剣皇─英雄の師   作:狐のこんこん

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第六話 圧倒

 月夜の黒猫団が未来とは乖離した結末を辿ってから約九ヶ月が経ち、それ以降私はアスナへの指導を継続していた。

 アスナは中々に筋がよく、教えたことをするする吸収してくれるので随分と教え甲斐があった。

 ソードスキルの正確性に磨きがかかっていたし、きっとヒースクリフ戦でも未来と違って一矢報いることができるはずだ。

 

 さて、現在の日時は二月の二十四日、キリトとシリカが四十七層へ使い魔の蘇生アイテムである『プネウマの花』を取りに来る日、未来でキリトを取り囲む女のうちの一人であるシリカと出会う日だ。

 

 私はここまで未来を改変しようと奔走してきた訳だが、ここでは特に介入する必要性がない、キリト一人で十分だからだ。

 オレンジプレイヤーに囲まれてタコ殴りにされるものの戦闘時回復(バトルヒーリング)スキルによってどれだけ攻撃されても死なない、私が手を出す必要がないのだ。

 まぁ事の結末くらいは見に行ってもいいだろう。

 

「転移、フローリア」

 

 転移門に立つ私を、青い光の柱が包んだ。

 

 フローリアについてから思い出の丘方面の街道を一時間程歩いたところで、『タイタンズハンド』のメンバーがコリドーに入っていく場面に出くわした。

 私の知っている未来と同じで、リーダーであるロザリアが地面にあぐらをかき、無駄な抵抗をしている。

 

「……やりたきゃ、やってみなよ。グリーンのアタ──」

 

 言い終わる前に跳び、上空から落下して頭を掴んで地面に叩きつける、加減したからHPバーは赤の危険域で止まった。

 そして私のカーソルがオレンジへと変化する、罪の証であるこの色は、面倒なクエストを数日かけることでしか拭えない。

 しかしこれはさほど問題ではない、私にかかれば一日二日程度のクエストをこなせばいいだけなのだから。

 

「……師匠」

 

 私とキリトの間に微妙な空気が流れる、それもそのはず、この約九ヶ月間、一度も顔を合わせていないしメッセージのやりとりもしていない。

 攻略の時もキリトが居れば私は参加せず、私が居ればキリトは参加しなかった。

 そんなギクシャクした関係を続ければこうもなるだろう。

 

「久しいな、馬鹿弟子」

 

「あぁ、そうだな、師匠」

 

「何か答えは出たか」

 

「答えは出てない、でも俺は前に進むよ」

 

 そう宣言したキリトの表情は、何か憑き物が落ちたような清々しい顔をしていた。

 

「……そうか」

 

 随分と立派に見えるな、まぁ私の弟子になったのだからこれくらいは当然だろう。

 

「そこの貴様」

 

「はっ、はい!」

 

「大体は見ていた、うちの馬鹿弟子が囮のようなことをさせたのだろう、すまないな」

 

「いっいえ! あたしは助けてもらった側ですし!」

 

「ふっ、だが随分と足が震えているだろう、馬鹿弟子に街まで送ってもらうといい。ではな馬鹿弟子、また最前線で会おう」

 

「……分かったよ、師匠」

 

 きっといつか、俺は貴女に──

 

 

 

「きゃああああ! よ、避けてー!」

 

 ある日の午前九時、私は悲鳴を耳にした、別の層に素材を回収しに行こうと思っていた矢先の出来事だった。

 急いで向かう、なぜならそれはアスナの悲鳴だったから。

 

 そして目に飛び込んできたのは、キリトがアスナの胸を掴んでいる状況だった、そして二度三度と揉んでいる。

 

「このばk──」

 

「ア……アスナ様、勝手なことをされては困ります……さぁ、ギルド本部まで戻りましょう!」

 

「嫌よ! 今日はギルド活動日じゃないでしょう!? だいたいアンタなんで朝から私の家の前で張り込んでるのよ!」

 

「ふふふ、どうせこんなこともあろうと思いまして、私一ヶ月前からずっとセムルブルグで早朝より監視の任務についておりました」

 

「そ……それ、団長の指示じゃないわよね……?」

 

「私の任務はアスナ様の護衛です! それには当然ご自宅の監視も……」

 

 含まれる訳ないだろう馬鹿か?一万歩譲って自宅の護衛ならまだしも監視?それを世間ではストーカーと言うのだぞ?

 凄まじく不愉快だな、なんでヒースクリフはこんな奴をギルドに抱えているのだ?

 

 そも最前線の迷宮区ならともかく、街中でアスナの護衛なんぞ必要か?血盟騎士団の『閃光』といえばこの辺りに居るプレイヤーなら知らない筈がないだろうに。

 デュエルを挑まれたとしても、オレンジプレイヤーに襲われたとしても、私の教えた戦闘技術がある限り負けることもない。

 

 ……どこに護衛の必要性があるのだ?

 

「聞き分けのないことを仰らないでください……さぁ、本部に戻りますよ」

 

 ふむ、カスはアスナの手を掴んで連れて行こうとしているな、さぁ馬鹿弟子、どうする?

 

「悪いなクラディール、お前さんのトコの副団長は、今日は俺の貸切なんだ」

 

 おおっと歯が浮くようなセリフを堂々と言ったー、天然のハーレム生成機だなあれは。

 

「貴様ァ……!」

 

「アスナの安全は俺が責任を持つよ。別に今日ボス戦をやろうって訳じゃない。本部にはあんた一人で行ってくれ」

 

「ふ……ふざけるな! 貴様のような雑魚プレイヤーにアスナ様の護衛が務まるかぁ! わ…私は栄光ある血盟騎士団の……」

 

 その一言で、私の中の何かが切れた。

 

「おいそこの塵芥……クラディール、だったか。私の弟子を言うに事欠いて雑魚プレイヤーだと?」

 

「あぁ!? 誰だ貴様──」

 

「私の顔を知らない筈がないだろう、雑魚とてトップギルドの一員なのだから」

 

「そ、その黒いドレスと紫のアーマーが組み合わさった装備、長い黒髪、まさか、『剣皇』!?」

 

「そうだ、そして私の弟子を雑魚と言ったな? ならば私も雑魚の師匠というわけだ、そうだな?」

 

「い、いえ、そんなことは……」

 

「何が違う、塵芥の分際で私を不快にさせるとはいい度胸だな」

 

 どんどんとクラディールの顔は真っ青になってゆく、ブルーハワイのシロップよりも真っ青だ、目に痛い。

 

「さぁ、デュエルをしよう、塵芥」

 

 がたがたと震える指でクラディールはメッセージがあるであろう場所を押そうとする、しかし止まってしまう。

 受けたくない、しかし受けなかったらどうなるのか、ということが頭の中を駆け巡っているのだろう。

 

「受けないのならば街の外へ引きずり出して貴様をたたっ斬るぞ」

 

 顔がより一層絶望に染まった、更にがたがたと震えだす。

 

「……初撃決着で許してやる、早くしろ」

 

 クラディール、いや、塵芥がたがた震える指で操作をする、その姿は先刻までの狂気を孕んだものではなく、純粋な恐怖に飲み込まれた子供のようだった。

 

 そして六十秒のカウントダウンが始まる、塵芥は震える手で剣を抜く、あまりにも震えすぎてガチャガチャと金属音が鳴る。

 ここまでいくといっそ哀れに思えてくるな、手心は加えてやろう。

 

「あの『剣皇』とKoB(血盟騎士団)メンバーがデュエルだってよ!」

 

 見物人の一人が大声で叫ぶ、歓声が湧くが、その中には塵芥を哀れむものもあった。

 その声を聞いたのだろうか、奴の顔に先程のものと似た憤怒が浮かぶ、そうだ、全力でぶつからねば勝機はないぞ。

 ゼロに何をかけてもゼロだがな。

 

 カウントが一桁になり、私は腰の愛剣『ジ・エンパイア』を引き抜く、黒い持ち手から伸びる血のような赤い刀身が、魔剣のような雰囲気を醸し出す。

 

 私と塵芥の間で【DUEL!】の文字が弾けたそれと同時に塵芥が地面を蹴る。

 発動したソードスキルは両手用大剣の上段ダッシュ技である《アバランシュ》、なるほど、選択としては最適と言えるだろう。

 

相手が私でなければ(・・・・・・・・・)、な」

 

 減速する世界の中で狂気の表情を浮かべ剣を振り下ろす塵芥、しかし私は半身でそれをひらりと避ける。

 なんてことはない、この程度の者に──

 

「剣を使うまでもない」

 

 剣が地面に叩きつけられた瞬間、常人には知覚できない速さの拳を顔面に叩き込む。

 体を吹き飛ばすその一撃で、塵芥のHPバーはぐんぐん減ってゆき、赤のレッドゾーンでギリギリ踏みとどまった。

 

「どうやら雑魚プレイヤーは貴様のようだったな、身の程を知るがいい、塵芥」

 

 ピクピクと痙攣するゴミに向かって私はそう吐き捨てた、それと同時にワッと歓声が巻き起こった、こう賞賛されるというのもなかなか悪くない気分だ。

 

「ふむ、スッキリしたな。おい馬鹿弟子」

 

「な、なんだよ師匠」

 

「貴様、後で胸を触ったことを謝っておけよ、なぁなぁで済ませるのではないぞ」

 

「わ、分かってるって!」

 

 そう耳打ちしてやると、キリトは真っ赤になってそう言った、こういう所は年相応の反応なのだな、初心な奴よ。

 

「あ、そうそうアスナよ、耳を貸せ」

 

「なんですか? スメラギさん」

 

「馬鹿弟子は中々の朴念仁だ、全力でアタックしなければ気づいてもらえないぞ」

 

「えっ……なっ、何を言ってるんですか! もう!」

 

「なに、師匠のお節介というものだ、頑張らなければな?」

 

「もう! 怒りますよ!」

 

「ははっ! ではな馬鹿弟子、アスナ! また攻略で会おう!」

 

 そう言って私はさっさと去る……フリをして隠蔽をMAXにして隠れる、装備のボーナスもあってキリトでさえも発見できないはずだ。

 

「もう……ごめんなさいキリト君、嫌なことに巻き込んじゃって」

 

「いや……俺はいいけど、そっちの方こそ大丈夫なのか? 師匠と団員の衝突なんて……」

 

「えぇ。いまのギルドの空気は──」

 

 ……ふむ、もはや私は無粋だな、暫くはあの二人をそっとしておいてやろう、あぁ、その前に。

 

『二十二層の南西エリアに小さな村がある、モンスターも出ることはないしいい所だ。ログキャンプが幾つか売りに出されていたから検討してみるといい、何がとは言わんがな』

 

 これをアスナに送信して……さて、本来の目的であった素材集めをするとしよう。

 そう考えるといい準備運動になったな。

 

 その時私は知らなかった、メッセージを見たアスナが爆発しそうなくらい顔を真っ赤にし、凄まじい羞恥を露わにして私を探していたことを。

 

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