先ず結論から言ってしまえば、少女は見事に調理を完遂した。
元々勤勉と言うか呑み込みが速いと言うか、包丁の握り方にしろ食材の切り方にしろ1度教わった事を直ぐ様モノにしてしまうのだから全く手間がかからない。
物覚えの悪さが引き起こしたエピソードに事欠かない青年とは何から何まで雲泥の差だ。
尤も彼の場合は全てのリソースを米に割いていたからそれ以外が疎かになりがちというのが適切であって、その気になれば大体の事は人並みに出来るのだが。
まぁ何はともあれ、この世界で初めての米料理にしてエリシア・フローレンスが自らの手で初めて真っ当に調理した料理である、「鶏肉と茸の炊き込みご飯」は無事に完成を迎えた。
茶碗──はないので木の器に盛られた2人分のそれは、正に朝食と呼ぶに相応しい温かさとボリュームで以て彼らを出迎えたのである。
「……いくぞ」
「……ええ」
そして、今。
スプーンに掬われた炊きたての白米が、青年と少女の口へと各々同時に運ばれ──彼らは、この世界に於ける料理の新たな地平を切り開いた。
「美味しい……」
「あぁ……美味い……!」
米の風味を確認するのを優先して香辛料での味付けは最低限にしているので、薄味ではある。
かつての青年から聞いた話を元に魔術で再現しただけの米なので、粘り気に乏しくインディカ米に酷似したあっさりした味わいでもある。
しかし、美味い。
美味くて美味くて仕方がない。
(こ、米だ……!間違いなく米だよこれ……!)
何せ青年にとっては、17年振りの「米」である。
当然あると思っていた食物が存在しない現実に絶望し、諦めきれずに探し回り、麦粥との長きに亘る戦いを繰り広げた末での「米」なのである。
どうして噛み締めずにいられようか。
例えそれが見た目だけ日本米のインディカ米だとしても「米」である事には変わりなく、スプーンを口に運ぶ度にひたすら涙を流していた。
(良かった、思った通りに作れた……最近は「新世界」に頼りっぱなしだったからどうなるかと……)
エリシアにとっても、これは他の料理とは異なる意味を持ち合わせていた。
何せ、青年の手を借りているとは言え自らの手で初めて作った料理だ。
特別な思いを抱かずにはいられない。
それに、青年との初めての共同作業でもある。
恋人云々とかそういう関係ではないが、想い人と同じ課題に取り組む事の素晴らしさを噛み締めずにはいられなかった。
「……」
「……」
故にこその無言。
各々万感の思いを抱いたまま、はふはふと炊き込みご飯を胃の中に送り込み続ける事およそ10分。
空になった皿を前にして、どちらともなく口を開く。
「……で、改善点は?」
「見た目は問題なし、思い描いたまんまの日本米だ」
「やっぱり、ね」
少女はフフン、と鼻を鳴らしながら炊き込みとは別に炊いておいたご飯へと手を伸ばす。
そう、見た目は──見た目だけは自信があった。
青年の説明を噛み砕き、吟味し、試行錯誤して拘り抜いた末に作り出された米なのだから、寧ろ似ていなければエリシアとしては立つ瀬がない。
まぁその分味や粘りけに時間をかけられず詰めの甘さが露呈する結果となってしまったが。
「味と粘りけはタイ米……インディカ米寄りだなこりゃあ」
「うん……多分貴方が求めてるのとは違う……風味の調節が上手く出来なくて……」
「いやいや!実物見た訳でも食べただけでもないのにココまで再現できるのはホント凄いって!」
「そ、そうかしら……あ、美味しい……」
日本米ではない、それが青年の結論だ。
しかし食う食わないはまた別の話。
遠巻きに見詰めてくる群衆の視線もまるで気にせず2人は米を食べまくる。
だが────こういう至福の一時にこそ邪魔はよく入る。
「ちょっと今、良いかな?」
「良くない」
「後にして頂戴」
突然背後からかけられた声に青年と少女は揃って拒絶を返すも────
「『仕事』の話なんだ。食べながらでも構わないから聞いてもらうよ」
其処に立っているのが「盾」の長である以上、2人に拒否権などありはしなかった。
「地下水路の再調査?」
「あぁ。帝国からエリシアくんと君への正式な依頼だ」
何の冗談だ、と米を掻き込みつつ青年は心中で呟く。
ほんの1週間とちょっと前に死にかけたばっかりだと言うのに、どうしてまたそんな死地へと赴かなければならないのか。
確かに地下水路を1区画まるごと吹っ飛ばしたのは他ならぬ青年自身だが、だったら尚更そんな危険人物をもう1度送り込もうとはならないだろう。
真面目に討論してその結論に至ったなら帝国軍はいよいよ頭がおかしくなったと見るしかないし、何かしらの陰謀があるのだとしてもそんなモノに付き合う義理がない。
常識的に考えてこの依頼を受ける理由がなかった。
「どういうつもりだよハルトマンのおっさん」
「んん?」
「どう考えたって魔女を出さなきゃいけない程の問題じゃないだろうが」
それも自分個人への依頼ならまだしも、
彼女は帝国と「盾」の共同管理下にあるが、少なくとも表面上は帝国が単独で管理する決戦兵器のような扱いを受けている。
それをたかだか調査依頼
例えるならば、其処にいるかのかもまだキチンと把握していない犯罪者に向けて核ミサイルをぶっぱなすレベルで有り得ない話だ。
(一体何考えてやがる……)
そもそも、帝国は「索敵」に特化した魔術師を保有している筈だと青年は記憶している。
それを差し置いて態々エリシアに依頼を寄越すとは一体どういう了見なのか、迂闊だと思いつつも問い質さずにはいられなかった。
だが、ハルトマンはそんな返答すら想定していたのか柔和な微笑みを崩す気配すら見せずに答えを語り始める。
「1つ、君はやり過ぎた」
「……」
「結界が張ってある筈の水路で魔物の出現を許した事も含めて、今回の1件で君は貴族達の面子を根刮ぎ潰したからね。見せしめ兼贖罪は必要だ」
これに関しては、普通に心当たりはあった。
地下水路に張り巡らされた結界は貴族が張った物である事を考えれば、その内側に魔獣が入り込んでいる事を
その上水路そのものを爆破までしてしまったのだから、言い逃れはしようがない。
「2つ、帝国軍はエリシアくんの能力を詳細に把握したがっている」
「……!」
エリシアの「新世界」は、その効果範囲内であれば万能と言っても差し支えない能力である。
しかしながら具体的に「何を」「どこまで」出来るのかは、エリシア自身が非協力的なのも相まって正確に把握出来ているとは言い難い状況下にあった。
そこで、最も軍の目が届きやすい場所──即ち帝都で実戦をさせる事によって、その実力を試すつもりなのだ。
ついでに戦闘以外での用途も発見出来れば尚良し。
成る程、成る程と青年は言葉を咀嚼する。
そして、呟く。
「拒否権は?」
「君にはない」
「エリシアにはあると?」
「あるともさ。まぁ、拒否したら君が暗殺されるだろうけど」
「そんなに?」
「そんなに。今めっちゃ嫌われてるよ君」
「そっかー……」
つまりは、どうしようもなし。
青年に出来るのはがっくりと項垂れながら依頼を受け入れる事だけだった。
少女は、そんな事を気にする様子すら見せない。
山の様に盛った米を無心で口に運び続け──食べ終わるなり、一言。
「ま、私が守ってあげるから安心しなさいな」
冗談じゃない。
それが一番問題なんだと叫ばなかった己を青年は心の中で褒め称えた。
錆びた鉄の梯子を底まで降りれば、透き通るような青空はあっという間に小さくなってしまった。
代わりに視界の大半を占めるのは、赤茶けた煉瓦と底知れぬ黒い闇。
そしてスラム街でも充満していた汚水の臭いと腐臭。
やはり何度嗅いでも慣れるようなモノではないと顔をしかめながら地上と地下の境界を見上げていると、私とそう年も変わらない青臭さの残る兵士がひょっこりと顔を覗かせる。
「魔女殿ーっ!此度の任務はただの調査、身の危険を感じたらすぐにでも引き返して下さいませーっ!」
「えぇ、ありがとう」
「我ら帝都警衛隊一同、魔女殿の無事をお祈りしておりますっ!」
うおお、とやたら盛り上がったような歓声と共に整備用の蓋が閉じられ──静寂。
腰からぶら下げたランタンの頼りない明かりが照らす水路で思わず溜め息を漏らせば、隣に立っていた貴方はニヤニヤと笑いながら肩を叩いてきた。
「随分人気じゃないか、『魔女殿』?」
「……うるさい」
米(正確には米ではないけれど)を食べてかなり余裕が出てきたのか、それともあまりにもあんまりな依頼を押し付けられて自棄になったのか、表面上はとても生き生きしているように見える。
どうやらハルトマンがやって来た時にやたらと不機嫌だったのも、食事の邪魔をされたのが気に食わなかっただけらしい。
まぁそれで暗に「死ぬか痛い目に遭ってこい」と言う依頼を受けてしまうのだから困ったものだが。
(言ってくれたら全部振り切って逃げ出してあげたのに……)
何の因果は知らないが、折角──折角巡り会えたのだ。
この期を活かさずに何とする。
米を探しに行かずに何とする。
帝国がなんだ「盾」がなんだ、邪魔をすると言うのなら全部蹴散らしてやりたい事だけやってやる、なんて。
貴方はそんな事望まないと知りつつも、欲望を疼かせずにはいられない。
「……戻ったら?臭いでしょ、ココ」
「いや」
「え、でも」
「いや」
傍若無人に振る舞っているつもりで、無駄に義理堅い人。
誰よりも不自由で、同時に誰よりも自由な人。
今回だってハルトマンが去った瞬間に「自分1人で行ってくるから外で待ってて良いよ」とか言い出す馬鹿な人。
その癖本当に付いてくるってなったらあっちこっち駆けずり回って頭を下げて、私の装備を整えてくれる優しい人。
「この格好、結構気に入っているの」
「そ、そうか……」
上下一式厚手の服に、汚れや飛び道具を防ぐ為のマント。
それとちょっとサイズの合わないキャスケット。
沢山泥臭い戦いを繰り広げてきた貴方が、「なるべく私が傷付かない為に」選んでくれた装備を気に入らない筈がない。
1度発動してしまえば無敵の「新世界」があるから誰も私を傷つけられない事位、貴方だって理解してるのにね。
あぁ、馬鹿な人。
馬鹿、バカ、ばーか。
「……本当に、馬鹿」
「え、何で俺いきなり罵倒されてんの……」
主にそうやって気付かないフリをしているところが。
腹は立たないけれど、何か、こう……ムシャクシャする。
実際1人で空回りしてるのはそうなんだけど、それを直視させられると色々と辛いモノがある。
そう、貴方はまるで乙女心を分かっちゃいない──私は、こんなにも気付いて欲しくて堪らないのに。
「……何でもないわ。行くわよ」
「……?」
いっそ全部ぶちまけてしまおうか、と膨れ上がった欲求を抑えつつ真新しいマントを翻してずんずんと歩き出せば、ベルトに差した貴方のソードブレイカーがチャリチャリと音を立てて主張する。
お守り代わりだし、もし使う事になったとしても取り敢えず一撃凌げればそれで充分って貴方は言っていたけれど。
何の加護を受けた訳でもないただの短剣が、何より私に力を与えてくれる──そんな気がした。
◯青年
はー米うめー…してたらクソみたいな依頼来てテンションだだ下がり中。
ただ米と遭遇するまでがガチドン底だったので総合的に見ると寧ろ元気になってるようにしか見えない。
服見繕うのと自分の武器整えてたらエリシアの武器を買う金が尽きたのでソードブレイカーは彼女に渡した。
◯エリシア・フローレンス
実は青年より年下の恋心爆発系魔女。
安全確保の為上下長袖で厚手の服にマント、キャスケットと割と大正浪漫感じたり感じなかったりしそうな格好(もしくは時代錯誤な探偵みたいな格好)をしているけど当人は滅茶苦茶御満悦だったりする。
・地下水路について
魔術の習得が制限される帝国では基本的に魔術を身に付けられるのは貴族だけである(例外は結構ある)。
その為地下水路に張り巡らされた結界の管理も彼らが行っているが、まぁ正直一銭の得にもならない事を誰がやるんだって話なので実情はガバガバどころかスカスカ。
そんな風に魔獣が出ちゃっても露見する前に始末しちゃえば良いさの精神で何かテキトーにやっていたら、その辺の事情をあんまり知らない田舎者米キチの暴挙によって全部明るみに出てしまった。
面子も潰れた。
・帝都警衛隊の人達
帝都警衛隊は帝国軍の中でも特に帝都に配属された新兵が配置される部隊である。
その目的は市民の生活を守ったり不法行為を取り締まったりして帝国軍としての自覚を養っていく事にある。
なお、軍は何か上から目線で戦場に出てもやたら指揮権を乱す事の多い貴族様より、実際に圧倒的な力で助けてくれる魔術師(魔女)の方が好き。
何ならファンクラブもある。