の狂いなく変態の顔面に直撃し、粉々に砕け散る。変態はそのまま天井から床へと落下した。
「ぶべらっ!?」
「ダーリン!?」
「おいいぃぃぃ! 何やっているんだ、クライム!? 私言ったよな!? 戦うなって、刺激するなって!?」
「イビルアイ
クライムの無謀ともいえる行動に、イビルアイは思わずツッコミを入れるが、クライムの返答が普段と違う事に気が付く。
クライムは蒼の薔薇一行の事を様付けで呼んでいる。しかし、クライムは今、さんづけで呼んだ。
そしてイビルアイは気づく。クライムの気配が変わり、感じ取れる強さが桁違いなものに変化している事に。そう、つい先ほど地面に落下した変態と同等あるいはそれ以上のものに!
「ひょっとして、お前がたっち・みーなのか?」
「はい。殺気も敵意もなかったので様子見をさせてもらっていましたが、彼──弐式炎雷さんがバカやらかしたので、ちょっと……説教してきますね?」
「え。あ、ああ……気を付けてな」
微笑を浮かべたたっち・みーに対し、イビルアイは見送る事しかできない。
笑顔とは本来攻撃的なものだとは言われているが、まさにその通り。
弐式炎雷と呼ばれた変態がたっち・みーによって正座させられて説教を受けている様子を眺めながら、イビルアイはどこか冷静な部分の思考でそう結論付けていた。
バハルス帝国北東部から都市国家群の近辺に拠点があるとされている暗殺集団”イジャニーニャ”に産まれた三つ子の姉妹。
そのうち一人は幼少期の頃は身体が弱く、ある年の冬に流行り病を患って生死の境を彷徨っていた。
周囲から期待されず、もはや死を待つのみと思われていた幼子に、開祖を凌駕する忍びの魂が舞い降りた。
ティラの性癖が思い浮かばずにダイスに委ねた結果、このような事態に……。
ティラが有する性癖は三つ。露出癖・緊縛癖・被強姦願望です。憑依した弐式炎雷が彼女に施した教育(調教?)の影響で開花したものです。
弐式炎雷さんに真面な性格を求めている方には誠に申し訳ありませんでした。