最近集中して作業が出来ない…
もっと努力します。
三人称side
「う、ぐぅ、おぇえ…くっさ…」
緊急会議から数日たったある日。
IS学園1年生寮の寮長室では、とある人物が涙目で、時に吐きそうになりながら掃除を行っていた。
その人物とは、そう、我らが操である。
会議前の強制突入で発覚した、寮長室のあまりにもな汚部屋化。
どう考えても犯人は千冬なので、千冬に掃除をさせたいのだが行方不明な為、操に白羽の矢が立ったのだ。
会議の日に楯無が半場冗談で言った事が本当になってしまった。
この話が来た時、操は寮長室の惨状を知らなかったので2つ返事でOKした。
そして今日。
掃除道具を持ってやってきた操は、部屋の中を見て1秒もしないうちにOKしたのを後悔した。
2重のマスクを貫通する悪臭。
匂いしかしない筈なのに、何故か口の中で味がする。
そして、見るだけで不快になる汚れやゴミや虫の死骸やカビ。
後悔しないわけが無い。
そんな状態でも、操が掃除できているのは。
操が1人で作業していないからだ。
「う、うぅぅ……もう、やだぁ……」
操以上に涙目…というか、もう泣きながら作業をしているのは真耶。
この部屋の新たな主である。
いくら何でも、学生寮の寮長が居ないというのは問題がある。
その為千冬と1番関わっていたという理由で、真耶が任命されたのだ。
千冬が居なくなった後、1組の副担任から担任に変わったばっかりなので、かなり大変になるとは思うが今は自分が頑張り時だと考え、引き受けた。
だが、その時の真耶は此処が汚部屋だと完全に失念していたのだ。
操だけに掃除を任せるのは教師として情けないとの事で、掃除を共にしているのだ。
その他にも
「あ、やば…うぅ……」
最初に操の名を出した楯無が、巻き込むだけ巻き込んで自分が何もしないのは、あまりにも情けないとのことで参戦し、
「う、く……いやぁ……」
「う、おぇ゛え゛え゛え゛え゛」
簪とラウラも、放っておけないとの理由で参戦した。
総勢5人で作業をしているのに、中々終わらない。
その理由は至って単純で、あまりにもな悪臭で長時間作業をしていると気分が悪くなってきてしまうため、結構な頻度での休憩が必要だからだ。
向こうの世界で幾度となく戦闘を繰り返してきた操、現役軍人のラウラ、暗部の更識姉妹、元代表候補生でIS学園教師の真耶という、中々の精神力を持つ5人がここまで疲弊してしまうという事実が、この部屋がどれだけ酷い状態なのかを物語っている。
作業開始から、約10時間後。
「しゅ~りょ~」
「「「「お疲れ様で~す……」」」」
操の声に反応する形で、4人が床に寝っ転がりながらそう言葉を漏らす。
足の踏み場もなく、汚れ切っていた部屋は、寝っ転がれるくらいにスッキリし綺麗になったのだ。
「はぁ……もう、本当に、終わらないかと思った……」
「全くです。まぁ、廊下に出しっぱなしのゴミを運ぶという作業が残ってますが」
「あ、そうだった……」
操の指摘に、真耶が絶望したような表情を浮かべる。
結構な頻度で休憩を入れたのだが、やはりかなり精神的に疲れてしまったようだ。
「しかし、あそこまで散らかせるのはもはや一種の才能だな……」
「絶対に身に付けちゃいけない才能だけどね」
ラウラの呟きに、簪がツッコミを入れる。
その光景を見た操は
(一応俺と出会う前は織斑先生の事を尊敬してた人なんだけどな……)
と苦笑をしながら考えた。
「さ、実はもう夕食時なんですよね」
「えっ!?お昼ご飯食べてないのに!?」
操の言葉に、楯無が心底驚いたような表情と声色で反応する。
普段の会話などで時たまわざとオーバーリアクションを取って周囲の気を引くことが多い楯無だが、今回ばかりは素のリアクションだった。
あまりにも疲弊し過ぎて、窓から外の景色を見れるのにも関わらず時間感覚がバグっていたのだろう。
「じゃあ、早く食堂に行こう!」
「あれ、今日って食堂設備点検で休みなんじゃ?」
「あっ……」
「な、なんともタイミングが悪い……」
「でも、今日やらないと次やれるの何時?ってなっちゃいますからね」
少しの間、部屋を沈黙が支配する。
いろいろと他とのかみ合いが悪い日というのはたまにあるが、それがまさか今日になるとは。
なんとも運が無い。
いや、まぁ、この部屋を掃除しなければいけないという事実そのものが、運がない事そのものなのだが。
「あ~、じゃあ、夕ご飯作りますよ」
「えっ!?良いんですか!?」
「ああ、昨日注文したのが届いたばっかりだから、6人分ぐらい作れる。ただ、仕込みとかをなにもしてないから簡単な物しか出来ないですけど」
「いや、これで『6人分の仕込みも終わってるんで』とか言われた方がビックリします」
「あはは、そりゃそうか」
「でも、良いんですか?6人分作れるって事は、まとめ買いしたんですよね?」
「ああ、一週間分まとめて買ったからな、全然余裕はある。まぁ、使った分だけ買い直すことにはなるが……困る範囲じゃない」
「じゃあ、ご厚意に甘えてご馳走になりましょう!!」
操にプライドブレイクをされて久しいラウラ達だ。
もはや単純に操の料理が楽しみなようだ。
寝っ転がっていた面々が立ち上がる。
一先ず廊下に出しっぱなしのゴミ袋をいったん部屋の中に戻し、後日ゴミ出しに行こうという会話をしながら部屋の扉に向かうと。
ガチャ
と扉が開き、
「あ、やっぱりまだ此処に居ましたか」
「ナターシャ先生?」
手に資料を持ち、操達とはまた違った疲労の雰囲気を醸し出しているナターシャが部屋に入って来ていた。
「疲れてる事すみません。門藤君、ちょっと良いですか?」
「はい、丁度終わった所なので問題無いですけど……ナターシャ先生の方こそ大丈夫ですか?なんか、尋常じゃない程疲れてません?」
操達も相当疲労している。
何せ約10時間汚部屋の清掃作業をしていたからだ。
だが、その高頻度で休憩を取っていたので、その疲弊は肉体的というより精神的な疲労の方が強い。
その反面、ナターシャはシンプルに肉体的な疲労をしている顔をしている。
「あはははは、大丈夫ですよ。これも教員としての仕事のうちです。通常の範囲内ですよ、そう、通常の……」
「な、ナターシャ先生?大丈夫ですか?背後から深淵が……」
笑顔で話している筈なのに、底冷えする様な雰囲気を醸し出している。
顔に影が掛かっているというか、目からハイライトが消えているというか……
とにかく、見ているだけで心配になって来るという雰囲気を漂わせていた。
「ああ、確かに教師になってまだ3ヶ月もしてませんから、そのレベルですよね……」
「生徒会の方が、忙しい事も多いのですから……」
「山田先生?楯無さん?更なる深淵をチラつかせないで下さい。あと、楯無さんはもうちょっと虚さんに迷惑かけないように…」
「うがぁ!?」
正論が突き刺さり崩れ落ちる楯無を横目に、他のメンバーはナターシャに向き直る。
「何か御用ですか?さっきの言葉的に、操さんを探しているみたいでしたけど」
「じゃあ、早速本題に」
簪の言葉で、本題に入る事に成功したナターシャ。
手に持っている資料を操に手渡す。
「これは?」
「世界各国が送って来た、請求する男性IS操縦者データのリストです。確認をお願いします」
「え゛っ!?こんな分厚いの、全部それだけですか!?」
「はい、確認をお願いします」
「……今ですか?」
「お願いします」
「Yes Ma’am!!」
問題無いと言ったのは操なので、抵抗はやめにして資料に目を通す。
かなりギッチリと文字が詰め込まれていて、物理的に読みにくいし、シンプルに1枚読むのに時間が掛かる。
そんなA4サイズの紙が、単行本程の厚さに纏まっている。
「ナターシャ先生、なんでこんなに読みづらいんですか?」
1枚読み終える前に、目が痛くなってきた操。
ついついナターシャにそう尋ねてしまう。
すると、ただでさえただならぬ雰囲気を醸し出しているのにも関わらず、更に深い闇を全身から漏らす。
「見やすくするためのレイアウトにしたり、表を使ったりしようとすると、試算では台車を使わないと運べない量になるので。そっちはそっちで文句言われるでしょうから、検討の後持ち運びを優先しました」
「わざわざありがとうございます!!」
操は勢いよくお礼をいう。
その表情は笑顔だが冷や汗をかいており、余程焦っている様子が伺える。
その光景を、ラウラ達は見ていた。
手伝おうにも、あの書類は操が確認しなければならない内容なので手出しは出来ず。
変わらない光景に飽きて来たので、暫くもしないうちに全員が床に座り込みスマホを弄りだした。
お腹は中々に空いて来て、油断したらお腹の虫が鳴いてしまうんじゃないかと思うが、操のご飯が楽しみなので文句を言わず待っている。
ただでさえ全員が疲弊している中、約1時間半後。
「……はい、チェック終わりました」
漸くチェックが終了した。
途中から操とナターシャも足腰が痛いという理由で座っており、資料をナターシャに返した後の操が眉間を抑え肩を叩いているので、見るだけでも相当な労力だったのが伺える。
「取るべきデータは把握しました。これは何時から取り始めると良いんでしょうか?」
「明日からで」
「明日っ!?」
「何か問題は?門藤君は部活や委員会などに入っていなかったですし、アルバイトのシフトも明日は無い筈ですよね?」
「はい!その通りです!やらせていただきます!!」
もうこれ以上ナターシャからヤバい雰囲気を醸し出させてはいけないと判断。
即時OKを出した。
「それじゃあ、だいぶ遅くなりましたがご飯食べましょうか」
『わ~い!』
「反応が幼稚園児!!」
お腹がすき過ぎて、何故か幼児退行のようなことまで起こしている。
その光景に操が苦笑していると
「みなさんでご飯食べるんですか?あれ、でも今日って食堂は設備点検で開いて無いですよね?」
「ええ、開いて無いですね。なので、門藤君が作ってくれることになったんですよ」
「ああ、なるほど」
当然ナターシャから疑問が出るが、真耶がウキウキな様子で説明し納得したようだ。
その際先程の操のツッコミと同じ事を内心で思っていたのはご愛敬と言ったところか。
「それでは、私はk」
ぐぅ~~~~~~~~
ナターシャの言葉を遮るように、誰かのお腹が激しく音を発する。
別にお腹が鳴るのはいけない事では無いので、過剰に反応すべきでは無いのだが自然と周囲を見てしまう。
すると、発言を遮られたナターシャが顔を真っ赤にしているのが直ぐに分かる。
その反応だけで大幅を全員が理解した。
微妙な空気が部屋を支配する。
タップリ数十秒後。
「……ナターシャ先生も、ご一緒にどうですか?」
「……では、お言葉に甘えて」
なんとか絞り出した操の提案に、ナターシャは顔を赤くしたまま頷く。
こうして、タップリ時間を掛けて漸く寮長室から外にでた。
操の部屋は学生寮ではなく教員寮なので一旦外に出ないといけない。
もうこの時間になると肌寒い季節になった。
しかも、IS学園は敷地が丸々島なので風を遮るものがあまりない。
その為、海で冷えた風が強く吹き、身体を冷やしていく。
出来るだけの最高速度で操の部屋へと向かう。
操の部屋は教員寮1階の1号室という抜群のアクセスを誇るというのが唯一の救いか。
「ただいま~、そして、いらっしゃ~い」
『お邪魔しま~す』
部屋に帰って来て、直ぐに操は手洗いうがいをしてからエプロンを身に着ける。
「それじゃあ、チャチャッと作っちゃうんで、手洗いとかをして座っていてください」
顔だけラウラ達の方に向けながら指示を出すと、すぐさま調理を開始する。
ラウラ達は大人しく操の指示に従い、手洗いうがいをしてから机のまわりに座る。
ただ、この部屋にある家具は元々の備え付けのもの…つまり、1人用のものである。
そこまで大きい机という訳では無いので、真耶やナターシャなどはもはや机のまわりではなく普通に床に座っていると言っても過言ではない。
数分後。
操が料理を完成させ、机の上に並べていく。
操もこの人数が机のまわりに並べるとは思ってないし、そもそもにして人数分の食器は無い。
その為、本日のメニューは片手でも食べられるおにぎりだ。
具は一般的なものだが、一つ一つの工程がとても丁寧に行われており、ともすれば専門店に商品として並んでいてもおかしくないクオリティに仕上がっている。
主食だけだと物足りないと判断したのか、紙コップに注いだ味噌汁も準備した。
夕食用に少しだけ濃く作っており、またおにぎりと同様にかなり丁寧に作られている。
片手でおにぎりを持ち、もう片方の手で味噌汁入りコップを持つ形になるだろう。
「さて、それじゃあ…いただきます!!」
『いただきます!!』
しっかりと全員が手を合わせながら挨拶をしてから、おにぎりと味噌汁を食す。
『美味しい!!』
その瞬間に、操以外の全員が驚きの表情を浮かべる。
勿論それは、あまりにも高すぎるクオリティーに対してだ。
おにぎりや味噌汁などの庶民的な食べ物でも、専門店などで少々高いお金を支払えば、自分では再現しにくい完成度のものを食べる事が出来る。
それは、専門店が故の拘った食材を使用したり、仕込み等にも時間を掛けて、商品を提供する事を生業としているが故に成り立つ。
だが、(年齢はともかく)操は学生。
本業は学業であり、IS学園という特別な環境にいる以上鍛錬も欠かせない。
そして、金銭面に関してもそこまで余裕がある訳では無いので、出来る範囲では拘っているものの、やはり高級な食材などは使用できない。
更には、この料理は予定になかった突発的なものである。
その上でなお、専門店と変わらないどころか上回っているんじゃないかと思わせるほどの美味さだ。
「そりゃあ良かったです」
だが、これほどの腕を持っておきながら、自分の料理は精々普通レベルだと思っている操はそれをお世辞として受け取った。
嘗ての内気でネガティブだった頃の考えが、未だに根付いているのかもしれない。
そんなこんなで、全員でご飯を食べ進める。
だが、ここで1つ問題が。
共通の話題が無いのだ。
年齢も育ってきた環境もバラバラ過ぎる。
更識姉妹ですら、各々の趣味嗜好がかなり異なるので、やはり共通の話題は無いに等しい。
強いて言うのならISくらいだが、今どうしても話したい内容などなく。
次第に言葉数は少なくなっていった。
(やべぇ……気まずい……)
操は内心冷や汗ダラダラだった。
自分がこの部屋の主であり、全員を食事に誘った張本人である。
その為ラウラ達が感じている気まずさの6倍の気まずさを感じていた。
(なんか、なんか無いのか!?全員が参加できる会話!!)
必死にぐるぐると考える。
もはやおにぎりと味噌汁を口に運び咀嚼するだけのマシーンになっていたが、1つ話題を思い付いた。
思い付いたというよりかは、先程聞いておいた方が良かった事を思い出したと言った方が正しいが。
(いや、だけど食事の時に聞く事では……)
食事時の話題ではないのは事実。
だが、これ以上無言の時間が続くと如何にかなってしまいそうなので、気は進まないが話題に出すことにした。
「そう言えばナターシャ先生、1つお聞きしたい事があるんですけど」
「何ですか?」
「世界各国から求められてるデータのリストがあるって事は、各国と連絡を取ったって事ですよね?」
「はい、そうですけど…」
「なら、捜索状況の報告とかって来てたりします?」
「……ご飯の時にする話では無いな」
「仕方が無いだろ!これぐらいしか話題無いんだからさぁ!!ラウラにはあるのか!?」
「いや、無いが…」
「だろ!?」
操の言葉にラウラが反応するが、何故かコントのようなやり取りに発展する。
そんな光景を見ながら、楯無が何故か(この場に置いて不適切な表現ではあるが)、感慨深そうな表情を浮かべる。
「流石はラウラちゃんと操さん、息ピッタリ。この中で家族を除いたら1番関わりが長いコンビなだけありますね」
「長いと言っても、知り合ったの入学前の2月とかですけどね」
「あ、そんなもんだったんですね。2人ともドイツ国籍ですし、夏休み一緒にドイツに行ったと聞いてましたからてっきりもっと前からの付き合いだと……」
なんだか話がそれにそれまくっている。
操が咳払いをしてから改めてナターシャに尋ねる。
「それで、どうなってるんですか?」
「報告は来ています。ですが、その……」
ナターシャの表情は明るくない。
それだけで操達はなんとなく内容を察したが、続きを待つ。
「何処からの報告も、碌に進展して無いみたいで……」
「やっぱりですか…どれだけ些細な事でもいいので、せめて何か1個発見してから請求して欲しかったんですけど…」
「まぁ、そこは文句言ったって仕方が無いぞ」
「分かってるよ」
ラウラの言葉に、ため息をつきながら反応する操。
操の疑問は、なんとか重たすぎる雰囲気になる事は無かった。
それが功を奏したのか、そこからは少し踏み込んだ会話も出来るようになり、なんとか無言地獄から脱出に成功した。
暫くの間会話を楽しんだのち、操は明日データ取りがあるため早めに休んだ方が良いだろうという事で、食事が終わったら楯無達は直ぐに帰っていった。
操は簡単に後片付けをし、明日の朝食の仕込みなどやるべき事を全て終わらせ、消灯しベッドに横になる。
「…表面上は得に大きな動きは無いが…やはり、動いているんだろうなぁ」
操はベッドの側に置いてあったジュウオウザライトを持ち、顔の前に持ってくる。
「どうしても後手になってしまうのが悔しいが…仕方ない」
暫くの間ジュウオウザライトを見つめていたが、やがて睡魔がやって来た。
「必ず、みんなを守る」
操はそう呟いてから、置いてあった場所に戻し、明日の為に眠りにつくのだった。
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アメリカ。
「隊長、目的地まであと800mです」
「よし、このまま進行を続ける」
『了解』
軍の捜索部隊が、とある場所を目指し碌な手入れもされていない森を進んでいた。
捜索対象は勿論、行方不明の千冬達だ。
何故こんな森を進んでいるのかというと、とある目撃証言があったからだ。
曰く、
『白衣を着て、ガスマスクを装着した人物が何名もこの森の奥に進んで行ったと』
衛星写真を確認したところ、1ヶ月前にはなかった筈の建物が建っていたのだ。
これは流石に調査しない訳にはいかない。
捜索部隊は少数精鋭の全員男性。
しっかりと武装をし、訓練を積み重ね何度も実践を行ってきたベテランたちだ。
そこから森を進行する事、約750m。
「っ!何者かを発見」
「止まれ。陰から様子を伺うぞ」
先頭を進んでいた隊員が何者かを発見し、流れる指示で全員がその場にしゃがみ込む。
そうして、バレないように慎重に顔を出し、様子を伺う。
そこに居たのは、1人の女性だった。
綺麗で長い黒髪をポニーテールに纏めており、隊員達から90度右を見ている。
ここまでだったらまだいい。
いや、何故こんなところに女性が1人で居るのかという問題があるが、まぁ大した問題ではない。
その女性は、何故か全裸なのだ。
あまりにも豊満で綺麗に整っている胸も、秘所も隠すことなく、女性は立っている。
女性の顔は狐を連想させるような白い仮面で隠されており、二の腕や太もも、首などにメカニカルな模様が入っている黒い帯のような何かを巻き付けていた。
隊員達に気が付いた様子もなく、指先一つ動かさずに裸で立っている。
隊員達は小声で会話をする。
「どうしますか?」
「どうするってったって……」
「一先ず話を聞いてからだな」
取り敢えずの方針を固めたところで、女性にも動きがあった。
「……」
ザッ……
無言のまま、女性は身体の向きを変え、隊員達がいる方向に身体の全面を向ける。
その大きすぎる乳房がばるんという擬音が聞こえて来るんじゃないかと言うほど、激しく揺れる。
仮面と帯を除けば全裸の女性を真正面から見る事になり、隊員達は思わず顔を下に向けてしまう。
「……」
ザッザッザッザッザッ
女性はそのまま隊員達の方に向かって歩いて来る。
身体を軽く動かすだけで乳房は激しく揺れ、近付いて来る度にいろいろな所が詳しく見れるようになってくる。
部隊が全員男性というところが足を引っ張っている。
だが、そこは流石にプロ。
無理くり思考を切り替え、持って来ていた武装を構える。
「あと5歩で警告を開始、10歩で攻撃開始」
『了解』
隊長の指示に、部下達が間髪入れずに答える。
女性はその場から4歩歩いた地点で、足を止めた。
それと同時、右腕を動かし手を顔前に持ってきた。
『っ……!!』
隊員達の表情が一気に固くなり、武装を持つ手にも力が入る。
それを知ってか否か、女性は特に何の反応も見せず、右腕を地面と水平に振り抜いた。
ヒュン
空気が切れる音がした。
それを、隊員達が聞いた直後。
ズパババババッ!!
物理的に、何かが連続で斬れる音がした。
ゴトトトトトッ!!
同じ数、何かが地面に落下する音がした。
木々を始めとした、植物ではない。
野生動物でもない。
ましてや、街中にあふれている人工物でもない。
武装を構え、警戒をしていた筈の隊員達の首から上が、全て綺麗に斬り落とされていた。
切り口からドクドクと血液が噴き出る身体が倒れる。
女性は草をかき分け全員の首を飛ばした事を確認すると、そのまま遺体に背を向け歩き出す。
その進行方向にあるのは、隊員達が目指していた建物。
女性が戻ってきた事を確認したからか、出入り口から白衣を纏った男が3人出て来た。
白衣3人の目の前まで歩いてきた女性は立ち止まる。
裸体をこんなに至近距離で異性に見られているというのに、女性は微塵も動揺しない。
「仮面を渡せ」
3人のうち中央の男が手を出しながら言った言葉に、女性は指示通り仮面を外す。
素顔を晒した女性……篠ノ之箒は人形のように生気の無い表情で仮面を手渡した。
仮面を受け取った男は、懐からコード付きのタブレットを取り出し、仮面の内側にコードの端子を差し込み有線で接続する。
その間に残りの2人は同じくタブレットを取り出し、箒の首などに巻き付けてある帯に端子を接続した。
この仮面と帯は箒の戦闘ログを蓄積したり、指示を出したり、最悪の場合仕込んである即効性の高いドーピング薬などが投与されるものなのだ。
男たちは戦闘ログと動作の確認をしているという訳だ。
「問題無し」
「こっちもです」
「同じく」
数分後。
確認を男たちは確認を終え、タブレットを仕舞う。
「他4人の調整を一時中断して調整しただけあって、中々だな」
「ああ。こちらで逐一指示を出さないといけないのは少々手間が掛かるが、勝手な行動をされないというのは中々便利だ」
男の内2人がタブレットの内容を見ながら会話を繰り広げる。
その間、箒は一言も言葉を発しないどころか、身動き一つ取らなかった。
生気の無い表情、焦点が合っていない瞳など、どう考えたって正気の人間ではない。
「さてと……」
男の1人が唐突にそう呟くと、全裸で突っ立っている箒の胸を鷲掴みにした。
以前までの箒だったら妄信的に惚れている春十でさえ、胸に触りでもしたら直ぐに顔を赤くし感情的になりながら攻撃をしていた事だろう。
だが、今の箒は何も反応しない。
「性処理でもしてもらおうか」
「……」
箒は無言で頷くと、言われた希望を叶える行動を取り始める。
「おいおい、勝手な事を……」
「別にいいだろ。数値上問題は無いからな。お前達もしてもらえばいい」
そんなこんなで、外という明らかにおかしい場所での行為が始まった。
箒は止めて良いと言われるまで、休むことなく行為をした。
全てを終えた後、全裸の身体を拭く事もせず3人と共に建物に入った。
ぺたぺたと裸足の箒の足音が響く中、施設の奥の方に向かう。
そこにあったのは、周囲に大量の機材や薬品が置かれたベッドだった。
漸く身体を拭き、箒はベッドに寝かせられる。
その後、男たちによって身体中に機材との接続用や薬品投与用の管を刺されて、調整を受ける事になった。
同じ部屋には、箒と同じように全裸で黒い帯を首などに巻いている女が3人、男が1人。
ベッドに寝かされていた。
箒との最大の違いは、寝ているベッドに『調整一時停止中』と殴り書かれた紙が貼り付けてある点だ。
そう、紙に書かれている内容の通り、この4人は箒と同じような調整を受けたものの、今は箒にリソースを大幅に割いている為、一時中断をされているのだ。
呼吸による僅かな胸の上下以外ピクリとも身体を動かさないその様子から、箒と同様もう普通ではない事になってしまっているのが分かる。
何故このようになったのか。
そもそも何を望んでいたのか。
自らとは、いったい何なのか。
それすらも忘れた彼女らは。
人形のように、物のように扱われるだけだった……