転生したけど米なかった   作:イナバの書き置き

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第2話「白米無き世界 Ⅱ」

 男が死霊魔術に手を出したのは、決して無知故の好奇心や戦乱を引き起こしたりする為ではない。

 神に誓えるかと問われても彼ならば即答出来るだろう。

 全てが偶然だった。

 母に頼まれ倉庫を整理していたら偶々死霊魔術について記された本を見付け、サボりも兼ねて読んでみたら普通に内容を理解できて、ちょっと罰当たりだけど使ってみたら片付けがあっという間に終わった。

 それだけの話なのだ。

 虐殺だなんて、そんな大それた事思い付きすらしなかった。

 

 だが、帝国の領域内で許可を得ずに魔術を学ぶ事は重罪だった。

 何故なら、魔術はその自由度の高さ故に幾度となく争いを引き起こしてきたかからだ。

 欲に駆られた導師が都市を焼くなどこの10年だけでも両手の指では足りなくなる程繰り返されているし、今だって収まる様子は一向に見られない。

 

 だから、帝国は徹底的に魔術を取り締まった。

 書物を取り上げ、知識人を帝都に集住させ、階級を与えて飼い殺しにした。

 男だって例外ではない。

 村人から「死体に作業をさせている男がいる」と通報を受けた情報院はすぐさま部隊を派遣し────そして、今。

 

「はぁ……っ、はぁ……っ」

 

 自身が手にした「便利さ」を守る為だけに帝国史に残る虐殺を行った男は、盾となる蘇生死体(リビングデッド)も時間稼ぎをしてくれる改造人間も何もかも失って、たった1人で森の中をさ迷っていた。

 この上なく無様で、この上なく惨め。

 しかし彼を庇おうとする者など最早1人もいるまい。

 帝国を敵に回してまで匿う価値など、この男には存在しないのだから。

 

「クソ、クソ!何でだよ……!?」

 

 木の根に足を絡め取られながら、男は「何故」と世界に問う。

 何故、こんな事になってしまったのか。

 何故、蘇生死体(リビングデッド)達は数で劣る帝国軍に完敗したのか。

 そして何故、自分がこんな目に遭わなければならないのか。

 当てもなく逃げ回りながら責任を押し付けられる相手を探し続ける。

 

「こんな筈じゃなかったのに……!」

 

 だが、男の末路は当然と言う他ない。

 数だけ揃えた所で戦術に無知な男が操る蘇生死体(リビングデッド)が最精鋭たる帝都守備隊に勝てる道理は無いし、快進撃に見えたのも無抵抗な村や自警団しかいない街を潰しただけなのだから。

 

「楽しそうね」

「────ッ」

 

 そして何より不運なのは、魔女(最強)に遭遇してしまった事だろう。

 

「最近運動なんてしてないから、体がなまってしまったかも。虫1匹を探すのにもこんなに手間取ってしまったわ」

「お、前は……!」

「ごきげんよう、無知蒙昧なお馬鹿さん」

 

 息を切らした男の前に()()()()()()立っていた白銀の少女──エリシア・フローレンスが、光すら吸い込んでしまいそうな位黒いドレスの裾を摘まんで目上の者に対する挨拶(カーテシー)をする。

 しかし、紅の瞳に籠められているのは取るに足らない虫けらへの侮蔑と、態々手を煩わせた事に対する呆れ。

 髪の毛1本から爪先にいたるまで、自身の全てを用いて少女は男を馬鹿にしていた。

 

「……ッ、死ね……っ!」

 

 直後、激昂を隠しきれなかった男の指先から放たれた十条の光線がエリシアへと殺到する。

 それは命中した箇所から一気に対象を腐らせ、生物非生物問わずに堆肥にしてしまう恐るべき禁術だ。

 帝国との戦闘でも見せなかった、正に切り札と呼ぶべき腐敗光線は無防備なエリシアを射抜き、怜悧な美貌を瞬く間に腐らせ────ない。

 

「わぁ、乱暴……それでは女に嫌われるわよ」

「な……っ!?」

 

 完全に無傷。

 直撃するほんの数センチ前であらぬ方向へと偏向された光線は、周囲の樹木に着弾してその一生を終えさせるばかりだった。

 有り得ない。

 こんな筈はない。

 防護魔術だって紙のように貫ける禁術が、指先1つ動かさずに()()()()()など絶対にあってはならない話なのだ。

 だが、やはり何度光線を放っても嘲笑を向けるエリシアの白い肌には染み1つ付けられず、弾かれ、逸らされ、歪められ、ひたすら森の環境に被害を与えるだけだ。

 

「ひ……!」

 

 此処に至って、漸く男は理解した。

 今目の前にいるのは、人智の及ぶ領域を超越した化け物なのだと。

 蟻が象に挑むよりも、人が自然現象に立ち向かうよりもっと無謀な挑戦をしてしまったのだと。

 

「あ、あああああああ!?」

 

 逃げた。

 相変わらず虫を見るような目線で此方を捉え続ける少女に背を向けて、脇目も振らず一直線に、意味不明な叫びを上げる自身の喉すら制御出来ぬまま男は逃げ出した。

 正しい判断だ。

 実際、もし戦場で魔女に遭遇したならば味方も武器も何もかも投げ捨てて全力で後退するのが正しい戦術とされる。

 

「あら」

 

 しかし──もう、遅すぎる。

 

()なら逃げなかったのに」

 

 心底残念そうに少女が言った瞬間、男は木の根に()()()()()()()()()

 引っ掛けたのではなく。

 そして彼が鼻血を垂らしながら顔を上げた時、其処にあったのは異界だった。

 

「は……?」

 

 男の禁術によって枯れ果てた筈の草木が、()()()()()

 根を蠢かせ、伸縮させ、まるで動物のように自らの意思を以て歩行している。

 反対に、栗鼠や鹿と言った動物はその躍動を無くして手足を地面に埋めていた。

 まるで剥製か置物であるかのように、開いた瞼を閉じる事すらせずに硬直していた。

 生命の理が逆転した世界に、哀れな死霊術師は放り込まれてしまったのだ。

 

「凄いでしょう?私の『新世界(ニューワールド)』」

 

 そう、この異界(新世界)こそが少女の持つ()()

 自身を中心とした半径24mの空間を支配し、その内側の理を自在に書き換える空間魔術の到達点にして、国家を捻じ伏せた究極の権能。

 人知を超越した、魔女の世界。

 

「ぁ、ゃ……」

 

 エリシアが姿を見せた時点で、死霊術師風情が逃げられると考えた事が間違いだったのだ。

 最初から何をしても結末は変わらないのだから、大人しく自害しておくべきだった。

 悔やんでももう意味は無いが。

 

「折角だから楽しんでいって、ね?」

 

 少女が嗤う。

 いつの間にか取り囲んでいた木々も、静止した動物達も、空気すら男を嘲笑う。

 そして────無数の植物が自身を捕食するべく殺到してきた所で、男の意識は途絶えた。

 

 

 

■■■

 

 

 

 

 麦粥は敵だ。

 重ねて言うが、麦粥は敵だ。

 アッサリ目が欲しいとかならまだしも、味は薄い、何かシャバシャバしてる、モチモチ感皆無と毎日食べるにはあらゆる要素が渋すぎる。

 それでも──出された以上は食わねばなるまい。

 麦粥は嫌いだが、食材を無駄にするのはもっと嫌いなのだ。

 故に、スプーンに掬ったそれを口へと運ぶ。

 

「……」

 

 やはり、物足りない。

 いやまぁ、別に物足りないだけならまだ構わないのだ。

 しかしもっとげんなりするヤツと対面しているのだから、もう本当に嫌になる。

 

「あはははは!いやー相変わらずシケた面してるんだねぇキミは」

「うるせぇよ……」

 

 顔だけならば、嫌みの無い凛とした印象を感じるサラサラ金髪碧眼美女。

 しかも一人称が僕。

 そして如何にも貴女然とした出で立ちからも貴族である事は明白だが、コイツは──「盾」第8支部統括官にして帝都一の武闘派として名高いスターロッド家のご令嬢、リリー・スターロッドは人の顔を見るなりありとあらゆる手段で麦粥を差し入れてくる正真正銘のクソ女郎なのだ。

 なので一応上司に当たる訳だが敬語を使う気はかなり昔に失せた。

 

「あーそれともアレかな?僕の顔が美しすぎて自分の顔に絶望しちゃった?」

「は?寝言は寝て言えよ」

「おぉ怖い怖い。支部統括官様にこんな物言いするのはキミ位だろうね」

「マトモな言葉遣いされたいなら性格直せアホリリー」

 

 これだけでも分かるだろう。

 コイツ外面を取り繕うのは上手いから尚更質が悪いんだ。

 マジで目の前にいるだけでぶっ殺したくなる。

 まぁコイツ至近距離から喇叭銃ぶちこんでも普通に防ぐから殺せないんだけども。

 

「帰れ」

「嫌だ」

「じゃあ還れ、土に」

「もっと嫌だよ」

「何でだよ。大体お前統括官なら暇じゃないだろ」

「暇だとも!キミの為なら僕は自分の立場だって捨てられるしね!」

 

 嘘つけ、とは思うが傲岸不遜、厚顔無恥、昂首闊歩を兼ね備えたリリーは悪戯っぽく笑うだけで俺の言葉なんてマトモに聞きやしない。

「盾」に入ってからの2年間はずっとそうだったし、多分これからもそうなのだろう。

 

(……めんどくせ)

 

 こういうヤツなんだ、コイツは。

 本当の事は何にも言わない癖に行動は欲に忠実で、人を弄んでは外野の振りをしてニヤニヤするのが趣味のクソめんどいヤツ。

 本当、何で俺なんぞに絡んでくるのか。

 そんな風にげんなりしながら麦粥を口に運んでいると────

 

「ねぇ」

「何だよ」

改造人間(サイボーグ)と戦ったって、本当?」

「あぁ、まぁ」

「どうして?」

 

 冷えた言葉に思わず顔を上げれば、目の前にあったのは感情の色を失ったリリーの瞳だった。

 先程までの軽薄で人を小馬鹿にしたような笑みは消え失せ、彫像か何かと錯覚してしまいそうな程無機質な表情をした女が此方に身を乗り出している。

 

「ねぇ、どうして?」

「どうしてって……今回の一件は皇帝陛下からの勅命なんだから手ぶらじゃ帰れないだろ、流石に」

「それはキミが命を懸けてまでするべき事なのかい?」

 

 する事だろ、「盾」に所属している以上はやらなきゃ生きていけないんだから──とは言えなかった。

 後退る間も無くシャツの襟を掴まれ、乱暴に引き寄せられる。

 互いの鼻先がぶつかってしまいそうな距離で、碧の瞳に睨み付けられる。

 

 と言うか、何が言いたいんだコイツは。

 これではまるで()()()()()()()()みたいじゃないか。

 コイツには──実力だけでなく、裏切りやコネを躊躇いなく用いるリリーに限っては先ず有り得ない話なのに。

 そんな反抗心を籠めて睨み合う事数十秒、碧の瞳が唐突に色を取り戻す。

 

「ま、いいや。キミの死に急ぎっぷりは今に始まった話じゃないし」

「別に死に急いでるつもりはないが……」

「自覚が無いなら尚更重症だ。良い医者を紹介するよ?」

 

 パッと解放された襟を正す頃には、彼女の顔には普段通りの軽薄な笑顔が戻っていた。

 何がなんだか分からないが、どうやらご機嫌取りには成功したらしい。

 そうして微妙になった空気のまま固まっていると、ごそごそと懐をまさぐっていたリリーが封筒を此方に差し出してきた。

 

「何これ」

「依頼だよ、キミへの」

 

 依頼。

 未だ魔術を学ぶ事すら許されていない俺への。

 態々統括官自ら回してくれたと言うのなら、余程の代物でない限り受けない理由はない。

 ないのだが──一体、何の為に。

 何故統括官が替えが利く程度の実力しかない俺なんぞに贔屓をするのか、まるで分からない。

 

「ハハ、本当に信用ないんだなぁ」

 

 咄嗟に受け取るのを躊躇ってしまった俺を見て、リリーは口角を吊り上げる。

 浅ましく、俗っぽく、或いは──悪魔のように。

 

「東に行きたいんだろう?ポイント稼ぎさせてあげるって事さ」

「……!」

 

 なる、ほど。

 成る程、そう来たか。

 確かに俺は以前から白米及び日本っぽい国を探す為に「盾」の東方調査隊に志願していた。

 しかし帝国内のそれとは比較にならない程強大な悪魔や魔獣が跋扈する東方に挑む調査隊には相応の実力が要求され、「盾」内でも支部統括官クラスの実力者か人並み外れた実績を持つ者でなければ抜擢される事はほぼ無いと噂されていたのだ。

 

「お前……!」

「どうかな?」

 

 つまり、リリーはその為の「実績」を俺に作らせようとしている。

 如何なる目論見があるのかは知らないが、彼女にとって何のメリットも無い筈の日本探しに力を貸してくれると言うのだ。

 ならば──受けるしかないだろう。

 

「乗った。中身知らんけど俺に任せとけ」

「そう言ってくれると思ったよ」

 

 封筒をひったくって精一杯格好付けた顔を作ってやれば、リリーもまた悪辣な笑みを浮かべる。

 これにて契約成立。

 例え契約した相手が悪魔でも、待ち構えているのが罠や厄災だとしても、それが白米に続く道だと言うのなら選ばない選択肢は無い。

 

「よーし!こうなったら今日は景気付けに飲むか!リリーも付き合えよ!」

「良いともさ!もう仕事は終わらせてるからね!」

 

 この世界で飲酒が禁じられているのは16歳まで。

 それに麦粥のシャバシャバ具合をどうにかするなら酒を飲むしかあるまい。

 そうして俺達2人は運ばれてきたグラスを打ち合わせ、前世とはまた違った舌触りを楽しみ、人様に迷惑にならない程度に騒ぎ、そして────

 

 

 

 

 

「んな、バカな……」

 

 

 

 

 

 帝国の首都たる大都エリュケー。

 その郊外に置かれた「盾」本部の門前に、いつの間にか放り出されていた。

 

 

 

■■■

 

 

 

 カリ、カリ、と。

 青年が大口を開けて放心していたその時、「盾」第8支部の一室には異様な音が響いていた。

 

「東になんか、行かせる訳が無いだろう……!」

 

 未だアルコールが抜けず頬を薄らと染めたまま、統括官は爪を噛む。激憤を隠そうともせずに、ともすれば全てを破壊しそうになってしまいそうな衝動を押さえ付けながら。

 

「本当に馬鹿なんじゃないのか……東方調査隊の生還率がどれだけ低いか、知らない筈は無いだろうに……!」

 

 そうだ、知らない筈はない。

 人智が及ぶ最東端である公国から一歩踏み出せば其処は既に人外魔境の地である事に、毎年気炎を上げて出発した調査隊が1ヶ月と持たずに壊滅して戻ってくる事に、情報収集は怠らないあの青年が気付いていない訳がないのだ。

 況して彼には特別な才能など何一つとしてない。

 発想力や行動力に秀でた部分は見られるが、戦う能力に関しては武装した賊より少し上程度しかない。

 それで東方調査に挑むなど夢のまた夢だと、理解している筈なのだ。

 それなのに、それなのに────!

 

「どうしていつも死に急ぐんだよぉ……!」

 

 絞り出したような呻きと共に噛み締めた唇から血が溢れる。

 顎を伝って執務机に垂れ落ちたそれが、じゅうと音を立ててオーク材を()()()()()

 最早如何ともし難い程に彼女の激情は肥大化していたが──既に手は打っていた。

 

「でも……本部に放り込めば当面は出てこれないよね?」

 

 自分の考えを言葉にして一転、令嬢は自他共に認める軽薄な笑みを取り戻す。

 何せ()()は先週「話し相手」を再起不能にしたばかり。

 代わりの人員を監督者である「盾」に要求していたのだから、ちょっと私財を擲って媚を売れば青年を捩じ込む事は簡単だった。

 

 そうして本部に異動させてしまえば余程の事が起きない限り帝都付近に彼を留めておく事が出来る上に、東方調査隊への参加を先延ばしにして危機から遠ざける事も出来る。

 正に一石二鳥、我ながら名案だと彼女は己の策に感服すらした。

 まぁ、純粋に東を目指す彼を騙すような真似をするのは流石のリリーとて少々気が引けたが。

 

 兎にも角にも、本部なら安全と言う確証がある。

 あの場所は人外クラスの化け物を捕らえておく監獄と財務や方針を決定する事務の役割しかない。

 帝都で発生した事件は殆ど軍の管轄だから逆に暇な位だし、怪我をする可能性はあっても死ぬ可能性は限りなくゼロに近いのだ。

 

「は、ぁ……」

 

 爪、と言うか人差し指を指先ごと口に含みながら女は嘆息する。

 実にしどけない動作だった。

 溜め息と言うにはあまりにも甘く、ストレスの発露とするにはあまりにも妖艶だった。

 だが、リリーはそんな己にすら気付かない。

 ずぶずぶと妄想に耽っていく。

 

 今頃もう帝都に着いているだろうか。

 酔い潰して寝ている間に馬車に乗せるだなんて、嫌われやしないだろうか。

 

「……手放さないよ?絶対に────」

 

 それでも、と呟いて再確認。

 そう、彼は自分の物だ。

 安全な所に避難させただけであって、決して私の手の内から溢れ落ちたのではないと言い聞かせる。

 だって────

 

 

 

 

 

「────僕だけの、救世主様」

 

 

 

 

 

 誰もが羨望と嫉妬と下品な欲に満ちた視線をリリーに向けたあの日、彼だけが心底どうでも良いとばかりにシケた顔で麦粥を食べていたのだから。

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