こちらは二次創作ガイドラインの更新に伴い現在非公開となっている短編アンソロ企画の自作品です。ガイドラインに抵触していないと判断したので個人で投稿しています。

是非クッキー片手にお読みください。

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へっぽこと一流と

 ウマ娘ならだれもが夢を見る栄光のクラシックロード。最速であることが勝利への近道となる皐月賞。運すらも味方につけて挑む日本ダービー。そして強さを証明する菊花賞。

 トレーナーとして自分が挑む立場になったとき、そのパートナーになってくれたのは一流を自称するウマ娘『キングヘイロー』だった。けどその結果は

 

『セイウンスカイ粘って粘ってゴールイン!』

 

 速さも

 

『先頭はスペシャルウィーク! ゴールイン!』

 

 運も

 

『逃げ切りました! 逃げ切りました! セイウンスカイです!』

 

 強さも

 

 何もかもが足りていないという現実を見せられただけだった。

 トレーナーになって初めてパートナーになったウマ娘と初めて味わった挫折。素質があると、速さも強さもあると見込み挑んだレースで負ける。トレーナーとして誰もが一度は味わう経験を、私は全く消化できずにいた。

 ひどく憂鬱で、目の前すらも見えていない。そんな状況でまともにトレーニングができるはずないと一月ほど自主トレのみのメニューをキングに渡し、自分は唯々後悔をする日々を過ごしていた。

 

 けれど、それは私だけだった。

 雲ごと落ちてきそうなほど重たい鉛色の空から降るのは滝のような雨。いつもの練習場は水溜まりだらけで走るのには向いていない。そんなコースで練習をするウマ娘はいないはずだった。

 

 だけどキングは走っていた。濡れるから嫌だと言っていた雨の中で、水溜まりを踏みつけ勝負服が茶色に汚れても足を止めることなく走り続けていた。ただひたすらに前を向いて、決して頭を下げようとせずに。

 泥だらけのその汚れた姿は見る人によって評価が変わるだろう。ただがむしゃらに走っているだけだとか、汚らしいだけだとか。

 私から今のキングへの評価は、『一流』だった。

 たった一度の夢が破れてもなお走り続け。親から励ましではなく貶しの言葉を送られても前を向き続け。そして今、トレーナーから捨てられそうになっても決してあきらめない。だから『キング』なんだ、だから『一流』なんだ。

 そのキングとトレーナーとして契約を結んだとき、私は『一流』のトレーナーであると宣言した。今のこの姿はその宣言につながっていない。なら私は一流のトレーナーになるために、キングに尽くさないといけないはずだ。

 一年以上共に過ごしてようやく見つけたキングヘイローの姿を目に焼き付け、私はようやくこれからどうするかを決意した。

 

 それから数日、キングを部屋に呼び出した。前回から数えて丁度一カ月ぶりの連絡だった。

 部屋に入ると目につくのは大量の機材。いろいろな人に聞いて情報を集め、たづなさんや理事長さんに頭を下げて借りたものだ。かなりの量があるうえかなり重いものもいくつかあり、我ながらよく運べたなと思う。

 驚いているキングをしり目に、同じく一カ月ぶりに言葉を交わした。

 

「ごめんキング、遅くなった」

 

 ここから私達はリスタートした。

 今までの私の育成方法だと、キングの才能に頼っていた部分が多いと先輩から指摘された。適正距離を知れ、悪いところを直せ、いいところを伸ばせ。同じことをいくつも言われたってことはそれだけ大事ということでも、今まで全くできていなかったということでもある。キングと共に一流を、なんて言っていたが私は一流にはまだ遠かったということだろう。いつかみたく表現するなら、私はまだへっぽこだった。

 なので毎日勉強と練習の日々。キングの適性が短距離だとわかれば今度はライバルの研究。気が付けば私生活はおろそかになりエナジードリンクをがぶ飲みしたりパソコンの前で寝落ちすることは日常だった。部屋が隣の同僚に何度も世話になったみたいで、食事が置いてあったりベッドに運ばれていることも。そのたびにお礼を言いに行くけれど、同僚は何のことやらと白を切る。かなり気を使わせてしまっているみたいだ。苦手な料理もしてくれたのに、たまにおごるぐらいしか返せるものがないのが歯がゆかった。キングに一流のトレーナーならそんな無茶はしないことだと忠告されてからは気を付けるようにした。

 

 とまあ忙しい日々が過ぎ、新年を過ぎて桜が咲き始めたころに挑んだ久しぶりのG1『高松宮記念』。短距離のステップレースに出るという選択肢もあったがそれはやめた。というか忘れてた。へっぽことキングに怒られるのも仕方ないだろう。

 私としては順当に、キングとしてはドタバタと始まってしまったレース。結果はクビ差の一着。私とキングの初めてのG1勝利であり、ようやく一流への道を進み始めた証拠だった。

 嬉しさのあまりウィナーズサークルにいるキングに抱き着きに行ったのだが、あっさりと拒否されてしまった。

 

 続いて安田記念にも出走。十分に準備して仕上げて臨んだが敗北。でも二着、先頭はすぐ目の前に見えていた。確実に勝てるレースができている、確実にキングを一流に導けている。その実感があるだけで十分だった。

 

 それから時間は流れ現在───十月最初のG1『スプリンターズステークス』の時が来た。いつも通り仕上がりは上々だが天気が悪い。空を覆いつくす鉛色の曇り空、滝みたいとまではいかないがそれなりに降る雨、ぬかるんだターフ。このひどい状況を、私はこれからレースに向かうキングに告げる。

 

「めちゃくちゃいい天気だよキング!」

「こんのっ、へっぽこーっ! 外に出なくても雨の降る音で最悪の天気だってわかるわよ! 一番走りたくなくて一番走りにくい状況! それなのにどうしてうれしそうにしているのよ! その満面の笑みでニコニコするのをやめなさい!」

 

 何故かキングにめちゃくちゃ怒られてしまった。耳は後ろにぺたんと倒れてしまっているし、尻尾は興奮気味にブンブンと振り回されている。誰がどう見ても明らかに絶好調の証拠だ。

 恐らく雨だから無理だと言いたいのだろう。なら説明するしかない。

 

「キングよく冷静に考えてみて。大雨だよ? これはもう勝ったも同然」

「おバカ!」

 

 言い切る前に怒られた。

 

「普通ならバ場が悪くなるから勝てるかわからないっていうところでしょ! トレーナーをやってきたならこれぐらいわかるはずよね!?」

「でもキングなら勝てるでしょ? 重バ場を想定したトレーニングも雨が降るたびにやってたし、今回のメンバーは高松宮記念で打ち負かしたメンバーも多く参加してる。だからキングなら勝てる! ううん、違うね。絶対に勝つ! それに、泥で汚れてる服を着てるキングって綺麗だからね。いつもみたいにふんぞり返ってる感じじゃなくて、絶対に諦めないって根性丸出しで憧れるの」

「それ褒めてるつもりなの?」

 

 ちょっとうれしそうに、でもあきれたような顔をしてため息をつくキング。後ろに倒れていた耳は前にいる私に向けられている。興奮気味だった気分が落ち着いたとみてよさそうだ。おそらくレースに勝ちたいという気持ちの方が先行していたためだろう。キングの脚質は差しなんだから前に出る必要はないんだよと心の中で呟く。

 

「……そう言ってもらえるのはうれしいけど、勝って兜の緒を締めよという言葉もあるのよ? 前回負かされた私の研究は必ず行っているはず。 ならもっと警戒するべきだと思わない? 特に」

「アニエスセカイとクロイロタカだよね。安田記念でも戦ったクロイロタカは高松宮記念で負けてることもあってかなり警戒されてるだろうし分析もされてる」

 

 出走前にミーティングすることぐらいありそうだなと思って持ってきたファイルを取り出す。中身は今回戦う相手達とレース場を分析したものだ。

 一年前の私なら下調べはキングの友人であるセイウンスカイとスペシャルウィークぐらいしか調べてなかっただろう。けれども今は違う。キングを一流に導くために、勝利へと導くために下調べを徹底的に行う。勝利への貪欲さを見せなければ勝てないのはウマ娘だけでなくトレーナーもそうだと先輩方から耳にタコができるほど聞かされた。おかげでしっかり調べる癖はついた。

 

「アニエスセカイは確か海外のレースに出てたね。レースは見てないけどかなりいい成績を残してたはず。急に作戦が変わることもないだろうし──」

「そのぐらいで十分。つまり警戒すべきってことよね」

「そこまで気にしなくていいよ。だって勝つのはキングだから!」

 

 根拠は私のキングを信じる心。

 全く、と言いながらもキングの口の端は上がっていることに気づく。根拠が薄くても勝つ勝つと言われるのはうれしいのだろう。

 

「ずいぶんと変わったわね。去年のあなたなら絶対に言わなかったと思うけど?」

「キングが一流ってことを認めさせるって目標ができたからかな。もちろんキングのお母さんに認めさせるよ。あなたの娘は一流で、シンボリルドルフに負けないぐらい強いんだって言ってやるんだ」

「……そう」

「そのためにはここは絶対勝たないといけないけど、そんなに気負う必要はないから安心してね。だって勝つもん!」

 

 かかり気味ですねと誰かに言われた気がする。まあ気のせいならいいや。

 一方キングは何か考えている様子。緊張をほぐすために会話しているつもりだったけど何か思うところでもあるのかな。最初から緊張しているように見えない? 私もそう思う。

 

「ま、いいわ。それでこの後はどうするつもりなの」

「この後ってこのレースの後?」

「ええ。二大マイル制覇を目指すのか、秋シニア三冠を狙うのか。海外や新しくできるURAなんて選択肢もあるわね」

「ん……キングに任せようかな。どうすればいいかわかんないし、任せた方がキングの一流に近づけるかなって」

 

 キングが短距離に向いているとわかってからは短距離を制覇するぐらいしか思いつかなかった。それだけキングの育成に熱が入っていたという証拠だと私は思っている。

 次のレースが決まらない限りはトレーニングの方針を決めることもできない。でも私の思い描く一流は目の前にある。何なら今回でつかみ取って終わってしまう。ならキングに任せて、キングなりの一流を目指してもらうという方針が最適だと考えた。

 けれども当人はお気に召さないご様子。大きくため息をついて不満そうに何かをつぶやく。何を言っていたかは雨の音が大きすぎて聞こえなかった。雨が強くなってきたのかもしれない。

 

「ごめん、聞こえなかった。もう一度言ってくれる?」

「なんでもないわ。ま、走ってからこれからどうするか決めるわ」

「了解。じゃあ楽しみにしてるね」

 

 キングのことだ。海外まで一流であるキングの名をとどろかせるとか言って海外G1を目指すだろう。

 調べた情報によるとキングのお母さんも海外で成績を残してるとか。お母さんにキングの道を認めさせたい、一流であると認めさせたいという目標だと妥当かもしれない。子は親に似ると騒がれるかもしれないけど、親ぐらい超えて見せるわと高笑いするキングが目に浮かぶ。

 

「ふふっ、キングらしい」

「どうかした?」

「何でもない。レース頑張ってね、ゴールで待ってるから」

「……また抱きしめに来ないでよ?」

 

 何はともあれまずは目の前のレースだ。時間が来たのでキングを送り出し、応援に来てくれた友人のところに移動する。あとは一番に帰ってくるキングを迎えるだけだ

 

 

 


 

 

 

 雨は大嫌いだ。服は濡れる、視界は悪くなる、芝は滑る、泥は跳ねる、レースの行方が分からなくなる。そんな日にやるレースなんて何もいいことはない。走ってもいい気分にならない。むしろ最低な気分になる。絶対に走りたくない──

 

 

 

 ──なんて、去年の私なら言っていたかもしれない。雨の降るレースが嫌いなのは変わってないけど、以前ほど嫌いではなくなった。変わったのは去年の敗北から一月過ぎたころだった。

 その日も今日のように土砂降りの大雨だった。菊花賞で大敗を喫したからか練習がなくなって一月。何がダメだったのか、どうすればよかったのか。答えのない問いが頭の中を駆け巡り続け、胸の内でどす黒い何かが溜まり始めた。

 大雨だというのは理解していた。泥だらけになることもわかっていた。なのに体は止められない。大雨の中、大切な勝負服が汚れることを気にせず唯々走り続けた。

 気が付けばスカイさんとスペさんの姿が目の前にあった。本当にいるのかそれとも幻なのか判断がつかない。けれどもはっきりしていることは一つ。

 

「負けたく、ないっ!」

 

 全力で背中を追い続ける。勝負服は雨を吸い込んで重くなっていく。脚も疲労で動かなくなっていく。呼吸が苦しくなり、ついに走れなくなった。

 膝に手をつき呼吸を整えている間にも、二人は先を走っている。おいて行かれたくない、追いつきたい。その想いを殺すことができず、呼吸を止めふらふら走り出した。けどその直後に脚を絡ませて転倒。とても無様だった。

 翌日は当然のように風邪をひいた。同室のウララさんは

 

「キングちゃんが大変なんだよ~!」

 

 と寮長であるフジさんや仲のいいライスさんを筆頭にたくさんの人に声をかけた。もちろん、今会いたくない二人にも。

 スカイさんは来なかったらしい。あの人は飄々としているが人の機微には敏感だ。だから私がなぜ風邪をひいてしまったかわかるのだろう。一方スペさんは普通にお見舞いに来た。風邪の時にはニンジンをと言って箱で持ってきてくれたがさすがに食べられない。量が多いのも当然だけど、普通風邪なら消化のいいものを思いつくはずなのに。そういう天然なところがスペさんらしくて安心した反面、菊花賞で敵だった相手に施しを受ける自分が情けなかった。

 そして気になることが一つ。

 

「ウララさん、私のトレーナーには声をかけたの?」

 

 箱にたくさん入っているニンジンをおいしそうに食べるウララさんに尋ねる。

 

「かけたんだけど、忙しいみたいで来てくれなかった」

「そう……」

 

 何となくわかっていた。わかってしまっていた。成績が悪い上に自己管理も不十分。そんなウマ娘を育て続けるトレーナーはどこにもいない。つまり私は──

 

「……ウララさん、今日は一緒に寝てくれる?」

「うん! いいよー!」

 

 私は随分と弱っていたみたいだ。いつものように高笑いして強気になることもできず、ただ誰かのぬくもりと見せたくない涙があるだけ。

 風邪が治ればきっと治る。まだ強がりはできたが、トレーナーにどんな評価を下されたか。それを考えるだけでガチガチと歯が震えた。

 

 それから数日、久しぶりにトレーナーから連絡があった。内容は「部屋に来てほしい」とだけ。

 心の準備をして部屋に向かうと、そこには大量の機材が置いてあった。

 まるで、これから鍛えなおすぞと言わんばかりの備えに私は唯々驚くしかできなかった。

 

「ごめんキング、遅くなった」

 

 契約解消を告げられると思っていた私は思わず泣き崩れそうになった。でもそれをこらえ、ふんぞり返って高笑いする。

 

「ええ! 待ちくたびれたわ!」

 

 そうして再開したトレーニングは以前よりきつく、しかし効率的に考えられたものになっていた。私が絶望していた一月の間に準備していた証拠だろう。私が風邪をひいたときもその準備で手一杯だったのだろう。だとしても「大丈夫か?」の一言ぐらいあったっていいはずだと思ってしまう。でもこれ以上迷惑はかけたくないと口にすることはできなかった。

 

 それから数日、トレーニングの方針について相談しようとトレーナーの部屋を訪れた。ノックしても返事はなく、鍵は開いていたので勝手に入らせてもらうとそこにはパソコンの前で寝ているトレーナーの姿があった。

 画面にはこれからどのような調整をするかがまとめられている。パソコンの脇には大量のエナジードリンクの缶。部屋を見てみれば隅の方に山のように積み上げられた資料がある。まぎれもない無茶と努力の証拠だった。

 私のトレーナーになるときに一流のトレーナーでなければならないと言っていた。この人はその言葉の通り一流になるために努力をしている。

 対して私はどうかという話。今までは一流を自称するだけにとどまっていた。親に認められたいと言いつつ認められない現状を変えたいと思いつつ無理をするだけだった。

 あの日、あの敗北の日、お互いがへっぽこだと言ったが、へっぽこなのは自分だけだった。

 まだ変われる。これから変わろう。そして、この一流トレーナーと共に勝利をつかみ取ろう。そう覚悟した。

 

 それはそれとして、このトレーナーの最悪な状況は一流にふさわしくない。トレーナーをベッドに運び、起きたときの食事を作っておいた。一流になるためにはと意気込んだけど出来は最悪だった。

 

 一流への気持ちを新たにして挑んだ高松宮記念を勝利で飾り、安田記念で一歩及ばずに二着になった私に届いた母親からの連絡。相変わらず私を走らせまいとする内容なのは変わらない。けれど、内容は少し変わった。

 

「そんな成績を残して、あのトレーナーの経歴に傷をつける()()をするならもうやめたら?」

 

 お母さまに対して怒ることや張り合うことは何度もあった。けれど、我を忘れるほど怒ったのは初めてだった。何を言ったかは半分ほど覚えてない。けれどはっきりと覚えていることが一つある。

 

「なら見せてあげるわ! 私とトレーナーが共に一流であり、かけがえのない存在だっていうことを!」

 

 啖呵を切ったことは後悔していない。お母さまの驚いた声だとか、歯切れの悪い言葉を聞いて仕返しができたとすっきりした。

 そんな出来事を経て、このレースに至る。

 

『最終コーナーを抜けて先頭は団子状態! キングヘイローはまだ伸びないか!』

 

 残りは400メートルほど。だけど私は団子の後方という位置についてしまっている。先頭の姿は見えず、この短い直線の間に全員を抜いて駆け抜けるしか勝つ方法はない。

 前方に他のウマ娘が壁のように立ちふさがっている。さらに雨と跳ね上がった芝や泥なんかでさらに視界は悪くなる。この中を進むのは不可能に近い。かといって外を回りに行くのもロスが大きくくなってしまって追いつけなくなる可能性が高い。先頭が、ゴール板が遠すぎる。

 けれど──

 

「行けーキング!」「頑張ってキングちゃん!」

 

 応援する声が聞こえる。その方向にちらりと視線を向ければルームメイトとトレーナーの姿がある。

 ここまでの努力を、トレーナーとの成果を、全てを無駄だとは言わせない。そのためにも──

 

「──負けるわけには、いけないのよっ!」

 

『残り200メートルでキングヘイローが外から上がってくる! 二人、四人! 加速しながら先頭へと食らいつく!』

 

 不思議と力がみなぎり、無理だと思っていた脚がよく動く。芝を踏みしめる感覚も、力強く蹴って前に進む感覚もよく伝わる。レース終盤で一番苦しいはずなのに、絶好調だった。

 

『勢いそのままにゴールイン! 一着はキングヘイロー! 高松宮記念を彷彿させるような見事な末脚でした!』

 

 呼吸を整え、掲示板を確認する。一番上に書かれている13は私に割り振られた番号だ。つまりこのレースの勝者は私だ。

 

「キングー!」

 

 勝利の余韻を噛み締めようとしていたせいで、駆け寄って抱きしめに来るトレーナーに気づけなかった。強く、笑顔で抱きしめられる。その笑顔は勝利した私よりもうれしそうで、子どもにしか見えない。

 

「ちょ、抱きしめに来ないでって言ったわよね!」

「うれしいから仕方ないじゃん! おめでとうキング! これでまた一流に近づけたね!」

「……違うのよ、それは」

 

 私だけが一流に近づけたみたいな言い方でうれしくない。トレーナーがいなければここまでこれなかったんだから。

 そう伝えようとしたが、その前にマイクを突き付けられる。

 

「キングヘイローさん、二大スプリント制覇おめでとうございます!」

「次の目標は距離を伸ばして春秋マイル制覇でしょうか? それとも母親の後を追って海外制覇でしょうか?」

「あー……そうね」

 

 取材中もトレーナーを抱きしめ続けるわけにはいかないので無理やり引きはがす。ちょっと悲しそうな顔をしているせいで心が痛む。

 

「ねえトレーナー。私の自由にしていいのよね」

「もちろん! そういったからね。二言はないよ!」

「なら、調整お願いね」

 

 そう言って記者の前に立つ。視線が集まり、カメラやマイクも当然向けられる。

 

「よく聞きなさい! ()()の次のレースは天皇賞秋よ!」

「ということは秋シニア三冠を狙うということですか?」

「それもあるかもしれないわね。でも、もう一つ。去年の雪辱を晴らすためよ!」

 

 観客たちがざわつく。記者たちも同じように小さな声で話を始める。

 一度トレーナーの方に視線を向けると、覚悟を決めたような顔をしていた。両手を強く握りしめ、応援するような顔をしていた。

 だから私は右手でトレーナーを掴み、左手でカメラを掴む。私達が映るようににして、逃げられないように宣言をする。

 

「スペさんにスカイさん。せいぜい首を洗って待ってなさい! あなたたち二人の勝利して、私達こそが一流のウマ娘とトレーナーであることを見せつけてやるわ!」

 

 この日一番の歓声がレース場を包んだ。

 

 次のレースまで四週間。私達が一流になるには十分な時間がある。


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