トキワの森。
トキワシティから徒歩で数時間ほどの距離にあるその森には、多くのむしポケモンたちが暮らしている。ゲームでは低確率でピカチュウが出現することがあり、そのことが記憶に残っている人も多いだろう。
そんなトキワの森だが、この地にはある都市伝説が存在する。それは────
「トキワの森はロケット団に支配されている」
というものだ。
その根拠としては、トキワの森のBGMがあげられる。トットットットッ、と同じ音が4回続く序盤の不気味なフレーズが印象的な曲だが、着目すべきところはそこではなく、曲の後半のフレーズである。
そう。なんとここのフレーズは、タマムシシティにあるロケット団のアジトのBGMとほぼ同じフレーズなのだ。たまたま同じフレーズが現れた、どころではない。むしろ、別の曲だと断言することの方が難しい。
トキワシティのジムリーダーがロケット団のボスであるということもあり、この都市伝説はかなり信憑性の高いものとして知られている。しかし、ゲームでは実際にトキワの森にロケット団員がいるわけでもなく、真相は不明のままである。
さて、私は今、トキワの森の入口に来ている。ニビシティに行く前に、どうしても一度はここを訪れておきたかったから。
ちなみに、トキワシティからニビシティに行くのにトキワの森を通る必要はない。少し遠回りにはなるが、ちゃんと道が整備されている。まあ、ルートが一つだけだとトレーナーじゃない人が通れなくなっちゃうからね。
それでもトキワの森を突っ切る方が近道なので、こちらのルートを進む人はそこそこいる。今だって、ホープトレーナーっぽい格好をした人たちが森に入っていったし。
「ブイブイ!」
「うん、そろそろ入ろっか!」
考えごとをしながら突っ立っているとフィアに催促されたので、チェックを受けて森の中に入る。
え、なんのチェックをしたかって? 実は、森に入るには、トレーナーカードで記録をつけなきゃいけないんだよね。入口と出口でそれをすることで、遭難者がいないかを確かめているらしい。“そらをとぶ”で森から出た場合には、受付に連絡することが義務づけられてたりもする。
あ、言い忘れてたけど、トレーナーカードというのはポケモンリーグが発行しているトレーナー認定証のこと。見た目はゲームのものとほぼ同じで、預金口座なんかも付いてる便利な代物。公式大会の賞金なんかがここに振り込まれるらしい。
森に入ると、中は木々の多さの割には木漏れ日が差し込んでおり、それほど暗くはない。そのまま道なりに進んでいくと、道端の草むらにはキャタピーやビードルといったむしポケモンたちの姿が見えた。途中で会った虫取り少年とバトルをしながら歩いていると、いつのまにか森の中ほどまで来ていた。
ここで、今日の私の目的を確認しよう。言うまでもなく、都市伝説の調査である。といっても、この森にロケット団がいるかどうかを確かめるだけだけど。今の私たちにはロケット団を捕まえる力なんてないからね。いなかったらいなかったでいいし、いたらジュンサーさんに通報すればいい。
警察がどれほどロケット団のことを把握しているかはわからないけど、悪い噂ばかり聞く組織だし、最悪でも警戒ぐらいはしてくれるだろう。
森を歩くこと3時間。未だにロケット団らしき人影は見えない。地図を見ると、もう出口近くまで来ていた。真っ直ぐ進めば1時間半ほどで抜けられるから、結構寄り道したことになるんだけど。
「もう少し奥の方に行ってみる? でも、あのニドクインみたいなのがいないとも限らないし……」
うーん……決めた! ちょっとだけ行って、すぐ戻ってこよう! 幸い、出口は近いしね。女は度胸!
「じゃあ、ちょっとだけ、もう少し奥に行ってみよっか」
「ブイ!」
────このときの選択が、後の私の運命を変えた。
「うーん、やっぱり誰もいないなあ。そろそろ戻ろ……ん?」
ほんの一瞬、視界の端に、なにやら黒いものが映った気がした。急いでそちらの方を向くと、真っ黒な服に身を包んだ男の背中が見えた。
「(もしかして、ロケット団?)」
息を潜め、こっそりと男の顔が見える位置まで回り込む。すると、男の胸には大きな赤い「R」の文字が。
「(やっぱりロケット団だ! でも、ここで何をしてるんだろ?)」
よく見ると、男は独り言を口にしながら、何かを蹴っているようだった。気になって少し近づいてみると、だんだん男の声がはっきり聞こえるようになってきた。
「テメェは本当にどんくせえな! さっさと動きやがれ!」
その言葉に、他に誰かいるのだろうかと思ってあたりを見渡してみるが、私たちの他には人っ子一人いない。いったい誰に向けて発した言葉だろうか。そして、先ほどからいったい何を蹴っているのだろうと思いながら、もう少し近づいてみる。
次の瞬間────私の目に、信じられない光景が飛び込んできた。その光景は、私がこの世界に転生してから見てきたものの中で、一番衝撃的なものだった。
「プギッ……」
「‼︎」
ロケット団の男が蹴っていたもの。それは、1体のキャタピーだった。
男の目にはただ怨嗟だけが映り、目の前の
あまりの光景に、私の体は硬直してしまった。冷静になろうと努めるものの、頭はまったく働かない。先ほどの光景が目に焼き付き、脳内で何度も再生される。しかし、他ならぬロケット団の男の発言で、私の意識は急速に現実に戻される。
「ああ、イラつく! めんどくせえし、いっそのこと殺しちまうか」
名案だ、と言わんばかりの表情の男とは対照的に、私の心は大いに乱れていた。
「(今、あの男はなんて言った? 殺す? 何を? あのキャタピーを? いくらなんでもそんなこと……)」
しかし、男が嘘を言っているようには到底見えない。加えて私には、ロケット団はポケモンを殺すこともある、という原作の知識がある。
私の混乱をよそに、男は地面に落ちていた木の棒を拾い上げた。そしてキャタピーの前に立つと、勢いよく棒を振り上げた。キャタピーが動く気配はない。
「じゃあな。さっさとくたばれ!」
「(────ダメ!)フィア!」
「ブイ!」
「な…………げふっ!」
咄嗟にフィアに指示を出し、男に“たいあたり”させる。男が怯んでいる隙にキャタピーを抱き抱え、すぐに男から離れた。
「イッテェ……テメェ、何しやがる⁉︎」
「それはこっちのセリフよ! 自分がこの子に何をしたのかわかってるの⁉︎」
「あ? その役立たずを始末しようとしただけじゃねえか!」
「‼︎」
何かの間違いであってほしいという私の思いは、男の言葉によってかき消された。この男はやはり、明確な殺意を持ってキャタピーを殺そうとしたのだ。
「なんでそんな残酷なことするのよ!」
「残酷? ふん、ソイツが弱っちいのが悪いんだろ! ソイツがいなけりゃ、俺はもっと出世できるのによ!」
こちらが聞いたわけでもないのに、男は自分の素性をペラペラと喋り始めた。
「ガキの時から、俺には才能があった! それこそ、ロケット団の幹部になれるような! だから俺は、団員として必死に働いた! だが、そんな俺に支給されたのは、クソの役にも立たないソイツだった! 一向に俺に懐かず、命令も聞かねえ! そのせいで俺は失敗続きだ!」
呆れて言葉も出ない。ポケモンは、心から接すれば程度の差はあれ応えてくれる。だが、男がそうしてポケモンに向き合ったとは思えない。男が出世できないのは、男にポケモンを育てる能力がないからだろう。その責任を、すべてこの子にぶつけようとしていたのだ。
「俺は優秀だからな、ソイツが事故でいなくなったとでも言えば新しいヤツが支給されるだろう。ソイツなんかよりももっと強いヤツが!」
出世できないのは自分に原因があると、この男は気づいていないのだろうか。いや、こうしてキャタピーに手を出している時点で、そんな考えはないに違いない。
「新しいポケモンをもらったところで、その考えじゃあ出世は無理でしょ」
思わず口に出てしまった。しまったと思い口を手で塞ぐが、その動作がよりいっそう気に食わなかったのか、男はさらに激昂してしまった。だが、男はフィアを見ると、それまでの怒りはどこえやら。今度は薄気味悪い笑みを浮かべ始めた。
「なんだテメェ、珍しいポケモン持ってんじゃねえか。そうだ、テメェ、ソイツがかわいそうなんだろ? だったら交換しようぜ、テメェのそのポケモンと。それでチャラにしてやるよ!」
何を言っているのだろうか、この男は。フィアをこの男に渡す? そんなこと、できるわけがない。フィアも男が自分を見ていることに気づいたのか、威嚇するように男を睨みつける。
「ああ⁉︎なんだその目は! チッ、テメェも同じようにしてやるよ!」
男はフィアに近づくと、手に持っている棒を再び振り上げた。
「────フィア! でんこうせっか!」
「ブイ!」
「ぎゃあああああ‼︎」
フィアは的確に男の急所を突いた。立つこともできないほど痛いのか、男は蹲って喘いでいる。その隙に、私たちは森の出口へ向けて駆け出した。
「クソクソ、テメェ! 覚えてろよぉ!」
最後にそんな声が、背後から聞こえた。しかし、私たちは一切振り向かずに走り続けた。
「痛かったよね。大丈夫?」
「プギュウ……」
現在、森の出口のゲートにてキャタピーといっしょに休んでいる。あの後、受付の人に事情を説明すると、救護室に案内してくれた。
ポケモンの虐待は犯罪であり、さらにそれをしていたのはあのロケット団である。当然警察にも連絡が行き、事情聴取のためジュンサーさんが到着するまで待つように言われたので、こうしてキャタピーとくつろいでいるわけだ。
しばらくするとジュンサーさんが部屋に入ってきたので、そのまま事情聴取を始まった。さすがに都市伝説のことは言えないので好奇心から奥に行ったと言うと、当然のごとく叱られた。
「今回は無事で済みましたが、もし相手が複数人だった場合は今回のようにはいかないんですからね? それに、奥には強いポケモンがいっぱいいるからとても危険なんです。もう同じことはしないでくださいね!」
「はい…………すみませんでした!」
こればっかりは自分が悪いとわかっているので、素直に頭を下げる。その後いくつか質問を受けたので、一つ一つ丁寧に答えていく。それが終わるとジュンサーさんは私にお礼を言って部屋から出ようとしたので、最後に気になったことを聞く。
「あの……この子はどうなるんですか?」
そう、このキャタピーのことだ。男のセリフから察するに野生に返すのは難しそうだし。しかし、それを聞いたジュンサーさんは意外そうな目をしていた。
「一応、トレーナーに捨てられたポケモンと同じように、シオンタウンの保護施設に送られることになりますね。でも、その前にポケモンに合うトレーナーが見つかった場合は、トレーナーが了承すればそのトレーナーの手持ちとなりますよ」
私とキャタピーを交互に眺めながら、ジュンサーさんはそう言った。それはつまり、キャタピーを私の手持ちにしないか、ということだろう。
ふとキャタピーの方を見ると、縋るような目で私のことを見つめていた。
「その子はあなたが気に入ったみたいですし、もし良ければいっしょに連れて行ってあげてくれませんか?」
決まったら知らせてください、と言って、ジュンサーさんは去って行った。あとには、私とフィア、それにキャタピーのみが残される。
もともと、どこかでキャタピーは仲間にしようと思っていた。この子がそれでいいというなら、私が断る理由はない。
「あなたも私といっしょに来てくれる?」
「プギャ!」
キャタピーの前にモンスターボールを差し出すと、キャタピーは自らの頭でボタンを押し、中に入る。3回ほど赤い光が点滅し、カチッ、という音がした。
すぐにキャタピーをボールから出し、正面に向き直る。
「私の名前はリーフ、こっちは相棒のフィア。あなたの名前はリタよ。よろしくね、リタ!」
「ブイブイ!」
「プギ!」
こうして私に、新しい仲間が加わった。
この日、私はこの世界の裏側を垣間見た。決して相容れない、危険な思想を持った人物がたくさんいることを知った。そして、何よりも都市伝説を追うには、今のままではいけないことを悟った。
強くなる。最強でなくてもいいから、自分の信念を貫けるぐらいには。
知らず知らずの内に心の中に宿ったその思いに私が気づく日は、そう遠くはない。
結局、トキワの森とロケット団は何か関係あるのかって?ご安心ください、のちのち回収するので。
ぶっちゃけ今の状態だとリーフの手持ちのレベルが低すぎて、そこまで深入りできないんです。
前話のニドクインもちゃんと後で出番がありますよ。
感想等あれば、ご自由にお書きください。
筆者が非常に喜びます。