剣皇─英雄の師   作:狐のこんこん

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第四話 リンク・スタート

 ユウキがAIDSを発症した。

 私が小学校を卒業した後、私という絶対的な頂点が消えたことで好き勝手なことをする奴らで溢れたそうだ。

 で、当然そこにユウキも巻き込まれてしまった訳で、前回ユウキを虐めた三名は親ともども晒し者にしてやったが、今回は別の人間が事を起こしたらしい。

 

 ユウキのクラスではしっかりとした助け合いの関係が築けていたのだが、どうやら別クラスから攻撃されたようだ。

 私の事を『お姉ちゃん』と呼んでくれるようになったユウキに何をしているのだろうか、後ほどまた晒し者にしてやるとしよう。

 

 そして父上にもお願いし、なんとか良い環境の病院を手配、特効薬の開発を急いでもらっている。

 実はユウキを何度か家に招いたことがあるのだが、その時に父上も母上もユウキが気に入ったらしく、その話はトントン拍子に進んだ。

 

 だが父上には時間が足りるかどうか、と言われてしまった。

 それはそうだろう、本来凄まじい時間のかかる薬の開発をなんとか急ピッチで進めて、ユウキが生きているうちに開発するという難題なのだ。

 だがしかし、なんとかやってもらわなくてはならない、多く見積ってもあと四年ほどしか残ってないのだ。

 

「木綿季、体調は大丈夫か?」

 

「うん、平気だよお姉ちゃん! ただご飯がちょっと味気ないかな……なんて」

 

「ふむ……さすがにそれは私でもどうすることもできないな。だが、いつか薬の開発が間に合った時には、一緒に美味しいものでも食べに行こう」

 

「ほんと!?」

 

「あぁ、本当だとも、だからそのためにできる限りの体調管理をしておくんだぞ」

 

「うん! ボク頑張るよ!」

 

 可愛いな あぁ可愛いな 可愛いな

 

「うっ!」

 

「どうしたのお姉ちゃん!?」

 

「なんでもない、ちょっと目眩がな……」

 

「大丈夫?」

 

 あぁ、そんなに心配そうな目を向けないでくれ、可愛すぎてどうにかなってしまいそうだ。

 

「最近忙しくてな……寝不足なのが祟ったのかもしれない」

 

「お姉ちゃん、ちゃんと体調管理しないとダメだよ?」

 

「ははっ、耳が痛いな」

 

 今の木綿季は健康だ。

 だが、既にAIDSを発症してしまった以上、免疫力が低下し、いずれ無菌室での生活を余儀なくされるだろう。

 そのおかげでメディキュボイドの研究は進むが、そのままだと病状が悪化し、アスナにマザーズ・ロザリオを託して死んでしまう。

 

 少なくとも、私が知っている未来ではそんな結末になっていた。

 だが、そんな結末は私が許さない。

 私の父上は凄まじい財力と権力を持っている、ならばそれを利用することで助けられる確率はグンと上がるはずだ。

 

「さて、私はそろそろ行かなくてはいけないんだ、すまないな木綿季」

 

「え〜もう? ボクまだ話し足りないよ〜!」

 

「いやな、ナーヴギアという次世代ゲームが開発されたらしいのだ。なんでも仮想世界にフルダイブできるらしくてな、どうしても試してみたいんだ」

 

「ボクとゲームどっちが大事なのさ〜!」

 

「ゆ、木綿季、違うんだ」

 

「何が違うの?」

 

「ナーヴギアを使えば、実際に体を動かすことはできなくても、一緒に歩いたりできるんだ、だから今回はその下見だ」

 

「お姉ちゃん……」

 

「だから木綿季、少しの間だけ我慢してくれ」

 

「……わかった、でも絶対今度埋め合わせしてよね!」

 

「大丈夫、私は約束を破らないだろう?」

 

 すまない木綿季、私は初めて約束を破ることになってしまいそうだ。

 二年間寂しい思いをさせてしまうが、これも全ては木綿季のため、ここは耐えねばならんのだ。

 

 

 

 ──さて、今日がSAOの正式サービス開始日だ、流石に緊張するな。

 すぅ、はぁと深呼吸をし、意識をハッキリとさせ、精神を落ち着かせる。

 大丈夫、私は強い、私は強い、絶対に生き残れる。

 

「リンク・スタート」

 

 そう呟いた瞬間、世界は白い空間へと移り変わった、同時に奥から来た虹が後ろへと過ぎ去ってゆく。

 βテスト時に登録したデータが残っていますが、使用しますかと出る、当然YESだ。

 

 そして瞼を開けると、石畳に街路樹が植えられている中世の街並みをしている『はじまりの街』に私は居た。

 さて、茅場が演説を始めるまで時間があるはず、その前にキリトとクラインに合流するとしよう。

 

 歩くこと約十分、二人が居る西フィールドに到着した。

 私の情報が間違っていなければ、このフィールドのどこかで、キリトがクラインにソードスキルをレクチャーしている筈だ。

 時間はあるもののそんなに余裕もないからさっさと見つけてしまおう。

 

「──うひええっ!」

 

 居た、あのめちゃくちゃな動きをしている赤っぽい髪にバンダナを巻き付けた姿、恐らくクラインだろう。

 そして近くにもう一人、私の知っている未来では英雄と言っても差し支えない活躍をした少年、キリト。

 

「随分とめちゃくちゃなモーションだな貴様、もしやVRMMOは初めてか?」

 

「ん? あんたは?」

 

「人に誰かを尋ねるなら先に名乗るのが礼儀であろう」

 

「あん? それもそうか。俺はクライン! こいつはキリト、今レクチャーしてもらってんだ」

 

「ほう……なるほどな、しかし見たところソードスキルを発動できていないようだが?」

 

「そうなんだよ、なかなか感覚が掴めなくてよう」

 

 ふむ、クラインは曲刀スキルを使っているんだったな、そして最初期ということは基本技である《リーバー》を使おうとしているはずだ。

 

「クラインと言ったか、少し私の動きを真似してみろ」

 

 腰を落とし、右肩に担ぐようにして剣を構える、片手直剣を使う私にはスキルが発動できないが、見本にはなるだろう。

 

「お? おお?」

 

 クラインの構えた曲刀が、オレンジ色のエフェクトを纏う、ソードスキルを発動できる合図だ。

 キリトがそれを確認し、ブロックしていたフレンジーボアをクライン側に返す。

 

「今だ、やれ」

 

「どおりゃあぁぁぁぁ!」

 

 ヒット、無事にフレンジーボアはガラス片のようになって砕け散った。

 

「うおっしゃあああ!」

 

「初勝利おめでとう……でも、今のイノシシ、スライム相当だけどな」

 

「えっ、マジかよ! 俺ぁてっきり中ボスかなんかだと」

 

「なわけあるか」

 

「ほう、随分と偉くなったものだな、βテスト最初期の頃、フレンジーボアに倒されそうになっていたのはどこの誰だったかな」

 

「え?」

 

「それにβテストの時、貴様にソードスキルをレクチャーしてやったのはどこの誰だと思っている?」

 

「げっ、まさか……師匠!?」

 

「……何だ? おめぇら知り合いだったのか?」

 

 知り合いもなにも……

 

「βテストでこいつに色々叩き込んでやったのは私だぞ」

 

「マジかよ! そりゃすげぇ偶然だなぁ」

 

「で、キリトよ、なにがげっ、なのだ? ん? 何回貴様のピンチを救ってやったと思っている?」

 

「それは、その……」

 

「ふむ、まぁいい、それはそれとしてだ、感は掴めたであろう? このまま狩り続けるつもりか?」

 

「おうよ! ……って言いてぇところなんだけどよ」

 

 クラインの目元がチラッと右を向いた、恐らく現在時刻を確認しているのだろう。

 

「そろそろ一旦落ちてメシ食わねぇとなんだ。ピザの配達を五時半に指定してっからよ」

 

「準備万端だなぁ」

 

「あ、んでよ、俺その後に他のゲームで知り合いだった奴らと『はじまりの街』で落ち合う約束してんだよ。紹介すっからそいつらともフレンド登録しねぇか? いつでもメッセージ飛ばせるしよ」

 

 ふむ、まぁ悪くはない提案だ、だがキリトは人付き合いが特別上手いというわけでもない、どうするべきだろうか。

 

「え……うーん、そうだなぁ……」

 

 案の定歯切れが悪いな。

 

「あ、いやいや、無理にとは言わねぇよ。そのうち紹介する機会もあるだろうしな」

 

「……悪いな、ありがとう」

 

「いやいや! お礼を言うのはこっちの方だぜおめぇらのお陰ですっげぇ助かった、このお礼はそのうちするぜ、精神的に」

 

「……ほんじゃ、俺はここで一旦落ちるぜ、マジサンキューな、キリトと……」

 

「あぁ、名乗ってなかったな。私はスメラギだ」

 

「じゃあスメラギも、二人ともマジで助かったぜ、これからもよろしくな!」

 

 そう言ってクラインはぐいっと右手を突き出す、キリトがこっちを見てきたので顎で握れと合図した。

 

「こっちこそ、また聞きたいことがあれば呼んでくれ」

 

「おう! 頼りにしてるぜ、二人とも!」

 

 さて、ここでクラインは落ちる為にメニューを操作する、そしてログアウトボタンがないことに気がつくはずだ。

 それまで暇だな、キリトで時間を潰すとしよう。

 

「では馬鹿弟子、少し久しぶりに稽古でもつけてやろう」

 

「うえっ!? い、いや、師匠、ちょっとそれは……」

 

「腑抜けた事を言うな、今なら半殺しで済ませてやるぞ、それとも全殺しがいいか?」

 

「喜んでやらせていただきます……」

 

 さて、それでは久しぶりにボコb──稽古をつけてやることとしよう。

 

「あれっ」

 

 ……思ったよりも早かったな、キリトは……私が気をとられたからかホッとしているな、稽古が後になっただけだというのに。

 

「なんだこりゃ……ログアウトボタンがねぇよ」

 

「……なに?」

 

「ボタンがないって……そんな訳ないだろ、よく見てみろよ」

 

「そうは言ってもよ……マジでねぇって! おめぇらも見てみろよ!」

 

「だから、んなわけないだろ……」

 

「いや、どうやら本当のようだぞ、馬鹿弟子」

 

「……本当だ、ない」

 

 瞬間、三人の顔が強ばる、それは、この世界に閉じ込められたと同義だからである。

 そこに、比較的のんびりとした雰囲気でクラインが口を開いた。

 

「ま、今日が正式サービス初日だかんな、こんなバグも出るだろ。今頃運営側はGMコールが鳴り止まなくて半泣きなんじゃねぇか?」

 

「そんな余裕かましてていいのか? さっき五時半にピザを頼んだとか言ってなかったか?」

 

「うおっ、そうだった!」

 

 キリトが意地悪い声で指摘してやると、クラインは頭を抱えながらバタバタしだした、こう言ってはなんだが、随分と滑稽に見える。

 

「とりあえずGMコールでもしてみたらどうだ、運営側でログアウトさせてくれるかもしれんぞ?」

 

「それがさっきから試してるんだけど反応がねぇんだよ! あぁもう二十五分じゃねぇか! おいキリトよう、他にログアウトする方法はねぇのか!?」

 

「えっと……ログアウトするには……」

 

「ログアウトボタンを押す他ないだろうな、βの時からそれ以外の自発的ログアウトはなかったはずだ」

 

「なにぃ!? じゃあ運営側の告知を待つしかねぇってことかよ!」

 

「だろうな、ここに居る私たちではどうすることもできん、現実の体を動かすことなんてできんわけだしな」

 

「じゃあどう──」

 

 直後、リンゴーン、リンゴーンという、鐘のような、あるいは警告音のようなサウンドが大ボリュームで鳴り響いた。

 

「んなっ!?」

 

「なんだ!?」

 

 そして互いの体を見て、私以外の二人は目を見開いていた、鮮やかなブルーの光の柱が、お互いの体を包んでいたためだ。

 

転移(テレポート)だと……?」

 

 そして光が一際輝いて、視界を奪った瞬間、私たちを取り囲む景色はのどかな草原から、中世の街並みへと移り変わっていた。

 間違いない、ここはゲームがスタートする『はじまりの街』、最初と違うのは、広場に集められた色とりどりの装備に身を包んだ、眉目秀麗な美男美女の群れか。

 

 数瞬沈黙が流れた後、プレイヤー達がざわざわと声を発し始める、その中には不安に感じるものや、GMに向けて不満をぶつけるものなど様々だった。

 

「あっ……上を見ろ!」

 

 誰かが発した声に反応して、全てのプレイヤーが上を見上げる、すると上空から、どろりとした血液のようなものが垂れた、そしてその中の一滴が、二十メートルはあろうかという赤ローブを纏った巨人へと変化した。

 

 いや、巨人というには、少し語弊があるかもしれない。

 我々は見上げる位置に居るため、ローブの中身が見える、しかしその中には、何も無い暗闇が広がるだけだった。

 

 私はその姿に、言い表せないような恐怖を感じた。

 

『プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ。私の名前は茅場晶彦、今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ』

 

 茅場、晶彦、この世界最大の敵。

 そいつが今、私の目の前にいる、正確には魂もないアバターでしかないが。

 

 その後に発した茅場の言葉は、正直覚えていない。

 もしかしたら、ゲームをこんなことの為に使った茅場に対する憤怒の炎が、忌々しい奴の声の記憶を燃やし尽くしてしまったのかもしれない。

 

「──以上で、ソードアート・オンライン正式サービスのチュートリアルを終了する、プレイヤー諸君の健闘を祈る」

 

 そう告げると、また血溜まりが現れ、巨人はその中に飲み込まれようとしていた。

 

 ──逃がすものか。

 

「師匠?」

 

 考えるより先に私は駆け出していた、消えようとしている巨人へ向かって。

 

「茅場晶彦! ゲームとは楽しむためのもの! それを貴様の道楽で死と隣合わせのデスゲームにしようなどと! 巫山戯るなああああ!」

 

 私の剣は少しローブを切り裂いた程度だった、陰鬱な気持ちが私の心を埋めつくした。

 いつか、いつか殺してやるぞ、茅場晶彦。

 

 そして、キリト達の元に戻ろると、二人とも絶望が伺える顔をしていた。

 

「……馬鹿弟子」

 

「クライン、師匠、ちょっと来てくれ」

 

 そう言うと、キリトは有無を言わさず、私とクラインの腕を引いて人混みを抜けた。

 そして数ある街路のうちの一つに入り、止まっている馬車の影に入り込んだ。

 

「……クライン、師匠」

 

 いつになく真剣な声色でキリトは私たちに語りかけた。

 

「いいか、よく聞いてくれ。俺はすぐにこの街を出て、次の村へ向かう、二人も一緒に来て欲しい」

 

「たしかに、茅場の奴が言っていることが本当なら、システムが供給する限られたリソースを多く獲得した者が強くなれる。そう考えるとこの『はじまりの街』周辺はすぐに枯渇するだろう、βをやっていたからこそとれる最良の選択肢だろうな」

 

「あぁ、だから今のうちに行った方がいいんだ、俺なら道も危険なポイントも全部知ってるし、なんなら師匠もいる」

 

 このデスゲームにおいて最も魅力的な提案、なのにも関わらず、クラインは顔を歪めていた。

 

「でも……でもよ、言ったろ、俺ぁダチと徹夜して並んでソフトを買ったんだ。あいつらはまだ広場に居るはずだ、置いて行けねぇよ……」

 

 キリトはこの発言に、下唇を噛んでいる。

 それはそうだろう、クラインはその友達全員を連れていくことを望んでいる、しかし私とキリトが居るとはいえ、そんな大人数を護衛して次の街に行くことは不可能だ。

 

「……いや、これ以上おめぇ達に頼り続ける訳にはいかねぇよな。安心しろって、これでも別のゲームではギルドのアタマを張ってたんだぜ? 教わったテクでなんとかしてみせらぁ!」

 

 なるほど、陽気で人好きのする、面倒見もいいだろうこの男には、それだけ大切に思える友達がいる。

 それを引き剥がす権利は、この世界中のどんな人間だって持ってはいない。

 

「……そうか、では私もこの街を出る、メッセージを飛ばすためにフレンドになっておこう、クライン」

 

「あ、あぁ! そうだな!」

 

 ……やはり空元気、だがその呑気さというか陽気さが、この男の本質なのだろう、このデスゲームの中でも変わらないあたり、相当意思が強い。

 きっと、クラインならば生き残ってくれるだろう。

 

「──よし、フレンド登録完了だ」

 

「なら、ここで別れよう。何かあったらメッセージを飛ばしてくれ」

 

「おう!」

 

「……じゃあ、またな、クライン」

 

 それだけ告げて歩き出したキリトの横顔は、何とも影の深いものだった。

 

「キリト!」

 

「…….」

 

 そうクラインが呼ぶも、キリトはほぼ振り返らず、視線だけで問いかけた。

 しかし返事がないので、また歩き出す、そして五歩ほど歩いた時。

 

「おい、キリトよう。おめぇ、本物は案外可愛い顔してやがんな! 結構好みだぜ俺! スメラギもすげぇ別嬪さんだしよ!」

 

 それを聞いた瞬間、私とキリトの頬が緩んだ。

 

「お前もその野武士面の方が、十倍似合ってるよ!」

 

「私も同感だな、あそこまで粗雑な雰囲気が似合う男も中々居ない」

 

「なにおう! 言いやがったな!」

 

「はっはっは! 事実だろうクライン! ……ではな、死ぬなよ、絶対に。この私の指導を受けたのだからな」

 

「おう! また会おうぜ!」

 

 そうして私たちはクラインに別れを告げ、次の街へと行くために、はじまりの街の北西ゲートに足を運んだ。

 

 ふと、振り向いてみると、そこには誰も居なかった。

 何か不安や悲しみとは違う感情を飲み込みながら、私たちは歩き出した、この先にある草原と森を抜けた先にある小さな村を目指して。

 

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