ちょっとだけ改造オーバーロード?   作:エヌット

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王国の裏社会に深く根付き、表社会にも絶大な影響力を持つ裏組織、八本指。
十年近く前、スレイン法国は周辺諸国に悪影響を及ぼす八本指を壊滅させるため、秘密裏に風花聖典と火滅聖典の支援を受けた当時の漆黒聖典が数名、派遣されていた。
万全の態勢で行われたこの作戦は滞りなく進み、八部門の内、当時の警備部門の長ルベリナを含めた五つの部門の長を討ち取った。

――八本指の衰退・壊滅は最早時間の問題。

派遣された六色聖典の誰もがそう思い、作戦の成功を確信していた。しかし、その空気を一変させる事態が起こる。
それは、今回の作戦で派遣された漆黒聖典の隊員の全滅。下手人は当時六腕の一人であった若き格闘家。
始めは何かしらの誤情報、或いは虚偽情報による撹乱かと思われた。しかし、漆黒聖典だった者たちの亡骸が、処刑された罪人のように王都の柱に吊るされているのを確認してしまっては、真実であると認めるしかなかった。
八本指の特記戦力を殺害するために動員された戦力であった漆黒聖典隊員の死亡の影響は大きく、スレイン法国は作戦の中止を決定し、リ・エスティーゼ王国から撤退することとなる。
回収する事も出来なかったその亡骸は、人に殺害されたとは到底思えないような、それこそドラゴンの様な怪物に蹂躙されたかのような無惨な破壊の跡が刻まれていた。
作戦の失敗以降、一度は弱体化した八本指は数年を待たずにより大きな力を得て王国により深く根付き、作戦前よりも王国の腐敗は悪化してしまった。
ここに来てスレイン法国はリ・エスティーゼ王国を見限り、バハルス帝国を支援する方向に方針を転換することとなった。


ちょっとだけ改造ゼロ?

 夜が明けて、セバスとソリュシャンは王都から撤収するにあたっての多忙な一日が始まった。商人としての偽りの顔を潰さないために、この二か月の間に付き合いができた他の商人や組合の人間たちに、帝国へ帰還する演技をするためである。

 館からは既に物品や防衛用の影の悪魔(シャドウ・デーモン)悪魔の像(ガーゴイル)は撤収しているが、一緒に帰還するための合流を兼ねて、ツアレの護衛としてブレインと武人建御雷が付いてくれているのは、セバスにとって申し訳ない気持ちと共に、至高の御方々がツアレを軽く扱っていない証明でもある事に喜びを感じていた。

 創造主であるたっち・みーが憑依している兵士、クライムと道中で出会ったことも幸いだった。彼は何か急いでいるようだったので簡単にまとめた内容を伝えるにとどまったが、何も言わずに去る事にならずに済んで本当に良かった。

 それはそれとして、武人建御雷がツアレをまじまじと見てセバスに、

 

「助けた女と結ばれるってのも、たっちの奴と似ているなぁ。……っま、セバスの親ではないが孫ができるのはゆっくり待つとするさ」

 

 と言われた時は、心臓がドキリと跳ねたものだ。

 ソリュシャンも商人や組合の人間との雑談で、詳細を伏せた上で脚色しているが独り者だったセバスに婚約者ができた事を触れまわって弄って来る辺り、分かっていたが内心では不満が溜まっていたようだ。

 尤も、そのおかげで話は弾み、人間の視点ではかなりの美人であるソリュシャンが上機嫌であったこともあって、倉庫の一時使用や穀物類の運搬作業にあたっての使用料を破格の安さで行う事ができたわけだが。

 この穀物類はデミウルゴスがナザリック外から資源を獲得するために運営する牧場──ウルベルトやアインズが視察して家畜の他にトブの大森林や他国にある丘陵地帯の魔獣であることを確認済み──で飼料として使われる予定だ。軌道に乗れば此処で繁殖・管理された家畜・魔獣の肉や革、骨などの資源を安定供給できるようになるという。

 デミウルゴスがセバスとツアレの結婚式までには間に合わせてみせると豪語していた事を思い出し、セバスは昨夜の事を思い出す。初めてツアレと同じベッドで寝た夜を。

 

「男の人との営みは……こんなにも温かくて満たされる物なのですね、セバス様。初めて知りました。私、とても幸せです」

 

 早朝、ツアレが言っていた事だ。

 ツアレはこれまで様々な者たちに弄ばれ、欲求発散の道具として使われてきた。そんな彼女を救う事が出来た事に、セバスは大きな充足感に満たされていた。

 

(今後は至高の御方々のためにも綿密に報告・相談・連絡を滞りなく行えるようにしなくてはいけませんね。それと、あの娼館から助け出した他の方には申し訳ありませんが、安全な所で保護されるだけで満足していただきましょう。ツアレに不義理はしたくありませんし)

 

 様々な事を考えながらセバスとソリュシャンを乗せた馬車は館の敷地内に入る。セバスとソリュシャンが馬車から降りた所で、声を掛ける者がいた。

 

「お帰りなさい、セバスの旦那。ソリュシャンお嬢様も」

 

 声をかけてきたのはブレインだ。ブレインは今回の館の警護では館の外、敷地内を見回っていた。館の内部は武人建御雷が警護しているのは、外部からその姿を見られないようにするためというのもあるが、ツアレが未だに人に対して恐怖を感じる心的外傷が癒えていないためだ。

 

「アングラウス様、この度は館の警備をしていただき誠にありがとうございます」

「気にしなくて大丈夫さ。俺も建御雷の旦那もそろそろ王都を出発する予定だったしな。それより、急ぎの話があるから中に入ってくれ」

 

 ブレインの剣呑な雰囲気に、セバスは何かあった事を悟る。

 

「畏まりました」

 

 セバスは扉の鍵を取り出して鍵穴に差し込んで解錠すると、撤収が済んだことでがらんとしている館の中に足を踏み入れる。

 

「八本指ですか?」

「ああ、二人が留守の間に忍び込もうとしていた連中がいたんでな。とりあえず鍵開けの現場を押さえてから意識を奪っておいた。今頃はニューロニストだったか? そいつの所に送られて情報を絞られているそうだ」

「……ツアレは?」

「無事だ。ただ、セバスの旦那の方も襲われているんじゃないかって心配している。建御雷の旦那の所に行く前に、嫁さんの方に顔を出して安心させてやってくれ」

「はい、そうさせていただきます」

 

 彼が護衛を申し出てくれて本当に良かったと、セバスは安堵する。

 裏組織とぶつかり合ったのだから遠からず危険はあると思っていたが、予想よりも早く行動してきた事を考えれば、まだ時間はかかるだろうと考えていたのは甘い見通しだった。

 もしもブレインがいなければ、ツアレはこの館に一人でいた。その場合、彼女は攫われていただろう。

 自分の伴侶となる女性が誘拐されていたかもしれない可能性を考えると、セバスの内心は煮え滾るような感情が沸き上がりそうになってくる。しかし、このままツアレの前に出ては怖がらせてしまうから、努めて平静になる様にセバスは意識して心を落ち着かせていく。

 

「建御雷の旦那も含めて、セバスの旦那の上司達は今回ので八本指に腹を立ててたからな。王都を出発する前に綺麗に掃除することにしたそうだ」

 

 

 ────────────────────

 

 

 その日の夜、クライムはラナー第三王女によって解読された、王都内に八本指が保有する七つの拠点、そして協力者となったレエブン候とザナック第二王子から提供された麻薬部門の拠点の可能性がある一つの合計八か所を、同時に襲撃・制圧する計画のために集まった者たちがいる所にいた。

 クライムが身に着けている純白の全身鎧(フルプレート)は今、魔法の染料(マジック・ダイズ)によって艶のない漆黒へと変わっている。これは夜間のため元の色のままではとても目立ってしまうからだ。

 ラキュース各班の責任者を呼び集め、クライムもラキュースの下に歩き出す。

 他に集まったのは青の薔薇の面々とガゼフ・ストロノーフ。そしてイジャニーヤの女頭領であるティラ。

 場合によっては青の薔薇の面々と自分だけの六班だけで実行する可能性もあったが、ガゼフとティラが参戦した事で取り逃がす可能性は大きく減った事は好ましい事だ。

 ティラの相棒であり自分の中に宿っているたっち・みーの仲間である弐式炎雷という人物は、今回の作戦では極力表に出ない事になっている。何でも、一日に顕現できる時間の制約という問題もあるが、あまり表立って動くと拙い存在に気取られて戦いになりかねないとの事で、その余波に巻き込まれてこの国が滅亡する危険があるのだという。

 どこまでが真実からは自分には判断できないが、流石に友人に対して嘘をつくようなことはしないはずだ。

 集まった各班のリーダーたちを見まわして、クライムはブルリと身体を震わせる。

 それは恐怖のためではなく、自らが今回の作戦の中で担う役割に重圧を感じたからだ。

 他の班のリーダーと比較して、クライム本人の実力は劣る。これはクライムの能力が低いからではなく、他のリーダーたちが最低でもアダマンタイト級という超特記戦力のみだからだ。

 英雄と目される実力者たちと比較されてしまっては、如何にアダマンタイト級に近いオリハルコン級相当の戦士と言われているクライムでも、相対的に劣って見えてしまうのは仕方がない事なのだ。

 クライムは意識をたっち・みーと交換すれば他の誰よりも隔絶した強さとなるが、それはたっち・みーの力であってクライムの力ではない。そして弐式炎雷の先ほどの言葉もあって、たっち・みーもクライムが危険になるまでは表に出ない事にしている。

 その結果、この班ごとの戦力の偏りを埋めるため、レェブン候お抱えの元オリハルコン級冒険者チームがクライムの班に回されている。

 一方、ティラの班は他の班よりも人数が少ないが、全員が王都近辺に潜伏していたイジャニーニャの構成員で、その実力は保証されているという。イジャニーニャの構成員はクライムの班を含めた他の班にも一名ずつ組み込まれており、これによって各班の情報共有も迅速に行えるようになっている。

 ラキュースからの作戦内容の説明が終わり、解散となる。

 

(クライム君。一人で気負い過ぎず、班員と協力して作戦にあたりましょう)

(はい、たっちさん。後でセバスさんに朗報を届けられるよう、頑張ります)

 

 心の中でたっち・みーとクライムが短く対話する。

 レェブン候に協力を取り付けるために向かっていた最中、セバスを乗せた馬車と出くわしたことを思い出す。

 セバスたちは今日にも王都を出発することにしたらしい。そのための別れの挨拶回りを行っていた辺り、真面目な方だなとクライムは思う。

 

(そういえば、セバスさんの上司でありたっちさんの友人でもあるモモンガという方は、どのような人物なのだろうか? この作戦が終わったら、たっちさんに聞いてみよう)

 

 そう考えていると、近寄ってきた大柄な人物──ガガーランがクライムに声をかける。

 

「おい、童貞」

 

 その呼び方は勘弁してほしい。

 自分の班員の視線の変化──主に微笑ましいものを見る目や、子供を見守る大人の目──を感じながらクライムは思う。

 

「ガガーラン様、どうされたのですか?」

 

 これから戦いに行くだけあって、ガガーランの装備は宿屋にいた時とは違って全身一級品の魔法のアイテムで身を包んでいる。

 

「なーに、緊張しているかもしれない童貞の尻でも叩いてやろうかな、って思ってな」

「──ほう、童貞とな。そこのところ詳しく」

 

 心配して声をかけてくれた、という事なのだが、やはり童貞という呼び名は勘弁してほしい。というか、ガガーランの影からティラが興味津々な表情でニュッと出てきた。はっきり言って特殊技能(スキル)の無駄遣いである。

 

「こいつ、捨てようと思えばいつでも捨てられるってのに童貞のままだからな」

「ガ、ガガーラン様! 何を言っているんですか!?」

「じゃあ、お姉さんで童貞捨ててみる? とても気持ち良くしてあげるわよ♪」

「おいおい、俺がいるのに横から掻っ攫うつもりかよ? っつうか、お前の相棒は良いのか?」

「ダーリンがメインディッシュなら、童貞は小腹が空いた時のデザートよ♪ 女暗殺者なんだから、手管手腕を弄するのも実力の内よ」

「ふ、二人とも、御冗談はおやめください!」

 

 クライムは顔を真っ赤にしながら二人に注意する。それにしてもこの二人、今日の朝が初対面なのに気が合い過ぎでないだろうか? 

 

「はいはい。童貞坊やに怒られちゃったし、私達の班はそろそろ出発する頃合だから、退散させてもらうわ」

「あいよ。そんじゃ俺も行くとするか。クライム。気を付けなよ」

 

 手で別れの挨拶をする二人。ティラは影に潜り込むように姿を消し、ガガーランはのっし、のっしと歩き去る。

 クライムはその後ろ姿を見送ると、自分の班にも出発の命令を下した。

 

 

 ────────────────────

 

 

 作戦開始から凡そ一時間。クライムが向かった先は八本指の拠点の一つの可能性がある施設だ。

 先行偵察部隊としてクライムはイジャニーニャの構成員と元オリハルコン級冒険者の盗賊──ロックマイアーと共に向かい、闇に閉ざされた暗黒街の路地を抜け、目的地が視界に入る。

 周囲は前情報で聞いている建物を隠すように背の高い堀で覆われ、周りとは隔絶した空間を作り出していた。門の左右に組み込まれた魔法の明かりがあっても、内部でどのような非合法行為が行われているのかという暗い想像・イメージを払拭できない。

 

「あれですね。間違いないです」

 

 身を低くしながらクライムが呟くと、すぐ傍、誰もいない空間から声が返る。

 

「そうですね。班長。場所的にも雰囲気的にもあれがそうみたいですね。それでは、此処から先は俺だけで先行偵察に行ってまいります」

「気を付けてください。不可視化しているとはいっても、それを看破するマジックアイテムや魔法詠唱者(マジックキャスター)を配置しているかもしれません」

「勿論です。何しろ敵は八本指。俺と同等以上の盗賊や魔法詠唱者(マジックキャスター)がいる可能性を考えて、慎重に行動するつもりです。どうか、失敗しないように祈っていてください」

 

 それだけを言うと、近くにいたロックマイアーの気配は薄れていく。イジャニーニャの構成員がクライムと一緒にこの場に残ったのは、一つは盗賊が戻ってきた際にそれを速やかに知らせるため。もう一つは逆に自分たちを監視している者がいないかを判断するためである。

 ロックマイアーが潜入してから時間が経過するに伴って、待つ側となっているクライムは、共に乗り込んでいないからこその嫌な想像をしてしまい、不安が膨らんでいく。

 思わずこぼれだしてしまいそうになる不安の言葉を飲み込み、クライムは待つ。

 そのままどれだけ待った事か。イジャニーニャの構成員がクライムの肩を静かにたたき、指を忙しなく動かしてハンドサインを送る。

 蒼の薔薇の一員であるティアとティナもよく使用している技術で、クライムにもあらかじめ教えられたがまだある程度しか分からない。

 クライムに伝えられたハンドサインは「戻ってきた」である。

 クライムが頷くと、イジャニーニャの構成員は指でロックマイアーがいる方向を指し示す。

 

「戻ってきましたか。潜入して得た情報を教えてください」

「ああ。まず色々あるが予想外の事が起きているから簡潔に言う。此処は八本指の警備部門が所有する建物で確定だと思う。その上で、内部ですでに六腕との戦闘が発生している。第三勢力だ」

 

 緊迫感に満ちた口調で、ロックマイヤーはクライムに告げる。クライムは逸る気持ちを抑えて続きを促す。

 

「六腕の人数は?」

「六腕は……六人。捕縛されたはずの二人の特徴と一致する奴らも揃っている。全員集まっているという事だ」

「そんな……それで、第三勢力の人数は?」

「そっちは四人。漆黒の全身鎧(フルプレート)の戦士。顔の右半分に仮面を被った子供の魔法詠唱者。簡素なローブを纏った女の魔法詠唱者。それと青く髪を染めた鎧着(チェインシャツ)の戦士──こいつだけは分かる。ブレイン・アングラウスだ。残りの三人もアダマンタイト級のプレートを身に着けている事を考えると、”漆黒”の可能性が高い」

「最近現れた新たなアダマンタイト級冒険者チームが……。それに、ブレイン・アングラウス」

「どうする、班長?」

 

 六腕の結集は普通ならば攻略不可能の難所となった現実を突きつけられたことを示す情報だ。その一方で、事情は不明だがエ・ランテルにいるはずのアダマンタイト級冒険者チームがかのブレイン・アングラウスと共に六腕と敵対している事実を放置するわけにはいかない。

 数の上では漆黒が不利だが、リスクはあるが直接的でなくてもそこに自分たちが加勢すれば或いは……。

 

「ロックマイヤーさん達は後詰めの兵士たちを呼んでください。それとイジャニーニャを介して他の班にも連絡を。私は六腕と戦っている方たちを間接的に支援するために、突入し、騒ぎを起こします」

「……本気か?」

「はい。ですが危険なことに変わりはありませんので、出来れば急いで応援に来てください」

 

 

 ────────────────────

 

 

 クライムが突入しようとしている施設内にある、訓練所を思わせる場所では、幾つもの篝台の炎によって照らし出された空間に六腕を含む三十人ほどの腕利きが揃っていた。過去形なのは、すでに立っているのが六腕の六人のみとなっているからだ。

 始めは八本指にたてついた愚か者──セバスを見せしめとして嬲り殺しにするため、セバスが助けたツアレという女を拉致しておびき出す算段であった。

 しかし、送り出した人員は誰も帰還する事はなく、計画の早急な練り直しが必要となる。

 八本指の権力で検問所を買収し、外に出ようとしたセバスたちを捕縛するように根回しはしたが、まだ引っ掛かっていないので王都をまだ脱出はしていないはずだ。

 ならば深夜になるのを待って招集した戦力で館に襲撃を仕掛ける計画に変更した結果、先に襲撃を仕掛けられてしまったのだ。

 

「どらぁぁ!」

 

 多重幻像(マルチプルヴィジョン)によって五人に増えたサキュロントがナーベラルを取り囲み、一斉に切りかかる。

 

「ふんっ!」

 

 ナーベは腰から下げた剣を抜き、迷うことなく五人のサキュロントのうち一体──のすぐ横の何もない空間を切り払う。

 

「んなぁ!? 俺の幻術を見破っただとぉ!? しかも、魔法詠唱者(マジック・キャスター)のパワーじゃねえ!」

下等生物(ニイデラゴミムシ)如きの児戯で惑わせるとでも? 笑わせて窒息死させるつもりですか?」

「なら、これならどうかな!?」

 

 マルムヴィストが手に持つ薔薇の棘(ローズ・ソーン)による渾身の突きをナーベラルに向けて放つ。こと刺突の一点に限っては王国最強の戦士を超えると断言できる一撃は、横から伸びたグレートソードの腹で受け止められる。

 

「それを黙って通すとでも?」

「糞!」

 

 アインズのもう一振りのグレートソードがマルムヴィストに対して振り下ろされ、マルムヴィストはバックステップでそれをギリギリで躱す。

 

「っはぁ!」

 

 アインズの背中に斬撃が走る。斬撃の主はモモンから三メートルは離れた位置にいるぺリュシアン。ぺリュシアンが得意とする魔技によるものだ。

 

「モモン様!」

「問題ない、ナーベ。ふむ……超極細の斬糸剣か。宴会の一発芸としては見事だが、この鎧を両断できないようでは、空間斬の二つ名にしては期待外れも良いところだな」

「ぐぬっ! 硬い!」

 

 実のところ、既に数度ぺリュシアンの魔技を受けているがアインズには全くダメージは入っていない。だからこそ、わざと鎧で受けてどのような方法で成立させているのかを確認していたのだ。

 

「だったら関節を狙えば!」

 

 エドストレームが舞踏(ダンス)の魔法効果が付与された十本のダガーを空中に浮かべ、それをアインズとナーベラルに向けて一斉に放つ。三日月刀(シミター)でないのは、クライムによってすべて破壊されてしまい、手に持つ分の一本しか確保できなかったためだ。

 

「曲芸ならばサーカスでやりなさい。下等生物(ユスリカ)が」

 

 エドストレームのダガーを広範囲化した《電撃球(エレクトロスフィア)》で纏めて撃ち落とす。

 人を小馬鹿にした顔で挑発するナーベラルに対し、エドストレームは歯噛みしながら指を鳴らし、訓練城内の各所に隠したダガーを新たに10本展開して様子をうかがう。

 六腕のうち三人に対してアインズとナーベラルの戦いは、一見すると拮抗しているようにも見える。

 しかしそれは大きな間違いだ。常に全力を強いられている六腕側と常に余裕をもっていなしているアインズとナーベラルでは、圧倒的な差がある。

 アインズの本職は魔法詠唱者(マジック・キャスター)だ。以前はレベル百というステータスの暴力で無理やり振り回すだけだった剣捌きは、今では現地基準では一流の戦士と比較しても遜色ないものとなっている。

 これは冒険者としての仕事の合間に武人建御雷やコキュートスを筆頭とした戦士職達に稽古をつけてもらったことが大きい。

 例え新たに戦士としての職業レベルは取得できずとも、新たな特殊技能(スキル)は身につけられずとも、反復して身に着けた経験をアインズは着実に学習していく。

 何より、アインズはユグドラシル時代に仲間たちの、最強の戦士を含めた多くの戦士たちの戦いを支援してきた。戦い方を理解しているからこそ、いつどのような時にどのような動きをするべきかが解る。ならば後は徹底した反復練習で身体に動かし方を学習させれば、特殊技能(スキル)に依存しないリアルの技能をある程度身に着ける事もできたのだ。

 現在のアインズは、戦いの引き出しの数においてはユグドラシル時代のモモンガを超えている。

 そんなアインズたちと戦う事となった六腕の四人の敗北は、もはや時間の問題であった。

 

 

 ────────────────────

 

 

 アインズとナーベラルが六腕のうち四人を相手していた頃、デイバーノックはニニャと魔法戦を繰り広げていた。

 デイバーノックが《火球(ファイヤーボール)》を、《雷撃(ライトニング)》を連射し、ニニャがそれを一つ一つ凌ぐ。

 一見すると、此方はデイバーノックが圧倒しているようにも見えた。しかし──、

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

「どうしました? もう魔力切れですか?」

 

 デイバーノックは疲労するはずがないアンデッドの肉体で荒い呼吸をしており、困惑していた。精神面の疲労が今まで感じた事がないほど重く、本来ならばまだ大量に残っているはずの魔力がすでに底を尽きかけている事に。何より、目の前の子供(ガキ)が未だに健在で、余裕を見せている事に。

 死者の大魔法使い(エルダーリッチ)の魔力は、同等の実力を持つ魔法詠唱者の人間と比較して膨大だ。更にデイバーノックはその中でも理性を持ち、多数のマジックアイテムによって強化された存在だ。

 本来ならば《火球(ファイヤーボール)》に換算すれば130~140発は撃てるだけの魔力があったはずなのに、その四分の一未満の回数で枯渇寸前になるなどありえない事なのだ。

 

「ふふ……。どうやら実験は成功のようですね」

「実験……だと?」

「ええ。僕たち魔法詠唱者(マジック・キャスター)にとって魔力は生命線です。ですが現状では魔力を回復するポーションの様な魔力回復アイテムや、魔力を即座に回復することができる特殊技能(スキル)というものは存在しません。基本的に自然回復を待つしかないという点では、戦士職に劣る要素の一つですね」

「……ああ」

 

 デイバーノックはニニャの語りに相槌を打ちながら、時間経過による魔力回復に努める。しかし、ニニャがつづけた言葉にデイバーノックの思考は凍り付いた。

 

「そこで僕は考えたんです。それならば、他所から魔力を貰ってしまえばいいんじゃないかって。だから僕は作ったんですよ。新しいオリジナルスペルを」

「なっ!? ま、まさか!」

「ええ。僕が生み出したオリジナルスペルの名は二つ。《魔力収奪(マジック・スティール)》と《魔法分解吸収(マジック・デストラクト・ドレイン)》。その効果は貴方が実証してくれました!」

 

 目の前の子供(ガキ)は、今まで多くの魔法詠唱者(マジック・キャスター)が悩んできた問題の解決策を生み出してしまったのだ。

 そして同時に、自身の魔力が底を尽きかけていた理由も悟る。今まで防戦一方だったように見せかけながら、無詠唱化した《魔力収奪(マジック・スティール)》で自身から魔力を奪い、《魔法分解吸収(マジック・デストラクト・ドレイン)》を絡めた防御で此方の魔法を魔力に変換する事で、魔力を消耗することなく立ちまわっていたのだ。

 

『いやぁ、ニニャはすごいですね。ユグドラシルにこの魔法があったら、ぜひとも欲しくなる魔法ですよ』

「ありがとうございます、レオナール(・・・・・)師匠! それでは、実験も済ませましたし、すぐに終わらせましょうか♪」

 

 ニニャが被っている仮面から、別の声が聞こえてくるが、デイバーノックにはそちらに注意を払う余裕がもはや無い。何故なら、ニニャの手に炎が生じていたからだ。

 ニニャの手に生まれたもの。それは、炎でできた鳥。

火球(ファイヤーボール)》とは比較にならない熱量を誇る炎が美しい鳥の姿を形作り、オレンジ色の翼が優雅に広がる。

 

「それではさようなら。《炎翼(フレイムウイング)》」

 

 ニニャが手を突き出すと同時に、手の中から火の鳥が飛び立ち、デイバーノックへと向かう。

 

「お、おおおおぉぉ! 《火球(ファイヤーボール)》! 《火球(ファイヤーボール)》! 《火球(ファイヤーボール)》!」

 

 デイバーノックは恐怖した。あれはクローク・オブ・ファイヤープロテクションによる炎に対する守りなど関係なく自らを焼き尽くすだろう。

 だからこそ、一縷の望みを賭けてデイバーノックは自分に迫る火の鳥を撃ち落とさんと、残る僅かな魔力を振り絞って《火球(ファイヤーボール)》を連射する。

 解放された火の鳥に《火球(ファイヤーボール)》が立て続けに着弾するが、何ら障害となることなく突き進む。そして、火の鳥は優雅にデイバーノックへと飛び掛かった。

 

「ぐ、ぐあああああぁぁぁあぁぁ!!!」

 

 想像を絶する熱量がデイバーノックを燃やし、焼き尽くさんとする。

 アンデッドとしての炎への脆弱性を装備品で補っていたデイバーノックだが、そんなことなど関係ないと言わんばかりにニニャが放った火の鳥はデイバーノックの偽りの命を燃やし尽くす。

 ニニャが指をパチンを鳴らして炎が消えた跡には、デイバーノックが装備していた多くのマジックアイテムの残骸が残るのみであった。

 

 

 ────────────────────

 

 

 ニニャによるデイバーノックを用いた実験が終わった一方で、残る六腕にして筆頭のゼロとブレインの戦いは白熱したものとなっていた。

 ゼロの拳とブレインの刀が幾度もぶつかり合い、その度に金属音が響き渡る。その甲高い音は鳴りやむことなく続き、二人が絶え間なくぶつかり合っている事を示している。

 ゼロの拳ががブレインを襲えば、ブレインはそれらを刀で逸らして躱す。軌道が僅かにずれた拳は分厚い壁を柔らかな粘土を削る様に抉り、その破壊の跡を残す。

 ブレインが刀で斬りかかるのを、ゼロは拳で弾き、軌道をずらす。刀は壁を通り抜けるように切り裂き、バラバラにしていく。

 二人の攻防は数分間続き、デイバーノックが消し炭になっても互いに傷を負っていない。だからこそ、ゼロの顔には素直な敬意が浮かんだ。

 

「アングラウス、見事だ。俺の攻撃をここまで凌いだ奴はお前が二人目(・・・)だ」

 

 同じように、ブレインの顔にも敬意があった。

 

「お前もな。……お前さんの所があんな事やらかさなければ、あるいは違った道も俺達にはあったかもしれないな」

「ふん。組織を纏める者として面子というのは守らなければならない。何より、俺とお前では互いの道が触れる事はあっても同じ方向を向く事などあり得んだろう」

「それもそうだな。最強となるために手段を選ばなかったお前と、手段を吟味した俺では、今みたいにぶつかり合う事は容易に思い浮かんでも一緒になる事はあり得ないな。それで、俺一人に梃子摺っているようだが、このままで勝ち目はあるのか?」

 

 デイバーノックはすでに滅び、残る他の四人も既に死亡している。既に六腕で戦えるのはゼロただ一人となっていた。

 それでもゼロが眉を顰め、破顔する。

 

「はん! 他の六腕が倒れたからといい気になっているのか? あいつらは普段使いするには便利な、この世界の存在(・・・・・・・)としては強者の部類だからこそ六腕に置いている連中だ。もとより奴らは全員束になっても俺には遠く及ばん。俺さえ生きていれば六腕は滅びんよ」

「その言い草、貴方も降臨者(フォーリナー)のようねぇ」

 

 ゼロの啖呵に水を差す様に、建物の三階から女性の声が聞こえてくる。ゼロはバックステップでブレインから大きく距離を取ると、先ほどまでゼロがいた場所に三本の苦無が突き刺さった。ゼロは苦無が投擲された方向、建物の三階の方へと意識を向けると、そこにはティラとクライムがいた。

 

「貴方達が六腕を引き付けてくれたおかげで、八本指のパトロンたちを纏めて捕まえる事ができたわぁ♪」

「漆黒の皆さん! それとアングラウス様! 皆様が六腕と戦っているいきさつは分かりませんが、結果的に利用する形になってしまい申し訳ございません! このご恩は必ず後程お返しします!」

 

 クライムは当初、突入して施設内で騒ぎを起こす事で六腕たちに隙を作り、先に戦っていた漆黒の面々やブレインが有利に戦えるようにしようとしていた。しかし、予想よりも早くティラが合流した事で予定を変更し、この建物に招かれている八本指のパトロンを捕縛することを選んだのだ。

 八本指のパトロンを捕らえる事ができれば、此方の作戦は大成功だし、後ろ盾を失う事となる八本指を焦らせる事にもなるので彼らへの支援にもなるはず。

 本当は直接援護に向かいたい葛藤を抑え込みながら、クライムはティラとともに八本指のパトロンたちを気絶させ拘束していった。

 

「さて……後はゼロを倒せば此処での作戦は完了ね。こっちにも事情があるから一対一の決闘に割り込ませてもらうわよ」

「問題はない。此方もほかの六腕を倒したら加勢する予定だったしな。だが油断はするな。まだ奥の手を隠しているかもしれんからな」

 

 三階のバルコニーから飛び降りて音もなく着地したティラに、ナーベラルとニニャと合流したアインズが答える。

 

「ふむ……降臨者(フォーリナー)とアダマンタイト級冒険者が揃い踏みか。数の上でも不利となってしまっては流石に格闘家としてでは勝ち目はないな」

「その割には降参するような殊勝な表情はしていないな」

「当たり前だ。あくまで敗北を認めるのは格闘家としての俺だ。八本指警備部門の長としての俺は敗北を認めるわけにはいかん。それに──」

 

 ゼロの肉体に彫り込まれている入れ墨がほのかな光を放つ。

 

「──、降臨者(フォーリナー)としての俺が、異世界の魂を喰らった俺が貴様ら程度に負けるはずがないのだからな!」

 

 足の(パンサー)・背中の(ファルコン)・腕の(ライノセラス)・胸の野牛(バッファロー)・頭の獅子(ライオン)の入れ墨が瞬間的に光を放ち、それから全身に彫り込まれていた隠し入れ墨が浮かび上がってくる。

 眩い輝きと言える程の光量を発するのは、全身に彫り込まれた恐竜(・・)の入れ墨だ。そしてゼロの姿が人間の物から異形の怪物へと変貌した。

 

「おいおい、マジかよ……」

「流石に、この隠し玉は予想の外だったな」

 

 呟いたアインズから見たゼロの姿は、端的に言えば恐竜──それも暴君竜(ティラノサウルス)であった。

 全長は十m以上に巨大化し、薄い褐色の肌は無数の鱗によって覆われている。瞳も爬虫類の様に瞳孔が縦に割れていて、巨大な顎には鋭い歯がびっしりと並んでいた。

 腰から伸びた丸太のように太い尻尾を地面に叩きつけ、地響きを鳴らすと、ゼロであった怪物はしゃがれた声で吠える。

 

「喜べ! この姿になるのはお前たちで二回目だ。そしてあの世で後悔しろ! 嘗てスレイン法国の特殊部隊を屠ったこの俺の最強形態を!」




ゼロ、魔★改☆造♪
ゼロの形態変化は特殊なスキルによる一時的な変化です。

ちなみにティラが来てからナーベラルが何も言葉を発しないのは、ティラに憑依している弐式炎雷の存在を無自覚に感じ取り、気になっているからです。

それはそれとしてなんだかニニャに某大魔王様が乗り移ったような気がした今日この頃

※NGシーン

「これは僕の《火球(ファイヤーボール)》ではありません。《火弾(ファイア・ショット)》です」
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