照りつける太陽。青々とした山。澄んだ空気は心の影を洗い流すようで、ひたすらに続く田園風景は田舎のイメージに合致する。
エンジンを吹かしゆっくりと進む軽トラックに揺られ、自分、桔梗清一はこの田舎へと越してきた。
生まれ育った都心を離れ、人の生活音よりも自然音の方が数百倍大きい田舎の中のド田舎に無理やり連れてこられた被害者です。
「もうすぐ着くからな。」
軽トラの運転席に座る大柄の男。父親が清々しいほどの笑顔でこちらに話しかける。
桔梗太助。思いつきひとつで勤めていた大企業をやめ、都心のワンルームマンションとスポーツカーを売り払った大馬鹿者である。
予てから「夢は田舎で農家することだった。」と語っていたことからそういう願望は持っていたそうだが、夢は捨てきれなかったらしい。
「はぁ…」
思わず溜息を着く。当然ながらこちらに越してくる以上、通っていた学校も辞めなくては行けなくなり、仲の良い友達とも離れてしまった。
いや、SNSのおかげで今生の別れではないけれども。それでも毎朝顔を合わせていた友達と会いづらくなるというのは結構来るものがある。
「別にお前だけでも東京に残ってよかったんだぞ?」
溜息に気づいた親父が気を使ったのかそんな事を言ってくる。ここに来るまでの道中、何度も聞かれた事だ。それもマンションを売り払う前にも何度も。
親父は「自分の夢だからお前は来なくても大丈夫だぞ」と何度も聞いてきた。それこそ、耳にタコができるくらいにだ。
にも関わらず、自分が彼に着いてきたのは──
「気にしなくていいよ。それに、父さんを1人にするのはちょっと心配。」
この男、一切家事が出来ないのである。
掃除をすれば床が散らかり、洗濯をすれば洗濯機がぶっ壊れ、炊事をすれば火事になりかけた。根本的に生活力というものがない。
東京では自分が家事をしていたのでどうにかなっていたが、1人だと3日で野垂れ死にそうな気がしてならないのだ。
「…すまんなぁ…」
申し訳なさそうに謝罪する父。本当に気にしなくていいのに…
「そんな事より!もうすぐ着くんでしょ?」
車内が重い雰囲気に包まれる前に話題を切り出す。というのも、親父がこの「上井」の地に購入した新居を1度も見たことないのである。
曰く「正しく田舎の日本家屋って感じ」だそうだが、田舎の日本家屋といえば「平屋で襖と庄司で仕切られた和風建築」程度のイメージしかない。
流石に武家屋敷ほど広くはないだろうけど、ワンルームマンションと比べれば相当な広さなのでは?という程度の認識だ。
「おお!そうだ!もう着くぞ!」
新居に興味を示した事が嬉しいのか、弾んだ声で親父が答える。大柄な体格に似つかない子供っぽい反応み、こちらも自然と頬が緩んで行った。