聖女が世界を救う話   作:麻婆炒飯

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あけましておめでとうございます。

まだ元日3日目なので初投稿です。




中編

「───ん……ぅ…?」

 

眠りという深い暗闇に沈んだままでいた意識が少しずつ目覚め、現実へと浮上していく。

 

未だに重たい瞼を何とか開き、目を軽く擦ってまだ少しぼやけている視界を確保するとそこは…豪奢な天蓋付きの紅い寝具が揃えられたベッドの上だった。

 

「ここ、は……?わたし、は……」

 

まだ寝惚けているのか、記憶がハッキリしない。

それでも周囲を見渡し、自身が置かれた状況を少しでも把握しようと努めて意識を働かせる。

 

そうしているうち、この脳みそもようやく目を覚ましたのか、ぼやけていた記憶もハッキリしてきた。

 

そうだ、私は魔女として全てを失い、教会に捕縛されたのだ。それからどれくらい続いたのかなんて知りたくないくらい長い間、拷問に晒されていた。

 

「この場所……もしかして…」

 

ハッキリと目覚めた頭で再度周囲を見渡し、そうして気付く。部屋全体の「薄紫色の壁紙」。それに何処か禍々しさを感じさせる、濃紫色の支柱。

 

私はこの場所を知っている。

たった一度訪れただけだが、それでもこの目に悪い配色は一度見ればそう忘れられないだろう。

 

「魔王…城…?」

 

魔王城、それは人型で活動する魔物の最強種である魔王が当時、己の領地として棲み付いていた古城。

 

この場所もかつて…まだ今ほど魔物が跋扈していなかった大昔には人間が領地としていたらしいのだが、それも今や千年近くも過去の昔話なのだという。

 

そこまで考えたところで、視界に入っていなかった場所から不意に、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

 

「無事に目が覚めたようだね、リティ。」

 

「ッ!!まお…ぅ…っ!」

 

 

鮮血のように紅い髪と黄金の瞳、浅黒い肌、そして普段は魔道士がローブの下につけるビキニアーマーのように、露出が多く刺々しい鎧を裸の上から身に纏っている、豊かな胸を蓄えた長身の女性。

 

それは紛う事無き、魔王。

かつて私がお姉ちゃんの仇としてこの手で討ち果たし、首を獲ったはずの、魔王だった。

 

その姿を認識するとほぼ同時、反射的に身体が動く。自身が身を預けていた紅いベッドから飛び起き離れようとして…その反射に上手く身体がついて来られず、ベッドの上でボスンとカッコ悪く転倒してしまった。

 

それもそのはず、どれ程眠っていたかは解らないが、私はついこの前まで過酷な拷問に曝されていたのだから。例え傷が癒える程に長く眠っていたのだとしても、そうなればむしろ筋肉が衰えてマトモに動けなかっただろうし、この場がベッドの上で無ければ、怪我をして余計な傷を増やしてしまっていただろう。

 

だがこの場は何故か生きていた仇敵の本拠地。

私はきっと、ここで嬲り殺しにされる。そう思って若干の諦めと、僅かながらでも未だに残されていた死への恐怖心から瞳を硬く閉じる。

 

……しかし、いつまで経ってもその時が訪れる事は無い、不思議に思って恐る恐る瞼を開くと……

 

「まったく…私が憎いのは以前の闘いで知っていたけど、そんな身体で動くのは良くない。君の器は傷付いてボロボロなんだから、今は休まないとね。」

 

魔王はそう言うとベッドに腰掛けて、上手く動けないでいる私の頭を徐ろに抱き寄せ、抱擁を始めた。

 

とても苦しい。

 

怪我が、では無い。抱きしめられた頭が魔王の胸に埋まって、呼吸が阻害されているのだ。私のソレよりもずっと大きく柔らかな胸が口と鼻を塞ぎ、空気を取り込む効率が著しく低下している。酸素を求めて手脚を暴れさせるが、次第にそれも叶わなくなってきた。

 

 

「ふぅ……やっと暴れるのを止めてくれた。今はこのまま、少しでも休んで身体を癒すんだよ。」

 

「む、ぐ………ゥ…」

 

 

違うんですそうじゃないんですもう暴れないので離してくださいこのままでは死んでしまいます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、それじゃあ説明をはじめようか。」

 

 

危うく窒息死しかけた私に大慌てで治癒の術式を施した魔王が1つ咳払いを済ませると、大人しくベッドに身を預け座っている私の横で椅子に座って気を取り直し、何処から取り出したのか空のように真っ青な林檎をナイフを剥きながら、穏やかな声色で語り始めた。

 

しかし、そうして語られる魔王の話は語調の穏やかさとは裏腹に、俄には信じ難い残酷なモノだった。

 

それでも、私にはそれを信じないという選択肢は残されていなかった。何故なら彼女は、説明の前に「魂の誓約」という術式を用いて、私との会話で一切の虚言を言えないように自らを縛ったからだ。

 

まず第一に、魔王は私に討たれた時、その場で魂を分割し、私の中に潜んでその時を待っていたという事。拷問を受けていた時に聞いた声は、どうやら彼女が私を奮い立たせる為に囁いた言葉だったらしい。

 

第二に、魔王が生まれてから城外へと出たのは後にも先にもその時の1回限りだった、という事。

 

ならば他に魔王が存在して、ソレがお姉ちゃんを殺したのか、という問いに返ってきたのは否だった。

 

ならばどうしてお姉ちゃんは死んだのか。

何故あのような報告が届いたのか。

 

魔王はソレを語ってはくれなかったが、

私にはその理由は既に見当がついていた。

考えたくない最悪の理由ではあったが、それでも、これしか考えられないという程に明確な事実を敢えて語らないのは、彼女なりの優しさだったのだろう。

 

 

「心を強く持つんだよ、リティ。」

 

「ッ…ぅ…はい。続けて下さい、魔王。」

 

「……リティ。その呼び方でも問題は無いけど、出来れば今後私の事は『エクサ』と呼んで欲しいな。」

 

「名前、あったんですか……」

 

「そりゃあねぇ。真名は『エクサージ』だけど、それだと少し長いから『エクサ』が良い。」

 

「解りました、善処します、魔王。」

 

「駄目かぁ…まぁいい、続けようか。」

 

 

そうして少し空気を入れ替えた後、何処か気の抜けた魔王……エクサは、事の説明を再開する。

 

エクサが言うには、そもそも聖女と魔王は神が世界を創るにあたって発生した不具合(バグ)……悪意を世界から取り除く為に造られた存在であり、魔王が不具合(バグ)に侵食された動植物…魔物を1箇所に集め、聖女がそれ等を一挙に浄化する、といったものだったそうだ。

 

しかし千年前に敢行された当初の計画は、予期せぬ妨害によって失敗に終わり、「魔王」は千年間に渡って封印されてしまったのだという。そしてそれを行った裏切り者…当時最も理性に長け、不具合に侵食される可能性が低かった人類でありながら、いとも容易く侵食され悪意に染まった存在。それが現在の神聖国、その建国王にして神の代行者であったと伝わる初代国王だった。

 

「神は現世に直接干渉出来ない。これを利用した小僧…初代神聖国王は神の名を騙り、私を封じたんだ。」

 

「そんな…それじゃあこの永い闘いは…!」

 

「そう、全部アイツの思惑通り」

 

人と魔物の戦いは多大な犠牲を払うが、それに伴い兵器製造が発展し、経済が潤うのも事実ではある。

 

だがソレは一時的なモノであり、平和になれば他の産業が潤うし、余計な犠牲を払わずに済むのだ。

 

何も知らずにこんな話をすれば、何を夢物語を、と笑われる事だろう。だがそれは「魔物との闘いが終わらない」という大前提ありきで成立する話だ。

 

元より初代国王が余計な事をしなければ。

歴代王家が、教会が悪意に手を染めなければ。

こんな悲劇はとっくの昔に終わっていたのだろう。

 

それが、私にはとても辛かった。

 

「これが、世界の真実だよ」

 

「ッ…ぐ……うぅ…」

 

「……リティ、これは気休め程度にしかならないだろうけど。この世の全ての魂は流転している。」

 

「流転…?」

 

「そう。魔物の魂も、人の魂も。魂は死と同時に神に回収され、不具合を浄化して再び生命として宿らせるんだ。」

 

「それじゃあ…お姉ちゃんも…?」

 

「彼女が死した時期を鑑みるにまだ浄化の最中だとは思うけれど、間違いなく次の命に流れていくよ。」

 

「じゃあ…!」

 

「そうだね。けど今のこんな腐った世界じゃ、生まれ変わったところで幸せにはなれないだろう。」

 

「ッ…でも、相手が国じゃ勝ち目は……」

 

「ふッ…その為の君さ、『最高の聖女』リティ」

 

最高の聖女。

 

以前エクサを討ち取った時、彼女が私の中に潜む直前に語った言葉だ。それから色々あり過ぎてすっかり忘れていたけど、今になってみれば、この言葉…どうやら私が『最高の聖女』である事が、エクサが千年の封印を解き動きだした理由になっているらしい。

 

「『最高の聖女』は、神々が幾度も試行錯誤を重ねた結果に完成した、『魔王』と『聖女』両方の力を宿した究極存在だ。君は私が保持していた処置を受ける事で、本当の意味での世界救済が可能になる。」

 

「ならすぐにでも!」

 

「こら、落ち着くんだリティ。まだこの話は終わってないよ。それに消耗しきった今の君じゃ、私の処置に耐えられず死んでしまう。」

 

「っ……ごめんなさい。続けて」

 

「うん、良い子だ。……この処置を受ける事で、君は『この世の存在』では無くなってしまう。」

 

「ッ!?……それ、って…」

 

「その通り。世界を救っても、君は救われない。この世の弾かれ者として永遠に彷徨う羽目になるか、良くて神々の御座に永久幽閉、悪ければそのまま存在解体、処分されてしまう可能性だってある。」

 

「っ……」

 

「それでも、やれるのかい?」

 

「わた、わたし……は…」

 

決められない。

 

この世界を救うには、それしか方法は無い。でもこれをやれば、私はもう家族に逢う事は出来なくなる。

永久に、私はひとりぼっちになってしまう。

 

そんな終わりは、受け入れたくない。

 

でも……

 

「何も今、答えを出せと言ってるんじゃない。……どうあれ君の身体が耐えられるようになるまで1ヶ月は必要なんだ。それまでゆっくり考えると良いよ。」

 

「……魔王…」

 

「大切な家族に二度と会えない苦しみは、私もよく解っているつもりだよ。…千年前の事だけどね。」

 

そうだ。

 

エクサも、1つの生命である以上、彼女を生んだ親がいて、彼女が愛したかも知れない家族がいたんだ。

 

魔王エクサは、たった1人の少女エクサだった頃から、ずっとひとりぼっちで闘い続けてきたんだ。

 

それなら、私は─────、

 

「……ありがとうございます、魔王。」

 

「礼には及ばないさ。一応何体か使い魔も用意してあるから、城内の案内や身の回りの世話はソイツらに任せてね。私もたまにお喋りしに来るからさ。」

 

「解りました。それでは今日はこの辺りで…」

 

「うん、私はそろそろ行くよ。」

 

「はい。…必ず、期日までに答えを出します。」

 

事務的なやり取りを終えて、エクサは部屋を出ていった。…正直なところ、もう覚悟は決まっている。あとはほんの少しの心残りと、寂しさを振り切るだけだ。

 

そうして半月後、私は─────、

 

聖女リティは、『最高の聖女』に至る事を決めた。

 

 

To Be Continued.




長くなってしまったのでもう一個分割しますっ!

申し訳ねぇ……

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