この世界に於いて秘密結社「盾」が果たしている役割は、所謂異世界転生モノにありがちな「冒険者ギルド」に近い。
依頼の斡旋所、とでも言うべきか。
時と場合によっては団員を動員する事もあるものの基本的には個人個人が自分に合った依頼を選ぶ形式を取っているのだから、実態は一般人に対して公表されていないだけの「冒険者ギルド」と呼んでも何ら差し支えないだろう。
そしてそれ故に、この似非冒険者ギルドは「如何にも」な酒場を各支部の中に抱えている。
何でも交遊や学識を深める場として使って欲しいとの事だが、実際はパーティを組んだ連中が仕事終わりにはっちゃける為の場所でしかない。
それは本部でも例外ではなく、名だたる精鋭達が朝から晩まで入れ替わり立ち替わりで飲み食いをするか屯しているのだが────その食堂の一角が、正確には長テーブル1つと食堂に隣接する厨房が、尋常ならざる雰囲気に包まれていた。
「おい何だよアレ……」
「いや分からん……どっかの貴族様でも来たのか?」
ざわざわと騒ぎ立てる群衆を他所に、武装した団員が何時でも剣を抜けるよう柄に手をかけたまま巡回している。
そこらの町に比べれば余程安全な筈の本部内でこのような事態が起こっているとなれば、普段醜悪な怪物と死闘を繰り広げている精鋭達とて食事の手を止めざるを得なかった。
そして、その警備のド真ん中で騒ぎ立てる変人2人──言わずもがな、米に狂った青年と「歪曲の魔女」エリシア・フローレンスは、木製の容器に盛られた米の山と睨み合っていた。
「……いや精米終わってるんだけど。何があった?」
「あな──いえ、知り合いから脱穀とかについては聞いていたから、此処に来るまでに『新世界』で済ませたわ」
「えぇ……ホント魔術ってすげぇな……」
すげぇすげぇと青年は唸るが、勿論殆どの魔術師にこんな真似は出来やしない。
そもそも魔術師を精米に使おうと考えた人間なんてこの世界では彼女以外いないのだから当然だが、思ったからと言ってそれを現実に出来る程極まった能力を持つのもまた彼女のみ。
具体的なビジョンさえ思い浮かべられれば半径24メートル以内を思いのままに出来る「新世界」を扱う事が可能なエリシア・フローレンスだからこそ為せる「究極の無駄遣い」なのだ。
「ふふ……」
しかし、エリシアは自分の力を誇らずに微笑むだけ。
時と場合を弁えずにひけらかす誇りなど傲慢以外の何物でもないと知っているし、その気になれば炊き上がった状態でポンと出すのも出来るが幼子のようにはしゃぐ青年の邪魔をするつもりなどなかった。
それに、態々精米だけに留めて厨房に彼を連れてきた理由は単に喜ばせたいだけではないのだ。
「……で、これからどうするのかしら」
「……え?」
「……自分で炊いた事ないから分からないのよ。そもそも厨房に入ったのもこれが初めて」
そう、彼女は青年の教えに従って精米まではやった事があっても自身の手で米を炊いた事がない。
元スラム暮らしのせいで真っ当な調理経験が無いと言うのもあるが、スペースを借りようと厨房に赴く度にシェフや給仕によって「私達がやっておくから待っていなさい」と止められてしまうのだ。
尤もこれは料理人の矜持とか「魔女」に対する気遣いの類いなのだが、これをエリシアは「16歳の割にやたらと小柄なのでお子様扱いされている」と解釈している。
どうあっても許し難い。
さりとて憤慨すればする程生暖かい目線を向けられるばかり。
そうして例えどれだけ強力な能力を持っていようと「食」を司る者達には勝てないと膝を屈していたのだが──青年との実食ついでではあるものの、今日此処で「米」を習得するつもりでいた。
彼の手を引いた時点で、そう決めていた。
「料理初心者なのか」
「ええ。包丁の握り方から教えてくださいな」
「『お話し相手』ってやる事多いのな」
「勿論。身の回りの世話から戦のお供まで何でもやってもらうわよ──貴方がコメを求める限り」
「成る程ね」
その為に彼女はドレスの上から不釣り合いなエプロンを着用して仁王立ちしているのであり──ふんすふんすと鼻を鳴らす様から何となく事情を察した青年もまた、米への慈愛に満ちた微笑を浮かべる。
何とも微笑ましく、応援したくなるではないか。
魔法を使ってまで米を栽培するような人間が包丁すら握った事がないのは流石に想定外だが、それならそれでやりようはある。
「なら────『炊き込みご飯』を君に教える」
「炊き込みご飯……!?」
炊き込みご飯。
それは米を主軸とした料理の中でもかなり簡単な部類に入る──謂わば、初心者向けの1品と言えるだろう。
「それは、簡単?」
「簡単だよ、滅茶苦茶。そんな肩の力を入れる必要も無い」
煮込む必要も、炒める必要も、焼く必要もない。
ただ切って、鍋に入れて、炊くだけだ。
正に難しい事を考えなくても済む、簡潔の極み。
それに米の風味を確認するという青年本来の目的にも合致しているし、この「米らしきモノ」がジャポニカ米でもタイ米でも炊き込みご飯ならば先ず間違いはないとの見立てがあった。
「それに朝から油っぽい物食うのもあれだしサッパリしてる方が良いだろ、多分」
「意外と考えてるのね」
「あぁ、まぁ、米に関する事なら何時でも」
本音を言えば炒飯だとかカレーだとかを作りたかったが、「料理のさしすせそ」すら揃わぬこの世界で無い物ねだりはしていられない。
今ある物を駆使して出来る中で最高を目指す。
それだけが青年にとって選ぶ価値のある選択肢だった。
それに、幸いにもこの厨房には魔術のかかった調理器具が用いられているらしい。
水道設備完備の上にスイッチを押せば火が着くコンロまで備え付けられているとは、正に至れり尽くせり。
「さぁ」
故にこそ────
「調理を始めようか」
「……カッコ付けてる?」
「……うん」
久々に、心の底から楽しいと思える食事を作りたい気分になっていた。
リリー・スターロッドは、「盾」第8支部を
その役割は単に団員を管理するだけではなく、財政の管理や本部との連絡など多岐に亘る。
端的に言ってしまえばクソ忙しくて、クソめんどくて、クソ薄給で、しかも信じられない位部下から嫌われる社会の闇を体現したような役職なのだ。
が、しかしそのクソの権化みたいな職に就きたいと考える人間は不思議な事に一定数いる。
理由は簡潔、栄転に繋がるからだ。
確かにもう本当に何にも良い所がなくてストレスばかり溜まってどんな聖人君子でも1年続ければ禿げ上がると噂される目指せ離職率100%な役職ではあるのだが、それ故に最後まで勤め上げれば貴族社会の中でなら何処でも通用する「有能」の称号を手にする事が出来るのだ。
例え平民であっても、成り上がれる。
例えゴミクズみたいな性格でも、それを許される。
つまりは不自由極まりないこの世界で数少ない本当の「自由」へと辿り着く為の試練──それこそが統括官だった。
そしてリリーが統括官になったのも同じ理由だ。
自由が。
兎に角、自由が欲しかった。
うんざりする程過保護な親に、ただの重石にしかならないスターロッドの家名に、別に望んだ訳でもない殺しの才能とそれに対する羨望の目線に、全てにサヨナラを告げて責務から解き放たれたかったのだ。
その為ならどんな我慢だって厭わないし、実際に襲い来る受難を悉く耐え抜くつもりでいたが──実際はどうなのか。
両親は自分の事を愛してはいたが、同時に彼ら自身を飾り立てる為のアクセサリーとして見ているのではないか、とリリーは考えている。
結局統括官になる後押しをしてくれたのも彼らだし、就任を喜んでくれた。
それに対して一体自分は何を感じたのか。
ひょっとして「父と母が自分を見てくれた」と喜んでいるのではないか。
何もかもが中途半端。
我を通す事も出来なければ人気者に成りきる事も出来ない、ただ外面を取り繕うのだけが上手い半端者。
それがリリー・スターロッドという女の本性だ。
だが──史上最年少の統括官として第8支部に着任したその日、彼女の人生は大きな転換点を迎えた。
『まずい……』
食堂で初めての昼食を摂り、好奇と羨望と嫉妬の視線に晒される最中、同じテーブルの隅には辛気臭い顔をして麦粥を食っている青年がいた。
それはもう本当に、現在進行形で拷問でも受けているのかと思ってしまう位苦痛に満ちた表情で麦粥を掬う彼の姿があったのである。
『……?』
気になった。
たかが麦粥を相手に何故そんな苦しんでいるのか、何故苦しいなら投げ出してしまわないのか、そして何故自分に目線すら向けずに麦粥を食べ続けているのか。
純然たる事実として、リリーはただ其処にいるだけで注目を集めるレベルの美女である。
髪の毛の先から爪先まで、全身の全てが「美」で形成されたかのような高身長クール系美人の化身である。
当人とて多少なりともそれを自覚していたからこそ周囲の視線を鬱陶しく感じていたのだし、仕方ないモノとして諦めていた。
(……なんなの、あの子)
だが、その男は違う。
リリーなど見向きもしなかった。
そもそもその存在すら認識していないとでも言わんばかりに、人だかりから外れた場所で独り麦粥との格闘戦を繰り広げていた。
気になる。
猛烈に気になる。
『……なぁ』
『ん?』
『そんなに辛いなら残せば良いんじゃないか?』
ふと気付けば、リリーは青年に声をかけていた。
皆からの注目を集める中、不自然極まりない動機で、問い掛けてしまったのだ。
何故向き合うのか。
何の責任も存在しないし何の貴重性もないたかが麦粥に、何故そこまで必死になって向き合い続けるのか、と。
『いや、辛いは辛いんですけど』
『うん』
『出されたモノはどんだけ不味くても最後まで食べるって決めてるんで』
『……』
『それだけッス』
『……そうかい』
言うだけ言って、彼はまた麦粥へと向き直る。
実に単純で、簡潔な理由だった。
彼女が背負っている期待や使命からすれば本当に取るに足らない、ただの意地と言っても差し支えない動機で青年はリリーの存在を無視して麦粥との戦いを繰り広げていたのである。
(……すごいなぁ)
しかし──リリーは其処に「自由」を見出だした。
確かに、彼は不自由だ。
恐らく金欠なり何かしら理由があって好きでもない麦粥を食べている。
されど、その中で「出されたモノだから絶対に食べきる」という自分のルールだけは守り通しているのだ。
リリーには到底出来ない事を、彼は狭い範囲ではあるが成し遂げている。
羨ましくて羨ましくて、堪らなかった。
『自由なんだね、キミ』
『……これが自由に見えるんならアンタ頭おかしいと思いますよ』
だから、
この男は、自分の手元に置いておこう。
理不尽ばっかりなこの世界でも自分を貫けるように、それとなく守ってあげよう。
引き換えにちょっとだけ。
ちょっとだけ彼の特別な表情は見せてもらうけれど。
それ位なら許されるだろうと、思っていたのに────
「味と粘りけはタイ米……インディカ米寄りだなこりゃあ」
「うん……多分貴方が求めてるのとは違う……風味の調節が上手く出来なくて……」
「いやいや!実物見た訳でも食べただけでもないのにココまで再現できるのはホント凄いって!」
「そ、そうかしら……あ、美味しい…」
何故。
何故彼は私には1度だって見せた事のない、心の底からの笑顔を「魔女」なんかに見せているのかとリリー・スターロッドは物陰で激昂した。
怒りで、嫉妬で、今にも狂ってしまいそうだった。
◯青年
魔女を米の神的なアレとして崇拝してるけどそれはそれとして楽にして良いよって言われたら全力で楽にするタイプの米キチ。
料理は上手い方が米も美味くなると思ってるのでそれなりに出来る。
タイ米もダメではないけどやっぱり日本米が好き。
◯エリシア・フローレンス
元スラム暮らしなので真っ当な調理経験に乏しく、自分では米も炊かせて貰えない。
実は16歳だけど身長が140cmちょっとしかないので年齢以上に子供に見られがち(当人はそれを滅茶苦茶気にしてる)
◯リリー・スターロッド
何度でも言うけど変な絡み方とか依頼斡旋とかせずに素直に米探し手伝ってたらその時点で勝ってた性根がねじ曲がってる系ヒロイン。
逆に言えばそれが出来ないからこそこんな事になってる。
麦粥を注文してばっかりなのも苦し気な表情見て「この自分で決めたルール守ろうとする姿良いよね…」する為なのでもう色々とアレ。
その癖激情家なのがもうホントにアレ。